……あぢぃ。  
 
 目の前に広がるのは、雲ひとつない青空と、真っ白な砂浜、そして果てしなく続く海。  
 まさに絵に描いたような夏の海辺が、俺の目の前に広がっている。  
 向こうの方では、美女と美少女が三人、水着姿でスイカ割りに興じている……んだけど、こっちはとてもそんな元気はない。  
 なにしろ、こっちはフェイレンさんと二人だけでテントを張って、カマドを作って、その他もろもろの準備をしたわけだから、もうそれだけで疲れ果ててしまって、今は木陰でぐだっている。  
 ……まあ、フェイレンさんは疲れるそぶりもなく海に潜って夜食の材料を集めてるみたいだけど。   
 そういうわけで、せっかくの海だというのに、俺は水着姿ではしゃいでる三人の女の子の姿を見ながら木陰でぼーっとしているわけだ。  
 
「もーちょっと前、あと三歩!」  
「少し右、うん、今度はちょっと回りすぎかな?」  
 赤いビキニ姿のご主人様と、パレオに白ビキニのサーシャさんが、目隠ししてるミコトちゃんに声をかけてる。  
 ミコトちゃんは白のワンピース。棒切れ……というかどう見ても木刀を大上段に振りかぶってスイカを探してる。  
 サーシャさんがネコの国で買ってきたものらしいけど、みんなよく似合ってる。  
「あっ、ちょっと行き過ぎた、半歩さがって……うん、そこだよっ!」  
 ご主人さまの声にしたがって、思いっきり木刀を振り下ろす。  
 ほんの少しだけ木刀の軌道がそれたのか、スイカはうまく割れずに横に転がる。  
「あ〜っ、惜っしい!」  
「だいじょうぶよ、そんなに遠くじゃないから。左に向いて……うん、そのまま一歩前」  
「こう……ですか?」  
「そうそう、そこよ」  
「……こんどは当たるかな……」  
「ミコトちゃん、スイカをキョータくんの頭だと思って思いっきり振り下ろすんだよ」  
 ……って、なに恐ろしいこと言ってますかご主人様は!  
「そうそう。浮気がバレて土下座してるキョータくんだと思っちゃいなさい」  
 ……サーシャさんまで!  
「……わかりました」  
 って、その、ミコトちゃん……声が怖いよ……  
「…………」  
 無言のまま、すぅと木刀を振り上げるミコトちゃん。  
 なんだか、真夏なのに寒気がするような殺意を感じるのは気のせいでしょうか。  
「やあっ!」  
 気合一閃、まっすぐ振り下ろされた木刀は狙い違わずにスイカを粉砕した。  
 皮が割れ、真っ赤な果肉が散らばる。  
 
 ……俺、きっと一生尻にしかれるんだろうな……  
 
「キョータくん、ほらほら、一人でたそがれてないで」  
 木陰でぼーっとしてた俺に、サーシャさんが近寄ってくる。  
 いや、たそがれてるというより疲れてるんですけど……  
「ほらぁ、そんなに拗ねないでよぉ」  
 そう言って、無理やり引きずり起こす。  
 案外というか、けっこう力があるというか、軽々と引き起こして……  
 
 むぎゅ。  
 
 背中に、やわらかいものが押し当てられる。  
「って、なにやってるんですかサーシャさんっっ!」  
「んふふ〜……キョータくんの背中って、案外たくましいんだ〜」  
 後ろから抱きしめてくるサーシャさん。  
「ち、ちょっと、その……」  
「あら、キョータくん照れてるの? かっわい〜♪」  
 じたばたする俺をあっさりと押さえつけて、すりすりとやってくるサーシャさん。  
 背中越しに、薄い布切れ一枚挟んだだけで豊満な胸が惜しげもなく押し付けられるというのは、そりゃあ確かに男としては嬉し……  
「あら」  
 少し驚いたような声。そして、急に手が離れたと思ったら。  
 
 どげしっ。  
 
 視界の外から、ものすごい勢いで何かがぶつかってきた。  
 2、3メートルほど吹き飛ばされ、そのままごろごろと転がる。  
「な、なに……?」  
 突然の衝撃にわけもわからず回りを見回す。  
「キョータくん、ずいぶん楽しそーだったね」  
 ビキニ姿のまま、腰に手を当てて仁王立ちのご主人様。  
 怒った目つきで俺を見下ろしている。  
「ふーん、キョータくんはおっきなおっぱいが好きなんだ」  
「いや、その、コレは……」  
「あらあら、ファリィったらやきもち?」  
 横から火に油を注ぐサーシャさん。  
「サーシャっ! キョータくんはボクのものなんだから手を出さないでよっ!」  
「あら、だってキョータくんが声をかけてきたのよ」  
 ……って、なに根も葉もないことを言ってるんですか!  
「ふーーん……」  
 怖い目つきで、こっちを見るご主人様。  
「いや、その、それ嘘……」  
「あら、さっきはあんなに喜んでたくせに」  
「喜んでませんっ!」  
「あら、今になってそんなこというんだ。ふーん……」  
 イジワルそうな目をこっちに向けるサーシャさん。  
「嘘つきにはオシオキが必要ね、ファリィ」  
 いや、嘘ついてるのはサーシャさんじゃ……  
「そーね。キョータくんには、もう一度ボクがビシっと鍛えなおす必要があるかも」  
 って、いきなり共闘しないでくださいっ!  
「キョータくん。今からボクの修行にとことん付き合ってもらうからねっ」  
「…………はぃ」  
 逆らったら何されるかわからない雰囲気で言われたら、黙って頷くしかなかったわけで。  
   
「それじゃあ、今日は特別に、キョータくんに修行の中身を選ばせてあげる。次の三つから好きなものを選ぶこと」  
「そりゃどうも」  
 どうせ、どれ選んでもロクなものじゃないくせに。  
「じゃあ一番。あの島まで遠泳で往復」  
「…………」  
 ご主人様が指差す先には、霞んで見える島のようなものが。  
 ……あれ、片道10キロどころじゃないだろう……  
 つーか、あれってひょっとして蜃気楼じゃないのか?  
「二番。あの松まで全力疾走で十往復」  
「…………」  
 もしかして、あの爪楊枝より小さく見える樹のようなもののことでしょうか。  
 ……片道……5キロくらい?  
「三番。みんなで『びーちばれー』をしながら足腰を鍛える」  
「……………………」  
 あの、ごしゅじんさま。  
「さあ、どれでも好きなのを選んで」  
「……つまり、ビーチバレーがしたかったんですね」  
「なになに? ちゃんと何番か言って?」  
「……さんばん」  
 小声でそう言うと、満面の笑みを浮かべるご主人様。  
「ん〜、そっかそっか〜。キョータくんは、どうしてもボクと『びーちばれー』がしたくてしょうがないんだ〜」  
 ……それ、ご主人様でしょ……  
「仕方ないなぁ……じゃあ、特別にキョータくんのために、みんなで『びーちばれー』をしようじゃないかっ」  
「……そいつぁどうも」  
「よーしっ、みんな集まってーっ!」  
 すっかりご機嫌のご主人様。  
 ここで下手なことを言って蹴られるよりは、素直に言うことを聞いた方が言いと思った。  
 
「よーしっ、じゃあいっくよーっ!」  
 元気一杯のご主人様。小さなビキニを着ただけの健康的な肢体が砂浜で跳ねる。  
「そーれっ!」  
 ご主人様が打ったサーブを、サーシャさんがレシーブ。浮いたボールを、俺がアタック……  
 ……しようとしたところを、俺より高く跳んだミコトちゃんがブロック。  
 落とされたボールを、サーシャさんがかろうじて拾う。ふらふらと上がったボールを、俺が一度拾い、こんどはサーシャさん。  
 ブロックするミコトちゃんの、そのさらに上から、強烈なスパイク。  
 レシーブしようとしたご主人様だけど、少しだけ届かない。  
「やったやったぁ〜っ!」  
 一点取るたびに大はしゃぎのサーシャさん。他のみんなも、勝負とかは二の次で、みんなでわいわいと楽しんでいる。  
 まあ、俺も……ビーチバレーの点数より、目の前で跳ねる水着姿の方が気になるんだけど。  
 夏の日差しに照らされた肌と、きらめく汗。  
 時々、砂の入った水着を直したり。  
 ご主人様のそんな仕草に見とれていたら……  
 
 べちっ。  
 
「〜〜〜〜〜っ……」  
「キョータさん、試合中に不謹慎ですっ」  
 ミコトちゃんの全力サーブが顔面に叩きつけられた。  
 
 
「ふぅっ、いい汗かいたね」  
「そーだな」  
 修行とは名ばかりの楽しい時間を終えて、ご主人様が近づいてくる。  
「まだまだ、日が暮れるまでは時間あるよね」  
「そうだな」  
 太陽は、まだまだ高い。  
「ねえねえ、海いこっ、海」  
「わかった」  
 俺の手を引っ張って、海に駆け出すご主人様。  
 こんなにはしゃぐ姿は、道場ではほとんど見ない。  
「サーシャーっ、ミコトちゃーんっ!」  
「あーっ、きたきたーっ!」  
「こっちです、おじょーさま!」  
 ビーチバレーが終わってからずっと海辺で水遊びしていた二人が、俺とご主人様を見つけて手を振っている。  
 そういえば、ミコトちゃんも、俺の前でこんな楽しそうな表情を見せるのは初めてかもしれない。  
 白いワンピースの水着がよく似合っている。  
 清楚で、かわいらしくて、いい感じだと思う。  
 ……もちろん、こんなのは獅子の国じゃあ売ってない。ぜんぶ、サーシャさんが用意してくれたもの。  
 サーシャさんいわく、「キョータくんがドキドキして眠れなくなるようなのばかり買ってきたから♪」とのこと。  
 ……ちくしょう、悔しいけどストライクゾーンど真ん中です、全部。  
 
 火照った身体に、波が気持ちいい。  
 ばしゃばしゃと水を掛け合ってはしゃぎながら、四人で時間を忘れて戯れる。  
「あははっ、ミコトちゃんつかまえたーっ!」  
 うしろからミコトちゃんを羽交い絞めにするサーシャさん。  
「よーしっ、標的ミコトちゃん、攻撃かいしーっ!」  
 羽交い絞めにしたミコトちゃんに海水をかけるご主人様。  
「きゃあっ! もおっ、二人がかりなんて卑怯ですっ!」  
「三人だぞ、ミコトちゃん」  
 横から、一緒になって水をかける。  
「あぁっ、キョータさんまで! っっ、ずるいですぅ!」  
「捕まっちゃうほーが悪いのよっ♪」  
「そんなぁ、あぁん、みんなキライですーっ!」  
 じたばたしながら叫ぶミコトちゃん。  
「じゃあ、突然だけど標的へんこうっ!」  
「うわっ!」  
 うしろから、俺に飛びついてきたご主人様。  
「ごめんねミコトちゃん。仕返しはこいつにしていいから」  
「って、何で俺が!」  
 羽交い絞めにされたまま、後ろに叫ぶ。  
「あらあら、だってか弱い女の子を助けもしないで一緒にいじめたんだから当然よね〜♪」  
「って、サーシャさ……んわぷっ!」  
「さっきの仕返しですっ!」  
 こんどは、ミコトちゃんとサーシャさんが二人がかりで海水をかけてくる。   
「っぷっ……って、元はといえばっ!」  
「きゃあっ!」  
 羽交い絞めにしているご主人様の腕を無理やり振りほどいて、逆に後ろから押さえつける。  
「あーっ、そんなのヒドイぞぉっ!」  
 じたばたと暴れるご主人様。  
「あら、最初に水をかけたのはファリィじゃない」  
「そーですぅ」  
「って、みんなズルいーっ! あっ、こら、ヘンなところさわるなーっ!」  
 他には誰もいない砂浜に、嬌声と笑い声が響いていた。  
 
 
「今日は大漁だったぞっ!」  
 夕暮れ。  
 さすがに遊びつかれた俺たちのところに、フェイレンさんが戻ってきた。  
 素もぐりが好きなフェイレンさんは、一人で海に潜って、貝から蟹から、魚にイカになにやら地球では見たこともない生物まで、いろんなものを捕まえてきていた。  
「この辺は潜ればいろんなものが採れるからなあ。」  
「こういうのは、俺はこのまま焼くのが一番好きなんだけど、まあヒトのキョータくんやミコトちゃんもいるし、タレもいろいろと」  
「あーっ、これボク好き!」  
「ファリィ……子供じゃないんだからそんなに慌てるなって」  
「む゙ぅ〜……フェイレンのいじわる」  
 夕闇が迫る中で、まあそんな感じでみんなでわいわいと騒ぎながら、魚をさばいたり串に通して火にかけたり。  
 海といえばやっぱりこうだよなと思う。  
 
「ん〜っ、おいしいっ!」  
 焼きたての魚をほおばるサーシャさん。  
「…………」  
 その向こうで、焼き蟹の殻を必死になって剥いているご主人様。  
 フェイレンさんが見かねて声をかけてるけど、半ば意固地になって蟹と格闘している様が妙に可笑しい。  
 俺の横では、海水で茹でた蛸の切り身を切り分けているミコトちゃん。  
「キョータさん」  
「ん?」  
 とつぜん、俺のほうを向いたミコトちゃんと目が合う。  
「目を閉じて、口を開けてくれますか」  
「えっ……こう?」  
 はむっ。  
「え?」  
「うふふ……おいしいでしょ」  
 蛸の切り身らしい。  
「ああ、おいしいな」  
「ふふ……」  
「あーっ、そこ、何二人だけの世界つくってんのよおっ!」  
 ご主人様の怒ったような声。さっきまで格闘していた蟹をフェイレンに押し付けて跳びかかってくる。  
「って、待て、火の側で、こら、あぶないって!」  
「キョータくんが悪いっ!」  
「あらあら、ファリィったらやきもちさんねぇ」  
「キョータくんのばかーーーーっ!!」  
 で、いつものようにやきもちを焼いたご主人様にもみくちゃにされたりして。  
 
 
 夜。  
 大きな月が、浜辺を照らす。  
 みんなはさすがに疲れたらしく、ぐっすりと眠っている。  
 俺?  
 まあ、俺は……みんなが寝ているところからは少し離れた岩陰に来てる。  
「きれーな月だね、キョータくん」  
「そうだな」  
 俺の横には、ご主人様。  
 波の音が、夜の海から聞こえてくる。  
「楽しかった?」  
「ああ」  
「ボクも。久しぶりに思いっきり遊んじゃった」  
「よかったな」  
「うん」  
 予定では修行の海合宿だったんじゃないかということは言わないでおこう。  
「ボクの水着、似合ってた?」  
「ああ。思わず見とれてた」  
「ほんと?」  
「本当」  
「ボク、こんなの着るの初めてだったし、ちょっとドキドキしてたんだ」  
「可愛かったぞ」  
「そっかぁ……」  
 肩にしなだれかかってくるご主人様。  
「ねえ、キョータくん」  
「ん?」  
「大好き」  
 そう言って、首に手を回して抱きついてくる。  
 そのまま、砂浜に倒れこむ。  
 砂浜の上で抱き合い、唇を重ねる。  
 やわらかい肌のぬくもりと、ひんやりとした海風が素肌を撫でる。  
 舌を絡ませ、そしてしばらくしてからどちらからともなく唇を離す。  
「……みんなにバレないうちに、早くかえらなきゃね」  
 月明かりに照らされたご主人様の声。  
「だけど、もう少しだけいいだろ?」  
「そうだね」  
 そう言って、また肌を重ねあう。  
 抱き合いながら、ご主人様の赤いビキニの結び目を解く。  
「あ……」  
 それに気付くご主人様。だけど、されるがままにしている。  
「キョータくんのヘンタイ……」  
「お互い様だろ」  
 言いながら、そっとご主人様のブラをはずす。  
「……こんなところだと、ドキドキするね」  
「悪くはないだろ」  
「……バカ」  
 続けて、下の結び目も。  
 二枚の布切れを外し、ご主人様の裸体を月明かりに照らす。  
「……誰も……見てないよね」  
「見てないっぽい」  
「……キョータくん」  
「なに?」  
「いっぱい、して」  
 そう言って、砂浜に裸身を横たえ、そっと目を閉じるご主人様。  
 月明かりと波の音と風の音。そして砂の感触。  
 かすかな背徳感とそれより少し強い胸の高ぶり。  
 優しく腕に抱えると、恥ずかしそうに顔を背けながら俺に身を委ねるご主人様。  
 
 あの月があと少し傾くくらいまでは、ここにいてもいいだろうと思った。  
 
 

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