『おはよう、ハリー・エンゼル君』  
「動くな! 何者だ!?」  
『私? そうだな……君がハリー・エンゼルならば、私はルイ・サイファーと名乗らなければならないかな』  
「ルイ・サイファー? メガ○ンか?」  
『いやいや、ロバート・デ・ニーロの方だよ。気軽にルイと呼んでくれたまえ』  
 
 
3.「Lucifer」  
 
 
 血臭と臓物臭が充満する地獄のような部屋の中で、俺は奇怪な中年男性に拳銃を向けながら対峙していた。  
貧相な体格に禿げかけた頭と、見た目は冴えないおっさんだが、その腕に情報屋の生首を抱えているとなると印象は一変する。  
あくまでも物静かで、笑顔を絶やさず、殺気も敵意もないその姿が、逆に息を呑むほど不気味だった。  
「店中の人間を殺したのはお前か?……いや、ヤクザの邸宅を襲撃したのもお前なのか?」  
『単刀直入だね君は。イメージ通りで嬉しいよ』  
「答えろ」  
『そうだ、と言えば満足するのかね? しかし、私の言葉が真実だと誰が保障する?』  
「それを決めるのは俺だ。いいから答えろ!!」  
 やれやれ、と肩をすくめて、ルイと名乗る男は、情報屋の凄惨な生首をテーブルの上に置いた。  
「動くな!! 次は警告無しで撃つ!!」  
『わかったわかった』  
 もうお手上げといった調子で、ルイは両手を降参の動作でかかげた。  
 何の躊躇もなく、俺は発砲した。  
 狙い違わず、弾丸は奴の左肩に命中する――が、  
『参ったね。ここまで直情的な人だとは思わなかったな』  
 まるで他人事のように自分の肩に空いた弾痕を眺める男の顔には、苦痛など欠片も浮かんでいなかった。  
 何なんだこいつは……魔物や魔術師の類なのか!?  
 
『では、私も直接的に説明する方が良いかもしれないね。ハリー・エンゼル君』  
「…………」  
『そんな怖い顔をしないでくれたまえ。正直に答えるよ……確かに、前回と今回の“殺人実験”を行ったのは私だ。  
だが私自身が手を汚したわけではないのだがね』  
「どういう意味だ?」  
『私はただちょっと実行犯に“精神交換”を施しただけだよ。私はただ命令したに過ぎないって事さ』  
「馬鹿野郎。実行された殺人教唆は実行犯と同罪だ」  
『ああ、この時代のこの国では、そういう法律だったかな』  
 くくく、と余裕たっぷりに微笑するルイ何某に、俺は本気の殺意を覚えた。  
あの野郎……正直、あいつの言っている“殺人実験”だの“精神交換”についてはさっぱりわからないが、  
あの男が一連の事件の黒幕か、それに近い立場にある事は、刑事の本能的に推測できた。  
 それともう1つ、こいつは間違いなく断言できる。  
 あの男は、この人間社会に存在する事を許されない、邪悪の化身だ。  
『だがね、この国の法律で裁くのなら、やっぱり私は許される存在なのではないかな』  
「そんなわけがあるか阿呆」  
『そうかね? この国の法律では、数億年前の人物起こした事件は、普通は時効になると思うのだが』  
「……もう1つ聞く、Martense03型強化外骨格が俺を襲撃したのもお前の仕業か?」  
『?……いやいや、それは私じゃないよ。君のような優秀な素体を傷つけるような真似を、この私がやると思うかね』  
 くそっ、さっきから何を言っているのか全然わからねぇ。このまま会話を続けても、煙にまかれるだけで時間の無駄か?  
できるかどうかはわからないが、何とかしてブチのめして逮捕する方がよさそうだ。  
『どうも会話が噛み合わないね……さっさと君を確保する方が効率的かもしれないな』  
 どうやら、向こうも同じような事を考えていたらしい。  
 真っ直ぐに自分を狙う銃口が目に入らないかのように、すたすたと散歩するように接近してくるルイに向かって、  
俺は本気の殺意を込めて引き金を引いた――が、  
『先程の発砲で、私を攻撃するのは無駄な行為だと判断しなかったのかな? あまり失望させないでくれたまえ』  
 半ば予想していた結果だが、両足の膝を完全に破壊されたルイは、しかし何のダメージもなく俺の眼前に迫ってきた。  
犯人を目の前に三十六計決めるのは警察官としては死んでも御免だが、  
どうやら趣味の悪い事に、奴の狙いは俺を拉致誘拐する事らしい。  
ちくしょう、ここは信念を曲げるしかないか――!?  
 
 虎落笛  
 
 どうやら、その必要はなさそうだ。  
 明り取りの窓が粉々に砕け散った。朝日にキラキラときらめくガラスの破片を纏いながら、  
ふわり、とダブルベッドの上に降臨したのは、着物姿の盲目美少女剣士――  
「Gさん!!」  
『なっ……馬鹿な!?』  
 初めてルイの声に驚愕と焦りが混じった事に満足しながら、俺は拳銃に残った弾丸全てを奴に叩き込んだ。  
無論、銃が通じないのは薄々気付いているが、これはあくまでもG氏への援護射撃だ。  
だが、それも余計なお世話だったらしい。  
 
 ぱちん  
 
 G氏の仕込み刀がゆっくりと杖に納まると、ルイの四肢は根元から粉微塵と化し、  
残された頭部と胴体が床にキスを――しなかった。  
 間髪入れずに突き出された杖が、ルイの喉に正面から突き刺さり、そのまま壁に縫い付けたのだ。  
『なぜっ……きさまが……ここに……いるッ!?』  
「…………」  
 喉を貫かれたせいか、妙にたどたどしいルイの声に、しかしG氏は答えなかった。  
丁度俺に背を向けているので、その顔が見えない事を、俺は神に感謝した。  
無言のG氏から放たれる殺意と怒りの波動――それはあの時ヤクザの邸宅で垣間見せたものと同質の、  
そして何百倍も凄まじいものだったからだ。正直、今の俺はルイよりもG氏の方に恐怖を感じていた。  
『あの……人間め……黙っていたのか……計画の……修正が……必要……』  
「お、おいGさん……殺すなよ?」  
 ルイの声が徐々に弱くなっていくので、さすがに俺はG氏に注意を促した。  
こいつが真犯人なのかどうかはまだわからないが、犯人サイドの重要参考人なのは間違いない。  
そんな俺の焦りが伝わったわけじゃないだろうが、ルイの首がぎこちなく俺の方を向いた。  
『心配は……無用だよ……この体は……仮初の宿……だからね……本体は……無事さ……』  
 誰がお前の心配なんかするか馬鹿野郎。容疑者死亡で事件を不起訴処分にしたくないだけだ。  
『この怪物が……いるのでは……これ以上……ここには……いられないな……帰らせて……もらうよ……』  
「お、おい!」  
『また会おう……ハリー……エンゼル君……』  
 かくん、と糸が切れた人形のように、唐突に中年男性の体から力が消えて、  
そのまま永遠に動かなくなった……ちくしょう。  
「くそっ……おいGさん、少しやりすぎだぜ? この場合は容疑者を殺しちゃまずい――」  
「もう死んでましたよダンナ」  
「……は?」  
「これは数時間前に死亡した人間ですぜ。  
奴は死体に精神憑依して動かしていたんですよ……あの連中め、新技術を開発したらしいですな」  
「何を言ってるのかさっぱりわからん」  
「後で詳しく説明しますよ……それよりも、ダンナぁ……」  
 
 地獄の底から響いてくるような怨念に満ちたG氏のうめき声に、思わず後退りしかけた――次の瞬間、  
「ヒドイですよダンナぁぁぁ!!! あの後、焼肉屋さんに散々怒られたんですよぉぉぉ!!!」  
 ハイライトの無い瞳に涙を溜めながら、俺の胸をポカポカ叩くG氏であった。  
「あー、うん、悪かった……なぜ怒られているのかよくわからんが」  
 ついさっきまでの無言の迫力に満ちた後姿とのあまりのギャップに、俺は面食らって唖然とする事しかできなかった。  
何というか……この女の子が実は人間じゃないって話も、今は信じられそうだ。  
「夜明けまでずっと泣きながら皿洗いしていたんスよぉ!!」  
「わかったわかった、よくわからんが、とにかくわかった」  
 とりあえず落ち着かせるために、俺はG氏の頭を撫でるように手を置いて――思いっきりかき回した。  
「ああー!?」  
「落ち着け」  
「ううぅ……ヒドイですよダンナぁ……」  
 半泣きでグシャグシャに乱れた髪を櫛で直すG氏を尻目に、俺は改めて凄惨な現場を見渡した。  
ズタズタになった情報屋の残骸が散らばるソープの一室は、  
ガラスが砕けた窓から差し込む朝日で奇妙に荘厳な雰囲気を漂わせている。  
まだ確認はしていないが、廊下の惨状を見る限りでは、店内全体が似たような光景なのだろう。  
とりあえず署に連絡を入れようと、情報屋の生首を片手で拝みながら、携帯電話を取り出して――ん?  
 ちょっと待て……朝日!?  
 俺は愕然としながら明り取りの窓へと振り向いた。  
さわやかな朝の空気と共に、能天気な雀の鳴き声と活動を始めた街の雑踏が聞こえてくる。  
 俺がこのソープに入店したのは午後11時ごろだった。  
それから情報屋と一戦交えて、ゲットした情報をノートパソコンで確認していたのは1時間後くらいだ。  
直後にルイ・サイファーと名乗る怪人が出現して、G氏に撃退されるまで10分も経過していないだろう。  
 まだ日付が変わったばかりの深夜のはずだ。なぜ朝になっているんだ!?  
 まさかと思いながらGショックを確認しても、無常にも午前8時15分を表示しているだけだった。  
 俺が気付かない間に、時間が8時間ほど経過しているだと?  
 何が起こったんだ?  
 説明の付かない事態にしばらく困惑していた俺は、不覚にもそいつらの存在を、  
部屋の中に踏み込んでくるまで気付かなかった。  
 ここに来るまでに店内の猟奇的な殺人現場を散々目撃したのだろう。  
がやがやと狭い部屋や廊下に押し寄せてきた警官の顔は、皆一様に青ざめた顔をしていた。  
中にはその場で吐き出している者もいる。顔色1つ変えていないのは、先頭に立つ五十鈴警視ぐらいのものだ。  
「……緋硯警部」  
「遅かったぜ五十鈴警視、少し前に容疑者は――」  
 
 がしゃん  
 
 自分の両腕にかけられた手錠を、俺は呆然と見つめた。  
「お前を殺人容疑で逮捕する」  
 
「どういう事なんだ? 五十鈴警視」  
「何度も説明しただろう、緋硯警部」  
 普段と座る位置が真逆な取調室は、空気までもがどこか違って感じられる。  
机の反対側――取り調べる側の席に座る五十鈴警視のポーカーフェイスは相変わらずだが。  
「店内にあった全ての監視カメラが録画しているのだ。  
お前が客やソープ嬢を1人残さず皆殺しにしている映像をな」  
「明らかに盗撮だな。店の経営者を逮捕しろよ」  
「関係者は全員死んでいるよ。お前の手によってな」  
 俺は全力を込めて拳を机に叩きつけた。  
取調室が揺れるほどの轟音も、しかし五十鈴警視の眉一筋動かす事もできない。  
「俺が人殺しをするような奴に見えんのか!!あぁ!?」  
「それに関してはノーコメントだ……とにかく、ほとんどの証拠がお前が実行犯だと告げているのは間違いない」  
 ぐうの音も出ない嫌味眼鏡の断言に、俺は頭を抱える事しかできなかった……  
 ソープランドでの事件と、直後の俺の逮捕から3日が過ぎていた。  
 なぜ俺が逮捕されなきゃならないんだと当初は憤慨し、今も憤慨しているわけだが、  
五十鈴警視の言う通りに、様々な証拠が俺が犯人だと示していた。  
監視カメラには、俺が逃げ惑う客やソープ嬢、そして情報屋を惨殺している姿がはっきり映っているし、  
鑑識までもが被害者の体に付着した指紋や生活反応から、俺が100%犯人だと保証書付きで断言しやがった。  
ここまで証拠が出揃うと、本来なら容疑者扱いする必要もないだろう。  
 だが、俺が真犯人だと断言するには難しい状況証拠もないわけじゃない。  
「監視カメラに映る俺は、被害者を素手で引き千切っているじゃねーか。  
いくら俺が腕っ節に自信があるとはいえ、そんな無茶ができるわけないだろ?」  
「上にもそう言われたよ。だが、お前の写真を見せたら『この顔ならやりかねない』と頷いたぞ」  
「あのな……」  
「お前の言い分も理解はできる。そもそもお前に事件を起こす動機は何もないのだからな……  
だが、これと同じようなケースを、お前も知っている筈だろう」  
「……幼稚園児のヤクザ襲撃の件か」  
「ルイ・サイファーと名乗る男との遭遇と、8時間近い体感時間の消失に関する証言書は読ませてもらった。  
それがお前の狂言でないなら、その男がお前や幼稚園児の意識を何らかの手段で一時的に乗っ取り、  
ヤクザの邸宅やソープランドで虐殺を行ったという線も考えられる」  
「さっきから俺はそう主張しているぞ」  
「監視カメラには、ルイ・サイファーとやらの姿は何処にも映っていなかったのだがな」  
「…………」  
「いずれにせよ、IMSOの調査報告待ちだな。それで全てがはっきりする」  
「この件もIMSOに丸投げか……警察も形無しだな」  
「欲しいのは確かな事実だ。刑事のプライドなど捜査には邪魔なだけだ」  
 ったく、そんな可愛くない物言いだから、いつまでたっても再婚できないんだよ嫌味眼鏡が。  
 
「IMSOからの返答が、幼稚園児によるヤクザ邸宅襲撃のケースと同じなら、  
この件も不可能犯罪として不起訴処分になる。他の返事でも何らかの進展はあるだろう」  
「それを祈ってるよ。留置所のメシは不味いからな――」  
「失礼します。IMSOからの返信が届きました」  
 噂をすれば何とやらだ。  
 下っ端巡査から書類の束を受け取った五十鈴警視は、  
それに素早く目を通して――その体が一瞬硬直したのを、俺は見逃さなかった。  
「調査結果が出たぞ……前回の事件についての追加報告もだ」  
 ……おい、マジかよ……手が微かに震えているぜ。あの鉄面皮が。  
 一体何が書いてあったんだよ?  
「……『容疑者“緋硯 鯨人”が魔術的な肉体強化薬を服用し、被害者達を殺害した痕跡を確認。  
また、別件の幼児による大量殺害事件も、真犯人は“緋硯 鯨人”である証拠を発見』……以上が要約だ」  
「……なっ」  
 流石に声が詰まった。  
 ここまで事実とかけ離れた内容を堂々と断言されると、もう茫然自失するしかない。  
 口で否定するのは簡単だ。  
だが、容疑者自身の「自分は無実だ」という言葉ほど無意味な物は無いって事は、  
元強行だった俺は痛いほど理解している。  
具体的に俺が無実であるという実証がないなら、冤罪を甘んじて受けるしかない。  
「……G氏はまだ見つからないのか」  
「依然、行方不明のままだ」  
 俺の無実を証明する手助けになってくれるかもしれない、唯一の人物――G氏は、  
しかし俺が逮捕されてから姿を消していた。それが俺の立場を悪くしているのは言うまでもない。  
 万事休す――か。  
「今日はここまでにしよう」  
 溜息混じりに五十鈴警視が告げると、傍らにいた俺の元・部下が手錠をかけようと――  
「いや、私がやろう」  
 どんな風の吹き回しなのか、五十鈴警視サマ自らが俺に手錠をかけて下さりやがった。  
「……そういえば、1つ言い忘れていた」  
「今更なんだよ」  
「先日、お前が私に頼んだ件だ。ハリー・エンゼルとは何者かという話だったな」  
「ああ、奴は確かに俺の事をそう呼んでいた。何の事だったんだ?」  
「ハリー・エンゼルとは、ある映画の登場人物だよ。  
ルイ・サイファーという悪魔と契約し、自覚の無いまま次々と殺人を犯していく私立探偵だった」  
「…………」  
 
 取調室の外は野次馬職員達で一杯だった。マスコミの姿が見えないのはせめてもの慰めか。  
 前後左右を屈強な警官に囲まれた俺は、両手を繋ぐ手錠を隠す事もできずに、  
五十鈴警視に先導されながら廊下をとぼとぼと歩んでいた。  
周囲の野次馬どもが「やっぱりね」「いつかやると思っていた」などと交わす陰口が耳に届く度に、  
自分が周囲にどう思われているのか思い知らされる。別に他人に好かれようとは微塵も思わないが、  
味方が全くいないというのも寂しい話だぜ。ちくしょう、部下に飯を奢るんじゃなかった。  
 心中で愚痴をこぼしている間に、俺は警察署の正面玄関に横付けされた囚人護送用パトカーの傍に到着していた。  
まさかこんな形で、長年世話になっていた警察署を離れる事になるとは思わなかったな。  
「乗れ」  
 かつて部下だった男が、ドアが開けられた後部座席へとぞんざいに促す。  
俺はそいつに全力で笑顔を向けてやった。  
「よう、景気はどうだい」  
「…………」  
 軽蔑の眼差しを隠そうともしない部下は、愛想笑い1つ見せなかった。  
 だが、鍵を外した手錠を目の前で振ってやると、さすがに驚愕の声を上げてくれた。  
「なっ!?」  
 拳による情熱的なキスで元・部下を黙らせて、間髪入れずに後ろ蹴りで背後の警官を吹き飛ばす。  
直後に右に立つ警官の鳩尾に抜き手を突き入れた頃、ようやく残った警官が拳銃を構えて見せた。  
全く、反応が鈍すぎるぜ。一から鍛え直さなきゃな。  
「動く――」  
「遅ぇよ」  
 拳銃を構える手を蹴り上げると、あっさりと拳銃は空中に解き放たれた。  
そいつを素早くキャッチすると、そのまま裏拳にして持ち主の顔面に叩きつける。  
「全員動くな!!!」  
 冬の空に響き渡った俺の声に、周囲の動きがぴたりと止まったのは爽快だった。  
1人だけ仏頂面の五十鈴警視に銃口を向けたまま、護送用パトカーの運転手を蹴り落とし、  
五十鈴警視を運転席に座らせて、俺は素早く助手席に乗り込んだ。  
「車を出せ」  
「何処へ?」  
「こいつらがいない場所だ」  
 こめかみに拳銃を突きつけられても全く動揺する気配を見せないまま、五十鈴警視はパトカーを発進させた。  
署の駐車場の脇を抜ける際に、停車中の車のタイヤを撃っておく事も忘れない。  
制限速度を完全に無視した運転に、あっという間にバックミラーに映る警察署は小さく消えていった。  
 追っ手の車がまだ追跡してこないのを確認した俺は、ようやく一息吐いてシートに身をゆだねて、五十鈴警視のポーカーフェイスを横目に覗き込んだ。  
 警察署の敷地から抜けるまで、その横顔に突きつけられていた拳銃は、今は俺の膝の上に転がっている。  
 
「もう少し簡単に外せる手錠にして欲しかったぜ。手首が外れそうになったぞ」  
「腕が落ちたか? 鍵を緩めてやっただけでも感謝しろ」  
「へいへい、ありがとうございますよ。五十鈴警視サマ」  
 あの時、五十鈴警視に手錠をかけられた瞬間、その意図に気付いた俺は、  
こうして何とか一芝居打てたわけだが……  
「正直、俺の事を信じてくれるとは意外だったぜ」  
「何年私がお前と付き合っていると思っているんだ。お前に大量殺人を犯す度胸なんてあるものか」  
「へっ、ほざいてろ」  
 憎まれ口を叩きながらも、俺はどこか愉快な気分だった。  
30年近く昔、朝から日が暮れるまで、3人で屋敷や公園を遊びまわっていた頃が、ふと脳裏に浮かんだ。  
もっとも、3人で遊んだというよりも、暴走する兄貴と俺の後ろを必死に五十鈴が追いかけていたって言うのが正しいか。  
その頃はこいつもまだ可愛げがあったんだがなぁ。  
「何だ、私の顔をジロジロ見て」  
「小皺の数を数えているのさ」  
「ふん……ところで、これからどうする気だ? 私も最後までは付き合えないぞ」  
「そうだな、どこか裏のセーフハウスでも使って、しばらく身を隠すか――」  
「それならいい所がありますよ、ダンナ」  
「ぬおわ!?」  
「っ!?」  
 突然、背後から予期せぬ声がかけられて、俺はシートから飛び上がった。  
五十鈴警視もハンドルを切り損ねたらしく、車が危うく反対車線に飛び出しそうになる。  
愕然と振り向いた後部座席には、おかっぱ頭に真紅の着物の盲目少女――  
G氏が悪びれもせずにニコニコと微笑んでいた。  
「てて、て、てめぇは!!」  
「はいな、3日ぶりですダンナ。五十鈴さんも相変わらずお綺麗で」  
「いい、何時からそこにいた!? どうやって入ってきたんだ!?  
今まで何処で何やってた!? やっぱりお前目が見えてるだろ!?」  
「し、質問は1つずつお願いしますよ、ダンナぁ……」  
 数分後、ようやく落ち着いた俺と五十鈴警視に、G氏は茶飲み話でするかのように語り始めた。  
 
「例のルイなんとかの正体を、ちゃんと確定させようと思いましてね。  
闇高野で魔道書漁ったり、オーストラリアの遺跡調べたりしてたんですよ」  
「3日で、かよ……それで何かわかったのか?」  
「へい、案の定、あたしの予想は的中しましたよダンナ」  
 一瞬、G氏の瞳に危険な光が宿った気がした。  
「あのルイの正体は……“イスの偉大なる種族”ですな」  
「“イスの偉大なる種族”? 何だそりゃ」  
「ダンナ達人間さんが『邪神』と呼んでいる高位存在の一種ですわ。  
今から5億年前の昔から5千万年前までオーストラリア周辺を支配していた、まぁ宇宙人みたいなモノですな」  
「どんな連中なんだ、そいつ等は」  
「一種の精神生命体――まぁ魂だけの生物だと考えてくださいな。  
他の知的生命体と精神を交換して、相手の体を乗っ取る技術を習得しています」  
「……参考までに聞くが、乗っ取られた体の元の精神はどうなるんだ?」  
「代わりに“イスの偉大なる種族”の体に入っちゃうんですわ。  
そのまま“イスの偉大なる種族”が元に戻ろうとしない限り、永遠にその体に取り残されたままです。  
この“精神交換”の技術を使って、“イスの偉大なる種族”は滅びかけた故郷を捨てて、  
今から5億年前に地球上で繁栄していたある生物を丸ごと乗っ取っちゃったんですね。  
無論、その生物は元・偉大なる種族の肉体に取り残されたまま、滅び去ったそうです」  
「ロクでもない連中じゃねーか」  
「全くですな。あまつさえ連中はあたし達を監禁して――」  
「は?」  
「……何でもありませんよダンナ。  
とにかく“イスの偉大なる種族”は、科学的にも魔法的にも人知を超越した凄まじい技術力を持った連中なんです。  
その力は時間の壁さえも易々と乗り越えて、例の精神交換の技を遥か未来の生物に対して使う事もできるぐらいなんですわ。  
そうした時間をも自在に超越するが故に、連中は“偉大なる種族”と称されているのですな」  
「…………」  
 何だかあまりにも荒唐無稽な内容で、コメントのしようがないぞオイ。  
 
「少し質問していい?」  
 それまで無言を通していた五十鈴警視が、独り言のようにポツリと台詞をこぼした。  
「さっき“偉大なる種族”は、今から5億年前の昔から5千万年前までオーストラリア周辺を支配していた、  
と言っていたけど……今現在はどうしているのかしら?」  
「へい、“イスの偉大なる種族”は5千万年前に滅亡してますな。  
まぁ滅亡といっても肉体だけで、例によって精神は今現在から遥か未来の知的生物の体を乗っ取って、  
ちゃっかり避難しているんですがね」  
 やっぱりロクでもない連中だ、と言いかけて、俺は五十鈴警視の言わんとしている事に気付いた。  
「……ちょっと待て、つまり、今の時代に“イスの偉大なる種族”とやらは1人もいないって事か?」  
「調査の為に今の人間と精神交換している奴はいるかもしれませんがね。  
偉大なる種族本体は1匹もいませんな」  
「おい、つまりあのルイ・サイファーは――」  
「今の時代から5億年前から5千万年前の人物と言う事になりますなぁ。  
過去の時代への精神交換は無理らしいですから、未来から来たわけじゃないでしょう」  
 あっけらかんとしたG氏の言葉に、俺の目の前は真っ暗になった。  
 
『そうかね? この国の法律では、数億年前の人物起こした事件は、普通は時効になると思うのだが』  
 
 ルイの言葉はそういう意味だったのか。  
 お手上げだ。数億年前の犯人を捕まえる方法なんてあるわけがない。  
「そう気を落とさないでくださいなダンナ。  
まだその偉大なる種族が真犯人だと決まったわけじゃないんですから」  
「だがな、今はそいつを捕まえる事ぐらいしか、状況を改善させる手がないんだぞ」  
 すっかり肩を落とした俺のそこを、G氏は慰めるようにポンポンと叩いた。  
相変わらず見た目はガキの癖に、どこか仕草や口調が年寄り臭い奴だ。  
「方法が無いわけじゃありませんぜ。  
ルイがまたこの時代に精神交換した時に、そいつを捕まえればいいんです」  
「簡単に言うんじゃねぇ。いつ、どこで、誰に乗り移るのかがわからないんじゃ、手の打ちようがないぞ」  
「その辺は、たぶんうちの大将に相談すれば何とかなると思いますぜ」  
「お前の大将って……闇高野の大僧正の事か?」  
「へい、ですから今からそこに――きゃん!!」  
「ぬおっ!?」  
 突然の急ブレーキに、俺とG氏は派手に体勢を崩した。  
特に後部座席に上体を曲げていた俺は、フロントガラスにモロに後頭部を激突させる羽目になった。  
いてて、やはりシートベルト着用は大切だな。  
 
「おい、どうした五十鈴警視!?」  
「この辺りでいいだろう」  
 隣のすまし顔に乱暴運転を注意しようとした俺は、  
いつのまにか周囲の風景が郊外の田舎道に変わっている事に気付いた。  
「ここならパトロールの車も滅多に来ない。バスは通っているから他所の土地に逃れるのも楽だ」  
「すまねぇな」  
「お前に迷惑をかけられるのは慣れてるさ」  
 けっ、相変わらず嫌味な眼鏡だ。  
 その嫌味眼鏡がG氏の方を向いた。久しく見た事のない、優しい眼差しだった。  
「これ以上は私の前で行動の予定を言わないで。私は貴方達を追う立場なのよ」  
「へい、肝に命じておきます」  
「……鯨人を守ってやってね。不器用で無鉄砲な人だから、誰かが手綱を握ってないとすぐ暴走しちゃうの」  
「それはもちろん」  
「いい加減にしろお前ら」  
 ったく、今までロクに会話を交わしてなかったくせに、女同士はすぐ連携しやがる。  
だから女は嫌いなんだ。男はもっと嫌いだが。  
 そんな俺の毒づきが伝わったわけじゃないだろうが、  
再び俺の方を向いた五十鈴警視の顔は、いつも通りの愛想の欠片もない鉄面皮だった。  
クールビューティーだと署員からは絶賛されているが、俺には顔面神経痛にしか思えない。  
「3日だ。捜査網が全国区に広がるまでを、何とか3日遅らせる。それまでに何とかしろ」  
「へいへい、暇な時にでも健闘を祈っててくれ」  
 拳銃に弾丸を装填し直した俺は、その銃口を真っ直ぐ五十鈴警視に向けた。  
「どこを撃って欲しい?」  
「右肩」  
「……すまねぇ」  
「迷惑かけられるのは慣れてるよ。ちい兄ちゃん」  
 くそっ、やっぱり嫌味な奴だ。  
 乾いた銃声が、郊外の冷たい空気を少しだけ揺らした。  
 
 
「……ちょっとやり過ぎじゃないですかねぇ」  
 右肩の銃痕から赤い血を滲ませながら、ぐったりと運転席に横たわる五十鈴警視の様子をうかがいながら、  
G氏は少しだけ頬を膨らませて見せた。  
「このぐらいやらなきゃ、今の警察の目は誤魔化せねぇよ。  
下手に俺達の肩を持ったと疑われる方が、こいつにとっては致命傷なのさ」  
 無論、急所は外したし、さっき警察無線のスイッチも入れた。すぐに救援が来るだろう。命に別状はない筈だ。  
「それにしても綺麗な人ですよね五十鈴さんは。同じ女としては憧れちまいます」  
 コイツは絶対に目が見えてるに違いないと確信しながら、俺はぞんざいに首を振った。  
「昔からの馴染みから見ると、その辺の差異はよくわからんがな」  
「へえ、ダンナと五十鈴さんは幼馴染ですかい」  
「あいつの実家は大金持ちの地主様って奴でな、  
俺の親父は家族ごと住み込みで働く専属の運転手だったんだよ。昔は兄貴と一緒によく遊びまわったもんだ」  
「ふぅん……あれ? 五十鈴さんから貰った資料には、ダンナの兄さんの話は無かったような」  
「……気にすんじゃねぇ」  
 失言を誤魔化すために、ニヤニヤ笑っているG氏の髪を思いっきりかき回してから、  
俺はさっさと護送用パトカーを後にした。  
「ううぅ……ヒドイですよダンナぁ……」  
 
「ううぅ……寒いですよダンナぁ……」  
「我慢しろ」  
 その日の夜――何とか捜査の目を逃れて港町に降りた俺達は、  
とりあえず無人倉庫の物陰に身を隠していた。五十鈴警視の言葉を信用するなら、  
まだしばらくは全国区には指名手配されてないだろうから、公共の交通機関を使う事もできるはずだ。  
しかしそれも夜が明けてからだな。今の時間に下手にうろついていたら、それこそ目立ち過ぎる。  
そうでなければ、誰が好きこのんでこんな倉庫の片隅で使い捨てカイロにすがりながら震えているもんか。  
 ちなみに、俺の着ているコートの内側にG氏が潜り込んで抱き合っているわけだが、  
相手がこんなガキでは父性愛を刺激されるだけで嬉しくもなんともない。  
「あたしはチビっこいから、この季節は辛いんですよ」  
「俺もメタボじゃないから、寒いのは苦手なんだ」  
 口ではそう言いつつも、身震い1つしないG氏はあまり寒そうには見えない。  
震えているのはもっぱら俺の方だ。  
そんな細かい事でも、やはりこの少女が何か人間とは異質の存在である事を意識させた。  
「……なぁ、Gさん」  
「はいな」  
「さっき例のルイが『邪神』の一種だとか言ってたが……やっぱりお前もそうなのか?」  
「ええ。“イスの偉大なる種族”とは別種の存在ですがね。  
あたしの種族は“盲目のもの”って呼ばれていますわ」  
 ネタは正しかったわけだ。成仏してくれよ情報屋。最後は名前を知りたかったぜ。  
「そうだったのか」  
「別に隠していたわけじゃないんですがね」  
「邪神って言うくらいだから、もっと化け物みたいな姿かと思っていたぜ」  
「へへへ」  
 そう言って、どこか気恥ずかしいように照れ笑いするG氏は身震いするほど可愛らしかった。  
なるほど、確かにこの美しさは人外の領域だ。  
そんな美貌が今俺が着ているコートに潜り込んで、すぐ目の前にあるのだからたまらない。  
ほんの欠片でも幼児嗜好の気がある者なら、形振りかまわずむしゃぶりついていただろう……  
って、何を考えてるんだ俺は。  
 いつのまにかそんなG氏に見惚れていた自分に気付いて、俺は慌てて頭を振った。  
くそっ、何か話題を変えなくては。  
「と、ところでこれから何処に行く気だ? さっき隠れるのにいい所があるって言ってたが」  
 考えてみれば、まず真っ先にそれを聞くべきだったか。  
「へい、あたしの身寄りですわ。京都の山奥まで行く事になりますがね」  
「……闇高野の総本山か」  
 超常強行に配属された際の資料によれば、退魔組織の本部には人避けの結界が張られているという話だ。  
確かに身を隠すにはもってこいかもしれないな。  
だが、G氏と一緒に逃げている事が知れたらそれも危うくなるだろう。  
 
「すまねぇ、迷惑かけるな」  
「それは一向に構わないんですがね……ただ1つ、ちょいと問題がありまして」  
 少し困ったようにG氏は頬を掻いた。  
「うちの大将の事なんですがね……」  
「闇高野の大僧正か。あの正体が『邪神』って噂の」  
 言った瞬間、しまったと思ったが、G氏は特に気にした様子もなさそうだった。  
「噂は当たってますぜ。あたしの大将はかなり大物の大邪神なんですよ」  
「その大邪神サマが――お前さんもそうだが――なんで退魔師をやってるんだ?  
普通、邪神って人類の敵なイメージなんだが」  
 G氏は可笑しそうに目元を緩ませた。  
「40万年ぐらい前、ある人間に頼まれましてね……そうでなきゃ、あたし等『邪神』が退魔師なんてやりませんよ。  
もっとも、あたしの元・同僚の“M”みたいに無理矢理協力させられた奴もいますが、  
それもそいつの連れ合いを他の退魔組織から守るためでしてね」  
「何を言ってるのか、さっぱりわからねぇ」  
「そのうち分かりますよダンナ……で、話は戻りますが、  
うちの大将の腹の中に、ちょいとダンナが近付くとまずい物がありましてね」  
「何だそりゃ?」  
「きっと説明しても今は理解できないと思いますぜ」  
 何だか馬鹿にされているような気がする。  
例によってG氏の頭をかき回したい衝動にかられたが、とりあえず話の続きを促した。  
「こうしてダンナと大将が距離的に離れているのなら問題ないのですがね。  
総本山の中まで接近すると、ちと困った事になるんですわ」  
「だから具体的に何がどう困るんだよ」  
「まず間違いなく、ダンナの精神は再生不可能なまでに破壊されますな」  
「ぶっ!?」  
 思わず吹き出した。無論、面白かったからではなく動揺したからだ。  
「ふざけんな!! 何で俺がそんな目に会わなきゃならねぇんだ!?」  
「ああ、大将を責めないでやってくださいなダンナ。  
うちの大将ほどの大邪神が押さえ込んでなければ、こうして同じ時空間上に存在しているだけで、  
本来ならとっくにダンナの精神はぶっ壊れている筈なんですから」  
「そういう問題じゃねぇ!!」  
 ぎゃあぎゃあ吠える俺をまぁまぁとなだめながら、G氏は強引に話を続けた。  
「というわけで、ダンナの脳味噌がトコロテンになるのを防ぐためには、  
ダンナの生体情報を調整する必要があるんですよ」  
「何が『というわけで』だ。話の前後が微妙に繋がってねぇぞ」  
「こほん……というわけで、ダンナの生体情報を調整する為に、ダンナの命の一部を分けて欲しいんです」  
「命を分ける?……もう少し人間にもわかりやすく言え」  
「早い話が、ダンナの精液を採取したいんです」  
 
「……は?」  
 一瞬聞き間違いだと思ったが、G氏のハイライトの無い瞳はマジだった。  
「これは魔術の世界では基本概念の1つなんですがね、ダンナみたいな殿方にとって、  
新鮮な精液は命の分身と言える存在なんですな。遺伝学的にもあながち間違いじゃないでしょ」  
「……他に方法は無いのか?」  
「ダンナの生き血や生肉でも可能ですがね。ただし量が精液よりも格段に多く必要なんですわ。  
具体的には生き血なら約3リットル、生肉なら約20kg」  
「殺す気か!!」  
「ですから精液を使うのがベストって奴でして……  
概念的な魔術法則ですから、不条理を受け入れてくださいな」  
「マジかよ……」  
「ちなみにこの法則を、あたし達邪神の間では『Hシーンに持ち込む為の強引な展開』と言います」  
「意味が分からん」  
 今までの人生で確実にベスト3に入るだろう、  
海より深く空より大きな溜息を吐いて、俺はよろよろと立ち上がった。  
「どこへ行くんスか」  
「ソープにでも行ってくる」  
 コンドームに入ったザーメンを持ち帰らせてくれと頼んだら、ソープ嬢はどんな顔をするだろう。  
正直、もう全てを投げ出して逮捕されてもかまわない気分だぜ。  
「いやいや、待ってくださいよダンナ」  
 脚にひっしとしがみ付いたまま、G氏は俺を引き止めた。  
「新鮮な精液じゃないとダメだと言いましたぜ。この場で出してもらわないと」  
「……ここでマスをかけっていうのか?」  
「ああ、それは大丈夫ですよ……僭越ながら、あたしがお相手しますから」  
 ニコニコ微笑むG氏に、俺は今までの人生で確実にベスト1であろう、  
宇宙よりも果てしない溜息を吐いた。ついでに足元のおかっぱ頭を思いっきりかき回した。  
「ああー!?」  
「あのなぁ、Gさん……」  
 泣きながら手櫛で髪の毛を整えるG氏の肩を、俺は努めて優しく叩いた。  
本当は一発かましてやりたかったが。  
「お前さんみたいなチビでツルペタでチンチクリンなションベン臭い幼女に、  
俺を興奮させるセックスアピールが欠片でもあると思ったか?」  
「ううぅ……ずいぶんはっきり言いますねダンナ」  
「俺の好みは乳と腹と尻に脂の乗った三十路過ぎの粋な女なんだよ。  
お前さんとは正反対の属性なんだ。わかるな?」  
「……あたしの種族はこの次元では、肉体の一部分しか実体化できないんスよ。  
この身体が成長の限界なんです」  
「もう何度言ったかわからないが、何を言ってるのかさっぱりわからん」  
「それなら、言葉じゃなくて実施で教えやしょう」  
 
 止める間もなく、G氏の小さな手がズボンの上から俺のペニスに触れた  
――刹那、股間から脳天へと稲妻が走った。  
「うぉっ!?」  
 思わず情けない声が漏れる。  
 な、何なんだ今の快感は!?  
 たった一撫で――ただそれだけで、寒さで縮こまっていた俺のペニスはギンギンに勃起していた。  
「お、おい!?まさか何か術を――」  
「違いますよダンナ、これはあたしの手練です」  
 まるで指に残ったペニスの温もりを味わうように、G氏は己の指先をぺろりと舐めた。  
「あたしもねぇ……別に未通女ってわけじゃないんですよ」  
 盲目の着物少女の瞳が、その時確かに光ったのを俺は見た。  
 身震いするほど妖艶な輝きだった。  
「お、おい止め――」  
「お嫌なら抵抗してくださいな。女子供くらい簡単に跳ね除けられるでしょダンナ」  
 ズボンの上からペニスに愛しそうに頬擦りして、ジッパーを唇で引き降ろす。  
痛いくらいに勃起したペニスが、バネ仕掛けの人形のように飛び出して、G氏のおでこを叩いた。  
「ふわぁ……ご立派な息子さんですねぇ」  
 今まで幾人もの女を鳴かしてきた自慢のイチモツの形を確かめるかのように、  
G氏の細い指先がシャフトを撫でる。熱い吐息が亀頭に触れる度に、  
あまりの気持ち良さに腰が砕けそうになった。  
「では、いただきますね」  
 桜色の唇を割って、小さな真紅の舌先が顔を出した。  
それが躊躇う事無く陰嚢に触れて、じれったいくらいにゆっくりと竿を伝い、  
カリをくすぐり、亀頭を舐めながら鈴口に達する。  
「ぐおっ」  
 不覚にも声が漏れた。  
 G氏が両手で力強くも繊細に俺のペニスをしごきながら、亀頭の先端をぱくりと咥えるや、  
舌先で鈴口をチロチロとほじくり始めたのだ。  
「んっ……ちゅ…ぷはぁ……大きぃ…んむぅ……全部…んちゅ……食べきれ…ちゅうっ……ない……」  
 もう呻き声を上げる事もできない。  
 抵抗なんてできるわけがない。  
脳味噌が漂白されるような快感の怒涛に、俺はされるがままだった。ちくしょう。  
「……んちゅう…んんっ……ぷはぁ!…はぁ…はぁ……どうですダンナぁ……はぁ…気持ちいいですかぁ」  
 今度はペニスに抱き付くように顔を寄せ、指先と舌を肉棒に這わせながら頬擦りするG氏の顔は、  
とても幼女のそれとは思えないくらい上気して、淫猥な笑みが浮かんでいた。  
 認める。  
 こいつのテクニックは今まで抱いたどんな女よりも上だ。  
 もう俺の脳味噌とペニスは爆発寸前だった。  
 
「はぁ…はぁ……今度は…頑張って……はぁ…全部…咥えて見せますよ……」  
 カウパーと唾液で濡れたペニスの先端を、正面からうっとりと眺めたG氏は、  
その小さな口をあーんと限界まで開いて――ペニスを一気に中程まで飲み込んだ。  
「ぐぅっ!!!」  
「んぷぅ!?」  
 その瞬間、俺のペニスは爆発するように射精していた。おそらく今までの人生で最大の量だったろう。  
G氏は突然の射精にも驚いた様子もなく、喉を鳴らしてザーメンを飲んでくれたが、  
それでも口元から飲み切れなかった白濁液が大量にあふれ出た。  
「んっ…んっ…んっ…んんん……ぷはぁ!……はぁ…はぁ……たくさん出ましたねぇ……ダンナぁ……ちゅるっ」  
 ペニスから滴り落ちるザーメンを舐め取り、自分の顔にへばり付いた白濁液まで啜り飲むG氏は、  
息を呑むほど妖艶で、淫靡で――美しかった。  
 ……それにしても、どちらかと言えば遅漏気味の俺が、こうもあっさりとイかされるとは……  
正直、今まで半信半疑だったが、今なら間違いなく断言できる。  
 G氏は、この少女は――人間じゃない。  
人間には絶対にこの快感を引き出せない。彼女は人外の存在――『邪神』だ。  
 俺のような人間とは比べ物にならない究極の存在――邪なる神の名を冠する者だ。  
 ――だがな、  
「ふふふ……まだまだ元気ですねぇ…ダンナぁ」  
 あれだけ大量に出したというのに、まだビクンビクンとそそり立つ俺のペニスに、  
G氏はゆっくりと舌を這わせようとして――その両肩をがっしと掴んだ。  
「ふぇ?」  
「だがなGさん……あんたが邪神だろうが何だろうが……」  
「な、何ですかダンナ? 怖い顔がもっと怖いですよ?」  
「女に一方的にイかされちゃ、男が廃るんだよぉ!!」  
「ふにゃあ!?」  
 両手で着物の襟を掴み、思いっきりかき開いた。  
まるで凹凸の無い平坦な胸と、乳白色の肌に浮かぶピンク色の小さな乳首がまろび出る。  
そのまま二の腕まで着物をずり下げて、両腕を動かせなくしてやった。  
「おおお落ち着いてダンナ」  
「よくも好き勝手にイかせてくれたな!? お礼に死ぬほど喘がせてやる!!」  
「きゃあん!」  
 間髪入れずにG氏の両足首を掴んで、持ち上げるように引っくり返した。  
仰向けに寝転がらせるようにG氏を床に押し倒しながら、両足を開脚させながら持ち上げて、  
目の前に股間が位置するように支える。いわゆるまんぐり返しって奴だ。  
 乱れた着物の裾をめくり上げると、白く長細い足に肉付きの薄い尻とピンク色のアヌス、  
そして毛の一本も生えてない幼女の性器が登場した。  
 ……後から思い起こすに、この時の俺は『人外の快楽』とやらのおかげで一時的に正気を失っていたのだろう。  
でなければ、あんな幼女に手を出すなんて真似を、この俺がやる筈がない。  
だが、この時の俺は目の前の美少女――いや美幼女を手篭めにする事しか考えられなかった。  
 
「ふひゃあ……こ、この姿勢は恥ずかしいですよダンナぁ……」  
「ついさっきまで俺のチンポをしゃぶってた奴が何言ってやがる……それに、な」  
 本当に恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして訴えるG氏だが、  
眼前5cmの位置にある未成熟なスジ状の性器は、  
しかしふっくらと火照りながら、愛液でてらてらと濡れている。  
「何もしてないのに、しっかり濡れてるじゃねぇか。フェラしながら感じていたんだろ?」  
「そ、それはぁ……あたしも久しぶりだったもので。それに、ええと……ふにゃあん!!」  
 何やら言い訳を始めたので、黙らせるためにスジ状の性器を指で左右に広げてやった。  
ビラビラなんて欠片も無い未成熟な性器は、  
一丁前にも米粒のようなクリトリスを露出させて、膣口も小さく顔を覗かせている。  
「あ、あぁ…あんまり見ないでくださぁあああああんっ!!」  
 クリから尿道口にかけてふっと息を吹きかけると、実にイイ声で喘いでくれた。  
そのままヴァギナ全体を指先でゆっくりと撫で回してやる。  
「きゃうぅん!! あっ! あっ! あぁあああっっっ!!」  
「おう、どんどん濡れて来たじゃねぇか……ではクリトリスを突付くとどうなる?」  
「だだだダメですよぉ……ふにゃん!! にゃあああん!!!」  
「尿道口は?」  
「っぁあああああッッッ!! そこはダメっ!! ダメにゃのぉぉ!!!」  
「ついでにアナルもほじってやろう」  
「にゃおぅぅぅん!!!」  
 足元でG氏の小さな肢体が乱れ悶えるのは最高だった。  
しばらくこの淫らな楽器を演奏し続けていたが、  
その小さな身体に時折走る痙攣の間隔が徐々に狭くなっているのが感じられた。  
どうやらそろそろ限界らしい。さて、とどめを刺してやるとするか。  
 俺は上体を屈めると、G氏の胸元に手を置いた。  
親指の腹を両乳首の上に当てて、そのままクニクニと押し潰す。  
ほとんどあるのかもわからない乳頭は、しかししっかりと硬く勃起していた。  
緩衝材のプチプチを潰しているようで面白いな。  
「はぁああああ……だめぇ…切ないですよぉ……」  
 もどかしい快感に身悶えするG氏――そこでヴァギナに舌を這わせてやった。  
「きゃふぅ!? にゃああああああああん!!!」  
 乳首をコリコリと弄くりながら、舌先を膣口に刺し、尿道口をほじくり、クリトリスを嘗め回す。  
もう愛液なのか涎なのかわからない液体で、G氏のヴァギナはグショグショに蕩けていた。  
「ふにゃあああああ!! もうダメぇ!! イクっ!! イっちゃいますぅぅぅ!!!」  
「よし、イきな」  
 最後のとどめに、勃起したクリトリスを軽く噛んだ。  
「にゃああああああああああッッッッッ!!!」  
 小さな肢体を思いっきり仰け反らせたG氏の絶叫が、薄暗い倉庫に響き渡った――  
 
「ううぅ……ヒドイですよダンナぁ……」  
「悪い、少し調子に乗りすぎた」  
「ダンナの精液を採取するのが目的なんですから、あたしを感じさせる必要は無かったじゃないですかぁ……」  
「だから悪かったってば」  
 あの後、我に返った俺は慌ててG氏を介抱して、数分後には、  
再び俺のコートの中にG氏が潜り込んでいるというポジションに戻っているわけだが……  
まさかこの俺様がこんな幼女に手を出す事になるとは思わなかった。正直落ち込むぜ。  
しかし思ったよりも自己嫌悪の情が小さいのは、G氏の方から手を出して来たのと、  
あの『人外の快楽』の前では、どんな聖人君子でも色情狂にならざるをえないという確信からだ。  
まぁ、過ぎた事をウダウダ悩んでいても仕方ないから、あまり気にしない事にしよう。  
「気にしてくださいよぉ、ダンナぁ」  
「ナチュラルに心を読むんじゃない……で、例の生体情報の調整とやらはどうなったんだ」  
「へい、それはバッチリですぜ。ダンナにイかされている間にやっておきましたよ」  
 いつの間に……例によって具体的にどうやったのかはさっぱりわからんが、  
とりあえず俺が大僧正サマとやらに近付いても、脳味噌がトコロテンになる心配は無くなったわけか。  
「それともう1つ、ちょっと面白い事がわかりましたよ」  
「面白い事?」  
「ダンナはね、『接触者』の素質があるみたいですわ」  
 接触者? 何だそりゃ。  
「接触者というのはですね、まぁ簡単に言えば、あたし達『邪神』に好意を持たれた人間の事です」  
「だから心を読むなよ……って、邪神に好意を持たれた?」  
「へい、そういう人間がたまに出現するんですよ。  
今から40年くらい前にも5人ほど出現しまして、色々な大騒動を巻き起こしましたぜ」  
 邪神に好意を持たれる……何だか字面じゃろくでもない事にしか聞こえないぞ。  
「で、具体的に接触者になるとどうなるんだ?」  
「邪神から様々な恩恵を受け取れますな。とはいっても、どの邪神に好かれるのかを選べるわけじゃありませんし、  
邪神によって恩恵の形も様々です。それに『好意』といっても、恋愛感情だったり、友達としての好意だったり、  
接触者を部下やペットとして飼いたいだけだったりと様々なんですわ。  
中には『食べると美味しそうだから好き』なんて例もあります。  
それに邪神側に愛想を尽かされたら、大抵はその場でポイ捨てです」  
 やっぱりろくでもなさそうだ……って、ちょっと待てよ?  
「……参考までに聞くが、まさかGさんは『邪神』として、俺の事を接触者と意識しているのか?」  
「そりゃあもちろん……」  
 恍惚の表情を浮かべながら、G氏は俺の瞳をじっと見つめて――  
「あたしはダンナにメロメロですよぉ」  
 ――胸板に甘えるように頬擦りしてきた。  
そのあまりの可愛らしさにクラクラしつつ、俺は何とか次の質問を紡ぎだした。  
「ね、念の為に聞くが……Gさんの『好意』の形は何なんだ?」  
 ぴたり、とG氏の頬擦りが停止する。その瞳が明後日の方向を見ているのを、俺は見逃さなかった。  
「ええと……それは……その……」  
「何なんだ?」  
「あー……『食べると美味しそうだから』……ですかね?」  
 可愛い顔を引きつらせるG氏に、俺は満面の笑みを見せてやった。ほーう、そういう事かい。  
「ででででも、ほら、あたしの種族は肉食種族ですから、人間を食べたいのは本能でして……  
その、でも、本当に食べたりはしませんから!!  
たまーに精液や生き血を飲ませてもらえれば十分でして……ですから、あの、えーと」  
 
 俺はその場に正座すると、あれこれ言い訳を続けるG氏をひょいと持ち上げた。  
そのまま横から俺の膝の上に跨るようにうつ伏せにして乗せる。  
「あ、あの……何をする気で?」  
 無言でG氏の着物の裾をめくる。  
小さくて肉付きの薄い真っ白な尻が、ぺろんと可愛らしく顔を見せた。  
「だだだだダンナ!?」  
「……お仕置きだ。2度とそんな事を考えないようにな」  
 俺は容赦なくお尻に平手を叩きつけた。  
 
 ぱぁん  
 
「きゃあん!!」  
 うーんいい音だ。俺の掌に対してG氏の尻は小さ過ぎるので、  
片手で同時に左右両方の尻肉を叩く事ができる。たった1回のスパンキングで、  
哀れG氏の真っ白な尻は真っ赤に腫れ上がってしまった。  
「ぁあうぅ……何をするんですかダンナぁ!?」  
「何度も言わせるな、お仕置きだ」  
 俺は連続で尻を叩き続けた。  
 
 ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん!……  
 
「ひゃあん! きゃあん! あ、あたしは! ふひゃあ!  
正直に! にゃあん! 答えた! やぁん! だけなのにぃ! にゃうぅん!」  
 無論本気で叩いているわけじゃないが、G氏の小さな身体にはよく効く事だろう。  
やっぱり昔から子供へのお仕置きは尻叩きに限る。  
 ……ところが、  
 
 ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん!……  
 
「ふにゃあ……ああっ!……きゃうん!……ぁああ……くぅん!……ぁはああぁ……」  
 プルプル震えながらお仕置きを受けるG氏の悲鳴に、艶かしい嬌声が混じり始めた事に気付いた。  
「おいおい、ケツを叩かれて感じているのかよ」  
「はうぅ……そんにゃ事はぁ……はぁん! ふにゃあん!!」  
「やっぱり感じているんじゃねぇか」  
 プルンと震える文字通りの桃尻は、普段の1.5倍くらいの大きさに腫れている。  
汗と愛液で瑞々しく濡れたピンク色の尻たぶに軽く爪を立ててやると、  
「きゃうぅ!!」  
 実にいい声で鳴いてくれる。  
 
「やれやれ、これじゃお仕置きにならないな」  
「あうぅ……もう勘弁してくださいにゃあ……」  
 ハイライトの無い瞳に涙を浮かべ、はぁはぁと荒い息を吐くG氏の上気した顔には、  
しかし苦痛の中に明らかな恍惚の影があった。ならば、それに応えてやるのが男の本懐だろう。  
「ちょっと過激にやるぜ。気をやらないようにしろよ」  
 俺は物欲しそうに口をパクパク開く薄桃色のアヌスに親指を、愛液を滴らせる膣口に人差し指を当てると――  
「ふえぇ……な、なにを……あにぁうううううん!!!」  
 ――ずぶり、と一気に根元まで挿入した。  
「んぁああああ!! き、きつぃいい……はぁああっ!! はにゃああっ!!」  
 さっき念入りにほぐしてやった所為か、思ったよりもスムーズに指が動かせるな。  
しかし、それでもG氏の小さな身体にとって、  
俺の太くて長くてごつい指の挿入は、極太バイブの二本挿しに等しいだろう。  
その幼い身体には刺激が強過ぎるかもしれない……まぁ、遠慮する気はないけどな。  
「にゃううっ!! ぁあああっ!! あはぁうぅぅ……ひゃぁん!! あっあっあっあああああ!!!」  
 時にはねぶるようにゆっくりと捏ね繰り回し、時には目にも止まらぬスピードでピストンさせる。  
膣口の襞とアナルの皺を指先で優しく撫で回し、一気にS字結腸と子宮口の入り口に指を突き刺す。  
その度に小さな艶姿は身をよじり、涙を流しながら悶えて、快楽の悲鳴を薄暗い倉庫に響かせた。  
うむ、やっぱりこれくらい反応してくれないと面白くないよな。  
「にゃあぅうううん……はぁ…はぁ……ぁああっ!!……も、もうダメぇ……ぁああぅううっ!!」  
 小さな肢体が断続的に痙攣する間隔が、徐々に短くなってきた。  
さっきクンニした時と同じように、そろそろ限界が近いらしい。さて、止めを刺してやるか。  
「ほれ、イっちまいな」  
 俺は挿入した指先をGスポットの箇所に導いて、そこを人差し指と親指の腹で押し潰すように、  
アナルとヴァギナの双方向から全力で擦り合わせた。  
「にゃああああああああああんんんんん!!!」  
 ビクビクッと絶頂の痙攣が、彼女の全身から伝わって来る……その時、  
 
 ぷしゃあああああ……  
 
 突然、俺の膝に生暖かい感触が広がり、香ばしい匂いと共に白い湯気が冷たい倉庫の中を立ち昇っていった……  
 ……えーと、これはつまり……  
 
「あー、悪かった。その、ちょっとやり過ぎた」  
「ううぅ……ヒドイですよダンナぁ……」  
 数分後――すんすん泣きじゃくるG氏の頭を撫でながら、俺はひたすら頭を下げまくっていた。  
「ダンナはいじめっ子だ……」  
「悪かったな。俺は昔から弱い者いじめは大嫌いだが、強い者いじめは大好きなんだよ」  
 だから刑事なんて仕事をやっている。  
「損な性分ですね、ダンナは」  
「ほっとけ」  
 図星なので何も言い返せねぇ。ガキの頃から貧乏くじを引きっぱなしなのは、この性格が最大の原因だろう。  
「でもね、あたしはそんなダンナが好きですよ」  
「好きじゃなくて美味しそうの間違いだろ。もう寝るぞ」  
「はいな」  
 コートの中に潜り込んできた小さな身体を優しく、そしてしっかりと抱きしめる。  
その温もりに奇妙な安堵を覚えた俺は、ゆっくりと瞼を閉じて……  
「そうだ、1つ言い忘れてましたよダンナ」  
「……なんだよ、今度はもう少しマシな話なんだろうな」  
「あまりマシな話じゃないかもしれませんがね……さっきダンナに接触者の素質があると言いましたよね?  
それをあたし以外の連中に知られた可能性がありますぜ」  
「……何処のどいつにだ?」  
「IMSO」  
「なっ!?」  
「ソープランド襲撃の件で取調べの際に、真偽を計る為にダンナの情報がIMSOに行きましたよね。  
その際、ダンナが接触者だってバレた可能性があります。接触者かどうかを調べるのは人間にもできますからなぁ」  
「……で、もしバレたらどうなる?」  
「極めて危険度の高い人物だと認識されるでしょうな。  
接触者はいわば邪神から力を借りる事ができる可能性のある人間ですから。  
もしも対象の邪神が、接触者の願いを何でもかなえてあげる気前のいい奴だったら、  
事実上その接触者は邪神の力を好き放題に使う事ができるんです。  
仮にそいつが世の中に絶望して、人類を滅亡させようと考えたら……冗談抜きで人類は滅亡しますよ。  
あたしが言うのも何ですが、邪神ってのはそれほどの力を持った存在なんです」  
「マジかよ」  
「マジっスよ」  
「……つまり、誰かが接触者だと分かれば、IMSOはそいつを排除しようとする動きに出るわけか」  
「さすがダンナ、勘が鋭いですね。事実、40年前に接触者が出現した時には、  
我々退魔師の一部が接触者を抹殺しようとしましたぜ。もっとも、接触者側の邪神に返り討ちに合いましたがね」  
「今回もそうなる可能性が高いのか?」  
「さぁ、一度失敗してますからね。何か邪神に対抗できる特別な手段が見つからない限り、  
そう露骨に排除行動に出るとは思いませんが……」  
「それを祈るしかないか」  
「もし襲撃者が来ても、人間相手ならあたしが蹴散らしてやりますよ」  
「頼りにしてるぜ……さて、話が終わったのならもう寝るぞ」  
「はいな、おやすみなさいませ」  
「おやすみ」  
 ……G氏との生体情報調整とやらで疲れ果てていた俺は、瞼を閉じると同時に睡魔に包まれた。  
 だから、その直後に聞こえたG氏の呟きを、俺が聞く事はなかった……  
 
『……でも、もしあいつが襲って来たら……あたしでも危ない……』  
 
「やれやれ、このチケット代は経費では落ちないんだろうな。ちくしょうめ」  
 代金の欄にうんざりするくらいゼロが並んだ航空チケットを睨みながら、俺は頭を抱えた。  
 今の時代、化石燃料の枯渇だとかで、燃料サーチャージ料金が恐ろしく上乗せされた航空便は、  
もはや庶民の移動手段とはかけ離れた存在となっている。  
俺も職務以外では絶対に使いたくはなかったんだが、闇高野の総本山がある京都に向かうには、  
時間的にこれがベストなのだから仕方がない。今は財布の中身よりも時間の方が大切だ。  
 倉庫で刺激的な一夜を過ごした翌朝、何とか警察に見つからずに隣県に脱出できた俺とG氏は、  
真っ先にこの空港へ向かった。目的地は闇高野総本山――そこにいる大僧正なら、  
ルイを捕まえる事ができるかもしれないというG氏の言葉を信じて、  
ついでに警察の追跡から隠れる為に、今からそこへ向かうわけだが……  
「何で女はトイレ1つに、こんなに時間がかかるんだ?」  
 人の数がまばらなのをいい事に、俺は空港のロビーにあるソファーのひとつを占拠してふんぞり返っていた。  
 『ちょいと花摘みに行ってきますわ』の言葉を残して、G氏が女子トイレに消えてからもう10分近く経つ。  
まぁ盲人なのだから、用を足すのにもある程度時間がかかるのは仕方ないだろう。  
とはいえ、今は情況が情況だから、あと2・3分過ぎても戻ってこないのなら、  
受付のねーちゃんを呼んで様子を見てもらうとするか。  
 そんな事を考えつつ、大あくびしながら仰け反った俺は、  
「んぁ?」  
 視界の片隅に“それ”を見つけた。  
 車椅子に乗った青い毛布の山――初見の印象はそれだ。  
よく見れば、それが教会のシスターが着るような青い修道服を着た人物であると分かるが、  
何せ頭をすっぽりと覆うフードに指先まで隠す長い袖、そして足先も見えないロングスカートまでもが、  
異様にブカブカでゆったりとしたものなので、遠目には本当に毛布の山にしか見えねぇ。  
 そんな青い毛布が車椅子で受付に続くスロープを登ろうとしているのだが、勾配が急なのか四苦八苦しているようだ。  
周囲の人間は忙しいのか薄情なのか、誰一人手伝おうとせずに通り過ぎていく。  
「ちっ」  
 俺は舌打ちを残してソファーから立ち上がると、あくびを噛み殺しながらスロープに向かった。  
面倒臭ぇが、見ちまったものは仕方がない。これでも一応は公僕だからな。  
「きゃっ」  
 無言で後ろから車椅子を押すと、青い修道服を着た人物は小声で可愛い悲鳴を漏らした。  
背後からではよく分からないが、若い女らしい。  
「受付まででいいですか?」  
「あら、申し訳ありません。お心遣いに感謝しますわ」  
 こちらに顔を向けてぺこりとお辞儀する女の顔は、フードで目元が隠れているが、  
その僅かに覗く口元だけでも、相当な美人である事が想像できた。  
真紅のルージュが色っぽいぜ。こりゃ役得だったな。  
 
 しかし、そんな美人をさっき誰も助けようとしなかったのは、その異様な身体のシルエットが理由なのかもしれない。  
遠目ではよく分からなかったが、指元まで隠す長い袖と床に引き摺るほどのロングスカートは、  
何か異常な形状に内側から膨らんでいた。  
尋常な人間の手足とは全く異なる何かを、無理矢理修道服の中に押し込めたような感じだ。  
どうやら四肢が欠損したとか動かないのではなく、奇形化しているタイプの障害者らしい。  
車椅子に乗っているのもそれで納得できた。  
「障害者の方なら、空港職員に言えばトランスポーターサービスを無料で受けられますよ」  
「あら、そうでしたの。この国に来たのは初めてなので、勝手がわからなくて」  
 外国人か。確かに首元から見下ろせば、  
修道服の上からでも、その日本人離れしたサイズの爆乳の片鱗が見て取れた。  
お、よく見れば谷間もちゃんとわかるぞ。よっしゃ、やっぱり役得だったな。  
 そんな風にニヤニヤしながら爆乳を鑑賞しているうちに、車椅子はスロープを登りきっていた。  
目の前はもう受付だ。再び、爆乳修道服が頭を下げる。  
「ご親切にどうもありがとうございます」  
「いや、お安い御用ですよ」  
「それだけご親切なお方なら、さぞ『邪神』からも慕われるのでしょうね」  
「!!」  
 俺は何の躊躇もなく車椅子を蹴り倒し、懐に隠し持っていた銃を構えようとして――できなかった。  
 車椅子を押す姿勢のまま、俺の体は完全に硬直していた。  
銃を構えるどころじゃねぇ、指1本動かせず、呻き声も漏らせない。  
よく見れば受付の職員も他の通行人も、時間が止まったかのように動かないでいる。  
 何だこれは!? 何が起こった!?  
「私の車椅子を押している時も、拳銃をこっそりと突きつけてましたわね。私、そういう御方は好きですわよ」  
 きこきこと車輪を軋ませながら車椅子を超信地旋回させて、蒼い修道服の女が俺の正面を向く。  
「初めまして。緋硯 鯨人様ですわね」  
 その爆乳の谷間に、修道服の上から1枚の蒼い羽根――猛禽類の風切り羽根――が差し込まれているのを見て、  
俺はなぜかゾっとした。  
 真紅のルージュが妖艶に歪む。  
「バチカン特務退魔機関『テンプラーズ』所属退魔師、シスター・シャンテと申します」  
 ゆらり、と風切り羽根が揺れた。  
 
 
 続く  
 

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