なにィィィィィィィィィィ!?!?  
『この仔ですかぁ? ええとぉ……ボクの子供ですねぇ』  
 僕の頭の中は、その言葉がエンドレスでリフレインしていた。  
 まさか"つぁとぅぐあ"さんに子供が!?  
まぁ、彼女の外見年齢なら、あの位の年頃の娘さんがいても不思議じゃないけど……  
「ついさっきぃ、ボクが作ったのですよぉ」  
 でも、いつのまに子供なんて産んだのですか!?全然気付かなかったのですが!!  
「ひでぼんさん達がぁ、“くとぅるふ”ちゃん達の眷族に襲われたって聞きましたからねぇ」  
 あ、そういえば太った女性の事例で、  
陣痛を迎えるまで妊娠に気付かなかったというケースがけっこうあるって話を聞いた事が。  
「この子をですねぇ……ひでぼんさんの守護者にしようと思いましてぇ」  
 いやいや、"つぁとぅぐあ"さんは女性的で柔らかそうな体付きだけど、決して太っているわけじゃない。  
いくらなんでも臨月を迎えたのなら毎日彼女と会っている僕が気付く筈だ。  
「お名前はぁ……“不定の落とし仔”――通称“おとしご”ちゃんと呼んでくださいねぇ」  
 しかし、こうして自分の子供だって断言しているし……  
うわわわわ〜〜〜よりによって"つぁとぅぐあ"さんに子供を孕ませた不届き者は一体誰なんだ!!!  
「基本は“しょごす”さんみたいな不定形生命体ですけどぉ……  
ボクの力を宿してますからぁ、色々と役立つと思いますよぉ」  
 ……あれ? もしかして可能性が一番高いのは僕なのかな?  
たたたたた確かに"つぁとぅぐあ"さんとのエッチは全部中だしだったけど……  
避妊もまるで考えていなかったし……  
「あのぉ……ひでぼんさぁん、聞いてますかぁ?」  
 
 ううううう、こうなったら仕方ない。男なら腹を括って責任を取るしかないだろう!!  
っていうか、相手が"つぁとぅぐあ"さんなら、むしろ願ったりかなったりだし!!!  
「“つぁとぅぐあ”さん!!!」  
「はぁい」  
「結婚しましょう」  
「まぁ……それはステキですねぇ」  
 ひしっと彼女の手を握り締めて、きっぱり真摯に言い切ると、  
"つぁとぅぐあ"さんは『ふにゃっ』とした笑顔を見せてくれた。  
「でもぉ、ボクは『旧支配者』ですからぁ……  
人間のひでぼんさんと結婚するのは難しいと思いますよぉ」  
「いえいえ、愛があれば種族の差なんてぺぺぺのぺーです。  
こうして僕達の愛の結晶も立派に育っているのですから……あれ?」  
 あれれ? 立派に育っている!?  
 そういえば、あの子は5〜6歳ぐらいの年頃に見える。  
"つぁとぅぐあ"さんとの初エッチが見事にクリティカルヒットしたと仮定しても、  
全然計算が合わないじゃないか。  
 ま、まさかその子は……  
「“つぁとぅぐあ”さん、貴方には連れ子がいたのですか!?」  
「ですからぁ……お話を聞いてくださいよぉ」  
 “つぁとぅぐあ”さんの頭上に巨大な涙滴状の物質が浮かんで見えるのは、  
果たして幻覚なのだろうか――  
 
 あの偉大過ぎる“つぁとぅぐあ”さんの爆乳に抱き付いて、甘えるように身を寄せながら、  
“おとしご”ちゃんは伏目がちの瞳でじっと僕を見据えていた。  
ほんの5・6歳にしか見えない幼い体なのに、胸だけはけっこう大きく、  
癖のあるこげ茶色の長髪が、その少し眠そうな可愛らしい美貌を彩っている。  
ほんとうにたまらない美少女――いや、美幼女だ。  
 “つぁとぅぐあ”さんの話によると、この子は彼女が僕のボディーガードとして『創造した』生命体らしい。  
幼い身体だけど、どこか“つぁとぅぐあ”さんに似ているのは、  
彼女の力を断片的ながら受け継いでいるからだからとか。  
子供というよりは一種の分身と考えた方がいいかもしれない。  
つい先日、龍田川さん一同に襲われたような事態を考えると、  
確かに戦力(と言うほど大げさなものじゃないけど)は多いに越した事はない。  
 ところが――  
「ええと、僕が赤松 英だよ。よろしくね」  
 できるだけ優しく挨拶したつもりだったんだけど……  
 ……さっ  
 “おとしご”ちゃんは、怯えるように“つぁとぅぐあ”さんの背中に隠れちゃった。  
顔半分だけ覗かせて、不安そうな垂れ目で僕をじっと見ている。  
 ありゃりゃ、嫌われちゃったかな。人見知りの激しいタイプなのかなぁ。  
「はらぁ……この子は照れ屋さんみたいですねぇ」  
 “つぁとぅぐあ”さんはほんの少しだけ困ったような表情を浮かべると、  
人体工学を無視した動作で、背後に隠れた“おとしご”ちゃんをひょいと捕まえて、僕の前に差し出してくれた。  
 
 しかし、“おとしご”ちゃんはブルブル震えて怯えるだけで、僕と目を合わせようとしない。  
 そして、  
 ぽわん  
「あれれ?」  
「あらぁ」  
 コミカルな爆発と共に、“おとしご”ちゃんは跡形も無く姿を消して――  
――1本の長い髪の毛が、ひらひらと地面に落ちた。  
「んんんぅ〜“おとしご”ちゃん、元の姿に戻ってしまいましたねぇ」  
 なるほど、元は“つぁとぅぐあ”さんの髪の毛だったのか。  
“つぁとぅぐあ”さんの美しすぎる髪の化身なら、  
あんな可愛らしい少女が生まれるのも当然かもしれない。  
 それにしても……とほほ、こんなにあからさまに嫌われると、さすがに落ち込むなぁ。  
「とりあえずぅ……これをどうぞぉ」  
 “つぁとぅぐあ”さんは、どことなく申し訳なさそうに呟くと、10mはありそうなその髪の毛を、  
1秒もかけずに僕の手首にぐるぐると巻いて、即席のミサンガを作ってくれた。  
みんなの可愛いイラスト入りだ。  
「お守りにして下さいねぇ」  
「ははは……はぁ」  
 どうやら、戦力増強は期待しない方がいいみたいだ……  
 
 
 ――その夜の事だった。  
 こつん  
 小さな小石が窓に当たったような音――  
そんな儚い音なのに、なぜかそれは熟眠している僕にはっきり聞こえたんだ。  
 “つぁとぅぐあ”さんみたいに目をこすりながら起き上がり、  
ベッドの下で寝ている“てぃんだろす”を起こさないように、慎重に床に下りる。  
ちなみに“しょごす”さんは1階の自室で寝ている(と思う)し、珍しく“いたくぁ”さんは、まだ来ていない。  
「……誰?」  
 気のせいか、と思いながら、僕は自室の窓を開けた。  
早春の冷たい夜風が拭き付けてきて、僕はパジャマの襟首を押さえた。  
 その時だった。  
「――え!?」  
 薄青色の輝きが、ベランダの下から湧き上がる。  
まるで朝日が昇るように、光り輝きながら僕の目の前に上昇してきた存在――  
それは、青く発光する不思議な羽衣を纏った、世にも美しい透明な美少女だった。  
薄青色の長髪は、舞うように風に流れ、自動人形のように繊細で華奢な体を、  
半透明な羽衣と一緒に隠していた。まるで神の使いの天女か、御伽噺の妖精みたいな美少女だ。  
 しかし、その背中にあるのは、天女の翼や妖精の羽じゃなかった。  
まるでアメリカ海軍の戦闘機F−14の可変ウィングみたいな、  
金属製の幾何学的な翼が生えていたんだ。  
それに、その透明な美貌には、幸せや愛情の因子は欠片も含まれていない。  
『悲しみ』――ただ、それだけがあった。  
 僕は、彼女のあまりの美しさと、透明な悲しさに心を奪われていた。  
「よう」  
 だから、そう挨拶されるまで、僕はその男の存在に気付かなかったんだ。  
 
 光り輝く美少女の足に、まるで傘を掴んで空を飛ぶメリー・ポピンズみたいに片手で掴まって、  
僕の前に踊り出たのは、僕と同年代の青年だった。  
まるで学生服みたいにすっきりとした背広を着て、青いネクタイも一部の隙も無い。  
服装だけなら、エリートビジネスマンを名乗れるだろう。  
でも、その長めの髪は強風に吹かれたようにワイルドにまとめられて、目付きも鋭すぎた。  
いわゆるインテリヤクザを僕はその男に連想した。  
 空中に浮かぶ謎の男女が前に出る。  
 気押されるように、僕はベランダから部屋の中に後退りした。  
まるで遠慮する様子もなく、男も部屋の中に降り立つ。  
女性も背中の翼を機械的な音を立てて折り畳んで、跡形もなく体のどこかに収納してしまったようだ。  
 突然の事態に呆然とする僕を、男は面白そうに見ている。  
あまり好意的な視線じゃないだろう。まるで品定めされているみたいだ。  
そのすぐ背後に、あの透明な美少女が音も無く控えている。  
「……“てぃんだろす”!」  
 僕は目の前の男女から目を離さずに、ベッドの下で寝ているだろう“てぃんだろす”に声をかけた。  
どうやら、寝ている場合ではなさそうだ。でも――  
「無駄だ。この家にいるあんたの『邪神』は、当分目を覚まさないぜ。俺には“眠りの大帝”がついている」  
 小馬鹿にしたような男の声は、恐らく正しいんだろう。  
この異常事態に、“てぃんだろす”や“しょごす”さんが反応しない筈が無い。  
“いたくぁ”さんは完全に無視するだろうけど。  
「そう慌てるな。別に俺はあんたに危害を加える気はないんだ……  
ちょっとした演出のつもりだったんだが、警戒させちまったようだな」  
 
 と、男は手に握る鎖をぐいと引いた。  
僕はそこで初めて、あの美少女の首に犬のような首輪が巻き付いていて、  
そこから伸びる鎖が男の手に握られている事を知った。  
「……あっ」  
 短い声を漏らして、女性が四つん這いに体を伏せる。  
その人間椅子の上に、男はどかっと腰を降ろした。  
自分の体重の倍はありそうな重量に、女性の美しい顔が僅かに歪む。  
「自己紹介はいいぜ。あんたが赤松 英だな」  
 そんな女性の苦悶なんて全く気にする様子もなく、男は語り始めた。  
「俺の名前は“雲井 明(くもい あきら)。あんたと同じ『接触者』だ」  
 あああああ、やっぱりこの展開になっちゃったか。  
この不躾な男――雲井氏も、龍田川さんと同じ『接触者』なのか。  
 じゃあ、やっぱり僕と敵対を!?  
 ……って、冷静に考えてみれば……というか、以前から疑問だったんだけど。  
「……龍田川さんといい、あなたといい、なぜ僕を襲うんですか!?」  
 身構えつつも、僕はきっぱりと尋ねた。  
 雲井氏は一瞬ぽかんとすると、今度はくくくと小声で笑って見せた。  
 明かな嘲笑を。  
「……いや、失礼。あんたは何も知らないんだな」  
「…………」  
「まぁ、何も知らずにそこまで数多くの『邪神』と接触できるのも、ある種の才能かもしれねぇが……」  
 雲井氏はゆっくりと足を組んだ。まるで出来の悪い生徒に仕方なく講義する家庭教師みたいな仕草だ。  
「教えてやるよ。『接触者』の宿命ってやつをな」  
 
 それから雲井氏が説明してくれた内容は、大まかにはゲルダさんの話を繰り返したものだった。  
 “ブラックメイド”という、よくわからないけど何だか凄そうな『邪神』の企みで、  
人間の中に『邪神』から力を借りて使う事ができる者『資格者』が出現したとか。  
ただ、その『資格者』は『邪神』と直接会うと、その時点で『邪神』の力を使えなくなってしまうらしい。  
だから、僕や龍田川さんみたいな『邪神』と直接交流している人間に仲介してもらう必要があるという。  
つまり、レンタルビデオに例えると、『邪神』は映画製作会社、『邪神の力』が映画作品、  
『接触者』がレンタルビデオ屋で、『資格者』が映画を見れるお客さんというわけだ。  
「あんたも知ってるだろ? 赤松……『邪神』の力ってやつをなぁ」  
 確かに僕は知っている。  
“つぁとぅぐあ”さんが与えてくれた恩恵のお陰で、僕は国が買えるほどの資産家になった。  
人類最強の戦闘力を持つ退魔師の集団を、“いたくぁ”さんや“てぃんだろす”、“しょごす”さんは鎧袖一触してしまった。  
どれも文字通り人知を超えた、恐るべき力だ。  
「そんなとんでもない力を使えるんだ。『資格者』が邪神の力を手に入れようとするのもわかるだろう?」  
 雲井氏は足を組み直した。何だかんだ言って、  
彼も無知な人間に自分の知識を見せびらかすのが面白くて仕方がない人種らしい。  
「ちなみに『資格者』は現在、世界に数百人存在する。今後も増加する一方だ。  
しかし、それに比べて『接触者』の人数は何人かわかるかい?」  
「いや……」  
「4人だ……たった4人しかいないんだよ。俺やあんたを含めてもな」  
 う〜ん、実は僕は希少価値が高かったのか。  
「現在確認されている接触者は、“はすたー”神との接触者である俺『雲井 明』、  
“くとぅるふ”神との接触者『龍田川 祥子』、“くとぅぐあ”神との接触者“日野 エツ子(ひの えつこ)”、  
そして、あんたというわけだ――っ!?」  
 
 ぐらり  
 その時、急に雲井氏の体が傾いた。彼にも意外だったらしく、本気の驚きを見せている。  
原因は、椅子代わりになっているあの透明な美少女の姿勢が崩れたからだった。  
やはり相当辛いらしく、悲しそうな美貌に脂汗を浮かべて、懸命に元の姿勢に戻ろうとしている。  
「……あっ」  
 憤怒の表情で、雲井氏は女性の髪を掴んで顔を引き上げた。  
「椅子になる事もできねぇのか!! 忘れるなよ、てめぇの代わりはいくらでもいるんだぜ!!」  
「申し訳……ありません」  
「ちっ……役立たずが」  
 雲井氏は忌々しそうに吐き捨てると、再び僕に向き合った。  
「話を戻すぜ……で、そんな俺達『接触者』から力を受け取りたい『資格者』は、  
国家、企業、宗教、思想団体等、様々な組織の中核に祭り上げられている。  
そいつらは『邪神』の力を使えるかもしれないんだ、それも当然だな……  
で、それがどんな意味を持つかわかるか?」  
「いや……」  
「鈍い奴だな、わからねぇか? そいつら『資格者』は、俺達がいなければ『邪神』の力が使えないんだぜ。  
つまり、俺達『接触者』は、事実上『資格者』を従わせる事ができるんだよ」  
 ずい、と雲井氏が身を乗り出してきた。明かに自分の言葉に酔っているみたいだ。  
「『邪神』の力を使いこなす『資格者』を従える……それはつまり、この世界を支配するのに等しいんだぜ」  
 さすがに僕はよろめいた。せ、世界の支配ですか……急に話のスケールが大きくなったなぁ。  
でも、僕が今まで見てきた『邪神』の力を人間が使えるなら、  
そしてそんな人達を従える事ができるのなら、それもあながち大げさではないかもしれない。  
 
「でも……話を最初に戻しますけど、それと僕が襲われる事に何の関係があるのですか?」  
「簡単な話だ。支配者は1人で充分って事さ」  
 にやり、と雲井氏が笑った。それは相変わらず嘲笑だった。  
「『接触者』が1人しかいなければ、『資格者』を独占できる。  
自分以外の『接触者』に力を与えられた奴が、敵対する恐れもない。  
つまり、俺達『接触者』にとって、同類は邪魔なだけなんだよ」  
 がーん。そ、そんな乱暴な……  
「で、でも……邪神の力を独占しなくたって、充分に力は手に入るじゃないですか。  
何も他の接触者を排除して、世界征服しなくたって……」  
「世界征服?……ガキ向けヒーロー番組の戯言みたいだが、まぁ、あながち間違いじゃないな。  
だが、世の中にはその『世界征服』が、  
自分達の最終目的にとって一番の近道である団体がある。わかるか?」  
 いきなり謎かけをしてくれたけど、僕に分かるわけないじゃないか。  
 そんな僕の考えが顔に出たのか、雲井氏は再び嘲笑を浮かべた。  
「“宗教団体”だ」  
 うわー、それって問題発言のような気が……あれ?  
「そういえば、龍田川さんは……」  
「ああ、あの女は『ダゴン秘密教団』の巫女さ。ちなみに俺も『ハスター教団』の幹部だ。  
もう分かっただろう、俺やあの女の目的は、わかりやすく言えば世界征服だ。共存なんてできないのさ」  
 僕は露骨に後退りした。それって露骨な宣戦布告だよね?  
 つまり、僕達『接触者』は、ハイランダーが龍騎でバトルロワイヤルな関係というわけなのか。  
 
「で、でも、僕はそんな大それた事はまるで考えていないわけで――」  
「だから、俺が誘いに来たんだよ」  
「え?」  
「本題に入ろう……赤松、俺と組まないか?」  
「え、え?」  
「俺とあんたが手を組めば、他の『接触者』どもは敵じゃねぇ。  
あんたは平穏な生活とやらを守れればそれでいいんだろう? 俺にそれを邪魔する気は全くない。  
ただ、俺が指示した『資格者』に『邪神』の力を与える手伝いをしてくれればいいのさ。  
それだけで、あんたはこの世界の全ての富と力と快楽を手にする事ができるんだ。悪い話じゃないだろう」  
 雲井氏の語り方は、どんな凄腕セールスマンよりも真摯で力強く、説得力があるように感じた。  
もしも“それ”が無かったなら、僕は一も二もなく反射的にイエスと答えていたかもしれない。  
 でも――  
「断る」  
 僕はきっぱりと言い切った。  
「なぜだ? さっきも言ったが、悪い話じゃない筈だが」  
 まるでこの返答を予想していたかのように、雲井氏は穏やかだ。  
「理由は簡単です。信用できないからですよ」  
 僕の視線の先には、あの無言で苦悶の表情を浮かべた人間椅子の少女がいた。  
「どんな理由があるのかはわかりませんが、  
そうして他人を椅子代わりにして平然としているような輩なんて、誰も信用しませんよ。  
さっさと帰って下さい……いや、帰れ」  
「…………」  
 ゆっくりと、緩慢なくらいゆっくりと、雲井氏は立ち上がった。  
少し顔がうつむき加減なので、その顔にどんな感情が浮かんでいるのかわからない。  
「なら、死ね」  
 
 その瞬間――天地がひっくり返った。  
 いや、正確に言えば何が起こったのかさっぱりわからなかった。  
ただ青白い光がきらめいた瞬間、僕はあっという間に何か得体の知れないものに押し倒された――  
――それだけしかわからない。後頭部を打ち付けたのか、視界に星や月や太陽が回っている。  
「……ごめんなさい」  
 その冷たくも悲しそうな声にはっとすると、目の前にあの少女の美しい顔が至近距離にあった。  
 彼女が僕の上に圧し掛かり、両手は左手1本で頭の上に組み押さえられている。  
どういう技を使っているのか、それだけで僕は指1本動かせなかった。  
そして、その細い華奢な右手は、抜き手の形で僕に指先を向けている。  
何が何だかわからない内に、極めて大ピーンチな状況にあるのは間違いないだろう。  
緊張と絶望と恐怖のあまり、僕は助けを呼ぶ事もできずにいた。  
「何をしている? さっさと殺せ」  
「……はい」  
 冷酷そのものな声に、少女は短く、そして悲しそうに頷いた。  
 抜き手の爪が、青白く輝く――その時!!  
「――!!」  
 黒い斬撃が、僕の視界を横切った――と同時に、僕の体の上から少女の重みも消えたんだ。  
次の瞬間、部屋の隅に驚愕の表情で彼女が着地したのを目撃してから、  
僕はやっと彼女が体の上から離脱した事に気付いた。  
「護衛がいただと!? 馬鹿な!! この家の『邪神』は全員眠らせたはずだ!!」  
 雲井氏が、説明的な驚愕の声を上げた。  
 あの透明な美少女が、かしゃんかしゃんと金属的な音を立てながら、あの機械の翼を背中に展開する。  
 そして、僕は自分の身を守ってくれたものの正体に気付いた。  
「……え?」  
 黒いミサンガ――あの“つぁとぅぐあ”さんが作ってくれた髪の毛のミサンガの一部分が、  
解けて長く伸び、黒く細いムチと化して独りでに蠢いているんだ。  
そして、唖然とする僕を尻目に、ミサンガはしゅるしゅると勝手に解けて、床の上にとぐろを巻き、  
みるみる増殖して膨れ上がり、あっという間に形を変えて――  
 
「まさか……君は!?」  
 焦げ茶色の癖のある髪、眠そうな美貌、幼いくせに胸は大きい背徳的な裸身――  
「まさか、そいつは!?」  
 雲井氏の驚きは本物だった。  
「“ツァトゥグアの不定の落とし仔”か!!」  
「“おとしご”ちゃん!!」  
 美しき不定の幼女が跳ねた。ほぼ同時に、青白い翼付き少女も跳躍する。  
その後、僕の部屋で起こった現象を説明するのは難しい。  
ただ、部屋の中で黒と青の光が縦横無尽に乱舞した――そうとしか表現できないよ。  
途中で雲井氏が  
『まさか、光速の400倍のスピードで動ける“ばいあくへー”の機動に付いて行けるというのか!?』  
って、例によって説明的に驚いていたけど、もちろん僕には何の事なのかさっぱりわからない。  
 そして、始まりと同じく、戦いは唐突に終わった。  
 ちょうど部屋の中央に、お互い背中を合わせるような体勢で、唐突に2人が出現したんだ。ただ――  
「……うう」  
 あの透明な少女の右半身が、真っ赤に染まっている。  
 彼女の右腕は、根元から鋭利に切断されていた。  
 その時、“おとしご”ちゃんが、もぐもぐごくり、と何かを咀嚼したように見えたけど、  
恐いから幻覚という事にしておこう。  
「……うっ」  
 青白い少女はますます顔を青白くしていたけど、やがてふらりとよろめいて、自らの血の海に崩れ落ちた。  
そのままぐったりとして動かない。  
 “おとしご”ちゃんは……相変わらず眠そうなままだ。  
 勝敗は決した。  
 
「ちっ……どこまでも役立たずだな、“ばいあくへー”よ」  
 忌々しそうに吐き捨てると、雲井氏はベランダの外に跳躍した。  
そのまま庭に落下するかと思ったら、何と彼の身体は何も無い空中に浮かんでいた。  
いや、よく見れば雲井氏の背後の空間に、  
顔の半分だけ銀色の仮面をかぶった怪しい美女の顔と腕だけが浮かんでいて、  
闇の中から彼の体を支えている。  
「今回はあんたの勝ちだ。だが、2度目はないぞ!!」  
 わかりやすい捨て台詞を吐き捨てて、雲井氏は闇の中に消えてしまった……  
 やれやれ、どうやらなんとか危機から脱出できたみたいだ。  
最後まで、何が何だったのかよくわからなかったけど。  
 それはともかく……  
「ありがとう。“おとしご”ちゃんのおかげで助かったよ」  
 僕は命の恩人である小さな少女に例を言った――が、  
「“おとしご”ちゃん!?」  
 なんと、“おとしご”ちゃんは苦しそうにうめきながら、床に伏しているじゃないか。  
よく見れば、その体のあちこちに青や紫色の痣ができている。どうやら、あの戦いは相打ちだったらしい。  
僕は慌てて彼女を抱き上げて――視界の隅に、同じく床に伏している透明な美少女、  
確か“ばいあくへー”と呼ばれていた女の子の無残な姿を見つけた。  
「よいしょ……見た目通り軽くてよかった」  
 僕は何とか彼女も背負って、全速力で押入れの奥に飛び込んだ。  
 
「あらぁ……けっこう壊れてしまいましたねぇ」  
 この緊急事態においても、“つぁとぅぐあ”さんは相変わらずおっとりとしていた。  
とにかく、何も説明しなくても、彼女達を治そうとしてくれるのはありがたい。  
「“ばいあくへー”ちゃんはぁ……まず右腕を直してぇ」  
 “つぁとぅぐあ”さんは“ばいあくへー”さんの右腕の切断面に手の平をそっと当てた。  
そのままゆっくり手を動かすと、まるでナメック星人のように失われた右腕が生えてきて、  
あっという間に綺麗な右腕が再生したんだ。さすが“つぁとぅぐあ”さん。  
「後はこのまま自然治癒力に任せれば大丈夫ですねぇ……次はぁ」  
 ぐったりとして苦しそうな声を漏らす“おとしご”ちゃんを、“つぁとぅぐあ”さんは優しく抱き上げた。  
そのまま胸の上に手を置いて、  
「うぅん……肉体よりも魂の方にダメージを受けてますねぇ。この際ですからぁ、魔改造しちゃいましょう」  
 そのまま“つぁとぅぐあ”さんは僕に背を向けて、何やら“おとしご”ちゃんに治療?を施しているみたいだ。  
時折『ゼロ戦とブラックバードを合体させてぇ』とか  
『装甲を外せるようにするのは基本ですよぉ』とか意味不明な言葉を呟いていたのが気になるけど、  
きっと魔法の呪文なんだろう。たぶん。  
 やがて――  
「はぁい、上手く直りましたねぇ」  
 再び僕に見せてくれた“おとしご”ちゃんは、確かに身体中の痣も綺麗に消えていた。  
でも、まだぐったりとして動かない。  
「眠っているのですか?」  
「いいえぇ……今から気合を入れますよぉ」  
 そう言って“つぁとぅぐあ”さんは笑った。普段の『にへら〜』ではない、あの妖艶な魔性の笑みを。  
 
 セクシーな唇を割って、熱く濡れた真っ赤な舌が現れた。  
そのまま“おとしご”ちゃんの幼女にしてはやたら大きな胸を舐め回す。  
 “おとしご”ちゃんの小さな身体がピクンと動いた。  
 “つぁとぅぐあ”さんの長い舌は、一舐めで“おとしご”ちゃんの胸のふくらみ全体を嘗め回してしまう。  
ぬらぬらと唾液の痕がいやらしく滑つき、舌先がほとんど色素の無い乳輪をくすぐると、  
やがて“おとしご”ちゃんは明確な喘ぎ声を漏らし始めた。  
「あふぅ……あらあらぁ、元気ですねぇ」  
 しばらくして完全に意識が覚醒したらしい“おとしご”ちゃんは、  
ほとんどむしゃぶりつくように“つぁとぅぐあ”さんの爆乳に飛び付いた。  
そのまま濃厚な乳首を口に含んで、ちゅうちゅうと赤子のように啜っている。  
それが“つぁとぅぐあ”さんの性感帯を刺激しているらしく、彼女も少し上気しているみたいだ。  
「うふふぅ……お返しですよぉ」  
 “おとしご”ちゃんの身体が切なそうに動いた。“つぁとぅぐあ”さんが繊細な指先で、  
“おとしご”ちゃんの秘所をノックするみたいに愛撫したんだ。“おとしご”ちゃんの秘所は未発達過ぎて、  
性器はスリットというより単なるへこみと線にしか見えないし、アヌスなんて単なる点だ。  
でも、“つぁとぅぐあ”さんのピアニストのような巧みな愛撫に、  
“おとしご”ちゃんの幼い性器は、確実に女の喜びを感じていた。  
快楽の波に翻弄されるように幼い身体をよじり、吐息を漏らし、肢体を火照らせる――  
その幼女とは思えない色香、醸し出す雌の匂い。流石は“つぁとぅぐあ”さんの分身といった所か、  
人間の幼児には絶対にありえない妖艶な色気に、僕はあの『人外の淫靡』に支配されようとしていた。  
 僕は野獣のように彼女に飛びかかった。  
「きゃぁん」  
 
 でも、さすがに“おとしご”ちゃんに飛びかかるのはマズイので、“つぁとぅぐあ”さんに抱き付いたけど。  
大きさ、形、張り、色、弾力、艶、手触り、味、感度、柔らかさ……  
全ての要素が究極な、神乳にして魔乳、まさに魔神乳とでも形容するしかない(意味不明)  
“つぁとぅぐあ”さんの爆乳を、僕は無我夢中で揉み扱き、隅々までしゃぶり尽くした。  
「んんぅん……甘えん坊さんですねぇ」  
 “つぁとぅぐあ”さんは妖しく口元を綻ばせると、僕と“おとしご”ちゃんを胸元から優しく引き離した。  
そして、“おとしご”ちゃんを僕にそっと手渡そうとする。僕は反射的にそれを受け取った。  
 腕の中の“おとしご”ちゃんは、うるうると潤んだ黒目がちの瞳で、僕をじっと見つめている。  
その瞳の幼さと、それに反する妖艶さに、僕は心臓をくすぐられるようなぞくぞくとした感覚を覚えた。  
「さっきは助けてくれてありがとう」  
 お礼のつもりで彼女の頭をナデナデすると、彼女は初めてここでふにゃっとした笑顔を見せてくれた。  
笑顔の可愛らしさと指に絡まる頭髪の滑らかさが嬉しくて、何度も頭を撫でると、  
彼女は本当に幸せそうに俯いてくれる。そんな“おとしご”ちゃんの仕草が楽しくて、  
今度は顎の下をくすぐるように撫でてみると、彼女は子猫が甘えるように身をすりよせてきた。  
ホットミルクみたいに甘い香りと、幼児特有の体温の熱さが心地良い。  
ああ、本当に可愛らしい幼女だ。その手の趣味の人の気持ちが少しわかるような気がする……  
 
 ふにょん  
「うわっ!」  
 突然、たまらなく柔らかく、そして至上の圧迫感が僕のペニスを包んだ。  
いつのまにか全裸になっている僕の下半身に“つぁとぅぐあ”さんが圧し掛かり、  
あの人知を超えた爆乳でパイズリしてくれたんだ。  
そのとてつもない包容力と魔性の快感に、僕のペニスは一瞬にして固くそそり立った。  
「あはぁ……コレ好きぃ……」  
 乳房の谷間からちょこんと顔を出した亀頭に、  
“つぁとぅぐあ”さんは軽くキスをして、舌先で先端の割れ目をほじくってくれる。  
無論、その間もまるで別の生き物みたいに内部から蠢く乳圧がシャフトを刺激している。  
2つの異なる奉仕が同時に僕を襲い、快楽の衝撃が何度も脳の中で爆発するようだった。  
 僕は“つぁとぅぐあ”さんのパイズリ&フェラチオに耐えようと、  
反射的に“おとしご”ちゃんの身体を抱き寄せて、その小さな身体に顔を埋めた。  
“おとしご”ちゃんの甘い香りが鼻腔いっぱいに広がる。  
目の前のおまんじゅうみたいに美味しそうな乳房を、丸ごと口いっぱいに頬張って、  
小さく勃起した乳首を舌先で転がすと、彼女は自分からぎゅっと僕の頭を抱き締めてくれた。  
 たっぷり『小さな巨乳』を味わってから、徐々に頭を身体の下に移動する。  
ほとんど窪みでしかないおへそをくすぐり、お尻の弾力を指で確かめながら、  
産毛の兆候すら見えない恥丘を頬擦りして、ついに“おとしご”ちゃんのあまりに幼い秘所に辿り着いた。  
 大陰口や小陰口なんて欠片も見えない、まるでマシュマロを2つ押し合わせたような未発達な性器は、  
しかし、ほんの僅かながら割れ目にほころびを見せて、熱い愛液の雫玉を光らせていた。  
割れ目の1番上には、胡麻粒よりも小さなクリトリスがかすかに確認できる。  
 
 僕はそんな“おとしご”ちゃんの秘所に、思いっきりむしゃぶりついた。  
“おとしご”ちゃんの身体が大きく跳ねる。舌先でアソコの割れ目を押し開くように何度も上下に往復して、  
左手の人差し指でクリトリスをノックする。おまけに右手の親指でアヌスも撫でるようにマッサージしてあげた。  
さすがは“つぁとぅぐあ”さんの落とし仔。こんなに幼い身体なのに、しっかり快感として愛撫に反応してくれている。  
“おとしご”ちゃんは涙を流しながら僕の頭にしがみついて、快楽の悲鳴を上げていた。  
 にゅるん  
 僕の股間から快楽の波が急速に引いて行った。“つぁとぅぐあ”さんのパイズリフェラが止まったんだ。  
「ええとぉ……“おとしご”ちゃんを貸してくださいねぇ」  
 “つぁとぅぐあ”さんの言われるままに、僕は現在進行形で快楽に震える“おとしご”ちゃんの股間から顔を離して、  
彼女に手渡した。正直名残惜しいけど、“つぁとぅぐあ”さんなら、これからもっと面白い事をしてくれるだろう。  
 “おとしご”ちゃんの顔が僕のペニスの左側、“つぁとぅぐあ”さんは右側に並んだ。  
彼女は妖絶に微笑して、“おとしご”ちゃんはぽうっとしている。  
「それではぁ、ボクと一緒に御奉仕しましょうねぇ」  
 “おとしご”ちゃんは真っ赤な顔をしながらこくり、と頷くと、恐る恐るといった感じで、  
僕のビンビンに勃起したペニスのシャフトに、小さな舌を近づけた。  
ほとんど触れたのかもわからないような、キスみたいな感触――  
彼女はアイスキャンディーを舐めるようにチロチロと舌を動かして、  
稚拙ながらも一生懸命に奉仕してくれている。  
直接的な快感よりも、その懸命な健気さと、  
幼女に奉仕させているという背徳感が、僕に至上の喜びを与えてくれた。  
「んふふぅ……“おとしご”ちゃん、お上手ですよぉ」  
 そう言う“つぁとぅぐあ”さんも、  
カリの先端を手の平で先走り汁をローション代わりにしてニュルニュルと撫で回しながら、  
僕の陰嚢を直接口に含んで愛撫してくれている。  
まるで親子のような2人の異なる奉仕が快感の相乗効果を生んで、無限の快楽連鎖を生み出していた。  
 
「……つ、“つぁとぅぐあ”さん……僕、もう限界で……」  
 たまらず僕は射精させてくれと懇願した。  
パイズリの段階から彼女と“おとしご”ちゃんが与えてくれている快感は、  
本来なら1秒に一回の頻度で射精してもおかしくないくらいのものだったんだ。  
それでも出さずに持続しているのは、“つぁとぅぐあ”さんに射精をコントロールされているからだろう。  
 “つぁとぅぐあ”さんは、再び妖艶に微笑んだ。  
「そうですかぁ……それではぁ、“おとしご”ちゃんと一緒にイきましょうねぇ」  
 僕は夢中で頷くと、“おとしご”ちゃんを抱きかかえながら立ち上がった。  
そのまま“おとしご”ちゃんを前に向かせて、僕のシャフトを跨らせるように押し付ける。  
固い肉棒が割れ目にミリミリと食い込んで、“おとしご”ちゃんは短い悲鳴を漏らした。  
不思議な事に、彼女の体重はほとんど感じられない。  
ただペニスに柔らかくて温かな、そして心地良い抱擁感があるだけだ。  
 僕は“おとしご”ちゃんの腰を掴んで、シャフトに押し付けながら勢い良く前後に動かした。  
 いきなり秘所を激しく刺激されて、“おとしご”ちゃんは全身を震わせた。  
 “おとしご”ちゃんが彼女の秘所から滲み出る愛液が潤滑油になって、  
素股特有の感触に微妙なアクセントを与えてくれる。  
それがたまらなく気持ち良くて、僕はますます早く彼女の腰をこすりつけた。  
 
「最後はぁ……ボクに飲ませてくださいねぇ」  
 “つぁとぅぐあ”さんが僕達の正面に腰を落として、  
僕のペニスと“おとしご”ちゃんの秘所の目の前に顔を近付けた。  
彼女は口をOの字に開きながら熱く濡れた舌を伸ばして、  
淫猥に僕達の精を受け止めようとしてくれている。  
 そのあまりに卑猥な美貌が、最後の引きがねとなった。  
 “おとしご”ちゃんが仰け反るように身体を硬直させる。  
「ううっ!!」  
 同時に、僕は爆発した。  
 ホースで水をぶちまけるように、信じられないくらい大量のザーメンが噴出した。  
 ぷしゃあああああ……  
 そして、なんと“おとしご”ちゃんは絶頂と同時に失禁してしまい、  
黄金色のオシッコを勢い良く吹き出したんだ、  
「やああぁん……うふふぅ…美味しぃ」  
 ザーメンとオシッコを同時に顔面に浴びせられながらも、  
“つぁとぅぐあ”さんはあくまでも妖艶に、そして美しく、躊躇いもせずにそれをすすり飲んだ……  
 
 
 その後――3人でさんざん互いの身体を貪りあった後――  
抱き合いながら性交の余韻に浸っていた僕の視界の隅に、突然、青白い光源が出現した。  
「……ここは…?」  
 慌てて起き上がって見てみると、それは――  
青白く発光する半透明な羽衣を身にまとった、儚げで、悲しげな美しい少女……  
“ばいあくへー”さんだ。  
 しばらく、ゆっくりと周囲を見渡していた“ばいあくへー”さんは、  
やがて自分の右手をまじまじと見詰めて、どこか切なそうな吐息を漏らした。  
「……なぜ、私を助けたの。貴方を、殺そうとしたのに」  
 僕の方を向く事無く、彼女は独り言のように呟いた。とっくに僕達の事は認識しているらしい。  
「いや、あの状況なら普通は助けるでしょ。特に深い意味はないです」  
「…………」  
 “ばいあくへー”さんは無言で起き上がった。  
警戒するように“おとしご”ちゃんが身構えるのを、“つぁとぅぐあ”さんがそっと止める。  
 かしゃかしゃかしゃん……  
 無骨な金属製の翼が展開される。青白く、そして儚く輝くその姿に、  
僕は偉大な『邪神』ではなくか弱い『かげろう』を連想した。  
 
「………がとう」  
 ちら、と彼女は横目で僕を見つめた。  
その瞳に宿る光の可憐さに、はっとした次の瞬間――  
“ばいあくへー”さんは、飛行機雲のような青白い光の痕跡を残して、  
闇の中に消え去ってしまった……  
「…………」  
 僕はしばし呆然としていた  
。“ばいあくへー”さんのあまりの美しさと、儚い悲しさに、呆然と心を奪われていたんだ……  
 むにゅん  
 ぎゅっ  
「うわわっ!?」  
 突然の柔らかな衝撃で、僕はたちまち我に帰った。  
“つぁとぅぐあ”さんが背後から、僕の頭をその爆乳で挟むように抱きしめて、  
“おとしご”ちゃんが正面から僕の腰にぎゅっとしがみついている。  
「余所見してはぁ……ダメですよぉ」  
 そんな“つぁとぅぐあ”さんの声には……  
なんと! 恐るべき事に!! 少し怒ったような響きがあったんだ!!!  
 愕然と振り向いた僕に、  
「お腹が空いてきましたねぇ」  
 “つぁとぅぐあ”さんは、相変わらずの『にへら〜』とした笑顔を見せてくれた。  
 
 
「まア、そんな事があったなんテ……警戒を強化しなければいけませんネ」  
 “しょごす”さんは糸目を無念そうに吊り上げて、拳をぶるぶる震わせていた。  
ちなみに、その手の中には金属製のスプーンがある筈なんだけど、  
おそらく今は豆粒くらいに圧縮されているんだろうなぁ。  
「わぅん……あん、わん!!」  
 “てぃんだろす”も尻尾をピンと吊り上げて、戦闘意欲をアピールしているつもりらしい。  
 翌朝、僕達は朝食の中華粥を食べながら、昨夜の襲撃事件を皆に伝えていた。  
「……たぶん……最後に現れたのは……“ひぷのす”……  
……『外なる神』を……仲間にしてる……危険が危ない……」  
 例によっていつのまにかいる“いたくぁ”さんが、  
もっともらしく頷きながらも勝手に中華粥を食べている。  
「はぁ……」  
 なんとなく、僕は自分の左手の手首を見た。  
 焦げ茶色のミサンガ――休眠状態の“おとしご”ちゃんがそこにいる。  
普段は主に似て眠っているんだけど、いざ僕に危機が訪れた際には、  
元の姿に戻って僕を助けてくれるそうだ。  
しかし、こんなものが必要な事態になるなんて……ああ、平穏な日常が恋しいなぁ。  
 その時――皆が一斉に庭の方を向いた。  
「何者かが庭に侵入したようでス」  
 僕にはさっぱりわからないけど、どうやら神様の超感覚で、不審者を感知したらしい。  
 (“いたくぁ”さん以外の)一同の間に緊張の糸が走る。  
 
「私が見に行きまス」  
 “しょごす”さんが悠然と庭の窓を開けて外に出た。  
“てぃんだろす”が僕の足元で四つん這いに身構える。  
“いたくぁ”さんは、その隙に皆の中華粥を自分の器に移していた。  
 数秒後――  
「御主人様、来て下さイ!!」  
 “しょごす”さんの声に、僕達は慌てて外に飛び出した。そして、そこには――  
「ううう……誰かぁ……」  
 ぐったりと力無く地に伏して、“しょごす”さんに介抱されている謎の女性の姿がいたんだ。  
 まるで牛乳瓶の底みたいな度の強い眼鏡を付けた、ショートヘアの小柄な女性だった。  
ほとんど着の身着のまま飛び出したらしく、ピンク色のパジャマ以外は何も身に着けていない。  
「もしもし、大丈夫ですか!?」  
 ぺちぺちと軽く頬を叩くと、謎の女性は呻き声のような声を漏らした。  
「……お願い…助けて……“奴”が……追ってくるの…」  
「もしもし!! 大丈夫ですか!? もう誰もいませんよ!! お名前は!?」  
 意識を保たせるために、大声で彼女に呼びかける。  
 そして、彼女の返事は――  
「私は……日野 エツ子…です……」  
 
 続く  
 

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