「だからどうしてそうなるんですか!」  
 それぞれがきびきびと働き、活気ある職場に怒声が響く。  
 郵便物を届けに来ていたメッセンジャーはびくりと身をすくませたが、ほとんどの人間はもう慣れっこになってしまっていて、そちらを見ようともしない。  
 銀色のフレームの眼鏡をかけた女性が受話器をに向かって怒りを露わにしている。怒鳴るたびに、アップにして纏めてある髪が僅かに揺れた。  
 声の主は黒山美春、三十ニ歳。バリバリの、という言葉が似合いすぎるほど似合うキャリアウーマンである。  
 新しい分野に進出しようとしている会社からプロジェクトチームのリーダーに大抜擢を受け、同時に部長に昇進した。ちょうど六ヶ月前にこの二十名からなるチームを編成し、指揮を取っている。  
 その若さと女性であるということから、一部の口さがない社員からは体で地位を手に入れた。などと言われることがあるが、ほとんどの人間からはどう考えてもそんなことはありえないという返事が返ってくるだろう。  
 確かに美春の凛とした美しさは社内でも一番といって良く、入社したての頃、社内のアンケートで美人ナンバーワンに選ばれたこともあった。  
 しかし、その美貌と同じぐらい性格のキツさでも有名なのである。  
 前述のアンケート結果を美春に報告したところ、  
「ありがとうございます。でも仕事には関係ないですね、外見より中身で評価して下さい」  
 という痛烈な言葉が返ってきたのが代表的な例だ。その翌年から今まで、彼女は社内で一番の美人と、一番キツイ女のニ冠を守り続けている。  
 他にも上司の指示に反抗することは数知れず。その場合、必ずより優れたプランを提出するので、彼女を叱ることもできない。  
 また、新人を怒鳴りつけて教育している彼女の姿は春先の風物詩となっていた。  
 そんな性格で、さらに女性にもかかわらず、コネも無く三十ニ歳という若さで部長の地位まで昇り詰めたのは、彼女の積み上げた実績が素晴らしいものだったからだ。ここ数年の会社の大きな業績にはほとんど彼女が絡んでいる。  
「お話が違います」  
 電話の相手が約束を反故にしたのだろう。美春の眉がみるみる吊り上がる。怒りの表情は美春の美貌のせいで、より凄絶に見える。  
 
「わかりました。そちらがそのようなお考えなら、こちらにも考えがあります。それでは失礼します」  
 あくまで冷静に電話を切ると、美春は部下の一人を呼びつけた。可愛そうに、自分に対する怒りでは無いとわかっているものの、美春のしかめられた眉が部下に緊張を強いる。  
「早急にこの部分を見直しておいて。バカのせいで今までの成果がおじゃんよ」  
 書類を手に簡潔に命令すると、美春は相手の返事を待たずに手元の資料に目を通し始めた。  
 勤務中に、彼女が食事とトイレ以外に休憩を取っているのを部下達は見たことが無い。  
「部長。ちょっといいですか?」  
 誰もが機嫌の悪い上司に近づこうとせずに自分のデスクで仕事をしている中、一人の若い男が呑気な口調で美春に話しかけた。  
 美春がチラリと目を上げると、山中が立っていた。  
 美春はこの男をあまり好きではなかった。  
 山中は美春が選んでチームに加えた人間ではなく、社長の命令で入ってきた人間で、言われたことはそつ無くこなすが、どうにもやる気というものが感じられない男だったからだ。  
「給料分の働きはします。それ以上は疲れるだけなんでしません、もっと楽しいことがありますから」  
 が口癖の、のらくらした人物だった。  
 美春は、自身がそうであるように、真面目で、一生懸命な人物が好きだった。それだけに、仕事はこなすだけという山中の態度が受け入れられなかった。  
「例の件ですがなんとかなりました」  
「わかったわ。ありがとう」  
 感謝の言葉を述べているものの、美春の表情は相変わらず機嫌の悪いままだ。  
「いやいや、どういたしまして仕事ですから」  
 女上司のそっけない態度にもまったくこたえた様子が無い。  
 それどころか、周りの人間がぎょっ、とするようなことを言い出した。  
「あんまりぴりぴりしてると皺が増えますよ。もっと笑顔でいましょうよ、せっかく綺麗なんですから」  
 美春のこめかみがピクリと動く。  
 
「よけいなお世話よ」  
 冷たく言い捨て美春は再び資料に目を戻した。もう山中をちらりとも見ない。クールビューティーの面目躍如である。  
 山中がデスクに戻ると隣の席の仲間が小声で喋りかけてきた。  
「お前、相変わらずだな。キレてる部長にあんなこと言えるのお前だけだよ」  
「そうですか? 普通だと思いますけど。せっかくの美人が台無しだと思いませんか?」  
 笑いながらぬけぬけと言ってのける。  
「その若さでそんだけ言えたらお前出世するよ」  
 呆れた顔をして同僚が仕事に戻った。  
 
 十分程して、ようやく美春の怒りが収まった頃、美春のデスクの電話が大きな音で鳴り出した。  
 書類に走らせていたペンを止め、美春が受話器を取り上げる。  
「もしもし、黒山です。これは……いつもお世話になっております。どうかなされましたか?」  
 どうやら上役からの電話らしい。突然、丁寧に挨拶していた美春の表情が硬いものになる。  
「……は!? それはどういうことでしょうか? お待ち下さい、詳しい話を……。もしもし、もしもし!」  
 珍しいことに美春が取り乱していた。音をたてて椅子から立ちあがると返事の無い受話器に向かって何度も呼びかけている。  
 何度か呼びかけた末に、諦めたのか口を閉ざすと美春は呆然と受話器を握り締めて立ち尽くした。部下の視線が棒立ちの美春に集まる。  
「そんな……?」  
「部長、どうかされましたか?」  
 美春の動向を部屋中が見守っていたが、相変わらずの呑気な口調で山中が美春に声をかける。  
「……え? ああ……そうね。私はちょっと出かけてくるから、みんなは仕事を続けてちょうだい」  
 口早にそう言うと、ヒールをカツカツ鳴らしながら部屋を飛び出して行ってしまった。  
 
 美春の姿が見えなくなったとたん、職場のそこかしこで上司の急変について囁き合いが始まる。  
 同僚達が様々な憶測を交換している中、ひとり山中だけはその輪に加わらずぼんやりとコーヒーをすすっていた。  
 
 一時間後、誰の目にも明らかなほど憔悴し切った美春が帰って来た。  
 なにがあったのか気になるが、あまりの姿に誰もが声をかけるのを躊躇っている。  
「……すまないけれど、誰かコーヒーを貰えるかしら」  
 美春の言葉は空しく沈黙に吸いこまれていった。  
 誰もが異様な雰囲気の中で動けずにいた。と、山中が無礼にも自分が飲んでいたカップを差し出す。  
 美春はそのことを怒りもせずに、一口コーヒーを飲むと、感謝と共にカップを返した。  
 それを受け取りながら、山中が沈黙を破る。  
「なにがあったんですか?」  
 そして、その場にいる全員が今一番知りたいことを口にする。  
「なにがあったかですって?」  
 美春が少し声を荒げて応えた。  
「そうね、みんなにも説明しないと。ちょっと仕事中断してもらえるかしら」  
 微かに震える声で部下に呼びかける美春。  
 しかし、そんな呼びかけをするまでもなく、美春が戻ってきた時点で誰もが仕事を放り出していた。  
 部下の注目が集まるのを待つというより、自分が落ち着く時間が欲しかったのだろう。少し間を置くと、美春はゆっくりと口を開いた。  
「……発注にミスがあったらしいの。そのせいで商品が間に合わなくなって、明後日のイベントにはもうとても間に合わなく……」  
 声の震えは徐々に大きくなり、最後の方はもう言葉になっていない。  
 
 今にも倒れそうな美春に部下達から矢継ぎ早に言葉が浴びせられる。  
「ちょ、ちょっと待って下さい! そんなバカな!?」  
「そうです!そんなわけないですよ!」  
「なんとか言って下さい部長!」  
「そんなミスがあるわけないですよ。何度も確認したし、最後には部長自らがチェックしたじゃないですか!」  
「このプロジェクトがそんなつまらないミスで終わりですか!?」  
 部下の悲鳴を聞きながら、美春は唇を震わせてただ黙っている。  
 美春には今回の件が決して自分達のミスなどでは無いことがわかっていた。  
 間違い無く、自分を疎ましく思っている上司の一人の仕業に違いない。そうでなければなんの関係もない上役からそのような発注ミスの話を聞かされるわけがない。  
 女だてらにこの性格だ。敵が多いことは知っていた。  
 それでも利益をあげれば、頑張っていれば、誰も文句は言えないと思っていた。  
 しかし……ここまでされる程、自分は憎まれていたのか。  
 おそらく今回の失敗で自分は首になってしまうだろう。数十億の損失だ、間違い無い。  
 他人に陥れられて首になることが悔しかった。  
 自分についてきてくれた部下に申し訳無かった。  
 美春は歯を食いしばり涙を堪える。  
「……ごめんなさい」  
 ぽつりと呟いた瞬間、耐えきれなくなった涙が一粒零れ落ち、美春のハイヒールのつま先に染みをつくった。  
 それを見てわめき散らしていた部下達も一斉に押し黙る。  
 絶望的な空気が部屋中に蔓延した。  
「……こんなことで」  
 誰かがうめくと、糸が切れた操り人形のように、がくんと椅子に崩れ落ちた。  
 その横の人物はなにも言わずに、黙って足元を見詰めている。  
 それぞれがそれぞれのやり方で、耐えていた。  
 そんな中、出し抜けに場違いな明るい声が室内に響いた。  
「まだ大丈夫ですよ。給料分働きましょうよ」  
 
 美春はぽかんとした顔で声の主である山中を見詰めた。  
「……なんですって?」  
 かすれた声で尋ねる。  
「まだ今日と明日。それに当日の午前もあるんだし、なんとかなります」  
 呑気な声で返事が返ってきた。  
 その落ち着いた声はは美春の神経をひどく苛立たせた。  
「なんとかなるわけ無いでしょ! たった二日でなにができるというの!? 今更どうにもならないわ! もうこのプロジェクトはおしまいよ!!」  
 美春が感情を剥き出しにしてわめき叫ぶ。今まで怒ったことはあったが、あくまで理性的にやってきていた。部下の前にこんなみっともない姿を晒すのは初めてだった。  
 事態についていけず、混乱が辺りを支配する。  
 冷たいキャリアウーマンの仮面が割れて、黒山美春という女性が感情のままに手近の机を叩いた。数人の部下が肩をびくりと震わせる。  
「こんなつまらない妨害に負けて諦めるんですか?」  
 美春を見据えて山中が静かに、しかし力強く言う。  
 美春が口にしていないはずの何者かの妨害のことを山中は知っているらしい。  
 しかし、それに気付くことなく美春はぼろぼろと涙を零す。  
 絶望的な本人の意思とは関係なく、涙は美春の整った顔を儚く輝かせていた。  
「あなたに何がわかるの!? 諦められるわけ無いじゃない! 一番悔しいのは私よ!! 半年も前から準備してきて! こんな結果なんて納得いくわけない!!」  
 ぱしん! 鋭い音が混乱した場を切り裂いた。  
 美春の頬へ、山中が平手を打ったのだ。  
 頬を抑え、うつろな目で自分を見詰めている美春に向かって山中が大声で叱咤する。  
「だったら諦めるな黒山美春!」  
 その声を聞いて、美春の目に僅かに光が戻る。  
「まだ時間はあります。なんで最後まで頑張らないんです」  
 言葉遣いをあらためて山中が美春に優しく語りかけた。  
「……そうね。あなたの言う通りだと思うわ」  
 完全に少し前の鋭さを取り戻して、美春は山中を見詰め返す。  
「ありがとう」  
 泣き止みはしたが、いまだ潤んでいる瞳で見詰められて、山中はどぎまぎとうろたえた。  
「い、いえ、そんな。失礼なことをしました」  
 
 美春は顔を上げにっこり微笑むと、凛とした声で呆然と成り行きを見守っていた部下達に語りかける。  
「ごめんなさい、取り乱したところを見せました。いまからでも諦めないで少しでもなんとかしようと思います。こんな上司だけどついてきてくれる人、私を助けてください」  
 言い終えると、深々と頭を下げた。  
 プライドの高い美春が助けてくれなどと言うと思っていなかった部下達は、一瞬驚き、次いで歓声をあげた。  
「なにを言ってるんですか。やるに決まってますよ!」  
「部長にそうまで言われて助けないなんて男がすたります!」  
「あら、女だってすたるわよ!」  
「ここまで頑張ったんですからやるだけやってみましょう!」  
「大丈夫ですって、あの黒山美春のプロジェクトですよ!」  
 沈痛な雰囲気が、がらりと変わり今まで以上の活気が溢れ出した。  
 今度は喜びの涙を目尻に浮かべながら美春は部下に恵まれたことを感謝した。  
「ありがとう、みんな。でも今からが大変よ。頑張りましょう」  
 その言葉が合図になり、それぞれが忙しく動き始めた。  
 ある者はカバンを持って部屋を飛び出し、ある者は電話をかけまくり、また別のある者はパソコンを操作し始めた。   
 誰もが食事をすることも忘れ、不眠不休で、自分の限界以上の力を出し働いた。  
 中でも山中の働きは凄まじいの一語に尽きた。  
 今までの勤務態度が嘘だったかのように猛烈な勢いだった。  
 美春が驚くほど的確に指示を出し、自分も動き回ったかと思うと、どのようなコネがあるのか不思議なぐらい幅広い人脈から様々な人間に連絡を取り、様々な事態に対処した。  
 最後には美春までが山中の指示で動いていたようなものだ。  
 
 
 イベント当日。午前九時。  
「……はい。まことにご迷惑をおかけしました。本当に今回の件では感謝のしようもございません。ありがとうございました。はい……はい。ありがとうございます。それでは失礼いたします」  
 全員が静かに注目する中、美春が受話器を置いた。そして大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出した。  
「……お疲れ様、みんな。なんとか間に合ったわ。本当にありがとう」  
 美春が心からの感謝を述べる。少しやつれているものの、その美貌は損なわれるどころか、妙な色気を漂わせていた。  
 部屋中で喜びの声が聞こえ、お互いの健闘を称え合っている。  
 山中が軽口を叩いた。  
「なんとかどころか、イベント開始まであと四時間も余ってるじゃないですか」  
「違うわ、山中。もう四時間しかないのよ。まだやることは山ほどあるわ」  
 時間が無いという言葉とは裏腹に、美春は不適な笑みを見せる。  
 幸運にも凛々しい笑顔を目にすることのできた数人の部下は、そのおかげで疲れが吹き飛んだ。  
 自分の魅力の及ぼした結果に、まるで気付かないまま美春が言葉を続ける。  
「イベントはまだ始まってもいないわ。今日は休憩なんてできないと思うけれど、みんな頑張りなさい!」  
 一番疲れているのは自分だろうに、気丈に部下を激励する姿は、戦女神のようだった。  
 
 
 その日の夕方。無事にイベントも終了し、撤収作業の指揮を取っていた美春のもとに社長以下重役達がやって来た。  
「良くやってくれた黒山君」  
「いえ。任された仕事を果たしただけですから」  
 社長の言葉に美春が頭を下げる。  
「いやいや、そうは言っても君ほど仕事のできる人物がわが社に何人いることか」  
「ありがとうございます」  
 再び深く礼をし、姿勢を正すと美春は重役の一人をきつく見据えた。  
「ですが私だけの力ではありません。支えてくれた部下達のおかげです。その上こちらの井沢専務には大変お世話になりましたから」  
 そう感謝の言葉を口にした美春に何人かの重役は目を見張った。  
 井沢は美春のことを、女が仕事にでしゃばるな。と毛嫌いしていた人物だったからだ。それゆえ二人は犬猿の仲として社内で知られていた。  
 礼を言われた当の本人、井沢はというといきなり挙動不審になった。  
「そ、そうかね、礼にはおっ、及ばんよ。く、くっ黒山部長もよくやったた」  
 しどろもどろになって、せかせかと手にしたハンカチで額を拭う。  
 その様子を見て察しのいい幾人かは、井沢が何らかの妨害工作を行なったことに感づいた。  
 美春の眼鏡のフレームがキラリと光を反射した。  
「ぬけぬけと! よくもそんなことが言えたわね!!」  
 ピシャリと美春の平手が井沢の頬に突きさる。室内に響き渡った音に撤収作業をしていた社員達の手が止まり、一斉に目が音のした方に向けられる。  
 突然のことに重役達は誰も美春の無礼を咎められず、事態を見守ることしかできなかった。  
「今後、私に、私のチームに今回のようなことをなさったら、どんな手段を取ってもあなたを潰させて頂きます!」  
 激しい口調で、へたり込んでしまった井沢に怒声を浴びせかける。そのまま他の重役達に艶然と微笑み、失礼します。と、一礼して作業に戻っていった。  
 この話は後に、この事件を目撃していた社員達によって社内に広められ、美春の鉄の女伝説の一翼を担うことになる。  
 
 
 イベントの翌々日、プロジェクトチームの面々は盛大な打ち上げを行なっていた。  
 酒と自分達の成し遂げたことに酔い、大騒ぎをして。  
 一次会が終わり、そのままの勢いで二次会になだれ込もうとしたとき、美春はそれを丁寧に辞退し、打ち上げの幹事に少なくないお金を手渡すと言った。  
「ごめんなさい。ちょっと片付けないといけない書類があるのを思い出したの。みんなは私の分も楽しんでちょうだい」  
 引きとめる部下に笑顔で謝りながら美春は去ってしまった。  
 麗しの上司がいなくなったものの、部下達の熱気は冷めることなく、大声で騒ぎながら二次会の会場へと流れていく。  
 
「……ふぅ」  
 美春は誰もいない職場に戻り、暗い部屋に明りを灯す。  
 自分のデスクにつくと美春は大きく溜息をついた。シャツのボタンを一つ……二つ外すと首筋をさする。  
 背もたれに体重を預けだらしない格好で、ギシ。と椅子を軋ませる。再び大きく息を吐くと、そのままぼんやりと窓の外を見詰めた。  
 疲労だけが全身を包んでいる。  
「私はなにをしているのかしら……」  
 いつもなら今ごろは疲労と共に心地良い達成感を感じているはずなのに。  
 眼鏡を外して目元を指で押さえると、くにくにと軽くマッサージをする。  
「女だからって舐められないように頑張ってきたのに、そのせいで妨害されるなんて……。挙句の果てに部下の前で泣き喚いて……」  
 努力すればするほど敵が増えて、陰口を叩かれ、女としても見てもらえない。社内の人間関係は良くて上司と部下、他はライバルで頼れる同僚なんてどこにもいない。  
 
「疲れたな……」  
 会社に向かう途中で買っておいたメンソールの煙草を取り出すと、乱暴にパッケージを開け、一本口に咥える。  
 メンソールの香りが鼻先を掠めたところで気がついた。  
「あ……火がない」  
 ここ数年、禁煙していたせいでライターを持っていないことを忘れていた。  
 マッチでもいいから火を点けるものがないかと引出しを乱暴に開け閉めしたが、そんなものが出てくるわけもない。  
「なにをしてもだめね」  
 美春は寂しげに呟いて机に突っ伏した。  
「火ならお貸ししますよ」  
 突然自分に降ってきた言葉に驚いて頭を上げると、そこには男が立っていた。  
「なっ! 誰かいるの!?」  
 自分しかいないと思っていたところに、予想外の侵入者が現れたせいであたふたしながら眼鏡を掛ける。自分の心臓の音が聞こえるほどうろたえながら、美春は乱入者が山中であることを知った。  
「山中! な、なんであなたがいるのよっ?」  
 うろたえる美春を尻目に、山中は行儀悪く同僚の机に腰掛けながら話しかけてきた。  
「部長って目、悪いんですか? 部屋に入ってもなんの反応もなかったんで無視されてるのかと思いましたよ」  
 美春の問いには答えず勝手なことを喋っている。  
「目はあんまり良くないけど、気付かなかったのは考え事をしてたせいだと思うわ。……そうじゃなくて、どうしてあなたがここにいるの? 答えなさい」  
 誤魔化されそうになって、ついつい美春は詰問調になってしまった。  
 それを気にした様子もなく山中は相変わらずの呑気な口調で応える。  
「いやあ、明日ちょっと用事があるもので二次会は遠慮させてもらいました。で、ちょっと忘れ物したことに気付きまして、取りに来たんです。そしたら部長がいたわけです。部長こそ書類は片付けなくてもいいんですか? あ、火どうぞ」  
 美春は山中が差し出したライターに顔を近づける。その動きを見届けてから山中は脇にあった灰皿を美春の前に差し出した。  
 
「……ふぅー」  
 ゆっくりと紫煙を吐き出すと、美春は目の前にいるつかみどころのない男の顔を眺める。  
 おそらく、この男は自分に片付けなければならない仕事など無いことがわかっているのだろう。  
 山中は机に腰掛けたままにこにこした顔をしている。  
 黙ったまま自分の喫煙姿を見詰められて、美春はなんだか恥ずかしくなってきた。  
「あまりじろじろと人の顔を見るのは止めてもらえないかしら」  
「あ、これは失礼しました」  
 まったく反省した様子もなく、山中は口先だけの反省の言葉を述べた。  
「あんまり似合ってたものでつい。美人が煙草を吸うのは絵になりますね」  
 続けて、歯の浮くようなセリフを並べ立てる。  
「……」  
「なんとか言ってくださいよ。寂しいじゃないですか」  
 たわごとを無視して短くなったタバコを灰皿に押しつけると、あらためて美春は目の前の部下を見遣った。  
「……山中、あなたって変よ」  
「そうですか?」  
「そうよ」  
「はあ」  
 そんなことないと思うんだけどな。山中が首を捻りながらぶつぶつ呟いている。  
「ま、それはそれでいいです。僕もここに来たとき結構失礼なこと思いましたから」  
「なにが?」  
 会話の流れで尋ねただけだったのだが、それだけはちょっと。と妙に隠されるので美春はつい意地になってしまった。  
「部長命令よ。なにを思ったのか、きちんと言いなさい」  
「それはないですよ」  
「命令よ、山中」  
 怒らないで下さいよ。そう前置きして山中は喋りだした。  
 
「あのですね。部長もやっぱり人間なんだなって思ったんですよ」  
「私はれっきとした人間のつもりなのだけど」  
 ピクリと眉を上げた美春を見て、少し後ずさりながら山中が泣き言を言う。  
「怒ってますよね?」  
「怒ってないから続き、話しなさい」  
「絶対怒ってますよ、その顔。いや、はい。続けます。入ったとき部長が椅子でだれてるの見てそう思ったんです。部長っていつも厳しい顔してあんまり笑わないし。こう、結構キツイ物言いじゃないですか」  
 こっちが部下だから当たり前なんですけど。山中は誤魔化すように笑って見せた。  
 美春は少し寂しげに呟いた。  
「そう……やっぱりそんな風に思われてるわよね」  
 目を伏せてしまった美春を見て、焦ったのか。山中は横に置いたまま忘れていたビニール袋を持ち上げ言った。  
「これ、どうですか?」  
「それは?」  
 顔を上げた美春が当然の疑問を口にする。  
「あのですね。家に帰ってから飲もうと思って買ったビールです。飲みませんか?ちょっと温くなってるかもしれませんけど」  
 山中はビニール袋をがさがさいわせて缶ビールを取り出して見せた。  
「けっこうよ……いえ、やっぱり貰おうかしら」  
 職場でお酒なんて。一度そう思ったが、続けていた禁煙を破ったのだ。今日はもう、なんでもありだ。そう考え直して缶を受け取る。  
 自分で進めておきながら、美春の行動が予想外だったのか、山中が少し驚いた顔をしているのが見えた。その様子が美春の頬を少し緩ませる。  
 プシッ。気持ちのいい音を鳴らすと、なにも言わずにそのままごくごくと一本飲み干してしまう。  
「ぷはぁーっ」  
 普段からは想像もできない美春の姿を目の当たりにして山中は目を丸くした。美春が空き缶をデスクに置いたのが見えると、慌てて自分の手にしていた缶を差し出す。そうしてから自分の分をあらためて袋から取り出す。  
 
 美春とは違いゆっくりと缶に口をつけた山中が呆然と口にした。  
「……凄いですね。お酒強いほうでしたっけ?」  
「弱いほうよ」  
 言った美春の頬はもうピンクに染まっていた。心なしか目もとろんとしている。その様子が山中には自分を誘っているように見えた。  
 自分の勘違いだとわかっていても、山中は美春の色香に絡め取られそうになった。それを必死の思いでなんとか自制する。  
「だったらダメじゃないですか、そんな飲み方したら」  
「私にだって酔いたいときがあるのよ」  
 美春がじろりと山中を睨む。  
 敬愛する上司に悪酔いの兆候が出ているのに気付いた山中は、飲ますんじゃなかった。と、内心で後悔する。  
「そうですか」  
 何気なく言ったその言葉が美春の気に触ったらしい。いきなり缶が飛んできた。幸い中身はすでに空だったものの、見事山中の額に命中する。  
「痛っ! いきなりなにするんですか」  
 山中がおでこを押さえて喚く。  
 その様子を見た美春は席を立つと、つかつかと被害者に歩み寄っていく。机に座ったまま自分の顔を見上げている山中のネクタイを掴み、むりやり引っ張ると互いの顔を近づけた。  
 女上司の瞳の中に自分の顔が見える。年上の美女から漂ってくる淡い香りを感じてどぎまぎしてしまい、山中はなんの反応もできない。  
「ずっと……ずっとそんな風に私のことをバカにして適当にやってたのね!」  
 美春が薄く口紅の塗られた唇を噛み締めて、自分の部下をなじった。  
「はっ?」  
 間抜けな声が出た。酔っ払いが相手とはいえ、なんのことやらさっぱりわからない。  
「仕事のことよっ! どうしてあんなにできるのに最初からその力を発揮しなかったのよ! どうせ……傲慢女がボス猿みたいにいい気になってるとでも思って全力を尽くさなかったんでしょう!!」  
 
 目を潤ませながら詰め寄られて、山中は自分が誤解されていることを知った。そんなつもりはまったくなかった。なんとか誤解を解こうと口を開こうとする。  
「部長……」  
「うるさいっ! 私を仕事が生きがいのつまらない女とでも思っているんでしょう!?  
 お堅いキツイ女だって思ってるんでしょう!? 扱いづらい女だって思ってるんでしょう!? 私だって……私だってね、もっと他の可愛らしい生き方がしたかったわよ! でもこんな生き方しかできないんだから仕方ないじゃない!」  
 美春は叫びながら山中を乱暴に突き飛ばした。バランスを崩した山中は机から落ち、そのまま一歩、二歩とたたらを踏んだ。突き飛ばした勢いで美春自身も力無くヨロヨロとあとずさる。  
「……もう……疲れたわ」  
 今までの絶叫とは一転して、言葉を搾り出すと、美春はずるずるとその場にへたりこんでしまった。  
 そのまま、一筋、頬に涙を流すと、うつろな顔で身じろぎもしない。まるで抜け殻のようになってしまった。  
 こんな姿になられるのなら、まだ泣き喚かれるほうがましだった。  
 数日前に見た泣き顔よりも、涙の量は少なかったが、今のほうが遥かにつらそうだと山中は思った。  
 なんとか誤解を解き、慰めたかったが、なにを言っていいかまるで思いつかない。ただぼんやりと黙って、今にも消えてしまいそうな自分の上司を見下ろす。  
「……あの」  
 結局、なにもいい言葉は思いつかなかったが何かしたくて一歩踏み出し、美春の肩に手を伸ばす。  
 あと一歩で、というところで美春がのろのろと立ち上がった。  
 伸ばした手を戻すこともできずに、山中は美春を見ている。  
「……ごめんなさい。取り乱して自分の能力不足を棚に上げてあなたをなじったりして。ちょっと色々考えちゃって」  
 お酒も入ってるしね。そう言うと無理やり笑顔を作る。  
 あまりに痛々しい笑顔で見ていられない。山中は思わず目を逸らした。  
「いえ……そんなこと」  
「本当にごめんなさい。あとで缶ぶつけちゃったとこ見せてもらえるかしら。手当てしないと」  
 
 美春は重ねて謝ると、くるりと背を向けてデスクの上の煙草を手に取ろうとした。しかし手が震えているのか、掴んだと思ったら指から零れ落ちてしまう。  
 山中の位置からは美春の顔は見えず、取りこぼされて転がるタバコが見えるだけだ。  
 表情がわからなかったが、きっと、なんの感情も現していない。きっと先程の抜け殻のような顔をしているのだろう。と山中には妙な確信があった。  
 何度か繰り返されるその光景を見ているうちに、山中は心の中に我慢できないなにかが沸きあがってくるのを感じた。  
 そして、そのなにかに突き動かされるまま、背を向けている美春を後ろから抱きしめた。  
 以外、と言っては失礼か。山中は美春の華奢な腰に驚いた。こんな細い体で一人きりで耐えていたなんて。  
 美春が身を固くするのが抱きしめた腕から伝わってくる。  
「山……中?」  
 自分への呼びかけを無視して黙ったまま、腕に力を込める。  
「離しなさい山中」  
 振り向かず、厳しい口調で命令する美春。しかし、山中は離そうとしない。  
「……離しなさい」  
 怯えるような震える声で言う。  
「嫌です、離しません」  
 ようやく山中が言葉を発した。  
「お願い……離して……」  
 それはもはや命令ではなく懇願だった。  
「少しは自分以外の人間を頼ってください。お願いします」  
 上司を包み込み、髪の毛に顔を埋める。  
「優しくしないで。よけいに惨めになるわ」  
 そのまま体を預けてしまいたい自分に逆らって、美春は自分を抱きしめている手を振り解こうとする。  
 今の美春にはそれだけの動作がひどくつらかった。  
「こんなときに言うのは卑怯かもしれないですが、もう我慢できません。部長。好きです」  
 美春の体がびくりと大きく震える。  
「……年上の女をからかわないで」  
 山中の決死の告白に返ってきたのはあくまで上司を装った、冷たい声だった。  
 それを無視して山中は言葉を続ける。  
 
「最初はなんとも思っていませんでした。社長命令だったからチームに入っただけです。でも、必死で頑張る姿を見ているうちに、だんだんあなたを追いかけている自分がいました。  
つらいこともあるだろうに僕達部下にはそれを見せず、気丈に振舞っているあなた。一人遅くまで残って仕事を続けるあなた。成果が上がったときに少し照れ臭そうに微笑むあなた。不器用だけど部下思いのあなた。  
からかってなんかいません、僕はあなたが好きです」  
 そこでいったん言葉を切ると、ゆっくりと息を吸う。喉がざらついて声が出ない自分にイライラする。  
「僕があまり好かれてないことは知っています。力を隠すようなまねをして、自業自得ですね。だから、僕を頼ってくれとは言えません。でも、誰でもいいですから……頼る相手を見つけてください。傷付けられたまま一人で立ち続けるあなたを見ているのは、つらすぎます」  
 なんの反応も示さない美春。山中はゆっくりと手を解くと、かすれた声で失礼しますと言った。そのまま立ち去ろうと美春に背を向け、歩き始めたとき。  
「どうして……」  
 美春の声が背中ごしに聞こえた。  
「どうして、僕に頼れっとは言ってくれないの……」  
 山中はぴたりと歩みを止めた。それでも振り返ることができない。  
「……僕にはその資格はないですから」  
 きつく拳を握り締めながら、泣きそうな顔で呟いた。山中は今の顔が美春に見えないのが責めてもの救いだと思った。  
「資格なら……あるわ。……私もあなたが好きだもの」  
 予想外の言葉に、山中は驚いて振り返った。そこには自分以上に驚いている美春がいた。  
 どうやら自分の言葉に驚いているらしかった。  
 美春はもはや、年上の上司でも、キャリアウーマンでも、冷たい男勝りの女でもなかった。ただの黒山美春が立っていた。  
 それに構わず、山中は駆け寄ると今度は正面から美春を抱きしめる。突然のことに笑顔もつくれない。  
 美春も人形のようにただ山中に抱き締められた。  
「本当ですか? ずっと嫌われてると思ってました」  
 
「私も気に入らない男だと思っていたわ」  
 え? という顔を山中がする。つい先程の言葉とまるで矛盾する。  
「でも、今自分で言って気付いたの。私はあなたが羨ましかったのよ、きっと。仲間と楽しそうに軽口を叩いているあなた。職場の雰囲気に気を使ってくれるあなた。仕事以外に楽しいことがあると言ってはばからないあなた。  
私には無いものばかりよ。だから羨ましくて、羨ましすぎて、嫌おうとしたのね」  
 棒立ちのまま自嘲の笑みを浮かべ、哀しそうにする。  
「部長……」  
「私はこんな生き方しかできないわ。意地を張って、虚勢を張って。こんな扱いづらい女だけどそれでも構わないの?」  
「構いません。そんな部長だから好きになったんです」  
 ようやく山中の顔に笑顔が現れる。  
「そう……ありがとう」  
 そのときになって初めて、美春からも山中の背に手がまわされた。  
 美春が山中の胸に顔を押し付ける。  
「……私もあなたが好きよ」  
 美春もようやく無表情な人形ではなくなり、今までの人生で一番優しく微笑むことができた。  
 そのまま、二人はただじっと抱き合っている。互いの温もりを感じながら。  
「部長」  
 山中が美春の耳元で囁いた。  
 吹きかかる息のくすぐったさを感じながら美春は顔を上げた。  
「目、閉じてください」  
 言われるままにまぶたを下ろし、唇を僅かに開いて、美春は緊張しながらそのときを待った。  
 しっとりと濡れた唇と、長いまつげの先にかすかに残っていた雫に引き寄せられるように、山中は顔を近づけた。  
「ん……」  
 静かに、唇が触れ合った。美春が山中を強く抱きしめる。山中もそれに応えるように美春を抱く腕に力を込めた。  
 この上なく柔らかく、甘い美春の唇を感じながら山中はそれだけで、今まで生きてきたことに感謝した。  
「……ん、あ」  
 僅かな隙間から美春の口内に舌が侵入して、甘い吐息を吐かせる。  
 
 最初は遠慮がちに、次第に情熱的に。山中が美春の口を蹂躙する。  
 されるがままになっていた美冬も、ぎこちなく自分の舌を一度だけ絡ませた。  
 ゆっくり唇を離し、互いを見詰め合う。  
「キス……しちゃったわね」  
「しちゃいましたね。部長の唇おいしかったです」  
 アルコールで軽く染まっていた美春の頬にさらに朱が重ねられる。  
 美春の年の割にすれていない、可愛らしい姿を見て山中が再び顔を近づける。  
 今度は先程よりも深く、甘いキスを。  
「あ、また……? んっ」  
 山中はなにか言いかけた美春の口を自分の唇でふさぐ。唇を吸い、舌を吸う。二人の口の中で舌が絡まり、唾液が混ざる。  
 遠慮してなのか、合わせるようなキスしかしない美春が、年下の自分を大人の余裕であしらっているように感じられて山中には面白くない。  
 舌同士を絡ませるだけでなく、歯を、歯茎を、唇の裏を、頬の裏を、口の中すべてを愛撫する。  
「ふぅん……んぅ、んぁ」  
 新しい部分に山中の舌が触れるたびに聞こえる桃色の声が、まるで山中を挑発しているようだ。  
 くちゅくちゅと淫靡な水音が、うねうねと求め合って動いてる唇の隙間から零れ落ちる。  
 自分から唇が離れていくのを感じた美春はそれを惹き止めようと、開いたままの唇の隙間から見えるように突き出した舌をちろちろと動かし、誘惑する。  
「はぁん」  
 囁くようなその声を聞いて、山中も舌を伸ばす。しかし、美春の口内には侵入せずに、艶々と光っている唇を舌でなぞる。  
 ゆっくりと、焦らすように唇を舐められて美春は、堪えきれずに切ない声を洩らした。  
「……もっと……」  
 自分があげさせた声に満足した山中は、美春の要求に応える。ちろちろと舌を動かし上司の唇を刺激した。  
 繊細な刺激に我慢しきれず、美春は愛しい部下に吸って欲しいと、自ら舌を突き出す。  
 
 山中は濃いピンク色に濡れ光っている舌を口に含むとちゅうちゅうと吸いついた。そのまま舌を辿るようにして、幾度目かのくちづけをする。  
 部下の激しい舌使いに影響されたのか、女上司もぎこちなさは残るものの、それゆえ情熱的に舌を使い始めた。  
「んむ、山中……ぁあ」  
 激しいディープキスのせいで唇の周りが互いのよだれだらけになり、綺麗に塗った口紅も台無しになってしまったがまるで気にならない。  
 美春は口の中に送られてくる愛しい男の唾液を、こくりとのどを鳴らし嚥下した。それは蕩けるように甘く感じられた。  
 舌が絡み合うたびに美春の頭にピンク色の霧がかかり、相手の舌を求めること以外考えられなくなっていった。  
 顔を動かし、攻守を入れ替え、何度も何度もキスをする。  
「っつ、はぁん」  
 ちゅぽん、という音が聞こえ、情熱的なキスが終わった。離れる舌から、つぅ。と糸が引かれる。  
 美春が舌を動かしその透明の糸を絡め取る。そうして、その舌でゆっくりと自分の唇を舐めた。  
 まぶたが半分ほど閉じて、うっとりとした目をしている。おそらく自分がなにをしているか、良くわかっていないのだろう。  
 あまりに淫らなその仕草は山中の欲望をさらに燃え上がらせた。軽くキスをすると唇から首筋にゆっくりと舌をずらしていく。  
 あごから首筋へ、ぬるぬると妖しく光る筋を残しながら舌が動く。  
 首筋に到達した山中は小刻みに舌を動かし、美春の白い首筋に快感を与える。  
「ひぁ……! 舌が、んんっ」  
 感じる部分を愛撫され美春が小さく悲鳴をあげた。  
 それに気を良くして山中は吸血鬼のように首筋に吸いついた。しばらくの間、そうしていたが突然柔らかい皮膚に歯を立てた。当然、血など出ないように軽く。  
「ひっ……」  
 敏感に反応する美春。長いキスで霧がかかったようになっていた意識が少し覚醒する。  
 
 首筋に噛みついている力がじわじわと強まっていくが、美春にはそれに抵抗しようという気がおこらない。  
 必死で山中にしがみつくことしかできないでいた。  
 ようやく首筋が解放されると、白かったそこには朱色のキスマークと歯型がくっきりと残されていた。  
 己の痕跡に満足したのか、山中は首筋から耳元へ顔を移した。  
 今度はすぐに口を近づけずに、軽く息を吹きかける。  
「んっ! はぁ……あ」  
 よほど敏感なのか、美春はそれだけで声をあげ、脱力したような声を出す。  
 耳たぶを甘噛みされて、複雑な耳のラインに舌が這わされる。すると美春のひざから一瞬力が抜け、かくり。と崩れ落ちそうになる。  
 山中が慌てて腰に回した手に力を込め、美春の体を支えた。  
 お返しとばかりに、山中に縋り付きながら美春も山中の耳朶を唇で挟み込む。  
 さすがに山中は崩れ落ちはしないものの、上司の息遣いを間近で感じ、愛しさがこみ上げてくる。  
 もう一度、耳朶を優しく刺激すると、山中は言った。  
「もう、我慢できません。します」  
 この状況で、この後することといったら一つしかない。美春は部下の意思表示に慌てふためいた。  
「だ、だめよ。ここがどこかわかってるの!? こんなところで……」  
 腕の中から逃れようともがき暴れる。が、しっかりと捕まえられてどうにもならない。  
「あなたが誘惑したんです」  
「そっ……そんな! 止めなさい、誰が来るかもわからないのに」  
「こんな時間に誰もきませんよ。それに、誰かきたら見せ付けてやります。僕の恋人を」  
「山中!」  
「こんなときまで部下扱いはよしてください。それにあれだけのことをしておいて……今更その気が無いとは言わせませんよ」  
 
 自分が洩らした、淫らな吐息を思い出したのか、美春の動きが今までよりも大人しくなる。  
 山中はその隙を突いて美春を抱え上げると、デスクに腰掛けさせた。そのまま書類やファイルが散らかるのも気にせず押し倒す。  
「あっ!」  
 美春が小さく声を上げる。ばさばさと色んなものが机から押しのけられた。  
 美春の肩の横に手をついて、山中が覆い被さってくる。  
「部長って、そこらへん甘いですよね」  
「なにがよ」  
「なんか、男慣れしてないって言うか。さっきもそうですよ。僕のライターで火をつけたとき」  
 美春はつい先程のことを思い返してみるがなにも思い当たることがない。  
 そんな美春の顔を見て、やっぱり違ったんですね。という山中の声が降ってきた。  
「あのとき、ライターの方に顔を近づけたでしょう? あのときボタンが襟元が開いてたもんで部長の胸の谷間が見えたんですよ。普段は絶対にそんなことないでしょう? 誘惑されたのかと思って焦りましたよ」  
 そう言えばあのときは、襟元をを緩めていた。それに気付き今更恥ずかしくなる。  
「別に照れなくてもいいじゃないですか。どうせこれから全部見られちゃうんだし」  
 山中は慌てて自分を押しのけようとした美春の手を掴むと、ゆっくりキスをした。  
 舌が絡み、口内が犯されていくと、次第に美春の手から力が抜けていく。  
 完全に抵抗する気が無くなった頃、美春の唇から山中が退いた。  
「あ……!」  
 思わず未練がましい声が洩れる。  
「なんです、今の声?」  
 からかうように言われて美春は耳まで赤くなった。  
「責めてるわけじゃありませんよ。僕のこと嫌いですか?」  
「……好きよ」  
「だったらいいですね?」  
 問い掛けに、美春は声を出さず、かすかに形のいいあごを上下させた。  
 美春が山中を見詰める。山中がそれを受けて優しく髪を撫でた。  
 
 シャツのボタンを一つ一つ外されていくのを、緊張した面持ちで眺めていた美春がおずおずと口を開いた。  
「職場でこんなことをするなんて……。せめて、せめて電気を消してくれないかしら」  
「無理です。スイッチはドアの傍にあるんですよ。部長から離れないといけないじゃないですか。それに部長が見えなくなるのは嫌ですから」  
 山中は美春のお願いを間髪いれず拒否する。その間も手は休まず動き、とうとう美春のシャツのボタンはすべてはずされてしまった。  
 シャツがはだけ豊かな、いや、豊か過ぎるふくらみを包み隠したブラジャーを覗かせる。  
 色気たっぷりの黒かと思っていた山中の予想に反して、レースがあしらわれた愛らしい純白の下着だった。  
 純白のそれは美春のしみ一つ無い滑らかな肌と見事にマッチして、清楚な魅力を引き出していた。  
 が、山中の目にはその少女のような下着に包まれているのが熟れきった美女の肉体というギャップでひどく淫らに見えた。  
「外からはわからなかったけど、部長ってすごいおっぱいですね」  
 山中が遠慮無く視線の雨を美春の胸に降らせる。  
「そんなこと言わないで……」  
 泣きそうになりながら美春が顔を逸らす。  
「なんでです? せっかく褒めたのに」  
「褒めてくれたの?」  
「当たり前ですよ。どうしてわざわざそんなこと聞くんです?」  
「だって……胸の大きい女はバカだって言われるから。私できるだけきついブラで押さえつけてたのよ」  
 まるで思春期の少女のようなことを美春は言う。山中はそんな美春がさらに好きになった。  
「なに言ってるんです。こんな綺麗なおっぱい押さえつけてもったいないですよ」  
「本当? でも……そんなにジロジロ見ないでちょうだい」  
 照れ臭そうに、けれど少し嬉しそうな顔をする。  
「わかりました。ジロジロ見ません」  
 その言葉に美春がほっとしたのも束の間、山中の指がブラのフロントホックに伸びる。  
 
 美春が、あっ。と思った瞬間、それは外されてしまった。キツイ締め付けから解放されて喜ぶようにぷるぷると揺れながら美春の胸が露わになる。  
「あっ! ダメよ!」  
 慌てて隠そうとするが、その前に山中の手が触れてしまう。  
 美しいピンクの頂上を持った胸が明るい蛍光灯の光に晒された。  
 山中が柔らかく、けれど張りがあるそこに掌を押し付けるようにして軽く揉みしだく。  
「……んっ!」  
 軽く刺激されただけで美春は切ない声を洩らした。  
 山中は自分の手からはみだす程、白く大きな乳房をむにむにとマッサージするように弄ぶ。下から手を滑り込ませ持ち上げるようにすると、爆乳に隠れていた肌は興奮のためか、しっとりと汗ばんでいた。  
 そこに舌を潜り込ませ、舐め上げる。  
「はぁん」  
 鼻にかかった美春の声を山中は敏感に聞き取った。  
「敏感なんですね」  
「そんな……」  
 美春がいやいやをするように頭を動かす。  
「可愛いですよ」  
 山中が深い胸の谷間に顔を埋めて囁いた。鼻先に感じる美春の匂いが心地良い。柔らかい乳房に鼻を押し付けるようにして美春の香りを求めた。  
「それに、凄くいい匂いです」  
「ダメよ、汗の匂いなんて嗅がないで。昨日からシャワー浴びてないのよ……それなのにいい匂いだなんて……」  
 女としての体面から美春が羞恥に身をよじるが、それが山中に胸を押しつけることになってしまう。  
 その格好のまま、舌を出し美春の胸の谷間を味わう。両手は休まず美春の爆乳を弄りまわしている。  
 自分の胸の形が歪むたびに美春の息が荒くなる。  
「んっ、おっぱい……気持ち良い……」  
「もっと気持ち良くしてあげます」  
 山中は今までわざと触れなかった乳首に手を伸ばす。そこには精一杯の自己主張をしている薄いピンクの突起があった。しかし、いきなり中心の突起には触れずに、ふっくらと盛り上がっている乳輪を爪で引っ掻いた。  
「んぁっ!」  
 嬌声があがる。すでに固くしこっていた乳首がさらに尖る。  
「綺麗な乳首ですね。こんなに色っぽい」  
 ようやく、山中が美春の乳首を摘み上げる。それだけで美春はあごを仰け反らせた。  
 
「くぁ……ぁあっ」  
 山中はくにくにと指で桜色の突起を転がしながら、美春の様子を窺った。  
 美春の目はもはや山中を見詰めておらず、ただ自分に送りこまれてくる快感を感じているだけだった。  
 それに満足すると、おもむろに乳首に口に含んだ。唇で挟みこみじわじわと力をかける。  
さらにその隙間から覗いた乳首の先端に舌を這わせた。  
「ひぁっ! おっぱい、んっ、舐められてるのね……」  
「そうです。部長のエロいおっぱい舐めてます」  
「私……エッチじゃないわ……」  
「乳首でこんなに感じてるのに?」  
 山中は今度は唇でなく、歯で軽く摘まむようにして噛んだ。途端に美春の口から言葉ではなく甘い悲鳴があがる。  
「やっぱりエッチですよ」  
 指を柔らかいふくらみに這わせながら、わざとちゅうちゅう音をたてて山中は乳首を吸った。  
 その音が美春をさらに蕩かしていく。  
「あっ、あああ……そんなに吸わないでっ、んぁっ」  
 舌でころころと乳首を転がされて、美春は一言喋るのにも必死に快感に耐えなければならない。  
 年下の男に翻弄されて、美春は今まで感じたことのない開放感に包まれていた。  
「舌を出して」  
 胸から送られてくる快楽に翻弄されてなにも考えることができない。言われるままに美春は舌を突き出した。そうして待っていると、上から山中が舌を突き出したのが見えた。上からたらたら唾液が垂れ落ちてくる。  
 意図を察して口を開ける。一滴も零すまいと、相手の舌先をじっと見詰める。美春がどれだけ耐えられるか試すように、それはゆっくりとしか落ちてこない。  
「んぁ……あぁ。もっと欲しいの」  
 必死で雫を追うが、それでもポタポタと口以外のところにも落ちてしまう。そのたびに美春は悔しい思いをする。しかし、同時に己の顔を汚されているという暗い悦びを感じていた。  
 
 結局、美春は三度喉を鳴らしたところで我慢できず山中に抱きつき自らキスをした。  
「もう少し我慢しましょうよ」  
「……苛めないで」  
「無理です」  
 柔らかい胸は山中の指の隙間からはみだし、いやらしく形を変え、山中の嗜虐欲を煽る。  
 荒々しく胸を無茶苦茶にされて、美春は軽く痛みを感じた。しかし、それも次第に悦びに感じられてくる。  
 美春が喘ぎ、甘い声を洩らすたびに山中のキスが美春の胸のいたるところに落とされる。軽く触れるだけものから、長く痛みを感じるぐらいのものまで。  
 しばらくすると豊満な二つのふくらみで山中の舌と指が触れていない部分はなくなっていた。数多く残された小さな赤い痕が、愛撫の激しさを物語っていた。  
 酔ったように身を任せていると、山中の手が胸から脇腹、へそを撫でて下がってきた。   
 くすぐったさを感じながらも、美春はその手の辿りつく先を想像して身を強ばらせた。  
 山中は敏感にそれを察して手を止める。  
「やっぱり嫌ですか?」  
「違うの……優しく……してね」  
 初心な言葉に少々驚きながらも、それは顔には出さずに意地悪な返答を山中はした。  
「それは部長次第です」  
 山中が手際良く美春のタイトスカートを捲り上げる。  
 そこは、ブラジャーとそろいの白いショーツで覆われていた。が、すでにぐしょぐしょに濡れてしまっており、白い下着は透けてその下の繁みをうっすらと浮かび上がらせている。  
「凄いな。胸だけでこんなになって」  
 淫らな女だと言われているような気分になったのに、美春はさらにその染みを広げてしまう。  
 下着に山中が触れた。  
「んっ!」  
 美春が眉をしかめ、身を竦ませる。  
 下着越しに、感触を確かめるように指でなぞられて、美春は羞恥で狂ってしまいそうだった。  
 
 山中の指に軽く力が込められると、じゅくじゅくと淫らな露が染み出してくる。  
 もはや邪魔者としてしか存在していない小さな布切れは、美春の秘所にぴったり貼りついて、本来の役目とは逆に、そこの形を山中に教えている。  
 そのラインにそってゆっくりと確かめるように指がなぞっていく。美春の体はぴくぴくと震え、快感に応えた。  
「っつ……そ、そんなところ……さわらっ、あっ……ないでぇっ、ひっ、ん。」  
 唇を噛み締め、できるだけ声を洩らさぬようにしながら美春が心にもないお願いする。  
 頭では慎み深くしなければと思うのに、すでに美春の体は自分の一番恥ずかしい部分から得られる今まで以上の快楽の虜になっていた。  
 甘美な悲鳴と、暖かくぬめるシルクの感触に山中の心が踊る。  
 我慢していたらどうにかなってしまいそうだ。山中はいきなり美春のショーツをずり降ろした。  
「きゃっ! 見ないでっ!」  
 再び、美春がブラを外されたときのような初々しい反応をする。足を閉じ、なんとか隠そうとする。  
 しかし、山中は美春の足首を掴むと、強引に持ち上げながら開いていく。  
 美春は己のもっとも隠さなければならない部分を、今までの人生で一番恥ずかしい格好で晒す羽目になった。  
「……そんな風に見ないで。……恥ずかしいの」  
 目にうっすらと涙を浮かべながら人生最大の羞恥に耐える。それでも美春の体は熱い視線を感じ、敏感に反応していた。その証拠に美春の蜜は溢れ続けている。  
 見ないでといわれて、見ない人間はいるのだろうか。そんなことを考えながら山中はじっと、食い入るようにそこを見詰めた。  
 柔らかそうな陰毛に覆われたそこは、ぬらぬらと光り、妖しく山中を誘っていた。美春の陰唇はあまり発達しておらず、色も綺麗なピンク色だ。  
 次々に溢れる愛液がその場に留まりきれず、零れ、なだらかな体の線に沿ってお尻の方に流れ落ちていく。  
 
 自分の恥ずかしいところを見た途端、山中が黙ってしまったので美春は不安になった。  
「……山中? 私の、どこか変……なの?」  
 その発言に少し引っかかるものを感じながら山中が応える。  
「変どころか……綺麗で、凄く美味しそうなおまんこだと思って見てたんです」  
「……!」  
 直接的過ぎる言葉が返ってきて、美春は絶句した。山中がそんな下品な言葉を使う人間とは思っていなかったからだ。  
「そんな言葉……」  
「なんです? そんな言葉って?」  
 山中がわざと聞き返す。そうされると美春は黙るしかない。  
「おまんこのことをおまんこって言ってなにがいけないんです?」  
 自分では一度も口にしたことのない単語を連呼されて美春は頭がおかしくなりそうだった。  
 黙ってしまった美春を見ると、苛めすぎたと思ったのか。山中は、可愛いなあ。と呟き美春の頬にキスを落とした。  
 年下の男に可愛いなどと言われて美春はくすぐったさを感じる。  
 足首を掴まれたまま美春のお尻が高く持ち上げられ、俗に言うまんぐり返しの格好になってしまう。  
「部長のお尻の穴まで丸見えですよ」  
 山中が美春の顔を見遣ると、泣きそうな顔をしているのが見える。  
 しかし、その眉は、悲しむためではなくではなく、悦びに耐えるために寄せられているように見えた。  
 美春の秘所に顔を近づけると、山中はおもむろに息を吸いこんだ。そのまま目を閉じ、ひくひくと鼻を動かす。牝の匂いが鼻腔を刺激した。  
 その様子を見て美春が慌てる。  
「そ、そんなところの匂いなんて嗅がないで!」  
「え? いい匂いですよ」  
 山中はニヤニヤと鼻を鳴らした。美春の匂いを堪能して自らの興奮を煽る。  
 
「……だめぇ」  
 美春が両手で顔を覆う。  
「お願い……苛めないで」  
 いつも凛々しく自分に指示を出している美春にお願いされて、山中は征服者の快感に酔いしれた。  
「わかりました。可愛がってあげます」  
 ペロリと舌なめずりすると、美春に舌を見せ付けながらゆっくりと顔を美春の股間に近づける。  
 もう少しで味わえる新たな快感を期待して美春の胸が高鳴る。自分で見ないでと言った部分を期待のこもった目で見詰めてしまう。  
 胸を高鳴らせ、その時を待っているとふいに山中と目が合った。自分の心を見透かされたような気がして美春は顔が熱くなる。それでも、止めて。という言葉は出てこない。  
 ぺろりと山中が舌を動かした。  
 痺れるような快感が美春の背筋を駆け上る。  
「ひぁあんっ……!」  
 その声が終わらないうちに、山中は美春の蜜を掬い取るように舌を動かす。  
「ひっ! くぁん……あっあっ、す、凄いっ! ……いいっ」  
 白いお尻を震わせながら、美春は与えられる悦びを歓喜と共に迎える。  
 舌が自身に触れるたびに美春の体に電流が走る。  
「ああ、山中っ、気持ちいいの……んくっ」  
 舌で裂け目をなぞるようにして舐められて、美春はなにも考えられない。  
 山中はこっそりと美春の足から手を離した。それでも美春は尻を高く上げ山中の口に押しつけてくる。   
 次第にバランスが崩れ、美春の柔らかい尻が下がっていく。つまり、山中の舌が届かなくなるということだ。  
 美春は自分の行動に気付いているのか、いないのか、少しでも秘所を高く持ち上げ易くと、自ら足首を掴み、姿勢を整える。柔らかいお尻を突き出して、惜しげもなく愛液をあふれさせ、ぷるぷる震えている。  
 
「あれ、その格好恥ずかしいんじゃないんですか?」  
「そ、それは山中、あなたがむりやり……」  
「え? じゃあここにある僕の手はなんですか?」  
 山中は美春の目の前で両手を広げて見せた。数秒遅れて、美春が息を飲む音が聞こえた。  
「自分でわざわざ恥ずかしい格好するなんて部長って変態ですよね」  
 優しく語りかけられて美春はパニックに陥った。  
 先程までは、いくら恥ずかしくても、あくまで山中の手によってむりやりとらされた姿勢だから仕方ない。と、いいわけができたから我慢できたし、快感に酔うこともできた。  
しかし、今はなんのいいわけもできない。自分からはしたない格好をして山中の舌を求めていることを指摘されてうろたえてしまう。  
「違うの……」  
「なにが違うんですか」  
「だって……」  
 一度山中の舌の味を覚えてしまった体はもうおさまらない。舌が触れなくなった途端、せつなく疼きだした。口を開こうとするとみっともなく山中を求めてしまいそうで美春は唇を噛み締める。  
 なにも言えず、それでも美春は恥ずかしそうに足を抱え込んだまま局部をさらけ出している。  
 美春ははしたなくおねだりしそうな自分を抑え、声を絞り出した。  
「……だって、気持ちいいんだもの」  
 潤んだ瞳で囁かれて山中は理性がはじけ飛ぶのを感じた。  
 指で美春の秘唇を開くとピンクのそこにむしゃぶりついた。  
「ああっ、山中っ! はぁぁん」  
 欲しかったものを与えられて美春が歓喜に身をよじる。  
 ちゅうちゅうと、枯れることなく溢れる美春の愛液をすすり、舌を淫猥にうごめく美春の粘膜に絡みつかせる。  
「いひっ……もっと、もっとちょうらいっ」  
 粘膜が絡み合って美春の体を蕩かしていく。美春は舌足らずな言葉で山中を求めた。  
 美春の快感に比例するように量を増していく愛液が流れ落ちて、美春の白く柔らかいお腹、逆さになっても綺麗な形の胸を濡らしていく。  
 山中は美春の控えめなビラビラを唇で挟み、その感触を楽しんだ。口に力を入れるたびにひくひくと柔らかい肉が動く。  
 
 顔中を濡らしながら夢中で美春を味わっている山中の目に、小さく尖っている肉の芽が入ってきた。舌を動かしながら、いきなりそれを摘み上げる。  
「ひっ……ひぁああああっ」  
 美春があごを仰け反らせ、部屋中に響き渡るような声を上げた。美春の蜜が噴き出し、自身の顔と眼鏡に降りかかる。  
 ぴくぴくと一、二度痙攣すると、全身の力が抜けたのか、そのままくたりとデスクの上に倒れこんでしまう。  
「大丈夫ですか部長?」  
 山中が荒い息をついている美春の顔を覗きこんだ。  
「ん、ふぅ、ん。す……すごひっ、頭が、真っ白にっ、はぁ、なっれ。あそこが、痺れたみたい……で」  
「僕が部長をイカせたんですね。嬉しいです」  
 息絶え絶えな上司の頬に山中は優しくキスをした。  
「ふぅ、はぁはぁ、あんっ私……イッちゃっらの……?」  
 美春は余韻に浸ってうっとりとしている。だらしなく開いた唇の端からはよだれが零れ落ち、デスクに小さな池をつくっている。  
「部長はクリトリスが弱いみたいですね」  
 山中は今度は口にキスをした。美春はそれにほとんど反応せずにうつろな目で窓を見ている。  
「んっ、はふぅ……んぁ」  
「今度は、僕の番です。こんな姿見せられたらいくらなんでも我慢できません」  
 山中は微かな音と共にジッパーをおろし、自らのものを取り出した。すでにはちきれそうなくらい大きくなって、血管が浮いている。  
「そ、そんな大きいのが私の中に入るの……」  
 まだどこかぼんやりとした表情のまま美春が山中の股間を見た。  
「普通の大きさだと思いますよ。このままじゃ入れにくいな。部長デスクから降りて、そこに手をついてください」  
 
 美春を引き摺り下ろすと、山中は自分のほうにお尻を向けさせ、デスクに手をつかせようとする。  
 しかし、まだ体に力が入らないのか、美春はふらふらと危なっかしい。そのため、上半身はベタリと机に貼り付いたままだし、足はふるふる震えて今にも崩れ落ちて机から滑り落ちそうだ。  
 それでもなんとか望む姿勢に近くなると山中はおもむろに、美春のくびれたウエストに手をやり、濡れた美春の秘所に自身のものをあてがった。  
 くちゅり。小さく音がする。  
 それが恥ずかしくて美春は尻をくねらせた。  
 それが亀頭を刺激することになり、山中のものはますます固く反りかえった。  
「それじゃあ、いきますよ」  
 ゆっくりと焦らすように腰を進め、いやらしいひだひだを掻き分けていく。すると、山中は妙な違和感を感じた。  
 なんだかきつすぎる。いや、それは部長が名器だと言うことでいいとして。それよりも中の感触がなにか違う。  
 それでも絡みついてくる粘膜が与えてくれる快感にごまかされて腰を沈めていく。  
 山中が違和感を先っぽに感じたのと、美春が小さな悲鳴を上げるのはほぼ同時だった。  
「……っつ! 痛いっ!」  
「え!?」  
 慌てて山中は美春の中から自身を引き抜いた。亀頭が納まった程度だったのですぐに抜き終わる。  
「ちょっ、まさか……部長って処女なんですか!?」  
 間違いなく、今日一番の衝撃が山中を襲った。  
 美春は目を逸らして俯いている。  
「そ、そんなこと最初に言っといてくださいよ!」  
 山中が間抜けな声で叫んだ。  
「言ったわよ。優しくしてって」  
 先程までの快楽に溺れていた女はいなくなり、美春は普段どおりの気の強い態度を取り戻していた。  
 
「そんな、それだけじゃわかるわけないですよ」  
「だって……いい歳して初めてだなんて……言えるわけないじゃない」  
 美春が怒ったような顔をした。  
「部長ってお幾つでしたっけ?確か三十……」  
「三十二よ」  
 思いきり不機嫌な声で美春が応える。  
「三十二で処女で悪かったわね。今までそう言うことする機会がなかったんだものしょうがないじゃない。三十二でセックスしたこと無かったらいけないの!? 私だって……私だって好きでこんな……」  
 美春の顔が哀しそうに歪むのを見て、あせった山中が優しいくちづけをした。  
「別にいいですよ。それどころか嬉しいです。部長の初めて貰えるんですから。こんな美人なのに経験がないなんて信じられなかったもので……」  
「山中っ!」  
 言うことを聞かない体を無理に動かして美春が山中に飛びついた。その顔は喜びに溢れている。  
「ありがとう。気を使ってくれて。好きよ山中」  
 耳元で愛を囁かれ剥き出しのままだった山中のものがさらに固くなる。  
「僕も好きです。それじゃあまた後ろを向いてもらえますか」  
 美春は恋人に自分を肯定されて幸せそうな顔で言われたとおりの姿勢になった。両足を踏ん張り、できる限りお尻を突き出して愛しい人を誘惑しようとする。  
山中の舌でほぐされた美春の秘部からは、ぽたりぽたりと糸を引きながら粘液が垂れ落ちている。  
美春の後姿はとても処女とは思えない色気をふりまいていた。熟れた体なのに男に触れられたことがないのが関係しているのだろうか。  
「お願い。私の初めて貰って」  
 美春は愛らしく頬を染め、伏し目がちにお願いした。人生の中で一番勇気を出した瞬間であろう。  
 山中は美春の表情だけで先走りがにじむのを感じた。  
 
「わかりました。でも、今部長ってお酒飲んでますよね」  
 張りのあるお尻を撫でまわしながら山中が尋ねた。  
「飲んでるわ。でもビールを少しよ」  
 奇妙な問いをいぶかしみながらも美春は素直に返事をする。その表情はつまらない質問よりも早く私を襲ってくれと山中を誘っていた。  
「それで、後から酔った勢いだから勘違いしてね。とか言われると困るんで」  
「そんなこと私が言うわけないじゃない!」  
 見くびられたと思い美春が怒気を露わにする。怒りで紅潮した顔が一段と美しさを増した。  
「そうは思うんですけどね。もっときちんと部長の処女を貰いたいと思うんです」  
「でも……いまさらそんな」  
 それではこの甘くせつない疼きをどうすればいいというのか。美春の体はこんなにもオスを求めているのに。  
 知らず知らず美春の指が股間に伸びていく。柔らかい草むらに触れて、自分のしようとしていたことに気付き、赤面する。  
「……あの……さっき我慢できないって言ってたじゃない」  
 自ら誘うような言葉を口にした。  
「言いましたよ」  
「だったら……私を……。私もあなたが欲しいの」  
 どうしても我慢できなくなり、山中に縋り付いた。  
「ありがたくちょうだいしますよ。なにも部長を抱かないなんて一言も言ってないじゃないですか」  
「え?」  
 辻褄の合わない山中の言葉に美春は首をかしげた。  
「今日は後ろの初めてを貰います」  
「え……えっ!?  
 混乱している美春を尻目に、手早くネクタイをほどくと山中はあっという間に美春の腕を縛り上げてしまった。  
「ちょ、ちょっと山中! いきなりなにするのよ」  
「前のほうは今度お酒の入ってないときにしましょう。だから今から後ろの初めてを貰います」  
 
 
「そんな……無理よ!」  
「そうですか?」  
 美春は必死で抗議の声を上げたがまるで無駄だった。  
 山中は身を屈め、美春の大きな尻たぶを両手で広げる。むちむちした肉の奥にはうっすらと色素の沈着したすぼまりがあった。  
「……部長のお尻の穴だ。可愛いですよ」  
 美春のもう一つの穴は恥じらうようにひくひくと動いている。  
「ダメっ、お願いよ! 私痛いのは我慢するから。だから……そんなところ見ないで!」  
 必死で抵抗しようとするが、両手を縛られているので上手くいかない。震える足で密着してくる山中を振り払おうとしたところ、山中の指が美春の前の穴に触れた。  
「ぃやぁっ……ひぅっ」  
 それでもなお逆らおうとしたところ、クリトリスを強く擦り上げられて美春は情けない声をあげた。へなへなと腰砕けになってしまう。  
「ダメですよ部長。大人しくしないと」  
 山中は美春のアヌスの周辺を指で弄りまわしている。ときおり指を軽く沈ませ、美春に緊張が走るのを楽しんでいた。  
「そんなところ……触らないでっ、ひぁん」  
「そんなこと言って部長濡れてますよ。ほんとは気持ちいいんでしょ」  
「……わから、ない……」  
 美春は前と後ろ二つの穴を弄ばれて混乱の極みにいた。どちらから快感を得ているのかまるでわからなくなっていたのだ。山中にお尻で感じていると言われればそんなような気がしてくる。  
「じゃあ、わからせてあげます」  
「なに……するの?」  
 美春の排泄口に舌を近づけると、山中は皺の一本一本を広げるように丹念に舐めていった。くにくにと穴の周辺を舌で弄りまわす。  
 ちろちろと舌が動くたびに美春の体が敏感に反応する。マシュマロのようなお尻が妖しくくねり、山中の顔に押しつけられる。  
 
「あぁ……お尻なんか舐めないでぇ」  
 ぬらぬらとした舌に一番汚い部分を舐めまわされて、不思議な感覚が美春を襲った。  
 不愉快なような、心地良いような。予想していた不快感は感じなかった。  
 排泄口までいとおしげに愛撫してもらえるなんて、なんだか嬉しい?  
 ダメよ、ここで止まらないと……お尻を……犯されてしまう。  
 なんとかしないと。  
 しかし、美春の口からでたのは喘ぎ声混じりの声だった。  
「ひぁ、ダメ……汚いわ、んっ」  
 美春の口からは先程のようなあからさまな拒絶がでてこない。頭は混乱していたが、いやらしく熟した体は新しい快感をあっさりと受け入れてしまっていた。  
「部長のお尻の穴、凄く美味しいです」  
 美春の理性は、その言葉で溶けて無くなってしまった。ただ恋人の舌の感触を受け入れ、悦ぶ。  
「はぁぁ、お尻……なのよ。でも、気持ちいいのぉ」  
 山中の舌がぐにぐにと美春の内側に侵入して、掻きまわす。美春は内側を舐め回され口をぱくぱくさせて喘ぐ。  
「くぁあっん。だめよ……んはぁ、こんなところで感じちゃ……ぁん」  
 たらたらとよだれを零し、うっとりと喘ぐ美春。言葉と表情がまったく一致していない。美春のふとももは秘所が垂らす淫らな蜜でベトベトになってしまっている。  
「くぅっ!」  
 美春はきゅっと唇を噛み締め必死で耐えた。山中の中指が根元まで美春のすぼまりに突き刺さったのだ。括約筋が山中の指を食いちぎらんばかりに締めつけ、咥えこむ。  
「ぬ……抜いてぇ」  
「ダメです」  
 体を起こした山中が美春の耳に息を吹き込んだ。美春は上と下を同時に攻められて、ぞくぞくと全身の毛が逆立っていくのを感じる。  
「部長、こっち向いてください」  
「ん……ふぅ、はぅっ……ひあ」  
 もはや上司としてのプライドも消え失せたのか山中の言うとおりに行動することしかできない。  
 
 美春の唇に吸いつくと、山中は美春の中に沈めたままの指をぐりぐりと回転させる。  
「ひっ、ひっ、く……はっ、お尻が、指が……」  
 指が動くたびに美春は悲鳴を上げ、はしたなくお尻をくねらせ、よがり声をあげる。  
 山中は巧みに入り口を引っ掻きまわして美春のすぼまりをじわじわと拡張していく。  
 当初は、苦痛のほうが強かった美春だが、今では指が動くたびに、甘い声を上げ、上下の口からたらたらとよだれを零している。  
 しばらく感触を確かめるように指をピストンさせていた山中が指を引きぬいた。  
「ひうっ!」  
「そろそろ、いいですかね」  
 蕩けきった美春の頭にその意味は伝わらない。初めから美春の返事は期待していなかったのか、山中が美春の僅かに口を開いた小さなすぼまりに自分のものを押し当てた。  
「いきますよ」  
 山中は力強く自身の欲望を美春の体内に侵入させた。止めることなく、ずぶずぶと肉を掻き分けて奥深くまでえぐっていく。時間をかけて美春のむっちりとしたお尻に山中の腰が密着した。  
「ひっ、ひぃぁあっ……くぁ……ぁあ」  
 今まで一度足りとも異物の進入を受けたことの無い部分に熱い塊を受け入れて美春は口をぱくぱくさせている。  
「はひっ……ひぐぅ、っん」  
 美春の括約筋がきゅうきゅうと山中を締め付ける。あまりの締め付けの強さに山中は満足に動くこともできない。美春の腸壁が妖しく蠕動して山中のペニスの表面をマッサージする。  
「部長、もう少しお尻の穴緩めてください。このままじゃ動けません」  
「あっ、はぁっ。私の……くぅぅ、お尻にっ、入ってるの……?」  
 熱い塊をお尻の中に感じながらも美春は尋ねずにいられなかった。美春の性知識にはアナルセックスという言葉は無かったため、本来なら行なわない、タブーを犯したという罪の意識が沸き起こる。  
「そ、そんなっ、ところに……入れちゃダメぇ」  
「入ってますよ、僕のが。でもきつすぎます、緩めてください」  
「そんっ、なこと言ったって……どうすればっ、んんっ、いいのかはぁっ……。う、動かないでぇっ」  
 
 山中が身じろぎする程度の動きでも今の美春には異常な刺激となって伝わる。気持ち良くなどないと思いこもうとするが、固いペニスの熱が腸からじわじわ伝わって快楽に変化していく。  
 いけないことだと思えば思うほど、体が芯から熱くなる。  
 美春に頼んだところで埒があかないと悟った山中は、右手を美春の胸に、左手を割れ目に伸ばした。  
「じゃあ、自分で何とかします」  
 山中が固くしこっている美春の乳首とクリトリスをきつく摘み上げた。  
「ひはぁあああああっ!」  
 剥き出しの性感帯を刺激されて美春はあっさりと絶頂に達した。その瞬間、肛門は今まで以上の力で山中を咥えこんだ。肛内が激しくうごめき山中に激しい快感を与える。しかしそれは一瞬のことだった。  
「はぅん……へはぁあ……」  
 美春は放心しきってぐったりして全身の力が抜けている。そうなるとお尻の締めつけも多少は緩くなる。  
 狙い通りの結果となった山中はゆっくりと腰を使い始めた。後ろで欲望の塊が動くたびに、美春の美しいピンクの秘裂からぴゅくぴゅくと愛液が噴き出す。  
「あっ……あっ、まだ動かないれぇ、ひぁん、力がはひっ、はひらなひのぉ」  
「力が入ってないから動けるんじゃないですか」  
 イッたばかりの敏感な体に暴力的なまでに快感を与えられて、美春は山中に翻弄された。なにかに耐えるように固く目を閉じ、舌足らずな声で喘ぐ。  
「はっ、んぁっ! ふぁあ……わらひ……おかひくな……るぅ」  
「おかしくなっていいですよ。お尻の穴でおかしくなってください」  
 次第にこなれてきたのか、美春の穴は滑らかに山中の肉棒を出し入れするようになった。  
 粘膜がこすれる音が結合部から聞こえてくる。その音が美春をさらに悦楽の渦に巻き込んでいく。  
「お尻のっ、穴……ひぅっ! 気持ちっ……へひぃ、あっ、んあぁ」  
 白痴じみた表情で喘ぐ美春。纏めてあった髪の毛がほつれ、唇の端にかかる。がくがくと揺れるせいで眼鏡はとっくの昔に顔から擦り落ちてしまってどこかにいっている。  
 
「お尻なんてぇ……。はひぃ……あぁん、そっ、そんな、ふぁっ、まるれ変態みたいなっ……っん、ことぉ」  
「アナルセックスで感じる部長も素敵ですよ」  
 山中の褒め言葉など今の美春に聞いている余裕はない。これまで感じたことのない圧倒的な量の快感が美春の体を支配していたからだ。ただ、全身を震わせて山中が達するのを待っている。  
 楚々としていた美春のお尻の穴は皺が広がりきって、必死に男のものを咥えこんでいる。抜き差しされるたびに引き摺られるように穴がペニスにまとわりついた。美春本人の意思とは関係なく貪欲に、より深く、より長い間そのすぼまりにペニスを飲み込んでいたいらしい。  
 体の中に侵入されるたびに、美春の全身を貫くような激しい快感が襲う。山中の腰が叩きつけられ、美春の意識が引き裂かれていく。  
「ひぎぃ、はっ、あっ……お尻が、おひりが壊れちゃうぅ」  
「ぶ、部長。僕ももうすぐいきますよ」  
 山中の手が美春の胸を蹂躙する。乳首を摘まみ、乳輪を引っ掻き、美春の体に快感を刻み込む。  
「んくぅっ! ……ひぃ、んっ! んんっ、らめ……もう待てなひっ! んぁっ、ひぃん……はっ、あんっ! お尻で、イッちゃぅぅっ!」  
 美春はお尻をぷるぷる振るわせ、むせび泣いた。  
 じょじょに山中が腰の動きを早めだした。どうやら山中も限界が近いらしい。今まで以上に腰が激しく動かされぐぽぐぽと淫猥な音をたてる。  
 呼吸をするたびに、自分が出しているとは思えない声が美春の耳に届く。ペニスが引かれるたびに、体の中身をすべて持っていかれそうになり、押しこまれるたびに自分がどこかに行ってしまいそうになる。  
「いくっ! 部長! イキます!」  
 ぺちぺちと美春の尻に山中の腰がぶつかる音が加速する。  
 山中が美春の背にのしかかるようにして腰を打ちつける。それを支えきれずに美春はデスクに押しつけられた。二人分の体重とデスクに挟まれ、美春の胸が潰されて形を歪める。その痛みさえ今の美春には快感として伝えられる。  
 
 今までで一番深くまで入ってきた山中のものが一瞬膨れあがったかと思うと、欲望の証を美春の腸内に吐き出した。びゅくびゅくと濃い粘液を美春の中に大量にぶちまけていく。  
 山中は射精しながらも腰を動かし、美春を責めたてる。  
「ひっ! はひぃっ! 山中っ……熱い、熱いのぉ! ふあっ、山中ぁ! んっ、いっ、イクぅ、おかひくなるぅぅぅ!」  
 美春は絶叫とともに背筋を仰け反らせ、びくびくと激しく痙攣した。真っ白になった頭でなにも考えずに喘ぎ、ただ山中の精液を受け止める。  
 美春は糸の切れた人形のようにくたりと机に倒れこんだ。目を閉じ、荒い息づかいをしている。ときおり、びくりと大きく腰が跳ねあがる。快感の残滓が残っているのだろう。  
 幸せそうな顔で余韻に浸っている美春の中では、欲望を吸い尽くされた山中のペニスが、ひくひくと動くアヌスの余韻に浸っていた。  
 長い射精を終え、山中が美春のアヌスから硬さを失ったものを引き抜いた。名残惜しそうにどろりと糸が引く。  
 それをきっかけに美春は気を失った。体内から恋人が去っていったことで、気が抜けたのだろう。  
 穴はぽっかりとだらしなく開いたまま、美春が呼吸をするたびに淫らにひくひくと収縮を繰り返している。  
 山中は精魂尽き果てている上司の頬を優しく撫でてやる。  
「愛してます、部長」  
 
 美春が目を覚ましたとき傍に山中の姿は無かった。  
 すべて自分の夢だったのかと思ったが、そうではない証拠に髪は乱れ、シャツがはだけている。さらに、情事後の独特の匂いが辺りに満ちている。なにより、お尻の穴がいまだに熱い。  
 いまだにお尻の穴にじんじんと疼きを感じて、美春は慌ててそこに手をやった。山中が拭ってくれたのだろうか。綺麗なそこは粘液がこびりついていることもなかった。  
 すぼまりに指が触れると、そこから軽い痺れのような快感を感じ、美春は自分の乱れぶりを思い出して頬を染めた。  
 なんてはしたない姿を見せてしまったのだろうか。  
 前より先に後ろの初めてを奪われ、それなのにお尻で達してしまって、変態だと思われていないだろうか。  
 でも、凄く……良かった……。  
 でも、いきなりあんな姿を見せて幻滅されただろうか。  
 普段は偉そうにしていた部下の手であんなになってしまうなんて。明日からどんな顔をして職場に行けばいいのか。  
 ぐるぐると美春の頭の中を混乱した思考が駆け巡る。  
 とりあえず、美春は考えるのを止めて身支度を整えることにした。体を動かしている間はよけいなことを考えずに済む。  
 脱ぎ散らかされていた下着を身に着け、ばさばさの髪をほどき、纏めなおす。  
 一連の作業を終えると、山中は自分を置いて帰ってしまったのだろうかと美春は不安を感じ始めた。  
 美春が寂しげなまなざしをドアに向けたそのとき、ドアを開けて恋人が入ってきた。  
 
「山中……」  
 美春は泣きそうな顔で、こちらに近づいてくる愛しい男の名前を呟いた。  
 あれほど傍にいないのが不安だったのに顔を見た途端、美春は恥ずかしくて相手の顔をまともに見られなくなってしまった。  
 できるなら抱きつきたい自分の気持ちを押し隠し、平静を装って声をかける。  
「どこに行ってたのよ」  
 驚くほど無愛想な声に自分でも驚いてしまう。  
「コーヒー煎れてきたんです」  
 確かに手には湯気の立ったカップを二つ持っている。  
 美春は礼を言いながらカップを受け取った。ゆっくりとコーヒーを口にすると、激しい情事に疲れきった体を癒すように染み込んでいく。まだ視線を合わせることができない。  
 そんな美春に山中がいぶかしげな視線を投げかける。  
「どうしました部長? やっぱりさっきのやり過ぎでしたか?」  
 さっきの、という言葉に敏感に反応して顔をふせる美春。  
 耳まで赤い美春を見て山中の頬が緩む。あらためて、愛しの女性を手に入れたことを実感したのだ。  
「まさか……五歳も年下の部下とこんな関係になるなんてね……」  
 しみじみと美春はコーヒーをすすった。  
「あなたと会ったときは夢にも思わなかったわ」  
「え!? ちょっと待ってくださいよ。部長さっき三十二って言ってませんでした?」  
「そうよ。三十二よ、それがいけないかしら」  
 ピクリと美春の眉が跳ね上がる。年齢の話をされると途端に不機嫌になるようだ。  
 
 いけないなんて一言も言ってませんよ。と、おどおどしながら山中がカップに口をつけた。  
「だったら僕とは十歳違いのはずでしょう?」  
 えっ。と美春の顔が強ばった。  
「なんで、あなた二十七でしょ?ファイルにはそうあったわよ」  
 しまった。山中は慌てて口元を抑えるがすでに遅かった。美春は、じっと自分を見詰めている。ごまかすのは無理だと悟り、山中は大きく深呼吸すると静かに口を開いた。  
「あのですね、僕本当は二十二なんです」  
 美春はいきなりの衝撃の告白に呆然としている。危うく手にしたカップを落としてしまうところだった。  
 沈黙を守ったままの美春の姿が不安を煽ったのか、山中はどんどん饒舌になっていく。  
「なんて言うか……僕この会社の社長の息子なんですよ。愛人のですけど。認知はされてないんですけど、やっぱり後ろめたいらしくて……。それで色々あって社長の隠し玉みたいな感じになっちゃって」  
 山中はコーヒーをすすり喉を潤して話を続けた。  
「その、美春さんのチームに入ったのも社長の命令で、怪しい動きがあるかもしれないから、いざというときはなんとかしろって言われて……」  
 ちらりと美春の様子を窺って山中が言葉を続ける。  
「歳をごまかしてたのは、そこからオヤジとの関係が気付かれてスキャンダルとかにならないようにってことで、だから別に部長を騙そうとしたわけじゃないんです。それに部長を好きだってのは本当です。僕の正直な気持ちです。……その……すみません」  
 美春は伏し目がちなままコーヒーカップをデスクに置いた。  
「すごく……ショックだわ……」  
「……すいません。お詫びに僕にできることならなんでもします。だから許してくれませんか。殴ってくれてもいいです」  
「そう……。だったら一つだけ言うことを聞いて」  
「なんでも言ってください。できることならなんでします」  
 思いつめた美春の表情を見て山中は意気込んで応えた。  
 
「あの……山中……クン」  
「は、はい」  
 今まで呼び捨てしかされなかった上司に君付けされてうろたえながらも返事をした。  
「その……いまさらこんなこと言うのも変かもしれないけれど、二人のときは……名前で呼んで欲しいの」  
 可愛らしいお願いに山中は思わず美春を抱きしめる。  
「わかりました……美春」  
 愛しい男の声で自分の名前が呼ばれた幸せを噛み締めるように美春は目を閉じた。そうして、ゆっくりと目を開く。  
「でも……。あなたはいいの?」  
「なにがです?」  
「十歳も年上のくせになにも知らない、そのくせ気だけは強い女で」  
 返事のかわりに年下の男はその日一番優しいくちづけを、少女のように純粋な年上の恋人の唇に落とした。  
 
 一週間後。  
 最近、社内では人が集まると必ず話題に上ることがあった。黒山美春になにがあったのかということである。  
 美春は気の強さは変わらないものの、張り詰めて刺々しかった印象が丸く柔らかくなり、人当たりが素晴らしく良くなっていた。笑顔も以前のようなお愛想ではなく、心からの笑みで相手を蕩けさせるようなものになっている。  
 その結果、美春の人気は急上昇し、社内中に美春のファンが増えた。  
 勇気ある社員の一人が美春に、なにかあったのか? と、尋ねたところ、  
「秘密よ。……今、私すごく幸せだからかしら。ね、山中クン?」  
 という意味深な答えが満面の笑みとともに返ってきたそうだ。  
 そして……。  
 職場では相変わらず凛々しく働く美春と、以前よりこき使われるようになった山中の姿があった。  
「お話が違います! だからどうしてそうなるんですか!!」  
 今日も美春の声が職場に響く。  
 
 

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