「大変です!!“つぁとぅぐあ”さんに“しょごす”さんに“てぃんだろす”に“あとらっく=なちゃ”さんに  
“あぶほーす”さんに“ゔぉるばどす”さんに“がたのそあ”さんに以下省略さん!!  
赫赫云々で“混沌化”に『大帝』が大変な事に!!」  
「まぁ、それは大変ですねぇ……今日の供物も美味しそうですねぇ」  
「それだけの情報でハ、対処法を考察するにはデータ不足かと提言しまス」  
「わぉん?」  
「興味ありませんわね」  
「…………」  
「“のーでんす”殿は盟友でござるから。話せばわかってくれるでござるよ」  
「気に入らぬが、確証の無い話に躍らされるのはもっと気に入らぬ」  
「……しくしく……」  
 
 ……ダメだ。みんな緊張感が無い。  
 脆木氏からの情報の危険度とは反比例して、  
それを聞いた皆さんの反応は拍子抜けするくらいあっさりとしたものだった。  
 いや、人間の僕が慌てるような話でも、それが神様にとっても脅威だとは限らないだろう。  
各々に対処法があるのかもしれないし、  
“しょごす”さんや“がたのそあ”さんが言う通り、これは確証のある話とはとても言えない。  
脆木氏の話の根拠は全て状況証拠に過ぎないうえに、僕を騙そうとしている可能性もあった。  
 確かに、これだけの内容では神様達を動かすには役不足……じゃない、力不足なのだろう。  
「でも……何かが起こってからでは遅いんだよなぁ」  
「んん〜? どうかしましたかぁ?」  
 相変わらず慈愛に満ちた魔性の美貌で、  
おっとりと僕を上から覗き込む“つぁとぅぐあ”さんの髪を、僕は指先で弄んだ。  
 脆木氏の襲撃(?)から1週間――彼から得られた情報を必死に“つぁとぅぐあ”さん達に伝えたにもかかわらず、  
見事にスルーされた僕は、どこか釈然としない気持ちで日々を過ごしていた。  
仕事も身が入らなくて、締め切りを三日もオーバーしてしまう始末だ。担当の佐野さん、ホントごめんなさい。  
 ――で、当面の仕事を終えた僕は、“つぁとぅぐあ”さんの供物を捧げた後も、  
こうして膝枕してもらいながら久しぶりにごろごろしているんだけど……どうも落ちつかない。  
普段の僕なら、“つぁとぅぐあ”さんの太ももの気持ち良さに陶酔しながらデレデレ甘える場面だった筈だ。  
「ひでぼんさんは心配なのですねぇ……でもぉ」  
 僕の心中を読み取ったのか、慈母の表情で“つぁとぅぐあ”さんが僕の頭を撫でた。  
「ひでぼんさんはぁ、そんな時はどうしたいのですかねぇ?」  
「どうするって……まず話し合います。それが駄目なら――」  
「駄目ならぁ?」  
「逃げます。できれば皆を連れて」  
 きっぱりと、僕は言い切った。  
 
 相手が人間程度では到底太刀打ちできない超高位存在だから逃げるんじゃない……いや、確かにコワイけど。  
1年以上前の『接触者』達との戦い、そして最近の魔法怪盗団達による『銀の鍵争奪戦』で、  
もう戦う事自体に辟易してしまったんだ。  
 戦うくらいなら――誰かと傷付けあって、大事な方達を危険な目に会わせるくらいなら、  
後ろ指差されようとも、逃げる方がいい。  
まぁ、傍目には死ぬほどカッコ悪いけどね……とほほ。  
「それならぁ……どんな相手からも逃げられる秘密道具を魔改造で作ってあげますねぇ」  
「ははは、そのうちお願いします」  
 しばらく無言の時間が過ぎた。無言で髪を弄くる僕の顔を、  
優しく妖艶な寝惚け眼で“つぁとぅぐあ”さんが見つめている。  
その半開きの瞳の色はどこまでも深くて、無限の大宇宙が収まっているかのようだ。  
「……“つぁとぅぐあ”さん」  
「んん〜?」  
「エイボンさんって、どんな人だったんですか」  
 『最もツァトゥグア神に愛された男』――脆木氏の言葉を聞いてから、僕の心に深く楔が打ち込まれていた。  
ひょっとして、胸にくすぶる焦燥感の正体はこれだったのかもしれない。  
 “つぁとぅぐあ”さんは僕の女だ!――なんて主張するつもりはない。  
相手は神様だし、過去に誰かと人間的な男と女の付き合いがあったとしても、  
僕がそれについてとやかく言う権利はない。  
それ以前に、“つぁとぅぐあ”さんほどの美人――じゃない、美神にそんな経験が無い方が不自然だろう。  
 過去の男の事を聞くのは、女性に対する最大の侮辱の1つだと言われている――  
しかし、それでも僕は聞かずにはいられなかった。思っていたよりも、僕は嫉妬深いのかもしれない。  
「エイ…ボン……じゃと?」  
 その時――“つぁとぅぐあ”さんの美貌に、  
今まで見た事も無い種類の影が差したのを、僕は見た。見てしまった。  
 
「エイボン……奇妙じゃな。彼奴と遭遇した記録はあるが、  
肝心の詳細情報は“予”の記憶中枢機構にプロテクトがかかっておる」  
 “つぁとぅぐあ”さんの美しさは何も変わらない。聖母のように慈愛にあふれ、女帝のように威厳に満ちた、  
女神と魔王の完璧な融合――しかし、それは僕の知る“つぁとぅぐあ”さんじゃなかった。  
「メモリーされた情報を検索する事ができぬ。  
しかも、このプロテクトは予自身が施したものだと? 如何な理由がエイボンという男にあるのじゃ?」  
 この口調は何!? その姿は――僕の目の前にいる『邪神』は、本当に“つぁとぅぐあ”さんなのか!?  
 しかし、次の瞬間――  
「んんん〜よく思い出せませんねぇ……大変申し訳ありませんですぅ」  
 ふにゃっとした笑顔で頭を下げる彼女の姿は、僕の知る“つぁとぅぐあ”さん以外の何者でもなかった。  
「い、今のは……いったい?」  
 恐る恐る尋ねる僕の顔を、その柔らかく繊細な指がそっと包む。  
「過去の情報を思い出そうとしましてぇ、  
ちょっと『昔の私』に戻っただけですからぁ……あまり気にしないで下さいねぇ」  
「は、はぁ」  
「それよりもぉ」  
 “つぁとぅぐあ”さんの手が僕の頭をそっと持ち上げて、  
あの天上天下唯我独尊な爆乳の谷間にゆっくりと導いた。  
その顔は、あの妖艶で淫靡な淫魔王のそれに変貌している。  
「久しぶりにぃ……どうですかぁ?」  
「は、は、はいぃ!!!」  
 視界一杯に広がるタプタププルプルな白い乳房の大洋に、僕は思う存分むしゃぶりつこうとして――  
 
 どっか〜〜〜ん!!!  
 
 ――爆風に吹っ飛ばされた。  
 岩肌一面に“つぁとぅぐあ”さんの髪の毛が無かったら、  
全身を叩きつけられた僕は大怪我していたに違いない。  
 な、なにが起こったんだ……  
「……ごめんなさい。着地に失敗してしまった」  
 視界の中の星々が数を減らすにつれて、僕の目の前に立つ人物の姿が明瞭になっていく。  
その人物の名は――  
「“ばいあくへー”さん!!」  
 涼風のように清く透明な美貌。スレンダーな裸身を隠す蒼い羽衣。清流のような長い蒼髪。  
背中から覗く機械の翼――僕が見間違える筈も無い。  
「お久しぶりです“ばいあくへー”さん!」  
「……ごめんなさい、近頃ずっと忙しくて……貴方に会える時間が取れなかったの」  
 僕の手を彼女の繊手がきゅっと掴んだ。  
「……ずっと、貴方の事を思ってた。やっと会えたのね……嬉しい」  
「“ばいあくへー”さん……」  
「あのぉ〜〜〜それで何の御用ですかねぇ〜〜〜」  
 思わず見詰め合う僕と“ばいあくへー”さんの間に、“つぁとぅぐあ”さんの顔がにゅっと割り込んできた。  
そのおっとりとした美貌は普段と何も変わらないけど、  
周囲の膨大な髪の毛がザワザワと不穏に蠢いているのを見て、僕は慌てて“ばいあくへー”さんの手を離した。  
「……“つぁとぅぐあ”様、突然の無礼を御許し下さい。我が主の御言葉を伝えに参上しました」  
 さっきの夢見る少女のような眼差しはどこへやら。  
きりっとした真摯な態度で“ばいあくへー”さんは右手の拳を左手の掌で包み、  
“つぁとぅぐあ”さんに深々と一礼した――僕と“つぁとぅぐあ”さんの間に割り込むように。  
「ふむぅ、“ばいあくへー”さんの主といえばぁ、  
『名伏し難きもの』“はすたー”さんですねぇ……元気してますかぁ?」  
 “つぁとぅぐあ”さんの髪の毛が“ばいあくへー”さんの身体をひょいと持ち上げて、僕から遠ざける。  
 
「……はい、御健在です。ですが、その御身が危険に晒されています」  
 “ばいあくへー”さんの背中に金属のウィングが展開して、目にも止まらぬスピードで僕の傍に降り立つ。  
「危険ですかぁ……それは何ですかねぇ?」  
「……『大帝』と呼ばれる、恐るべき外なる神々の襲撃です」  
 『大帝』――その単語に戦慄する僕の左右の手を、“つぁとぅぐあ”さんと“ばいあくへー”さんが同時に掴む。  
「『大いなる深淵の大帝』“のーでんす”さんですかぁ……話には聞いていますねぇ」  
「……はい、それを踏まえて主の要件をお話します。  
主とその眷属を、この暗黒世界ン・カイに避難させて欲しいのです」  
 痛みを感じるギリギリの強さで、  
大岡捌きみたいに僕を左右に引っ張り合う“つぁとぅぐあ”さんと“ばいあくへー”さん……って、  
「……って、さっきから何をやっているんですか!?」  
「いいえぇ」  
「……別に、何も」  
 とてもそうは見えない。  
 何だか微妙な空気になってきた――その時、  
「御主人様、お電話でス」  
 いきなり背後から聞こえたお馴染みの声に、  
現状を打破したかった僕はチャンスとばかり振り向いて――さすがに少しビビった。  
 例によって“しょごす”さんが糸目を綻ばせていたんだけど……上半身だけしかないんだ。  
しかも上下逆さの姿勢で。下半身はおそらく僕の家にあるのだろう。  
お腹の部分がヘビみたいに伸びて、ン・カイからの出入り口に消えている。  
「で、電話? 誰からです?」  
「シスター・ゲルダさんからでス。至急話をしたいト」  
「わかりましたっ!……というわけで、失礼します」  
「えぇ〜」  
「……あっ」  
 僕は左右の手を同時に振り解き、全力疾走で修羅場から退散した。  
 
「はい、電話代わりまし――」  
『赤松殿っ!! あれは一体なんなのだ!?』  
 コードレスフォンの受話器を耳に当てた瞬間、ゲルダさんの絶叫が鼓膜に突き刺さった。  
いつもクールな彼女とは思えないくらいの興奮振りだ。  
「あ、あれって何が?」  
『知らないのか? 窓の外を見てみろ!!』  
「はぁ」  
 受話器を持ちながら窓の方に向かおうとして、昼間なのに外が異様に暗い事に気付いた。  
 慌ててベランダに飛び出して――僕は絶句した。  
 空が無い。  
 ただひたすら真っ黒な空――無論、夜になったわけじゃなかった。  
天球全てが闇色1色に染められているんだ。  
 いや、よくよく見れば小さな青い光点が、黒い紙の上に砂を撒いたみたいに点在しているのが見える。  
しかし、星々ってわけじゃなさそうだ。  
これは一体!?  
「くぅん……」  
 いつのまにか傍にいた“てぃんだろす”が、不安そうに僕の足にしがみつく。  
僕は呆然と受話器に呟いた。  
「あ、あれはいったい……何ですか?」  
『……巨大宇宙戦艦だ』  
「はぁ?」  
『NASAからの情報だ。全長5万km以上――地球の直径の4倍もの巨大な宇宙戦艦が、  
突如太陽を隠すように大気圏上空に出現したんだ!!』  
 ごん  
 ベランダの手すりにぶつけた僕の頭を、“てぃんだろす”が心配そうに撫でてくれた。  
 ……“つぁとぅぐあ”さん達と出会ってから、  
色々と無茶苦茶なものを見てきたけど、これはトップクラスだなぁ。  
『どうかしたのか? とにかく、あんな荒唐無稽な存在は『邪神』以外の何物でもないだろう。  
君は何か知らないか? 世界中が一触即発の大混乱状態だ!!』  
「えーと、あれは――」  
「……名伏し難きもの“はすたー”……」  
 
 いつのまにか隣で抹茶シェイクをずぞぞぞぞっと啜りながら、  
“いたくぁ”さんが例によって説明的口調で勝手に解説してくれる。  
「“はすたー”って……“ばいあくへー”さんが言っていた、あの?」  
「……いえす……あいどー……」  
 うーん、つまりあの荒唐無稽級宇宙戦艦に乗って“はすたー”さんが来ちゃったって事かな。  
「えー、そういうわけで、あれは“はすたー”さんとかいう旧支配者さんです」  
『は、“はすたー”だと!! あの『名伏し難きもの』が降臨したというのか!!』  
 ゲルダさんの叫び声は悲鳴に近かった。  
『……念の為に聞いておくが、まさかあの邪神も君が関係しているのか!?』  
「あ、いや、その、あの、ええと」  
「御主人様、“つぁとぅぐあ”様からの伝言でス『居候おっけぇですねぇ』だそうでス」  
『やはり君の関係者かぁ!!!』  
 ……“しょごす”さん、もう少し小声でお願いします。  
あああ、今度会った時には滅茶苦茶怒られるんだろうなぁ。  
「えーと、そういうわけで“はすたー”さんはすぐにン・カイで引き取りますんで。それじゃまた」  
『なに!? こらっ! ちょっと待って――』  
 がちゃん  
 受話器を親機に置いて、溜息を吐くと同時に、  
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……  
 視界の全てがぶれて見えるくらいの振動が、四方八方から響いてきた。  
 はっとしてベランダの外を見てみると――  
「わぉん!」  
「……来るよ……」  
 僕は息を飲んだ。  
 闇色の空に点在していた青い粒が1箇所に集まってきて、青い光の玉みたいになったんだ。  
しかも、その玉はどんどん大きくなっていって……そして、青い光点の正体が判明した。  
 
「こ、これは!」  
 青い光の正体――それは、透明な蒼髪を風になびかせた鋼の翼を持つ天使達。  
「“ばいあくへー”さん!?」  
 何千何万、いや何億もの光点は、全て“ばいあくへー”さんだったんだ。  
しかも、全員こっちに向かって突撃してくるぅ!?  
「うっひゃあ!!」  
 慌てて伏せる僕の頭上を、数え切れないほどの“ばいあくへー”さんが猛スピードで通過して、  
押入れの中に消えていくのを、僕は驚愕を通り越して呆然と見送っていた……  
 数十分後――  
「わんっ」  
 “てぃんだろす”に揺り動かされて我に返った僕の目の前で、  
最後の“ばいあくへー”さんが押入れの中に消えていく。  
 ははは……すごいもの見ちゃったなぁ。  
「……“ばいあくへー”は……奉仕種族だから……量産型……宇宙中に……沢山いる……」  
「はぁ」  
「……それよりも……“はすたー”が……来るよ……」  
「は?」  
 ドドドドドドドドドドドドドドドドド――!!!  
 さっきの揺れが電動カミソリに思えるくらいのとてつもない振動が、世界中に轟くのを僕は感じた。  
 部屋中の家具が床に崩れ落ち、直ったばかりのエアコンまでもが落下する……って、わー!!  
 ――その後に起こった事をどう説明すればいいのやら……  
 何か黒い巨大な質量が目の前に迫って来る――僕に認識できたのはそこまでだった。  
 地球の数倍もの巨体がベランダから『にゅるん』と部屋の中に入り込んで、  
そのまま押入れの中にズルズルズルル〜〜〜っと消えていったなんて、  
人間が認識できる範疇を超えてるよ……  
 でも、これは事実だ。その証拠に、  
今ベランダの外には強烈な真夏の日差しが何事も無かったかのように照り付けている。  
「御主人様、皆様がお呼びでス。ン・カイへ参りましょウ」  
 “しょごす”さんに声をかけられるまで、僕は放心したままだった――  
 
「こういう事は、ちゃんと相談して欲しいわね……ま、深淵の橋造りを邪魔しなければ文句はありませんけど」  
「…………」  
「おお、ずいぶん賑やかになったでござるなぁ」  
「……くだらぬ」  
 暗黒世界ン・カイの広さは無限大――以前、そう言われたっけ。  
でも、こうしてあの超巨大宇宙戦艦と数億体の“ばいあくへー”さんが、  
ごく当たり前のように頭上に浮かんでいる光景を見るまでは、ある種の形容表現かと思っていた。  
 今、僕の目の前にはいつものメンバーの他にも、ン・カイの神様達も全員集合している。なぜかというと――  
「“はすたー”さんが『大帝』さんと『這い寄る混沌』さんの情報を持ってきてくれたそうですねぇ。  
居候の家賃代わりだとかぁ……やっぱり近くに図書館があると便利ですねぇ」  
 ――というわけで、今後の対策の為に、  
超巨大宇宙戦艦の中にいる“はすたー”さんに会いに行く事になったんだけど……  
「なぜ、僕も一緒に行かなければならないのですか? 僕はただの人間ですよ!?」  
 超巨大宇宙戦艦内部の、SF映画みたいなとにかくメカメカしい通路を歩きながら、  
僕は隣を歩く“ばいあくへー”さんに愚痴をこぼしていた。  
「……“はすたー”様の御意志なの。ごめんなさい」  
「あ、いや、別に“ばいあくへー”さんに文句言ってるわけじゃ」  
 しどろもどろになる僕を見て、“ばいあくへー”さんはほんの少し口元を綻ばせた。  
それは機械的なまでにあらゆる動作が洗練された彼女が見せる、人間的な感情の発露だった。  
 さっきから通路を何人もの“ばいあくへー”さんが通りかかる。  
皆、“ばいあくへー”さんにそっくり――というより型にはめたみたいに全く同じ姿なんだけど、  
こうして優しい表情を見せるのは、僕のよく知る“ばいあくへー”さんだけだった。  
もし、彼女が他の“ばいあくへー”さんの群れの中に紛れても、僕はすぐに彼女を見つける事ができるだろう。  
「ふにぃ……もう歩き疲れましたねぇ」  
 僕を挟んで“ばいあくへー”さんの反対側には、“つぁとぅぐあ”さんが一緒に歩いているんだけど……  
“ばいあくへー”さんの動作とは対照的に、ぐで〜〜〜っとひたすらダラダラで面倒臭そうだ。  
 
「まだ5分も歩いていないじゃないですか」  
「……運動不足……」  
「わぅん」  
「そもそモ、歩いていませんシ」  
 そう、“つぁとぅぐあ”さんは自分の髪の毛をベッドみたいな形に変形させて、その上にでれんと寝転がっている。  
その髪の毛がスライムみたいにズルズル這いずり回って移動しているんだけど……  
思えば、こうして“つぁとぅぐあ”さんが自分から動くのを見るのは滅多に無いなぁ。  
最後に見たのは土星に海水浴に行った時ぐらいかな?ホント、とことん怠惰な御方だ……  
「……ここが中枢ルームです」  
 と、そんな事を考えている内に、僕達は“はすたー”さんがいるという目的地に辿り着いていた。  
重々しい金属製の扉には時折物騒な放電や光のラインが走り、爆発的な怪しさを醸し出している。  
「この中に“はすたー”さんがいるんですね……どんな神様なんですか?」  
「……え?」  
 息を飲む僕の問いかけに、“ばいあくへー”さんはほんの少し困惑したような表情を見せた。  
「……どんな神様って、見てのとおりよ」  
「は?」  
「……ああ、性格の事を聞いているの?」  
「へ?」  
 何だか会話が噛み合わない。僕はもう一度問い掛けようとして――  
『おお、やっと来たか。ドアの封印は解除しておるで。さっさと入りや』  
 思わず拍子抜けするくらい明るい調子の女性の声が、扉の向こうから響いてきた。  
「……では、御案内します」  
 “ばいあくへー”さんが扉に手を当てると、その表面に幾筋もの光が走り、  
ワンテンポ遅れてガシャガシャガシャンと機械音を響かせながら四方八方に複雑な組み合わせで開いていく。  
こんなに複雑な動きで開く意味はあるのかな?  
 まばゆい光が扉の奥から漏れる。  
 そして、その中にいる“はすたー”さんが、ついに僕達の目の前に――!!  
 
「いやー、いきなりお邪魔しちゃって悪かったやね。ま、茶でも飲んでゆっくりしてってや」  
 石油ストーブの上のヤカンがシュンシュンと湯気を吐いている。  
 障子に襖に畳敷きの和風な部屋の中央に置かれたコタツの中には、  
ジャージの上にどてらを着たぼさぼさ頭の物臭そうな美女が、ミカンを剥きながら片手を上げて見せた。  
 ……あれが……“はすたー”さん?  
「くぅん?」  
「むむ、どうしたのでござるか? アゴが外れそうな顔でござるよ」  
 “てぃんだろす”と“ゔぉるばどす”さんが心配そうに僕の顔を見上げてくれたけど……  
「あ、いや、ちょっと宇宙船のスケールと艦長さんのギャップが……」  
「宇宙船? 艦長?……ああ、ひでぼん殿は勘違いをしているでござるな」  
「は?」  
「あんちゃん、タダだからちょっとこれ見てってや」  
 “はすたー”さんはいきなりコタツのかけ布団をばばっとめくり上げた。  
赤外線ヒーターの淡い赤光の中には、色っぽいおみ足が――無い。  
いや、足だけじゃなくて下半身そのものが無かった。  
どてらの中の機械の身体は、腰から下が数百本の配線と化して、床に直接接続されているんだ!!  
「えーと……これって、まさか……」  
 口をぽかんと開いて呆気に取られている僕に、“はすたー”さんは緑茶を煎れた茶碗を差し出した。  
「今、あんちゃんとこうして話しているのは、中枢ユニットの端末に過ぎないンよ。つまり――」  
「つまり、この宇宙船そのものが……“はすたー”さんなんですかぁ!?」  
 ごく当たり前のように頷く皆を見て、  
僕は改めて『邪神』は人間の想像を遥かに超越した存在なんだなぁ……と思い知らされていた。  
 
「――それで、代価の情報とは何かしら?」  
 “あとらっく=なちゃ”さんが優雅な仕草で湯呑を傾ける。  
安っぽいお茶も、彼女が飲むと雅な茶会の席に見えるから不思議だ。  
 僕と神様達は、“はすたー”さんに勧められたお茶を飲みながら、  
本格的に彼女の話を聞こうとしているんだけど……  
「……くー」  
「わぅうん」  
「……羊羹は……洋館で……」  
「…………」  
 真面目に――といってもコタツで温まりながらだけど――“はすたー”さんと向かいあっているのは、  
“しょごす”さんと“あとらっく=なちゃ”さんと“ゔぉるばどす”さんと“がたのそあ”さんとオマケの僕だけで、  
“つぁとぅぐあ”さんは案の定コタツに包まって寝てるし、  
“てぃんだろす”も犬というよりもネコみたいにコタツの中に潜り込んじゃったし、  
“いたくぁ”さんはひたすらお茶と茶菓子を貪ってるし、  
“あぶほーす”さんはぼーっとしてるしで……相変わらず、みんなゴーイングマイウェイだなぁ。  
 
「あの連中は放っておけ。さっさと情報を吐いてもらおうか」  
 思わず同席の場から逃げ出したくなるくらい剣呑な“がたのそあ”さんの剣幕を、  
「まぁまぁ、そう慌てなさんな」  
 “はすたー”さんは軽く片手を振って受け流した。  
「くだらん話だったら、只では済まさんぞ」  
「『這い寄る混沌』と『大帝』の真の目的……というのは、家賃代としては不足かねぇ?」  
「なんト――!!」  
「そ、それは本当でござるか!?」  
 “しょごす”さんと“ゔぉるばどす”さんが、  
お煎餅と羊羹を頬張りながら“はすたー”さんの顔を覗き込んだ。  
ああ、緊張感が無い……  
「セラエノ図書館で偶然見つけてなぁ。  
ま、そこの人間はんにも分かり易いように、これからじっくりねっとり丁寧に教えたるわ」  
 ぽんぽん、と“はすたー”さんが金属製の手を叩く。  
すると何処からともなく2人の“ばいあくへー”さんが出現して、“はすたー”さんの両脇に正座した。  
その手には拍子木と三味線が握られている……って、柏子木と三味線!?  
「はーい、みんな注目や」  
 続いて“はすたー”さんがどんっとコタツの上に置いたのは――小松崎茂みたいなタッチで、  
黒いメイドさんと白い陰陽師みたいな人が戦う絵が描かれた古臭い紙芝居だった……  
「そんじゃ、楽しい楽しい情報公開の始まり始まり〜♪」  
 唖然とする僕を完全に取り残して、“ばいあくへー”さん達の柏子木と三味線をBGMに、  
“はすたー”さんの紙芝居が始まった――  
 
チョン、チョン、チョンチョンチョンチョンチョンチョン……(柏子木の音)  
 
――『たいけつ! 『はいよるこんとん』“ブラックメイド”対『大帝』“のーでんす”!!』――  
 
べべん♪(三味線の音)  
 
 ああ、なんということでしょう!!  
色々な世界でわるいことをしてきた『はいよるこんとん』“ブラックメイド”が、  
ついにこの世界にもやってきたのです。  
 
ブラックメイド:「はっはっは! この世界でもたくさんいたづらしてみんなを困らせてやるぞ!」  
 
 “ブラックメイド”は、とりあえず『白い少女』こと“あざ■■■”をふっかつさせようとしました。  
なぜなら、“ブラックメイド”のいんぼうといえば、“■■とー■”のふっかつというのがお約束だからです。  
 
ブラックメイド:「よーし、まずは下じゅんびだ」  
 
 まず“ブラックメイド”は、世界じゅうの『邪神』に働きかけて、  
世界じゅうの人間に『接触者』と『資格者』をしゅつげんさせました。  
なぜなら、“■■■ーす”をふっかつさせるしょくばいとして、それらのそんざいが欠かせなかったのです。  
ああ、“ブラックメイド”はなにを考えているのか!? きっとわるいことに決まってます。  
 
のーでんす:「まてまてぇ! そうはいかないぞ」  
 
 その時です、色々な世界で“ブラックメイド”とたたかっていた『大帝』“のーでんす”が、  
しつこく“ブラックメイド”を追ってこの世界にやってきました。  
“のーでんす”はせいぎの味方なので、“ブラックメイド”のいたずらをやめさせようとします。  
 
のーでんす:「『資格者』や『接触者』がいると“あ■■■す”がふっかつしてしまうのか。  
でも、わたしはせいぎの味方だから、人間をやっつけることはできない。  
こまったなぁ……そうだ。『接触者』や『資格者』に力をあたえている邪神をやっつければ、  
そうした人間は力を失うだろう!!」  
 
 ああ、なんてめいわくなことをおもいつくのでしょう。  
“のーでんす”はてあたりしだいに邪神達を封印していきます。  
 
ブラックメイド:「うわー、『接触者』と『資格者』がいなくなっちゃうと、“■ざ■ー■”がふっかつできないよ。  
こまったなぁ……そうだ!」  
 
 “ブラックメイド”は、またわるいことをおもいつきました。  
 
ブラックメイド:「いくぞ! “混沌化”ビーム!!」  
 
 なんということでしょう! “ブラックメイド”は、世界のあちこちを“混沌化”させてしまったのです。  
“混沌化”とは、邪神をクルクルパーにして力が出なくなってしまうふしぎな結界のことです。  
“混沌化”された世界には“のーでんす”も手がだせないので、  
“ブラックメイド”はいっぱいいたずらができるのです。  
 
のーでんす:「ようし、こっちもいいことを知ったぞ」  
 
 一方、“のーでんす”もいろいろ調べて“あざとーす”ふっかつには  
“くとぅるふ”と“はすたー”と“くとぅぐあ”の『資格者』がひつようなことがわかりました。  
これからは、この三神をやっつけるだけでいいのです。  
 
ブラックメイド:「ようし、それならこっちはどんどん“混沌化”を広めてやるぞ」  
 
 “ブラックメイド”はどんどん“混沌化”を広めていきます。  
“のーでんす”は“くとぅるふ”と“はすたー”と“くとぅぐあ”にターゲットをしぼりました。  
 はたして、2人のたたかいはどうなるのでしょうか!?  
 
 次回につづく。  
 
 ベンベンベンベンベンベンベンベンベベベベベベベベン……べべンッ!(三味線の音)  
 
 チョン!(柏子木の音)  
 
「――というわけで、ウチが狙われている事が判明したので、  
慌ててハリ湖からン・カイへ逃げ出して来たんや」  
「は、はぁ……」  
 “はすたー”さんの紙芝居の内容は、僕にとっても理解の範疇を超えかけている。  
僕はあいまいに相槌を打つ事しかできなかった。  
 その『白い少女』“あ――おかしいな? 名前が思い出せない?――  
――が復活するとどうなるのかはイマイチわからないけど、  
とりあえず『這い寄る混沌』と『大帝』の当面の目的は判明した。  
 だけど――  
「えーと、質問なんですが」  
「はい、そこ」  
 控え目に片手を上げた僕を、すかさず“はすたー”さんが指差す。  
「どこをどう考えても、単なる人間の僕が必要な場面が見当たらないんですが……  
……なぜ僕を呼んだんですか?」  
 “はすたー”さんはばつが悪そうに頭をボリボリと掻いた。  
なまじ目を見張るような美女なだけに、そのだらしない態度のギャップにずっこけそうになる。  
「ま、確かにあんちゃんは単なるごく普通のありがちなその他大勢的希少性皆無の一般小市民や」  
 ……そうはっきり言われるとトホホだなぁ。事実だけど。  
「だけど、あの『這い寄る混沌』と『大帝』相手には、単なる人間なあんちゃんの方が向いてるんや」  
「はぁ?」  
 素っ頓狂な声が出るのも無理はないよ。どう考えればそんな結論が出るんですか?  
「なるほど、そういう事か」  
「確かに、切り札は赤松様かもしれませんわね」  
 でも、僕以外の皆は納得したように頷いていたりする。どういう事なの?  
 
「『大帝』は、拙者と同じくひでぼん殿たち人間に友好的な邪神なのでござるよ。  
ひでぼん殿が拙者達の傍にいれば、おいそれと手は出せぬのでござる」  
 すかさず“ゔぉるばどす”さんが僕の疑問に答えてくれたけど……それって、盾役!?  
「大丈夫ですヨ。『大帝』様が人間に危害を加えたとしてモ、  
銀河系の果てに置き去りにするぐらいですかラ」  
「全然大丈夫じゃないし!!」  
 “しょごす”さんにツッコミチョップを入れる僕だけど、  
心配そうな目で僕を見てくれているのは“ばいあくへー”さんぐらいだ。トホホ……  
「そして、『這い寄る混沌』の方でござるが……  
こちらは少々複雑な理由で、人間がいた方が有利なのでござる」  
「何故に!?」  
「『這い寄る混沌』は、あらゆる『邪神』の中でも究極の存在の1つなのよ。  
その神格は、あの“しゅぶ=にぐらす”神や“よぐ=そとーす”神に匹敵、  
あるいは上回るとさえ言われていますわ」  
「あの御方が本気を出せバ、全世界全宇宙全次元で対抗できる存在は皆無だと思われまス」  
「だが、彼奴の本質は『混沌』。様々な面で我々『邪神』にとって“例外的存在(アウトサイダー)”なのだ。  
だが、それゆえに彼奴は“ある絶対的な世界の法則”からも逸脱している」  
 困惑する僕に、皆は丁寧に解説してくれた。まるで、僕に何かメッセージを託すように。  
「ある絶対的な世界の法則……?」  
 いつのまにか置き上がっていた“つぁとぅぐあ”さんが、正面から僕の瞳を見つめながら、  
普段の彼女からは想像がつかないくらい明瞭な声で、その『法則』を口にした。  
「それは――」  
 
 刹那――  
 鼓膜の破れそうな爆発音は、爆風と同時に襲いかかった。  
 “ばいあくへー”さんが素早く僕をかばって、  
同時に“つぁとぅぐあ”さんの髪の毛が身体を包んでくれなかったら、間違いなく僕は即死していただろう。  
 鼓膜を揺さぶる爆音の残響が消えかける頃、  
交代するようにエマージェンシーコールが半壊した部屋中に響き渡った。  
「なんや! 何事や!?」  
 “はすたー”さんのコタツの周囲に、光学的なスクリーンが何十枚も浮かび上がった。  
もちろん何が書いてあるのかさっぱりわからないけど、  
超高速でスクリーンを流れる文字を見るだけで、何か非常にマズイ事態が起こっている事は想像がつく。  
「あかん!!」  
 悲鳴のような“はすたー”さんの叫び声。  
「『大帝』“のーでんす”の襲来や!!  
ど、どうしてここが分かったん!? 偽装工作は完璧だったのに……」  
 突然、“はすたー”さんを除く全員の身体が青く輝き始めた。  
あれっ? と撫でようとした自分の身体が――すり抜けた!?  
「あんた等をウチの外にテレポートさせる! なんとかあのイケズを撃退してや!!」  
 次の瞬間、僕達はのんびりとしたコタツ部屋から暗黒の世界に転移させられていた――その直前、  
僕の耳に、“はすたー”さんの衝撃的な呟きが突き刺さったんだ。  
「まさか、内通者がいるのか――」  
 
「――ッ!!」  
 暗黒世界ン・カイにテレポートさせられた僕は、まず周囲の光景に絶句した。  
 地平線――闇の彼方まで、何千何万、いや何億体もの“ばいあくへー”さんが、半壊状態で地に伏していたんだ。  
「……なんて事を」  
 僕のよく知る“ばいあくへー”さんも、自分の仲間の惨状に絶句している。  
 でも、今の僕には彼女を慰める余裕は無かった。  
 
 白  
 
 どこまでも、果てしなく、無限に白い。あまりにも純粋過ぎる邪神――  
 『大帝』――『大いなる深淵の大帝』“のーでんす”さんが、再び僕達の前に姿を見せたんだ。  
 突然、巨大な爆音と閃光が頭上から僕達に襲いかかり、“のーでんす”さんの純白の姿を赤く照らした。  
 上空に浮かぶ超巨大宇宙戦艦こと“はすたー”さんの船体のあちこちから爆発と炎が吹き上がり、  
その巨体が僕から見て遥か後方に落下していくのが見て取れる。  
僕達が船外にテレポートするほんの短い間に、  
“はすたー”さんVSのーでんすさんの勝負は決着がついていたんだ。  
 恐らくとどめを刺そうとしているのだろう。優雅とさえ言えるゆっくりとした動作で、  
“のーでんす”さんは“はすたー”さんの元に足を進めようとして――  
そこで初めて、彼女は立ちはだかる神々とおまけの僕に気付いたようだ。  
「退け。貴殿達に用は無い」  
 病院跡の時と同じ、独り言のようにも聞こえる独特の口調で、  
“のーでんす”さんは僕達に閉じた扇子を向けた。  
特に敵意も悪意も感じさせない口調だったのに……なんと、僕を除く全員が彼女から1歩後退りしたんだ!  
 それくらい危険な存在なのか……あの『大帝』は。  
「ちょ、ちょっと待つでござる。“のーでんす”殿」  
 恐る恐るといった感じで、“ゔぉるばどす”さんがなだめる様に両手を前に掲げた。  
「“のーでんす”殿の立場もわかるでござるが、ここは穏便に話し合いで――」  
 
「もう一度だけ言う。そこを退け」  
 どんな凄腕ネゴシエーターでも交渉を諦めるだろう、あまりにきっぱりとした拒絶の言葉。  
 再び――信じられない事に――皆の間に動揺が走るのを感じられた。  
僕も光の速さで明日にダッシュで逃げ出したい所だけど、  
“ばいあくへー”さんの上司にとどめを刺させるわけにはいかない。  
“つぁとぅぐあ”さん達も、邪神同士の義理なのか人間には理解できない異界の思考なのか、  
この場から立ち去ろうとするものはいなかった。  
 そして――今度は警告は無かった。  
 “のーでんす”さんの行動――それは、広げた扇子を僕達に向かって少しだけ煽いだ。それだけだ。  
 それだけなのに……現に僕自身はそよ風が吹いた感触も無かったのに、  
「あれぇ〜」  
「……車田吹っ飛び……」  
「きゃいん!!」  
「きゃあああア!!」  
「……ああうっ!!」  
「くうっ!!」  
「…………」  
「なぜ拙者までぇ〜」  
「いやぁん!!」  
 僕以外の皆が、手首のミサンガまでが木の葉のように吹き飛ばされて、  
猛烈な勢いで岩肌に叩き付けられた!!  
「み、皆さん!?」  
 死んだり気絶した御方はいないようだけど、  
みんな苦しそうな呻き声を漏らしながら地に伏して、起き上がる事もできないでいる。  
単に吹き飛ばされただけじゃなくて、  
“のーでんす”さんの邪神パワーで深刻なダメージを受けてしまったんだろう。  
「…………」  
 ――いや、1人だけがよろよろと起き上がった。灰色のゴスロリドレスを着た銀髪の美幼女は、  
しかし普段のぼーっとした無表情に明らかな苦悶の影が刺している。  
 
「…………」  
 地面に広がる灰色のフレアスカートがざわざわと波立つと、そこから太い触手の群れが飛び出して、  
猛烈な勢いで僕をかすめて“のーでんす”さんに襲いかかる!!  
「児戯だな」  
 しかし――“のーでんす”さんが扇子をぱちんと閉じただけで、  
迫り来る触手の群れは根元から細切れに分断された。  
「“三姉妹”が揃っているならともかく、今の貴殿が私に勝てると思うか?」  
 『大帝』――『大いなる深淵の大帝』“のーでんす”――邪神すら封じる最強の『旧き神』よ。  
 その残酷なまでに白く無垢な姿は――なぜそんなに美しいのか。  
 再び、魔性の扇子が開いた。  
「去ね」  
 “あぶほーす”さんのドレスとフレアスカートが瞬時に千切れ飛び――  
今度こそ、“あぶほーす”さんは大地に沈んだ。  
「……ぅう」  
 僕は呻き声を漏らす事しかできなかった。四肢は今にも崩れそうなくらいガクガクと震え、  
胃の奥からすっぱい物がこみ上げてくる。  
汗が滝のように吹き出して、そのくせ背骨が凍り付いたように悪寒が走る。  
気絶したくても恐怖が大き過ぎて気絶できない――あまりにも圧倒的な『力』を前にして、  
僕は瀕死のナメクジよりも無力な存在だ。  
 僕の存在など目に止まらぬように、『大帝』が僕の脇を通り過ぎようとする。  
 “はすたー”さん達は、僕が切り札となるかもしれないと言った。  
 とんだ戯言だ。  
 僕に何ができる?  
 あんな理不尽なまでに強大無比な究極の力を前にして、ちっぽけな人間に過ぎない僕に何ができる?  
 何もできる筈が無い――それは絶対の真実。いや、真理だ。  
 ……それなのに。  
 でも、それなのに。  
「ダメです」  
 僕は両手を広げて、“のーでんす”さんの前に立ち塞がった。立ち塞がっちゃったんだ。  
 
「退きなさい」  
 静かな声が、翁面の奥から聞こえた……ような気がした。きっと気のせいだろう。  
あの恐ろしい邪神が、あんなに優しそうな声を出す筈がない。  
「ダメと言ったらダメです」  
 対照的に、僕は強めの口調できっぱりと言いきった。  
 後ろで呻いている“つぁとぅぐあ”さんが、“いたくぁ”さんが、“てぃんだろす”が、“しょごす”さんが、  
“おとしご”ちゃんが、“ばいあくへー”さんが、“あとらっく=なちゃ”さんが、“あぶほーす”さんが、  
“ゔぉるばどす”さんが、“がたのそあ”さんが……今まで僕を守ってくれた最愛の神様達が、  
僕になけなしの勇気を与えてくれたんだ。  
 今度は僕が、皆を守る番だ。  
「え、えーと、とにかくまずは話し合いましょう!! お茶でも飲みながらのんびりと!!  
秘蔵の『世界の超偉人1000万人伝説』のビデオでも見ながら!!」  
 ……問題は、具体的にどう守ればいいのかさっぱりわからない事だけど。  
「退きなさい。この世界の住民のために必要な事なのだ。それはそなたも例外ではない」  
「だだだ駄目だめダメ!!」  
 そっと僕を押し退けようとする“のーでんす”さんを、思わず僕は抱き止めてしまった。  
華奢で柔らかな女性特有の感触と甘い香りが胸一杯に広がって、僕の心臓がドキリと脈打つ。  
「そ、そうだ!! “はすたー”さんにお願いして、  
もう『接触者』と『資格者』を作らないようにすればいいんじゃないでしょうか?」  
 
「無駄だ。『接触者』はともかく『資格者』は当人の意思に関係無く出現する。  
“ブラックメイド”がそのように処置したのだ」  
「と、とにかく乱暴な事はやめましょう!! 戦争反対!! ラブアンドピース!!  
みんなでIMAGINEを歌いましょう!!」  
「……困った人間だ」  
 溜息と苦笑が入り混じった声。それはどこか可笑しそうに響いた。  
「事が済むまで、しばらくドリームランドで休んでもらおうか。“ないとごーんと”達に接待させよう」  
 今度は僕にゆっくりと扇子が向けられる。  
 やばい!!――そう背筋が凍りついた瞬間だった。  
 ズブズブズブズブズブ……  
「え?」  
「……これは!」  
 僕と“のーでんす”さんは同時に叫んだ。  
 2人の足元が――固い岩肌が泥のように柔らかくなって、身体が底無し沼のように沈んでいく!!  
「の、“のーでんす”さん!?」  
「違う、これは私の力ではない」  
 その言葉を最後に、僕達は闇の中に飲み込まれていった――  
 
 闇の世界――それを一切の光が無い世界だと仮定すると、ここは闇の世界じゃないだろう。  
 確かに周囲は果ての無い闇一色が広がっているんだけど……  
もし光が無いのなら、こうして自分の身体が見えるわけがない。  
 まるで黒い紙の上に、僕の写真を切り抜いて貼り付けたような、奇妙な空間だった。  
 認識できるのは、自分の身体だけ。人っ子1人どころか、砂粒1つも存在しているようには見えな――  
「気をつけなさい。ここは既に彼奴の領域だ」  
 ――いや、僕以外にも確かな存在があった。  
 闇の中でより一層映える純白の姿――“のーでんす”さんがいつのまにか僕の傍にいたんだ。  
 思わず身構える僕だけど、“のーでんす”さんからは何の敵意も感じられない……  
……って、僕に対しては初めからそうだったかな?  
「えーと……彼奴って?」  
「あれだ」  
 扇子の指し示した方向には、何も見えない――ように見えた。  
 “それ”は、闇に溶け込み――いや、闇そのものだったからだ。  
   
 黒  
 
 黒い。  
 ただひたすらに黒い。  
 長い黒髪に揺れるヘッドドレスも黒い。ワンピースのメイド服も黒く、清楚なエプロンドレスも黒い。  
ニーソックスも靴もカフスも手袋も、何もかもが黒かった。  
顔すらも、なぜか逆光になってよく見えないんだ。  
 あまりにも純粋な黒――  
 他の全ての色を侵蝕し、食らい尽くす黒――  
 黒とは、世界で最も狂暴な色じゃないだろうか。  
 そんな『黒』の具現が、目の前にいる。  
 
「ふっふっふ……久しぶりニャルラ〜」  
 その台詞が眼前の黒いメイドさんから発せられた事に、しばらく気づかなかった。  
 思わずコケそうになるくらい、マヌケな口調だったからだ。  
「私は誰かって? 名乗れと言われれば教えてあげましょうニャルラ〜」  
 いや、聞いてないし。  
「私の名前は――」  
「えーと、“ブラックメイド”さんですよね?」  
 “ブラックメイド”さんは闇の中でずるっとずっこけた。何も落ちて無いのに器用だなぁ。  
「な、なぜ私の名前を知っているニャルラ!?」  
「いや……以前、露店で会った事があるし。それに、さっき久しぶりって自分から言ったじゃないですか」  
「そういう事はさっさと忘れるニャルラ! 格好がつかないのニャルラ!!」  
「はぁ」  
 両手を振り上げてむきーっと威嚇する“ブラックメイド”さんに、僕は曖昧に相槌を打った。  
「では、改めて名乗るニャルラね……こほん。私の名前は――」  
「出たな。ヘッポコ邪神」  
 的確な“のーでんす”さんの呼びかけに、  
“ブラックメイド”さんはすてーんと見事なズッコケを見せてくれた。  
最近、漫画でもあまり見なくなったよなぁ。このズッコケ。  
「だだだだだ、誰がヘッポコ邪神ニャルラ〜!!」  
「お前の事だ。この超ヘッポコ邪神」  
 くわっと顔を上げて怒鳴りつける“ブラックメイド”さんを、げしっと“のーでんす”さんが蹴り飛ばす。  
「超まで付けるなんて酷いニャルラ!!」  
「黙れ。このウルトラヘッポコ邪神」  
 げしげしげしっと“ブラックメイド”さんにストンピングを食らわせる“のーでんす”さんの肩を、  
僕は恐る恐る叩いた。  
 
「あのぉ、可哀想だから弱いもの苛めはやめましょうよ。  
苛めカッコ悪い。いくら相手がヘッポコだからって――」  
「お前もヘッポコ言うなニャルラ!! それに私は弱くないニャルラ!! むしろ最強の邪神ニャルラ!!」  
「お前は黙ってろ」  
 ぐしっと顔を踏み潰される“ブラックメイド”さん……うーん、見事なまでに説得力が無い。  
 “のーでんす”さんは心の底から疲れきったような溜息を吐いた。  
「そなたはもう知っているようだが……このヘッポコは、確かに最高の神格を持つ究極の邪神の一柱だ」  
「そういえば、そんな話でしたね……信じ難いけど」  
「このヘッポコの本質は『混沌』――それは私やそなた達人間の価値基準において、  
『邪悪』と称される概念に相違無いだろう。  
現に、こいつは様々な異世界や平行次元で、数多くの陰謀を企ててきた……だが」  
 ぐしゃっともう一度“のーでんす”さんは“ブラックメイド”さんの顔を踏み潰した。  
「こいつの陰謀は、そのことごとくが失敗しているのだ!  
それも遥かに格下の存在や、あまつさえ単なる人間にも敗北している!!  
このヘッポコのお陰で、我々『邪神』のイメージがどれだけ低下しているのか理解るか!?  
『邪神なんて雑魚じゃん』と言われているのだぞコイツは!!」  
「は、はぁ」  
 ぷるぷる震える“のーでんす”さんの怒りの表情が、仮面の奥からも伝わってくるようだ。  
ついでに“ブラックメイド”さんも“のーでんす”さんの足の下でピクピク痙攣している。  
「私と同胞は、そうしたヘッポコな陰謀を止めようと、  
数多くの異世界でこのヘッポコやその眷属達との戦いを繰り広げてきた。  
我々が完全勝利して、そうした邪神達を封印し、『旧き神』と呼ばれるようになった世界もあれば、  
無念にも敗北して、我々の存在自体が無かった事にされた世界もあった」  
 そこで初めて、“のーでんす”さんが僕にここ一連の事件の成り立ちを説明している事に気付いた。  
「それが私の戦いの理由だ。“ブラックメイド”が陰謀を企んでいる以上、  
私はそなたの住む世界を守るために戦わなければならない」  
 仮面越しの“のーでんす”さんの口調は穏やかだ。もう僕に敵意を持っていない事は明らかだろう。  
 
「“のーでんす”さんが僕達の住む世界を守るために戦っいるのはわかりました……でも」  
 だからといって、彼女の行動を手放しで認めるわけにはいかない。  
彼女が“ブラックメイド”さんと敵対している具体的な理由が不明瞭だし――  
――まぁ、例によって人間の僕には理解できない理由なんだろうけど――  
“つぁとぅぐあ”さん達を何の躊躇いも無く傷付けた事も許せない。  
「でも、僕や僕の友人にとって大切な存在を傷つけられようとしているのに、  
黙っていられるほど僕は人間できていないんです。  
お願いします。なんとか別の方法を見出してもらえませんか?」  
 “のーでんす”さんの返答は早く、そして鋭かった。  
「その所為で、世界が滅びるとしてもか?」  
「なっ?」  
「この“ブラックメイド”は確かにヘッポコだが、世界最高位の究極存在である事も事実だ。  
彼奴の陰謀は、確実に世界に恐るべき災厄をもたらす。  
そなたは平然と自分の欲望と世界を秤にかける部類の人間なのか?」  
 僕は言葉に詰まった……というより、  
『世界の命運と自分の大切なものと、どちらを優先するのか?』と言われて、  
即答できる人間の方がおかしいだろう。  
あらゆる意味で平凡な小市民的思考の持ち主である僕に、明瞭な答が出せる筈が無い。  
「わかりません……ですが」  
 だから僕は、自分が思っている事をそのまま正直に話した。  
「僕は自分にとって大切なものを守りたいし、その為に世界を滅ぼす度胸もありません。  
ですが、あなた達『邪神』なら――僕の知る、偉大なる力を持つ神々なら、  
その2つを両立させる事ができる筈です。だって、不可能を可能にできるのが『神様』でしょう!!」  
 自分でもびっくりするくらい、大きな声が出てしまった。  
 “のーでんす”さんは、黙って僕を見つめている。  
もちろん僕の言葉に感銘を受けてるわけじゃなくて、  
我侭を言う子供をどうやってなだめようかと考えている母親の様に見えた。  
 その時――  
「それなら、本当の意味で『不可能を可能とする』万能の存在を紹介してあげるニャルラ」  
 ――嘲笑が聞こえた。  
 
「貴様……なにっ!?」  
 先程と同じように、突然、暗黒の底無し沼が生じて、“のーでんす”さんの身体が沈んでいく。  
声をかける間も無く“のーでんす”さんの姿は闇の中に消えて、  
「しばらく大人しくしてるニャルラ〜」  
 後は、僕と“ブラックメイド”さんだけが、闇の世界に取り残されていた。  
 ……って、この状況は物凄くマズイんじゃあ!?  
「ふふふのふ。やっと2人っきりになれたニャルラね〜」  
 痛そうに鼻頭を押さえながら、ずずいっと“ブラックメイド”さんがにじり寄る。  
正直、あまり怖さは感じないけど、相手はあの『這い寄る混沌』さんだ。  
今まで遭遇してきた邪神さん達の中でも最大級の脅威なのだろう。たぶん。  
「不可能を可能とする、万能にして究極の存在――  
それを君が望んでいるのなら、私と最終的な目的は同じニャルラ」  
 じりじりっと、あと数センチでキスできちゃう間合いまで“ブラックメイド”さんが接近する。  
鼻先が触れ合うくらいの距離なのに、なぜかまだ彼女の顔は逆光のままで見えないんだ。  
「その目的を果たす為に、君に協力してもらうニャルラ!」  
 ごちん  
 頭の中で火花が散り、ワンテンポ遅れて鼻先に激痛が走った。  
“ブラックメイド”さんが、いきなりヘッドバッドを食らわせてきたんだ。  
彼女にとっても予想外の事態だったらしく、僕達は2人で仲良く顔面を押さえて呻いていた。  
「い、いきなり何するんスか――!?」  
「ご、ゴメンニャルラ。ちょっとキスに失敗したニャルラ」  
 は? キス?  
「君にちょっとした処置を施すニャルラ。大人しく協力しやがれニャルラ」  
 じりじりっと再び這い寄ってくる“ブラックメイド”さん。このパターンは……もしかして……  
「ぶっちゃけエッチシーンだから、とっととセックスするのニャルラ」  
 うわー! ホントにぶっちゃけちゃったよコイツ……  
「さあさあ、早く若い野獣の欲情を私に注ぎ込むニャルラ〜!!」  
「いや、いきなりそう言われても……」  
 気の抜ける口調、よく見えない顔、メイド服の意義がわからない貧弱な体格……  
ここまでセックスアピールが皆無だと、男って生き物は興奮できないんです。  
 
「せめて、ボク口調の爆乳眼鏡な古本屋さんになってくれませんか?」  
「あんな人間に気合負けするようなヘッポコ化身になるのは、もう嫌ニャルラ」  
 どっちがヘッポコなのか……つーか、敵を作る発言は勘弁してください。  
「あ、さては着衣よりも裸に興奮する即物的な性癖の持ち主なのニャルラね」  
「いや、別にそんな事は」  
 僕の意見は完全に無視して、“ブラックメイド”さんはいそいそと嬉しそうに漆黒のメイド服を脱ぎ捨てた。  
そして、ついに彼女の裸身が露となり――  
「……はぁ」  
「こらそこぉ!! 裸見て溜息吐くなニャルラぁ!! スッゲェ失礼なのニャルラ!!」  
 だって、凹凸がホントに少ないんだもん。  
“てぃんだろす”や“あぶほーす”さんみたいに、ロリータ的な色香があるわけじゃないし……  
ホント、ここまで僕の好みから外れた女体も珍しいよ。  
まぁ、普段から美し過ぎる女神達の裸身を見ているので、基準が高過ぎる面もあるかもしれないけど……  
あ、“ブラックメイド”さんも神様か。  
「むむむぅ〜〜〜こうなったら、私の超絶テクニックでイかせてやるのニャルラ!!」  
 微妙な空気の中、いきなり“ブラックメイド”さんが僕を押し倒して、股間をまさぐり始めた。  
さすがヘッポコでも邪神様。得体の知れない力で僕の身体の自由は完全に奪われている。  
 ぽろん、と力無くうなだれる僕のペニスも取り出された。  
「ニャはははは〜すぐに元気にしてあげるニャルラ〜」  
 そして、彼女は僕の一物を、文字通り『咥えた』――ガブッと!!  
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!!!」  
「どうしたニャルラ? ちゃんと人間の言葉で喋るニャルラ」  
 不思議そうに首を傾ける“ブラックメイド”さんを尻目に、僕は股間を押さえて悶絶していた。  
男が絶対に味わいたくない激痛に、脳味噌と股間が沸騰しそうだ。無論、イヤな意味で。  
「いきなり歯を立てて噛みつく人がいますか―――!!! ガブって音がしたよガブって!!!」  
「男なら細かい事は気にしないのニャルラ」  
「細かいことじゃねえ〜〜〜!!」  
 
「メンド臭くなってきたから、邪神パゥワーで勃起させるニャルラ」  
 一欠片も悪びれた様子を見せない“ブラックメイド”さんがフィンガースナップを決めると、  
魔法のように(いや、魔法そのものだけど)僕のペニスは力強く直立した。  
つーか、初めからその力使ってくださいよ。  
「それでは、初物をイタダキますニャルラ」  
「いや、初物じゃないし――ッ!?」  
 ヘアの一本も生えていない、スジすらもよく見えない性器を露出した“ブラックメイド”さんは、  
あお向けに寝かせた僕の上に跨り、そのまますとんと腰を下ろして――  
「ぃぃぃいいい痛ってぇニャルラぁぁぁあああ!!!」  
 闇の世界に絶叫が轟いた。  
 そりゃ前戯もしないでいきなり挿入すれば、痛いのが当たり前だよなぁ……  
そんな感想を抱きつつも、いざ挿入すれば勝手に腰が動いてしまうのは、悲しい男のサガという奴かな。  
「痛い痛い痛いぃぃ!! も、もっと優しく……ニャルラぁ!!」  
 そうは言われても、かなりきつい事を我慢すれば、  
彼女の中は見た目のトホホさに反してとても具合が良かった。  
自然に凹凸の無い胸に指を這わせて、あまり勃起していない乳首をコリコリと弄んでしまう。  
「ふわぁ! いたぃいたぁああ……ああうぅ!!」  
 “ブラックメイド”さんの悲鳴にも、甘い声が混じり始めた。  
それがなんとなく面白くて、つい激しく腰を叩きつけてしまう。  
僕達はいつのまにか対面座位の体位で、激しく求め合っていた。  
 ――そう、この時すでに僕は“ブラックメイド”さんの術中に陥っていたんだ――  
 そして――  
「ニャルラぁああああ!!!」  
「ううっ」  
 “ブラックメイド”さんが絶頂を迎えると同時に、  
僕も彼女の中に精を放ち――そして、彼女の顔を見てしまった。  
 
『這い寄る混沌』の真の顔を――  
僕が今まで遭遇してきた女神達なんて、田舎の小娘にしか思えない、真の美貌を――  
真の美しさを――  
真の美を――  
 
 美しい。  
 グロテスクなくらい美しい。  
 吐き気を催すくらい美しい。  
 泣き叫びたいくらい美しい。  
 
 美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。美しい。  
 美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい――  
 美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し美し――  
 美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美美――  
 
 ――僕の魂に、『それ』の美しさが刻み込まれ、穿かれ、抉られ、侵蝕されていく――  
 ……そして、僕の魂の、最後の欠片が、今、消えた……  
 
 あはははははははははははははははは…………  
 
 闇の世界には  
 
 混沌の哄笑だけが  
 
 
 続く  
 

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