§   §   §  
 
 
 逃げる一方が足を止めれば、そうなることは道理だった。  
 どちらが先に唇を突き出したのかは分からない。  
 しかし自然と顔を傾け、慣れ親しんだかのようにすんなりと触れ合わせる。  
 ついばむうちにどちらの腕も力がこもり、固く絡め取る。  
「んく、ちゅ……ふぁ」  
 仰向けの体勢のキオが強く抱え込み、パシャは軽く声を上げた。  
 豊かな胸がたわみ、そのまま夜着にしてもいいような目の粗い衣服との間隙に肌が擦れる。  
 特に何ともないような感触だったが、上がった声は彼を高ぶらせるのに充分だった。  
「ん、んっ……んむうぅっ」  
 舌がパシャの口内に踏み入り、うねり始めた。しかし吸いたてる間もなく、彼女は唇を離した。  
「ふはっ」  
「……む、深いのは嫌いか?」  
「や……それは慣れてないから。びっくりした」  
 パシャが体験した男たちは求められて肉欲につられ、応じただけだ。  
 想いの深さを確かめ合うようなその行為をしたことがなかった。  
「嫌いでは、ない」  
「そんじゃ好きになりな。俺はこれが好きだ」  
「ん。努力する」  
 今度はパシャの方から唇を寄せ、おずおずと舌を突き出す。  
 つるつるとしたキオの歯列をなめとりつつ、ありったけの想いを伝える。  
「ん……く、ん……」  
 キオは不器用に舌先を動かす彼女に合わせつつ、背中から指を這い上がらせた。  
 それが黄黒二色に髪の下に潜り込み、うなじをかり、と爪で軽く掻いたその時、  
「やんっ!」  
 甘辛い刺激に、パシャは口付けを離し首をびくりとすくませた。  
「お、敏感だなー」  
「首はどこを触れられてもダメ」  
 言われないでも彼には既に分かっていたことだった。  
 ハチドリの首飾りをつけてやった時にも、パシャは触れるだけの刺激にかすかな反応を示していた。  
 キオの手はさらに彼女の首筋を撫でるように、ぞくぞくと震え上がらせた。  
「深いヤツはあとでいくらでも教えてやるよ」  
「え?」  
「首が、いいんだろ?」  
 楽しげなキオは頭を巡らせ、パシャの首の右側に吸いついた。  
「あっん! や、はぁ!」  
 声を抑える準備が全くできていなかったパシャは高く喘いだ。  
「ん……んむ、じゅっ」  
「あっ! ……キオ、キオっ……」  
 血管の浮き出た脂肪の薄いところを甘くかまれ、尖った顎骨の付け根を吸われる度に、  
 山吹色の尾がうねうねと飛び上がる。身体自体もじっとしていられなくて、ぴくぴくと揺れる。  
 キオはそれを逃がさず、首を伸ばしてしつこく密着した。  
「キオぉ……っ」  
 ジャガー族とヒトとの力の差は歴然としてあるのに、パシャの手はキオの愛撫を止められない。  
 彼の黒髪をせわしくまさぐることしかできていない。  
 
「あー……耳はここじゃねーンだったな」  
「……ぅ? ……ん、そう」  
 彼はなんとなく残念そうだ。顔の横、頬の後ろ側へ熱い息が吹きかかった。  
「キオのは本当に変な耳」  
 パシャは視界の端で白く月光を跳ね返す、ヒトの耳へそれとなく指を移動させた。  
「変とか、ぅぁ……ちょっ……と」  
 これは彼女にとって少し意外だった。  
「ふうん。キオは耳がいい?」  
「ちっと、な?」  
 軟骨のような骨組みの隙間に指を捻りこむと、キオは目を閉じ気味にぴくりと反応する。  
 鼻にかかるというより喉の奥から響くような声はパシャの記憶にはない。  
 それが彼の気持ちよさそうな時のそれだと理解し、  
「なんだか、嬉しい」  
 その色っぽさにパシャの顔は自然とさらに弛んだ。  
 剣胼胝にかさついた指でなぞれば、耳の下方にぶら下がる、ふにふにとした厚みのある触感が快い。  
「わ、あ……これすごい」  
「それは耳たぶ、だな。それにしてもすげー意外……今さらだがパシャたちには耳たぶねーんだ」  
 こちらの部位は感度がそれほどではないらしかった。彼の口調は元に戻ってしまう。  
 しかしそれを残念に思う間もなくさらに片方の肘もつき、両手でヒトの二つの耳たぶを触り続ける。  
「これまでの触り心地の良いもの一番を更新しそう」  
 二つに折り曲げても、軽く押しつぶしてもそれは元の形にたやすく戻った。  
 いくら触れても飽きることがないように彼女には思えた。  
「何だよソレ……でも、俺にはこっちの方が触り心地いいぜ」  
「あ! ……んっ。もう……」  
 密着したせいで見えないのをいいことに、彼はパシャの胸を軽くつついた。  
 それだけならまだしも正確無比な一撃は彼女の胸の先をとらえてもいた。  
「あ、ちょっと……キオっ」  
 さらに指と指の間に素早くそれを挟み込み、くにくにと軽く擦り立てる。  
「だんだん固くなってくのがいいなー」  
「ふぅっ……ん」  
 衣服ごしのかすかな刺激だがパシャの意識に快い囁きをもたらす。  
 既にキオの耳たぶを弄る手つきは止まり、彼の動きに集中し始めている。  
「パシャもそう思うだろー?」  
 そこは恋しい男と触れ合っているという事実によって準備ができていたわけで、言うとおりに熱を持ち始める。  
 キオの指に転がされているからこそパシャにはありありと実感できてしまった。  
「そ、そう……?」  
 気を抜けば落ちてしまいそうな上体を支え、手を握りこんでこそばゆいような快感に耐える。  
「なんつーのかな、育てて行く感じがまたいいんだよ。……オヤジくせーとか言うなよ?」  
 気持ちよさそうに目を細めたパシャが嬌声を我慢しているのを、キオは悟りながら手を止めない。  
「……」  
 そして焦らすように指の動きをゆっくりとしたものに変えると、  
 閉じ気味だったパシャの藍色の瞳が開き、酒精によってではないもう一つの潤みをたたえていた。  
「……キオ」  
 拘束を緩めてもパシャは逃げようとはしない。キオは期待するような瞳の煌きを感じながら、  
「……ここで、見てるからな」  
 敢えて彼女の逃げ道を遮った。  
 このまま流れ込んでもお互いに気持ちよくはなれるだろうが、  
 一つ、二人だけの儀式をこなせばもっともっとお互いを強く感じられるはずだった。  
 
 
 
 パシャは深く息を吸い、深く息を吐いた。  
 仰向けに寝転んだままのキオの上にリャマ乗りの格好で軽く腰掛けている。  
 体重が直接かかってしまうこの体勢は彼女にとって居心地の良いものではなかったが、彼は譲らなかった。  
 
 その頑なな物言いと動くに動けないその姿勢は、  
(ありがとう、キオ)  
 後ろに川を背負うような真摯さでもってパシャを勇気づけていた。  
「……はあ」  
 もう一度深呼吸をした。上衣の裾を握りこんだ彼女の手に、キオの手が下から添えられた。  
「俺ら兄弟は」  
 彼の体温を感じて初めて、パシャは自らの指先が冷たくなっていることに気付いた。  
「それぞれ母親は違えけど共通の母親代わりの人がいた。その人はな、よくこーして手、握るんだよ。  
 不安てヤツには一番の特効薬らしい」  
 逆にキオの手はとても温かかった。  
「その人ヨシノさんと……ユキ兄と、イチカと四人で……ホント、小さいときのことだがな」  
 そしてパシャを包み込む。彼でさえ不安はあるだろうに、あくまでパシャを気遣う。  
「ん。落ち着いて、きた」  
 体温とともに、安らかな気持ちもいっしょに流れ込んでくるような感覚を覚える。  
 心強い後押しをされたパシャはもらったばかりのハチドリの飾りを気遣いながら、  
 ゆっくりと上衣を脱ぎ捨てた。  
 
 パシャは乱れた髪を頭を振って軽く整える。同時に頭の中に浮かぶ過去の光景と白い靄もどうにか振り切る。  
 閉じたがる瞼を全力で押し開くと、眼下のキオへと視線を移した。  
 すると彼の表情は――眉間に縦の皺を寄せ、何か不満そうだった。  
「……お前ってヤツは」  
「あ痛っ!」  
 そして勢いよく上体を起こしたかと思うと、あろうことかパシャの額を指で強く弾いた。  
 その選択肢にすらありえないようなキオの行動に、パシャの藍味がかった瞳は挙動不審に舞った。  
「パシャ。医者に診せたので一番最近なのはいつだ?」  
 キオはさらに詰め寄るように言い放った。  
 実際顔の距離を詰め、思わず退いてしまったパシャを両腕で軽く抱えていた。  
 パシャもキオの両肩を咄嗟に掴み、自分の身体を支えている。  
「え……ない、けど。怪我は自分で診る」  
 火傷を負った際の治療の後は医者にかかったことがない。  
 病らしいものとは縁が無かったし、衛生兵の世話になるほどの重傷を負ったこともない。  
「そーいうことか。どんだけひどいかと心配しすぎたぐらいだ」  
「え? え?」  
 この世界に落ちて一年と経っていないとは言え、キオは日々を医療という勉学にあてていた。  
 名医と呼んでも差し支えないほどのチタラの指導のもと、  
 彼はキンサンティンスーユの医学を驚くべき速さで学習していた。  
「パシャ。これ――治るぞ?」  
「……なお、る?」  
 表意文字の一種であるトカプが読めるようになると、手当たり次第にチタラの蔵書を読み耽った。  
 そこには彼のこのような発言を裏付ける植皮技術、整形技術もまた記されていた。  
「小さいとき、一生このままだって……」  
「だぁから! パシャがでっかくなったように、医療だって進歩すンだってば!  
 昔はダメでも、今ならできンの!」  
 損傷した皮膚組織を削り、  
 その上に自己移植すれば完全には消えないでもそれほど目立たなくすることが可能だった。  
「高等技術だからオセロトゥスーユの総本山でなきゃ無理だが……よし、決めた。  
 休暇が取れたら"約束"の前に真っ先にコイツ治すぞ」  
 パシャは茫然と息を細くし、二の句が告げない。  
「確かに……ひどい傷だが、俺も火事場でいろいろ見てきてるし。  
 それに、俺は『若先生』チタラの優秀な生徒でもあるんだぜ?」  
 言外に彼は「信じろ」と、苦笑しながら告げている。  
 しかしパシャにとっては信じるも、信じないも、今このときは頭からなかった。  
 何年も長い間悩み続けてきたことを一蹴された衝撃で、何もできていない。  
 仮に今パシャの頭を左右に振ったなら、  
 左耳からは「嘘に違いない」右耳からは「いや、現実だ」と書かれた旗が交互に出てくることだろう。  
 
「治る?」  
 パシャはその言葉の意味を知らないかのように繰り返した。  
「そうだ。治る」  
 キオもまた、教え諭すように言い含めた。  
「……あ、あは、は。キオ、どうしよう……何か」  
「おう、どした」  
「あふれそう。苦しくて……切ないよ……」  
「へへっ。そーか苦しいか。でも、イヤじゃねーよな?」  
 対して、パシャの締め付けられるような心の苦しみは素直に首を縦に降らせていた。  
 そして固めな表情筋は笑んだ形のまま戻ることを忘れてしまったかのようだ。  
「うん。それがいいな。パシャはそーやっていっつも笑ってればいい」  
「それは、無理。いつもの私は無感動な女」  
 悪夢を見る毎に恐怖以外の感情も磨り減っていったように思う。  
「キオがいないと、キオがいてくれるから――っん、んん!」  
 突然キオは抱きしめる力を強め、パシャの深い胸の谷間へと顔を埋めた。  
 その中央を強く口で吸われる感覚に、抑えた悲鳴を洩らす彼女を余所に、  
「いや、心のこもったいい言葉だ。我慢できなくなる」  
 熱い言葉と吐息を吹きかけた。  
 一方のパシャは心の臓まで吸い取られそうなほどの衝撃を味わわされ、鼓動をさらに速くする。  
 波打つ血の管に急きたてられるように再びキオの黒髪の中に指をからませた。  
「ん、我慢しなくてもいい。私もそうしたい」  
「……それ、わかってやってるなら大したモンだけどよ。パシャだからな……」  
 キオのその物言いは何か不当に主人を評価しているようだ。  
 けれどもパシャ自身も、ただでさえ溢れ出す想いをこれ以上とどめておくのは無理だった。  
 ――彼に組み敷かれたい、彼の重みを感じたい。  
 ――彼の匂いを嗅ぎ回りながら抱きしめられたい、抱きしめたい。  
 ――冷静さや余裕を投げうった彼の高ぶった本性を聞きたい。  
 その率直な想いは、部屋の隅でじっと見守っていた一つの寝台に熱をもった視線を移していた。  
 そして釣られるように、キオの視線もまたそこに。  
 
 
 
 月夜神ママキヤと雨降神ショロトルの輝きは静かな赤い夜空に愛を語り合ったままだ。  
 しかし少し傾いてもいて、窓から入り込む光の範囲は同じように少し移動しながら形を変えている。  
 その薄暗闇の向こうには人影がぼんやりと浮かび上がる。  
 褐色の肌のパシャを、白い肌のキオが膝立ちながら見下ろしていた。  
「じゃ、本格的に行きマスかね」  
 彼女の見上げる薄闇の視界で白い輪郭をしたキオがにやりとしながら、指をポキポキと鳴らしている。  
 さらに屹立し、反り返る男性自身も惜しげなく晒したままだ。  
「遠慮はいらないから」  
 そう呟きながらパシャは照れくさい。両肩を抱くように腕を交差させている。  
 ともすれば身体を斜めに走る火傷を隠したくなるが、彼の楽しげな気配を感じるたびに気が紛れた。  
「さて、どーして欲しい?」  
「……キオの好きにでいい」  
「まあな。探りながらも嫌いじゃねーが今日はパシャの好きなよーにしてやるよ。  
ほら、何だ。色々とあるだろ?」  
「ん……」  
 パシャはしばし思案した。彼の言うことは正直よく分からなかった。  
「パシャは口下手の部類に入るかもだが、その分素直サンだからなー。して欲しいこと言ってみ?」  
 (そういうこと、なら……)  
 彼女はようやく腑に落ちるとこく、と頷いた。  
 そして枕元の小さな木棚から二つの小さな物体を取り出した。  
 
「うはぁ……ナニソレ」  
「これは――」  
 そしてパシャはキオに説明し始めた。  
 
 彼女の取り出したそれらは「亀卵【ミーター】」と呼ばれる道具だ。  
 ジャグゥスーユでの主要な産業の一つである天然ゴム産業による産物だ。  
 名称からも想像できるように、亀の卵のような形のゴムでできた小球はちょっとした奇跡をかけられている。  
 小球から伸びる細い縄の先には活性化させる装置が取り付けられていて、  
 活性化させるとゴム部分が小刻みに振動する仕組みだ。  
 表向きでは肩こりや腰痛を安らげる道具になっているが、  
 実際はそれ以外の成人向けの夜の営みに関する道具として用いられていることが多い。  
 
 ……誤解をもつような言い方はどうしようもないが、奇跡という代物は決して特別なものではない。  
 日常生活を少しだけ手助けするような種類の方が圧倒的に多い。  
 後のキオが行使する《不屈》も、元は荒れた道をひた走る飛脚【チャスキ】の手足を保護・強化する奇跡だ。  
 さらに《脱水》も――いや、これは彼のもう一人の主人に関わるので、控えることにしたい。  
 
 ――とにもかくにも。  
「ローターかよ……」  
「キオの世界にもあった?」  
「おう……」  
 キオはやや怯んだように彼女からそれを受け取り、感触を確かめている。  
「俺もまだまだだな。パシャの性格は結構分かってるつもりだったが……ちっとびっくりだ」  
「ん、一番恥ずかしいの、見られたからそれほどでもない。照れくさいことに変わりない」  
 すると彼は「パシャ?」とからかいの色を強くしてきた。  
「俺はその……一番恥ずかしいとこをどーするかって聞いたつもりなんだがな」  
 その締まりのない顔に、彼女はようやく思い至ってきた。  
 キオはパシャの傷痕を気にかけていただけだ、と。  
「撫でて欲しいとか、逆に気にしないで欲しい、とかよ」  
 パシャはどうされたら一番気持ちよくなれるか、と聞いたわけではなかったのだ。  
 彼女は自身の中で、感情の水位が入れ替わるのを感じた。  
「だったら、最初からっ! ……キオに言いたいことが前からあった。言いたいことははっきりと言って!」  
 小波のように羞恥が打ち寄せ、パシャは己を抱き寄せる力を強くした。  
 キオのにやけ笑いをとてもではないが直視できない。パシャは目を伏せた。  
「育ちだから勘弁してくれよ。でもな……いや、すっげー興奮するぜ?」  
 
 そして白いヒトの体が質感を増して覆いかぶさって行く。  
「返して。……返し、なさい」  
「ダーメ。俺のスイッチが入っちまったよ」  
 逆手にとったはずの「命令」もキオには届かない。  
 二人を除き、風が森の木々を揺らすざわめきしか聞こえなかった室内に、重い羽音が唸り出した。  
「キオっ! …ぁ……ね? 返して、ぇ…っ!」  
 キオは左肘をついて体を支え、そのまま「亀卵」でパシャの敏感な首筋を突く。  
 さらに反対の手も同じように小球をすべらせ始めた。  
「やーなこった」  
「んぁんっ…ふっ!」  
 彼の体はパシャのしなやかな肢体をしっかりととらえ、ぐいぐいと体重を預けて行く。  
 焦れったくなるほどゆっくりと足の付け根の丸みをなぞったかと思えば、  
 両手の平に微動を続けるゴムを握りこんだまま、パシャの張り出した胸に押し当てる。  
 
「あ……」  
 振動が痕に直接触れ、パシャは思わず声を上げた。  
「どーする?」  
 キオもその僅かに怯んだようなそれを感じ取り、癒しを望む女主人を窺う。  
「触れられるならキオの手がいい……」  
 ゴムの質感は人間のやわらかさと似せてはあるが、道具であることに違いはない。  
 そして彼の体温を吸っていたとしても、本物が近くにあるのに触れられないという拷問はあんまりだった。  
 彼女は自分の欲求に素直に従った。  
 キオも分かったとばかりに首肯すると、右のゴム球を傷痕に触れない左側に移す。  
「キオ……あ、あ、あっ…それ、ああっ!」  
 器用に指の間に挟み、パシャの右の乳首を両側から責め始めた。  
 固く充血したそこは薄い皮膚越しに快感を満遍なく享受する。  
「う、あ、それっ…つよ、くぅぅ……」  
 さらに大きく円を描くように乳房全体をもみこまれ、ちかちかと煌くような痺れがパシャの中枢を侵す。  
 
「お、キてるな」  
 キオの下で、若鮎のように褐色の身体をうねらせるパシャ。  
 彼はぼんやりとした暗がりにも目立つ赤味の強い痕にも指を這わせ始めた。  
「……キオぉ、怖く、ない?」  
「これからこーいうことする時には触ることにすっからな」  
「これ、から?」  
 キオのその行為自体がパシャに対する答えだった。  
 彼女の過去が刻み付けられた凹凸を確かめるように撫でおろし、終端まで来れば手の平を裏返し、  
 爪の先で静かにくすぐる。  
「気持ちいいので上書きしてやる」  
「うん…うんっ!」  
 今度は紅色をした胸の頂を挟んだ二つの亀卵で強めに摘み、こすり合わせる。  
 くん、と背筋を反らせる彼女の背中に、キオは素早く右手を差し入れる。  
「こいつを自分で見ても――」  
 どこまでも甘く痺れるような細かい振動から逃れている反対側の可憐な尖りに一度だけ軽く歯をたて、  
「あ、ふぁっ!」  
「――気持ちいいこと思い出せるように、な?」  
 キオはそのまま、複雑な紋様を描く火傷の痕にぬめった舌先を押し当てた。  
 
 舌の平でなめ上げるのではなく、  
 あくまで羽箒で触れるかのような彼の口付けに、パシャは切なさがこみ上げてくるのを抑えられない。  
 きゅう、と内側に巻き込まれるような心理的な気持ちよさに彼女の身体もその通りに動く。  
 両脚はいつの間にかキオの白い腰を挟み込んで離そうともしない。  
「キオ…キオ……好き、大好き」  
 吐息の合間に、自分の拙い恋慕を受け入れてくれた男の名をうわ言のように上擦らせた。  
 そしてパシャが再び片方の乳首を彼の唇で甘く噛まれたときだった。  
「あ、うっ……」  
「熱っ。あ……」  
 快感にパシャが腰をくねらせるとキオの最も熱い部分が触れた。  
 彼も突然やわらかな肌に触れられて苦しそうに、でも気持ちよさそうに呻いた。  
「すまない、私ばかり。全然気が回らなかった」  
「……気にすンなって」  
「でも、こんなに熱い」  
 そして両脚に力を入れて彼を抱き寄せ、キオのたぎった熱を探し当てる。  
「ま、待てって……我慢できなくなっから」  
「ここまで来てどうして我慢?」  
 
 彼はなぜか口ではそう言うものの、パシャの和やかな陰毛で男性自身をさわさわと触れられて逃げはしない。  
 寧ろ愛液をたたえた泉を探るように、躊躇いつつ動いている。  
「だってよ。生でしたらやべーだろ」  
「……ヒトとこちらの世界の住人では子供ができない」  
「……聞いてねーぞ、おい……」  
 正確に言えば、幼い頃の大火事で彼女の子をなす機能自体損なわれているのだが、  
 実際そう言ってしまったらキオはひどく気にしてしまうだろう。  
 パシャはこれ以上彼に重荷をくくりつけたくなかった。だからそう、一般的な事を口にした。  
「そう? 男仲間同士で話になってると思った」  
「落ちてくる場所間違えたなーぐらいは言われた。……そー言えば、アイツら変に笑ってやがったな」  
 おそらく、主人が異例の二人であろうとも一方は無愛想な戦闘女、  
 もう一方は孤高を保つ高圧的な女性だから、こういった扱いを受けることはないと同僚に思われたのだろう。  
 そうパシャは思い至った。  
「萎えた?」  
「……小さいのが嫌いってわけじゃ。でも正直そこまで実感沸かねーしな、それに……」  
「それに?」  
「あ、何でも。青臭すぎて」  
 そして彼は苦笑した。  
 彼は弟に対する愛情は強かったが、こと自分に関する事柄は興味が薄いようだった。  
 詮索したい気持ちがパシャにないわけではなかった。しかし彼女もつい先ほど一つ隠し事をしたばかりだ。  
「私は、キオがいい」  
 パシャは彼の黒々とした瞳を見据えて最終的な承諾の意を伝えた。  
「でも別にキオを束縛したいわけでもない」  
 そこでなぜか、  
 ―― もう、大丈夫だ ――  
 夢の中で差し伸べられる銀色の手はいつも右手だったことを思い出した。  
「手を……キオの手をいつでも握れる位置に、いたい」  
「この期に及んでまだそーいうこと言うのか。パシャの好きになった男はそんなモンか」  
 キオは朗らかに笑い、首を縦にした。  
「控え目なだけだって思っとく。……ほら、力抜いてみ」  
「ん」  
 パシャはまた素直に頷きながら、ほんの刹那、予兆めいた何かが向こう側に輝いたのを感じた。  
 しかしどこの向こう側なのか――その疑問は熱い粘膜同士の接触に掻き乱されて、すぐに消滅してしまった。  
 
 
 
 キオはパシャの秘裂を目一杯くつろげると一気に挿入した。  
「くぁっ、ンなに…締めんな、よっ」  
「知ら、ないっ……はっあ! 久しぶりすぎっ、てっ!」  
 お互いの腰がぶつかり合う。跳ね返ることなくぴたりと密着する。  
 二人とも強烈な快感に身を震わせ、詰まる息を吐き出して耐えた。  
「こっちも、だ。あんまりもたねーから……」  
 噛み締めた歯の隙間からキオの熱気が洩れる。  
 肩を荒げるパシャの両側に手の平を突くとゆっくりと熱い肉を引き出す。  
「こんなの…初めてっ…あ、や、やあぁっ! 嘘、ダメっ、行かないで、すごくっ、ああっ!」  
 キオの優しい愛撫を受けて、下腹の内が蜜に潤っていたのを彼女自身感じてはいたが、  
 これほどとは予想していなかった。  
 時々独り自室で道具を使って慰めていたのとは大幅に格が違った。  
「う…やぁ、やっ、まだ行、くうっ……」  
 比較にならないほど愛液にほぐれたパシャの膣内は、彼の欲望に甘えるようにすり寄って離そうとしない。  
 
 結果として、これまで経験したようなちくちくと刺すような痒みではなく、  
 内臓全体を持って行かれそうな切ない喪失感があった。  
「ああっ!」  
 そしてキオが限界まで引いたそれを再び押し込むと喪失感が埋められ、  
 閉じた膣の道を奥まで押し広げられる充足感が満ちた。  
 ぞくぞくと肩がせり上がるのは、絶対にパシャ自身の意思ではない。キオがそうさせている。  
 彼女が望んだ、恋人の重みが、匂いが、声がどこまでも彼女をくるむ。  
「すご、くてっ! 好き……いい? こんなに、いい?」  
「ああ、いい。パシャっ、いいからっ!」  
 それが許しを請うているのか、質を聞いているのか、本人たちにも分からない。  
 パシャがたまらず身体に力をこめる。足をからませ、腕をからませる。  
 すると筋肉の硬直は蜜壺へも伝わり、キオをさらに加速させてしまう。  
 お互いがお互いの反応を連鎖させて睦みあう二人は限界に向けてひた走る。  
 
「はっあ、クソ……」  
 キオはふと、指に触れた振動する道具に気付いた。  
 幸運にも一度でそれを活性化させると、濃い空気のうねりに再び重い羽音が混じった。  
「キオっ! それは、ああん! っ、もうっ、返し――ふぅう、う、あ、やっ」  
 色々と愛撫されていた時よりも大きく震える重低音を感じたパシャが止めようと顔を上げるが、  
 キオは膣奥に細かく先端を送り込み、快楽で反抗をねじ伏せる。  
 さらに平行して唇を塞ぎ、彼女の頭を寝台に押し付ける。  
「ん、んんっ。んむ、む! んうぅ」  
 そして彼はパシャの腕を片方振り解く。ゴム製の球を彼女の恥丘へと遠慮なく押し当てた。  
 力加減ができないほど彼の雄性は猛っていた。  
「……ふはっ。男が、先に、イクってのはっ……ダメ、だろ」  
 彼なりの哲学なのかもしれなかったが、パシャはまったくそれどころではない。  
 肉と骨を通して伝わる強震は女性気全体にあますことなく木霊して、  
 彼女の昂ぶった性感を直に揺さぶっていた。  
「…っは、あっ! ……ふ、うぁ、キ、オぉ」  
 快楽に耐え切れず息を吐き出す最中に、新たな波動が打ち寄せて呼吸を一時的にせき止める。  
 
 一方のキオは一時退避を完了させ、律動を休ませていた。  
「じっとしてても…すげー、な……」  
 限界まで膨らんだ先端の丸みだけをパシャの膣内に潜らせている。  
 反対の腕も彼女の拘束を逃れ、引き締まる腰を支える。  
 キオの眼下には背骨どころか喉首まで大きく弓なりに反らせるパシャの裸体。  
 その頂には盛り上げられた双乳が、ぷるぷると浮沈を繰り返し自己を主張している。  
 そして、しなやかな両腕はその末端で白い敷布をくしゃくしゃに握りしめている。  
「これで……」  
 キオがふいに、パシャを淫らに舞わせている道具を一旦恥丘から離した。  
「……はあ、は、ぁ……っふ…?」  
 
 パシャが快感の残滓を浮かべたままの顔を上げると、キオと視線が合った。  
 暗くてはっきりしないが彼の白い肌は紅色を散らし、その艶やかさにパシャはまたぶるりと肩をすくませる。  
 それが彼にも伝わったらしく、一瞬気持ちよさそうに眉をしかめながら、  
「……一番感じるとこに当てたらどーなんだろーな?」  
 悪戯っ子そのままの幼い調子で言った。  
「それはダメ、だから」  
 以前パシャも興味本位で触れたことはある。  
 しかし、どううまく言葉で表現しても痛いとしか表せない感覚だった。  
 
「そーか? でも、さ」  
 キオはそう言うや否や上体を起こして、二人の結合部へ指を伸ばす。  
「痛かったら止めるから。とりあえず指で、試し、な?」  
 その白い指がゆっくりと近付いて行くのを呆と見守る。  
 一度許せばどこまで許せるのか、それとも彼に流されるとでも言うのか――  
 そして気取る訳でもなく自然とキオが自分の身体に集中してくれているのが、切なさをさらに濃密に煮立てる。  
 触れるか触れないかの刺激は、また違った感覚をパシャにもたらす。  
「ふぁ……ふ、あ…痛く、ない……はぁぁ」  
「そっかそっか。ホントに素直サンだな……よーし、よし」  
 ひどく嬉しそうなキオの調子が加味されてまた一段上の心の温かさが生まれる。  
 一方的に幼子のように弄ばれてもそれが彼を楽しませるのなら、  
 パシャは喜んで山吹色の尾を振り立てたるだろう。  
 身を委ね、彼の指に淫らにss応えるパシャの視界の隅にゴム製の小球がよぎった。  
 
「弱く、よわく……」  
「嫌がることはしねーよ」  
 キオは怯えるようなパシャをそう宥めつつ、  
 実は薄闇の中で彼女の藍味がかった瞳が期待に輝くのを正確に読み取っていた。  
「……ぁ、あ…ああ、あっ、あ、は」  
 小さな羽虫のような振動音は、パシャの紅珠に微かに触れてさらに音量を小さくした。  
 しかしその分の力は内にこもって彼女の敏感な神経を揺らし、快楽という名で攻め立てていく。  
「っく、はぁっ!……う、あん!」  
 そしてそれが限界まで達すると、大きく息を吐き出して高まった性感を逃す。  
 何度も軽めに達するたびにパシャは腰を跳ね上がらせ、恋しい男に訴える。  
 とめどなく溢れ出す愛液が恥ずかしくも雄弁に語っているだろう、と。  
 けれどもそれが実際には彼女自身からは見えないからこそ、想像を掻き立てられてパシャもまた昂ぶる。  
「キオっ…もぅ、やあ……キオぉ……」  
「パシャ…今、すっげー可愛い……ぞ」  
「っ!! は、あああっ! ……あぁ……」  
 彼の意表を突いた言葉に、パシャは一気に頂点に達した。  
「……あ、く…パシャ、イったな」  
「…っ、…ぁ…ぁ」  
 続けざまに煌きをぶちまけられているパシャは、冷静に観察されるのを止めさせたくても、  
 その次の瞬間には新たな波をかぶって首をすくめるしかない。  
「は…はっ……す、ごかった…」  
 どうにか身体を鎮めた彼女は思い返していた。  
 「可愛い」などと言われたのは亡き父母以来久しすぎた。  
 特にそう言った彼に父を当てはめようとは思わない。もう父の顔も忘れた。  
 しかしその意味する響きは危ないくらいの切なさを伴ってパシャの立ち上がった耳の先から駆け抜けて行った。  
 
「もう一回、行くか?」  
 パシャは彼が言い終わる前にこくりと頷いていた。  
 「可愛い」などと言われたせいで達したとキオに気づかれてはたまったものではなく、  
 不器用なパシャなりに彼を愛撫に集中させてしまいたかった。  
 ……パシャは自嘲気味に自分がその単語からかなりの位置でかけ離れているとは思うが、  
 彼によって気持ちよさを与えられて、それを表現することで彼にそう言われるなら構わなかった。  
「もっと」  
 言葉少なであるからこそ、  
「……よし、任された」  
 大きな気持ちがこもることもある。キオは言葉に詰まりながらそう言うのが精一杯だった。  
 
 と、その時パシャは振動音が強くなっていることに気付いた。  
「強いのは……」  
 手を伸ばしてキオの手を遮ったが、彼はパシャの指の上から敏感なところに当てようとする。  
「キオっ」  
「パシャ…気付いてねーのか?」  
 そして指と指の隙間にねじ込むように小球を配置する。  
「途中からずっとこの強さ、だぞ?」  
「……えっ?」  
 そう言われても、パシャには確かめようもない。高まった性感に酔って耐えていたのだから、無理な話だ。  
「っああ!」  
 躊躇った指の間隙にそれが潜り込み、膣庭にあてがわれた。  
 よく感じればパシャ自身の蜜にまみれて乾くことなくぬるついている。  
 振動はその近辺をつぶさにパシャに知らせ、膣内に少しだけ沈んでいるキオの灼けた棒もはっきりと分かった。  
 
「はっ…キオぉ、は、……はっ、キ、キオ…」  
 せわしくなり出した吐息の合間に、パシャは恋しい男の名を呼ぶ。  
「パシャ……俺も、もう」  
 そして彼もまた喉奥で出すような低い声で、自由な方の手で引締まった腰を自分の方に引き寄せた。  
 瞳を合わせて「行くぞ」伝えるとゆっくりと腰を使い出した。  
「うんっ、キオ…キオっ……思い切り、今度はキオの番っ…」  
 パシャも再び侵入してきた彼自身を愛おしくなり、焦げつくほどの熱をねだる。  
 気持ちよさそうな彼の顔を見たような気もするが、薄く目を開いた彼がパシャの陰核を震えさせ始めると、  
 即座に自身の制御を失った。  
 彼の言った通り、かなり重いはずの刺激もパシャの身体は受け止めている。  
「は、はっ、パシャ、さ。……挿れるより、抜かれる方が好き、だろ」  
「え、やあ、はあっ! キオ、何、なに?」  
「こうして……」  
「……ふ、ふぁ、ふぁああっ!」  
 流星が意思をもって飛び回り、彼女の思考をばらばらに並べ替える。  
 さらにキオがパシャを求める乾いた声が強くなる。  
 その熱烈な抽送は、途切れることない喪失感と充足感を交互にパシャへもたらした。  
 しかし……やがて喪失感の方が彼女の意識に幅を寄せてきた。  
「やぁ、ぃ、やあ……ぃや、も、もうっ……」  
 膣口付近に「亀卵」があるせいで、彼の欲望の長さがその分差し引かれている。  
 初めて彼が挿ってきた時何度か到達していたはずの膣奥が、  
 いつまでたっても訪れない刺激を欲し、パシャを切なく苛む。  
 むず痒さに手が届かないようなもどかしさのままに彼女はキオに伝えようとするが、  
 嬌声を上げることに忙しい唇と舌には酷な話だ。  
「キオ、ぉ…きオ、キオ!」  
 パシャはひたすらに彼の名を呼び、何かを求めて手をさまよわせる。  
「ひゅ…はあ…パ、シャ」  
 キオもそれに応え、彼女の指にしっかりと己の指を絡ませる。  
 その力強さは、一方的ではない想いをはっきりと彼女へ感じさせた。  
(もしかしたら私――幸せ?)  
 自覚した途端パシャの中で唐突にせり上がり、  
「ふ、ぁあ―――!」  
 彼女は最も高いところに昇り詰めた。その激震はキオへも限りなく伝わり、  
「あ…っ、む……」  
 彼は耐えることなく身をまかせた。  
 これまで奉仕してくれた小さな道具を放り出し、褐色の肌をした身体を全力で引き寄せる。  
「んんぅっ―――!」  
 奥の奥まで、それも一息でもどかしさを満たされた上に、  
 注がれる液体に膣奥を小突かれ、パシャはさらに夜空の高みへとハチドリ【クェンチィ】の翼を羽ばたかせた。 
 
 

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