『やべーさみー。雪ちらついてるし…。  
槍が降っても止まらない京急沿線の学校でよかったと痛感する今日この頃。  
赤い電車って色からして暖かい!  
そして普通電車で帰宅の途。』  
 
訳のわからぬメールを、何となく送ってみる。  
俺の友人は、ノリの良い奴が多い。こんなメールにも、すぐノってくれる。  
誰に送ろうかと思案していると、同じ沿線の学校に通う奴を一人見つけた。  
送信。  
そうして車両の先頭で、ホットカルピスをすすりながら、運転士の小気味よいドライブテクを堪能する。  
加減速の仕方を見ているだけでおもしろい。  
程なくメールが返ってきた。  
 
『!?  
もしやニアミス?中央15:02発の普通車だよ。』  
 
うぉ、と声を上げそうになる。  
全くその通り。俺と同じ電車だった。  
立ち上がって、車内を見渡す。  
本を読む主婦、携帯電話を弄る高校生、ボトルのお茶をすする老人、イヤホン耳に軽くヘッドバンクする白人、タブロイドを読む小学生。  
 
…?  
タブロイド?  
もう一度その小学生を見る。  
椅子から、かろうじて足が届くかどうか。  
ワンピースの制服の上に黒のダッフルコートで、服の上を白いイヤホンがぶらつく。  
「オレンジ色のニクい奴」を、開かず畳んで読む。ポケットからはとある「ねこみみモード」のストラップと、ボトルのそば茶。  
(…わかり易っ!)  
とか思いつつ、そいつに近づいてみる。  
「おっさん臭せーやっちゃなぁ」  
そいつは顔を上げて、俺の存在に気がついた。たぶん口さえ開かなければ、いわゆる清楚系で、結構レベル高めなんだと思う。  
「あ、ども」  
タブロイドを閉じる。中から出てきた体の小ささに、さほど違和感は感じない。  
やばいな。俺。こいつの行動に慣れてきたみたいだ。  
 
 
メールでも実際の会話でも、年の差を感じさせない。でもこいつは、れっきとした小学生。  
幼さの中にどこか知性を感じる、なんていっても、背丈のせいで説得力が微塵もない。でもこいつは、俺と対等に話せる。  
そしてこいつは、俺の親友。  
赤塚鈴という名前を、出会って1時間後に知った。  
 
 
「偶然だね〜。なに?いつも普通車通学?」  
「帰りだけな。行きはもういつもギリギリだから、快特に駆け込むけど」  
「でも遅刻でしょ?」  
「文系大学生の特権であります」  
確かにいくらでも潰しがきく。理系の友人には申し訳ないと思いつつ、反省はしていないようだ。  
「ボンクラ大学生め」  
「赤塚。おまえに言われたくないわ」  
 
鈴は、持っていたタブロイドを畳んだ。  
「株と芸能?読んでたのは」  
央兎は当ててみた。  
「…紙のはみ出具合で、そこまで当てられる位に読んでる成増君こそ、おっさん臭いよ」  
当たっていたようだ。  
「バイト柄、どうしても目に入るんだよ。読んでるうちにコツを編み出した」  
「コンビニ店員って、そんなに暇なの?」  
鈴があきれながら聞く。  
「夜勤ですから」  
「あー。へたれ具合がなんか役得だわ」  
「ほっとけ」  
央兎に辛辣な言葉をぶつける鈴に、遠慮がない。  
 
「まぁ、その読んでる新聞が、青いのじゃなくて良かった」  
タブロイドを読む場面には、何回か当たっていた。  
だから、東スポを読んでないだけ良しとしようと、央兎の中で訳のわからぬ納得をしようとした。  
「え?たまに読むけど?東スポ」  
打ち砕かれた。  
「まぁ、これもそうだけど、たまに売ってくれない店もあるけどね」  
夕刊片手で苦笑いの鈴に、央兎はつっこむ。  
「当たり前だろ。見てくれ小3の女なら、ためらいも感じるわ」  
「いや、小6に売るのも問題じゃない?」  
「あ、まぁ、そうか」  
華麗な返しに、央兎は為す術も無かった。  
 
「成増君ならどうする?」  
「あん?」  
「売る?あたしに」  
鈴はそんな疑問をぶつけた。  
「うーん、…売っちゃうかな?」  
「結局売るんだ。まぁいいや」  
別にこれといって返事を期待していなかったため、そのまま流した。  
 
初めて会って以来、央兎と鈴は何回も顔を合わせていた。  
年は離れているはずなのに、妙に馬が合う二人。  
メールでやり取りするうち、ことあるごとに一緒に行動している。  
なぜこんなにも気が合うのだろうか。  
年不相応に様々な知識が豊富な鈴に、ずぼらでオタクでさえない央兎。  
鈴の方が年齢の割に落ち着いている故、精神的には年が近い友人と認識できるのかもしれない。  
趣味が合うというのも、あるのかもしれない。  
そうして、二人は今日も、行動をともにする。  
 
 
 
 
「ところで、成増君はこれから何かあるの?」  
尋ねたのは、鈴の方だった。  
「いや、ねぇけど」  
「あたしも暇なんだ。どっか行こ」  
 
今に始まった事じゃない。今まで、央兎からも鈴からも、同じような切り出し方で、遊びに行ったりしている。  
 
「すまんが秋葉原は却下な。散財できるほどない」  
秋葉原という単語が真っ先に出てくるのも、この二人ならでは。  
「そんなに行きたいの?アキバ」  
「いや、本当に。やばい」  
苦笑いしながら言う鈴に、央兎は至ってまじめに答える。  
「うーん、何処が良いかなぁ…」  
しばらく考える。  
「あー、そういえば、初詣行ってねぇや」  
そう思い返したのは央兎。  
ちなみに日付は1月12日だったりする。  
「なら、ちょうどいいよ。あたしも行ってないから、行こ?」  
「おうよ」  
目標決定。あとは何処へ行くか…。  
「すっとここから行きやすいのは…、大師…?」  
「だね。特急に乗り換えちゃえば早いよ」  
早速と行き先を決めた二人は、川崎大師へと向かうことになった。  
 
「12日でも、そこそこの人出があるもんなんだね」  
そう見つめる鈴の先には、大鳥居と参道。両脇には飴屋とだるまや。  
鈴は体の割に、タフネスだ。結構人がいるにもかかわらず、助けなしで人をかき分け、173aやせ形の央兎にくっついてきているのだから。  
「関東の三大師ってんだから、そりゃ人もいるだろう」  
央兎は冷静に分析しているつもりでも、それくらいは誰でも察しがつきそうだ。  
「しかしなんだ。よくついてこれたな」  
タフさに感心する央兎に、鈴は一言。  
「ひとえに努力です」  
「赤塚?そこで努力ってんなら、『はうはう〜』とか言いつつ流されて萌えポイントを作る位のことをしろよ」  
鈴は苦笑い。  
「それは、ちよちゃんかベッキーじゃないと萌えないと思うけど」  
「いや、ちよちゃんだったら、こうすいすいかき分け…、ん?んあ、やば、『よつばと』混ざった」  
「あたしはそんなに幼くねー!」  
 
173aの体に134aの蹴りが入るとどうなるか。  
角度から言って、足首上10aくらいに入るのが確実であり、そこにクリティカルヒットをした場合、央兎は…。  
 
人混みにひとりうずくまる影があった。  
 
 
 
「でも、凄いね。飴ばっかり」  
鈴は歩きながら周りを見渡す。  
「おろ?初めて?ここくるの」  
央兎は、ポケットに手を突っ込んで歩く。  
「記憶の片隅にね。小さいときに一回だけ。だから覚えてないよ」  
「ふーん」  
と、いろいろ目を取られながら、見て回る。  
「ちょっと見てみよ」  
鈴は一軒の飴屋に近づく。  
央兎もそれに続く。  
 
「いらっしゃいお嬢ちゃん、いいねぇ。兄妹で初詣かい?」  
いきなり右ストレートを食らった。  
とはいえ、この取り合わせはそういわれても仕方ないのかもしれない。  
「いやぁ、兄妹ではないんですけどね。近所同士で」  
とっさに央兎は、そんなことを口走る。  
「あらあら、それはまた仲の良いこと。一個食べてみな。のどにやさしい飴ね」  
二つ差し出される飴。  
「えへへ、ども。あい、ひろにぃも一個」  
「え?あ、おうありがと、あk、鈴」  
打ち合わせもしてないところで、呼び方まで変えてくる鈴に、全く物怖じする気配はない。  
「あー、これ結構おいひいですね」  
「そーだろう、これはねぇ…」  
「ほぅ、そういうものなんですか…」  
「これとこれは、やっぱり…」  
少し置いてかれてる央兎を放って、店のおばちゃんと話す鈴。  
央兎は一応ついていってはいるが、それよりも鈴の恐ろしいほどの順応性、おばちゃんと話す会話の中での敬語の正確さとかに、少し驚いていた。  
(俺も一応、秘書検受けるつもりでかじってはいるが、教科書みたいだな…)  
人懐っこい、頭の良さそうな子。この状態の鈴は、たぶんそう表現できるのだろうか。  
 
 
しばらくすると、なんだか横から少し違う雰囲気。  
ちらっと見ると、興味深げに品物を見る白人が数人。  
おばちゃんは、鈴との話をしつつその外人に向かい、こう話しかけた。  
「ジス・イズ・ジャパニーズキャンデー」  
それ以上は言わなかった。仲間と顔を見合わせたり、時々おばちゃんの顔も伺ったりして、白人はなおもその場でいろいろ見ている。  
「お兄さん、英語はダメかい?あたしにゃあれくらいしかできないんだよ」  
央兎に振られた。  
「いやぁ、実は英語は苦手でして…」  
申し訳なさそうに苦笑いする央兎。  
 
『これは日本のキャンディーです。日本語では「飴」というんです』  
おもむろに鈴が英語で話しかけた。  
(はぁ!?)  
央兎は思わず声を上げそうになった。  
その発音は結構きれいで、下手な高校の英語教師よりもうまかった。  
相手も少し驚いたが、気にせず話す。  
『でもこれ、奇妙な色をしてるね…』  
『日本では、のどを保護するための薬の代わりにもなっているんです。でも、結構甘くなってますよ…』  
『ほぉ、おもしろいね。一袋買おうかな…』  
 
気づけば、鈴のおかげで、全員が二袋ずつ買っていくという結果になった。  
「お嬢ちゃん凄いねぇ…。ぺらぺらじゃないの」  
おばちゃんもあっけにとられ、やっと立ち直った。  
「えへへ、それほどでも」  
「おばちゃんびっくりしちゃったよ。ありがとね」  
「いえいえそんな。あ。すいません。これ一個ください」  
そうして鈴は、自分も飴を買う。  
「あ、僕これで」  
央兎も買う物を決めて、差し出す。  
「まいどあり。お嬢ちゃん、これ、お兄さんも、おまけだよ。ありがとうね」  
そういっておばちゃんは、一袋づつ飴を差し出す。  
「わぁ、ありがとうございます」  
「あー、どうも、ありがとうございます」  
二人は、笑顔でそれを受け取った。  
「では失礼します。ひろにぃ、いこ」  
 
そうして二人は、さらにくず餅を買ったり、おみくじを引いたりと、初詣をすませた。  
 
電車の中で、央兎が尋ねる。  
「なぁ、赤塚。さっきの英語なんだけどさ」  
「うん?」  
「凄いうまかったんだけど、海外とかにいたりしたの?」  
鈴は、買った飴をなめている。  
「うぅん、違うよ。うちの学校、英語の授業があるからね」  
鈴は、制服のえりを持って、言った。  
「いやでも、それにしてはずいぶんとうまいんじゃないか?」  
「それはねぇ…」  
少し苦笑いをしつつ、鈴は説明する。  
 
「あたしね?資格オタクなの」  
「なに?いろいろ資格を取りそろえる、あれ?」  
「うん。でも、この年だと、取れる資格ってそんなに無いから、じゃあ、身近な資格を取ろうって事で」  
「なに?じゃぁ、英検でも持ってるんだ?」  
「うん。英検受けるのに練習しまくったら、ね」  
「それで、何級持ってるの?」  
「準1級」  
「…俺4級なんだけどなぁ」  
「国連英検はD級」  
「やべ、次元が違う」  
 
一言目からあり得ない単語が飛び出したので、まさかとは思った。  
でも、あれだけ物怖じせずに話せるのだから、おかしくはない。  
どこか普通の小学生とは違うと思っていたが、こういう事だった。  
央兎はそれよりも、自分がどうにも惨めに思えてきた。  
それでも、人の好奇心とは不思議な物で、もっと惨めになると思いつつも、それについて聞いてしまうのだった。  
 
「じゃぁさ、他にも検定持ってるの?」  
「え?う、うん。まぁね。漢検と数検が準2で、地検と歴検と理検は3級で、あとは情報処理とか…」  
(…こいつすげー!)  
単なる怠惰な大学生である央兎は、ぽんぽん出される数字に、惨めにならず素直に感心することにした。  
「時刻表検定とか、おもしろかったよ?」  
こういうところに趣味がでるのもご愛敬。  
「ああいうのって、取れたときの達成感がたまらないの」  
「…おまえ凄いわ。なんて言うか、凄いわ」  
央兎には、もうそれしか言えなかった。  
 
「さて、赤塚、これからどうする?」  
央兎が尋ねた。場所は横浜駅の改札。  
「あー、せっかくだし、ちょっと寄りたいところが」  
鈴はそういって改札の外を指さす。  
「どこ?」  
「とらのあな」  
「結局そうなるのね。了解」  
二人で同人ショップに行くのも、もう慣れた。  
「そうだ。忘れないうちに。はいこれ」  
央兎はマンガ本を差し出す。  
「あー、はいはい。あたしも今持ってるんだった」  
鈴もマンガを差し出す。  
「あれ?赤塚?一冊多くない?」  
「うん。布教です。読みなさい」  
マンガの貸し借りも、慣れた物になった。  
 
 
そうして二人は、すでに暗くなった街に出た。  
 
 
 
趣味も合う。気が合う。  
鈴も央兎も、すでにお互いを、気の置けない相棒だと認識した頃の話。  
 
 
 
 
「それよりも、成増君、さっきの演技、褒めてほしかったな」  
「え?」  
「これでも結構危なかったんだからね?ひろにぃ」  
「あー、あれか。ひろにぃってのがまた…」  
「なに?兄チャマとでも言ってほしかった?兄君」  
「古いよ、それ」  
 
 

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