あれから1年半の月日が過ぎた。
私は大学4年生になり、就職活動と学業と部活、そして家庭教師の4足のわらじを履く生活を送っている。
美保ちゃんも中学3年になり、性格はいつも通りだけど、思春期の到来が訪れたのか体つきは徐々に女性っぽくなっていった。
休憩時間中にも下着がきつくなったとか友達が彼氏と付き合ってエッチな事をしたとか、今時の中学生にしては早熟な事を
話してたりしている。
もちろん彼女は未だお付き合いなし、私としては心の底からホッとしている。
私はというと美保ちゃんにはばれないように彼女を見てどきどきしたり、こっそり彼女の事を思いながら慰めたりしているのを
除けば至って健全な家庭教師と生徒の関係を築いてる。
私生活においても最後のインターハイで全国大会に出場して準決勝まで進んだ事や、ゼミの論文が何故か上の先生連中の
目に留まり学部の論文発表会で教壇に上がる羽目になってしまったりしていた。
剣道の大会の時は美保ちゃんも応援に来てくれて、準決勝で負けた時は思わず彼女の前で泣いてしまった事もあったなぁ。
美保ちゃんも受験生という事で私も今までより厳しく教えたりした。
志望する高校のレベルは彼女の学力より少し上のランクで今までより勉強の量を増やさなければならなかったのだが、
彼女は嫌な顔ひとつせず苦手な教科も頑張ってくれたっけ。
そして私と美保ちゃんの頑張りが実ったのか、彼女は第1志望の高校に見事受かったのだ。
丁度同じくらいの時期に私も地元の企業に就職が決まった。
そう、やがて訪れる別れの時…。
最後の講義を終えて、私は居間でお茶をご馳走になっていた。
「先生、ありがとうございます!」
母親が私に向かって深々とお礼の言葉を言う。
「いや、本当に美保ちゃんは頑張ってくれました。私も心の底から嬉しく思います」
掛け値なし、本当の思いをそのまま口に出す。
美保ちゃんも嬉しそうな顔で私を見ている。
「そういえば先生も就職をお決めになられたとか…」
「ええ、地元のIT関連の会社の経理の方で働く事になりました」
そう言って私は出された紅茶を一口。
「そっか…先生、実家に帰っちゃうんだね…」
少し寂しそうな口調でぽそりと呟く美保ちゃん。
「先生にはこの娘が高校に行ってもこのまま教えて欲しかったのですけれども…」
母親も残念そうな表情で私の顔をもう一度見る。
ついにこの日が来たのね…。
私の心の中は妙に冷静だった。
大好きな人と離れ離れになるのに。
二度と会えないかもしれないのに。
多分その悲しさがあまりにも大きすぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。
私は相槌を打つばかりで本当に冷静に、彼女達の話を聞いていた。
そして私がアパートを引き払う2日前。
荷物の殆どは業者が実家に持っていき、部屋には布団と簡単な生活用品と着替え、そして私の秘密の思い出である
制服を残すのみとなった。
これらは当日、車に積み込んで持っていくものである。
私は綺麗に片付けられた部屋を見ながら、ふと今日が美保ちゃんの学校の卒業式という事に気づく。
「ああ、美保ちゃんも今日で行ってる学校ともお別れなんだなー」
もう二度と見れない彼女の制服姿。
窓の外の青空を見ながら私は小さくため息をついた。
ピンポーン。
不意に鳴ったチャイムの音にはっと我に返り、玄関に歩いていく私。
「誰かな…?」
ドアをゆっくり開けるとそこには一番会いたかった人の顔。
「こんにちは…。えへへ、来ちゃった…」
「美保ちゃん!?」
目の前には悪戯っぽく舌をぺろりと出す美保ちゃんの姿があった。
「卒業式が終わって、もう一度先生に会いたくて。お母さんに住所を聞いて来ちゃいました」
「うふふ、ありがとう。あっ、ここで立ち話もなんだから部屋の中に入ってよ。もうあらかた片付いたから何も無いんだけどね」
そして彼女を私の部屋に上がり込ませる。
コートを脱ぐ彼女の服装はブレザー姿のままだった。
多分卒業式を終えて用意もそこそこにこっちに向かってきたのだろう。
ああ、美保ちゃんの制服姿を拝めるなんて…!
いつもと変わらない可愛らしい彼女の制服姿。
用意した座布団の上でちょこんと座るその様子で私の心は万歳三唱ものである。
もちろん、最後になるであろうその姿をじっくりと目に焼き付けておく。
「先生、実は…もしお邪魔じゃなかったらお泊りしたいと思ってるんです…」
何!?
私の心臓がいきなり高鳴る。
「お母さんに言ったら『先生もお忙しいのにそんな我がまま言ったら駄目よ』って怒られちゃったんですけど、
もう会えなくなるのが嫌だから…」
俯きながらスカートの端をきゅっ、と握る。
私は爆発しそうになる心を何とか保ちつつ笑顔で彼女に話しかける。
「そんなに私に会いたかったんだ?」
その言葉にこくりと頷く彼女。
「…分かった。先生からお母さんにちゃんと言っておくから今日は泊まってもいいわよ」
私の言葉に彼女の顔が明るくなり、先ほどの暗い表情から一転、まるで太陽のような笑顔になる。
「良かったー!『駄目』って言われたらどうしようと思ってたんです」
その可愛らしい顔を見て、私の心は少し壊れてしまった。
食事を済ませ、一緒に入浴をして布団の中で横になる私達。
時計の針は11時を指していた。
聞こえてくるのは時計の針の音とお互いの息遣いの音のみ。
「先生…。今まで本当にありがとうございました」
真っ暗な部屋の中の沈黙が耐え切れなくなったのだろうか、美保ちゃんが突然ぽそりと呟く。
「先生がいなければ私もこんな風にならなかっただろうし、本当に感謝してもしきれないです」
多分泣きそうなのだろう、言葉が震えている。
「私、高校に行っても先生の事は絶対に忘れません」
嗚咽交じりの声が私の耳元に聞こえてくる。
そして身体を横にして私に抱きついてきた。
すすり泣く声と私の胸の中に感じる温かい体温。
私は黙って彼女が泣き止むまで背中を撫でていた。
もうこんなに心は弾けそうなのに、まだ最後の一線を越えることを許さない私がいる。
…私も彼女のような素直な心が欲しい。
そう思った私は、震える心をそのままに、美保ちゃんがようやく落ち着いた時を見計らって言葉をつむぎ出す。
カラカラに乾いた口、言葉にする前から私の心臓はものすごい速さで動いている。
「み、美保ちゃん…」
「ぐすっ…どうしたんですか?」
少し鼻をすすりながら答える彼女。
「先生もね…美保ちゃんの事は決して忘れない」
一旦言葉を区切って、口を湿らせもう一度言葉を繋ぐ。
「先生は…ううん、私も美保ちゃんがいなければ今の私は無かったし。そう、あなたは私の…」
頑張れ、私。
心の中で自分を励ましながらその言葉を吐き出す。
「先生?」
「私の…大切な人だから」
言ってしまった。
自分の顔が真っ赤になっていくのが暗闇でも分かる。
「先生、それって…」
言葉の真意を理解したのだろうか、彼女がこっちを見る。
やっぱり言うんじゃなかった!
私の頭の中に後悔の念がうんかの如く湧き上がっていく。
「あー、ごめん。そういうのじゃなくって、その…」
半ば混乱しているのか、言葉が出てこない。
やばい、変に思われたかもしれない。
最後の最後で、私の馬鹿っ…!
しかし美保ちゃんはそんな私を優しく抱きしめていた。
「先生、私の事が好きなんですか?」
そんな、ダイレクトに聞かないで下さい。
今更否定する事も出来ず、私はおそるおそる頷く。
ところが彼女の口から出た言葉は私の予想をはるかに上回っていたものであった。
「…嬉しい。私も先生みたいな人に憧れてたんです。先生みたいな人になりたい、って」
そしてその腕の力が一段と強くなる。
「私も、先生の事が好きです」
この言葉を聞いた瞬間、私の心は蕩けた。
例え憧れとしての対象であっても。
私の事を好きって言ってくれた。
それでもやっぱり脳裏には一抹の不安があるのか、その言葉を彼女に投げかける。
「わ、私は女だよ?変に思わないの?」
彼女は首を横に振って、
「思わないです。うちのクラスの男子なんかよりずっと格好良いし、先生みたいな人とならキスも出来そうです」
大胆な彼女の言葉に私の思考回路はショート寸前だった。
いや、もうショートしていたのかもしれない。
私は起き上がって電気をつけ、彼女の顔をじっと見つめながら次々と今までの想いをぶつけていた。
彼女の制服姿が可愛かった事。
それを思いながら自分でもちょっとエッチな行為をした事。
こっそり学校の制服を買った事。
それを着てエッチな事をしたなど、心の支えが取れたかのように今までの事を話していた。
こんなある意味変態チックな話にも彼女は変な顔ひとつせずじっくり聞いてくれた。
そして私が言葉を終えて、笑顔を私に向ける。
「そうだったんですか…。そう言えば先生、制服姿の私を見る目が今から思うとちょっと違ってたような気がします」
「もー、美保ちゃんったら」
お互い軽く笑いながらも、その距離は少しずつ近寄っていた。
「先生、私の制服姿見たいですか?」
彼女の言葉に私の顔がまた真っ赤になる。
心の中が読まれているのだろうか。
でも私は正直に頷き、そして一言。
「うん。美保ちゃんの…ブレザー姿が見たい」
彼女はにっこりと笑って言葉を返す。
「いいですよ。…その代わり、先生も一緒に着てくださいね?」
当然私の返事はイエスだった。
「先生、すごく似合いますよ」
「美保ちゃんも…。本当に可愛いわよ」
お互い寝間着から学校の制服に着替えて布団の上に座り込む。
紺のブレザーとプリーツスカート、赤のリボン、白のブラウスそして同じく白のソックス。
こうして見てると仲の良い先輩後輩みたいな感じがする。
でもひとつ違うのはお互いの心が許しあっていること。
私も、多分美保ちゃんもだろう。心臓の鼓動がどきどきしているのが分かる。
最初はお互いの手が触れ合う。
「先生…」
美保ちゃんが少し熱っぽい口調で私に語りかける。
その手は私の身体に。
触れられるたびに私の身体は小さく震える。
「美保ちゃん、いいかな…?」
私がこれからしようとする事に対して彼女は小さく頷く。
そしてお互いの顔の距離がだんだん近くなっていく。
以前、同じような事があったけれどもその時とは違い、今度は自らの意思でしようとしている。
「美保ちゃん、好き…」
「私もです、先生…」
私と美保ちゃんの唇と唇が、ひとつに重なった。
そう、この夜の出来事は私にとって一生忘れる事はないだろう…。
出発当日。
荷物をトランクに積み、車のエンジンをかける。
最後に忘れ物が無いか部屋を確認する。
何も残っていない部屋。
でも一昨日はここで最高の思い出を作る事が出来た。
後片付けも大変だったけど、それもいい思い出。
朝、別れる前に美保ちゃんは私に剣道の時に巻く手ぬぐいをプレゼントしてくれた。
その時は嬉しくて思わず抱きしめてしまうほどであった。
私が見送る時も彼女はすごく泣きたいのを堪えながら、それでも笑顔で手を振りながら走っていく。
そんな後ろ姿を見ながら、私は声を上げてその場で大泣きをしてしまった。
車は4年間住んだ街を離れ、次第に遠ざかっていく。
それでも美保ちゃんとの思い出を胸に抱きながら、私は車を飛ばすのであった。
決して忘れないからね、私の一番大好きな人…。
春が、また訪れる。