件の日から二日程たった。  
あの次の日の朝、オジロはいきなりの耳を劈くような悲鳴で目を覚ました。  
「あ、あ……う、うわぁぁぁぁん!!」  
「!…どう、した?」  
バッチリ覚めてしまった目を軽く擦り、上体を起こして  
すぐ横の布団で寝ていたミリーを見つけ、びびった。(本人談  
両手で涙に濡れた顔を隠すようにして、ほぼ正座の状態で泣いていたのだ。  
「…オジロに、…お、おそゴニョゴニョ」  
「…いや、襲ってねえし」  
「だって、だって!なんか…あの辺…痛いしさあ!!」  
「あ、それは悪かった」  
そこまでのやりとりでどうも、非常に混乱している事だけはオジロにも理解できた。  
あの時、一応同意らしきものは取ったのだが、  
なにせ事の最中だっただけにそれが有効なのかどうかは怪しいものだった。  
「しょ…処女取られたー!」  
「いや、取ってねえし。…や、取った、のかあれは?」  
オジロは、涙で濡れたミリーの顔を見て元気を出しかけてきた分身を抑え、その瞬間を思い出した。  
ミリーの中を指で弄っている時だった。丁度処女膜のところで指は止めたものの、  
ミリーの体がビクンと跳ねた拍子に膜の向こう側に指が入ってしまったのだ。  
オジロの所為といえばそうなのだが、ミリーの所為とも言えるやもしれない。  
それを言おうと思ったのだが、ミリーの舌の回転の速さにはついていけなかった。  
「うわぁぁぁぁん!修羅場のゴタゴタに乗じて処女取られたー!」  
「なんか、俺最悪の男になってないか?」  
オジロはそこまで話を聞くと、とりあえずミリーを慰めるためにミリーの頭の両耳の間を優しく撫でた。  
ミリーがそこを撫でられると、うっとりしたような顔になって落ち着く事は、長い付き合いで判っていた。  
事実、彼女は気持ちよさそうに目を細めている。  
このまま耳を攻めていっきに事に及んでもよかったのだが、  
ふと、オジロの頭脳に何かが舞い降りた。  
「そういえば、あの時気持ち良くなったのミリーだけなんだよな」  
ボソッと。ミリーがぎりぎり聞き取れる声で、さりげなく。  
しかし確実に良心に響くように、言った。  
ミリーの尻尾と耳が同時にピクッっと動いた後、すべてが止まった。  
 
現在。あの一言で、場は収まったわけだが。  
今の所の二日間、オジロはさりげなく、思い出したかのように例の言葉を呟いていた。  
ミリーがぎりぎり聞き取れる声で。しかし確実に良心に響くよう。  
例の言葉を呟く度、ミリーは両耳と顔を真っ赤にして、黙ってしまうのだ。  
そして、この日もまた、ミリーが顔を真っ赤にした後。  
オジロは、村の外れに立つ自らの家の裏手、森の入り口の一際大きな樹の幹に  
背を預けて、ひょこひょこと耳と尻尾を動かしながら物思いに耽っていた。  
“借り”は作った。後はどうやって返してもらおうかとオジロは真剣に考えていたのだ。  
こちらから頼んでヤらせてもらうのも構わないのだけれども、  
寧ろミリーが折れて自分から「いい」と言うのも捨てがたかった。  
「…行動あるべし、かなあ…」  
今の“大親友+α”の間柄を変えたくないという気持ちも確かにあった。  
しかし、そこから一歩進んだ、“恋人”になる為に。  
オジロは、ゆっくりと立ち上がった。  
 
「ミリー…いるか?」  
村の外れ、森の入り口にあるその小屋は、納屋として使われていて、  
農作物の収穫の際等には頻繁に村人が出入りするのだが、それも一段落  
ついた今は、訪れるものははっきり言っていない。極稀な時を除いては。  
ミリーの家に行ったオジロは、彼女の母から「さっきどっか出て行ったわよ?  
…もう、オジロちゃんたら、やんちゃさんねえ」と酷く心に引っかかる言葉を頂いた。  
ミリーの母は、夫に先立たれ女手一つでミリーを育ててきた。  
そのせいか、娘に関してはまさしく神業の如き「勘」を働かせるの。  
もちろんオジロも、幼いころからミリーの母として彼女を認識していた。  
ミリーと二人でなにかをやらかしたとしても、一度たりともばれないことはなかった。  
オジロは、彼女の勘がどれだけ鋭いか知っているだけに先程の言葉を気に掛けるのだ。  
ともあれ今は、とミリーを探すことになったのだが、オジロにはミリーがどこにいるのか、  
大凡の見当がついていた。それが、この小屋なのだ。  
 
「ミリー……話たいんだけど」  
ぱたんと後ろ手で扉を閉めると、中は明り取りからの光だけが唯一の光源になった。  
ドアを閉める時、小屋の隅に積んである藁の山からでている二つの耳が  
ぴくりと動いたのを、オジロは見逃さなかった。  
しばらく無言で入り口に立っていたオジロは、小さく深呼吸をして  
気付かれないようにゆっくりとミリーに近づいた。  
うっすら見えるミリーの耳に、唇が触れるぐらいまで顔を近づけて、言った。  
「“借り”…どうやって返そうか?」  
余程驚いたのだろう。藁の山からガサガサと大きな音を立てて  
顔を真っ赤にしたミリーが出てきた。驚きと、もしかしたら  
吐息が耳にかかった所為でほんの少しの気持ち良さが混じっていたかもしれない。  
「ななななな、…なに!」  
「今、考えてただろ。どうやって返すか」  
まさに動物的(半分動物だが)勘というやつだろう。  
ミリーが藁の山の中で考えていた事は、まさにそれだった。  
ミリーは混乱していた。どうやってオジロにあの時の借りを返そうか、  
どんな事をしようかと、悩んでいる時に丁度オジロが現れたからだ。  
オジロは事あるごとに――すれ違いざまに言われたこともあったが――あの台詞を  
呟いていた。ミリーは、最初のうちこそ羞恥心で顔を真っ赤にしていたのだが、  
段々と、ほんの少しずつではあるが、悪い事をしたような気になっていってしまった。  
まさにオジロの術中に嵌ってしまったのである。  
そうして、自分が悪い事をしてしまったと思っている時にオジロがやってきたのだ。  
その結果ミリーは、オジロにとって最も望んだ答えを考え付いてしまった。  
「あー、のさ。………この間の、続き。しても…いいよ」  
オジロの目が輝いたことに、ミリーは気付かなかった。  
 
「続き…?」  
通り掛かった人が見れば、一目で笑みを堪えているのだとわかっただろう。  
しかしもちろん人など通るはずもなく、ミリーは気づかなかった。  
あわれ羊人の少女は一般人以下の注意力に成る程に幼馴染の仕掛けた策略に嵌ってしまったのである。  
「そ、そうよ。この間の…あ、あれの続きしていいっていってるの!」  
挙句、逆切れに近い形で平常心を失ってしまった。いまだ笑みを堪えているオジロは、  
まってましたとばかりに飛びつきたい本能を理性で押さえながら立ち上がり、  
ううむとばかりに腕を組んで半身を藁に埋めたままのミリーを見下ろした。  
「なぁ、もしかしてさ」そういった後腰を屈めて自分の顔とミリーの顔を近づけて、言った。  
「…したいの?えっちなこと」  
真っ赤になった。体中を覆う純白の毛さえ赤くなった気がするほどだった。  
真っ赤になったまま、「ななな、ば、ばかそういうことじゃなくて借りを返そうと思って」と  
大慌てで言い訳を口にしたものだから、いまいち聞き取りにくい。  
「続きって、キスまで?それとも」  
「…それ以上いうと踏み倒しちゃうから」  
「……冗談だよ」  
あの幼馴染にしてこの幼馴染あり、といったところか。  
 
では、といわんばかりにミリーの両脇に手をいれて持ち上げ、埋まりっぱなしだった下半身を  
藁山の上に引っ張り出す。そのまま両肩を押して仰向けにさせる。  
あれよという間にミリーの体はオジロの下になってしまった。  
だが、このままでは前回と変わらない。借りを返して終わってしまう。  
今回は、しっかりと、確実に一歩先の関係になるための行動でないと駄目なのだ。  
「なあ…ミリー」  
両肩に置いた手で体を支えたまま、真っ赤になっているミリーに向かって  
「す、好き、だからするんだから、な?」  
と、自分も真っ赤になりながらまっすぐな瞳で言って、顔を背けてしまった。  
いくら策を弄した所でやはり(童貞)まだ20年も生きていない少年だった。  
オジロにとって、どういう反応が返ってくるかを待っていたこの時間はどれほど長く感じただろうか。  
もし「なにいってんのこのばか」だの「そういう対象にはできないよ」なんていわれた日には、  
きっと立ち直れなくなってしまうだろう。  
(後者の場合、言い方・表情によっては理性のタガが外れるかもしれないが)  
だが、中々返ってこない返事に恐る恐るミリーと目を合わせようとしたオジロに向かって  
言い放たれた言葉は。  
「なにいってんの、このばか」  
ミリーの吸い込まれそうな緑色の大きな瞳は、微かに潤んでいるようにみえた。  
「そうじゃなきゃ待ってなかったよ」  
オジロの青色の瞳も、心なしか潤んでいるようにみえた。  
事実、オジロは嬉しさのあまり涙が出そうになっていた。  
それを誤魔化す様に「目、つぶって」と言い、そのままゆっくりと顔を下ろして  
ぎゅっと目を瞑るミリーの唇に自分の唇を重ねた。  
 

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