秋晴れの空が気持ちいい。  
「んっ……」  
 大きく、両肩を回してから深呼吸をする。  
 道場の大屋根から見晴らす景色は絶景で、ずっと遠くの山々まで見える。  
 遠くの方に蒼く見える山々の向こうにも、いろんな世界があるらしい。  
 澄み切った空気と、眼前に広がる大自然。いつまでもそうやって景色を眺めていたいけど、残念ながら世の中ってのはそう甘くない。  
「……ふぅ」  
 組み台の上に置かれた瓦を、げんなりした気持ちで見る。  
 今は、大道場の雨漏りを修理している途中。  
 瓦を外して、割れて腐っていた下板を取り替え、そしてこれから瓦の葺きなおし。  
 もちろん、瓦葺きなんて生まれて初めて。……なんというか、俺も色々やってるよなぁ……。  
 
 汗をぬぐいながら、黙々と瓦を葺いていく俺。  
 初めてにしては、案外上手くやれてるんじゃないだろうか。  
 この世界に落ちてきて、始めてやるようなこともまだまだいろいろあるけど、そういうのも案外、やってみるとつらいばかりとは限らない。  
 最近、自分がこうやって生きているっていう、実感がわいてるような気がする。  
 
「よっ……と」  
 最後の一枚を葺き終える。  
 ちょっと時間はかかったかもしれないけど、しっかりと葺けたと思う。  
 道具を片付け、とんとんと確認してから、はしごを降りる。  
「あ、終わった?」  
「何とか」  
 下にいたサーシャさんが話しかけてくる。  
「さっすがキョータくん。何でも出来ちゃうね」  
「はは……」  
 褒められて、悪い気はしない……けど。  
「じゃあ、これもお願い」  
 ……やっぱり。  
 サーシャさんって人は、笑顔で褒めておだてながら、実に上手い具合に仕事を押し付けてくる。  
「……えーと、これって……?」  
 大きなカゴの中に詰め込まれた大量の草花を見て、サーシャさんに尋ねる。  
「ん? それ、ぜんぶ薬草。薬にするから、向こうの方に広げて干しといてほしいの」  
「薬草……ですか」  
 この道場で……というか、この国で薬といえば100%漢方薬。  
 草花は言うに及ばず、薬効があるといえば動物だろうが鉱石だろうが、もう何でも使う。  
 ……個人的には、蚕をすり鉢で潰す仕事だけはもう許してほしいけど。  
「ミコトちゃんにも手伝ってもらえば早いわよ」  
「そう、ですね」  
 最近は、ミコトちゃんも時々だけど笑顔を見せたり、女の子らしい反応を見せたりする。  
 やっぱり、そういう仕草を見せてくれるとこっちとしても少し嬉しかったりする。  
「向こうで、お洗濯干してたはずだから、後でお願いしたら?」  
「そうですね」  
「じゃ、あとはお願いね」  
 そう言って、サーシャさんは調理場の方へと歩いていった。  
 
 干し場では、ミコトちゃんが黙々と洗濯物を干している。  
「…………」  
 こっちを見ようともしない。  
 いくら、少しは笑ってくれるようになったとは言っても、普段はずっとこの調子。  
 ……だけど。  
「あれ?」  
 ふと、違和感に気付く。  
「ねえ、ミコトちゃん」  
「……何ですか?」  
 一拍遅れての返事。  
「それ、表裏逆じゃない?」  
「……あっ……」  
 その言葉で、あわてて干してあった胴着をはずしてる。  
 まあ、大して変わらないとは言っても、几帳面なミコトちゃんらしくない。  
「珍しいな、ミコトちゃんが間違えるなんて」  
「……すみません」  
「別に俺に謝らなくったっていいよ。たまにはそんなこともあるって」  
「……すみません」  
 それでも、小声で謝りながら胴着を干しなおす。  
「俺、向こうで薬草干してるから、後で手伝ってもらえないかな?」  
「…………」  
 返事が重い。  
「だ、だめならいいんだ」  
「……いえ……後でそちらに向かいます」  
「ごめん」  
「いえ……」  
 何か、普段と違うような気がする。  
 だけど、いつものことといえばいつものことかもしれない。喜怒哀楽をそんなに出さないし、外からは感情の起伏が分かりにくい。  
 ……考えたって、答えが出るわけじゃない。  
「じゃあ、向こうにいるから」  
 そう言って、俺はその場を離れた。  
「…………」  
 ミコトちゃんは、また黙々と洗濯物を干していた。  
 
 道場からは少し離れた場所に、干し場はある。  
「よっこら……せっと」  
 大きなカゴを床に置き、薬草をそれなりに分けながら干す。  
 吊るしたほうがいいもの、網に載せて干すもの、陰干しがいいもの、日に当てたほうがいいもの、いろいろとある。  
 ……ってのは、フェイレンさんの受け売り。  
 ここでしか取れない薬草なんてのもあるらしくて、そういうのはけっこう高いらしい。  
 道場にとっては、結構大きな収入だと言っていた。  
「……ん?」  
 ふっと、強い芳香が風に乗って流れてきた。  
「なんだろ……この匂い」  
「キンモクセイです」  
 後ろから、ミコトちゃんが答えた。  
「えっ……?」  
「キンモクセイの花はこの季節に咲きます。きっとこの近くに、キンモクセイの木があるんでしょう」  
 そう言いながら、俺のそばに来る。  
 
「ミコトちゃん、洗濯終わったの?」  
「はい」  
「じゃあ、手伝ってくれるんだ」  
「はい」  
「ごめん、いつも手伝わせてばかりで」  
「いえ、そのほうが効率的ですから」  
「そっか」  
「…………」  
 黙々と、かごの中の薬草を仕分けていくミコトちゃん。  
 俺より、ずっと手が早い。  
 俺が薬草を手にとって、これはどこかって考えてる間に、ミコトちゃんは三つか四つ、分け終わってたりする。  
 そんなわけだから、自然と分担が分かれてしまって、ミコトちゃんがかごの中の薬草を仕分けて、俺がそれぞれの場所に干すような形になってしまう。  
 で、そうやって二人で手分けして干してた時。  
「……あれ、ミコトちゃん」  
「……はい」  
「これって、日干しでよかったっけ?」  
 そう言って、一つの薬草を見せる。  
 はっきりと断言できるほど記憶しては無いけど、何か違ってたような気がする。  
「あっ……」  
 驚いて、そして目を伏せるミコトちゃん。  
「すみません……」  
「これって、陰干しだよね?」  
「……はい」  
「じゃあ、干しなおしておくから」  
「……すみません」  
 目を落とすミコトちゃん。なんか気の毒になって、それ以上は何もいえなくなる。  
「……わたし、どうかしてますね」  
「いや、たまにはそんな時もあるって。今日は早めに寝たらいいよ。きっと疲れてるんだし」  
「…………」  
 ミコトちゃんは返事を返すかわりに、また黙々と薬草を区分け始める。  
「…………」  
 俺も、それ以上なにか言える雰囲気でもなく、黙って黙々と薬草を干していった。  
 
 夕方。  
「ほらほら〜っ、ごはんできてるわよぉ!」  
 サーシャさんが、お玉をぶんぶんと振り回しながら俺達を呼んでいる。  
「はいはいっ、いま行きまーすっ!」  
 駆け出す俺。数歩走ってから、ミコトちゃんが付いてきていないことに気づいて振り向く。  
「…………」  
「ミコトちゃん?」  
「……あ」  
 まるで、いま気付いたかのように、顔を上げてこっちを見る。  
「その、大丈夫ですから、先に行ってください」  
「大丈夫?」  
「大丈夫です」  
 いつもと変わらない、あまり感情のない声。  
 だけどそれが、今日だけは変に気になった。  
「一緒に行こうか」  
「……わかりました」  
 横に付き添うようにして、サーシャさんの待っている厨房に向かう。  
 
「あらあら、仲いいわねぇ」  
「からかわないでください。それより、今日は何ですか?」  
 その言葉に、お玉を持った手を組んでにまっと笑うサーシャさん。  
「じゃーんっ」  
 その言葉とともに現れた、テーブルいっぱいの料理。  
 きのこの炒飯、鮭のきのこあんかけ、きのこの揚げ物にきのこのスープ。栗のデザート。  
 秋の幸をふんだんに使った、サーシャさんの力作が綺麗に並べられている。  
「うわぁ……」  
「道場の人たちには秘密よ」  
 そういっ、おどけたように人差し指を口の前に立てるサーシャさん。  
「やっぱり、修行中の人は贅沢しちゃダメよねぇ」  
 ……つまり、この美味しそうなきのこ尽くしを相伴できるのは俺達だけらしい。  
「そ、そうですよねっ」  
「そうそう。そういうわけだから、みんな遠慮しないで食べてね」  
「……いただきます」  
 目の前にある秋の幸を、俺達はたっぷりと味わいながら食べる。  
「ん〜っ、やっぱり美味しい」  
「とーぜん。このサーシャお姉さんが腕によりをかけて作ったんだから」  
「あんまり食べたら、太らないかな」  
「もおっ! そういうこと言う子はこーだっ!」  
 ぱこん。  
「あたっ……お、お玉で叩かないでくださいよぉ……」  
「反省しなさいっ」  
「はぁい……」  
 俺とサーシャさんは、そんな感じでがやがやと騒ぎながら食べていたんだけど、ふと隣に座ったミコトちゃんの様子が気になる。  
「…………」  
 箸を運びながらも、どこか心ここにあらずといった雰囲気。  
「ミコトちゃん」  
「……えっ!? はい、何でしょうか……」  
「大丈夫? おいしいよ、これ」  
「はい……美味しくいただかせてもらってます」  
「なんか、ちょっと様子が変だよ。大丈夫?」  
「……はい。心配かけて申し訳ありません」  
「キョータくん、食べさせてあげたら?」  
 からかうような目つきで俺を見ながら、そんなことをいうサーシャさん。  
「え、ええぇぇっ!?」  
「あら、男ならたまにはそのくらいしてもいいんじゃない? スキンシップって大事よ」  
「す、すきんしっぷったって……」  
 あたふたしている俺を上目遣いで見ながら悪魔の微笑を浮かべるサーシャさん。  
 ……おれが、そういうの苦手なの知ってるくせに。  
「その、大丈夫です……ひとりで」  
 そんな俺を見かねたのか、それとも他の理由があるのか、ミコトちゃんはそう言って俺をそっと手で制すと、目の前のご飯に箸を伸ばした。  
「……おいしいです」  
 そう言って、サーシャさんに少し笑顔を見せる。  
「よかったぁ。栄養あるから、無理しない程度にたっぷり食べてね。この時期、体調崩すことも多いから栄養は大切よ」  
「……はい」  
 そして、ゆっくりとだけど料理を食べるミコトちゃん。  
「…………」  
 ちょっとだけ、何かが気になるんだけど、その気になる「何か」が何なのか、自分でもよくわからない。  
 とりあえず、考えるのはそこまでにして、俺も目の前の料理に集中することにした。  
 
「むぅ〜〜〜」  
 その夜。  
「何だよ、その不機嫌そうな顔」  
 ご主人様が、露骨に不機嫌そうな顔で俺を見ている。  
「きのこご飯、食べたかったなぁ〜」  
「なんだ、そんなことか」  
 思わず笑ってしまったのを見て、ご主人様が怒りもあらわに言う。  
「そんなことって、ボクにとっては大事件なんだぞっ! いつもいつも、道場の食事っておいしくないのに!」  
「来たらよかったのに」  
「知らなかったんだもんっ!」  
「まあ、たまにはいいじゃないか」  
「よくないっ! キョータくんのいじわる! バカ! 人でなし!」  
「……って、うわっ、目が本気じゃないか!」  
「本気だもんっ!」  
「ちょっとまて、その、話せばわかる!」  
 跳びかかってきたご主人様に、あっという間に組み敷かれる。  
「だから、その、話せば分かる!」  
「わかりたくないっ!」  
「うわっ、ちょっ、だから待てって!」  
「やだ! キョータくんのばかーっ!」  
 
 ……で。  
 気が付くと、どーしていつもこうなってるんだか。  
「キョータくん……」  
「……ん……?」  
 いつの間にか寝台の上にいる俺とご主人様。  
 正直、いまはもう返事をする余力もない。  
「もー二度と、ボクに秘密でおいしいもの食べたりしちゃだめだからね?」  
 手足を俺に絡み付けたまま、まだ絶頂の余韻の残る表情でご主人様が言う。  
「わーってる」  
「ホントだよ? ボクが、キョータ君のご主人様なんだからね」  
 そういいながら、力の入らない身体で抱きついてくる。  
「わーってるって」  
「ホントにホントだよ……すぅ」  
「……って、おい……」  
 言いたいことだけ言って、やりたいことだけやって、そのまま勝手に寝てしまうご主人様。  
「……ったく」  
 仕方がないから、俺も寝ることにした。  
 
 翌日。  
「おはよう、ミコトちゃん」  
「……おはようございます」  
 俺の方を見て、ぺこりと頭を下げる。  
「よく眠れた?」  
「……大丈夫です」  
「そっか。でも、つらかったらいつでも言ってくれたらいいから」  
「……わかりました」  
 そう言って、ミコトちゃんは向こうに歩いていく。  
「…………」  
 本当に、大丈夫なんだろうか。  
 ミコトちゃんはああいう子だから、滅多に感情を見せない。  
 嬉しい時も、悲しいときも、あまり態度が変わらない。  
 だから、そばにいるほうは結構やきもきするわけで。  
 
「きょ〜うったクン♪」  
「うわっ!」  
 後ろから、急に目隠ししてくる手。  
「な、なんですかサーシャさんっ!?」  
「あら、わかっちゃった?」  
「そんな子供じみたことする人、サーシャさんしかいませんっ!」  
「あら」  
 ちょっと、怒ったような声。  
「それじゃ、私がまるで子供みたいじゃない」  
「こんなことする大人はいません」  
「じゃ、こんなことしちゃったらどう?」  
 むに。  
 目隠ししたまま、背中にしなだれかかってくる。  
「って、サーシャさんっっ!」  
「んふふ〜♪ こんなことしてるのを誰かに見つかっちゃったら、どーなるかな〜」  
「だからっ、やめてくださ……あっ」  
 むりやり、目隠ししている手をほどいた時に、向こうの方にいたミコトちゃんと目が合う。  
「…………」  
 何も見てないみたいに、そのまま向こうを向いて歩いていくミコトちゃん。  
「あ……」  
「あーあ、嫌われちゃった」  
「誰のせいですかっ!」  
 
 そういうことがあると、やっぱり何かと気まずいわけで。  
 ミコトちゃんは何も気にしてないみたいだけど、こっちが気になる。  
「あ、あのっ……」  
 何どもってんだよ俺。  
「なんでしょうか……」  
「手伝えることってなにかある?」  
「……今のところはありません」  
「そ、そっか……」  
「キョータさんは」  
「なに?」  
「……あっ、いえ……」  
 あわてて、目をそらすミコトちゃん。  
「なに?」  
「……なんでもありません。その、二人いると手狭なので、少し一人にさせてください」  
「……あ、ああ、わかった……」  
「…………」  
 ……考えすぎなのはわかってるんだ。  
 わかってるんだけどなぁ……  
 
 それがきっかけと言うわけでもないんだろうけど。  
 最近、ミコトちゃんのようすがやっぱり少し違う。  
 話をしていても、うわの空だったりすることもあるし、前じゃ考えられないような簡単なミスをしたりもする。  
 たとえば、ご飯がおこげになったり、お砂糖や塩を切らしたり。  
 あきらかに、何かが前とは違う。  
 
「ねえ、ミコトちゃん」  
「……なんでしょうか」  
「ほんと、疲れてるなら無理しなくていいから。俺が代わるから」  
「……いえ、大丈夫です」  
「大丈夫ったって……最近、どっか調子悪いんじゃないのか?」  
「……だいじょうぶです」  
 強い口調でそういわれると、引くしかないわけで。  
 
「……わかった。だけど、本当にもし、なにかあるんなら……その、頼むから俺に言ってくれ」  
「……何もありませんから」  
 すっと、そう言って歩き出すミコトちゃん。  
「あ……」  
 取り残される俺。  
「……ふぅ」  
 小さく、ため息を付く。  
「キョータくんキョータくん、こっちこっち」  
 物陰から、サーシャさんが手招きしている。  
「はいはい、なんですか……?」  
 歩いていくと、サーシャさんが笑顔で待っていた。  
「ミコトちゃん、最近様子がヘンよね」  
「ですね」  
「何でだとおもう?」  
「……わかりません」  
 正直に答える。  
「ふふっ」  
 俺の答えに、くすくすと意味深な微笑を見せるサーシャさん。  
「知ってるんですか?」  
「知ってるもなにも、原因はキョータくんよ」  
「お、俺?」  
「きまってるじゃない。几帳面で真面目な女の子が、ある日を境に急にぼーっとしたり小さなミスをしたり。何か頭の中で考え事をしてるから集中できないんでしょ?」  
「ええ、まあ……」  
「だったらそんなの、恋の病に決まってるじゃない」  
「!?」  
「今更、シラを切るつもりじゃないでしょ?」  
「……い、いやまあ、そりゃあたしかに……」  
 まあ、その……そりゃあ確かに、あんなこともしてるし。  
「未来の夫が、毎晩毎晩自分以外の女性とあんなことやこんなことしてたら、心中穏やかじゃないわよね〜」  
「い、いやだって、そりゃあ……」  
 一応、俺もご主人様に使える召使なわけで。  
 困惑してる俺を見ながら、つんと指で俺の額をつつくサーシャさん。  
「そーよねぇ〜……仕方ないことだから、じーっと我慢するしかないのよねぇ〜……で、そーやって心の中にもやもやしたものがいっぱい溜まってきて、最後には……」  
「な、なんですかその怖そうな言い方は」  
「グサっ! とかなっちゃうかもしれないぞぉ」  
 そう言いながら、右手でナイフを突き刺す仕草をする。  
「……恐ろしいこと言わないでください」  
「あら、よくある話じゃない。男と女がどろどろの三角関係の果てに……とか」  
「勘弁してください……」  
 肩をすくめる俺を見て、サーシャさんが笑う。  
「ほんと、キョータくんってまだまだお子様ね」  
「ほっといてください」  
「……ふふ」  
 なにか微笑ましいものでも見るようなサーシャさんの視線。  
「ま、それがキョータくんのいいところか」  
 そう言って、ぐいっと肩に手を回してくる。  
「おねーさんは味方だからね、キョータくん♪」  
「……はいはい」  
 人の胃が痛くなるような話をしておいて、味方とか言われても困ります。  
 
 
 そんなこんなで、時間だけが流れていく。  
 ミコトちゃんも、やっぱり昔に比べたら危なっかしくはあるけど、まあ致命的なミスとかはしてないし、俺は俺で目の前の仕事に振り回されている。  
 そんなある日のこと。  
 俺が炭小屋で炭俵を運び出していると、扉のところにミコトちゃんがいた。  
「…………」  
「あれ、どうしたの?」  
「……その……」  
 少しだけ口ごもるミコトちゃん。しばらくして、ぽつりと言った。  
「キョータさんを、少しだけ見ていてもいいですか?」  
「え?」  
「……その、邪魔はしませんから。少しの間だけ、キョータさんを……見ていてもいいですか」  
「あ、ああ、こんなのでよければ……」  
 よくわからないけど、断る理由もないし。  
 そうでなくてもこんな時だから、なるべくミコトちゃんのしたいようにさせたほうがいいような気がする。  
「ありがとうございます」  
 ……まあ、そんなわけで。  
 お世辞にも広いとはいえない炭小屋の中で、炭俵を引っ張り出しては台車に積み込んでる俺と、それを少しはなれたところからじーっと見ているミコトちゃん。  
 何と言うか、奇妙な光景なんだろうな……と思いながら入り口を見ると。  
「そこ、覗き見しない」  
 じーっと、そんな奇妙な二人を見ている四つの視線が。  
「あははっ……お邪魔しました〜」  
「あーっ、ちょっと、これからいいとこなのにーっ!! こらっ、引っ張るなぁ、サーシャ〜っ!!」  
「それじゃあ、あとは若い二人に任せて、お邪魔虫は消えまーす」  
「…………」  
「……気にしていませんから、続けてください」  
「あ、ああ……」  
 
 そんなこんなで、炭俵を積み込んで、下に降りるまで、ずーっとミコトちゃんに見られながら坂道を降りた。  
 坂道を降り、厨房の炭置き場まで来たところで、ミコトちゃんが話しかけてきた。  
「……キョータさん」  
「何?」  
「……その、ありがとうございました」  
「あ、ああ……まあ、こんなことでよければいつでも言ってくれれば」  
 そう言うと、一瞬だけミコトちゃんが寂しそうな表情を見せた気がした。  
「……その、キョータさん……」  
「ん?」  
「明日……一緒に、買い物に行きませんか」  
 ミコトちゃんには珍しく、何を思いつめたような瞳。  
「え? ああ、いいけど……」  
「じゃあ……明日、お昼から一緒に」  
「わかった」  
「それじゃ、私、まだお仕事がありますのでこれで……」  
「うん。それじゃ」  
 
 その夜。  
「キョータくんも、意外と隅に置けないよねぇ」  
 寝台の上でいつものように俺を押し倒したまま、そう言って笑うご主人様。  
「隅に置けないって、何がだよ」  
「ん〜? わかってるくせに〜」  
 ぐりぐり。  
「ミコトちゃん、もうキョータくんしか見えてないって感じだったじゃない」  
「……それなんだけどなぁ……」  
 どうも、気になることがある。  
 どこがどう気になる、と言われるとはっきりとは答えられないんだけど。  
 
「ん〜? どうしたの、一人前に悩んだフリなんかしちゃって」  
 人の気も知らないで、そんなことを言うご主人様。  
「悩んでるんだよ」  
「悩んでるって、何を?」  
「何を……って」  
「あ、そうか。ボクとミコトちゃん、どっちを取るかって悩んでるんだ」  
「……あのなぁ……」  
「うんうん、キョータくんにとってはゼイタクな悩みだよねぇ……こんな美人でカワイイご主人様と、かいがいしくて健気なミコトちゃん。どっちもキョータ君なんかにはもったいないよねぇ……」  
 勝手に自分だけの世界に入り込むご主人様。  
「……話を聞け」  
「ん? 何の話?」  
「あ、いや……」  
 いざ、何の話? と言われると、頭の中をぐるぐるとよぎる奇妙な違和感を、どうも上手く言葉に出来ない。  
「……なんていうか、気になるんだよ」  
「何が?」  
「……わからない。わからないんだけど、何かが頭の中でおかしいぞって言っている。だけどそれが何なのか、まだわからない」  
「ふーん……」  
「だから、いまはあまりミコトちゃんを困らせたくないんだ」  
「へぇ〜……」  
 意味深な笑顔を浮かべて俺を見るご主人様。  
「ミコトちゃんのこと、心配してるんだ」  
「そりゃあ……な」  
 心配していないといえば嘘になる。  
「あのニブくて鈍感で乙女心に疎いキョータくんでも、相手が未来のお嫁さんとなると目の色変えるんだ」  
 そう言って、おかしそうに笑うご主人様。  
「……悪かったな」  
「いやいやぁ〜。キョータくんも成長したんだなあ、うんうん」  
「……っていいながら、この手は何ですか」  
「ん? だって、ゴシュジンサマであるボクよりもミコトちゃんを心配するようなキョータくんには、ちゃーんとオシオキしないといけないし」  
 とかいいながら、俺の両手首を重ねて、頭の上で押さえつける。  
「オシオキ……ってなぁ」  
「ほらほら、口答え禁止だよ」  
「って……んむっ」  
 無理やり、唇を重ねてくるご主人様。  
 開いている左腕を首に巻きつけ、両足も俺に絡みつけてくる。  
 そして、乱暴に舌を絡めながら抱きしめてくる。  
「んむっ……んっ、く……」  
 本気でご主人様が押さえつけてくると、正直身動き一つできない。  
 無理やり押し倒された状態で、ご主人様と目が合う。  
 少しだけ、潤んだような目つきで俺を見ている。  
「……キョータくんのくせに」  
 唇を離し、怒ったような声で言う。  
「ボク以外の女の子を心配するなんて生意気だ」  
 少し、泣きそうな声。  
「キョータ君が心配していいのはボクだけだ」  
「……悪い」  
「今日と言う今日は、絶対に許さないんだから」  
 そういいながら、俺の腕を押さえてた手を離して、両手で俺を抱きしめてくる。  
 
「キョータくんのばか」  
「ごめん」  
 かろうじて動く手で、ご主人様の髪の毛を撫でる。  
「キョータくんなんて、ボクのドレイのくせに」  
 そういいながら、ご主人様は俺に抱きついて頬を寄せてくる。  
「ボク以外の女の子の心配するキョータくんなんて、だいっ嫌いなんだから」  
「だから、ごめん」  
 頭を撫でながら、もう一方の手で尻尾を軽く握る。  
 尻尾を握って、前後にさわさわと愛撫されるのが、ご主人様の弱点。  
「ん……」  
 俺を抱きしるご主人様の腕の力が、ちょっと弱くなる。  
 それから、耳の付け根を軽くくすぐる。  
「くふぅ……」  
 気持ち良さそうな声。  
「ねえ、ご主人様」  
「きょーたくん……」  
「ごめんなさい、ご主人様」  
 そう言って、今度はこっちから手を回してご主人様を抱く。  
「……だめ。ゆるさないんだから……」  
 そういいながら、首に手を回してくる。  
「きょーたくんなんて、だいっきらいなんだから……」  
 そういいながら、また手足を絡み付けてくる。  
「ぜったいにはなさないんだから……」  
 大嫌いとか言いながら、必死にしがみついてくる。  
 こういうのって、ご主人様が寂しがってるときの態度。  
 わざとわがままを言ったり、困らせることをしたりして、振り向いてもらおうとしてるみたい。  
 こういうところが、やっぱり子供っぽいんだけど、ご主人様がやるとちょっとかわいい。  
 で、まあ。  
 こういうときに、俺とご主人様が仲直りするためにやることは一つしかないわけで。  
 さわさわと背中をなでつけながら、尻尾をにぎにぎ。  
「ん……」  
 ご主人様の、抱きついてくる力が少し弱くなる。  
「どうやったら、機嫌を直してくれますか?」  
 そういいながら、ご主人様のお尻をなでなで。  
「……だめ……ゆるさないんだもん……」  
 甘えるような声で、ぺたんと俺の上に寄りかかってくる。  
「困ったな」  
 そういいながら、頭をなでる。  
「きょーたくんがわるいんだから……」  
 ふにゃりとした表情で、俺に身を預けてくるご主人様。  
 肌と肌の触れ合う部分が、互いの汗でぬるりとする。  
「じゃあ、もっと悪い召使になっちゃいましょうか」  
 そう言って、ご主人様と唇を重ねる。  
 そして、ご主人様の尻尾をもう一度にぎにぎ。  
 尻尾を握られるたびに、ご主人様の力が抜けていく。  
 片方の手で尻尾をいじりながら、もう一方の手でご主人様の大切な部分を愛撫する。  
「やっ……」  
 おもわず唇を離し、声を上げるご主人様。  
 だけど、力が入らないのか、また俺の上に倒れこんでくる。  
 
「ゃあん……きょーたくん……ひどいよぉ……」  
「なにがですか?」  
「しっぽはだめぇ……ちからがはいんないよぉ……」  
「だから、やってるんですよ」  
 にぎにぎ、さわさわ、くちゅくちゅ。  
 力が入らないのをいいことに、ご主人様の前と後ろの弱点を左右の手でいじめる。  
「きょーたくん……ずるいよぉ……」  
「そんなこといって、気持ち良さそうな声ですよ」  
「はぅ……そんなこと……ないもん……」  
 物欲しげにひくつくご主人様の下の口に人差し指と中指を挿入して、なるべくやさしくこね回す。  
「くふぅ……んにぃ……」  
 甘い喘ぎ声を上げながら、俺の首に腕を回してしがみついてくる。  
「はぁん……ボク……へんになっちゃうよぉ……」  
「これでも、俺のことが嫌いですか?」  
 わざと、そんなことを聞いてみる。  
「そんなこと……いわないでよぉ……んくぅ……」  
 無意識のうちに、やわらかな胸を俺の胸板に押し付けてくるご主人様。  
 甘えて、もっと気持ちよくしてもらいたいときのご主人様の癖。  
 とりあえず、ご主人様と唇を重ねながら、一度イかせてあげることにする。  
 ぬるりとしたものがあふれ出すご主人様の大切な部分に、何度も何度も指を這わせ、前後に動かす。  
 別の生き物のように俺の指を飲み込もうとするそこを刺激するたびに、しがみつくご主人様の身体がぴくんと波打つ。  
 力が抜けて、ふにゃりとなった尻尾を軽く握って、それをつかってご主人様の背中や横腹をくすぐる。  
「にゃぅ……」  
 重ねた唇の隙間から、甘い声が漏れる。  
 もう、何をされても、されるがままのご主人様。  
 あとは、絶頂を迎えさせてあげるだけ。  
 くったりとしたご主人様がイってしまうのに、それからそんなに時間はかからなかった。  
 
「よっ……と」  
 汗を拭いて、服を着る俺。  
 ご主人様は、まだ寝台の上でくったりしている。  
「……きょーたくん……」  
「何?」  
「もう……やめちゃうの……?」  
 あんなに気持ち良さそうなのに、まだ物足りなさそうなご主人様。  
 もちろん、俺もまだやめる気もないし。  
 こういうときでもないと、できないこともあるし。  
「じゃ、いきますか」  
 服を着替え、裸のご主人様の背中に手を回して起こす。  
「いくって……?」  
「外ですよ」  
 そう言って、扉の方へ連れ出そうとする。  
「え、だって、ボク……」  
 裸のままのご主人様はあわてて服を着ようと手を伸ばす。  
「ダメです」  
 尻尾を強く握る。  
「はぅ……」  
 力が抜けるご主人様。  
「このまま、外に行くんです」  
 
「え……そんな、ボク……」  
 恥ずかしそうなご主人様。  
 だけど、すでに一回イかされ、しかも尻尾を握られているご主人様に、抵抗する力は残ってない。  
 だけど、まあ念のために。  
「キョータくん……なに、それ……」  
「これで、縛っちゃうんです」  
 ご主人様の服の帯で、後ろ手に縛る。  
「いやぁ……キョータくん、ヒドイよぉ……」  
「悪い召使になるって言ったでしょう?」  
 そう言って、ご主人様の手を背中に回すと、くるくると帯で縛る。  
 そして、しっぽをつかんだまま無理やり立たせる。  
「さあ、いきますよ」  
「いやぁ……キョータくんのばかぁ……」  
 恥ずかしがるご主人様を無理やり立たせて、俺は夜の散歩に出かけることにした。  
 
「……ぜったい……だれかに見られてるよぉ……」  
 小さな声で俺に言ってくるご主人様。  
「いいじゃないですか、ご主人様の裸、綺麗なんだし」  
「だって……ボクだって、はずかしいよぉ……」  
「恥ずかしい目にあわせてるんですよ」  
 そういいながら、廊下を抜け、外に。  
 ご主人様の裸身を、月明かりが照らす。  
「どうして……こんなヒドイことするのよぉ……」  
「かわいいから」  
 そう言って、ご主人様を俺の側に引き寄せる。  
「あっ……」  
「声を上げたら、誰かに聞こえて見つかっちゃいますよ」  
「……キョータくんのばかぁ……こんなことするキョータくんなんて、キライなんだから……」  
「キライでいいですよ」  
 そう言って、頬にキスをする。  
「いつもワガママいってる罰です」  
 そういいながら、玄関でご主人様に靴を履かせ、外に出た。  
 
「さむいっ……」  
 秋になって、少しだけひんやりしてきた。  
 裸のご主人様には、確かにちょっと寒いだろう。  
「歩いてるうちに、あったまりますよ」  
 尻尾を握られ、後ろ手に縛られ、どうすることもできないご主人様を連れて夜の道場から外に出る。  
 つんと立った胸の先端が月明かりに照らされ、白い乳房に影を落とす。  
 恥ずかしいという感覚で、ちょっと敏感になっているんだろう。  
 冷たい風が、ひゅっと鳴って俺達を包み、抜ける。  
「ひゃんっ……」  
 しゃがみこむご主人様。  
「ほら、こんなところで座っちゃダメです」  
 無理やり起こす俺。  
「…………」  
 恥ずかしそうな表情のご主人様。  
 風が触れただけでも感じてしまうくらい、敏感になっているみたい。  
 そういえば、ほとんど満月に近い。  
 今の時期だと、何をされても感じてしまうんだろう。  
 
「…………」  
 おしだまったままのご主人様。  
 真夜中とはいえ、いつも通っている道を裸で歩かされていることが、たまらなく恥ずかしいんだろう。  
 しかも、空は晴れて月は大きく出て、ご主人様の裸体は嫌でも月光に照らされているし。  
 それを隠す両腕は、俺に縛られ、小さなお尻が、歩くたびに振れる。胸のふくらみがゆさゆさと揺れ、寒いはずなのにご主人様の肌はうっすらと汗ばんでいて、太股の内側も少し濡れている。  
 実は、ご主人様はこういうのに弱い。  
 なにしろ、道場主の娘で、腕っ節はめっぽう強いし、ちゃんとした立場にもいる反動で、被虐に対して極端に弱かったりする。  
「誰か、見てるかもしれませんね」  
 そんなことを言って、ご主人様の恥ずかしがる反応を楽しむ。  
 実は、俺はあまり、ご主人様に敬語とか使わない。  
 というか、理由はわからないのだが、ついついタメ口になってしまう。……いちおう、これでも召使だから、言葉遣いにも気をつけたほうがいいとは言われてるんだけど。  
 それが、こういう風に、俺が上位にいる時はなぜか敬語になる。  
 ……自分でもよくわからない。  
 
「……も、もういいよね……もう帰ろうよぉ」  
 本当に恥ずかしそうなご主人様。まあ、全裸で野外散歩なんてアブノーマルなことは初めてなんだろう。……いや、俺も実際にやったのは初めてだけど。  
「じゃあ、帰る前にこっち」  
 そういって、石畳の道から少しそれた小道に入る。  
「ゃん……くすぐったいよぉ……」  
 道端から生えるススキや雑草が、裸のご主人様をくすぐる。  
 だけど、無理やりその中を立たせて歩かせる。  
「あんっ……だめ、そこぉ……んくぅ……」  
 過敏になった肌を雑草にいじめられながら、それでも小道を歩かされる。  
 やがて、道を少し離れた場所にある、小さな広場に出た。  
「ここ……」  
 綺麗な秋の花が、たくさん咲いている。  
「かわいかったですよ、ご主人様」  
 そういって、ようやくご主人様を座らせる。  
「……キョータくんのばかぁ……はずかしかったんだから……」  
「でも、そんなご主人様も良かったですよ」  
 そういいながら、抱き寄せる。  
「あっ……」  
「綺麗な場所でしょ」  
「うん……」  
「ここなら、誰にも見つかりませんよ」  
「……ここで……するの?」  
「したいですか?」  
「……うん」  
 はずかしそうにうなづくご主人様。  
「わかりました」  
 ご主人様の手を縛っていた帯を解く。  
 すっかり火照りきった肌に浮かぶ汗が月光に照らされてきらきらと光る。  
「じゃあ、恥ずかしいことを我慢したご褒美に」  
 そう言って、俺はご主人様を抱いた。  
 
 翌朝。  
「……見られてなかったよね」  
 何度も何度も、俺に確認してくるご主人様。  
「あの道順で、誰が見るんですか」  
「……それはそうだけど」  
 いちおう、これでも考えている。  
 居住棟からは一番遠い通路を歩いたし、歩いた山道だって、奥山に向かうほうの道で、絶対に人なんか通らない。  
 ご主人様のことだから、裸で縛られて野外を歩かされるというだけで、あとは時々、恥ずかしくなるような言葉をかけるだけで、羞恥心で頭が一杯になって、冷静ではいられないだろうという読み。  
 案の定と言うか、昨日はそんな安全パイのルートなのに、羞恥心でいっぱいになっていた。  
 まあ、万が一にも昨日の散歩を見ていた人がいたりしたら、たぶん今日中、それも午前中には不幸な事故が起きて、裏山に墓石が増えることだろう……いや、マジで。  
 とりあえず、今日は今日の一日が始まる。  
 そして、俺は。  
──ミコトちゃん……だいじょうぶなのかな。  
 昨日の約束のことを思いながら、とりあえず朝の仕事に向かうことにした。  
(後編に続く)  
 

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