それは幼い兄妹のこの言葉から始まった。 
 
 「ねぇ 唯姉ちゃん、ベス姉ちゃんのお墓はいつ出来るの?」 
 「ねぇねぇ、場所は? 私 近くがいいなぁ」 
 
鯉にエサをあげる手を休めて二人は唯を見る、 
唯は言いにくそうに困った顔をした。 
 
 「ぁ…あぁ…何かさ、もめてるらしいんだよ…私達保安部側は『いつでも行ける様に、そして何より大切な仲間だからこそ学園内に作ってほしい』と 
  主張しているんだけど、学園側がな『誰かが死ぬ度に作っていたら学園内が墓だらけになってしまう。神聖な学園を墓地にする訳にはいかない』を 
  言い分にして取り合ってくれないんだってさ」 
 「そんな事でダメだなんてどうしてなの? 早く作ってあげなきゃベスちゃんが可哀想だよ…グスッ」 
 「何とかならないの? 唯姉ちゃん、伊織姉ちゃん、恵子姉ちゃん」 
 
 
恵子は 「保安部員じゃない私では出来る事なんて無いわ…」と唯を見る。 
伊織も 「一応保安部員にされてるみたいだけど…一度も顔を出してない私なんかじゃ……」とやはり唯を見る。 
いつの間にか皆の視線が唯に集まっていた、その視線にさらに困った顔になる。 
 
 「私だって、いくら今までの戦いでそれなりの功績をあげていてもさ、所詮は一年生の下っ端部員だから大した発言力はないよ…」と言ったのだが…。 
 
ユウの真っ直ぐな瞳とサキの涙を溜めて潤んだ瞳を見て『どうすれば一番可能性があるのか』を考える。 
そして一つの答えに到達した。 
 
 ―― やっぱり…あの人達しかいない! ――  
 
 
エンプレスからこの世界の地理を大体聞いた静香は簡単にそれらの情報を整理して話し合っていた。 
 
 「周りに砂漠地帯、山岳地帯、それに大河に樹海と近くにオアシス。それらは学校の屋上で見渡して分かっていた事だけど、 
  やはり何処にでも、それぞれの環境に適応した淫獣が居るのね……だけど、何処にでも居るという事はそれだけ食料も豊富という事だわ」 
 「あぁ、それに遠くにあるあの樹海…エンプレスの話だと高温多湿の熱帯雨林に間違いねぇな。 
  て事はヤシ科やパイナップル科といった熱帯植物だってあるに違いない、雨もよく降るらしいから水も確保できる」 
 「えぇ、あと熱帯雨林を抜けたら『生き物の様にうねるしょっぱい大きな水溜りがある』って言ってたけど、これはたぶん海ね! 
  これで海水魚もそうだけど、塩も作る事ができるわね」 
 「そのついでに海水浴もできるぜ! やったな、静香!!」 
 
 
そう言って房子は満面の笑顔で「グッ」と力強く親指を立てる。 
もちろん彼女は本気で言っている訳ではない! 
だが、頭の上に?マークが出ている様にキョトンとしているエンプレス以外の部室内の皆は 
房子がそういう人だと分かってはいるのだが呆れ返らずにはいられなかった。 
 
 「あら? ヤダ…みんな呆れ顔」 
 「ハァ〜…房子、今 私達はこれからの事を真剣に話し合っているんだから、そういう……」 
 
 
と静香が房子を咎めようとしていた時、「ガラッ」と勢いよく部室の扉が開き 
三人の少女と幼い兄妹が「ヅカヅカ」と入って来た。 
 「あっ、ユイだ」とエンプレス 
 「それに橘さんに久米山先輩…ユウ君、サキちゃんまで…」と皐月 
 「どうした! 何かあったのか!!」と房子が席から立ち上がる。 
 
 
 「いいえ、何かあったから来た訳じゃないんです…私達は個人的なお願いを聞いて…いえ、叶えてもらう為に来たんです」 
 「おい『個人的なお願い』って、今は会議中なんだぞ」 
 「いいわよ、その『個人的なお願い』とやらを話してみなさい…ただし! 生きるか死ぬかの大切な話し合いに割ってはいる程の話ではなかったら、 
  覚悟は出来ているんでしょうね! 恵子はもちろん、ユウ君やサキちゃんですら容赦は出来ないわよ」 
 「おいおい、静香 今日はこの世界の地理を教えてもらってただけだぜ! 生きるか死ぬかだなんて大袈裟なんじゃ……」 
 「大袈裟なんかじゃないわよ! 私達はこの世界に事を何一つ知らないのよ。少しでもこの世界の情報を集めて対策を練らないと生きて行く事ができないわ! 
  いつ元の世界に戻れるかも分からないのに…帰れないかもしれないのに……もっと先の事を考えてよ!!!」 
 「ご…ごめん……静香…」 
 
静香の一喝に房子の大きな体がシュンと小さくなる。 
皐月はもちろん少数の会議に参加していた一、二年生は初めて見る本気で怒った静香に全員が固まっていた。 
幹部達ですら緊張しているのだった。なぜなら三年生は全員知っている、このハナジョで怒らせると一番怖いのは冴島静香だという事を…。 
エンプレスだけはオロオロとおぼつか無くみんなの顔を見渡していた。  
 
静香は落ち着きを取り戻すように深呼吸をして、五人に向き直る。 
 
 「さあ 話してくれるかしら」 
 「ぁ…は、はひっ! あの…ベス、じゃなく…エリザベス・アンダーソンのお墓を早く作っていただきたくて……」 
 「その事ならちゃんと教師達と掛け合っているわ、なかなか首を縦に振ってくれないけどね…あなたにも説明 し・た・わ・よ・ね!」 
 
 
静香は「キッ」と唯を睨み付ける。 
それは既に話し合っている最中である事と、お前なら状況を知っているだろう! というイラ立ちからだった。 
静香に睨まれ固まりきってしまっっている唯にかわり、伊織が話し出す。 
 
 「あの、それは私も唯から聞きました! しかしですね、エリザベスが亡くなってもう五日になります、ですが未だに何の進展もありません…。 
  冴島先輩にとっては『そんな事』なのかもしれませんが、私達にとっては『大切な事』なんです」 
 「橘……私がいつ『そんな事』なんて言った! 私だってアンダーソンは大切な仲間だと思っている。 
  だからこそこの海の花女学園に彼女を手厚く葬ってほしいと教師達に頼んでいるのよ」 
 
 
そう言って今度は伊織を睨み付ける。 
静香に睨まれ、その迫力に気の弱い伊織は涙目になり、体が小刻みにフルフルと震えだし、 
 「…ス…スミマセン……言葉が………すぎました…」と謝る。 
 
ユウとサキは顔を見合わせ、静香に 
  
 「あの…僕達がベス姉ちゃんのお墓、何とかならないの? て唯姉ちゃん達に頼んだんだよ」 
 「だから伊織姉ちゃんとユイちゃんとケイちゃんを許してあげて! お願い静香姉ちゃん、叱るなら私達を叱って…」 
 
と言って唯達をかばうのだった。  
 
さすがに兄妹達を睨む事はしないが、静香は二人に言って聞かせる。 
 
 「あのね、お姉ちゃんが怒っているのは、このお話はもう先生達と話し合っている最中だからなのよ。 
  そりゃあ少し遅れちゃってるけど……でもお姉ちゃん達には他にもやらなきゃいけないお仕事がいっぱいあるの。 
  だからこのお話だけに時間を全部使う訳にはいかないのよ…それだけは分かって、ね!」 
 「でも…静香姉ちゃんはベス姉ちゃんの事を大切な仲間だと思ってるんでしょ、だったら 
  どんなにお仕事があっても、いっぱい時間を使っても、先生が『うん』て言ってくれるまで話し合うものなんじゃないの?」 
 「私も…そう思うよ。それにベスちゃんの身体、大きな冷蔵庫に入れられてるんでしょ…いつまでもそんな寒い所になんて可哀想だよぉ」 
 「ユウ君!! サキちゃん!!」 
 
 
静香は思わず声を張り上げてしまった。 
幼い兄妹の純真でもっともな言葉に反論が出来なかったからだ。 
静香自身も本当は何時間粘ってでも学園側から承諾を得たいと思っている、 
だが保安部の仕事や問題が山積みである今の現状のために『やりたくても出来ない』というイラ立ちを兄妹にぶつけてしまったのだった。 
 
 「グスッ…僕は…間違った事……言ってないよ…」 
 「ヒック…ウワァァン」 
 「ご…ごめんね、怒鳴るつまりじゃなかったの…」 
 
 
泣き出す子供達を見て静香は思わずとはいえ自分のイラ立ちを幼い兄妹にぶつけてしまった事を酷く悔やみ、 
あまりにもの情けなさに自分も泣きそうになるのだった。 
恵子は泣いている子供達をギュッと抱き寄せながら静香を見る。 
 
 「なにをそんなにイライラしているの? こんな小さな子供達を叱り付けるなんて…静香らしくないわよ」 
 「わ…わかってるわよ、恵子…どうかしてたわ…」 
 「…保安部がどれだけ大変なのかは、今のらしくない静香を見れば大体わかるわ…でもこの子達の言う事も正しいわよ。 
  ベスを仲間だと思っているのなら、出来るだけ早く教師達を納得させなきゃいけないと思うわよ」 
 「それも言われなくたって分かっているわよ!」 
 「じゃあ聞くけど、この五日間のあいだに何回話し合いをしたの? 毎日じゃないでしょ…私が思うには精精2、3回。違う?」 
 「そ、それは……」 
 「話し合いの時間も一時間弱なんじゃないの?」 
 「だ…って、他にもする事が…あるから」 
 「キツイ言い方をするけど、言葉と行動が伴なってないわよ。そんなんじゃあ橘さんに『そんな事』なんて言われても仕方がないんじゃない、 
  私だって今『その程度なんだ』としか思えないもの」 
 「な! なんですって!!」 
 
 
静香は机に手を「バンッ」と叩き付けながら立ち上がり恵子を睨み付ける! 
恵子はさんな静香の眼を真っ直ぐに受け止めた。  
 
部室内に緊迫した空気が張り詰める。 
 
 「私が学園の…みんなの事を考えてやっている事が間違いだって言うの」 
 「そこまでは言ってないわ、でも今は次から次へと問題が起きている現状なのよ…このままじゃあどんどん後回しにされると思うの。 
  いくら冷凍室で保管されているとはいえベスの遺体はもたないし、何よりも彼女が不愍だわ。 
  静香…私はたとえ貴女に殴り飛ばされたとしても今回だけは引き下がる気はないから……ベスの為にも!」 
 「言ってくれるじゃない…恵子!」 
 
 
静香の身体が「ワナワナ」と震え出し、恵子は緊張のあまり子供達を抱く手に「キュッ」と力が入る。 
部室内の張り詰めた糸が今まさに切れようとしていた! 
だがそれは以外にも「プッ…アッハハハハ!」という静香の甲高い笑い声で切られたのだった。 
 
もちろん部室内全員すべての者は突然の事に『キョット〜ン』としていた。 
その光景をマンガでたとえるならこんな感じだろう。 
 『静香目線で部室内をグルッと見渡し、ポカンと口を開けた間抜け顔の部員達の上全体に大きく描かれた吹き出し』 
これで伝わるだろうか? 
 
 「し…静香…どうしたの?」 
 「アハハ八ッ…苦しぃ…、恵子こそどうしたのよ、凄いじゃない! 怒った私に面と向かってあんな事言うなんてさ……、 
  例の事があってしばらく元気がなかったけど、強くなったね。なんか嬉しくて怒りなんてどっか行っちゃったわよ」 
 「静香 私が少し強くなれたのはユウ君やサキちゃんを守りたいから…そして何よりも自分の事をかえり見ずそれこそ命懸けで 
  私やサキちゃんを守り通したベスの勇姿を見たからなの、だから静香…これは私のワガママだけど、もっと積極的に力を入れて欲しいの。お願い!」 
 「わかったわ…恵子の恩人をいつまでも冷たいベッドで寝かせとく訳にはいかないわね。 
  早急に教師達と話し合いを始めるわ。まかせて、何十時間かけてでも次で必ず決めてみせるから!」 
 
そう言った後静香は唐沢美樹に指示を出す。 
 
 「美樹 そっちの守備はどうなってる?」 
 「はい 警備員さんは全員私達の味方です。教師側は色々とあたったんですけど、 
  私の天文部の顧問の楯先生と保健婦の梨木先生とあの時戦闘に加わったわずか数名だけです」 
 「そうか…もう少し教師側の味方が欲しかったけど、でもなんとかなるわ。ありがとう美樹、ご苦労様! 
  それじゃあ何人かで『これから話し合いがあるから集まってください』と伝えに行ってくれる」 
 
 
美樹は「はい! わかりました」と言って、保安部の数名を連れて部室を出て行った。 
 
 「静香…あなた…」 
 「クスッ これでも少しは頭を使って考えていたのよ。いくら保安部に発言力があるといっても今回のように学園の敷地内をどうこうしようとした時、 
  教師側の反対意見が出ると生徒である私達だけではなかなか話が進まないわ。やっぱり大人の力も必要ね」 
 「ごめんね、ちゃんと考えていたのに準備が不十分な状態で話し合いを……」 
 「ストーップ! 恵子が謝んなくてもいいのよ。むしろ『この位の事で何モタモタしていたのよ』くらい言わなきゃ、ね!」 
 
 
そう言って静香はウィンクをしながら小首を傾げると同時に親指と人差し指を立てた手を同じ方向にかたむける。 
その仕草がとても可愛らしいと恵子は思うのだった。  
 
 
職員会議室の前に数十名にも及ぶ人集かりが出来ていた。 
その中の一人、三上 唯が 「チッ 長げぇな…」 とイラ立ちの声を出す。 
 
 「イライラするなよ、三上…こっちまでイラついてくるだろ」 
 「大野先輩はずっと前からイライラしっぱなしですよ。だって始まって30分位でチビポニを弄ってましたよ」 
 「変な名前を付けるな、ったく…」 
 
 
チビポニとは房子の後ろで束ねた一握りの束ね髪の事である、そこをギュッと握り、拳からわずかに飛び出た髪を親指で弄くる。 
彼女が考え事をしたり、イライラした時のクセなのだ! だがイライラしているのは彼女達だけではない。 
話し合いが始まって、かれこれ三時間を越えてしまっている。 
何もせずただ待っている者にとっては気が遠くなる程の長い時間だろう…というと言い過ぎなのだろうか? 
 
とにかく、そのイライラの限界を超えて自分も会議室に乱入しようとする血の気の多い部員を唐沢美樹が食い止めているのだ。 
なぜ彼女が会議に参加せずにここにいるのかと言うと静香たっての願いだからである。 
さすがに保安部と警備員が全員で押し掛けると教師達を脅している様にしか見えないので、それぞれの代表数名を連れて話し合いをする事になったのだ。 
 その時、静香は長丁場になる事を予測して、幹部を含む部員達が堪えきれなくなって会議室に入ってこようとする者を保安部でも静香の次に影響力のある美樹に止めてもらうように頼んだのだ。 
 
 
しかし美樹にとって幸運な事があった! 
それはこの場に皐月はもちろん唯、伊織、明花、勇介、美咲が居る事だった。 
 
今や学園の英雄である皐月の言う事を聞かない者はほとんどいない。 
それに可愛らしい小さな容姿を誰をも引き付ける明るい笑顔で皐月にも劣らない好感度をもつ明花。 
さらに他者との交流はまったくと言っていい程に無いのだが、美しい容姿にクールな態度が密かに人気がある伊織。 
もちろん人と接するのが苦手な伊織には彼女の新たな友達、シックスティーンカルテットの一人、熱血突貫少女の唯が手助けをする。 
 
 
そして以外にも最終絶対防衛ラインは勇介と美咲なのだった。 
二時間ほど前に当然のごとく一番最初にキレた房子が 「私がガツンと言って来てやるよ!」 と乱入しようとするのを 
 「ダメですよぉ、本当にガツンとするでしょう」 と皆で止めようとしたのだが強引に突破された所に二人が房子の前に立ちはだかり、 
 「房子姉ちゃん、お願い  待って!」 と愛らしい純真無垢な表情で言われ、房子はあえなく撃沈したのだ。 
その破壊力はまさにメガトン級だった! 
この瞬間から房子も止める側に加わり、美樹の負担は更に少なくなって今にいたるのだった。 
 
 「確かに長いよね…ただこうして待っているだけってのがもどかしいよ」 
 「私も同じ気持ちよ、メイ……でも冴島先輩達や警備員さん達、楯先生や梨木先生を信じて待ちましょう。今 私達に出来るのはそれだけだもの」 
 「ミンちゃん……そうだね! 冴島先輩が『まかせて』て言ったんだもんね。あの人だったら絶対に何とかしてくれるよ」 
 
 
そう言って職員会議室の扉を見る。 
皐月だけではなく、その場に居る全ての者の視線がそこにそそがれていた。  
 
 
その頃、中では 
 
 「あなた方の言い分はわからないでもありませんが…」 と数人の中の一人の教師が言う。 
 「わかるのでしたら構わないじゃないですか!」と翔子 
 「それとこれとは話が別です! わかるからと言って認める訳ではありません」と別の教師が口を出す。 
 
 (さっきからずっとこんな調子だわ……何なのよ、もう! 煮え切らないわね) 
 
 
さすがの翔子もいい加減、心の底から「イラッ」としていた。 
その時、保健婦の梨木加奈子が 「それでも認めていただきます」 と強い意志を持って発言する。 
普段はおっとりとして穏やかな感じの彼女からは想像が出来ず、皆が加奈子を見た。 
 
 「私は医師免許も持っていたのでアンダーソンさんの治療をしてました。 
  私には手術の経験はありませんでしたが、それでも彼女を救いたくて精一杯の手を尽しました。ですが力及ばず結果的に彼女の最後を看取る事に……、 
  悔しかった…薬も医療器具も十分に揃っていたのに彼女を痛みから、苦しみから、死から救い出す事が出来なかった! 本来なら遺体は親元へ帰すべきなのですが、 
  ここは異世界です。それが出来ません、でしたらわずか半年とはいえ、共に生活をしたこの学園が彼女の家! 私達教師、警備員、生徒みんなが家族なんです!!」 
 
 
加奈子の熱弁に自治会長の扇町桜子が続く! 
 
 「梨木先生の言う通りです。どういう訳か私達は異世界に飛ばされて来ました。私達の世界、地球はもうこの山だけです。 
  そして私達の国はこの海の花女学園なんです! ここの国民であり家族でもあるエリザベス・アンダーソンをこの国の外に、または異世界の地に埋めると言うのですか」 
 
 
加奈子と桜子の言葉に反対している教師達の何人かは無言で考え込み、 
何人かは 「そう言っても……」「ねぇ……」と隣の教師と話し合っていた。 
桜子は (どうして分かってくれないの?) と歯痒い思いでいっぱいだった。 
その時、業を煮やしていた静香が「ドバン!」と両手を机に叩きつけて立ち上がる! 
 
 「それではあなた方にお聞きします! もし自分が彼女の立場になった時、一体どこに埋葬されたいですか? 
  やはり この海の花女学園ではないのですか? 違いますか!!!」 
 
 
冴島静香、本日二度目の激怒一喝!  
彼女の大きくてよく通る声が教師達だけではなく近くにいる翔子、加奈子、桜子、沙紀奈、そして外に居る皐月達全員を硬直させた。 
まるで学園全体が静まり返ったように静寂に包まれる。  
 
だが沙紀奈は「ハッ!」と我に返り、立ち上がって自分の意見を話す。 
 
 「私達、警備員や保安部は常に前線で戦闘をおこなっている為、いつアンダーソンさんの様になるか分かりません…、 
  もし自分がそうなった時、この学園に葬られたいと思っています。これは私だけでなく警備員全員の願いでもあります! 
  皆さんもその思いは一緒のハズです。自分の時はそうでありたいのにアンダーソンさんはダメだなんて理屈は通らないのではありませんか?」 
 
 
静香と沙紀奈の的を射た発言に教師達はなにも反論できず、誰もが顔を下に向けるばかりだった。 
静香は 「どうか、お願いします」 と深く頭を下げた。 
続いて 「お願いします」 と沙紀奈。 
そして翔子、加奈子、桜子が席を立ち上がり、二人と同じく 「お願いします」 と深々と頭を下げる。 
それを見て今まで沈黙していた理事長が口を開いた。 
 
 「わかりました、あなた方の願いを聞き入れましょう。ですからもう頭を上げてください」 
 「それは本当ですか、理事長」 
 「ここまで来て嘘なんて言いませんよ、冴島さん。それにエリザベス嬢ちゃんは私の友人の娘なのです。 
  ですから私もあなた方と同じ思いだったのですが、しかし反対している人達が居る中で強引に理事長の権威を使う訳にはいかず、 
  あなた方自身の力で反対している人達を納得させなければいけませんでした。どうか許してください」 
 「そんな、理事長……私もまがりなりにも保安部という組織のリーダーを務めていますから、そのお気持ちはよく分かります…、 
  でも今は、やっと彼女をゆっくりと眠らせてあげられる、それだけで胸がいっぱいです」 
 
 
そう言って笑う静香の顔には可憐な少女の笑顔が浮かんでいたのだった。  
 
 
その時、会議室の扉が開いてユウやサキ、 
そして保安部や警備員達が喜びの声と共になだれ込んで来た。 
 
 「やったね、静香姉ちゃん!」 
 「静香姉ちゃん、大好きぃー!」 
 「あはっ ユウ君、サキちゃん」 
 
 
ユウとサキに抱き付かれ、静香の笑顔がさらに幼い少女のものへとなった様に見えた。 
それ程 彼女の心は今、充実しているのだった。 
 
 「やったな、さすがは冴島静香だ。惚れ直したぜ!」 
 「静香が本気を出したら向かう所、敵なしね」 
 「ありがとうございます、冴島先輩! きっとベスも喜んでいますよ」 
 「ちょ…ちょっとぉ、房子の恵子のメイも止めてよ。私一人だけで勝ち取った訳じゃないのよ、他の人達の悪いわよ」 
 
 
一緒に会議に参加して論破した沙紀奈たちの事を気にする静香に房子は 
 「大丈夫だよ、ホレッ」とアゴで指す。 
その方向には丘 律子たち警備員に囲まれている沙紀奈。 
明花や他の保安部員と話をしている加奈子。 
美樹や幹部達と真剣な顔で、しかし時には笑顔で話し合う桜子と翔子。 
それぞれが喜びを分かち合っていた。 
 
皐月はふと親友の事を思い出す。 
 「アレ? 唯は? こんな時、一番大騒ぎする娘なのに……」とキョロキョロと辺りを見回した。 
すると、すぐ近くに伊織と一緒に居たのだが、唯は伊織の胸に顔を埋めていたのだった。 
 
伊織は皐月にはにかんだ様に微笑んで 「泣いちゃった…」 と一言だけ言った。 
だがその口調はいつもの様な素っ気無い感じではなく、とても暖かくて優しいものだった。 
皐月は今までになかった彼女の暖かさを胸に噛み締めながら笑顔で 「うん」 と短く答える。 
多くを語らなくても、今だけはそれでお互いを分かり合える。皐月はそう感じていたのだった! 
 
 
理事長は遠くから喜び合う少女達を見ながら 
 「エリザベス嬢ちゃんはこんなにも大勢の人達に愛されていたのですね…私も我が事の様に嬉しく思いますよ……」 
と一人静かに涙を流して感極まっていた。 
 
そしてベスの墓穴は小型のショベルカーと手作業などで急ピッチで掘られ、その日の内に作業は完了した。 
 ベスの葬儀は次の日の昼頃におこなう事に決まったのだった。  
 
 
22日の昼前 
 
海の花女学園と学生寮の間にある小さな花園で花を摘み終えたサキが一人で歩いていた。 
 「エヘッ やっと見つけた。あって良かったぁ♪」 と言いながら嬉しそうに寮はと帰る途中だった。 
 
 「あれぇ? あそこに居るのはエンちゃん」 
 
ふと見るとエンプレスが木の根本に座ってボーッと空を眺めていた。 
 
 「エ〜ンちゃん、何してるの? 何を見てるの?」 
 「ぁ サキ…別に何も……ボーッとしてるだけ」 
 「元気ないね…気分が悪いの?」 
 「ん? 体は平気だよ、ボク丈夫だもん」 
 「それじゃあ…誰かにイジメられたの?……」 
 
 
エンプレスは 「あははっ、まっさかぁ! メイやユイ、他のみんなも仲良くしてくれてるよ」 と笑い飛ばしたあと 
 「ただね…」 と顔を曇らせた。 
 
 「皆、ベスって娘の…オハカ…だっけ? を作る事ができるって昨日すごく喜んでいたけど…、 
  ボクその娘の事知らないから…そりゃあ皆が喜んでいるのを見てボクも嬉しいよ。でも、その娘を知らないボクは 
  皆みたいに喜べなくてさ、ボクだけ仲間外れ見たいな感じがして……寂しいよ…」 
 「ベスちゃんをお知らないのは仕方が無いよ、だってエンちゃんが来る前に…ベスちゃんは……グスッ、ヒック」 
 「ぁ…な、泣かないでよサキ。ボクまで悲しくなっちゃうよ」 
 「…うん…ごねんね、エンちゃん…」 
 
 
エンプレスはまるで腫れ物に触るようにサキを抱き寄せる。 
その時ある事を思い出した。 
 
 (もし あの子が生きていたら、今頃この位の大きさになっているんだよね……) 
 
 
自分が望んで作った訳ではないとは言え、死産という形で子供を失い、声を聞く事も、 
温もりを感じる事もできなかったエンプレスにとってサキを抱いているこの瞬間は心苦しくもあり、安堵する時でもあった。 
 
 「ねぇ サキは何をしていたの? そうだ! 一人になっちゃいけないって言われてたんだよね」 
 「ぁ…だって皆ベスちゃんのお葬式の準備で忙しいから……でも私どうしてもこのお花をベスちゃんにあげたかったの、 
  このお花じゃないとダメなの! だから…」 
 
 
そう言ってサキは花束に視線を落とす、エンプレスもその後を追う様に花束をみる。 
それは小さな青紫色の花をたくさん咲かせた可愛らしい花だった。 
 
 「それカワイイね、でも どうしてその花じゃないといけないの?」 
 「エヘヘッ それはね、このお花はね……」 
 
 
とサキはエンプレスに自分が積んで来た花の説明をするのだった。  
 
 
皐月達がベスの葬儀の準備をユウも一緒になって手伝っていた。 
 
 「だいたい終ったね…でも凄いね! こんな大きな穴をすぐ掘っちゃうんだもん」 
 「あぁ、みんな待ちに待っていたから気合が入っていたよ。それにしても……私達の寮の近くとは、 
  冴島先輩も大胆と言うのか、粋なはからいと言うのか、とにかく凄い人だよ」 
 「私達やベスの事を考えてくれたんだよ。でも唯の言う通り本当に凄い人だよね、冴島先輩は…色んな意味で…」 
 「確かにな…いつも凛として落ち着いた人なのに、怒ったら大野先輩以上に怖いのな…なぁ、伊織」 
 「うん…本当に……怖かったわ。本当に…」 
 
 
皐月達が話をしている所に明花が息せき切って走り込んで来た。 
 
 「ハァハァ…ねぇ 皆、サキちゃんを見なかった」 
 「ここにはまだ来てないわよ、どうしたの? 明花」 
 「居ないの、部屋で待っててね、て言ったのに帰って来たらどこにも居ないの! 
  もしサキちゃんに何かあったらどうしよう……ねぇ、どうしよう!」 
 「落ち着いて ミンちゃん、サキちゃんが行きそうな場所には行ったの?」 
 「わかんないよ…どこに行きそうかなんて、わかんないよぉ……ウゥッ、グスッ」 
 「泣くな! この中じゃユウを除いてミンが一番サキと一緒に居る時間が長いんだぞ。 
  そのお前がそんなんでどうすんだよ! ホラ、落ち着いてユックリ考えるんだ、大切な妹なんだろ」 
 「ヒグッ…うん……」 
 
 
明花がサキの行きそうな所を考え出したと時、 
 
 「あれぇ、準備はもう終ったの?」 
 
と言う声にみんなは振り返り、一斉に 「サキ」「サキちゃん」 と声を合わせた。  
 
サキは驚きのあまり 「え? 何? どうしたの?」 と目をパチクリさせる。 
明花は 「良かったぁ〜」とその場にへたり込み、皐月達は安堵の溜め息と付く。 
 
 「本当にみんなどうしたのさ?」 
 「エンが一緒だったのか、じゃあ安心だな」 
 「ミンちゃんがね、サキちゃんが部屋に居ない、って大騒ぎだったの」 
 
 
と話していたその時 「お前、何やってたんだよ!」 とのユウの怒鳴り声が聞こえ、皆はその方向を注目した。 
そこには怒りの表情のユウと脅えた顔で首をすくめているサキの姿があった。 
 
 「…ベスちゃんにあげるお花を……摘みに…」 
 「エン姉ちゃんとか?」 
 「ううん 一人で、ぁ!?……」 
 「一人で外に出たのか! 危ないからダメだって言われてるのに…」 
 「で…でも、こっそりと隠れながら行ったから、バケモノには見つからないよ…」 
 「隠れながらとか、見つからないとか、そう言う問題じゃないだろ!!」 
 「グスッ、ヒック…ユウ兄…ちゃん……怒っちゃ…ヤダぁ……ウゥッ」 
 「泣く前に兄ちゃんやお姉ちゃん達に言う事があるだろ!」 
 「はぁい…ユウ兄ちゃん、ごめんなさい…ミン姉ちゃん、言い付けを守らなくて、ごめんなさい……。 
  メイちゃん、ユイちゃん、伊織姉ちゃん、心配をかけて、ごめんなさい……グズッ、ゥッ」 
 
 
皐月達は 「まあまあ」 と言いながらユウを宥める。 
 
 「もういいじゃねぇか ユウ、許してやれよ」 
 「そうだよ、サキちゃんもこんなに反省してるんだからさ」 
 「ユウ君…ちょっと怒り過ぎよ…」 
 「これ以上サキを泣かしたらボクが許さないからね」 
 「無事だったんだから、もう許してあげて。お姉ちゃんからもお願いだから…ね。」 
 
 
子供とは言えユウも男!  
五人の美少女達にこう言われれば、内心(この位で許すのはかなり甘過ぎる)と思いつつも……。 
 
 「お姉ちゃん達がそう言うんだったら…許すよ…でも、今回だけだからな! サキ」 
 
と言う通りにしてしまうのだった。  
 
しばらくして、ベスの遺体が入った棺が運ばれて来て、いよいよ葬儀が始まろうとしていた。 
それを見たエンプレスは 「じゃ、ボクいくね」 とその場を去ろうとする。 
 
 「おい、どこに行くんだよ エン…お前は出ないのか?」 
 「だってボク…ベスって娘、知らないし…それにね、ボクの世界でも死んだ者は土に埋めるけど、それだけなんだ…、 
  でもユイ達の世界じゃあ、凄く特別な事なんでしょ、それなのにボクなんか居たら……」 
 「なに言ってんだよ、私達仲間だろ! 友達だろ! そんな事気にするなよ。 
  私はエンが葬儀に参加してくれたら嬉しいよ、ベスだって絶対に喜ぶよ」 
 「私もエンちゃんにもお葬式の出て欲しいよぉ、どっか行っちゃヤダぁ!」 
 
 
唯とサキの言葉に皐月、伊織、明花、ユウ、それぞれが頷いたり、暖かい笑顔を 
投げ掛けてくれたりしているのを見てエンプレスの目から涙が溢れ出るのだった。 
 
 「おいおい、何も泣く程の事でもないだろ」 
 「だって初めてだもん……そんな風に言ってくれたの…ボク色んなオスから狙われているから、 
  メスの群れから仲間外れにされていたから…『巻き込まれるのは嫌だって』…だから皆の言葉や気持ちが凄く嬉しいよ…」 
 
 
涙を拭うエンプレスにサキはトコトコと近付いて行き 「行こうよ エンちゃん」 と右手を差し出す。 
エンプレスは 「うん」 と答え、サキの手をギュッと握るのだった。  
 
棺に入れられたベスは今 大小の様々な種類の花達に囲まれていた。 
 
 「この娘がベスなの…凄く綺麗だね、それにとても優しそう…」 
 「うん、そうだよ…ベスはね、誰に対しても愛情をもって接してくれる心の優しい娘なんだよ」 
 「それにメチャクチャ強ぇんだ! たぶん、私やメイよりも…だからさ、こんな事になるのがスゲェ信じられねぇんだよ…」 
 
 
唯の言葉に見張りの者を除いた、教師、生徒、警備員、学園の者ほぼ全員が参加していた者達が無言になる。 
その時、サキが遠慮勝ちに近付いて来て 「ねぇ これもベスちゃんにあげてもいい?」 と 
青紫色の小さな花を咲かせた花束を差し出す。 
 
 「もちろんだよサキちゃん、叱られるって分かっているのに取りに行ってくれたんだもん。 
  でも、どうしてそのお花をベスにあげたかったの?」 
 「えっと…あの…そのね……」 
 「なに恥しがってんのサキ、さっきボクに教えてくれた事をそのまま言えばいいじゃない」 
 「エンはもう教えてもらったんだ。 ねぇサキちゃん、メイお姉ちゃんにも教えて欲しいなぁ」 
 「なぁサキ、私にも教えてくれよ」 
 「私も…教えて欲しいな…」 
 「僕も知りたいよ、言えよサキ」 
 「誰も笑ったりなんかしないよ、サキちゃん」 
 
 
サキは「コクン」と頷いてポツリと 「花言葉が…ベスちゃんにピッタリだから…」 と言う 
皐月達は声を揃えて 『花言葉』 と復唱した。 
 
 「うん…この花はね、勿忘草(わすれなぐさ)て名前なの。その花言葉は『誠実』と『真実の愛』 
  そしてこれは私の想いも入ってるんだけど『私を忘れないで』……。」 
 「誠実に…」 
 「真実の愛……」 
 「私を…忘れないで……」 
 「本当にベスにピッタリね」 
 「サキ…お前……」 
 
 
皐月、唯、伊織、明花、ユウ、そしてこの場に居る全ての者の胸に熱いモノが込み上がってくる。 
 
 「ベスちゃんが私やメイちゃん達のこと忘れないのは分かってるよ。でも私達はまだずっと何十年も生きていかなきゃいけないもの、 
  ベスちゃんの事を絶対忘れたりなんかしないけど、でも…きっと思い出すのが少なくなっちゃうと思うの、 
  だからこの花を見る度にベスちゃんの事思い出せる様に、て…。私ねベスちゃんのお墓の周りを勿忘草で一杯にするの」 
 「サキ…ウッ、ウゥッ……」 
 「バカ、泣くなよ三上…美咲だって泣いてないんだぞ」 
 「大野先輩だって目に一杯涙を溜めてるじゃないですか…」 
 「私は…まだ泣いてねぇ……」 
 
 
そう言って房子は涙が零れ落ちないように空を見上げる。 
サキの精一杯の優しい想いに葬儀に集まっていた全員がすすり泣いていた。 
 
サキはベスの胸元に誓いの勿忘草を捧げる 
 
 ――― ベスちゃん…私 絶対、絶対、ベスちゃんの事を忘れないからね… ――― 
 
 
                        
                           〜終わり〜  
 

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