「――いたっ!?」  
指先に走った痛みに、慌てて手を茂みの中から引き抜いた。  
見ればそこには数センチほどの傷ができていて、見る見るうちに赤い玉が膨らんでいく。  
「あー、もうなんでみつかんないのよ」  
ジンジンとした痛みを訴え始めた指をくわえながら自然と悪態をついてしまう。  
街のすぐそばに広がる森の中。  
私は住み込みで魔法を習っている先生のお使いでここに来ていた。  
頼まれたのはある薬草。  
それほど珍しい草でもないからすぐに見つかるだろうと考えて森に入ったというのに、それから数時間経っても未だにお目当ての物は見つかっていなかった。  
日光を嫌う性質上茂みの中などを重点的に探さないといけないせいで、いい加減腰も悲鳴を上げ始めている。  
そんなタイミングでのこの怪我、すでにほとんど尽きかけていた私のやる気をゼロにするには十分な力を持っていた。  
 
「マナ、見つかった?」  
少し離れたところで薬草を探していた妹の所まで行き声をかけると、彼女は茂みに突っ込んでいた上半身を起こして振り返った。  
今は邪魔にならない用にまとめてある私とは違って長く伸ばしている髪の下、なんだかいつも眠そうというか、姉の私でも何を考えているのか掴みにくい瞳がこちらに向けられる。  
ただまあ、さすがに今は随分疲れている感じが容易に見て取れた。  
基本的に無口な妹は首を横に振り、続いて視線でこちらの首尾を聞いてくる。  
「こっちもダメ。  
 ここ最近で誰かが大量にとってったのかもね。  
 あ、ちなみにちょっと回復おねがい」  
そう言って指を見せると、少しだけ眉を顰めた後回復のための呪文を唱えてくれる。  
傷口が持つ嫌な熱が薄れていって、かわりにじんわりとした温かさを感じているとあっという間に傷口は塞がっていた。  
「これくらい、お姉ちゃんも覚えればいいのに」  
私がお礼を言うと、ぼそっとそんなことを言われる。  
確かにこの程度の回復呪文は初歩の初歩なので覚えようとすればそんなに苦労しなくても覚えられるだろうから、マナの言うことはもっともだった。  
「だってなんか地味なんだもん。  
 私はもっとこう、バーンと派手な方が好きだから」  
同じ人に師事しているにも関わらず、私とマナは全く正反対の魔法使いになっていた。  
私は自分でも言ったように攻撃呪文専門と言った感じで、逆に妹は回復や補助的なものばかりを覚えている。  
加えて基本的に外に出たがる私と違って、私がむりやり引っ張り出さないかぎり部屋で本を読んでいるタイプのマナは今や先生すらも一目置くほどの薬や魔物の知識を獲得していた。  
実際この数時間の内でも何度か私は目的の薬草だと思うものを見つけたけど、意気揚揚とマナに見せて一瞬で否定されるということを繰り返している。  
私としては結構自信があったのだけど、彼女にしてみれば逆にどうして間違えるのかがわからないらしい。  
それぐらい私たち姉妹は正反対だった。  
 
「じゃあ、今度はわたしそっち探すから」  
回復が済むとそう言ってまた薬草探しに戻ろうとする。  
そんな真面目さも私には少しばかり足りないものだった。  
とはいえ早いところ見つけないと困るのも確か。  
私も作業に戻ろうと思った、その矢先だった。  
「……ぁ」  
「見つかったの!?」  
再び近くの茂みを覗きこんだマナが小さく漏らした声。  
いくら小さくても無口なマナが思わず漏らした声にちょっと期待してしまう。  
けれど私が次の瞬間見たのは目当ての薬草を持った妹の姿ではなかった。  
それは小柄な彼女の体が上へと飛んでいくという非常識な光景。  
思わず言葉を失った私が見上げると、マナは高さ数メートルの所に浮いていた。  
いや、違う。  
高く挙げた片手の先から何か細長いものが伸びていた。  
何が何やらわからないまま見上げる私の視線の先で、他にも3本の何かが伸びマナの手足に巻き付いていく。  
「マナっ!  ――きゃぁ!?」  
それが植物の蔓だと気がついた直後、私にも異変が襲いかかってきた。  
何かが足に巻き付く感触。  
その直後、空中で×の字で磔になった妹を見上げていた世界が反転した。  
 
気がつけば私も空中に引き上げられ、しかも両手両足を蔓に巻き取られて四方に引っ張られていた。  
ピンと伸ばされた手足を引こうとすると逆に関節が抜けそうなほど強く引かれ、とても動ける状態ではない。  
「お姉ちゃん……」  
マナの方も同じ状態で痛みのせいかわずかに顔を顰めていた。  
マナを助けないと。  
妹のその表情が私を現実に引き戻してくれた。  
まだ完全に状況を把握できたわけではなかったけど、とにかくこの蔓から逃れないといけないことだけは間違いない。  
「マナ、待ってて。  
 こんなのすぐに――あぐぅっ」  
私が1番得意な炎系の呪文では私たちまで巻きこんでしまう。  
だから風の刃で目標を切断する魔法を唱えようとした瞬間、まるでこちらの考えを読んだようにのどに新たな蔓が巻き付き締め上げてきた。  
息苦しさを感じるより先に痛みを感じるほどの締め付けの前では、当然のように呪文など唱えられるわけがない。  
「お姉ちゃん!」  
これもまたひどく珍しいマナの切羽詰った叫び声。  
そんなことを考えていられたのも束の間、呼吸が出来なくなった私は意識が急速に遠のいていくのを感じていた。  
「かはっ……」  
ぎりぎりのところでのどの蔓が緩み再び呼吸ができるようになる。  
空気が通るだけでキリキリ痛むののどで、それでも私は空気を貪った。  
「お姉ちゃん、おとなしくしてて」  
少しだけ落ち付きを取り戻したマナがそんなことを言う。  
「で、でもこのままじゃ……」  
「……だいじょうぶ、殺されたりはしないから」  
「マナ、こいつ知ってるの?」  
私もさすがに街の周辺に出没する魔物についてくらいは調べてあるけど、こんなやつは知らなかった。  
だけどマナなら本来このあたりにいない魔物についてもかなりの知識があるはず。  
「たぶん……」  
言葉とは裏腹にマナはそれなりの確信を持っているのが窺えた。  
そうであるなら私としては彼女の知識を信じるしかない。  
「でも殺されないって?」  
それでも私はこの魔物については何も知らないけど、それでも魔物が捕らえた獲物をどうするかなんてそうそうパターンがあるとは思えない。  
 
「本で読んだけど、これ、私たちに種を植えようとしてるんだと思う。  
 無理に逃げようとしなければ殺されたりはしないはず」  
確かに捕まってから無抵抗のマナに対しては拘束するだけでのどを締めたりまではしていない。  
「種って、でもそんなの植えられたら……」  
一瞬この蔓が私の皮膚を破って成長していく様子を想像してしまい寒気が走った。  
「そう、それで植えた後は別のところで発芽するように解放するの。  
 同じ場所に複数いると栄養の取り合いになるからだろうって本には……。  
 だから解放されてから発芽する前に処理すればきっとだいじょ――んっ!?」  
言葉が途中で遮られる。  
不意にマナの目の前で鎌首をもたげた蔓の1本が、先端についた花のような物から何かを彼女の顔めがけて吹きかけたせいだ。  
そして声をかけようとした私の目の前にも同じ物が現れ何かを吹きかけてくる。  
「な、なにこれ!?」  
トロリとした液体が頬を伝い落ちていく感触と、頭痛を催すほどの強烈な甘い香り。  
腐った果物のような匂いが頭の中にじわじわと染み込んでくる。  
「なに、これ!?」  
さっきと同じ台詞。  
だけど、その内容は違っていた。  
吹きかけられた物に対してだったさっきの言葉と違い、今回のは自分の体の変化に対して思わず口にしてしまった言葉だ。  
視界が霞み、周囲の音がまるで壁を1枚隔てたように遠くなった気がした。  
その代わりとでも言うように、自分の体内に関してはまるで皮膚の下の血の流れさえも感じ取れるようで、そのあまりの変化に戸惑ってしまう。  
「種を植え……適した状態……いくため……。  
 それと解放し……、種を……ないように……思考能力を奪う……」  
意識的にそちらに注意していないと聞き取れなくなってしまったマナの声。  
この魔物についての知識を持っている彼女が教えてくれた内容に私は耳を疑った。  
「でも、わたしは……耐性があるから、だから……」  
その言葉に安堵を覚えたり、ずるいとか思うだけの余裕はなかった。  
彼女の説明が終わるのを、というよりこれの効果が十分に発揮されるのを待っていたかのように何本もの蔓が服の下に潜り込んでくるのが感じられたからだ。  
血流量が何倍にも増して燃えるように火照った皮膚の上を蛇みたいな蔓が這いずり回る感触に全身に震えが走った。  
「な、なんでこんな……」  
何より私を恐怖させるのは、その感触が自分でも信じ難いことに決して嫌なものではないということだった。  
いや、悪くないなんてものではなく、思わずその感覚に全てを委ねたくなるような――、  
「あ……あぁ……」  
その恐怖すらも溶けるように薄れていく。  
薄れていく恐怖と入れ替わるように、じわりと股間を覆っている布地が湿りを帯びて肌に貼り付いてくる感触。  
その感触と、種を植えるのに適した状態にもっていくという妹の説明が結び付き、この魔物が種を植えようとしている場所に思い至った。  
その想像にさすがに怖気が走り、動けないことも忘れて“その場所”を少しでも逃がそうとしたのと、足の表面を這い登ってきた蔓の1本がそこに辿りついたのはほぼ同時だった。  
 
ずるりと、未だ何も受け入れたことのなかった場所に蔓の1本が潜り込んでくる。  
こちらの気持ちなどお構いなしで易々と潜り込んできた蔓に体を内側から擦られる感触は、皮膚の時とは比べ物にならなかった。  
わずかに残っていた思考が一瞬で白く塗り潰される。  
「ぅぅ……」  
今まで経験したことのない、紛れもない快感に押し流されそうになった私の耳に辛うじて滑り込んできたかすかな呻き声。  
苦痛から迸ろうとする悲鳴を必死に噛み殺そうとしているのがありありとわかるマナの声。  
彼女はこの魔物が放った液体に耐性があると言った。  
それはつまり普段のままで体内に蔓を挿入されているということだ。  
「ま、マナ……あ、うああ、だ、だめ、うごかさないでぇ!」  
体の中で始まった蔓の前後運動に、妹に向けた言葉は途中から自分が放ったものだと思いたくない喘ぎ声に塗り替えられてしまう。  
膣内の蔓をサポートするように、全身を這いずる蔓の動きが激しくなる。  
胸を搾り出すように巻きつき、先端をその中心に押し付けられると下半身からのものとはまた別の快感が生まれて意識をさらっていった。  
妹を助けたくても何もできない。  
喘ぎ声と、蔓が動きを激しくしたせいで森中に響き渡っているんじゃないかと思うほど大きくなった股間からの水音を聞かせるだけ。  
「マナ、マナぁぁあ!」  
全身に許容量を超えた電流が流れたような錯覚を感じた直後、体内の蔓の先端から大量の液体が吐き出される感触が生まれた。  
「いやぇ! 出さないでぇ!」  
その中に存在する小さな粒の感触を感じながら私は意識を薄れさせていった。  
 
 
「マナ! ……あ、あれ?」  
夕日が差し込む私の部屋。  
正確にはマナと2人で住まわせてもらっている部屋のベッドの上に私はいた。  
「やっと起きた」  
「え、あれ、マナ……どうして?」  
私たちは先生のお使いで近くの森まで行って――どうしたんだっけ?  
なかなか目当ての薬草が見つからなくて、それで――、  
「お姉ちゃん、途中からサボって居眠りしてたの」  
途中で途切れてしまった記憶の先を補足するようにするようにマナが言う。  
その声音には呆れの色が濃い。  
「全然起きないし」  
「え、えーと……」  
確かに全然見つからなくて嫌になってきたのまではちゃんと覚えているんだけど。  
「重かった、すごく」  
つまりこれはサボって居眠りした私を、マナが家まで運んでくれたということ?  
「って、そうだ! 薬草は!?」  
もうすぐ日が沈むということはそろそろ先生が帰ってくるころのはず。  
見つからなかったなんて言ったらどんなお仕置きがあるか。  
「わたしが見つけた」  
マナが視線で示す先、テーブルの上には一掴みの草が置かれていた。  
私としてはやっぱり私が午前中に見つけてマナに見せたものと同じに思えたけど、実際にはあれこそが目当てのものなんだろう。  
薬草も見つけて、起きない私をここまで運んでくれて。  
「ごめん、埋め合わせはするから!」  
こうなってしまっては、できの悪い姉にできることなんてただひたすらに平謝りすることだけだった。  
 
昼間寝すぎたせいか、夜になっても全然寝付けない。  
私は2段になっているベッドの下の段で、ぼんやりと上のベッドの底面を眺めて時間を潰していた。  
あの後何度思い出そうとしても記憶は途中で途切れてしまう。  
何かがあった気がするのに、まるで濃い霧の中に迷い込んだようにそこから先に進めないのだ。  
まあ眠くなって寝てしまったということで説明できるし、自分の性格を鑑みるにいかにもそれがありそうで我ながらちょっとあれなのだけど。  
だけど、どうしてもそれで納得できない理由は上の段から時折聞こえる衣擦れの音だった。  
マナは私と違って寝相がいいから、時々寝返りをうつくらいでほとんど動かないまま一晩過ごすことを私は知っている。  
今日の衣擦れの音は彼女にしては多すぎた。  
マナも眠れないらしい。  
私と違って疲れているはずなのに。  
「眠れないの?」  
無視されるかなと思いつつ声をかけてみると、上半身を起こしたのだろう少し大きめの音がしてベッドの縁からマナが身を乗り出してくる。  
長い髪が滝のように垂直に落ちて月光を反射した。  
何かを迷うように瞳が左右に揺れている。  
「どうしたの?」  
珍しいこともあるものだと思いながら促してみても、無口な妹はしばらく口を開かなかった。  
「……一緒に寝ていい?」  
「……え?」  
たっぷり10分はあっただろう沈黙の後彼女が放った一言に、思わず私は言葉を失ってしまった。  
「……埋め合わせ」  
予想外の事態に固まってしまった私にマナがそんなことを言う。  
どうやら私の沈黙を拒絶の意味で取ったらしいということに思い至り、私は慌ててそれを否定した。  
「も、もちろんいいけど、どうしたの急に?」  
「別に……なんとなく」  
そんなことを言いながらはしごを下りてきたマナが私の横に入ってくる。  
同じベッドで眠るのは本当に久しぶりだった。  
先生の所に引き取られてすぐの頃はこうして一緒に寝ていたのだ。  
だけどしばらくして別にしようって言い出したのはマナの方だった。  
「寒い?」  
横に寝るマナの体が細かく震えていた。  
だから私は少し体を動かして、マナの小さな体を浅く抱くようにする。  
「……ん」  
マナは、拒まなかった。  
 

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