ある昼下がりの事。
「キョータさんの女性経験はどれくらいだったのですか」
「は??」
唐突に、ミコトちゃんが俺にそう尋ねてきた。
「つまり、人間界にいた頃、何人の女性と性行為を重ねたのかということです」
「ち、ちょっとまてっっ!!」
そんなもの、聞かれたって言える訳がないだろう。
「……なるほど、つまりはゼロですか……」
「俺は何も言ってない!!」
「それだけ動揺していたら、誰でもわかります」
「いや、けどさ、経験が多すぎてすぐには答えられないくらいたくさん……」
言い終わるより早く、ミコトちゃんの容赦ない一言。
「キョータさんにそんな甲斐性はありません」
ぐさっ。
「だ、断言するなよ……」
「事実ですから」
「…………」
けっこう凹む。
「そ、そういうミコトちゃんはどうだったんだよ!」
つい、そう言い返してしまう。
「……私は」
言葉が途切れる。
「私は?」
「…………」
沈黙が流れる。
少し気まずい雰囲気。
「……キョータさんに答える理由はありません」
「あ、おい!」
こっちが何か言おうとする前に、ミコトちゃんは背を向けて向こうに駆けていった。
「…………」
まずいこと聞いたかな。
少し、後悔が残った。
その夜。
「今日のキョータくん、な〜んか元気ないぞぉ」
ご主人様に組み敷かれながら、昼の出来事を問い詰められる。
「ほらほら〜、ゴシュジンサマに全部白状しなさい」
そう言いながら、上からのしかかってくるご主人様。
「い、いやその、なんていうか……」
押し付けてくる胸のふくらみが気になって、それどころじゃない。
「ん〜? ほらほら、言わないと離れないぞぉ」
密着した体勢のまま、頬が触れるくらいの至近距離で聞いてくるご主人様。
「い、いやその、ミコトちゃんの事……」
やっとのことで、それだけ言う。
「ミコトちゃん?」
「うん……」
とりあえず、昼の出来事を話した。
「……つまり、それでミコトちゃんが怒ったんじゃないか、ってことね」
「まあ、そう言う事」
「……ん〜……気にしすぎじゃないかな。ミコトちゃん、ここに来てから怒ったりしたの見たことないよ」
「……それもそうだけど」
「ただ、デリカシーには欠けるぞ、キョータくん」
「う゛……」
「そういうのは女の子に言っていいことじゃないぞ」
「……反省してる」
「そうでなくても、いずれはキョータくんも結婚して、ミコトちゃんと家庭を築く事になるんだし」
あっさりととんでもないことを言うご主人様。
「な、なんだってぇ?」
「ん? だってそうでしょ。この近辺、ヒトの女の子なんてミコトちゃんしかいないんだし」
「い、いやまあ、そりゃあそうだろうけど……」
結婚、なんて話を唐突にされても困る。
「だいたい、相手がいなくて一生独身で死んじゃうヒトって少なくないんだよ」
「う゛っ」
「それに比べたら、ミコトちゃんみたいなかわいい年頃の女の子がこんな近くにいるなんて、ほんとキョータくんは恵まれてるんだよ」
「…………」
「そのうえ、ボクみたいな美人でかわいいご主人様がいるなんて、ほんとにもう、この幸せ者ぉ」
ぐりぐりぐり。
「ち、ちよっとまて、肘は禁止……」
「でもね」
真面目な顔のご主人様。
「ダンナサマになるってのは、責任重大なんだぞ」
「…………うん」
「そういうわけだから」
ばたん。
「ちょっとまて、何でこうなる?」
「ん? そんな責任重大なキョータくんに、ボクが「ぼうちゅうじゅつ」ってのをいろいろ教えてあげるんだよ。やっぱり夫婦の営みって大事だし」
にっこりと笑顔で答えるご主人様。
「……結婚以前に、俺の身が持つのか……?」
「だから、これから特訓するんだよ」
……明日も、朝からやる事はあるんですが。
翌日。
「……あうぅ……」
全身が重い。
「ほらほら、しゃきっとしなさい」
ばん。
いつも笑顔のサーシャさんが背中を叩く。
「ふ、ふぁいぃ……」
「その様子だと、こってり絞られたみたいね」
「……ほとんど寝てないです」
「ファリィって、ほんっとにいつも元気よねぇ。キョータくんも大変じゃない?」
「……見ての通りです」
俺がそう言うと、なぜか意味深な笑みを浮かべるサーシャさん。
「なるほど、役得ってことか」
「なんでそうなるんですかっっ!!」
思わず声が大きくなる。
「よし、それだけ声が出たら大丈夫ね。よおし、今日も頑張りましょお」
そう言って、笑顔で俺の肩に手を回してくるサーシャさん。
まんまと一杯食わされたらしい。
「おはようございます」
「うわっ」
いつの間にか、俺の後ろにミコトちゃんが立っていた。
「今日は天気も良いので、朝のうちにお布団を干してしまおうと思います。それから、少し買出しがあるのでキョータさんも荷物運びを手伝ってください」
「あ、ああ……」
いつもと変わらない、淡々とした事務口調。
──結婚……か。
昨日の晩、ご主人様が口にした言葉がふと脳裏をよぎる。
──俺と、ミコトちゃんが……か。
向こうにいた頃は、こんな早くからそんなことを考えることになるとは思ってもいなかった。
正直、今でもピンとこない。
「どうしたのですか」
「え? いや、なんでも……」
「量がありますから、できればぼーっとしないで、急いで干してしまいたいのですが」
「あ、ああ、わかった……」
ミコトちゃんの後ろ姿を負いながら、居住棟へと向かう。
今まで意識したこともなかったのに、急にその後ろ姿が女の子っぽく見えた。
どすん。
全部あわせて200枚はある布団を、二人で手分けして物干し竿にかけてゆく。
干し終わったら、片っ端から棒で叩いて埃を落とす。
正直、かなり辛い。
「もう少しペースをあげないと、買出しが遅れます」
「わかってる」
昨日の出来事なんか心の隅にもないといった様子で、淡々と仕事をこなすミコトちゃん。
けど、こっちはそうはいかない。
重い体を引きずりながら、なんとか午前中に布団を干し終わった。
お昼。
台所でご飯を食べ終わると、すぐに出発の準備をする。
下の町までは片道一時間。帰ってからも仕事があるし、買い物の時間を考えると自然とそうなる。
「では、一緒に来てください」
「わかった」
ミコトちゃんについて、石畳の道を下っていった。
「…………」
「…………」
さっきから、お互い口をきいていない。
ミコトちゃんはもともとそういう子だし、俺は俺で、何かを言い出せる雰囲気でもない。
そもそも、山道で女の子と二人きりとか、そう言うのはどうも苦手だったりする。
「……で、何を買うんだ?」
……なにを言い出すんだ俺。
「衣服の修繕に使う布と、食器類の補充です。陶器類は重いのでキョータさんに運んでもらいます」
「……そ、そうか」
「…………」
……俺の馬鹿。
五秒で終わる会話を振ってどうすんだよ。
「……キョータさんは」
「何?」
もやもやしてると、ミコトちゃんの方から話しかけてきた。
「この世界には慣れましたか」
「……慣れた、のかなぁ」
「昔のこととか、夢に見たりしますか」
「ん〜……寝たらそのまま熟睡するから、夢とか見ないっていうか……」
「人間にはレム睡眠とノンレム睡眠があり、誰でも夢は見ると言われています。見ていないというのは覚えていないだけだということです」
「……つまり、覚えてないくらいたいしたことない世界だったってことかな、俺の場合」
そう言って、笑って見せる。
「そうは思いません」
「え?」
いつになく、はっきりした口調で否定するミコトちゃん。
「思いだすと悲しくなるから、思い出を封じることもあります」
「……俺の場合は、どうなんだろう」
まあ、少し前には軽いホームシックにかかったことがあるのは事実だし。
かといって、悲しくなるから思い出したくもないって言うのとも少し違う様な気がする。
よくわからない。
「ミコトちゃんの場合は、そうなのか?」
「……私は」
そう言って、また言葉を途切れさせる。
「あ……いや、ごめん」
昨日と同じ展開になる前に、あわてて遮る。
「まあ、その何だ、俺は……」
「私は」
何とかその場を取り繕おうとした俺に、ミコトちゃんがぽつりと言った。
「私は、もう自分は死んでると思ってます」
「…………」
「だから、悲しくもないし過去を思い出したりもしません」
「…………」
言葉が出ない。
「キョータさんは」
戸惑う俺に、ミコトちゃんが語りかける。
「そうじゃないのですね」
「まあ、まだ生きてるからなぁ……死んだといわれても、正直ピンとこない。……浮遊霊みたいなものか」
そういって、少し無理に笑顔を見せる。
「……そう……かもしれませんね」
そう言って、俺を見るミコトちゃん。綺麗な瞳だけど、その瞳から感情を読めるほど俺は経験豊かじゃない。
「さっきの話だけど」
「ん?」
「その、忘れてください」
「え?」
「つまらないお話をしました」
そう言って、先に歩き始めるミコトちゃん。
「あ、おいっ!」
あわてて、その後を追いかける。
……俺の大馬鹿。
さっきから何やってるんだよ。
結局、それから話らしい話もしないまま、ふもとの街まで来てしまった。
市場に入ると、ミコトちゃんは案外顔を知られてるらしくて、あちこちの店から声をかけられてる。
「やあ、みこちゃん。今日はいい魚が入ったんだよ」
「新酒が届いたんだけど、どうだい?」
そんな声に一つ一つこたえて、店の主人と話すミコトちゃん。
その後ろでかなり手持ち無沙汰な俺。
いや、荷物は結構あるし、本当に手持ち無沙汰ってワケでもないんだが。
「今日はお連れさんがいるんだね」
店主の一人が、そう声をかけてきた。
「道場で一緒に働いてるキョータさんです」
「へぇ〜、そうかい」
「時々、私の代わりに買出しに来るかもしれないのでよろしくお願いします」
「あ、その……榊京太です」
後ろから、顔を出して挨拶する。
「へえー、いい男じゃないか」
「え、あ、その……ありがとうございます」
営業とはわかってるけど、正面きっていい男とか言われるのは初めてだったりする。
「で、ミコトちゃんとはどうなんだい?」
「え?」
にこにこしながら聞いてくる店主。
「仲いいの?」
「え、えっとまあ、その……」
まごついてると、横からミコトちゃんが口を挟んできた。
「悪くはないと思います」
「そうかいそうかい。いやあ、だったらおじさんも嬉しいよ。ミコトちゃん、いつも一人でさびしそうだったしねえ。連れ合いができたのならめでたいことじゃないか」
「そ、そうですね……」
「キョータくんだったっけ? しっかりしなきゃダメだよ、やっぱりどっしりした男についていくものなんだから」
ハイテンションな店主のおじさんに矢継ぎ早に言われる。
「は、はい……」
「それじゃあ、今日はこれとこれを……」
その横で、てきぱきと買い物を済ませるミコトちゃん。
「わかった。じゃあ今日はちょっとおまけしておくよ。連れ合いが出来たお祝いだ」
「ありがとうございます」
それからも、市場のあちこちから声をかけられ、そのたびに俺も声をかけられた。
今日の買出しに付き合ったのは、たぶん俺の顔見せというのもあったのかもしれない。
……に、しても。
どの店でも、当然のように俺とミコトちゃんの仲を聞いてくるのにはちょっとだけ閉口する。
ミコトちゃんは手馴れたものというか、軽くあしらってるけど、こっちはそうはいかない。
そうでなくても、昨日あんなことを聞かされてるというのに。
まあ、そんなこんなの中で買い物を済ました俺とミコトちゃん。
なんだかんだで二人とも両手に一杯になった荷物を持って、これから帰りの坂道を登ることになる。
げんなりした気分になっていると、ミコトちゃんが声をかけてきた。
「向こうの小料理店で、何か食べていきましょう」
「いいのか?」
「適度な休息は仕事の効率化には必要です」
「そう言ってくれるなら喜んで」
ミコトちゃんが連れて行ってくれたのは、小さな点心の店。
こざっぱりとしてなかなかいい感じがする。
「キョータさんは初めてですから、注文は私が出しておきます」
「わかった」
……それにしても。
何から何までミコトちゃん任せってのはなんていうか、なんともサマにならないよなあ、俺……
注文していた点心が次々とテーブルの上に並ぶ。
それをつまみながら、ふと向かいのミコトちゃんをみる。
こうしてみると、素直にかわいいと思う。
笑ってくれたりしたら、たぶん一撃で轟沈する自信はある。
……いや、それは自信とは違うんだろうけど。
そんなことを思ってると、ふとミコトちゃんと目が合う。
「あ……」
気まずい気持ちになり、無意識に目をそらす。
「どうしたのですか」
ミコトちゃんが、追い討ちをかけるように聞いてくる。
「あ、いや……うん、おいしいなって思って」
「そうですね。ここは栄養と味のバランスが絶妙です」
「こういうの食べると、どこにいても同じだなって思う」
「え?」
「ここは日本じゃないし、住んでる人も俺たちとは違うけど、そこで生きてる人の営みは同じだし、まあ、生きてく分には問題はないかなあって」
「…………」
「別に、死んだとか思わなくても、ここでそれなりに生きていける気がしてきた」
「……人間いたるところ青山あり、と言います。青山とは墓地のこと。住めば都、のような意味でしょうか」
「そうかもな」
「……たぶん、キョータさんは幸せなんだと思います」
「幸せ?」
「キョータさんが落ちてきて、初めてであったのがお嬢様だったから、そう思えるんだと思います」
「……かもな」
ミコトちゃんの過去は、よく知らない。
本人も語りたがらないし、フェイレンさんも聞かないようにといってきている。
「……悪いこと言ったかな」
「いえ、別に……」
「ミコトちゃんにとって、この世界は怖い?」
「……否定はしません」
「そっか」
「でも、いつまでも怖がってちゃダメだとわかってますから」
「そうだな」
「だから、私はもう死んだと思うことにしました。死んでいるのならば、もう何も怖くないですから」
「…………」
何かが違うような気もするけど、それをうまく言える自信はなかった。
その夜。
とりあえず、買出しは終わったし、一日の仕事も一通り片付けた。
風呂に入って、一日の疲れを癒していると。
風呂の扉が、ゆっくりと開く。
「……よろしいですか」
後ろから、聞きなれた声。
「え……」
振り向いた俺は、その体勢のまま凍りつく。
一糸まとわぬ姿のミコトちゃんが、そこに立っていた。
白い肌と、華奢な肉付きの裸身が、いやでも目に入る。
「ち、ちょっと、ほら、なにやってるんだよっ!!」
あわてて目をそらして、怒鳴るように言う。
「お風呂に、入りに来ました」
「いや、だからって何も俺がいる時に来なくてもいいだろ!」
「だから、よろしいですかとたずねました」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
足音が近づいてくる。
床に貼り付いたように動けない俺の横に、ミコトちゃんが湯船に入ってきた。
「…………」
固まって動けない俺。
「キョータさん」
「な、何……?」
「市場での話、覚えていますか?」
「あ、ああ……」
「みんな、私たちがいずれは夫婦となり、二人でこの道場で暮らしていくと思っていたでしょう」
「そ、そうだったな……」
「そして、きっとそうなります」
「…………」
昨日、ご主人様が口にした言葉が脳裏をよぎる。
「この近辺に、私とキョータさん以外のヒトはいません」
「……みたいだな」
「他に、選択肢はないんです」
そういいながら、体を近づけてくる。
「だから、こうして……」
ミコトちゃんのひんやりとした肌の感触が、暖かい湯船の中で肩越しに伝わってくる。
「キョータさんと、そういう関係にならなきゃいけないんです」
「いけないってことはないだろう」
「……いけないんです」
はっきりとした口調でいうミコトちゃん。
「……だって」
「ん?」
「そうしなきゃ、私たちこれからどうなるんですか」
「どうなる……って」
「この世界で、あと十年、二十年生きなきゃいけないかもしれないのに、一人きりで生きていける自信があるのですか?」
「……ない」
それを言われるとつらい。確かに、この世界で俺はよるべき何も持ち合わせていない。
「いずれは、お嬢様も道場を継ぎ、その頃にはおそらくしかるべき方を婿に迎えることになるでしょう」
「……だな」
「おそらくは私のご主人様か、あるいは他の道場の使い手か。その後、私たちはどうなるんですか」
「…………難しい質問だな」
「だから……」
ミコトちゃんの声が震えている。
「私には、キョータさんが必要なんです」
「…………」
「私もキョータさんも、この世界で一人きりで生きていけるとは思えません」
だから……か。
まあ、理屈としてはその通りだと思うし。実際、そうしなきゃ将来悲惨なことになるのは目に見えている。
しかし……だ。
「ミコトちゃん、何か焦ってない?」
「えっ?」
「昨日から、なにか急すぎないか?」
そう。
それが俺の中で何か引っかかっていた。
ようやく、頭の中の混乱が収まってきた。
「たしかに、いつかはそういう日が来るかもしれないけど、今すぐってことでもないんじゃないか?」
「……それは」
「何か、他の理由とかあるんじゃない?」
「……ありません」
一瞬だけ、躊躇してから返事したのがわかった。
「そっか」
「…………」
何かを言おうとしてためらっているように見える。
少し、話をそらすことにした。
「こんなときに言うのもなんだけど」
「え?」
「裸、見てもいい?」
「え……」
戸惑ったような表情と声。
「ダメ?」
「…………」
返事はない。
だけど、ゆっくりと立ち上がり、俺の前に来る。
「…………」
少しだけ恥ずかしそうに、目をそらすミコトちゃん。
色白の肌と、まだ幼い肉付き。
水滴がまとわりつき、かすかな茂みも濡れて下腹部に張り付いている。
小ぶりな乳房は、崩れることなく上を向いている。
そんな華奢な体に残る、いくつかの傷跡のようなもの。
かつて、俺の知らないどこかで鞭打たれた跡だろうか。
「……どう……ですか?」
小さな声。
「…………」
正直、少しみとれていた。
返事の代わりに、俺も立ちあがる。
「抱いてもいい?」
「え? ……はい……」
一瞬の躊躇のあとで、俺の要望を受け入れる。
そっと、ミコトちゃんを抱いてみた。
壊れそうな体を、ぎりぎりの力加減で引き寄せる。
ミコトちゃんは、俺の腕の中でなすがままに身を任せている。
肌が触れ、柔らかな感触が伝わってくる。
抱いているだけで、なにやら体の中の余計なものが消えていくような気分。
そっと、頤を持ち上げて唇を重ねてみた。
柔らかな唇。
すこし罪悪感を感じながら、その体を堪能する。
どれくらい、そうしていたかわからない。
やがて、どちらからともなく体を離し、再び湯船に身を浸す。
「……キョータさん」
「ん?」
「私は、こうやって今まで生きてたんです」
「え?」
「落ちてから二年間は、そのときそのときで力のありそうな人に身体を売って生きてきました」
「…………」
さっきの、俺のなすがままに身をゆだねるミコトちゃんの姿。
そういうことだったのかと思った。
「そうするしかなかったですから」
「フェイレンさんも?」
そう言うと、ミコトちゃんはかぶりを振る。
「旦那様は別です。旦那様は……たぶん始めて、この世界で私を人として認めてくれましたから」
「……それなら良かった。フェイレンさんは俺の恩人だし」
「私にとっても……です」
まあ、フェイレンさんは権力者とか有力者とか、およそその手の品のない欲望とは程遠い人だしな。
……たしかに、強いといえばめっぽう強いけど。
「……ごめん」
「え?」
「俺、やな奴かもしれない」
「どうしてですか」
「いや、その……さっきのこと」
「あれは……いいんです」
「いいって?」
「その……お風呂あがったら……私の部屋に来てください」
そう言って、俺を見る。
「ミコトちゃんの部屋に?」
「……待ってます」
そう言って、ミコトちゃんは風呂を出て行った。
しばらくして、風呂から出た俺をご主人様が待っていた。
「さっそくだね、キョータくん」
「う……」
「特訓の成果を見せるときだぞ」
「……そうですね」
って、いいのか、俺?
「ボクが見守ってるんだから、怖がっちゃだめだよ」
……見守ってる?
「ボクとフェイレンがのぞき穴から逐一監視してるからね。へんなことしたら後でオシオキだぞ」
「って、覗くな!」
思わず声を上げた俺に、笑い出すご主人様。
「嘘だよ、ウ、ソ。ボクだってそこまでヤボじゃないんだから」
「……心臓に悪い」
「言っとくけど、今日は特別なんだからね。キョータくんはあくまでボクのものなんだぞ」
腕組みをして俺を見るご主人様。ちょっとだけ目が怖い。
「わーってる」
「それじゃ、明日の朝報告してね」
「報告って?」
「ミコトちゃんと、どんなことを何回したか、全部ボクに報告すること。わかった?」
「ほ、報告するのかよ……」
「とーぜんでしょ。だってキョータくんはボクのものなんだから」
「…………」
覗かれるのもイヤだが、えっちの事後報告ってのは何の拷問ですか。
「ああ、そうそう」
「こんどは何ですか?」
「この道場、避妊具なんて便利なものはないから。子供できちゃったらしっかりと責任取ること」
「…………」
そういや、ミコトちゃんと俺だったら、ヒト同士なんだよな……
「さー、ファイトだしていこーっ!」
「…………」
何か、背中がものすごく重くなったんですが。
ミコトちゃんの部屋。
入るのは初めてになる。
「入るよ」
「どうぞ」
扉を開けると、寝間着姿のミコトちゃんがいた。
白い寝間着を来て寝台に腰掛けた姿が、燭台の明かりに照らされている。
「えっと」
「……キョータさん」
「あ、ああ……」
「たいしたものはありませんけど、おつまみとお酒を用意しました」
小さな机の上。饅頭と酒瓶がある。
「ミコトちゃん、お酒飲めるの?」
その言葉に、かすかに微笑む。
「わたし、悪い子でしたから」
「世の中って、思い通りにいかないものです」
机を挟んで俺の向かい側に座ったミコトちゃんが話す。
「……かもね」
「口では何とでも言えます。死んだと思ってるとか、悲しくないとか怖くないとか」
「……本心は違うと」
「はい。そんな理屈で怖くなくなるのなら苦労はしませんし、悲しくならないのなら世話はありません」
「だな」
「旦那様は、わかってるんです」
「フェイレンさんか」
「はい。だから、何かと気をつかってくれるんです」
「ご主人様が言うには、あの人も苦労人だったそうだし」
「はい。それで、やっぱり気を使わせてしまうんです」
そういいながら、少しお酒を飲む。
「キョータさんは」
「何?」
「元の世界にいた頃、彼女とかはいませんでしたね」
「……ふつう、いたのかって聞くものじゃないか?」
「ですが、いなかったのでしょう」
「……いや、まあそれはそうだけど」
こういうところ、ミコトちゃんは容赦がない。
「だったら、私がそばにいてもいいですよね」
「……たぶん」
俺がそう言うと、ミコトちゃんがかすかに微笑んでうなずいたように見えた。
そして、席を立つと、俺のほうに歩み寄ってくる。
「さっきの続きを、行いませんか」
そういいながら、帯を解く。
「きっと、何かが変わると思います」
服を脱ぎ、そっと肌を重ねる。
ご主人様とは違って、ずいぶん華奢に感じられる。
「私にとって」
ミコトちゃんが、重ねていた唇を離して話しかけてくる。
「キョータさんがそばにいるというのが、どれほどの励みになったかわかりません」
「あんまり、頼りにならなかったんじゃない?」
「頼りにならなくても、同じヒトが側にいるってだけで十分だったんです」
「そういえば、それまで一人だったんだもんな」
「最初は、それだけで十分だったんですが」
「ですが?」
「いちど、そういう人を知ってしまうと、こんどは離れてしまうのが怖くなります」
「だな。ミコトちゃんがいなくなるとか考えたらぞっとする」
「本当ですか?」
「ほんと」
そういいながら、そっと唇を重ねる。
「あ……」
ミコトちゃんが、小さな声を上げて軽くのけぞる。
「ごめん、痛かった?」
「だいじょうぶです。その……胸が触って。その、弱いんです、胸……」
「そうなんだ」
「だから……その」
「何?」
「へんなこと、しないでください」
「へんなことって?」
「それは……その……」
「たとえば、こんなこと?」
そう言いながら、指先で胸の先端をつまむ。
「ゃんっ……」
大きく身体をのけぞらせ、何度か痙攣させて喘ぐ。
「こういうの、苦手?」
「に、苦手です……だから、そういうの……んっ」
いい終わるより早く、小ぶりな乳房を口に含む。
「あっ、だ、だめっ……」
暴れかけるミコトちゃんの腕を外から抱え込むようにして抱きしめ、抵抗できないようにしてから少しいたずらをする。
唾液を絡め、舌で先端の突起を転がしたり、時々つよく吸ったりする。
「あっ、そこ、だから、だめ……」
抵抗する力が、少しづつ弱くなってゆく。
口を離すと、小さな胸の先端にある突起は充血してつんと尖っている。
「ミコトちゃんって、えっちなんだ」
「ち、違います……」
「じゃあ、どうしてこんなになってるの?」
ちろりと、また舌で先端をこする。
「あっ……あっ、だ、だって……そこは弱いって……」
「ここが弱点の子は、生まれつきえっちなんだって」
「ち、違います……」
そういいながら身悶えるミコトちゃん。
いつものクールな姿からは想像もつかないかわいらしい抗議の声がすごく艶っぽい。
やがて、ミコトちゃんがぐったりして動けなくなってから、俺は責めるのをやめた。
「……キョータさんの意地悪」
「ごめん」
うっすらと涙を浮かべたミコトちゃんがこっちを見ている。
「こんなの、卑怯です」
「ごめん」
「……謝らなくていいから、次からはもっとやさしくしてください」
「……う、うん……」
「こんな姿を見られるの、恥ずかしいです」
そう言って、ぷいと顔を横に向けるミコトちゃん。
拗ねたように口を尖らせているのがかわいい。
「じゃあ、そろそろ挿れるよ」
「……好きにしてください」
怒ったような声。だけど、本気で怒っているわけじゃないらしい。
そっぽを向きながら、横目でちらちろとこっちを見ていたりする。
そうやってこっちを見るミコトちゃんと、つい目が合ってしまう。
「いいの?」
「い、いいんですっ」
そう言って、今度は本当に向こうを向いた。
痛くないように、ゆっくりと挿入する。
「んっ……」
小さなうめき声。
「大丈夫?」
「だいじょうぶです」
苦しそうな返事が帰ってくる。
「痛かったら言っていいから」
「……だいじょうぶです」
締め付けがすごい。
というか、よくこんな小さな身体で獣人相手の性交がつとまったものだと思う。
下手したら死ぬぞ、ミコトちゃん。
てそれとも、もしかしたら自暴自棄になってて死んでもいいとか思ってたのかもしれない。
……だとすると、本当に壊れる前にフェイレンさんに見つけられたのは不幸中の幸いというべきなのかもしれない。
そんなことを考えながら、ゆっくりと腰を動かす。
自分が気持ちいいとかそう言うのを後に回して、どうしてもミコトちゃんの身体の方を考えてしまう。
「キョータさん」
「あ、痛い?」
「……だいじょうぶです。それより……キョータさんこそ、遠慮しなくても結構です……っ」
やっぱり、無理をしてる気がする。
「……無理しなくていいから」
「無理なんかしてません」
「苦しそうだけど」
「だ、だいじようぶです」
「……」
そんなことを話している間も、肉壁がぎゅっと締め付けてくる。
確かに、ぞくぞくとくるほど気持ちいいのは確かだけど、なんていうか、やっぱり罪悪感が先にたつ。
こんなことしていいのか、俺。
「っ、あぁ……」
小さな喘ぎ声。
「きょーたさん……」
「何?」
「その……っ、んくっ……」
「大丈夫?」
「そ、その……もっと、乱暴でもいいんです」
「って、言われたって……」
「その……もっと……気持ちよくなりたいです」
そう言って、また顔を横に背ける。
「……わかった。でも、痛かったら言ってね」
そう言って、少し動きを早くする。
……こっちの方が持ちそうにない。
「……きょーたさん……?」
「悪い、こっちが限界かも」
「……じゃあ」
「何?」
「一緒に、いっちゃってもいいですか」
「……そ、それは是非……」
なんか不恰好な会話をしている気がする。
こんな会話してるのを覗かれてたら、恥ずかしくて死ぬかもしれない。
「っ、くふぅ……ぅん……あうっ……」
俺の手をつかんで喘ぐミコトちゃん。
「っ、くぅ……」
こっちは俺。
ミコトちゃんと俺が仲良く果てるまでに、それから三十秒とかからなかった。
「……キョータさん」
「え?」
「遠慮してましたよね」
小浴場の湯船の中。
ミコトちゃんが肌を寄せながら俺に聞いてくる。
「……まあ、それはその……」
正直、遠慮というか罪悪感が先に立ったのは事実だったりする。というか、ミコトちゃんに関しては汚すことにちょっと抵抗がある。
「そういうところ、キョータさんらしいと思います」
そう言って、肩に寄り添ってくる。
「私の側にいる人がキョータさんで、本当に良かったと思います」
翌朝。
「そろそろ炭の補充が必要ですね」
昨日の昼と変わらない、仕事モードのミコトちゃん。俺の方を見る表情も、昨日の昼前とまったく変わらない。
「あとで炭小屋から炭を運び出してきてください」
「わかった」
「あらあら、二人とも朝からがんばってるわねぇ」
サーシャさんの声が聞こえる。
「あ、おはようございます」
「おはよ〜。ねえねえミコトちゃん、ちょっとこっち見てくれる?」
「はい」
そう言って振り向いたミコトちゃんの目の前にいるのは。
どこで見つけてきたのかと思うような、青と黄色の毒々しいまだら模様の蛇。サーシャさんの手に絡みついたまま、ミコトちゃんの目の前にひょいと突き出される。
「〜〜〜〜〜っっ」
「!?」
目の前の事態が飲み込めないまま、俺にしがみついてくるミコトちゃん。
「あははっ、驚いた驚いた〜」
そんな様子を見て大喜びのサーシャさん。
「どう? 面白い色でしょ? 昨日の夜見つけたのよ」
「そんなもの朝から見せないでくださいっ!!」
怒った俺に、サーシャさんが笑顔で言う。
「あら、朝から美少女に抱きつかれたんだから役得じゃない。むしろ感謝してもらいたいものだけど」
「あ……」
「…………」
至近距離で顔を見合わせる俺とミコトちゃん。あわてて身体を離し、お互いが視線をそらす。
「…………」
「…………」
なんとも気まずい沈黙が流れる。
「それじゃ、おねーさんは向こうでお料理してるから、あとは仲良くね〜」
無責任に手を振って向こうに行くサーシャさん。
「……そ、その」
何か言おうとする俺に、ミコトちゃんが先に言う。
「そんなところに不用意に立たないでください」
「ふ、不用意って……」
「その、キョータさんがそんなところにぼーっと突っ立ってるから、こういうことに……」
「あ、ああ。そういうことにしとこう」
「しとこう、じゃなくてそうなんですっ」
ミコトちゃんの声が妙に上ずっている。
「それから」
びしっと、指をつきつけるミコトちゃん。
「私は、別に蛇なんか怖くありませんからっ」
「…………ぷっ」
笑っちゃいけないと思いつつ、ついつい吹いてしまう。
「何がおかしいんですかっ」
「いや、だって……」
「その、蛇なんか怖くないし、全然平気なんですっ」
「……はいはい」
「笑わないでくださいっっ!!」
怒れば怒るほど、しぐさが子供っぽくなってゆく。
ミコトちゃんといる時が、これからは少し楽しい時間になるかもしれない。