コンコン
静かな部屋にドアを叩く音が響く。
何度となく聞いたこのノックの主は…
「おにいちゃん一緒に寝てもいい?」
「また、か。しょうがねえなぁ」
読みかけの本を置いて咲季のほうに向き直る。
あれから咲季は毎晩のように俺の部屋に来るようになった。
と言っても別段なにをするでもなく一緒に寝るだけだが。
咲季がそれ以上を求めないなら、俺からも何もしない。
これは俺が自分に課したルールだった。自己満足にも似た、せめてもの意地なのかもしれない。
「じゃあ寝るか…」
早々とベッドに潜り込んだ咲季を追うように布団に入る。
いつものように腕枕を貸すと咲季は嬉しそうに微笑んで体をすり寄せてきた。
寝間着越しに感じる高い体温と柔らかい肢体。
俺にしてみれば天にも昇るような気持ちで地獄行きだった。
なにせ毎晩咲季が横にいるために自家発電もままならない。
かといって咲季を欲望のはけ口にするのだけは許せなかった。
「おやすみ、おにいちゃん」
「ああ。おやすみ」
俺の苦悶を知ってか知らずか、咲季はさっさと寝てしまった。
こうして今日も寝付けない夜が更ける。
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ふと下半身の違和感に目が覚めた。布団をめくって確認するとそこには―――
「あ 起こしちゃった?」
「咲季! 何やって…」
俺の股間をさする咲季の小さな手があった。
「ちょっ 咲季、やめろって」
「なんで? ココこんなになってるのに」
「さーき!」
咎める俺の声に、咲季の手がピタリと止まる。
「ねぇおにいちゃん… 咲季のこと、嫌いになっちゃったの?」
暗くて咲季の顔が見えない。
悲愴じみたその声に戸惑いながらも、咲季の頭を撫でて答えた。
「そんなわけないだろ。好きだよ咲季」
「だったら… だったらちゃんと、シて? 毎晩そのために来てるんだもん」
「咲季…」
俺は馬鹿だ。咲季が求めないんじゃなく、俺が気付かなかっただけ。
結果、咲季をここまで追い詰めるなんて。
自らの愚を嘲りながら、腕枕のせいで少し痺れた右腕で咲季を抱き寄せた。
「んんっ おにいちゃんの、あったかくて… 気持ちぃ」
よほど待ち望んでいたのか、まだ2度目だというのに咲季は積極的だった。
仰向けの俺にまたがって腰を落とした咲季は悦びに震える顔で俺に尋ねる。
「ね、おにいちゃんもっ 気持ちいい?」
「ああ。咲季のなか… くっ いいよ」
ひどく淫らな咲季の笑みと下半身を襲う快感に、俺はまともに答えることも出来ない。
前後に揺する咲季の腰の動きが徐々に早くなる。
肉の擦れる湿った音と咲季の嬌声、そして俺の情けない声がベッドの上で混ざる。
咲季の激しいダンスに、俺は1分と耐えることが出来なかった。
「咲っ くぁ、もう…」
「いいよおにいちゃん。いっしょに… いっしょに、いこ?」
「うっ ああぁあ゙ああ゙ぁぁ」
「ふぁあぁああぁん」
その劣情の塊を奥に放つとワンテンポ遅れて咲季は大きく仰け反った。
「いっ だめぇ、止まんな… やぁぁ」
と同時に、特有の香気を伴う熱い飛沫を下腹部に感じる。
絶頂とともに咲季が吹いた潮を浴びせられても不思議と嫌悪感はなく―――
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「う、ん…」
下半身に感じる不快感に俺は目を覚ました。倦怠感に裏打ちされたそれは――
「はぁ。マジかよ、思春期のガキじゃねえんだから…」
溜まっていたとはいえ、妹の寝てる横で夢精するなんて。
情けない。そしてそれ以上に罪悪感に苛まれる。
とにかく、そのままにしておくわけにもいかないので処理しようとするのだが、
咲季が俺の右半身の自由を奪っているため手の打ちようがない。
そのとき俺は1つの違和感に気付いた。股間だけのはずの不快感が右腰あたりまで広がっている。
いやむしろ右腰からじっとりとした別の不快感が広がっているような…
「さ、咲季っ!」
ひとつの推測に辿り着き、慌てて俺は布団を撥ね上げた。
思ったとおり俺のパジャマは黄色く染まっていて、
咲季のパジャマからひと続きのシミ模様になっていた。
それからの処理に大騒動したあと、咲季の部屋で寝ることにした。
ちなみに俺の部屋は暖房全開で二人分のパジャマが干してある。
「ごめんなさい、咲季また…」
始終申し訳なさそうにしていた咲季が、今にも泣きだしそうな顔で呟く。
そんな仕草が可愛くて俺は咲季を強く抱きしめた。
「別に怒ったりしないよ。咲季を嫌いになったりもしない」
「おにいちゃあん」
にわかに咲季の顔が綻びる。
俺のパジャマを きゅっ と掴んで胸に顔を預けてきた。
「あーでも、そろそろおねしょの癖は治さないとな。」
悪戯っぽく言うと咲季が ピクッ と反応する。
「もうすぐ中学生なんだし恥ずかしいぞ」
「むぅ、いじわるー。それに…」
「それに?」
聞き返すと咲季は急に顔を真っ赤にして口ごもった。
「なんでも……ない…」
「へ? なんなんだよ」
「しらないっ」
そういうと背を向けてしまった。
「はぁ。まぁいいや、おやすみ」
疑念より睡魔が強くなった俺は、ため息混じりにそう言って目を閉じる。
「…………おやすみ」
―――眩しい。
「ん、んっんー」
カーテンの隙間から漏れた朝の光が目に刺さる。
背を向けて寝たはずの咲季は俺の腕の中で静かに寝息をたてていた。
そのあどけない寝顔を見つめていると抑えがたい衝動がふつふつと沸いてくる。
気付いたときには咲季の唇を奪っていた。もう何度も味わったやわらかい感触。
「ん…」
口を離しても咲季は未だ眠ったまま。
高鳴る鼓動が俺を駆り立てられて、再び顔を近付けた。
もう一度のキスで咲季は目を覚ます。
「おにい…ちゃん」
「あ、あの 咲季、えと…」
「おはよっ」
何事もなかったかのように屈託のない笑顔を向ける咲季。
なんとなく気恥ずかしくて俺は逃げるように布団から出た。
「おはよう。早くしないと遅刻するぞ」
「はぁい」
一足先に一階のダイニングに下りると、親父が新聞を広げながら味噌汁を啜っていた。
「ちょっとお父さん、食べながら新聞はやめてって言ってるでしょ」
「あー、うん」
両親の毎朝のやりとり。いたって平和な日常だ。
こんな平穏がゆっくりと歪んできていることに両親は気付いていないのだろうか。
部屋の入り口に突っ立ったまま、全身を襲う悪寒に俺は身震いする。
「おっはよー」
背中に軽い衝撃と明るい声。
「あ、おはよう。片付かないから早いとこ食べちゃって」
「「はーい」」
咲季に押されるようにテーブルについた俺は、ひとまず目の前の飯を食う事にした。
今日も今日とて退屈な一日。
推薦入試で早々と大学を決めた俺は、最後の追い込みに励む同級生と違って暇人だ。
学校もないし、共働きの両親の代わりに家事をするぐらいしかやることがない。
暇つぶしにゲーセンに行ってみても平日の昼間っから人がいるわけもなく…
「バイトでも探すかな」
そんなことを毎日のようにぼやいている。
何をするでもなくだらだらと過ごすうちに咲季が帰ってきた。
「ただいまー」
「おう、おかえり」
ゴトッ とランドセルを廊下に置く音。
給食袋と体操着を洗濯機に放りながら大声で話し掛けてくる。
「聞いてよ、今日の合体(ごうたい)でさー」
他愛もないことをあれこれ報告する咲季。
そんな話を聞くのが最近の俺の楽しみとなっていた。
ふいに咲季が悪戯っぽく笑う。
「そうそう、おにーちゃんっ♪」
「ん?」
「ちょっと待っててね」
そういうとパタパタと台所に小走りで行ってしまった。
居間に戻ってきた咲季の手には紙の小包み。
(また、何か…)
小包みに良い思い出のない俺は一瞬硬直する。
「あのね、これ作ってみたんだけど」
差し出された袋のリボンを解くと、なかには四角く切られた焦げ茶色の塊が数個。
なめらかな粉に包まれたそれは見紛うことなき―――
「咲季ひとりで作ったんだよ。ね、どうかな?」
「慌てんなって。いま食べるから」
それを口に入れるとほろ苦い甘味がいっぱいに広がった。
やわらかい口溶けと鼻をぬけるカカオの香り。
お世辞抜きにおいしい。
「どう? 上手くできてる?」
「ああ、すごいおいしいよコレ」
「ホント? よかったぁ」
えへへ と満面の笑み浮かべる咲季。
俺はもうひとつチョコを放り込んだ。
「ちゃんとできたか不安だったんだよね、味見してないし。」
「いや、味見はしろよ…」
「忘れてたの。で、さぁ。咲季にも一個ちょうだい」
「えー」
最後の一個に手を伸ばす咲季からチョコを遠ざける。
「おにいちゃんのケチー」
「ほれほれ、欲しかったら取ってみ」
「もー、いじわる」
こんなふうに咲季をからかって戯れるのは昔から変わらない。
散々弄んだ挙げ句、最後のそれを口に入れた。
「あーっ!」
「ざーんねーん。………いる?」
わざとらしく口を開けてみせる。
「むー」
膨れっ面で俺をにらんだのは一瞬だけ。咲季は勢い良く飛びかかってきた。
いきなりの出来事に尻餅をついて倒れる俺。
マウントをとった咲季に、俺はそのまま―――
ちゅっ
―――口の中のものを奪われた。
「んっ、おいし」
「ばかっ 本当にするやつがあr」
慌てる俺に構わず、咲季がもう一度俺の口を塞ぐ。
チロチロと攻めてくる咲季の舌先。それは俺の理性を緩ませるには充分で。
気付けば俺も負けじと応戦していた。
長い沈黙、聞こえるのは口の端から漏れる水音と二人の息遣いだけ。
「ん… んんっ、ぷはっ」
苦しげに離れた咲季は紅く染まった顔で肩を上下させている。
咲季と視線を絡ませると胸打つ鼓動が速くなるのを感じた。
「おにいちゃん」
「咲季…」
ゆっくりと咲季が目を閉じる。それに応えるように俺は、
俺は…
「なぁ、動けないんだけど」
マウントポジションの下側から抗議した。
驚いたように目を開けたあと、咲季はクスリと笑う。
「ごめんごめん。それじゃ…」
そういって、倒れこむように俺の胸に体重を預けてきた。
やわらかい肢体の感触と甘い匂いに頭が真っ白になる。
そこに更に甘えるような声の追い打ち。
「ねぇ、ぎゅってして」
言われるがままに咲季の華奢な身体に腕を回す。
強く抱きしめると咲季の口から熱い吐息が漏れた。
「あぁぁ。おにいちゃん、すきぃ」
「俺も…」
出かけた言葉が喉のあたりで詰まる。
正体の分からない引っ掛かりを誤魔化すように、もう一度強く抱きしめた。
咲季のことを愛している。それは嘘じゃない。
「咲季、俺…」
その時だった。
ガチャリ
「ただいまー」
玄関の方から母親の声。
慌てて突き飛ばすように咲季から離れる。
飛び退いた咲季も手近な雑誌を取って読むふりをした。
「あ、あぁ。おかえり」
少しわざとらしい気もしたが玄関まで出迎えにいく。
スーパーのレジ袋を手渡された俺はそれを台所まで運んだ。
居間の方を見ると咲季が不満げな顔で座っている。
「あーそうそう」
そんなことは気にも留めず、母親は俺に話しかけてきた。
「どうせアンタ、貰うアテも無いんでしょ。母さんからの餞別よ」
そういって投げて寄越したのは定番の赤いウェハースチョコ。ただし徳用サイズ。
俺が苦笑するのと同時に、咲季が失笑するのが聞こえた。