……人間、本当に驚いた時には、体も心も硬直して、同時に弛緩するという矛盾した状態になるという。  
いわゆる茫然自失ってやつだ。  
 今の僕は、まさにそんな状態だった。  
 いつも僕におっとりと優しい笑顔を向けてくれる“つぁとぅぐあ”さんが――  
岩壁にもたれかかるように、ぐったりと動かないでいる!?  
 巨大なスズメバチを思わせる機械兵器の半透明な頭部の中に浮かぶ、  
蒼髪の華奢で可憐な裸身の少女――“ばいあくへー”さんが生きている!?  
 “つぁとぅぐあ”さんに対する戦慄と嘆き、  
“ばいあくへー”さんに対する驚愕と嬉しさに、僕の頭の中は真っ白だ。  
「残念だったね、赤松……肝心のシーンを見逃しちゃってさ」  
 そんな僕の意識を正気に戻したのは、日野さんの冷たい声だった。  
「見物だったわよ、この“ばいあくへー”の一撃で、“つぁとぅぐあ”が眠りながらくたばる様子はね」  
 心の臓が凍り付くような感覚が走る。  
「“つぁとぅぐあ”さん!?」  
 慌てて駆け寄ろうとした僕を、目の前に突き刺さる柱のような機械蜂の触脚が止めた。  
飛び散る岩片が美しい顔に当たっても、“つぁとぅぐあ”さんはまるで反応を見せない……  
気絶しているのか、昏倒しているのか、それとも、まさか……!?  
 
『んぁあああ……ぁぁあっ』  
 その時、頭部キャノピーの中に浮かんでいる“ばいあくへー”さんが、苦しそうに身悶えした。  
「“とぅーるすちゃ”神の邪魔をした時は、どうしてやろうかと思ったけど、思った以上の拾い物だったね。  
少しの改造でここまでの戦闘兵器に化けるとは正直思わなかったわ」  
「彼女に……“ばいあくへー”さんに何をしたんだ!!」  
 自分でも驚くくらいの怒声だったけど、日野さんは涼しい顔で受けた。  
「さっきも言ったろ? “とぅーるすちゃ”神に体当たりしたバカな奉仕種族を捕らえて、  
戦闘兵器の母体に改造したのさ。元々雲井に弄くられていたからね。改造は容易だったよ」  
 彼女は生きていたのか……しかし、感慨にふける余裕は無いだろう。  
『んぅぅぁぁあああ……!!』  
 それにしても、“ばいあくへー”さんの苦しみ方は尋常じゃない。  
キャノピーの内側に爪を立てて身を捩り、この距離に聞こえるくらいの大声で泣き喚いている。  
「ちょいと五月蝿いけど我慢してよね。  
24時間ノンストップで意識を覚醒させるために、直接痛覚を刺激しているだけだから。  
激痛のあまり発狂しても、すぐにまた激痛で正気に戻るから安心してね」  
「…………」  
 あまりの事に、僕は一言も声を漏らせずにいた。汗もかかず、呼吸も静かで、そのくせ全身が燃えるように熱い。  
人間、あまりに怒りが激しいとこうなるらしい。  
「さて御分かりかしら? ゲームは私の勝ちよ。赤松」  
 そんな僕の心情を知らず、日野さんは無邪気に勝ち誇っていた。  
 そのあまりの無邪気さに、僕は怒りを燃やすと同時に愕然とした。  
あの女は……本気で神々の戦いを『ゲーム』としか考えていないんだ。  
“つぁとぅぐあ”さんや“ばいあくへー”さんを、自分の『接触神』である“くとぅぐあ”さんや“とぅーるすちゃ”さんまで、  
あくまでゲームの駒としか思っていないんだ。  
 日野さんの部屋で語ったように、彼女は本気で『神は人間の道具』と信じているんだ。  
 
 ごぉおおおおお……!!  
 その時、凄まじい轟音と熱気が僕の横っ面を乱暴に撫でた。どれくらい激しい熱風なのか、  
直接僕に火が当たったわけではないのに、髪の一部がチリチリになっていく。  
 こうして僕と日野さん達が対峙している瞬間にも続行されている、  
“あとらっく=なちゃ”さんと“くとぅぐあ”さんの戦いの余波だ。  
「――ニャルラトテップに喧嘩を売るだけの事はありますわね」  
 “くとぅぐあ”さんの炎をまとった斬撃を受け止める、  
下半身を超巨大な漆黒の蜘蛛に変えた“あとらっく=なちゃ”さんも、  
普段の華麗で妖しい口調に苦味を混ぜている。  
「…………」  
 “あぶほーす”さんもン・カイのさらに奥で“とぅーるすちゃ”さんと交戦中だ。  
お互いじっと睨み合ったまま動かないように見えるけど、  
おそらく人知を超えた概念による神々の戦いを繰り広げているのだろう。  
「あちらの戦いはほぼ互角。いわゆる千日戦争状態ね。  
しかし、ここにこの“ばいあくへー”が参戦したらどうなるかな?」  
 日野さんは最終鬼畜兵器な巨大蜂の腹部を愛しそうに撫でた。  
「さっきも言ったけど、このゲーム、私の勝ちよ」  
 確かに彼女の言う通りだろう。現状では互角の勝負らしいあちらのパワーバランスも、  
“ばいあくへー”さんが加わればたちまち一変する。  
“つぁとぅぐあ”さんが動かない以上、このままではン・カイチームの敗北は必至だ。  
「さあ、お喋りはここまで……どんな風に殺されたい? ひでぼんちゃん?」  
 お茶の温度を聞くぐらい軽い口調で、日野さんが尋ねて来た。  
それが決して冗談じゃない事は、いくら僕でも理解できる。  
 絶望が氷の掌で僕の心臓を握り潰そうとしている。  
 いや……まだ諦めるな。  
 諦めちゃダメだ。  
 死ぬのは最後の最後まで足掻いてから――  
それはどんなにちっぽけな生き物にも課せられた、生物としての義務だ。  
 どうする?  
 どうすればこの危機から逃れられる?  
 
 かちり  
 
 その時――ズボンの後ろポケットの感触が、僕の絶望をたちまち打ち消してくれたんだ。  
 たった一度だけ、どんな願いもかなえてくれる神話的アイテム……『銀の鍵』だ!!!  
 僕は自分でも情けないくらいブルブル震えながら、後ろポケットから『銀の鍵』を取り出した。  
そんな様子が怯えているように見えるのだろう。日野さんは嘲笑しながら僕の見ているだけだ。  
 この鍵を使えば、あの憎いあんちくしょうも一瞬で消し去る事が――!!  
『くぅぅぅ……ああっ!! あっ!!』  
 “ばいあくへー”さんの苦痛の声が、僕の頭に冷水をぶっかけてくれた。  
 ――即時的な願いで、世界改変の力を使わないで――  
 以前、彼女はそう教えてくれたじゃないか。そう、ここで鍵の力で日野さんを倒しても、  
また新たな『接触者』が襲いかかってくるに違いない。  
 “戦い”そのものが2度と起こらないようにしなければ駄目なんだ。  
 どんな願いならば、その望みをかなえられる!?  
 考えろ。  
 考えろ……  
 考えろ――!!  
「…………」  
 僕はゆっくりと『銀の鍵』を突き出した。使い方は、なぜか理解できた。  
「……その鍵は……?……まさかっ!!」  
 日野さんの顔色が一変する。彼女もこの鍵の力を知っているのだろう。  
「“ばいあくへー”!! 奴を殺せ!!」  
 以前、誰かが言ったのと全く同じ台詞が、醜く歪んだ日野さんの口から発せられた。  
 巨大な蜂の触脚が、僕目掛けて振り下ろされる。  
 同時に――僕は鍵をひねった。  
 
 かちり  
 
 何も無い空間、何も無い時間の影から、確かにその音が世界中に聞こえた。  
 一瞬、眩暈にも似た衝撃が頭の中を駆け巡る。  
 この瞬間、世界の何かが“変わった”――僕だけじゃなくて、世界中の誰もがそう感じただろう。  
 そして『銀の鍵』は、役目が終わったとばかりに粉々に砕けて、  
闇の世界へ四方八方に散らばり……消えてしまった。まるで宇宙にきらめく星々のように。  
「あんた……『銀の鍵』で何を願ったの?」  
 わなわな震えているらしい日野さんの姿は、半分しか見えない。  
 振り下ろされた巨大蜂の触脚が、僕の鼻先をかすめるように地面に突き刺さっているからだ。  
死の一撃をそらしたのが、『銀の鍵』が発動した際の眩暈なのか、  
それとも“ばいあくへー”さんの意志なのか……それはわからない。  
「何を願ったのかと聞いている!!!」  
 わかるのは、日野さんが今までに無く怒り狂っている事だ。  
「大した願いじゃないですよ……  
ただ、『資格者』が『邪神』に遭遇しても、『資格者』の力を失わないようにしただけです」  
「『資格者』が……『邪神』に会っても力を失わない!?」  
 さすが日野さん、すぐに僕の意図に気付いたらしい。  
 今までは、『資格者』は『邪神』と直接接触すれば、その時点で『資格者』の力を失う事になっていた。  
その為に仲介役に『接触者』が必要で、その為『資格者』は『接触者』の言いなりになるしかなかった。  
だから僕以外の『接触者』は、同類を排除して、『資格者』を独占しようとしていたんだけど――  
「これで、僕達『接触者』の存在価値は無くなったわけです。『資格者』の独占は諦めましょう」  
 そう、これで今後『接触者』同士の戦いも無くなるわけだ。  
 
「な……な……何て…事を……」  
「まぁ、これでゲームは“流局”ってやつですね」  
「……赤松……あァァかァァァまァァァァつゥゥゥゥゥ――!!!」  
 そして、今までで最大最強最悪の怒りの波動が、彼女の全身から吹き上がった。  
なまじ美人なだけに、その姿は下手な『邪神』よりも恐ろしい。  
うーん、戦う理由が無くなったら、僕を襲う理由も無くなると、淡い期待を持ったんだけど……  
やっぱり虫が良すぎたみたいだ。  
「……ッ……ッッ!!」  
 もう、日野さんの叫びは人間の声をしていない。ただ、僕にとってありがたくない命令である事はわかった。  
 すぐ目の前にあった触脚が、猛烈な勢いで僕を跳ね飛ばしたのは次の瞬間だった。  
落下地点に“つぁとぅぐあ”さんの柔らかな身体がなかったら、  
僕は猛スピードで岩肌に激突して即死していただろう。  
僕自身は全身がバラバラになるような衝撃が走っても、“つぁとぅぐあ”さんはぴくりとも動かないままだ。  
「……ッ……死ねッ!!!」  
 朦朧とする意識の中、その単語だけははっきりと聞こえた。  
『あああぅ!! うあぁああああ!!!』  
 巨大な機械蜂が、“ばいあくへー”さんの悲鳴と連動するように死の鉤爪を持ち上げる。  
 でも、満身創痍の僕の心は、とても落ち付いていた。  
 深く……静かに深呼吸して……そっと美しい耳に語りかける……  
 
「“つぁとぅぐあ”さん、起きて下さい。供物を持ってきました。ご飯ですよ。」  
 
「ふわぁ……おはようございますねぇ」  
 
「……は?」  
 ぽかんと日野さんが口を開けて呆然と見守る中、  
“つぁとぅぐあ”さんは眠そうに背伸びをして、『にへら〜』としたいつもの微笑みを向けてくれた。  
「それでぇ……今日の供物は何でしょうかぁ」  
「あ、あれです!! あの弾幕洗濯機な最終鬼畜兵器です!!」  
 今、まさに鉤爪が振り下ろされようとしているのを見て、僕は慌てて“つぁとぅぐあ”さんの背後に回った。  
「あ、ただしコックピットの“ばいあくへー”さんは食べちゃダメですよ」  
「え〜」  
「ダメですってば」  
「はぁい……美味しそうなのにぃ」  
 “つぁとぅぐあ”さんの膨大な髪の毛が、ざわざわと蠢いた。  
そして、異変が起こったのは“ばいあくへー”さん――あの機械蜂の足元に広がる髪の海原だ。  
まず、赤い裂け目が2つ生じた。八の字型に並んでいるので、まるで邪悪な真紅のタレ目に見える。  
さらに、真紅の目の下に広がる髪が盛り上がり、火山の火口のように形を変えて――牙を向く巨大な顎と化した。  
 そして――  
 ばくん  
 瞬きにも満たない一瞬の内に――あの巨大な機械蜂が、一口で髪の大口に飲み込まれてしまったんだ。  
そのままムシャムシャと咀嚼するように髪の顎が蠢いて……ごくん、と飲み込む音を、僕は確かに聞いた。  
 
 ……ぷっ  
 数秒後、まるで小骨を吐き出すように、小さく開いた髪の裂け目から、  
蒼髪の可憐な美少女、“ばいあくへー”さんが飛び出す。  
慌てて受け止めた“ばいあくへー”さんは、ぐったりと気絶しているけど無事のようだ。よかったよかった。  
「そ、そんなバカな……“つぁとぅぐあ”神は死んだ筈ではなかったの!?」  
 日野さんの驚愕したような呆れたような微妙な叫びも当然だろう。  
“つぁとぅぐあ”さんはホントに死んだように深く静かに眠るからなぁ。  
一度眠るとちょっとやそっとじゃ起きないし、初見の者なら死んでると勘違いしても不思議じゃないだろう。  
 そう、彼女は『旧支配者』――“死して眠るもの”なんだ。  
 ……まぁ、僕も“つぁとぅぐあ”さんが寝ているだけだという事に気付いたのは、  
さっき機械蜂の触脚に跳ね飛ばされた瞬間、  
彼女の髪の毛が動いて衝撃を和らげてくれたのを目撃したからなんだけどね……  
「さて、どうやらゲームは僕の勝ちですね。日野さん」  
 彼女の口調をできるだけ真似して、僕は日野さんに語りかけた。  
さっきとは全く逆の立場で、戦力比は逆転したんだ。  
このまま彼女を屈服させれば、この馬鹿馬鹿しい戦いも終わらせる事ができるだろう……  
その時、僕はまだそんな事を考えていた。  
 そう、確かにこれで戦いは終わった。  
 しかし、それは僕の想像とは全く異なる形での終焉だったんだ。  
 
「……“くとぅぐあ”神!!“とぅーるすちゃ”神!!私を守りなさい!!!」  
 ほとんど悲鳴のように日野さんは叫んだ。  
 戦いの真っ最中だった“くとぅぐあ”さんと“とぅーるすちゃ”さんが、きょとんとしたように振り返る。  
 “あとらっく=なちゃ”さんは気が抜けたように肩をすくめ、  
“あぶほーす”さんは相変わらず無言のままだ。  
 ほんの少しだけだけ悩むそぶりを見せた“くとぅぐあ”さんと“とぅーるすちゃ”さんは、  
やがて赤と緑の炎の矢と化して、日野さんの側に降り立った。  
「ふ、2人とも……私をあいつらから守りなさい!!」  
 ガタガタ震えながら僕を指差す日野さんは、明らかに常軌を逸しているように見える。完全にパニック状態だ。  
「守れ……? それはいつもの願いか、それとも指示か?」  
 “くとぅぐあ”さんの声は不服そうだった。その声に非常に危険なものを感じた僕は、  
今までの事も忘れて日野さんに注意を促そうとしたんだけど……  
「うるさいわね!! あんたは言われた通りに私を守ればいいのよ!!!」  
 それより先に、日野さんは叫んだ。言ってしまったんだ。  
 
 どしゅ!!  
 
 身の毛のよだつような音が、暗黒世界に轟いた。  
「……が…ぁ……ぁあ……はぁ…」  
 驚愕の表情で固まった日野さんの口から、ゴボゴボと音を立てて赤黒い血が零れ落ちる。  
その胸の真ん中から、血塗れの手首が生えていた……“くとぅぐあ”さんの手首が。  
 
「もう、お前は可愛くない」  
 静かに、優しいくらい静かに“くとぅぐあ”さんは囁いた。そう、恐ろしいほど優しく、静かに。  
「…………」  
 僕は声も出せなかった。  
 ずるり、と嫌な音を立てて、“くとぅぐあ”さんの血に染まった手が抜き取られる。  
糸の切れた人形みたいに、床に崩れ落ちた日野さん……そう、この光景は、雲井氏が死んだシーンの再現だ。  
「……な……ぜ……わ…た……し……が……」  
 岩肌に流れ落ちる血の量に比例して、彼女の身体からみるみる血の気が引いていく。  
 “くとぅぐあ”さんは何も答えなかった。“とぅーるすちゃ”さんも平然としている。  
きっと彼女達にとっては、味の無くなったガムを吐き捨てるのと、同じ感覚なのだろう。  
「…………」  
 やがて彼女は完全に動かなくなり……そして、何の前触れも無く燃え上がった。  
真紅の炎に包まれた日野さんは、数秒もしない内に黒焦げの灰と化していく。  
 日野さんは――彼女の破滅は、最初から決まっていたのかもしれない。  
彼女はゲームや漫画みたいに、人間が『神』に勝る存在だと考えていた。  
人間が『邪神』を操れると考えていた。『接触者』の自分は運命に選ばれた英雄だと考えていた。  
だから、こうして破滅したんだ……  
 ……人間という種族なんて、この大宇宙とその化身である『邪神』と比べたら、塵芥にも満たない存在なのに……  
「邪魔したな、帰らせてもらおう」  
 その一言を残して、“くとぅぐあ”さんと“とぅーるすちゃ”さんは、闇の中に消えていった……  
……というのは、後で聞いた話だ。  
 僕の心の中には――『恐怖』だけがあった。  
 日野さんの惨劇は、決して他人事じゃない。  
たまたま僕の『接触神』には“つぁとぅぐあ”さんを始めとして、気の良い神様が多いだけで、  
彼女に見捨てられたら、あるいは彼女の気を悪くすれば、たちまち僕は破滅するんだ。  
 全ての戦いが終わったにも関わらず、僕の心は暗黒の世界にいた……  
 
「……ん……ぁあ……」  
「あらぁ……お目覚めですねぇ」  
 でも、そんな僕の心に光を刺し込めたのは、その『邪神』の声だったんだ。  
 僕の腕の中で“ばいあくへー”さんは、弱々しく、しかしはっきりと瞼を開いた。  
「ぁああ……ああ……あ…か……ま……」  
「そう、僕ですよ。まだ喋ってはダメです……“つぁとぅぐあ”さん、お願いします!!」  
 僕は彼女を“つぁとぅぐあ”さんに手渡しつつ『お願い』した。『命令』じゃない。『願い』だ。  
しかし、このほんの些細な違いが重要なんだろう。  
人間は神様に対して、願いをかける事しか許されないのだから。  
 そして、僕の最愛の神様は……  
「はぁい……うん、これくらいならぁ、すぐに魔改造で回復させてあげますねぇ」  
 『にへら〜』と、のんきで、優しく、怠惰に、暖かな微笑みを浮かべてくれたんだ――  
 
「わぉん!! わんわわん!!」  
「御主人様、御無事でしたカ!?」  
「……玉露クレー……」  
 しばらくして、僕の大事な神様達も、押入れに続く靄の中から次々と登場して、  
僕の胸の中に飛び込んできた。あ、“おとしご”ちゃんと他1名は除いて。  
「みんな、無事だったんですね」  
「はイ、危機一発でしたガ、急に“ひぷのす”神も“らーん=てごす”神モ、  
戦いをやめて消えてしまったのでス」  
「そうでしたか……皆さん、本当にありがとうございました」  
「きゅぅううん……」  
「……だから……玉露……」  
 心配そうに僕の顔をぺろぺろ舐める“てぃんだろす”をあやしながら、  
僕は心の底から“しょごす”さんと“おとしご”ちゃん、そして“いたくぁ”さんに頭を下げた。  
「やれやれ……世話のかかる隣人を持つと苦労しますわね」  
「…………」  
 再び闇の中に消えていく“あとらっく=なちゃ”さんと“あぶほーす”さんの後姿にも、  
誠心誠意を込めて頭を下げる。おそらく、誰が欠けても僕の命は無かったのだろう。  
 ……いつか、僕も彼女達に見捨てられて、日野さん達のように破滅するのかもしれない。  
それが『邪神』と『接触』した者の、逃れられない運命なのかもしれない。  
 でも、今はこうして皆と一緒にいられる幸せを噛み締めたい。  
その思い出さえあれば、将来来るかもしれない破滅も、笑って受け入れられるだろう。  
 それで十分だった。  
 
「――よかったわねぇ、ホントに」  
「はい、ありが――」  
 背後からの声に笑いながら振り向いて――僕の笑顔は凍り付いた。  
 “だごん”さん、“はいどら”さん、“おとぅーむ”さんに“ぞす=おむもぐ”さん……  
幾多の『邪神』を従えて、龍田川さんがボロボロのスーツ姿のまま、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。  
額にはっきりと青筋を浮かべて!!  
「ふぅん……『銀の鍵』を使ったんだぁ」  
「は、はい」  
「それもずいぶんスゴイ願いに使ったのねぇ」  
「は、はぁ」  
「これで、ダゴン秘密教団・ニコニコ組の野望も雲散霧消しちゃったのよねぇ……」  
「は、はぅ……」  
「なんて事をしてくれたのよアンタはぁああああああああ!!!!!」  
 次の瞬間、龍田川さんの華麗な後ろ回し蹴りが、僕の顔面に炸裂したのだった……  
……ダルケスは強いなぁ――  
 
 数日後――僕はいつもの供物を持って“つぁとぅぐあ”さんに会いに行った。  
あれから少し日が開いたのは、龍田川さんにボコボコにされて、  
しばらくベットから起き上がれなかったからだ。とほほ、情けない……  
 荷台一杯のおにぎりを引っ張って、黒い靄の中を進む。自然に足が速くなるのは、  
久しぶりに“つぁとぅぐあ”さんに会える嬉しさもあるけど、  
彼女に預けている“ばいあくへー”さんの事も気になっていたからだ。  
 “つぁとぅぐあ”さんの事だから、魔改造とかいう治療に関しては大丈夫だと思うけど……  
まさか、うっかり彼女を食べちゃったりして……  
 あはははは……有り得る!!!  
 僕はダッシュでン・カイへと雪崩れ込んだ。  
「んんぅ……まぁ、ひでぼんさんですねぇ」  
 聖母のように優しく、魔王のように威厳ある“つぁとぅぐあ”さんは、  
横たえた身体を半身に起こして、僕に『にへら〜』と挨拶してくれた。  
「お、おはようございます……あの、“ばいあくへー”さんは無事ですか?」  
 キョロキョロ辺りを見渡しても、彼女の姿はどこにもない……まさか!?  
 動揺する僕を他所に、“つぁとぅぐあ”さんは相変わらずマイペースだ。  
「“ばいあくへー”さんですかぁ……うぅん、魔改造は――」  
「……無事に完了してるわ」  
 その時、岩陰から薄青色の羽衣をまとわせた蒼髪の可憐な美少女――  
“ばいあくへー”さんが姿を現したんだ。よかった。どうやら食べられずに済んだらしい。  
「そんなに離れなくてもイイと思うのですがねぇ……」  
 ほんの少しだけ口を尖らせているように見えなくもない“つぁとぅぐあ”さんの言葉通り、  
確かに彼女は僕と“つぁとぅぐあ”さんから10mは離れた場所に立ち、側に近寄ろうとしない。  
「……寝ている時、何度も噛まれたから」  
 どうやら、食べられかけたのは事実らしい……  
 やがて彼女は“つぁとぅぐあ”さんが寝惚けていない事を確認した後、僕達の側に来てくれた。  
 
「ええと、身体の方は大丈夫なんですか?」  
 “ばいあくへー”さんは小さくこくりと傾いた。  
「……肉体的損傷は完全に回復したわ……ありがとう」  
 素っ気無い口調で礼を言う“ばいあくへー”さんは、  
相変わらず可憐で、華奢で、淡雪のように儚く、そして美しい。  
 でも……彼女の構成要素の1つである『悲しさ』が、幾分薄れているように見えた。  
それが僕には嬉しかった。  
「……貴方達には大きな借りができたわ」  
「いや、そんな、気にしないで下さいよ」  
 実際、僕は特に何もしていないし。  
「それではぁ……せめて一口食べむぐむぐぅ」  
 ヘッドロック気味に“つぁとぅぐあ”さんの発言を封じた僕に、  
“ばいあくへー”さんはどこか切なそうな流し目を見せた。  
「……“はすたー”様の許可が得られるなら、私は貴方の『接触神』となって、  
貴方を守りたい……貴方さえ良ければ」  
「ははは……また危ない時にはよろしくお願いしますよ」  
 その時、僕が陽気に片手を上げたのは、単に彼女に賛同の意を伝えるための仕草であって、特に意味はない。  
 しかし、彼女の反応は檄的だった。  
「――ッ!!」  
 “ばいあくへー”さんは瞬時に青ざめるやビクっと身体を脈動させて、  
そのまま膝を抱えるようにしゃがんでしまったんだ。  
まるで発作を起こしたようにガタガタ震えながら、  
小声で『申し訳ありません、申し訳ありません』と呪文のように呟いている。  
 一瞬、呆然とした僕は、しかしすぐに彼女の症状に気付いた。  
「“ばいあくへー”さん……」  
「……ごめんなさい……ごめんなさい……貴方が嫌いなわけじゃないの……でも……でも……」  
 子供のように怯える彼女を見下ろしながら、僕は同情の吐息を漏らした。  
 雲井氏を初めとした連中に、あれだけ性的虐待や拷問を繰り返されたのなら、  
トラウマを抱かない方がどうかしている。敵でもなんでもない人物の、一挙一動にこうして怯える彼女に対して、  
僕になにもできないのだろうか。死を賭してまで、彼女は僕を助けてくれたのに……  
 
「……あっ」  
 そして、苦悩する僕を助けてくれたのは……やっぱり僕の最愛の女神様だったんだ。  
 いつのまにか彼女の背後に回っていた“つぁとぅぐあ”さんが、  
すばやく、しかしとても優しく彼女を抱き寄せたんだ。  
 おそらく、男女を問わずに身体に触れられるだけで拒否反応を示すだろう“ばいあくへー”さんは、  
事実一瞬硬直したものの、すぐに身体を弛緩させて、“つぁとぅぐあ”さんの柔らかな肢体に身を預けてきた。  
 さすがは“つぁとぅぐあ”さん。その包容力と癒しパワーは邪神一だろう。  
「心の中がまだ完全に直っていないみたいですねぇ……すぐにメンテナンスしましょうかぁ」  
 “つぁとぅぐあ”さんの微笑みの種類が変わった。  
 優しく、おっとりとした聖母から、妖艶で恐ろしい女魔王のそれに――  
「……んぁぁ…ぁああっ!……やぁ…ごめん…なさぃ……」  
 背後から“ばいあくへー”さんを抱きかかえるように彼女を押さえる“つぁとぅぐあ”さんは、  
今回は髪の毛を使わずに、その美し過ぎるくらい美しい淫手で、直接彼女の肌を愛撫し始めた。  
 掌が薄い乳房を持ち上げるようにマッサージして、指先で羽衣の影に隠れた小さな乳首をくすぐる。  
その度に、“ばいあくへー”さんはイヤイヤするように上半身をくねらせて、吐息を熱くしていた。  
 足を絡めてかき開かれた秘所は、微妙な位置で羽衣が邪魔になって直接見えなくなっている。  
その羽衣の上から“つぁとぅぐあ”さんの指が踊った。  
秘所に押し付けられた羽衣は、はっきりと性器全体の形を浮き上がらせて、  
やがてジワジワと内側から濡れて薄桃色の花弁を透かせていく。  
「……ごめ…ん……な……あぁあああっ!!んふぁあああ!!」  
 どれほどの時間が経過したのか、“ばいあくへー”さんは“つぁとぅぐあ”さんの魔性の愛撫に、  
普段の清楚さをかなぐり捨てて悶え、嬌声を上げていた。  
まるでピアニストかハープ奏者のように“つぁとぅぐあ”さんの指先が“ばいあくへー”さんの裸身を奏でると、  
淫靡な楽器と化した“ばいあくへー”さんが甘い声で快楽の唄を歌っていく――  
 
「……はぁ…はぁ……はふぅ」  
「あぁん……ふふふ、“ばいあくへー”さんも甘えん坊さんですねぇ」  
 切なく身悶えする“ばいあくへー”さんが顔の向きを変えて、  
目の前に圧倒的なボリュームで広がる爆乳に頬擦りし、朱鷺色の乳首を口に含んだ。  
まるで赤子みたいにちゅうちゅう音を立てて乳首をしゃぶる“ばいあくへー”さんの頭を、  
“つぁとぅぐあ”さんが慈母の光を瞳に宿してゆっくりと撫でる。  
その度に、“ばいあくへー”さんの強張っていた表情が、徐々に穏やかなものになっていった。  
「ひでぼんさんもぉ……御一緒しませんかぁ」  
 再び瞳に妖しい光を宿して、僕をゆっくり手招きする“つぁとぅぐあ”さん。  
悩むまでもない。今の僕は2人の濃厚なレズプレイでで、あの『人外の淫靡』に支配されていた。  
 破るように服を脱ぎ捨てて、死に物狂いで彼女達の元へと特攻する。  
 しかし――  
「……あッ」  
 僕が側に近付くと、再び“ばいあくへー”さんは身を強張らせて、怯えた視線を向けてきたんだ。  
うーん、やっぱりまだ男に対する不信感は拭えないみたいだ。単に僕が嫌われているだけなのかもしれないけど。  
「……私は大丈夫……が、我慢するから」  
 震えながらそんな台詞を言われても、今回ばかりは加虐心を満足させるわけにはいかない。  
「……っ!」  
 そっと頭に手を伸ばすと、“ばいあくへー”さんはぎゅっと瞳を閉じながら全身をガタガタ震わせた。  
心の底から僕に怯える彼女に、僕はそっと手を触れた。  
「……あ」  
 彼女の美しい蒼髪に。  
 “つぁとぅぐあ”さんの癖のある溶けそうなくらい柔らかい髪も良いけど、  
“ばいあくへー”さんの髪の感触も格別だった。サラサラとしたストレートヘアを指で梳くと、  
まるで指の間を風が抜けていくような心地良さを伝えてくれる。  
 しばらく無言で彼女の髪を梳き続けた。  
「……赤松……さん」  
 そっと、彼女の繊手が僕の手に重ねられた。どこか潤んだ瞳で、僕の目をじっと見つめてくる。  
その蒼い瞳のあまりの美しさに、僕も惚けたように彼女と見詰め合った……  
 
「んん〜ボクを忘れちゃダメですよぉ」  
 “つぁとぅぐあ”さんの咳払いに、僕は慌てて“ばいあくへー”さんから顔を離した。  
いつのまにか彼女との顔の距離がキスする1歩手前まで接近していたんだ。  
 いけないいけない、やっぱり『人外の美貌』は恐ろしい。  
本気で唇を奪っちゃう所だった……そう思った刹那、  
「……んっ」  
「!?!?」  
 なんと、“ばいあくへー”さんの方からずいっと顔を乗り出して、  
僕の唇に自分のそれを押し付けてきたんだ。  
子供のキスみたいに唇を合わせただけなのに、僕の頭の中は赤熱化して何も考えられなくなっていく。  
「……あっ」  
 僕はほとんど無意識の内に“ばいあくへー”さんを押し倒していた。  
細身の肢体は赤く火照り、控え目な乳房もツンと立って、  
羽衣に隠された秘所もしっとりと熟しているのがわかる。僕は無言で彼女の瞳を覗き込んだ。  
 “ばいあくへー”さんは顔を真っ赤にしてはにかみながら、そっと瞳を逸らして、  
「……優しくして下さい」  
 蚊の鳴くような小声で、そう呟いてくれたんだ。  
「……んっ……くぅ!」  
 彼女のリクエストにちゃんと答えられたのか、正直自身はない。  
完全に理性が崩壊した僕は、正常位のまま一気に彼女にペニスを挿入していた。  
 
 しっかり濡れているにもかかわらず、彼女の中は痛いぐらいにきつい。  
苦痛に腰を浮かせる彼女と一緒に我慢して、ぐっと腰を突き出すと、  
急にペニスの先端の抵抗が無くなった。後はただ無限の快楽が広がるだけだ。  
生暖かい液体が一筋、ペニスを伝わり落ちるのが感じられる……  
 さすが“つぁとぅぐあ”さんの魔改造。  
あれだけ陵辱と改造を繰り返された彼女の身体を、処女の段階まで元に戻せるなんて!!  
「……痛…ぁあ……ううぅ…くぅん!」  
 相当に痛いだろうに、健気にも“ばいあくへー”さんは自分から腰を動かして僕に快感を与えてくれる。  
細くて華奢な身体で必死に僕にしがみ付き、涙を流しながら口付けを求めてくる“ばいあくへー”さんを、  
僕は心の底から愛しく感じた。  
 貪るように互いの身体を求め合う、僕と“ばいあくへー”さん……  
「……ぁああっ!…きゃふぅ!!いい…イイのぉ!!」  
「“ばいあくへー”さん……僕も、もう――」  
「……出して…このまま……私の中に注ぎ込んでぇ……ッ!!」  
 限界を悟った僕は、一気に根元までペニスを力強く叩き入れた。  
「……んぁああ……ぁあああああ――!!」  
 僕の身体を持ち上げんばかりに腰を浮かせた“ばいあくへー”さんのヴァギナが、  
キュっと僕のペニスを絞め付ける。  
「うううっ!!」  
 たまらず僕は彼女の子宮の奥の奥まで、大量の精を放った……  
「……赤松……さん……赤松さぁん……」  
 ぐったりと身を預ける僕の頭を愛しそうに抱きながら、  
最後に彼女はもう一度僕にキスをして、眠るように意識を失った――  
 
「むうううぅ……だからぁ、ボクの事を忘れちゃダメですよぉ」  
 もちろん、これで終わる筈がない。今度は“つぁとぅぐあ”さんが僕を押し倒した。  
彼女にしては珍しく、ほんのちょっとだけ乱暴に。  
「……あの、“つぁとぅぐあ”さん……怒ってません?」  
「いいえぇ……別にぃ」  
 ゆらゆらと膨大な髪を触手のように揺り動かしながら、“つぁとぅぐあ”さんは妖艶な笑みを浮かべた。  
まるで淫魔の女王のように華麗で妖しく、万物をひれ伏さんばかりの魔性の美貌が、僕をじっと見つめる。  
 どこまでも果てしなく美しく、果てしなく恐ろしいのに……それ以上に慈愛に満ちて、僕の心を魅惑するんだ。  
 やっぱり僕は、彼女の胸の中から逃れられない運命らしい。  
何よりも、僕自身がそれを望んでいるのだから……  
 僕は強引に彼女の腰を抱き寄せた。  
目の前でぶるんぶるんと揺れる魔神級の爆乳にむしゃぶりつきたいのを必死に我慢して、  
いつのまにか回復しているペニスを、騎乗位の体勢で“つぁとぅぐあ”さんの肉壷に挿入する――  
「んぁああああぁ……あはぁ♪」  
「――ッ!!」  
 たちまち僕のペニスが――いや、僕の全身が人外の快楽に包まれた。  
極上の肉感がペニス全体を優しく激しく絞め付けて、精液の一滴も逃さずに吸い尽くそうとする。  
挿入の瞬間に射精した僕は、そのまま射精しっぱなしのまま狂ったように腰を動かした。  
気持ちいい。ただひたすら気持ちいい。  
やっぱり“つぁとぅぐあ”さんとのSEXは、この世界で究極の快楽だ。  
 
「んふふふぅ……やぁん…もっと乱暴にして……イイですよぉ」  
 快楽のあまり脳味噌がグツグツに沸騰する中、  
頭上で揺れる両手でも支えきれない彼女の爆乳を、僕は思う存分揉みまくった。  
張りがあるのに柔らかく、圧迫感があるのに羽根のように軽い“つぁとぅぐあ”さんの爆乳は、  
この宇宙の至宝に間違いないと、誰もが断言できるだろう。  
「おっぱいぃ……あふぅ…飲んで下さいねぇ……きゃぅん!」  
 騎乗位の体位なのに、ちょっと彼女が身を屈めるだけで爆乳の先端は僕の鼻先に届いてしまう。  
僕は彼女のリクエストに答えて、思う存分勃起した乳首をしゃぶり、乳輪を舐め回し、乳頭を甘噛んだ。  
そうしている間にも、“つぁとぅぐあ”さんは自分から腰をピストンして、僕の精気を吸い取ってくれる。  
 そして――  
「うううううッ!!!」  
「あはぁ……ぁあああああ――っ!!」  
 彼女の巨体を浮かせるように腰を跳ね上げながら、僕は最後の精を彼女の中に放った――  
 
「はぁ……はぁ……」  
「…………」  
 “つぁとぅぐあ”さんとのピロートークの常として、  
精魂尽き果てた僕は指1本も動かせずに、ぐったりと岩肌に寄りかかっていたんだけど、  
「んふふふぅ〜♪」  
 隣で僕と並んで座っていた“つぁとぅぐあ”さんが、  
急に僕の右手をぎゅっと掴んで、身を摺り寄せてきたんだ。  
「ええと……どうしたんですか?」  
「んんん〜〜〜別にぃ♪」  
 何が嬉しいのか、彼女は『にへら〜』と満面の笑みを浮かべている。  
 ぎゅっ  
 と、その時、反対側の腕を誰かがぎゅっと掴んで、同じように身を摺り寄せてきた。  
「……赤松さん」  
 どこかうっとりとした表情で、潤んだ瞳を向けているのは“ばいあくへー”さんだ。  
「……赤松さん……私…私は……」  
「んんん〜ふふふぅ……ひでぼんさぁん」  
 まるで大岡裁きのように、両側から僕の腕を取り合う“つぁとぅぐあ”さんと“ばいあくへー”さん。  
この位置ではよく見えないけど、彼女達の視線が絡み合う位置にある頭上の方から、  
バチバチと火花の散るような音が聞こえるのはなぜだろう? 幻聴だと良いなぁ。  
 しゅるしゅるしゅる……  
 突然、僕の右手のミサンガが解けた。漆黒の髪糸は編み上がるように形を変えて、  
たちまち“つぁとぅぐあ”さんの幼女バージョン、“おとしご”ちゃんが登場したんだ。  
「ええと……何か危機でも迫ってるの?」  
 僕の危惧を他所に、“おとしご”ちゃんは僕の胸の上に這い上がって、甘えるように胸に顔を摺り寄せた。  
 えーと、この状況は――  
 
「御主人様……ご飯の時間ですのニ、何をなさっているのですカ!?」  
「ぐるるるる……わん、わわわん!!」  
 状況に悩む僕の目の前に、いつのまにか“しょごす”さんと“てぃんだろす”がいて、  
ジト目の糸目と半泣きで僕を睨んでいるじゃないか。  
「あ、いや、これは――」  
「皆さんばかりずるいでス!!」  
「わぉん!!」  
 あれよあれよという間もなく、“しょごす”さんは僕の右足に、  
“てぃんだろす”は僕の左足にしがみ付いて、愛しそうに僕の身体に身を預けてきた。  
「……ちゃらりー……ちゃーらーらーらー……ちゃららーん……」  
 無感情な必殺仕事人(第3期)のテーマを鼻歌で歌いながら、僕の背後に回っているのは、  
確認するまでもなく“いたくぁ”さんだろう。  
「……実はガヤン神官……」  
 “いたくぁ”さんはそっと僕の首に手を巻くと、  
背中に薄い胸を押し付けながら――綺麗にヘッドロックを決めた。  
「んふふふふぅ……ひでぼんさぁん♪」  
「……赤松さん」  
「…………」  
「御主人様ァ……」  
「くぅん、きゅぅううん」  
「……このまま死の手……」  
 男にとってはある意味天国と地獄を同時に味わっている状況の中――  
僕は『接触者』として破滅するより先に、  
女性問題で破滅するかもしれないなぁ……と、不遜な事を考えていた。  
 ……人間の女性は1人もいないけどね。トホホ……  
 
「――作戦は失敗に終わったな」  
「え? 赤松ちゃんが最後に生き残って、龍田川ちゃんの野望も潰えたしィ、  
これでめでたしめでたしじゃないのン?」  
「私のミスだ……『世界滅亡』の主犯は、“赤松 英”だったのだ」  
「そんなァ……アタシの見立てが間違ったの? これからあのボウヤが世界を滅亡させるって言うの?」  
「そうじゃない。本人にそのつもりがなくても、結果的に世界を滅亡させる例もあるという事だ。  
それに、すでに世界は滅亡している」  
「ちょ、ちょっと……どういう事よ!!」  
「今までは『接触者』の仲介が無ければ、『資格者』は邪神の力を手に入れる事ができずにいた。  
しかし、これはつまり『接触者』を監視すれば、  
どの『資格者』が、何時、何処で、どの邪神の力を入手できるのか把握する事もできたのだ。  
それならば、こちらで対処法を練る事も可能だった……」  
「……しかし、ボウヤがその法則をブチ壊しちゃった……」  
「そうだ。これからは、何時、何処で、誰が恐るべき『邪神』の力を手に入れて、  
その力を行使しようとするのか、誰にもわからない事になる。  
この瞬間、誰かがこの地球を吹き飛ばすかもしれないのだ。  
今までの平穏な世界は滅亡した……恐怖の時代が来るぞ」  
「これが……“ブラックメイド”の真の目的だったのかしら?」  
「さぁな……あるいは、これからが『本番』なのか――」  
 
 
第2部 完  
 
エピローグに続く  

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