「キョータくんキョータくん、ちょっとこっち来てくれる?」  
 満面の笑みで俺を呼ぶサーシャさん。  
 こういうときに、大抵ロクなことがあったためしがない。  
「はいはい、いま行きまーす……」  
 洗濯物を一通り干し終えてから、声のほうへと向かう。  
「あ、きたきた。ねえねえ、ちまきってこんな感じでいいのかなぁ」  
 サーシャさんの目の前には、茶色い笹の葉で包まれたおにぎりのような物体が。  
「…………」  
 中華ちまきつくってどうするんですか、サーシャさん。  
「……だめだった?」  
「……いや、その、まずは味見をしてから……」  
 そういって、一個手に取る。  
「ぅあちちちちちっ!」  
 落としそうになったちまきを、横からひょいと取り上げる手。  
「もぅ、食べ物を粗末にしない」  
「ご主人様?」  
 いつの間に横にいたのか、ご主人様がちまきを手にとっている。  
「大体、ボクより先に味見なんて生意気だ」  
 そういいながら、器用に笹の葉をむいてゆく。  
 おいしそうなにおいが、ふわっと漂う中でご主人様は一口ちまきを食べる。  
「ん、おいしいよサーシャ」  
「そう? よかったぁ」  
「キョータくんも食べる?」  
 そう言って、食べかけのちまきを渡される。  
「ん、じゃあ俺も……」  
 ぱくりと一口。  
 うん、確かにおいしい。蒸し加減、材料の味付け、食感に匂い、全部特上。  
 ……なんだけど。  
 五月五日に中華ちまきを食べるのはやっぱり、ちょっと違和感がある。  
「おいしくない?」  
 サーシャさんがうるうるした目つきでこっちを見る。  
「え、いや、おいしいけど」  
「ほんと……?」  
 ぎゅっと、ご主人様が足を踏んづけてくる。  
「あだだだだっ!」  
「キョータくん、おいしいときはちゃんとおいしそうな顔をするの!」  
 横目で睨みつけてくるご主人様。  
「は、はぁい……」  
 かかとで思いっきり踏みつけることないじゃないか。  
 
「キョータくんのために、ちゃんと準備したんだから感謝してよね」  
 胸を張ってそう言うご主人様。  
「はいはい、感謝してます」  
「はいは一回」  
「はぁい」  
「ほんと、出来たご主人様だよねぇ、ボクって」  
 自画自賛するご主人様。  
 気持ちはありがたいんだけど、どっか根本的に間違ってるとおもうんですが。  
 そんなことを心の中でつぶやく俺の目の前にあるのは、狐の国から直輸入してきたらしい、本物の鎧兜。  
 鍬形が光り輝き、鉄鋲も真新しい、いわゆる大鎧ってやつ。  
「さ、早く着て」  
「……やっぱり」  
 雛祭りの時のことを思い出す。  
 あの時も、何を勘違いしたのか巨大な雛壇を作って、俺とミコトちゃんに平安貴族のコスプレさせて丸一日座らせてたっけ。  
 で、今度はコレですか。  
 目の前の見るからに重そうな大鎧を見て、げんなりした気分になる。  
 日本史の授業で習ったのは、たしか総重量40キロ……  
「ほらほら、早く早く」  
 後ろでせかすご主人様。  
「……わかりました」  
 すべてを諦めて、運命に身をゆだねることにした。  
 
 ずし。  
 ……むちゃくちゃ重たい。  
「ん〜……やっぱり、絵になるなぁ」  
「やっぱり、餅は餅屋ねぇ」  
 満面の笑みで眺めているご主人様と、その横で機嫌を直したっぽいサーシャさん。  
 こっちは腰が砕けそうになってるというのに、情け容赦ない。  
「んーと、もうちょっとポーズうまく取れない?」  
「 無 理 で す 」  
 立ってるだけでも割と大変なんですが。  
「んもぅ……だらしないぞ、キョータくん」  
 ちょっと怒ったようにこっちを見るご主人様。  
「そんなんだからいつまでたってもボクをマンゾクさせられないんだよ」  
「なんの話だっっ!!」  
 大声を上げたとたんに、バランスを崩して腰から崩れ落ちる。  
 ぐき。  
「……っっっ……」  
 ちょっと、おかしな落ち方をした気がする。  
「あらあら、大丈夫?」  
 駆け寄ってくるサーシャさん。  
「だ、大丈夫……じゃないかも」  
 わりと痛い。  
「もぅ。キョータくん、サーシャにはすぐデレデレするんだからっ」  
 げし。  
「あだだだだっ!」  
 人が動けないときに蹴り入れないでください。  
「じごーじとくっ!!」  
 腕組みしたご主人様が、怒ったように言った。  
 
 結局、そっから先は床几に座らせてくれた。  
 けど、このクソ重い鎧は脱がせてくれないわけで。  
「大丈夫ですか」  
 水干に烏帽子の白拍子姿をしたミコトちゃんが聞いてくる。  
 無感情な声は相変わらずだけど、少しは心配してくれてるらしい。  
「……な、なんとか」  
「そうですか。ならばいいのですが」  
 そう言って、また向こうに行く。節回しのいい唄声が聞こえる。  
「♪祇園〜精舎の鐘の声〜」  
 いや、それ白拍子じゃないよ、ミコトちゃん……  
 ていうか、端午の節句に白拍子は関係ないんじゃ……?  
   
「ふぅ」  
 夜になって、ようやく重たい鎧から解放された。  
「だいじょぶ?」  
 元気いっぱいのご主人様。  
 ほんとに、子供っぽいというか元気というか。  
 今日は道場に通ってきてる子供たちと一緒になって、朝から遊んでたというのに疲れの気配さえ見せない。  
「今日はキョータ君のおかげで、子供たちすっごく喜んでたよ」  
「さいですか」  
 たしかに、人が動けないでいるのを子供たちが見てわいわいと喜んでいたのは覚えている。  
「ミコトちゃんも綺麗だったし」  
「確かに」  
 いつもは色気の欠片もない作務衣を着ていたから、白拍子姿があんなに似合うとは思わなかった。  
 姿勢も伸びていたし、足使いも静かで、絵に描いたような大和撫子……  
 なんてことを思っていると。  
 げし。  
「あだだだだっ!」  
「キョータくん、また浮気してる!」  
 ご主人様の蹴り。  
「いだいいだい、痛めてる腰を踏むなっ!!」  
「キョータくんが悪いっっ!!」  
「ちょっとまて、逆エビは腰に……いだだだだっ、ギブアップ、降参、俺が悪かった!!」  
 ……ご主人様は、もう少し優しくなってくれてもいいとおもいます。  
 
「反省した?」  
 顔を近づけて、そう聞いてくるご主人さま。  
「思いっきり」  
「もう二度と、ボク以外の女の子にデレデレしちゃだめだよ」  
 そういいながら、頬をつねってくる。  
「いたいいたい、わかったからやめろって!!」  
「やめてください、でしょ」  
「わ、わかった、やめ、やめへふらはひ……」  
 ようやく手を離す。  
「キョータくんは、ボクだけのキョータくんなんだから」  
 ちゅ。  
 ご主人様が、頬にキスをする。  
「ボク以外の子に浮気するなんて、許さないんだぞ」  
 上に覆いかぶさってくるご主人様。  
 そして、唇を重ねてきた。  
 
 なんていうか、ご主人様はいろんな面を持っている。  
 子供っぽかったり、妙に大人びてみたり、拗ねたり、怒ったり、笑ったり。  
 感情の起伏に正直で、嘘がつけない。  
 そんなご主人様だから、いつの間にか俺も惹かれたのかもしれない。  
 こんな山奥で、子供の頃から修行ばかりしてきたせいか、本当に世間擦れしていない。  
 悪く言えば子供っぽいけど、よく言えば本当に素直だ。  
 まあ、度が過ぎるほど正直で自分に嘘が就けないご主人様だからこそ、こっちも時々ひどい目に合うけんだけど。  
 
「腰、痛いんだよね」  
「かなり」  
「じゃあ、今日はボクがキョータくんの世話をしてあげる」  
 軽々と俺を寝台の上に乗せると、するすると下帯を解く。  
「キョータくんは、じっとしてていいからね」  
 そういいながら、ご主人様が肉棒を舌でなぞる。  
「……っ」  
 筋を下から上になぞり上げる舌の感触が、ぞくりとした気持ちよさを送り込んでくる。  
「ダメだよ」  
 こわばった俺の下半身を指で押さえつけながら、ご主人様が悪戯っぽく言う。  
「すぐには終わらせないんだからね」  
 そう言って、まるで玩具をいじるように、人の下半身をじっくりと責めてくる。  
 肉棒の先端を指の腹でつまんで、軽くこすりながら、舌で裏筋を丹念に舐める。  
「く……ぅっ……」  
 さすがに声が出る。  
「だぁめ。浮気したバツなんだから」  
 そういいながら、ちゅぱと口で肉棒を含み、口を上下に動かす。  
 唾液で滑らかになった先端部に舌が絡み付き、不規則な動きで舌をこすり付けてくる。  
 そのたびに、しびれるような快楽が脳に走る。  
「っっ……ご、ご主人様、その……」  
「だぁめ」  
 口を離し、意地悪っぽいウインクをしながらこっちを見るご主人様。  
「ボクがいいって言うまで、出しちゃだめ」  
「って、いつまで……」  
「ボクがいいって言うまで」  
 そういいながら、また俺を口にくわえて上下に動かす。  
「んくっ……」  
 いくらなんでも、そろそろ限界のような気がする。  
 ちゅぱ、ちゅぱという湿った音だけがさっきから続いている。  
 軽く噛んだり、喉の奥で亀頭をこすったり、いろんなやり方で人を弄ぶご主人様。  
 指で付け根の部分を押さえつけているあたり、意地悪だと思う。  
「んふふ〜♪」  
 嬉しそうなご主人様。  
「気持ちいいときのキョータくんって、泣きそうな顔するよね」  
「泣きたいんだよ」  
「だぁめ。泣かせてあげないからね」  
 そういって、また舌でぺろりと先端をなめる。  
「んっっ!」  
 声が出そうになるのを、かろうじて耐える。  
「キョータくんはボクのドレイなんだから、ボクはなにしてもいいんだよ」  
 そう言って、またぺろりと。  
「い、いいかげんに……」  
「や〜だよ。今日は許してあげないんだからね」  
 いたずらっぽい笑顔。  
「キョータくんが泣くまで、ぜったいに許してあげないんだから」  
 
 
「……ねえ、キョータくん」  
 夜遅く。  
 月明かりだけが照らす夜の闇の中で、疲れ果ててぐったりとなった俺の耳元に、ご主人様が話しかけてきた。  
 けっきょく、それからも俺はご主人様が満足するまで玩具にされてしまい、解放してくれたのは一刻半もたってからだった。  
 おまけに、大鎧のせいで腰が痛いというのに、そこからさらに騎上位で二回。  
 そろそろ下半身不随になるんじゃないかって気がする。  
「……ん?」  
 けだるそうに返事をする。  
「ごめんね」  
 そう言って、俺のそばに身を寄せてくるご主人様。  
「ボク、キョータくんにひどいことしてるよね」  
「……別に」  
 まあ、確かにひどい目には合ってるのかもしれないけど、ひどいことというならもっといろいろあるわけで。  
「キョータくんにしか、こんなことしないんだよ」  
 そういいながら、身体を寄せてくる。  
 肌の感触が、じかに伝わってくる。  
「ねえ……キョータくん」  
「何?」  
「ボク以外の人と浮気したらダメだよ」  
「しません」  
「ホントに?」  
「ホントに」  
「信じちゃうよ」  
「信じていいよ」  
「よかった」  
 腕を絡め、抱きついてくるご主人様。  
「こんなボクだけど、いいよね」  
「いいよ」  
 正確には、こんなご主人様「だから」いいというか。  
 俺がいなきゃ、ホントに先行き不安なご主人様だし。  
 まあ、召使兼保護者、ついでに恋……いやその、とにかくまあそういう身分として、それなりの責任はきっちりと果たさないとな。  
「明日も、道場は休みだから」  
 そう言って、ご主人様が俺を引き寄せる。  
「キョータくんとなら、ずっとこうしてたいな……」  
 そう言って、すぅと眠るご主人様。  
 確かに。  
 ずっとこんな日々が続くのも、案外悪くないかもしれない。  
 

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