今日は私の21回目の誕生日。  
日本でも近年、年を重ねるに連れ、若年層を中心に盛大な盛り上がりをみせるお祭り。  
ハロウィーン。  
その10月31日が私の誕生日だ。  
 
「歌穂、今日誕生日だよね!おめでとう!」  
日が変わった直後に友達からおめでとうメールがたくさん届いた。  
携帯電話から着歌が途絶えることなく流れてくる。  
全てのメールに目を通し終わると自然に目も重くなる。  
 
朝。  
普段早くなんか起きないくせに今日に限っては実に自然に目が覚める。  
これなら大学の1限目の授業に余裕で間に合うはずだ。  
電車の時間に合わせて家を出る。  
なんかこういうのって…いいかも。  
 
「はい、おめでとう」  
1限目の教室に足を踏み入れると親しい友達からプレゼントを貰った。  
不意からの攻撃に驚くも、素直に嬉しい。  
嬉しさのあまり授業が耳に入らなかったのは内緒だ。  
 
昼。  
3・4時限目の空き時間を挿んで、5限目に授業があったはずなのだが  
掲示板を見ると休講になっていた。  
ので、今日はこれで授業が終わり!  
友人たちと、大学近くのファミレスでランチタイムへと突入する。  
雑談を交えながらの楽しい昼食に思わず顔も綻ぶ。  
 
「おまたせいたしました、こちら本日のスペシャルメニューになります」  
流暢に出で来る言葉と共にウエイターさんが何か運んでくる。  
「あれ?誰も頼んでないよね?」  
確か誰も追加注文してないはずなんだけど…  
思わず口に出る言葉。  
周りは『いいのいいの』とニヤニヤしている。  
その時、今まで流れていた曲がピタリと止み  
店内のBGMがハッピーバースデーの曲へと変わる。  
「おめでとうございます」  
ウエイターさんの言葉と共に運ばれてきたのは大きなホールのケーキ。  
「えっ…えっ!」  
状況が理解できずに、何がなんだか分からないのはどうやら私一人らしい。  
「歌穂、おめでとう」  
友の口から口々に言葉をかけられる。  
聞けば一月も前から計画していたらしい。  
友のくれた突然のサプライズにちょっと感動。  
 
そして夕。  
今日一日を振り返る。  
思い返せば皆にこんなによくしてもらって  
今日は正にハッピー・バースデーだ。  
 
が……  
そんな私の楽しい誕生日気分も、一本の電話で終止符を打たれる。  
この電話のせいで天国は地獄へと一変。  
普段と何も変わらない、何気ない日常に逆戻りだ。  
あっ、思い出したら腹が立ってきた…。  
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  
 
「なんであんたの部屋に私がいなくちゃならないの!」  
青のモノトーンで統一された部屋。  
その一角で私は椅子に座り何故か柿を剥いている。  
切れずに連なった皮は、一本の線になって宙を浮していた。  
 
「まあまあ、そう言うなよ」  
私の剥いた柿に颯爽と手を伸ばし、小気味良い音を立てながら目の前の果実に貪りつく男。  
その私のものとは違うその部屋に、自分とこの部屋の持ち主はいた。  
ベッドに横たわっている男は、幼馴染の瓜谷穂高(うりやほだか)。  
こいつからの電話のせいで私の誕生日は奈落へと転落して言ったのだ。  
何が悲しくて誕生日に、幼馴染の…しかも大の男の世話をしなければならないのであろうか。  
 
「大体、穂高。あんたのそれのどこが調子悪いっていうの?」  
柿を剥く手をそのままに、穂高のほうを一瞥してみるも  
その血行の良い顔を目の当たりにすると、とても病人だとは思えない。  
『歌穂…、体調が悪くて死にそうなのに、家に誰もいないから来てくれ…』  
……  
数時間前に、そう穂高から連絡を受けたはずなのだが、  
当の本人は病気も何のその、暢気に柿なんぞ貪っている。  
一体この幼馴染は何がしたいというのだ?  
 
「俺?バリバリ調子悪いぜ?」  
口から柿の種を吐き出し右手に移す穂高。  
私の足元にあったゴミ箱を足で移動させながらベッドの近くまで寄せると、  
穂高はその中に種を投げ捨てる。  
「ウソでしょ?」  
穂高のその言葉に疑いが隠せない。  
「いや、本当だって。見てみ?熱もあるから。」  
そう言って幼馴染は何時の間に計っていたのだろうか、体温計を渡す。  
…えっと…  
デジタルの数字は38.5℃と示されている。  
 
「いやさ、今日ハロウィーンだろ?  
 たまにはそういう季節の行事に便乗してみようと思って  
 昨日家の畑をチラッと覗きに行ったら、豪くでかいカボチャが出来ていてさ。」  
穂高は、こんくらいかな?と覆いかぶさっていた布団を退けて両手を出し、カボチャの大きさを体で表現する。  
なるほど、確かに大きい。  
「それで?」  
私は包丁を持つ手を一時中断させ、ずれた布団を直そうと手をかける。  
薄手の布団からは、それとは不釣合いなほどの穂高の温もりが感じ取られた。  
「あぁ、歌穂サンキュ。  
 んで、親父にこれ貰ってもいいかって聞いてみたらオーケーサインが出たんだ。」  
目を輝かせながら穂高は話を続ける。  
お気に入りの玩具を与えられた子どもの様な、そんな楽しそうな顔。  
「ふ〜ん。それから?」  
「で、ここ最近急に寒くなっただろ?  
 そんな中、朝方から畑に行ってたら風邪もらっちまってさ」  
そう言いながら、穂高は軽く咳払いをし鼻をグズグズさせる。  
確か天気予報では、昨日の朝方は今秋一番の冷え込みだったはずである。  
聞けば、日本の北部では雪も見られたらしい。  
霜も降りたち、季節はこれからいよいよもって本格的な冬の到来を迎え始めるのだろう。  
 
「ゴホッ…ゴホッ……」  
咳き込みが先程よりも酷くなる。  
目を虚ろにさせ何処か気だるそうにしている穂高。  
そこにはいつもの馬鹿みたいな陽気さはなく、弱々しくも感じる。  
 
「今朝、寒かったからね」  
穂高が風邪をひいた要因は、きっと朝方の冷え込みという  
急激な温度変化に身体がついていけなかったのだろう。  
あとは慣れない仕事をして身体が驚いてしまったとか。  
まぁ何にせよ、風邪をひいてしまってからどうこう言っても仕方が無い。  
先決なのは過去の過ちを検証するより、今の病を治す事のほうが大事なのだから。  
「ほら、こんな薄手の布団じゃ風邪がもっとひどくなるよ」  
これ以上穂高の容態が悪化するといけないと思い、  
何も無いよりはマシだろうと、辺りに置いてあった長座布団を掛け布団の上にさらに重ねる。  
穂高は急に圧し掛かった重みに困惑していたが、  
これもすべて自身の風邪を治すためと思えば軽いもんだと思ってもらうしかない。  
 
「でも、珍しいんじゃないの?穂高が風邪ひくなんて」  
邪魔にならないようにと、私はベッドの端のほうに腰を下ろす。  
ふわふわのマットレスは私が乗ると、心地よい沈み具合を見せる。  
それにしても…  
「そっか、風邪かぁ」  
思わず声に出してしまう。  
それほどまでに穂高と風邪は縁遠いところにあった。  
私の知っている限りでは、ここ数年穂高は病気一つしなかったはずである。  
 
「ん…んん″っ…」  
咽喉の奥に違和感を感じるのか、盛んに何度も咽喉を鳴らす穂高。  
風邪特有のしゃがれた声…。熱が篭って赤らまった頬…。  
よく見れば見るほど穂高がいつもと違うことを再認識させられた。  
「まぁな、俺も人間だから風邪くらいひくさ。  
 ゴホッ…それに普段しない様なことしたっていうのもあるかな。  
 家の畑になんて滅多に行かないからなぁ…。」  
寒いのか布団にもぐりながらもぞもぞと喋る。  
その度にベッドのスプリングが軋み、私もその振動で揺れ動く。  
 
「まぁ、この時期になると流石に半袖じゃ風邪だってひくわな」  
 
……………  
穂高のその言葉に思わず耳を疑う…。  
「いっ…今なんて言った?」  
「えっ?だから半袖じゃ風邪だってひくわなって」  
 
………  
…………はぁ?  
………  
はっ…半袖ぇぇぇ!  
 
「あんた馬鹿じゃないの!」  
この時期に半袖でいる馬鹿が何処にいるっていうの!  
しかも朝方なんて!  
そんな私の葛藤に気付くことなく、穂高はしらっとした態度で答える。  
「失礼な、風邪を引かないのは馬鹿のほうだぞ。」  
あぁ、幼馴染が馬鹿すぎて私まで頭痛くなってきた…。  
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  
 
「おいしい?」  
「あぁ」  
穂高の手中には大きく湯気を棚引かせた卵粥。  
先程私が一寸キッチンを借りて作ったそれを、穂高はおいしそうに頬張っている。  
食べさせてあげようかと言ったら、そこまで重病じゃないよと笑って止められた。  
良かった。食べられるだけの余裕があって。  
兎に角何か食べて体力をつけなければ風邪だって身体から出て行かないだろう。  
「歌穂の御粥食っちまったら、母さんの御粥なんて食えたもんじゃねぇぜ」  
出てくる湯気を口で冷ましながら、穂高は一口また一口と御粥を口に運ぶ。  
「またまたぁ、そんなこと小母さんに聞かれたら二度と作ってもらえなくなるよ」  
私は、口ではそう言うものの内心は凄く嬉しい。  
「そうかもな。でもこれ本当上手いぜ」  
「それはそれは、ありがとう。  
 それよりも…  
 ねぇ、穂高。あんたがこの御粥食べ終わったら、私帰るからね。  
 夜遅いとやだし」  
チラ、と時計を一瞥すると、針は既に夜の10時を回っていた。  
提出物やレポートの類の提出物は出てないにしろ、明日になればまた大学に行かなければならない。  
温くなった熱冷まし用の簡易シートも取替えたし、  
掛け布団も穂高から場所を聞いて、押入れから引っ張り出してきた。  
やることは全てやったので、あとは穂高の回復力に任すしかない。  
 
「家隣同士なのに?」  
私が家に帰ることを告げると穂高は不満そうな声をあげる。  
「家隣同士だって何だって、あんまり遅くまでいられないじゃない。  
 私明日学校あるし。」  
「そっ…そうか」  
妙に納得した様子で穂高は頷く。  
明日も学校だというのを気付かないくらいだから  
こいつはきっと明日も大学を休むつもりだろう。  
「もうすぐ小父さんも小母さんも帰ってくるよ」  
「あぁ…」  
病気が彼を弱気にさせるのか。  
穂高はそう頷くものの、布団からは覗けるその顔は何処か寂しそうである。  
 
「じゃあ、私帰るから。  
 早く風邪治して元気になってね。」  
「あっ、歌穂」  
ドアを開けた瞬間、穂高が私を呼び止める。  
「えっ?」  
何か遣り残したことがあっただろうかと、廊下に向けた足先を再び部屋内に戻し  
ドアノブにかけた手を離して穂高に向き合うと、  
幼馴染はものすごく焦ったような顔をしてこちらを見ていた。  
 
「何?」  
「あっ…その……さ…  
 帰るんだったらよ、あれ……持って帰ってくれよ。な?」  
穂高が指し示す指の先、そこには時期外れの大きなカボチャが在していた。  
「あっ」  
先程穂高が言っていたのはこれのことだったのであろう。  
(カボチャだぁ)  
 
食用カボチャの鮮やかな暗緑色の色合いとは異なり、  
ハロウィーン用カボチャであろうか、  
目の前のカボチャはとても明るいオレンジ色をしていた。  
確かおもちゃカボチャって言う種類だって、昔穂高が言ってた気がする。  
綺麗で眩い橙色…。  
そんな明るい色が蛍光灯の光に溶けて私の目に飛び込んでくると  
それだけで何処か心が弾んでくる。  
 
「…俺が丹精込めて作った奴だから。  
 どう処分しても構わないけど見えないところでな。」  
(作った?)  
作ったということは何か加工が施されているのであろう。  
カボチャと穂高を見比べると  
自身に合わないようなものを製作したのが余程恥ずかしいのか  
穂高はそれ以上はこちらを見ようとせず私に背を向け布団に包まってしまった。  
 
何を作ったのであろうか、  
私は普段穂高が滅多に使うことの無い学習机の上のものに手を伸ばす。  
正面側から見る限りでは、何の変哲も無い普通のカボチャにしか見えない。  
大きなそのカボチャを両手に載せまじまじと見つめてみる。  
すると……  
 
(うわぁ…)  
 
五角形に切り込みの入った頭。  
刳り抜かれた中身。  
そして何より表面に描かれたそれは、通常のカボチャ提灯の顔とは異なり  
魔女が箒に乗って空を飛んでいる絵が丁寧に彫り描かれていた。  
 
「すごーい…」  
思わず見とれてしまうほどの出来栄えで  
口から出たのは素直な感想である。  
「穂高、すごいよ、これ!」  
語録のボキャブラリーが少なくこれ以上の感想はいえないが  
これを見て与えられた衝撃は計り知れないものがあった。  
もとはただの丸みを帯びたカボチャだったのだろうが  
それが丁寧に加工された今、私の手の中にあるカボチャは  
見事なジャック・オ・ランタンの形を成していた。  
 
「これ、本当にもらっちゃっていいの?」  
「あぁ」  
穂高は鼻をかみながらチラチラとこちらを見やる。  
「そんなもんでよければやるよ」  
「ありがとう!」  
感謝の言葉を幾ら伝えても伝え足りないくらいの嬉しさがこみ上げてくる。  
 
(穂高って相変わらず器用な物を作るんだなぁ)  
掌の上のランタンを見つめながらそう思う。  
「可愛い!」  
穂高の手によって命を吹き込まれた魔女。  
彫り上げられたその姿なんて、見ているだけで今にも動き出しそうである。  
 
瓜谷穂高という人物は小さな頃からそうであった。  
頭のほうははあまり芳しくなかったが、図工や技術ではその器用さを遺憾なく発揮し  
穂高が何かを作り上げるたびに、私はその作品たちに心を揺り動かされたものである。  
同じもの、同じ材料を渡されても、私には想像も出来ないようなものを作る穂高。  
アイデアだけでなく、どこか丸い温かみを感じる穂高の作品たち…。  
それらを手に取り、ただ見ているだけで素敵な気持ちになれるから  
私は穂高の作品が大好きであった。  
 
「喜んでもらえたようで良かったよ」  
そう言う穂高の顔は、何処か照れを浮かべているように見える。  
私に手作りのものをくれたときはいつもそうなのだ。  
恥ずかしそうに渡し、そして私の喜ぶ姿を見た後は照れ笑う。  
これも昔から直る事のない癖。  
私だけが知っている穂高の癖…。  
「うん、すっごく嬉しい!ありがとう!」  
「おっし。じゃあ歌穂、気をつけて帰れな。  
 いくら家隣りだからって田畑を挿んでの隣なんだから」  
「分かってるって、じゃあまたね。  
 風邪早く治すんだぞ!」  
 
そういい残し穂高にバイバイと手を振ると、  
私は廊下に出て、広いこの家の廊下をゆっくり歩きだす。  
まだ小父さんも小母さんも帰ってきてないのであろうか、  
瓜谷家は無言のまま静まり返っていた。  
しかしこの瓜谷家のことなら熟知している。  
何度も足繁く通った家は、幼い頃から慣れ親しんだ私の第二の実家のようなものである。  
僅かな月明かりを頼りに歩くとやがて玄関に辿り着く。  
 
失礼ながら玄関の電気にスイッチを入れ、履き慣れたスニーカーに足を通す。  
今まで暗闇の中を歩いてきたので、無機質な蛍光灯の灯りが目に眩い。  
すると不意に横に置いたランタンが目に飛び込んでくる。  
今まで手に持っていたそれを一瞥すると、ある考えが頭を過ぎった。  
(あぁ、これに火をつけてここまで来ればよかったんだね)  
なんといっても、今日はハロウィーン。  
こんなに良いものを貰って使わない手はないであろう。  
(でも、一寸勿体無いかな)  
 
売り物にしても違和感の無いような素敵なデザインのジャック・オ・ランタン。  
蓋を開けると、そこには透き通るような瑠璃色をした綺麗な蝋燭が立てられていた。  
青系統は私の一番好きな色。  
穂高はきっと知っててこれを選んでくれたのだろう。  
 
「あれ…?これってなんだろう…」  
蓋を開けた後、中にふと気になるものを発見した。  
思わずそこに手を伸ばす。  
「紙…?」  
 
現れたのは蝋燭の下に敷かれた一枚の小さなカード。  
淡い桃色をした花柄の絵がとても可愛らしい。  
丁寧にも半分に畳まれたそれを開くと、  
ランタンとは裏腹に、拙い文字で綴られた穂高の文字、  
………メッセージが刻まれていた。  
 
 
  歌穂、誕生日おめでとう。  
    
  多分きっとはずかしくて口では言えないだろうから、カードで言葉を贈ります。  
     
  どれだけ月日が流れても、変わらず一緒にいられるような関係でいたいな。  
 
  言いたいことはいっぱいあるけど、取りあえず今日はここまで。  
    
  これからもよろしくな。  
 
  PS:いつもおいしい料理ありがとう。  
                      
                        大好きな歌穂へ、穂高より  
 
 
「………えっ…」  
私はカードを持ったまま暫くその場から動けずにいた。  
手は震え、その鈍器で殴られたような衝撃は私の心内を瞬く間に支配していく。  
「好き………?  
 穂高が……、私のことを……?」  
何度カードを見返しても書かれていることはやはり同じ。  
私はその場で立ち尽くすのが精一杯で、  
震える手を握り締めて落ち着かせようにもそれすら困難であった。  
「………」  
血が廻っているのか、遠のいているのか…。  
その感覚さえもよく分からない。  
知らず知らずのうちに鼓動が逸る。  
 
棚引く雲に覆われていた月も、やがてまたその黄色い姿を現す。  
静寂に包まれた廊下。  
私は無言で踵を返し、また元来た道を駆け戻る。  
荷物?  
そんなの玄関に置きっぱなしでいい。  
今、自分が為すべきことは、家路に帰ることではない。  
もっと大切なことが残っている。  
(穂高!)  
バースデーカードを手にしっかりと握り締め  
床を軋ませ鳴らしながら、瓜谷家に唯一灯る明かりの元へと急ぐ。  
 
「私だって」  
 
「伝えたいこと…いっぱいあるんだよ…」  
                     
言葉に出すと、幾ら走っても辿り着かないような焦燥感に襲われる。  
焦りに急かされながらも、私はただ無心で走り続ける。  
マグロが泳いでないと死んでしまうように  
私も今は走ってないと身体がどうにかしてしまいそうであった。                 
途中何かに躓き足元を取られそうになったが  
それでも勢いを緩めず穂高の部屋へと駆け行く。  
 
「穂高!」  
ドアを壊すかのような勢いで、私は再び穂高の部屋に入り込む。  
呼吸も絶え絶えに肩で息を整えながら部屋の入り口の佇む私は、  
穂高の目にどう映っているであろう…。  
酷く滑稽で浅ましく思っているだろうか?  
 
「えっ……か…歌穂?」  
布団に包まっていた幼馴染は、驚き布団を跳ね除けて私のほうを見ている。  
なんで、ここにいるんだ?とでも言いたそうな、素っ頓狂な顔。  
熱さましのシートも勢いに押され、ペラリと剥がれ地に落ちる。  
「ほだか…」  
鼓動が痛いくらいに強く脈打っているのは走ってきたせいだけではない。  
体中が熱くてどうにかなってしまいそうだ。  
一歩、また一歩と幼馴染の下へと歩み寄る。  
その空間は驚くほど静寂に包まれ、ここには私たち2人しかいないことを再確認させられる。  
 
ギュっ…  
 
「……………」  
磁石のS極とN極が互いに強く欲し、引き合うかのように  
私は自然に穂高のもとへ身体を預ける。  
気付けば私は穂高を抱きしめていた。  
「ほへっ…?」  
穂高の間抜けな声と共に鼻腔いっぱいに彼の匂いが広がっていく。  
干したばかりの布団のような心地よい暖かな匂いは、正に穂高自身であった。  
「へっ…!  
 ちょ…ちょ!…歌穂待てって!」  
互いの身体が直に密着した今、心音が手を取るように伝わってくる。  
 
突然のことで動揺しているのか、穂高の鼓動も早鐘のように鳴り響いている。  
「ダメ、穂高!  
 お願い、もうちょっと…このままで…」  
力任せに振り払おうと必死になってもがいていた穂高であったが  
私のその言葉と同時にその行為は静まり、  
口元を掻きながら何処か照れくさそうにしていた。  
 
「ねぇ…」  
この体勢になってから数分がたち、沈黙を断ち切ろうとしたがこれが中々上手くいかない。  
言いかけた言葉の後に単語が続かず、何とか口を紡ごうにも、上手く言葉に出来ずにいた。  
「………」  
思わず上を見やると穂高と目が合う。  
優しく笑いかけられて、目のやり場に困ってしまう。  
(恥ずかしいなぁ…)  
伝えたいことがあったはずなのだが。  
近くにいると如何しても意識してしまい言葉が口から出てこない。  
「………」  
如何していいか分からず目を逸らしてしまった私は  
言葉の代わりにと、もっと力強く抱きしめる。  
前は私となんか比べようも無いくらい小さかった身体は、  
何時の間にか私が見上げなければならないくらいに大きくなり  
確りとした骨格は、私と性別が違うことを改めて認識させられる。  
 
「なぁ…」  
私たちの沈黙に終止符が打たれる。  
先に、静寂を切り裂いたのは穂高のほうであった。  
彼を抱く手をそのままに、上を見上げると  
大きな幼馴染はその真っ直ぐな瞳を私のほうに向けている。  
また鼓動が一つ大きく脈打つ。  
そんなことないのに、私の心の奥底まで覗かれそうで、  
思わず視線を逸らしそうになったが  
心中を射抜かれたかのように、私は穂高のほうから目を離せずにいた。  
 
「歌穂、その手紙…」  
穂高は私の手中を見ると、そう言う。  
「えっ…?あ…、うん。」  
「そうか…読んだのか」  
穂高は私の手元を見ながら小さく呟く。  
注意して聞いてなければ。聞き逃してしまうような小さな声…。  
「その手紙通りだよ」  
恥ずかしいのかを掻きながら、穂高は明後日の方を向いている。  
 
「ダメ…」  
 
「ん?」  
「ダメだよ、きちんと…口で言ってくれなきゃ」  
 
恥ずかしさでどうかしてしまいそうな心を何とか繋ぎ止め  
視線を外すことなく、ただ穂高のほうを見上げる。  
穂高のほうはというと一寸唖然とした顔を見せた後  
その顔を一変させ、真剣な面持ちでやはりこちらに視線を向けた。  
静かな部屋に穂高の咳払いが一つ…大きく響き渡った。  
 
「歌穂…」  
 
 好きだ  
 
私の肩に乗っている手にも、急に力が篭ったのが分かった。  
静寂に包み込まれたこの場に、穂高の声だけが余韻として残っている。  
面と向かって言われた言葉、私だけのための言葉…。  
恥ずかしいけど凄く嬉しい。  
 
「……………」  
何も言わない私に絶えかねたのか、穂高が言葉を紡いでいく。  
「べっ…別に無理して付き合わなくたっていいんだからな。  
 ただ俺の気持ちを伝えただけで、歌穂との関係がギクシャクするの嫌だし…」  
段々と声のトーンが下がっていくのが分かる。  
そうだ、早く私の気持ちを伝えなければ。  
穂高だけに言わすのもズルイ。  
私だって…  
 
そう、私の決断はあの手紙を見たときから決まっていたんだ。  
 
「穂高、好き!大好き!」  
大好きな幼馴染の胸に今一度大きく飛び込む。  
私の身体いっぱいに伝わる穂高の温もりは、きっと熱だけによるものだけじゃない…よね。                                     
 
「風邪…うつるぞ…?」  
「…いいよ」  
雰囲気がそうさせるのだろうか。  
私と穂高の距離は、知らぬうちに近づいていた。  
「………」  
「………」  
互いの表情がこれ以上ないくらいに読み取れるような至近距離。  
小さい頃から一緒にはいたけど、ここまで間近で見ることはなかったなと思うと  
改めて相思相愛になった現実と今からするであろう行為に胸が逸る。  
 
「穂高…」  
 
万聖祭の前夜は最大の盛り上がりをみせている。  
もうすぐ誕生日が終わる。  
 
「大好き…」  
 
ベッドのスプリングが軋むと同時に、  
二つの唇が音のないこの静かな部屋でひっそりと重なり合う。  
ぬくもりにふれた一瞬が、今日貰ったどの品物にも代えがたい何よりの誕生日プレゼントだった。  
 

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