「「あれ」」
同時に上がった間の抜けた声。
果たしてその声がぴったり重なったのは、別方向から帰宅途中だったお互いがたまたま、
その合流地点であるこの場所で偶然にも出くわしてしまったからか。
「なんだよ、もうちょっと早く帰れよ。そしたら会うことなかったのに」
「お前なぁ……仮にも女の子なんだから、もうちょっと丁寧な言葉使えよ」
「いいだろ別に、あたしがどんな言葉使おうが関係ないじゃん」
漫画だったらまず間違いなくつーん、といった擬音を背負いそうな仕草を見せながら
彼女は顔を背ける。そんな可愛くない幼なじみの反応に、彼は思わずため息を付いた。
「ったく、昔はもっとおとなしくて可愛かったっつーのに。どこでどう間違ったのやら」
「それこそ関係ないじゃないか」
今度は睨まれた。これまた漫画だったら、じろっという擬音が似合いそうな反応である。
とはいうものの、お互いに減らず口を叩きながらも肩を並べて帰宅するのは、やはり二人が
幼なじみだからなのかそうでないのか。表面上では色々言いながらもお互い、特に彼女の
方は思わぬ「一緒に下校」という事実に、嬉しさがこみ上げてきている様子。
「で? 中学校はどうだ? もう慣れたか?」
「まあね。新しい友達も出来たよ」
「そーかそーか、相変わらず人見知りしない奴だな」
「……褒め言葉として受け取っとく」
片や高校生、方や中学生。傍から見れば、二人の様子は幼なじみというよりも、むしろ
兄妹に見えるだろう。
「そっちは?」
「俺か? いやぁ実はな……」
ぬふふふふふふふ、と誰がどう見ても気持ちの悪いにやけ方、笑い声を浮かべ上げる。
どうやらつい頭の中で、彼にとって実に喜ばしい出来事に思いを馳せているようなのだが。
見ていて気持ちの悪いことこの上ない。実際彼女も、変人を見るような目で彼を見つめ、
若干の距離をとった。
「なんだよ気持ち悪…」
「実はなぁ、今度デートすることになったんだ」
得意満面の笑みを浮かべながら、自信満々にそう答えるのはこれまた彼の方。どうやら
相手が片思い真っ最中の相手らしく、今からその日が楽しみで仕方がないようである。
「え……」
「苦労したぞ。どうにかこうにか共通の話題を見つけて、ようやく誘うことが出来たんだ。
中学の時からずーっと気になってた娘でな。あれだ、片思いってやつか?」
こういったことを嬉々として語りたがるのは、まだまだ恋愛経験が浅い証拠なのだが、
今の彼には「好きな娘とデートできる」という眼前に差し迫った事実に、この喜びを一人
でも多くに知ってもらいたいらしい。
「へ、へぇ……」
そのあまりに幸せそうな表情を見つめるのが耐え切れなくなって、彼女は視線を前方に
戻す。いつの間にか河川敷の上を通るあぜ道を歩いていることに気付いた。
「そろそろ俺も恋愛というものを知っておかないと色々不都合がありそうなんでな、ここは
しっかりばっちりくっきり決めてくる」
そう口走りながら、彼は親指をビッと立て、サムズアップを彼女によこす。
「……」
「……オイ? どうした」
「え!? あ……いや、なんでもないけど…」
どうやら、彼の話を彼女は途中から聞いてなかったようだ。口調のたどたどしさがそれを
証明している。
「ったく、お前人の話はちゃんと聞いとけよ」
「……ゴメン」
浮かれているせいか、会った時とはすっかり様子が変わってしまった彼女の様子に彼は
気付けない。いつもなら、妹のように大事にしている彼女の変化など、すぐに察知するのだが。
とかなんとか言ってるうちに、二人は河川敷のあぜ道を抜け、道を挟んで向かい合わせ
になっている自宅の前に到着する。
「ふーん、今みたいに浮かれすぎてヘマしないようにね」
「するかっ!」
最後にまた減らず口を叩いてくる彼女に気分を害されたのか、彼は大人気なくも思わず
怒鳴ってしまうのだった。
「じゃあバイバイ、明日は会わないよう気をつけてよ」
「お互いにな。そっちこを気をつけるんだぞ」
最後にまた言い返し彼は玄関を開け、家の中へと姿を消す。
「……」
ところが、彼女はその様子を見届ける。悲しそうに瞳を伏せながら、一言だけ呟く。
「……ばーか」
それがまた悲しそうで。ずっと昔から想ってるのに。想いに時間なんか関係ないという
ことを突きつけられた気がして、彼女は胸がギュッと締まるような気持ちを覚えたのだった。
四月も終わりを迎え、桜は花びらさえ見ることができない時期へと移り変わっていた。
今村崇之16歳。平松紗枝12歳。共に高校、中学一年生の時の話である。
この様子を崇之の友人がたまたま見届け、デート出来ることを嬉々として語っていた様子を
紗枝と話をするのが楽しいのだと勘違いし、クラスメイトにこのことが露見するのはまた、
別の話である――――