幽霊とかはいるんじゃないかなぁと、僕は漠然と思っている。  
なんというか、自分がそういうオカルト的な話が好きだからというのもあるけど、  
いない、と否定するよりは、いるかもしれない、と肯定的に捉えた方が、何かと楽しいじゃないか。  
ただ残念な事に、僕は実際に幽霊とかを見た事はない。  
霊感はない方だと思う。  
何度か、「心霊スポットOFF」みたいなものに参加してみた事があるけど  
いる、何かいるよ! と他の参加者が叫ぶ中、僕は特に何も感じた事がない。  
もちろん、その参加者達がオーバーなんだよと攻めるつもりはない。単純に僕の霊感が極端に低いだけの事だろう。  
ただちょっと、羨ましかった。僕に感じる事が出来ない物を感じられる事が。  
だからかな、今度は一人で心霊スポットに行ってみようという気になったのは。  
僕は今、ある有名な心霊スポットへ車で向かっている。  
舗装があまり行き届いていない山道。道のすぐ脇は崖で、下は海が広がっている。  
時間が良ければ、とても良い景色が見えるはずだ。  
しかし今は、車のライトに照らされた道しかよく見えない。  
何故なら、時間は今深夜。残念ながら空は雲って月明かりもほとんど無い。  
町の灯りは当然、外灯もない山道は本当に真っ暗だ。  
雰囲気としては、何か出てもおかしくない。  
ここでちょっとでも怖がればいいのかな。普通ならそうやって雰囲気を楽しめばいいのかな。  
でも僕は、逆に楽しくなってきてしまう。ワクワクしてしまう。  
何かでないかなと、心躍らせてしまう。  
そんな僕だから、何も出てくれないのかな。  
怖がらないと、幽霊って出てきてくれないのかな。  
怖がったら折角出てきてくれたのに失礼にならないかなぁ、なんて考える僕がやはりおかしいんだろうな。  
残念だな。こんなに見てみたいと思っているのに、出てきてくれないなんて。  
そんな事をあれこれ考えているうちに、僕と僕の車はトンネルの中へと入っていた。  
気付かなかった。当たりが真っ暗だから、同じように暗いトンネルに入ってもすぐには気付かなかった。  
この先が、有名な心霊スポット。もしかしたら、初めて幽霊に出会えるかもしれない場所。  
はやる気持ちが、真っ暗なトンネルの中なのにアクセルを強く踏ませてしまう。  
その時だ。  
目の前に白い影が見える。一瞬の事だったけど、あれは女の人だ!  
「危ない!」  
僕は咄嗟にブレーキを強く踏んだ。  
急ブレーキの軋む音と、タイヤが滑る音。  
そこに人を撥ねたような音はなかった。そんな感触もない。  
しかしそれを確かめたわけではない。僕は慌てて車を降り、周囲を見渡した。  
誰もいない。  
どうやら本当に人は撥ねていないようだ。  
しかしだとしたら、あの白い影はなんだったのだろうか?  
首を傾げながら運転席に戻ろうとした僕は、ドアに手を掛けたまましばらく動けなかった。  
 
僕の車が、僅かだが崖の外に飛び出している。  
いつの間にか、僕はトンネルを抜け目的地である心霊スポットに来ていた。  
ここはトンネルを抜けるとすぐに左に折れるカーブになっている。  
しかしそのカーブの所にあるはずのガードレールがない。  
もしガードレールがあれば、僕の車はそのガードレールに直撃していたはずだ。  
ここは以前、今の僕のようにスピードを上げトンネルから抜けたところで曲がりきれなくなった車が  
ガードレールをなぎ倒して崖から転落するという事故が起きた場所。  
その事故で死亡した人の霊が成仏出来ずにこの場所に止まっている、と言われていた。  
そしてその事故でなぎ倒されたガードレールは撤去だけされ、まだ新しいガードレールは取り付けられていなかった。  
僕はもう少しで、同じ事故を再現するところだった。  
楽天家と言われる僕も、さすがに今は震えている。  
もし僕の前にあの白い影が現れなかったら、今頃……。  
「あの幽霊は助けてくれたんだ」  
幽霊だったかどうかも、本当はよく判らない。でも幽霊だった気がする。そう思いたかった。  
僕は崖に向かって手を合わせ、感謝の気持ちで恩人の幽霊に祈った。  
しばらく崖を見つめ、僕はすぐに帰路へつこうと車に乗り込んだ。  
暗い中慎重に車をバックさせ、そして反転させライトの方角をトンネルに向ける。  
名残惜しい気持ちがどこかにあったのだろうか。  
僕はふとミラー越しに又崖の方を見ようと視線をミラーの方へ上げた。  
そのミラーには、僕が落ちそうになった崖と、  
そして白い衣装に身を包んだ女性の姿が。  
女性は後部座席に座り、口元をつり上げ鏡越しに言った。  
「死ねばよかったのに」  
そんな……僕は、その姿その一言に目を見開き、一瞬言葉を失った。  
そして僕は勢いよく振り返り言った。  
「いや、でもホント助かったよ。ありがとう」  
「は?」  
信じられない、やっと僕も幽霊に会う事が出来たんだ!  
しかも命の恩人の幽霊に。そして直接お礼が言えるなんて!  
ああ、今日はなんて素晴らしい日だろうか。  
「ば……ばかっ、あんたなんか死んじゃえばよかったのよ!」  
恨みがましくと言うよりは、慌ただしく彼女は僕を罵倒する。  
「でも助けてくれたでしょ? ありがとう。うん、今度からは気を付けるよ」  
「だから、そうじゃなくて……」  
ああそうか。彼女は幽霊だから、僕を怖がらせなければいけないのか。  
しかし僕は幽霊に出会えた興奮で、怖がるどころではない。  
とはいえ、これ以上彼女を困らせてもしかたない。  
ここは素直に帰るべきか? しかし恩人に何も礼をしないままというのは気が引ける……。  
「そうだ、また来週きてもいいかな。ちゃんとお礼がしたいんだ」  
笑顔で約束を取り付けようとする僕に、まだ彼女は慌てている。  
「ダ、ダメっ! また落ちそうになったら危なあわゎ」  
へぇ、幽霊でも顔を赤くするんだ。慌てる彼女がなんかかわいい。  
うん、かわいい。僕はこの時、改めて彼女をマジマジと見つめた。  
「なっ……なによ! あんたなんか、あんたなんか死んじゃえばいいのに! 来ちゃダメよ、絶対にダメだからね!」  
すっと、前触れもなく彼女は消えた。  
それでも僕は、まだ後ろを振り向いたまま後部座席を眺めていた。  
かわいかったなぁ。  
心臓の鼓動がまだ激しいのは、初めて幽霊に出会えた興奮から……だけではない事を、今更僕は認識した。  
 
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翌週。僕はこの日が来るのをどれほど待ちわびたか。  
僕は約束通り……僕からの一方的な約束だけれども……心霊スポットとなった崖に来ていた。  
もちろん今度は注意してスピードを落とし、安全運転で。  
「来ちゃダメって言ったのに……」  
そう言いながら、ちゃんと姿を見せてくれた幽霊の彼女に僕は感謝する。  
「先週はありがとう。そして、その……また会ってくれてありがとう。うれしいよ」  
「だっ、だから、あんたは死んじゃえばいいんだって!」  
頬を膨らませ顔を赤らめる彼女は、やはりかわいい。  
「ところで……それは?」  
手には大きめの、四角い荷物を持っている。  
「これは、その……わっ、私が食べるの!」  
食べる? 食べるという事は……。  
「あっ、お弁当か何か?」  
なるほど、言われてみるとそれっぽい。  
「そうよ! なに、なんか文句でもある?」  
いや、文句はないが……。  
「幽霊もお弁当とか食べるんだ」  
素朴な疑問をつい口にしてしまった。それがまた彼女の導火線に火を付けたようで、更に顔を赤くしていく。  
「そっ、そうよ! 人間幽霊兼用のお弁当!  
わざわざ作ってきてあげ……じゃなくて、冥土の土産にとおも……って、それじゃアンタのために作ってきたみたいに成るじゃない!」  
えーっと……とりあえずそういうこと?  
「あの……ありがとう。あっ、もしかしてその服はつまり、「メイドの土産」って事?」  
彼女は先週会った時のような白い服ではなく、黒のワンピースにエプロンという、俗に言うメイド服を着ていた。  
「え? あっ! 違うの、これは慌てて来たから「脅迫用」の服に着替え忘れた……  
んじゃなくて、そうよ、死んでいくアンタにくだらないダジャレをお見舞いしてやろうと思っただけ! そういう事だから!」  
何処でお弁当を作ってきたのかはよく判らないけれど、メイド服を来ながらお弁当を作っていたらしい。  
なんにしても、メイド服がとてもよく似合うだけに、僕の口元はずっと緩みっぱなしだ。  
「……もう。なに、そのだらしない顔は。あなたって本当に変わってるわ」  
あきれ顔の彼女。しかしどこか嬉しそうにしているのは、僕がそうでいて欲しいと思っているからだろうか?  
「ほら、車に戻りなさいよ。作りすぎた分わけてあげるから。立ったまま食べる気じゃないでしょ?」  
車に戻るまでの短い間も、彼女は僕のために用意したわけではない、あくまで作りすぎたからだと言い続けた。  
そして僕らはお弁当を食べながら、色々と話をした。  
そして僕は、結局幽霊にどんなお礼が良いのか思いつかなくて、本人に何が良いかを尋ねたりもした。  
そうやって僕は、また来週会う事を、もちろん一方的に約束する。  
毎週毎週、何か理由を付けて約束をし、毎週毎週、彼女はお弁当を作りすぎる。  
そしていつしか、「この場所」に取り憑いていた彼女は、取り憑く「相手」を変えてしまった。  
「いい? 私はあなたが死ねばいいと思ってるの。  
だからあなたがちゃんと死ぬまで、成仏なんて出来ないわ。  
覚悟しなさい。私はあなたが死ぬまで、ずっと取り憑いてやるんだから」  
こうして僕たちは、ずっと一緒にいる。死ぬまでこの関係は変わらないだろう。  
死んだらそうだな、僕が幽霊になって又一緒に暮らせると良いな。  
僕は彼女が又作りすぎた夕飯を食べながら、相変わらずはにかむ笑顔が可愛らしい彼女を見つめていた。  
 

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