こねこねこねこね。  
 
 で、何故に俺は料理の手伝いまでしなきゃならないのだろうか。  
「そこ、口より先に手を動かす」  
 へいへい。  
 
 饅頭の生地……ていうかなにか白くてでかい小麦粉の塊を前に、俺はずっと悪戦苦闘している。  
 大体、生まれてこの方料理なんか学校の家庭科くらいしかやった覚えがない。  
「どーなった?」  
 ご主人様が、饅頭に入れる中身の仕事をひと段落させてこっちに来る。  
「見てのとおり」  
「ん〜」  
 ぐにぐにと、ご主人様がその塊を押さえる。  
「ちょっと固いね。もうちょっと水を足したほうがいいよ」  
「どれくらい?」  
「ん〜とね、大体これくらいの柔らかさがいいんだよ」  
 むに。  
「うわあっ!」  
 いきなり、背中に抱きついてくるご主人様。首に腕を絡ませて、思いっきり密着する。  
「ねぇねぇキョータくん、この感じ、わかる?」  
「わ、わかるもなにも……と、とりあえず離れろって!」  
「ふ〜ん、ゴシュジンサマにそんなこというんだ。せっかくアドバイスしてんのに」  
 そういって、すりすりと背中に柔らかいものを押し付けてくる。  
「そ、それのどこがアドバイスだよっ!」  
「ほら、生地の柔らかさ。だいたいこれくらいの柔らかさがいいんだよっ♪」  
 むに。  
 人の態度を楽しむように、にんまりと悪戯っぽい笑顔を浮かべて背中に胸を押し付ける。  
「わ、わかった、わかったから離れろって!」  
 顔が赤くなってるのが自分でもわかる。  
 ぱく。  
「うわあっ!」  
 人の言葉を無視して、後ろから人の耳たぶをくわえるご主人様。  
「わかる? 生地の固さは、大体ボクの胸とか唇くらいの柔らかさがいいんだよ♪」  
 絶対、人をもてあそんで楽しんでやがる。  
「わ、わかった、だいたい……」  
 どぼどぼどぼ。  
「のわあっ!」  
 水がこぼれる。  
 
「もぅ〜なにやってんのよ、キョータくんったらぁ」  
 背中からご主人様の声。  
「ほんっと、ボクがいないとなんにもできないんだから」  
 それを言うなら、ご主人様がいなければもう少し落ち着いて作業ができるんですが。  
「仕方ないなぁ」  
 そういいながら、背中を降りて俺の横に立つご主人様。  
「ボクが、キョータくんにもわかるように、ちゃんと教えてあげるよ」  
 そういいながら、ご主人様は俺がさっきまで悪戦苦闘していた小麦粉の塊を横のバケツに移し、空のボールに小麦粉と膨らし粉、その他もろもろを入れる。  
「まず、生地を混ぜる塩水の温度は人肌」  
 そういいながら、人の体を引き寄せて、すりすりとほお擦りする。  
「って、おい!」  
「このくらいの温度だよ」  
 小悪魔モード全開の流し目を送りながら、そう言うご主人様。  
 わざとやってる。ぜってー、人が困ってるのを見て楽しんでやがる。  
「ふぅ〜ん、キョータくん、体温高いね」  
 すりすりすり。流し目を送りながら腕を絡み付けてきて、体全体をすり寄せてくる。  
「わ、わかったからもう離れろって……」  
「仕方ないなぁ。キョータくんって、ほんっとにウブなオトコノコなんだから」  
 そう言って笑いながら、やっと体を離したご主人様が、さっきまで具を作っていたあたりから水瓶を持ってくる。  
「いい? だいたい、これくらいの温度」  
 そう言って、今度は指を水瓶に入れさせる。  
 最初から水瓶に指入れるだけでよかったじゃないかと、まだ鼓動が収まらないなかで思う。  
「で、量はこれくらい」  
 そういいながら、ボールの横を見せる。  
 擦り切れてほとんど見えなくなっていたけど、よく見ると目盛りがある。小麦粉も、ちょうど目盛りぴったりになっている。  
「気づかなかったでしょ」  
「……あぁ」  
「ほんっと、キョータくんってニブいんだから」  
 そういいながら、水を流し込む。  
 無造作に入れているようで、きっちりと目盛り通りの場所で止まっていた。  
「で、これをこねるんだよ」  
「ああ」  
 大きなボールの中の小麦粉と塩水の塊を、俺とご主人様の四本の腕で練る。  
「こういうのをやってるうちに、オンナノコの扱いもうまくなるんだよ」  
「っっ!」  
 思わず前につんのめりそうになる。  
 
「力の入れ方、抜き方、そういうのがだんだんわかってくるようになってきたら、キョータくんも晴れて一人前のドレイ」  
 それ、あんまり嬉しくない。  
「ほらほら、顔が赤いぞぉ」  
 意地悪な笑顔で、つんつんと俺を肘でつついてくる。  
「誰のせいだ」  
「キョータくんのせいだよっ♪」  
 無邪気な声。ほんとに、俺はこうやってずっとこいつに振り回されていくんだろうなと思う。  
 まあ、別にいいけど。  
「ほらほら、そろそろおっぱいの柔らかさでしょ」  
「その言い方はやめろ」  
「じゃあ、唇の柔らかさ」  
「…………」  
「それとも、こういった方がいい?」  
 そう言って、人の耳に顔を近づけると。  
「ボ・ク・の・柔らかさ」  
「だああっ! 耳に息吹きかけながら変なこというんじゃないっ!」  
 頭の中にいろいろと思い浮かんできて、慌ててそれを振り払うように生地をこねまくる。  
「あははっ、キョータくん真っ赤だよ」  
「るさいっ!」  
「そんなに照れてたら、もっとイジワルしちゃくなっちゃうんだけどな〜」  
「!」  
 ぴと。  
 また、横からご主人様が抱きついてくる。  
「ほらほら〜」  
 すりすりすり。  
「ち、ちょっと、いいかげんに、やめろって……」  
「そんなに真っ赤に照れながら言っても、説得力ないよ」  
 全身でしなだれかかりながら、ご主人様が息を吹きかけてくる。  
「……ひ、人の気も知らねぇで……」  
「知ってるからやってるんだよ」  
「…………」  
「ほらほら、もっと力入れて練らなきゃダメだよ」  
 この小悪魔め。  
 いつか絶対ひん剥いて泣かす。  
 
 ……俺がそこまで保てばの話だけど。  
 
 

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