『崇兄、遊びに来たよー!』
『おお……暇だなお前も。何好き好んでこんなボロアパートに来たがるんだ』
『いいじゃん別に、あたしが来たいんだからさ』
『まあいいけどよ……お? 髪切ったのか』
『あ、分かった?』
『昨日の今日だろ。気付かないほうがどうかしてる』
『うん、ちょっと切りすぎたかなーとも思ってるんだけど』
『そうか? 俺は似合ってると思うぞ』
『え…?』
『少なくとも、前の髪形より今の方が俺は好きだな』
『ほ、ほんと?』
『ん?』
『ねえ、今言ったのほんとにほんと?』
『ンな事で嘘ついてどうすんだよ』
『……』
『おい、紗枝』
『……ね、ねえ崇兄、もう一回…言ってくれないかな?』
『あー? なんで?』
『なんでも』
『どして?』
『どうしても!』
『しょうがねーな……一回だけだぞ』
『うん』
『似合ってるぞ紗枝、しばらくその髪形にしていて欲しいくらいだ』
『……えへへ、ありがと崇兄』
『同じこと二回言われて何がそんなに嬉しいんだか』
『……そんなことない。あたし、凄く嬉しいよ――――――――』
…………
―――――んぐ…?
ふあぁぁぁ……また目覚ましがなる前に目が覚めちまったか。ここんとこ最近、自力で
ちゃんと起きれているよな。昔よく寝坊していた頃の自分の姿を思い出すと、考えられん
ことなんだが。
「……んー」
脇をぼりぼり掻きながら、ゆっくりと頭を回転させ始める。手早く布団を片付けてから、
ちょっとした朝食をとり歯を磨く。鏡に映った俺の頭は、随分と盛大なことになっている。
俗に言うスーパーサ○ヤ人だ。櫛で整えるのめんどくせーな。
服を着替えて、寝癖をとる。朝のテレビニュースを15分くらいぼんやりと眺めてから、
時計を確認してみる。ちょっと早いがそろそろ出掛ける時間だ。そろそろ行くとするか。
別段やることないし。
玄関の鍵を閉めてから、いつものようにバイト先へ向かう。
ここのところ毎日、そんな機械的な淡々とした日々を送り続けている。
もう紗枝の夢を見ても、何も思わなくなってしまうほどのありきたりの日常が、今日も
また始まるわけだ―――――
「今村、毎日シフト入れてくれるのはありがたいが仕事はちゃんとしてくれ」
「はい……スイマセン」
「じゃあもういいから仕事に戻って。ちょっと出かけてくるから交代の時間まで頼むぞ」
「分かりました、お疲れ様です」
「今度からはちゃんと気をつけるんだぞ」
店長はそう最後に付け加えると、会議でもあるのか会社へ赴くために足早に店を後にする。
……ふーっ。怒られたのは随分と久しぶりだな。ここんとこ毎日が同じことの繰り返し
だったから、ダレてきてるのかもな。
「今村さん大丈夫ですか?」
「お前が気にすんなよ。んなことより仕事だ仕事」
心配してくる兵太を軽くいなして職場に復帰する。客に出す味噌汁を盛大にぶちまけて
しまったのが、店長に大目玉を食らっちまった理由なんだが。昨日は「言動が乱暴だ」と
態度の悪いおっさんに絡まれたし、その前の日は注文を間違えるというありえない失態を
かましてしまっている。いくら俺が古参だからとはいえ、店長が怒りたくなるのも当然だ。
今日で9月になって丁度一週間くらい経つ。夏にそこそこ肌寒い日とかあった割には、
いざ秋を迎えようとするこの時期にしては陽の光が眩しい日が続いている。あくまで偶然
なんだろうけど、冷夏で残暑ってある意味最悪だ。今年はきっと米不足だな。
紗枝とあんなことになった日から、俺は毎日バイトに来ている。何日かあった休日も
全て潰した。人が足りてる日は、変わりたい奴と変わってまで働いている。そんな俺の
様子に他の奴は、「頑張りますね」とか「金が要るんですか?」とか取り留めのないことを
聞いてくる。少々鬱陶しかったが、今はそんなことを言ってくる奴らももういない。
ただ、兵太だけが未だに何かを抱えたような表情で俺を見てくるのはどうにかしたい。
もっとも、こいつももう高校が始まっているから、そんなに顔を合わすことは無いわけだが。
「今村さん、あの…」
「仕事しろっつったろ」
暇な時間を見計らって話しかけてくれば、毎回こうやって追い払っている。実際勤務中
だしな。バイト終わりの時間にもズレがあるし、携帯はここんとこずっと留守電にしている
からほとんど誰とも話もしていない。
五日に一回の頻度で高校の友人なんかと飲みに行く以外は、何の色気も無い生活を送り
続けている。まあ、このバイトも今と違って、人手が足りない頃は毎日シフト入れることも
珍しくなかったし、夏休み前と余り日常生活に変化は無い。
あまりにも大きすぎる、たった一つのことを除いてだが。
「じゃあ、あがります。お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でしたー」」」
バイト終了の時刻になり、俺の仕事を引き継ぎできる奴も来たので、残る連中に挨拶を
済ませて奥に引っ込む。今日は飲みにいく予定も無いんだよな、何しようか。
「じゃあ俺もお疲れ様ですー」
「「「お疲れ様でしたー」」」
ん? もう一人、俺と同じ時間にあがる奴がいたのか。二人同時に人が入れ替わるのは
珍しいな。一体誰だ?
「今村さん、ちょっと飲みにいきませんか」
……兵太だったのか、よりにもよって。
「お前未成年だろ」
「俺に酒の味覚えさせたのは今村さんですよ」
最近、生意気になってきやがったな。今度また再教育する必要がありそうだ。
「しょうがねーな、ちょっとだけだぞ」
財布の中身を確認したら、こういう時に限ってずっしり入ってやがった。俺の馬鹿野郎、
千円札一枚だけにしときゃよかったな。誰だ年上や目上が奢るって行動を最初にとった奴は。
「じゃあ行きましょう、店はどこに?」
「任せる。年齢確認されないところにしろよ、最近うるせーからな」
「分かってますよ」
連れだってバイト先を後にすると、俺と兵太は飲み屋街に向かって歩きだす――――
「せっかくの週末の夜に男と二人きりで飲むことになるとはなぁ……」
「恋人が出来ると週末の自由時間は奪われると思うんですけど」
「お前もポジティブだね」
互いに生ビールのジョッキを傾けながら虚しい会話を繰り広げる。せめてもう少し面子
を増やして欲しいもんだったが、まあその辺は仕方ない。
まあ二人だけだったけど、こいつとは結構親しい間柄だったから、時間が経つのもそれなりに
早く感じた。気付けば、いつの間にか一時間くらい過ぎている。つっても開店とほぼ同時に
店に入ったからまだ七時にもなってないんだけどな。バイトの話でそこそこ盛り上がり、
段々と俺もほろ酔いになっていく。
そして、気分良く何杯目かのジョッキを空けた時だった。
「今村さん……あのですね…」
兵太の口調がガラリと変わる。それまで談笑していた雰囲気が急速に変化していくのを
俺は感じた。どうやら、今日誘ったことの本題を切り出すつもりらしい。
「ンだよ」
「あ、いや…」
凄んでみせると兵太の滑舌の悪い口調が、更に輪をかける。
夏休み明けからこいつはずっとこんな様子だった気がする。そして今、切り出そうと
していることは、とてつもなく口に出し辛い問題らしい。その二つを繋げると、内容にも
容易く想像がついた。
「平松が……今、橋本と付き合ってるってこと…知ってます?」
兵太がそう言うのと、俺が懐のポケットから煙草の箱を取り出すのは同時だった。いつ
ものように口に咥えて火をつける。肺に溜まった煙を吐き出すことで溜息を誤魔化した。
それだけで落ち着けてしまう自分が、なんだか情けない。
……つーか、本当に付き合いだしたんだなあいつら。
「……吸ってましたっけ」
「しばらく止めてただけだ」
俺の吸う様をずっと目で追いながら、兵太は呟くように言葉を吐く。その小動物みたい
な動きが癇に障ったので、奴の顔に向かってフーッと白い息を吐きつける。
「うわっ、…ゲホッ! 何するんですかっ」
「別になんとなく」
いい気味だと思った。相変わらずこいつは弄り倒してやると真価を発揮しやがる。流石
バイト先の隠れあだ名が小出川なだけあるな。顔はあんまり似てないが。
「で……そのこと知ってました?」
息を整え咳払いしてから佇まいを正してくる。この様子から察するにどうやら、かなり
真剣なようだ。
「しばらくあいつとは会ってないからな」
「…そうですか」
また一つ煙を吐きながら、間接的に答えを返す。
まあ分かってたことでもあったけど、やっぱりこうして事実を知らされると、やっぱり
心中穏やかじゃない。ついこの前まで俺のすぐ隣にいたあいつが、今は目を凝らさないと
見えないくらい遠くにいる。逸らし続けていた現状を、眼前に突きつけられた気がした。
「学校が始まってから二人の様子見てると、その、なんていうか海に行った時とは明らか
に様子が違うんですよ」
「ふーん」
「橋本なんか凄い嬉しそうな顔で平松と話してますし、ずっと平松の傍にいますし」
「へーえ」
「まあ…二人の様子に気付いたのは俺じゃなくて森本さんなんですけど。でも、いきなり
だったんで俺ビックリして」
「ほーお」
「学校が終わった後も二人で会ってるみたいです。それに今日は土曜日だし、街で遊んで
ると思いますよ」
事細かに学校での紗枝と橋本君の様子を説明してくる兵太。視線の方は相変わらず俺の
様子を探ろうとするかのように、目まぐるしく動かしている。
「で?」
「……で? とは…?」
「なんでそんなこといちいち俺に言ってくるんだ?」
無関心を装いながらも、イラついてしまっていた。いちいち知らせなくてもいいことを
わざわざ報告するだけじゃなく、俺の反応まで窺おうとする兵太の態度が、強く気に障った。
「…それでいいんですか? 平松は今村さんの……」
「幼なじみで妹みたいな奴だよ。それは海でも言ったことだろ」
頬杖をつきながら、つまみの焼き鳥を口に頬張る。それでも、視線は兵太の方に向けた
ままだ。
「そんなこと言うためにわざわざ誘ったのか」
「あ……いや」
外面も、だんだん剥がれていくのが自分でも分かる。
あの日以来、俺は気分が滅入ることが多くなった。家とバイトを往復し、たまに飲みに
行ったりパチスロをする程度の代わり映えの無い毎日は、もうすぐ一ヶ月目を迎えようと
している。紗枝のことは、意図的に考えないようにしていた。毎日バイトをしているのも、
元々はそういうことが起因しているのかもしれない。
「それとも何か? 二人は早速うまくいってないってか?」
「いや……むしろ順調ですけど」
「じゃあ別にいいだろ。何の問題があるんだよ」
「……」
それを最後に会話がパタリと止まる。聞こえてくるのは他の場所からの喧騒ばかり。
もうビールの入ったジョッキを傾けることも、目の前のつまみを頬張ることも無い。
「帰るわ」
五千円札を一枚放り投げ、煙草を灰皿に押し付け消してから席を立つ。これ以上、こんな
くだらないことに付き合っていられなかった。
「え、ちょ…今村さん!」
「他人事に首突っ込んでんじゃねーよ」
慌てだす兵太に、この場でコイツに対して思った率直な意見を叩きつける。
「今度は真由ちゃんに俺の本心探るようにでも言われたか」
「い!?」
前に海に行ったとき、あれこれ聞いてきたのは橋本君に頼まれたからっていうのは既に
知っている。そして、今回また色々と探ろうとしてきたってことは、もしかしたら、また
誰かに頼まれたからじゃないかとは思っていた。今のコイツの顔の強張り方を見るに、
そのカマかけは当たっていたみたいだが。
まあ、この前の紗枝との出来事は誰にも語ってないし、真由ちゃんがあの後どうなった
か気にかけたとしてもおかしくはないからな。もっともこんな手段はどうかと思うが。
兵太をその場にほったらかして、俺は店を出る。こういう時に限って残暑の暑さは消え
失せていて、少々肌寒い。携帯で時間を確認してみると、八時半を過ぎたばかりだ。だから
まだこんなに時間が早いわけか。つっても、店に入った時間を考えれば結構経ってるけど。
でもまあ、やることねーし今度こそ帰るか。どうせ明日も朝一からバイトあるしな。
週末の街中ってことで、店を出てすぐの大通りは結構な人数で溢れかえっている。この
人の波に逆らって家に帰るのは結構骨が折れそうだ。
「待ったー?」
「五分遅刻だぞ」
「いいじゃないそれくらい。遅れたうちに入らないでしょ」
まあ、人が多けりゃその中には当然カップルなんかも含まれるわけで。たった今待ち
合わせた奴らもいれば、既に腕を組んで歩いている連中もいる。やたらとハートマークを
撒き散らす周りの見えていない頭にバの字が追加されるようなのを見かけると、この上
なく鬱陶しくなる。
だらだら歩いていくと、段々と車のクラクションや靴底の擦れる音が強まっていく。
道が開けて、駅前のスクランブル交差点が視界に飛び込んできた。いつも人ごみで溢れて
いるもんだから、はっきり言ってここは一番通りたくない。まあ、俺の家は横断歩道の
向こう側だからここを通らないと家には帰れないんだけどな。歩行者用の信号が青く点灯
していたので、一旦横断歩道の手前で立ち止まる。
「楽しかったよ。それじゃ、今日はこのへんで」
「待てって。危ないから家まで送ってくよ」
「そう? ありがと」
ここらへんにもカップルの集まりはいるみたいだな。どうやら今からじゃなくもうお別れ
のようだが。週末の夜なのにこの時間に切り上げるってことは学生か。
「ところで、持ってきてたバッグは?」
「あ、さっきの店に忘れてきたかも。すぐ取ってくるから待ってて」
「なら俺も一緒に……」
「そこまでしてもらわなくてもいいって。ここにいていいよ」
パタパタと音を立ててアスファルトを踏みしめながら、忘れ物をしたらしい女の子が、
すぐそばの店の入り口へと近づいていく。
「……」
その女の子の後姿がひどく見慣れたものだったことに、心臓がひどく疼いた。
「平松ー、他に忘れ物が無いかちゃんと見てこいよー!」
「分かってるー!」
…………平松?
自分の名前並みに慣れ親しんだ名字が耳に入り、思わずその高校生カップルの方へと
視線を向けてみる。女の方は既に店の中に入ってしてしまっていて姿が見えない。そこで、
更に首を動かし、シャッターにもたれて待ち呆ける男の方を視界に映してみた。
「「あ」」
でもって重なる、間の抜けた言葉。
『それに今日は土曜日だし、街で遊んでたと思いますよ』
ついさっきまで一緒にいた、兵太の台詞が唐突に脳裏に浮かんでくる。同時にズシリと
重たくなる頭と胸が、俺に思わず溜息をつかせた。
「どうも、ご無沙汰してます」
「ああ…」
そう挨拶しながら、にこやかな顔で近づいてくる。言うまでもなくこの前、一緒に海に
橋本君だ。大体一ヶ月ぶりになるのかな。見た目には海の時と大して変化は無いようだが。
「どうやら首を縦に振ってもらえたみたいだな」
「はい。おかげさまで」
少しばかりはにかみながら、ニッと笑顔を浮かべる橋本君。その白い歯が、彼の肌が黒々
としているせいかやけに目立つ。
「あの、本当にありがとうございました」
「別に俺は何にもしてねえよ」
首でお辞儀をしてくる橋本君の言葉をついつい突っぱねてしまう。思わず返事にトゲを
含ませてしまったものの、幸せに浸る今の彼は、まるで気付いていないようだ。
「いえ…あの時今村さんと話してなかったら踏ん切りつかなかっただろうし」
「そうか」
本当に感謝してくれているような、そんな口調だった。だからこそ、余計に自分が惨め
になってしまう。
そんな俺の心情を察してか、幸運にも歩行者用の信号が青く点灯する。
「じゃあ、失礼するよ」
相手が無意識だった分、それが余計に強く感じられるような気がして体を翻す。
「え、会っていかないんですか」
「別にいつでも会えるしなぁ」
嘘だ。
「邪魔するのも悪いしよ」
これも、嘘だ。
「でも、もうすぐそこで別れますし」
「おいおい、彼氏ならせめて家の近くまで送ってやれよ。そんな遠くないだろ」
顔には軽い失笑を浮かべておいて、心の中はそれとはまるで裏腹で。俺らしくない行動
の連続に、自分自身に軽い嫌悪と苛立ちを覚える。
「どうせまだ一緒にいたいんだろ?」
「……」
ひねるように口を歪ませて茶化してみると、彼は目線だけをひょいと逸らす。どうやら
図星らしい。否定はしないところも見ると、こりゃ思った以上に紗枝に熱上げてやがるな。
最初の彼女と付き合ってた頃の自分を思い出すわ。
「それじゃな。送り狼になるにはまだ早いぞ」
「なりませんよ!」
人波に飲まれ始めたので、俺もその中に身を委ねる。
最後に軽くおどけて、その場に背中を向けて雑踏に紛れ込んだ。背後からは、息を切らして
彼に近づく足音が微かに耳に届く。多分、紗枝だ。あいつの明るく弾んだ声がこれまた耳に
届くが、何を言っているかまでは聞き取れなかった。
「……」
交差点のど真ん中まで歩いたところで振り返る。もう紗枝達のいた場所は、大勢の人の
陰に隠れてしまっている。そこにまだ、二人がいるのかどうかさえも確認できない。
カチッ、シュボッ
人ごみの多さに構わず、ライターと煙草を取り出し火をつける。すぐ隣で歩いていたり
すれ違う人にはやたら迷惑な顔をされたが、構ってられなかった。
『……じゃああたし…ハッシーと付き合うことにする……』
『いえ…あの時今村さんと話してなかったらまだ告白なんて出来なかっただろうし』
…………ちっ、どっちも自分でけしかけたことなのに。馬鹿みてーに胸糞が悪いぜ。
いつまでこんな気分でいりゃあいいんだ。
出口が、見えねえ。
視界に何を映せば良いのか分からなくなり、またあの時みたいに思わず空を見上げてしまう。
雲が分厚かったんだな、月も見えない。その雲に重ねるように、静かに煙を吐く。
今までも辛い出来事は何度かあった。でも、それがどんなことであれ、時間が経てば
やがては何とか耐えられるようにはなっていった。
なのに、今回ばかりはまるで心が癒されない。まだあの日のことが昨日の出来事だった
かのように生々しく思い出せてしまう。紗枝とどんな会話をしたのか、ほとんど覚えていて
しまっている。夢でリフレインされることだってあった。
(重症だな……)
素直に、自分の心に従ったんだけどな。俺の中で紗枝は「幼なじみ」だけど「妹」みたいな
奴だって。それが、俺の我侭でしかなかったってことは、もう分かっているんだけどな。
それでも、紗枝の想いに答えを返すまで、今みたいに言っていることと思っていることが
裏腹になんてならなかったはずだ。
自分の言ったことに自分自身がいちいち傷ついてやがる。馬鹿みてぇだ、俺――――