「クレープクレープ」
「はいはい。わかってるからはしゃぐな」
コートに身を包んだ美女二人。
赤いコートでツインテールの一見子供にも見えるはしゃぎ方をしている女性。
黒いシックなコートを着ている女性。ちとせだ。
赤いコートの主はちとせの大学の友人で名前を南燈(みなみあかり)と言う。
「燈。ほら、はしゃぐと転ぶよ……はしゃんぐなって言ってるでしょ」
「平気だよ。ほらほら〜、きゃっ」
燈が歩道でクルクルと回っていると、二人とは逆の方から歩いてきた人にぶつかった。
「ほら言わんこっちゃない。すみません」
「いえ……って、ちとせか」
「あ、仁。もう帰り?まだお昼だよ」
「テスト期間だから」
「そっかそっか。そんなこと言ってたね」
燈は二人の間に挟まれて二人を見比べている。
「知り合い?」
「あ。うん。隣の部屋に住んでる牧村仁くん。こっちは同期の南燈」
「どうも」
「こんにちは〜」
仁は軽く会釈し、燈は大きく手をあげて返事をする。
「あ、ねぇねぇ。私、仁くんと一緒にクレープ食べたいなぁ」
「え?なんで?」
「お近づきのしるし?」
「私におごらせておいてどの口が言うかな。しかも、なんで疑問系なのよ」
「俺、これから勉強を」
「勉強するにしても何にしても糖分は必要だよ。さ、いこいこ〜」
燈は仁を回れ右させて、背中を押す。
「ちとせ」
「ごめん。こうなった燈には何言っても聞かないの。おごったげるから一緒にいこ」
「はぁ」
助けを期待したちとせにこうあしらわれては従うしかない。
仁は渋々クレープハウスに向かって歩き出した。
「あれ。先輩」
クレープハウスの店内で仁は見知った顔を見つけた。
テニス部先輩の俊之と小太刀だ。
「珍しいな、仁がここに来るなんて」
「えぇ。ちょっと。そういえば、先輩って甘党でしたね」
俊之の甘党はテニス部では知らないものがいないくらいに有名だ。
「ちなみに。ここに来る前にパフェ食べて、クレープも2個目だ」
小太刀がボソリと言う。
「いや。先輩。食べすぎですって」
「まったくだ。人の気もしらないで、バクバクバクバクと」
「だから食えばいいって言ってるだろ」
「そうしたら太る」
「俺は構わないぞ。別に。多少体型が変わっても、小太刀は小太刀なんだし。嫌いにだってならない」
「う。えぇ…でも」
「それにもう少し肉付きがいい方が俺としても気持ちがいいし」
「なななななな……何をいいだす!!」
顔を真っ赤にして立ち上がる小太刀。
それをなだめる俊之。
二人を傍目にちとせたちの元に戻る仁。
「おかえり。どしたの?」
「なんか、ごちそうさまって感じで」
「ふぅん。確かあの子って、仁がアホだから嫌いだぁって言ってた子じゃないの?」
「そうなんだけど、一緒にいる先輩と付き合い始めてから、なんか変わった。アホはアホなんだけど」
「なるほどねぇ」
事情がいまいち飲み込めていない燈がしきりにうなずく。
「仁くんはあの先輩のことが好きだったけど、とられちゃって悔しいと」
「は?いやいや。どうしてそうなるんですか」
「嫌い嫌いも好きのうちってね。嫌いって思ってるってことはそれだけ意識してるってことでしょ。本当に嫌いなら意識しないはずだし」
「そうなの仁?」
「まさか。燈さんも、そんな事実はありませんからね」
「そういうことにしといてあげる〜」
そう言って、燈はクレープにがぶりつく。
「ほらほら、クリーム」
「舐めて取って」
「バカ」
ちとせが燈の口の周りについたクリームをふき取る。
「へー」
「どしたの?」
ちとせは仁が自分を見ていることに気づき首をかしげる。
「いや。なんか、普段のちとせと違うなって。お姉さんみたいというか世話焼きと言うか」
「そう?いつもこんなでしょ」
「いやいや。いつもは逆だろ。俺の部屋でだらけてるし」
「ちとせちゃんが?うっそー。ありえない〜」
燈が少し大げさにびっくりしてみせる。
そして、何かを気づいたような表情になってしきりにうなずく。
「仁くん。お願いがあるんだけどいいかな?私ね、苺と生クリームのクレープをもう一個食べたいの」
「わかりました」
お金を受け取って仁が席を立つ。
燈の顔がにへらぁとくずれる。
「ちとせちゃん、仁くんのこと好きでしょ」
「そんなことないわよ」
「あれ。思ったより冷静」
「だって、ホントのことだし」
「そっかぁ……」
仁がゆっくりと戻ってくる。
「はい。どうぞ」
「ありがとう。ねぇ、仁くん」
「はい?」
「お姉さんと付き合わない?あ、今特別に付き合ってる人がいなかったらだけど」
「え?」
声をあげたのは仁ではなく、ちとせ。
「どうしたの?ちとせちゃん」
「な、なんでもない」
「で、どう?」
「別に付き合ってる人はいませんけど。でも、付き合うって今日会ったばかりだし」
「やった、じゃあ、お試し期間ね。1年くらい」
燈が仁の腕に自分の腕を絡める。
「じゃあ、今日は一緒に帰ろ。ね、はい。けってー」
「え。あ。あの」
「ほら、燈。仁困ってるじゃない、仁も嫌なら嫌ってちゃんといいなさい」
「仁くん。いいもんね」
燈が立ち上がり、仁の手を握って立ち上がる。
「えっと。ごめんなさい。勉強あるし。それに、好きな人……いるから。それじゃあ、あ、ちとせ。ごちそうさま」
燈の手を解いて仁は外に駆け出す。
「あらら。逃げられちゃった」
「まったく。その思いつきで動く性格直した方がいいよ」
「もう治りませーん。てかぁ、仁くん好きな人いるんだって。誰だろうねぇ」
「誰でもいいじゃない。さ、帰るよ」
「気にならない?」
「………ならない」
「ふぅ。ちとせちゃんも、その性格直したほうがいいよ?」
「何のこと?」
「重症だね。じゃ、今日はごちそうさまでした」
「はいはい」
二人も店を出る。
店の外は、雪がヒラヒラと降ってきていた。