生まれてからずっと続いてきたことを今更になって変えるのは、なかなか難しい上に、  
結構な勇気がいる  
 言うだけなったら何でもない。でもこれが今現在も進行形な体験談だと、色々面倒臭くなる。  
付き合ってる相手となると尚更だ。  
 いやぁ、もちろん大事にしたいと思ってるぜ。だって、あいつがいない人生がどんなもの  
なのか、あの時嫌というほど思い知らされたわけだからな。  
 時間が経てば、大抵の辛いことは今思えば何とかなると思えたりもする。でも、何となく  
生きてきた人生の中で、あの数ヶ月間だけは今でもやっぱり思い出したくない。  
 
 まあ、なんだ。だからっつーかなんつーか、俺にとってあいつは絶対必要で、だから俺も  
惚れたんだっていうこれ以上ないきっかけにもなったんだけどな。自惚れになるけども、  
あいつにとって俺は必要な人間だったと思う。それと同じように、俺にとってのあいつも  
絶対に必要な存在だった。  
 それが分かったから、あの時、早朝の駅前で、躊躇いもせずにあんなこと出来たんだと  
思うんだよな。理性とかじゃなくて、ただ、気持ちが爆発した感じだった。  
 
 昔のことに思いを馳せれば、実感が湧かなくなる。けど今に至る過程を思い起こせば、  
この状態が必然で、最高の結果だった。あの時の選択が間違ってなかったっていう思いは、  
消えるどころか霞むことさえない。  
 色々行き違いがあったり欲に忠実でいたりしたら、何度か浮気まがいなこともしでかした。  
そのせいなのか単に年を重ねたからなのか、以前と比べて随分逞しくなったし落ち着いた。  
そしてそれでも、変わらず俺のことを好きでいてくれてる。だから今、思うこともある。  
 
 そろそろ、その答えを出してやらないといけないってな――――  
 
 
 
 
ピリリリリリリリリッ  
 
 
ピリリリリリリリリッ  
 
 
 
 ………………あー。  
 
 朝かー……ちくしょうまだ寝ていたい。でも今日はバイトがあるから起きないといけない、  
誰だこんなダルい気分な時にシフト入れたのは。俺じゃねえか馬鹿野郎、ああめんどくせぇ。  
「あ、起きたんだ崇兄」  
「んー…」  
「おはよ」  
「おー…」  
 起き上がり頭をぼりぼり掻いてると、流しに立っていた紗枝に声をかけられる。味噌汁の  
匂いを嗅ぎながらぶっきらぼうに返事をすると、「凄い寝癖だよ」と苦笑を洩らされる。  
着替えを済ませ髪も梳かされているから、随分早くに目を覚ましてたらしい。……こいつも  
後ろ髪の一部が少し跳ね返ったまんまだが。  
「よく寝てたね。朝ご飯出来るまでほっとこうと思ってたんだけど」  
「昨日夜更かししたからなぁ…」  
「思ってたより盛り上がったからね」  
「ふぁぁぁ…ねみぃ」  
 腋(わき)を掻きながら欠伸をかみ殺し、乾いた目を瞬かせて眠気を追い払う。  
部屋には、二組の布団が隣り合わせに敷かれてある。まぁこうして朝飯作ってる時点で  
言う必要もないかもしれんが、昨晩こいつはここに泊まったのだ。  
 
「はー…」  
「? 何だよ」  
「……」  
「何だよー」  
 話が盛り上がったせいかおかげか、結局昨日は事に及べなかった。まあ盛り上がらなくても、  
あんなもん持ってこられて見せられた時点で萎えてたっつーかやる気削げてたけどな。  
というか、元々それが目的だったんだろうが。  
「どうしたんだよー」  
 自分の思い通りの展開になったことに満足してるんだろう。天真爛漫な口調とは裏腹に、  
口元が清々しくニヤついている。良い度胸だ、そのうち腰が抜けるくらい犯してやる。  
枕元には、昨晩を健全な意味で盛り上げたものが無造作に置かれてある。紗枝の成長を  
辿ったアルバムだった。赤ん坊から高校の卒業した頃までの写真を、三冊程度に纏めてある。  
当然お向かいで幼なじみだった俺も結構な割合で映りこんでいるわけで、表紙のタイトルには  
「紗枝(と崇之君)の成長アルバム」と記されてある。大きなお世話だコノヤロー。  
 
『ほら見てみろ紗枝、この眠っそうな面』  
『崇兄のこの顔さ、昔と全っ然変わってないね』  
『そりゃーお前が物心ついた頃から惚れてた顔だしな』  
『別に顔だけが理由だったわけじゃないもん』  
『そりゃどーも。お前は今と昔じゃ全然違うよな』  
『色々努力しましたから』  
 そりゃ楽しくなかったって言ったら嘘になる。また布団二つ並べて被って丸まって、  
懐かしみながらアルバム眺めたいと思う気持ちがあるのもまた事実だ。  
『ほらこれー、何だよこの抱き方。これであたしのことお守りしてたって言えるの?』  
『豪快だろ。というか、そうしないと持ち上げられなかったんだよ』  
『軟弱者め』  
『うるせぇ、この写真撮った時七歳くらいだぞ俺』  
 しかしだ、そういうことをするなら時と場合を選べと声を大にして言ってやりたい。  
前回悪戯が過ぎて怒らせてしまったから、今回はちゃんと優しくしてやろうと思ってたのに。  
具体的に言うと、主に言葉で責めようと思ってたのに。  
『これは…小学校の卒業式か、校門の前で並んで撮らされたんだったかな』  
『この頃にはもう河川敷で遊ばなくなってたよね』  
『よく遊んでた奴とクラスが違って疎遠になったからな。つーか、なんで俺じゃなくてお前が  
泣いてんだ』  
『うるさいなぁ、いいだろ別に』  
『気になるもんは気になる』  
『えー…』  
『言わんというなら、こっちも手段を選ばんが』  
『崇兄と一緒に学校通えなくなるのが寂しかったからだよっ』  
 途中そういう方向に話をもっていこうとしても、向こうがすぐに折れたり話を転換させて  
それっぽい雰囲気を作れなかった。ずっと玩具にしてきた弊害か、こっちの意図を上手く  
かわされることが多くなった。  
『これは中学の制服か。この頃がいっちばん生意気だったな』  
『そーなの?』  
『そーなの。口調ががさつになってきたのもこの頃だな』  
『……』  
『反抗期ってやつかなーと思ったりもしたもんだけどな。そこんところどうですかお嬢さん』  
『……だって崇兄、他の女の人と付き合ってたから』  
『…あー、その時期と被るわけか』  
『それだけならともかく、あたしに惚気てきたりするしっ』  
 しかも自爆までかましてしまったり。一度拗ねさせちまうと、こっちが折れるまでずーっと  
口尖らせ続けるから厄介だ。まぁ、そーいう時の紗枝が一番可愛いんだけどな。以前ほど  
そういうところを見せてくれなくなってきてるから、嬉しい誤算でもあったわけだ。  
 
『…? これ誰だ?』  
『えーっと…あぁ、その時仲良かったクラスの男子だね。学園祭の準備の時に撮ったんだ』  
『ほー……』  
『? どしたの?』  
『なかなか澄ましたお顔のお友達だな』  
『そうだね、結構モテてたし』  
『距離近いな』  
『写真に写るためだもん』  
『軽薄そーな奴だなぁ、なんでこんなのと仲良くしてんだ』  
『別にいいじゃん、あたしが誰と仲良くしようと……って、崇兄』  
『ンだよ』  
『妬いてる?』  
『……は?』  
『へー、妬いてるんだー!』  
『あぁ? 調子乗んなよお前』  
『妬いてるんだ、崇兄妬いてるんだぁ。ふへへー』  
 中には自爆じゃないレベルのことやらかしたりしたけどな。あれはマジで失態だった。  
紗枝に主導権握られるとか、屈辱以外の何物でもない。「崇兄に軽薄とか言われたらおしまい  
だよねー」と言われて言い返せなかった自分が悔しい。  
『これは……あん時のか』  
『うん、崇兄が写ってるのはそれが最後だよ』  
『……ふーん』  
『どうしたの?』  
『いやー…お前のこと泣かしてばっかりだと思ってな、これもそうだし』  
『……前の晩、ずっと泣いてたんだ。そしたら、崇兄の前じゃ泣かなくてすむかもしれないって  
思ってたんだけど』  
『そっか……ごめんな』  
『…ううん』  
 まあ、途中なかなか良い雰囲気になったりもしたんですけれども。頭を撫でてやって、  
そのまま肩を抱き寄せてやったら、それまでの態度とは一転して、急に大人しくなった。  
ちなみに写真の内容は、俺がこのボロアパートに引っ越す時に、こいつの家の前で紗枝と  
一緒に撮ったものだ。確かこの時も頭を撫でてやったんだよな。この頃は他人同士なのに  
兄妹みたいな関係がしっくりきて当たり前で思い込んでいたから、あの時は慰めの意味しか  
込めてなかった。  
 
「はい」  
「おぉ、悪いな」  
 テーブルの上には味噌汁、納豆と卵焼きというオーソドックスな朝食のメニューが並んでいる。  
炊飯器から炊きあがった米をよそってもらい受け取ると、お茶を汲んで箸を取る。  
 朝が強い紗枝は、泊まった翌朝には決まって飯を用意してくれる。ロシアンルーレットの  
ようだった料理の腕前も、あれから随分と上達した。大学には進学しなかったから、おばちゃんに  
家事を習ったりそしてそれを手伝ったり、卒業と同時に始めたバイトで金貯めて、料理学校に  
通ったりしてるそうな。  
 それを聞いて思わず「花嫁修業じゃねーか」って突っ込んだらエラい目に遭ってなぁ、  
顔真っ赤にしてうるさいことうるさいこと。その時いつもの手を使って黙らせたら、過剰反応  
示して茹でダコになって骨まで抜けてしまったのはとても面白かったが。  
 
「バイト何時からだっけ?」  
「今日はちょっと遅めに入れたからな。あと二時間くらいは余裕ある」  
「そっか、じゃあ掃除だ」  
「せめて飯食い終わってからにしてくれ。埃を被った米や味噌汁食いたくないぞ」  
「食べてからの話だよ。膳ももう一式置いてあるだろ」  
「おやそういえば」  
「……食べる前に顔洗ったら?」  
「せめて飯食い終わってからにしてくれ」  
「もー」  
 四つ年の差があったから今まで気付かなかったが、実はこいつ人の世話を焼くのがかなり  
好きらしい。それが少しばかり鬱陶しくもあり、楽をさせてもらってありがたかったりする。  
まあなんにせよ、朝起きたら既に飯があるってのは良いもんだ。  
「でもお前、飯作るのうまくなったな」  
「そうかな。ありがと」  
 ポン酢をかけた卵焼きをおかずにご飯を頬張り、咀嚼しながら料理の出来映えを褒めると、  
はにかむように照れ笑いを浮かべる。普段は礼を言ってもその言葉を素直に受け取ってくれない  
困ったお嬢ちゃんだが、家事に関しては照れ臭さより嬉しさの方が勝るらしい。ま、料理の腕  
磨いてんのは俺のためでもあるだろうからな。こう頑張ってくれてると自惚れたくもなる。  
 それでなくても、こいつも成人を迎えて色々成長してるしなぁ。精神的な意味でも、身体的な  
意味でも。  
 
「お前は今日バイト無いのか?」  
「うん。真由と遊ぶんだ」  
「あー…いたねぇ、そういう娘も。相変わらずなのか?」  
「まぁね、あの性格が簡単に変わるわけないよ」  
 いつも何考えてるのかよく分からないあの狐面を思い出し、思わず頬を引きつらせると、  
紗枝には苦笑を漏らされる。  
 俺達が付き合うきっかけを作ってくれたその女の子は、地元の大学に進学してるらしい。  
ちなみに出来は良いが要領の悪いバイト先の後輩も、同じキャンパスに通っているとか  
いないとか。本人の弁では、これといって目立った進展は無いらしいが。  
「どれくらい会ってないの?」  
「お前らの卒業打ち上げの時が最後だよ、もう二年くらい会ってねーな」  
「あぅ…あの時はごめんなさい」  
「はっはっは、気にすんなよ」  
 そうそう、今まで酒とか飲んだことないくせに、打ち上げでカクテルやら何やらを勢い良く  
飲みまくり、すっかり酔っ払った紗枝を迎えに行って介抱したのも、もう二年前の話になる  
わけだ。  
 普段以上に俺との仲を聞かれまくり、誤魔化しに飲んでたらいつの間にかぐでんぐでんに  
なってしまったらしい。動かなくなったこいつをどうにかしようと考えた真由ちゃんに、  
ちょうどバイト上がりだった時に呼ばれてな。  
『あなたの大事な大事な愛しい恋人さんが、あなたのことを想いすぎて潰れちゃったんで、  
迎えに来てその分しっかり愛情注いであげてください』  
 あの狐っ娘にそんなこと言われてな、急いで迎えに行ってな。こいつのより俺の家の方が  
近かったから、背負ってこの部屋まで連れ帰ってな。  
「…あのさ」  
「ん?」  
「……もしかして、思い出してる?」  
「はっはっは、そんなことないぞ」  
「うぅぅ……やだなぁ」  
 そこで話が終わったなら、こいつもここまで気になんかしない。でも面白いのはここからでな、  
背負って帰る途中に意識を取り戻した紗枝の態度に、色んな意味で振り回されたわけだ。  
 赤ら顔で酒臭い息をまき散らしながら、匂い嗅いできたり頭撫でてきたり無い胸押しつけて  
きたりずーっとうなじにキスしたりとかな。そんなこと普段は絶対やってこないから、  
にやけてしまうとかそういう以前に驚かされた。家に着いて寝かそうとしたら、抱きつかれて  
迫られて押し倒されかけたのは流石にびびった。  
 
 まあその時のことを本来こいつは覚えてないはずなんだが、俺がしっかり悪戯心と嫌味を  
交えて伝えてやったから、こうして目の前で唸っている。最初はまるで信じなかったんだが、  
俺の首筋がやたら赤くなってたり、見ていた夢の内容を思い出すうちに黙り込んじまってな。  
 今思えばこっちももっと乗り気になっときゃ良かった。据え膳食わぬは何とやらと言うし、  
こっちから酒飲ませようとしても中々飲まないし飲んでもちょっとだけでなぁ。  
 
「ごちそーさん。あー食った食った」  
 食器を重ねて流しに持っていき、再び腰を下ろして軽く腹を撫でる。おもむろにテレビを  
つけると、朝のニュース番組がブラウン管に映し出される。こういう雰囲気が、なんだか最近  
いちいち懐かしい。  
「あたしもごちそうさま。さ、掃除掃除」  
「飯食った直後にすぐ動くのは身体に良くないぞ。急ぐわけでもないし、ちょっと休んで  
からにしたらどうだ」  
「あ、そっか。バイトの時間までちょっと余裕あるんだっけ」  
「そういうこった」  
「じゃあ…」  
 欠伸をかみ殺しながら答えると、紗枝はわざわざ俺が使っていた方の布団に倒れこむ。  
起きぬけに家事をして気を抜くと、やっぱりそれなりに疲れるらしい。こういうことを恩に  
着せない性格は、俺みたいな人間にはとてもありがたかったりする。おかげで毎日図に  
乗らせてもらってるわけだが。  
「はふー…」  
 ため息をついて、丸まって枕に顔を埋めている。相変わらず寝顔だけは文句なくあれだなー  
可愛いなー。どうしてもちょっかい出したくなる。  
「二度寝すんのか?」  
「しません」  
「でもまたちょっと眠たくなったろ」  
「なりません」  
「痩せ我慢すんなって」  
「してません」  
 ……なんという生意気な態度、これは悪戯して俺の気分を晴らさざるを得ない。  
 
「紗枝…」  
「うわぁ!」  
 添い寝するように俺も傍に寝そべり耳元でそっと囁いてやると、過剰に反応を示してくれて  
満足感を覚える。やはり紗枝はこうでなくちゃいけないと思う今日この頃。  
「なっ、何すんだよっ」  
「なんとなくだ」  
 耳を押さえ逃げようとした身体を、お腹の前に腕を通して固定する。  
 付き合う時間が二年にもなれば、流石に多少なりとも熱は治まる。座椅子もしなくなったし、  
こいつも落ち着いた雰囲気を見せるようになった。最近になってまた髪型を戻してくれたが、  
それ以前はロングヘアーになるくらいまで伸びていた。だから、余計にそんな風に見えていた。  
 そもそも、髪伸ばして欲しいっつったの俺なんだけどな。色んな紗枝を見てみたかった  
わけで。  
「…ちょっと」  
「ん?」  
「…離れてよ」  
「なんで」  
「…こんなことしてたらこれから掃除できないだろ」  
「今度でいい」  
 ひどく冷たい台詞だが、こんなのいつものことだ。右から左へ軽く受け流す。そもそも、  
こいつがこういった台詞を吐く時は大抵照れてる時だ。  
「そもそも後ろから抱き締めたはずなのにお前の顔と身体がこっち向いてるのは何故だ」  
「……知りません」  
 言葉とは裏腹な態度をわざわざ言葉にしてやると、つっけんどんな口調と裏腹にもぞもぞと  
身体を丸めていく。  
 まあ人間、根っこの部分はそう簡単には変わらないと言いますし。腕に力を込めても、  
もう文句を言ってこない。ふふふ可愛い奴め。  
 
 三月になったばかりとはいえ、まだまだ寒い日が多い。今日もご多分に漏れず、朝から  
随分と冷え込んでいる。窓からは晴れ間まで差し込んでるっつーのに何でなんだまったく  
家でもっとゴロゴロしてぇ。  
「あー! バイト行きたくねー…」  
「今日行ったらしばらく休みなんじゃないの?」  
「だから行きたくねーんだよ」  
 しかも今日のシフトは中抜け挟んで半日ときている。終わった頃には真夜中だぞ真夜中。  
店長の鬼シフトによくここまで耐えてきたもんだ。  
「あたしはバイトすっごい楽しいけどな」  
「どーせ客少なくて同僚とお喋りして終わりだろ」  
「そんなことないよ。これでも看板娘って評判なんだから」  
「誰が」  
「あたしが」  
 あー? 舐めた発言しやがって。そんな「あたし可愛いんだよ」的な発言を自分からする  
お前なんか認めんぞ。  
「お好み焼き焼くのも上手くなってきたんだから。今度作ってあげよっか?」  
「そういやお前の職場はお好み焼き屋だっけか」  
「そうだよ」  
「広島風と大阪風、どっちだっけ」  
「広島風だね」  
「……あぁ、なるほどな。“おたふく”娘ってことか」  
「もー、またそんなこと言うー」   
 自惚れるお嬢様に皮肉を叩きつけてやったら、頬をぷーっと膨らませて本当におたふく面に  
なる。頬を柔らかく抓ると、その表情がいよいよ不機嫌なものになる。  
「あにふんだよ」  
「お前のほっぺって柔らかいよな」  
「うー、ひたひー」  
「ぷにぷにしやがって。気持ちいいぞこの野郎」  
「はなへー」  
 朝っぱらからシングルサイズの布団に二人で寝っ転がって抱きしめあって色々悪戯するのは  
ダメ人間を極めつつあるかもしれん。しかしこれがまた俺の気分をゆっくり落ち着かせて  
くれるんだから仕方ない。快楽主義の四文字が俺の座右の銘だ。  
 
「もうっ」  
「うおっ」   
 堪忍袋の緒が切れたのか、思いっきり手を振りほどかれる。身体もぐいっと押されて  
距離を取られ、そのまま上半身を起こしてしまう。  
「いい加減にしてよね」  
「んだよー、つれねえな」  
「前にこんなことしててお互いバイト遅刻したじゃん。これからは厳しくいきます」  
「えー」  
「えーじゃありません、ビシバシいきます」  
「固いこと言うなよ、ヤろうぜ」  
「しません!」  
「昨日の晩ヤらなかったんだから良いじゃんよー」  
「朝からとか絶対やだ」  
 くそー、相変わらず身持ちが固ぇ。なんて面倒臭い女だ、もっとこう俺のために色々と  
気を利かせてだな…  
「…今、何て言ったのかな?」  
「言葉のアヤだ、聞き流してくれ」  
 おおお危ねぇ、にっこり笑いかけてきたら本気で怒りかけてる合図だからな。こうなったら  
逆らわん方がいい。  
 
「そもそも崇兄だってさ、あたしのこと相変わらず考えてくれないじゃん!」  
 
 やべ、スイッチ入っちまった。これは早いこと脱出しないと被害が甚大になる。  
「会うのはいっつもここだし、最近デートしてないし、これからのことだって…」  
「おっとこれはいかん! 気付いたらバイトの時間が迫っておる! 早く準備せねば!」  
 
 枕元にあった携帯を掴んで開いて時間確認して、紗枝の言葉を遮るように声を張り上げる。  
こいつも何か言いたげに一瞬口を開きかけたが、無駄だと思ったのかそれは溜息となって  
口から放たれる。ちなみに、まだ時間的に全然余裕あるのは内緒の話だ。  
 
「……だったら早く準備してください」  
「いやスマンスマン」  
 まあ平日はほぼ必ずシフト入れてるし、バイトリーダーだから土日も穴埋めで入ることも  
少なくないからな。こいつの方もバイトしてるとはいえ、俺ほど忙しくはない。その時間を  
埋めてやれないのは、やっぱり申し訳なかったりする。  
 
 まあ、だからっつーかなんつーか。用意してるわけなんだけどな、答えを。そう言い表す  
にはちょっと大仰かもしれんが。そしてそれは今、紗枝には見つからないよう押入れの奥に  
しまってある。  
「まったく。こんなことならとっとと掃除すればよかった」  
「悪かったって。ちゃんと埋め合わせすっからさ」  
「どんな?」  
「秘密」  
「どうせうやむやにするんだろ」  
「ははははは」  
 顔を洗って着替えを済ませ、出かける準備を済ませる。そしてバレないよう、こっそりと  
それを取り出してコートのポケットに忍ばせる。  
 
 今までは確かにそうだった。時間置いたり機嫌とったりして、そのうちうやむやにするのが  
いつもの手だった。埋め合わせなんて、合コン行ったのがバレてた時くらいなもんだった。  
 
 今日渡そうと決めてたわけじゃない。でも、延々とタイミングを掴み損ねてたら気持ちが  
萎んでしまいそうだったし、何より「あたしのこと考えてくれてない」という紗枝の言葉に、  
挑発されたような気分になった。そうじゃないってことを見せつけてやりたくなった。  
俺だって本当は、その、なんだ。まあ……色々とな、あれだよあれ。  
   
 最初に告白したのは紗枝の方で、俺が告白したのは、それから何カ月も経った後だった。  
 けど年は俺の方が上だし、こっちは男だ。もう一回くらい言っておかないと、埋め合わせに  
ならないと思うわけで。だから俺は、今からガラにもないことをやろうとしている。  
「よーし、行くか」  
「忘れ物ない?」  
「ねーよ」  
 ポケットの中の答えを、突っ込んだ掌で握り締める。そして同時に心を決める。  
 
 
 二度目のきっかけは、俺が作ってやる――――  
 
 
 

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