『あたしは…あたしは崇兄のことが……ずっと、ずっと好きなんだよ……?』  
 
 思えば、あの時から既に俺は、紗枝のことを幼なじみとして見れなくなってたんだろう  
なって思う。  
 紗枝の俺に対する好意にはとっくに気付いていて。それなのに、それまでの距離感が  
心地良すぎて、気付かない振りをして。  
 だから余計に、紗枝を傷つけた。こいつの心が犠牲になり続けているってことを、まるで  
分かってなかったんだ。  
 
「そんな……」  
   
 いい加減な態度をとり続けていたから。だからまた、今の俺は、こいつを困惑させて  
しまっていた。  
 
「……そんなの…っ」  
「同情や嘘じゃないって、もう言ったぜ」  
 まだ事実を認められないでいる紗枝に、今のこの状況をつきつける。  
あの時とは違う。鼓動も不自然に速まったりしてない。ひどく落ち着けていた。  
 
 口に出すまではいっぱいいっぱいだった割に、今ではしっかりと平静さを保てている。  
ここんとこの過剰労働ともうすぐ深夜を迎えるとう時間帯も手伝って、少しだけ瞼が重く  
なったような違和感さえ覚えるほどだ。  
「……ぅ」  
「信じられない気持ちは分かる。俺だって、そうだったんだからな」  
 今の紗枝の気持ちは、おそらくあの時の俺と、凄く似通ってしまっているんじゃないだ  
ろうか。つーことは、あの時の紗枝は、今の俺みたいな気分だったんだろうか。  
「だけど…今の言葉は嘘でも同情でもない……本気だ」  
 初めて、真正面から紗枝の辛そうな表情を捉える。あの屈託の無い笑顔の面影は、そこ  
には存在していなかった。  
「……本気って言えば……」  
 声は布団に遮られ、低くこもる。だけれどそれは、確かに俺の胸を貫き消える。  
「信じてもらえるとでも…思う?」  
   
 
「……」  
 分かっていたことではあったけど。本心をさらけ出しても信じてもらえないっつーのは、  
キツいもんだな。  
 
 
「……」  
「……」  
 パタリと止まる。無音。今なら、空気の動く音さえ聞こえるんじゃないだろうか。静か  
すぎて、逆に耳を塞ぎたくなるくらいの爆音を感じているみたいだ。  
 
 頭を掻く。  
 こんなタイミングで告白とか、最低だと思う。人が弱ってる時に付け込むとか、あまり  
好きなことじゃない。  
「信じてもらえなくても……気持ちは変わらん」  
「……」  
 だけど、今しか無い。ようやく自分の気持ちと向き合うことが出来て。だけど時間を  
置けば置くほど、俺とこいつの関係は薄くなっていく。そしてやがては真っ白になってしまう。  
 だからもうこれ以上、待つことなんて出来なかった。  
「会えなかった間、ずっとお前とのことばかり考えてた」  
「……」  
 積み重ねるのは時間がかかるのに、失うのは一瞬だ。もう、あんな思いはしたくない。  
 
 
「……崇兄」  
 掠れ交じりの涙声。  
 俺のことを"崇兄"って呼ぶのはこいつだけだ。  
その名前で俺が他人に呼ばれるのも、つまりはあれ以来ってことだ。  
「…ん?」  
 微かな期待を込めて、紗枝の顔をそっと見つめ返す。  
 
「さっき……『お前の気持ちを分かってても』……って、言った…よね?」  
 
 その期待は、大きく裏切られる。心臓が口から飛び出しそうな、身体全体から発せられた  
ような鼓動が、耳を劈(つんざ)く。  
 次の紗枝の質問が想像でき、思わず叫びたくなった。  
 
「ああ、言った」  
 
「……」  
 だけど、今更誤魔化すつもりなんて無い。全部話す。そう決めて来たんだ。それが、  
どんなに面倒な事態を招くことになっても。  
「あたしが告白する前から……気持ち…知ってたってこと……?」  
「……」  
 他人から指摘されるまで気付かなかったこと。思い返してみて初めて気付いたこと。  
真由ちゃんと兵太の顔が一瞬だけ浮かぶ。  
「……なんとなくな」  
 そう言ったと同時に、それまでほとんど動かなかったシーツが捲られる。そして。  
 
 
バスンッ  
 
 
「……っ」  
「なに…それ……ッ!」  
 それまで紗枝の傍に置かれてあった枕が、俺の顔面に飛んできた。傍に落ちたそれに目線  
を送ると、枝毛がこびりつき、所々に乾いた涙の跡が残っている。紗枝の心が、具現化された  
ような痛々しさが、そこには張り付いていた。  
「それなら……それなら最初に言ってくれたら良かったのに…!」  
「……」  
 ようやく素顔をさらした紗枝の顔は、想像していた以上に痛々しくて。  
 
「崇兄には分かんないだろ……! 好きな人に、女の子として見てもらえなかったことが  
どれだけ辛かったか…!」  
 
 電気がついてなかったせいで、差し込む月の光が紗枝の瞳の縁に反射する。  
 
「彼女を連れて家に入っていく崇兄の後ろ姿を…それをその窓から見届けてた時のあたしの  
気持ちが分かる…?」  
 
 だけど紗枝は、それを拭ったりしない。  
 
「好きな人のことを話す崇兄の顔を……あたしがどんな気持ちで見てたと思う……?」  
 
「……」  
 溢れてくる。ずっと、紗枝が隠し続けていた黒い部分が。  
 
「その彼女を紹介されて…笑顔で挨拶して……『おめでとう』って言わなきゃいけなかった  
あたしの気持ちなんか……崇兄には分かんないだろ……」  
 
「紗枝…もういい」  
 それが全部、俺の胸を抉っていくようで。  
 
「あたしの…あたしの知ってる崇兄は……そんなことしないよ…?」  
 
 頭がふっと傾き、その口元には笑みさえ浮かんでいるようにも見える。  
 瞳には涙が、いっぱいに溜まっているのに。  
「あたしが好きな崇兄は……普段からがさつで、面倒臭がりで部屋も汚くて……すっごく  
スケベでいい加減な人だけど……」  
 俺は今、あいつの目に映ってないんじゃないかとさえ思えてしまう。  
 さっきまでの怒りの表情なんか跡形もなくなり、精神が本当に壊れてしまったかのように  
虚ろな表情、それだけが。そこに……ある。  
「だけど…あたしの気持ち知ってて、それを弄ぶような…酷い人じゃ……ない」  
 声も、それまでより一層揺れ動く。  
 
「あたしは……」  
 とうとう、溜まっていた涙が、縁からこぼれて雫の跡を作った。  
 
 
 
「そんな酷い人……好きになるもんか…っ」  
 
 
 
 ようやく拭って、俯いて。  
 それ以上顔を見られたくなかったのだろう、シーツでその表情を覆い隠してしまった。  
 
「……」  
 
 知らなかったことだけど。察するべきだった、紗枝の気持ちに実は気付いていたって  
自覚した時に。俺には紗枝が必要だってことに分かってしまった時に。  
 分かったつもりでいて、また分かってなかった。これで何度目だ、バカ野郎が。  
 
「紗枝…」  
「帰って」  
 
 近寄ろうと腰を上げた瞬間、全てを拒絶される。起き上がっていた上半身が、再び  
ベッドへ沈んだ。  
 
 
「お願い……帰って…もう来ないで……」  
 
 
「……」  
 
 
「『さっきの言葉は嘘だった』って……『同情なんだ』って……そう言ってよぉ…」  
 
 
「紗枝……」  
 完全に拒絶されて、一瞬頭が真っ白のキャンパスに覆われてしまう。意識がぐらりと  
遠のき、頭が突然重さを増した気がして、ふらふらと揺れ動く。  
 
「そもそも……」  
 顔を再び覆い隠したままの、消え入りそうな声だった。  
「崇兄を好きなまま…ハッシーと付き合えると思う…?」  
 空気の音にも負けてしまいそうな、それほど小さな声だった。  
 
「あたしが……そんな器用なことできると思う…?」  
 
「……」  
 無理だと思った。  
   
 器用じゃないから。むしろ不器用だから。だから俺はこいつに惚れたんだ。  
 
 いつもいつも自分の気持ちを押し殺して他人を優先してきた奴だった。ずっと俺のことを  
好きでいてくれてたのにそれを言い出さなかったのは、幼なじみでもいいから傍にいたかった  
ってのもあるんだろうけど。それ以上に俺が紗枝との兄妹みたいな関係を気に入ってたのを、  
こいつが気付いてたんだと思う。  
 
「もう……崇兄のことなんか…好きでもなんでもないよ」  
 
 腕を伸ばして床に手をつく。背筋を伸ばして息を吐き、もう一度今の言葉を反芻させる。  
「……」  
 だけど次の瞬間、紗枝が口走ったその言葉自体が引っかかった。それが一本の筆と姿を  
変えて、頭の中のキャンパスに、静かに素早く絵を描いていく。  
 
 その言葉が紗枝の本心なわけないだろと語りかける本能が、筆を取って、俺にそのことを  
教えてくれる。どこかで味わったことのあるような、少し懐かしい感覚だった。  
 
 
 本気で惚れた女が、幼なじみで良かった。でなけりゃ、今の言葉で諦めてたところだ。  
お互いの関係が長くなけりゃ、絶対に気付けなかったことだもんな。  
 
 
 
「そうだな…」  
 煙を逃がすために開けていた窓を閉めると、腰をそのまま浮かして膝を立ち上がる。  
中腰のままゆっくりと足を進める。  
「でも」  
 そして、今度はベッドに腰を下ろした。  
「……!」  
 手を伸ばせば、触れられる。そんな距離まで近づく。そのことが、紗枝の身体を強張らせた  
ようだった。  
「本当にすぐ、忘れられたのか?」  
 
 距離を縮めて、顔を逸らす。  
 
「ずっと、なんだろ。生きてきたほとんどの時間、俺のこと好きでいてくれてたんだろ」  
 紗枝に背中を向けた俺の目に映るのは。外を繋ぐ窓と、今は空き家になっている、昔は  
俺の部屋だった向かいの家の窓。カーテンはあの日以来、ずっと閉まったままなんだろうな。  
 
「不器用なんだろ。なのに、ほんとに……そんなすぐに忘れられたのか……?…」  
 
 それをこいつは、どんな思いで毎日眺めてたんだろうな―――  
 
 
 
「うるさい…」  
「……」  
「あたしのこと分かってるようなこと言ってて、一番大事なことだけは、ずっと気付かない  
振りしてたんだろ…そんなこと…今更言わないでよ……」  
 背中越しに視線を送ると、見つめ返してくることなく、シーツに包まったまま、紗枝は  
冷たく言葉を返してくる。  
 
「……紗枝」  
「聞きたくない」  
「……」  
「言い訳も…崇兄の声も、もう聞きたくないよ」  
 掠れてしゃがれる、雫の代わりの涙声。  
 
 答えることを、断られる。ってことは多分、そういうことだ。  
 
 今の俺は、そう思いこみたかった。そう思わないと何もできなかった。  
 
「恋愛ってさ……気持ちが100から始まるもんでもないと思うんだ」  
 だからどうしても、紗枝の言葉を無視せざるを得なかった。組んだ足の上に肘を立て、  
頬杖をつきながら口を動かし続ける。  
「……」  
「20、30だったのが、付き合い始めてから大きくなっていく形だってあると思うんだ」  
 紗枝に背中を向けているはずなのに、目の前に捉えているような違和感を覚える。背中  
全部が磁石になったようだった。  
 
 
「ゼロじゃ、ないんだろ」  
 
 
 本当は、今すぐ振り向いて、抱きしめたかった。  
 
 
 ゼロじゃない、そう俺に言わせたのは自信じゃない、確信だった。不器用な性格だって  
ことは本人が言ったばかりだし、何より俺の質問に、こいつは答えなかった。  
 
 
 断言できる。まだ、紗枝の中でも燻ってるはずだ。  
 
 
「お前を傷つけ続けて、すまなかったと思ってる」  
 無知は罪。そう言ってたのは誰だったっけか。たとえ自分の知らなかったことでも、  
相手を傷つけてしまったのなら、それは罪と変わらない。  
「あの時、お前の気持ちに応えてやれなかったのも、本当に悪かったと思ってる」  
 真っ直ぐ目の前を見つめたまま、俺は背後で横たわる紗枝に向けての言葉を続ける。  
 
 その窓から、昔の幼い自分が顔を出した気がした。その表情が誰かに笑いかけてるように  
見えるのは、そこの窓の前に紗枝がいたからか。  
 窓越しに大声で話とかして、近所迷惑だってよく親に怒られたっけな。  
 
「でも俺は、お前を傷つけると分かっててもさ。答えに、嘘はつかなかった。つけなかったんだ」  
 
 そう言うと同時に、背後で、シーツの擦れる音が耳に届く。そばにあった枕を、投げ返す。  
「お前がありったけの勇気振り絞って……本心をぶつけてきてくれたのに、それを本心で  
返さないわけにはいかないだろ?」  
「……」  
「それに…相手がお前なんだから……尚更だ」  
 以前と同じ。未だに、髪型は変わってなかった。だから俺は、それに賭けた。こいつの  
本意が、今の言葉じゃないってことに。  
 紗枝が凄く意地っ張りで素直になれない性格だってこと、それは俺やおじさんおばさん  
だけじゃなく、こいつの友人知り合いみんなが知ってることだ。  
   
 
 頭の中のキャンパスに描かれた絵が教えてくれたこと。  
 
 
 それは、今のこいつが、意地を張っているだけなんだってこと。  
 
 
 だから、言葉はそのまま受け取るな。  
 
 
 紗枝と一緒に積み重ねてきた俺の過去の記憶と経験が、確かにそう教えてくれたんだ。  
 
 
「俺がこんなこと言える立場じゃないのは分かってる。だけど、聞かせてくれないか」  
 
 顔を覆っていたシーツがゆっくりと動く。  
 壁の方を向いたまま、口元あたりがまたあらわになるのが視界の端に捉えられる。  
 
「お前の顔は見ないから。言い出せないなら、それまで待っててやるから」  
 
 再び顔を晒してくれた紗枝に背中を向けるように、俺はまた正面に向き直った。  
 
「ずっと、待っててやるから」  
 今までは、からかったり、弄んだり、言葉尻を捕まえて屁理屈をこね返してみたり。  
その反応がいちいち面白かったから、ほとんど紗枝の気持ちを汲み取るなんてことはしなかった。  
 
「……」  
「……」  
 また、耳が痛くなるような静寂。だけど、今度は耐えられるような気がした。  
 
 
 
 
 時間が、流れる。  
 
 
 
 
 長い針はもう四回、いや、五回も回転していた。時間の感覚を手放してしまっていたから、  
その間が長かったのか短かったのか、早かったのか遅かったのかよく分からなかった。  
 明るくなり始めた空は、白く濁っていた。今日も、何かを揶揄するような曇り空だった。  
早朝になると、なんで鳥は鳴くのだろう。頭の片隅では、そんなどうでもいいことに思考を  
割き始めていた。  
 
 紗枝が何かを言うまで、喋るつもりが無かったから。それ以降は時計の音しか部屋に  
響かなかった。  
 
 時折何度となく、シーツの擦れる音が耳に届く。どうすればいいのか、迷っているようだった。  
 
 その間俺は目線だけ動かし、部屋を見回す。最後に紗枝の部屋を訪れたのは、いつのこと  
だったか。よく覚えてはいないけど、確かこいつが小学校高学年になる頃には、もう訪れる  
機会は無くなってたような気がする。  
 記憶の中に残っていた部屋の様相とは、随分と変わっていた。具体的にどこがとかまで  
は言えないけど、少なくとも枕元のコルクボードには、何枚もの写真が飾られてあった。  
そしてそこに必ず映っていたのは、今より大分幼かった俺と紗枝の姿。それを初めて見た  
時は、紗枝が俺との思い出を大事にしてくれてるってのが分かって、一人でこっそりと  
喜んでいた。写真に、紗枝のもう一つの気持ちがこめられていたことになんて、全然  
気付いていなかった。  
 それが、こいつを傷つけ続けたっていうのにな。  
 
 
「ほんとに……自分のために来たんだね」  
 
 
「……?」  
 何時間ぶりだったんだろうな。不意に呟かれ、聞き逃しそうになった。  
「崇兄の気持ちばっかり聞かされても……困るだけだよ」  
「……」  
 
 
「あたしの気持ちは……どうなるんだよ…」  
 
 
 ……  
 
 
 紗枝の、気持ち。  
 
「結局、あたしのことなんて…考えてくれてない」  
   
 気持ちって言うからには、本心か。  
 
「もうあたし……崇兄のことなんか…好きじゃ…」  
 
 
 こいつも、俺と同じだ。建前が、自分の本音なんだと無意識に勘違いしてやがる。  
 
 
 少し苛立ってしまう。いつまでたっても、いたちごっこの会話を繰り返しそうだったから。  
だから、この状況を打破したかった。前に進みたかった。数時間ぶりに、紗枝の顔を覗きこむ。  
 
「俺は……お前と、自分を傷つけても、偽らなかったぞ?」  
 
「!!」  
 だから、皮肉った。甘やかして全てこいつの言うとおりにしてたら、今度こそ俺たちの  
関係は終わってしまう。それは、一番あってはならない未来だった。  
 
 
「……さぃ……うるさい!!」  
 
 
 だから、俺は紗枝を皮肉った。再び枕を投げつけられても、もう視線を逸らさなかった。  
 
 
「あたしの気持ち何一つ分かってなんかくれなかったくせに! 偉そうなこと言うな!!」  
 
 
 ベッドの上から突き飛ばされると、今度は布団を投げつけられる。身体が覆われ、視界  
が遮られる。  
「ちょ…紗枝、やめろ」  
 
 
「崇兄が出て行かないなら……あたしが出てく」  
 
 
「…待て、待てって!」  
 そう言い放たれると、扉を開く音が耳に届く。床を蹴る足音はそのまま廊下へ飛び出て、  
階段を下りていった。  
 
 
 
「待てっつってんだろ!!」  
 
 
 
 被せられた布団を力任せに払いのけ、急いで紗枝の後を追う。飛ぶように階段を駆け下り、  
踵を踏んだまま家の外へ飛び出る。  
 家のすぐ傍には曲がり角が多く、紗枝の姿は既に無い。右を向いても左を向いても、  
見慣れた後ろ姿はどこにもなかった。  
 
 勘だけを頼りに、充てもなく俺は走り出す。皮肉を口にしたことに後悔は無かったけど、  
なんでこうなるのか、そればかりが頭の中を駆け巡る。  
 
 河川敷の上を走りながら、視線はずっと川沿いに落とし続けるものの、人影はまるで  
見当たらない。  
 
 心当たりになりそうな場所を全部まわる事にした。今になって、故障したチャリの修理を  
後回しにし続けた自分の行動を、恨まずにはいられなかった。  
 
 紗枝と一緒に通った小学校、すれ違いになった中学、高校。いずれにも訪れ、正門から  
ぐるっと周りを見てみるが、それらしい姿は見当たらない。  
 
 
 今更になって、あいつとの思い出から揺り起こされる場所が、決定的に少ないことを思い知る。  
 
 
 大丈夫だと思っていた自分の心が、ぐらつき始める。  
 
 
 紗枝、お前は今、どこにいる。  
 
 
 電話しても、出る気配はない。メールにも、返答は無い。  
 
 
 くそぉ……なんで、なんでだ。なんでこうなるんだ。なんでそうまでしてお前は何も  
言わないんだよ。  
 
 俺達は、幼なじみじゃなかったのかよ。  
 
 だったらそんなに頑なにならなくったって、いいだろうが。  
   
 
 意地張り続けなくたって、いいだろうが!  
 
 
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……う…くっ! ゲホッ! ゲホッゲホッ!」  
 
 
 胃の中が逆流して、大きく息を乱す。それでも、頭の中の紗枝の姿は揺るがない。  
 
 
「ハァ…ハァ……ハァ……ハァ…」  
 闇雲に探しても埒があかない。一度膝に手をつき立ち止まって、考え始める。紗枝が、  
こういう時どういった行動に出るか。  
 
 今、紗枝は、建前だけで行動してる。ってことは見つけられたくないんだけど、俺が  
見つけられそうな場所にいる可能性が高い。  
 だけど、心当たりのある場所なら全部探した。あいつとの楽しい思い出が残ってる場所は  
もう全てまわって来た。そしてその姿は、見つけられなかった。  
 
(……待てよ)  
 
 そこまで思い返して、思い当たった。そして、自分の心に聞き返してみる。  
 
 
 
―――――じゃあ、辛い思い出が残っている場所は?  
 
 
 
「っ!」  
 再び走り出す。藁にもすがる思いだった。あいつとの思い出の中で、辛い記憶として  
残った場所なんて、一つしかない。  
 
 橋本君とデートしているところを偶然見かけて。紗枝と偶然出会って、辛辣な言葉を  
投げつけられまくった場所。  
『ばかやろ……』  
 そして、この四ヶ月間で、紗枝がただ一度だけ弱音を吐いた場所。  
 
 
 俺は走った。  
 
 
「紗枝ぇぇーーーーーッ!!!」  
 
 
 走って吼えた。  
 
 
 
 
 時間は早朝。天気は曇り。目指す場所は駅前の交差点。  
 
 
 
 
 そこにいると決まったわけじゃない。だけどもう、そこしか心当たりが無かった。  
 
 
 
 
 走(はし)って、馳(はし)って、疾(はし)って、駆(はし)る。  
 
 
   
 
 ただ、走りながら、吼え続けた――――――――――  
 
 

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