ここは海の花女学園敷地内の建物のはずれ。 
 
「やぁ!」 
ズバッ! 
皐月の剣が淫獣を切り裂いた。 
さらに桜吹雪を構え直してもう一匹の淫獣をキッと睨む。 
「ウ・・・ウウウ・・・」 
もう一匹の淫獣が皐月の気迫とその剣の技量におびえて後ずさる・・・・すると。 
ガサッ 
淫獣の背後の樹の梢が鳴ったかと思うと、鮮やかな銀髪を持つ人影が淫獣の背中に向かって飛びおりた。 
ズブッ! 
次の瞬間、淫獣の身体が硬直する。 
飛び降りてきたエンプレスのナイフのように伸ばした人差し指と中指の爪が淫獣の後頭部の延髄を貫いていた。 
 
※ 
 
「エン、他にも居そう?」 
皐月は油断なく辺りを見回し、全神経を集中させて淫獣の気配を探っているエンプレスに尋ねた。 
「・・・いや。他にオスの気配は感じないから、どうやらこいつらだけだったようだね」 
その言葉を聞いた皐月はほっとため息をつくと死体となっている二匹の淫獣を見下ろした。 
 
 
異世界移動後27日目。 
 
皐月達は今日も侵入してきた淫獣を倒した。 
死体の撤去が終了するまで現場に留まっていた皐月とエンプレスだが、今は寮に帰るため中庭を歩いていた。 
「よお、メイ、エン」 
声をかけられそちらに目をやると唯と伊織が歩いてくるところだった。 
「聞いたぞ、二人ともご苦労さん。怪我ないか?」 
「いや、そんなに強いやつらじゃなかったから大丈夫だよ」 
唯達も寮へ帰る途中だという。 
そこで四人で連れ立って帰ることにしたのだが、歩いていると彼女らを見た生徒達がある者は会釈をしてある者は憧憬のまなざしで見たりしていた。 
そしてあちこちから「シックスティーン・カルテット」と言う言葉が聞こえてきた。 
 
シックスティーン・カルテットとは・・・・・・ 
9日目に淫獣たちが大挙して学園を襲ってきたことにより起こった「海の花攻防戦」。 
その時、めざましい活躍をした黛皐月、三上唯、エリザベス・アンダーソン、橘伊織の16歳の少女四人をいつのまにか生徒たちは尊敬の念を込め彼女達をそう呼ぶようになっていたのだが、ベスの死後その尊称は一時絶えていたのである。 
生徒たちもベスのことを考えると皐月達三人に対しその言葉を使うのも心苦しかったのであろう。 
ところがエンプレスがやってきた後、彼女が目ざましい働きをし皐月達も負けじと淫獣達を倒し続けているうちに絶えていたその言葉が再び囁かれるようになった。 
そしてエンプレスが学園に来てから1週間が経った今、シックスティーン・カルテットという言葉は黛皐月、三上唯、橘伊織、エンプレスの16歳の少女四人を指す言葉として復活したのである。 
 
だが、皐月、唯、伊織にとってそう呼ばれるのは複雑なものがあった。 
皆が自分たちを称えてくれるのはうれしい。 
この尊称を聞くたびに自分たちは学園の皆の役に立っているという喜びも感じられる。 
・・・しかし同時にベスのことも思い出してしまい心から喜べないでいた。 
素直に喜んでいるのは直接にベスのことを知らないエンプレスだけであった。 
彼女はこのメスの群れの中で自分を認めてもらうために、唐沢美樹から言われた「私たちの仲間になるにはあなたも服を四六時中着てもらうことが仲間入りの第一の条件よ」と言う言葉を守り、生まれてはじめて身につけたそれらの品々の違和感にも負けず、襲ってくる淫獣のオス達相手に必死で戦っていたのである。 
そして、そんなエンプレスを伊織は熱のこもった視線で眺めていた。  
 
それに気づいたエンプレスが「何?ボクの顔に何かついてる?」と尋ねると、 
伊織は「い、いいえ・・・ごめんなさい」とあせって謝るということが何度かあった。 
11歳の時に犯され、妊娠させられ大難産を経験した上で「オスになめられてたまるか!」と技を開発し戦う術を身につけ自分を犯そうとするオスを倒してきたというエンプレスを伊織は憧れの眼差しで見ていた。 
オス嫌いである反動で同性にはフレンドリーな態度で接しようとするエンプレスは「メイ、ユイ、イオリ」と気さくに声をかけてくれる。 
そんな彼女に対し本当はもっとエンプレスに近寄りたい、いろんな話を聞きたい、彼女のようになりたい・・・・と思う伊織であったが、彼女にとってエンプレスの生き様はあまりにも眩しすぎて素直に声をかけられないでいた。 
 
そんな彼女達を見ながら皐月は一つの疑問を感じていた。 
それはエンプレスが仲間になってからわずか一週間でシックスティーン・カルテットという言葉が学園中に広まっていることである。 
(もちろんエンの活躍はすごいし、その実力も本物だよ。・・・だけど・・・いや、こんなことは思っちゃいけないんだけど。誰もまだ会って一週間しか経ってないのに、エンが元からうちの生徒だったみたいに新カルテットメンバーという感じなのが、なんかひっかかる・・・・) 
とそこまで考えた時、皐月は自分へのあまりにも強い嫌悪感に苛まれた。 
(いけない!私ってば何を考えてるの。いつの間にこんな嫌な奴に・・・こんなことを考えてたとおじいちゃんが知ったらどんなに怒られるか・・・) 
皐月はあわてて自分の疑問を心の奥にしまいこんだ。 
エンプレスが学園のために尽くしてくれているのは疑いないことだ。 
それで十分すぎるじゃないかと改めて思い直したのであった。 
 
※ 
 
同時刻。 
女子寮の唐沢美樹と高見沢麗子の部屋では、美樹がため息をついてベッドに横たわったところだった。 
「美樹さん、お疲れのようですわね」と心配そうに麗子が声をかけた。 
「・・・・いや、私の疲れなんてメイ達に比べたらたいした事はないよ。」 
「でも本当にお辛そうですわ」 
「まぁ、私が疲れるのは自業自得だと思うよ」 
「・・・・美樹さん。もしかして知世さん達にお願した事でため息をつかれておられるんですの?」 
しばし無言の後、美樹は自嘲の笑みを浮かべながら言った。 
「・・・・我ながら、よくやるよね。下級生達をヒーローに仕立てようなんて・・・・」 
「美樹さん・・・・・・」 
・・・・皐月の疑問は正しかった。 
エンプレスの参入と彼女が20日目に学園を襲った大毒蛾を見事に倒したのを見た美樹は、ベスの死によって落ちていた生徒たちの士気を高めるために「シックスティーン・カルテット復活」を画策したのである。 
かつてのカルテットは攻防戦後、自然に生徒達によって呼ばれるようになった物であった。 
それを美樹はこの何時淫獣たちに襲われるかわからない未知の異世界で生きていかなければならない生徒達は心のより所として「英雄」を求めた結果であると分析していた。 
だからこそベスの死という事態に直面したことであれほど士気が低下したのだとも。 
そう考えていた美樹にとってエンプレスという存在が自分の意志で仲間に加わってくれたのは正に天佑だと思った。 
皐月達三人に彼女が加わればちょうど四人!チャンスだ! 
と考えた美樹は石橋知世ら学園の情報関係に長けている者達を使い、カルテット復活を学園のあちこちでふれて回らせたのである。 
つまり英雄を、いや英雄達を人為的に作ろうという考えであり、それにより生徒たちが求めている物を与えることによって低下している士気を高めようということであった。 
彼女の狙いは当たり、生徒達はこの「第2期シックスティーン・カルテット」と言える四人組の英雄を心から受け入れたのである。 
だがそれをなしとげた後、美樹は少しも達成感や満足感を得ていなかった。 
士気を高める必要性は正しいとはわかっている、だが罪悪感や自分に対する嫌悪感を覚えていたのである。  
 
「ねえ麗子、私ってば嫌な奴になったもんだね・・・・」 
「・・・・・美樹さん・・・」 
「自分より年下の女の子を英雄に仕立て上げ、淫獣達との戦いの最前線に立たせるなんて。この世界に来る前には、こんなことを自分が考えるつけるなんて思いもしなかった」 
「美樹さん!」 
突然、麗子が厳しい声で言った。 
「美樹さん、それは黛さん達に対する侮辱になりますわよ」 
「れ、麗子!?」 
「黛さん達四人の方々の実力は本物です!さらに彼女たちは本気で学園のために・・・皆のために、陣頭に立って戦っているのですわよ!」 
「・・・・・・」 
「ですから・・・・ですから、美樹さんが何もしなくても遅かれ早かれ彼女達はシックスティーン・カルテットと再び呼ばれることになったでしょう。美樹さんはそれをほんの少し早めたのにすぎませんわ」 
「・・・・麗子」 
「だから美樹さんが気に病むことは何もないのです」 
美樹は小学生時代からの親友をまじまじと見て言った。 
「ありがとう、麗子。そういってくれる時が楽になったよ」 
「い、いえ。私のほうこそ、生意気なことを言って・・・・」 
ベッドに横たわっていた美樹はそのまま目を閉じた。 
間もなく彼女の口から静かな寝息が聞こえてきた。 
そんな美樹の様子を見ながら麗子は親友のことを心配していた。 
彼女が昔から知っている美樹は姉御肌で茶目っ気がありよく笑う快活で元気な少女であった。 
たしかに一方ではいたずら好きなところもあり、そのアイデアをふざけながら出したこともあったが現在の美樹のように保安部の「参謀」となりうる策士という言葉には程遠かった。 
この異世界に飛ばされるという到底受け入れがたい現実が彼女の中で眠っていた部分を呼び覚ましただけでなく、その能力を急激に引き上げたのではないかと麗子は思っている。 
そのため美樹は無理をしているのではないかとも。 
さらに美樹は策士である一方で生真面目なところも残している。 
彼女は今回のことは部長の静香にも相談せずに行った。 
静香の性格からすると賛成するとは思えないと判断しただけでなく部長として大勢に慕われ、さらに保安部のトップであり顔である彼女をそういう策略に手を染めさせるわけにはいかない。 
あくまで自分の独断にしないと、と思ったのである。 
(それが、美樹さんをより疲れさせているのですよね・・・・・) 
美樹の寝顔を見ながら麗子は思った。 
自分ができることは美樹の心の負担を少しでも減らすことだと、そして自分はどんなことがあっても彼女の味方でいようと。 
そんな麗子の思いが通じたのかどうかはわからないが美樹の寝顔は安らかだった。 
 
※ 
 
エンプレスの保安部参加から1週間。 
とにかくシックスティーン・カルテットは復活したのである。 
 
〜復活!シックスティーン・カルテット〜おわり  
 

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