「氏神様、楽しい一年間をありがとうございました」
光が切れ切れにしか差し込まない、竹生茂った林。
男は今、自宅の裏山にひっそりと立てられた祠…氏神様の下、祈りを奉げている。
静かで、そして涼やかな秋のとある一日。
気がつけば日が詰まるのも早くなり、庭の木々も赤く色付いてきた。
カレンダーの日付ももう後がない、そう明日からはもう11月なのだ。
「歌穂とはよく喧嘩もするけど、御陰様で良仲でいさせて頂いてます」
昨年の万聖祭の前夜祭……
あれからもう一年だと思うと、目まぐるしく季節が移り変わり行く様に戸惑いすら感じる。
あの日から男の日常は大きく変化していった。
自分に出来た生まれて初めての彼女……。
彼女は幼馴染という近い存在であったので、
何でも分かっていたつもりでいたがそれは過ちだと気付かされた。
実はお化け屋敷が死ぬほど苦手だったり、しっかりしていると思っていたら実は甘えたがりだったり……
と、付き合ってからは意外な一面を見ることも多々あった。
ただの幼馴染だったときには見られなかった顔。
強さ以外の、そう、弱みも曝け出してくれた事。
それはありのままの彼女を自分に見せてくれているということで、男は素直に嬉しかった。
「これからも苦難とか困難とかあるかもしれないですけど、どうか温かく見守ってやって下さい。」
言い終わると、目を少しずつ開け胸の前で合わせていた手をゆっくりと解いていく。
同時に一陣の風が枯葉を孕みながら男の前を吹き抜ける。
一瞬にして耳内に木枯しの音が響き渡った。
冷たい風だったが竹の合間を縫って差し込む光のお陰か、不思議とそこまでの寒さは感じなかった。
(……氏神様の返事かな)
風が凪いだ後(のち)にふとそんなことを思う。
男は小さな祠に向かって一礼をすると、金木犀の香り漂う元来た道に踵を返した。
明日は一日だから榊を取りに行かないと……等とぶつくさと、今日すべき事を説いていく。
「あっ、忘れてた」
「最近歌穂の胸が大きくなってきて嬉しいです。これも氏神様が願いを叶えてくれたお陰です。
じゃ、また報告しに来ます」
その場で氏神様のほうに身体を向け言葉を紡ぐと、もう一度一礼をし家へと足を運んでいく。
が…
「……誰の胸が大きくなって嬉しいですって?」
そこには、見慣れた姿が眉をひくひくさせながら待ち構えていた。
「げっ……!歌穂なんでここに!」
「穂高!あんた、しょうもないこと神様にお願いしてるんじゃないわよ!」
「しょうもないことじゃない!俺にとっては大事なことだ!きっと氏神様だってそう思って……」
「思ってるわけないでしょ!もう……本当にスケベで馬鹿なんだから……」
「ごっ……ゴメン」
「でっ……でも今日は特別な日だから……いいよ……
って!何言わすのよ!」
男……瓜谷穂高は、女……南野歌穂のその小さな声を聞き逃さなかった。
今夜は激しい夜にしちゃると、氏神様の前で何ともふしだらな事を考えているとは
この時歌穂は気付く由もなかった。
今日は彼女の22回目の誕生日……そして幼馴染同士が付き合って丁度一年が経過した、ある秋晴れの日の小話。