「…気をつけて行きなさい」
「すいませんでした」
「もうこんな寄り道はするもんじゃないよ」
「はい。気をつけます」
「帰りの電車賃は?」
「あ、ご心配なく」
あーあ、朝っぱらから捕まった。
とか思いながら、警察官を背に駅に向かう。
「警察官は、素直に負ければどうにかなる」
3回分の教訓。
3回って言うのは、あたしが学校をサボって出かけてるときに、警官に呼び止められた回数。
サボって出かけた回数は、4年の冬から数えて60くらいはあると思う。もっとかな?
でも、今まで学校に連絡が行ったことはない。
っていうか、今でも幼い体のあたしが、そんだけいろんな街を彷徨いて、3回しか引っかからないってどうよ警察屋、とも思うけど。
ともかく、あたしはそういうところでの話術と回避術は、うまい方だと思っている。
今回は加えて、隣の県になる。変な話は行き渡らないと思う。
それに、あたしみたいなよそ者の小学生を覚えてるはずもない。
まぁ、念のため、この町にサボり目的で遊びに来ない方が、賢明かも知れない。
そんなことを考えながら、ここから上りに乗って、どこに寄れるかを考え出す。
今日の小学生稼業は休業。そう決めてる。場所が場所だから、今から行っても、時間的に意味無いだろうし。
反省するつもりは、ない。
(…まだ10時だし、暇だし)
電話帳の「な」行を出す。
『暇。いま小田原に向かってる。来れる?っていうか、来なさい』
呼べば来る。気の置けない友人って言うのは、とても便利だ。
気が合えばなおさら。
『せっかくの1限終わりだったのに…。改札出るなよ。コンコースで待ってろ』
退屈はしなくてすみそうだった。
(気分が乗ってきたから、帰りも新幹線に乗っちゃおうか)
『指定席窓側・子供1枚・乗車券込み』
あたしは多機能券売機に、福澤諭吉を吸い込ませた。
「よ。…どこぞの高校生みたいな着崩しだな。」
「まぁね。制服のままだと、やっぱりいろいろわかりやすいからね。これだとさっと着替えられて、便利だから」
挨拶もなしに、そんなやり取りをするふたり。
制服のスカートに、ポロシャツの裾を出しっぱなし。
「だらしないような気もするけど…」
「まぁね。でも楽だから」
飾るのに、関心とかは無いらしい。
「つか、どこで着替えてんのさ。トイレか?」
「今日は新幹線のを借りたよ。まぁ、普段も同じような感じだけど」
「…ちょ、新幹線って赤塚、どこ行ってたんだよ」
「三島を彷徨いてた」
「…普通列車で行けよ。いや、何でわざわざ三島なんだよ…」
央兎には、鈴の行動がどうにもわからなかった。
「うん、あたしにもさっぱり」
「なんだそりゃ」
「まぁ、そういうときもあるでしょ」
「わからなくはないけどな」
鉄道マニアがふらっと立ち寄るような駅が最初の遭遇だった故、ちょっと反論しづらかった。
「…また学校はサボりか?」
「まぁね」
鈴の返事は、いつもの調子そのままだった。
「よく捕まらないな」
「いや?今日はやられちゃった」
鈴の苦笑い、央兎はどう返すべきか一瞬戸惑ったが、とりあえず笑顔で。
「平然と言うなよ、不良め」
「で?成増君、どこ行こうか」
央兎は少し考え、何かを思いついた。
「一駅、早川へ」
「…なんでまた…、あ、あーそうか」
鈴はすぐに、央兎の考えを読めたようだった。
そうして、ふたりはホームへと向かった。
「ネタ的にはだいぶ前じゃないか?」
「そんなに前だっけ?」
「ペンギンがいると良いのに…」
港にやってきた。CMと少し違って、大量のお菓子をあらかじめ央兎が買ってきていた。
「うん。成増君。ペンギンになりなさい」
「…最近お前、言動が唯我独尊的になり始めてるな」
「うるさいわよ、キョン」
「あー、ハルヒの影響ですか」
「正直、あたしあのキャラは良いと思うの。身近に一人欲しいわ」
最近、ふたりの会話はこんな調子ばっかりである。
何となく、
(ストレス発散に使われてる気がする)
とか、央兎は思っていたりする。
食べ終わったふたり。人気がない。日差しが心地よい。これからもう少し冬が続く中、正午ちょい過ぎなのにコートがいらないくらいのぽかぽか陽気。動く気がしなかった。
「ふぃー。あかつかー。これからどうするか〜?」
央兎は、その場をはたいてゴロンと寝そべったりしていた。
「町田でも出る?」
「そうする〜?俺このままでも良いぞ〜」
「あたしも、このままで構わない」
「どっちだよ」
「もうしばらくここにいよ」
自然といろいろ緩んでいるようだ。
「町田なら、特急乗った方が早いね。付き合ってくれたんだし、ロマンスカー代はおごるよ」
「よーし。菓子は俺が買ってきたんだもんな。相殺相殺」
奢り奢られ、っていうのは、今までもよくやっていた。
央兎も何の疑念もなくそれに応じていたが、ふと、今気になったことがある。
「そういや赤塚、さっきは新幹線で往復したんだよな。小田原と三島」
「え?うん。まぁね」
「っていうか、その金はどこから出てくるんだ?こないだは秋葉原で散財してたし」
川崎大師にふたりで行く少し前。ふたりで秋葉原に出かけたことがある。
そこで鈴は、キャラグッズやらCDやら、2万円近くを使っていた。
そんな記憶がふと、よみがえった。
「あれ、明らかに小遣いじゃねぇだろ。預金もまだ相当あるんだろ?」
「ん、まぁね」
ポッキーを食べながら、鈴がけだるげに返事をする。
「家が甘い故に、巻き上げてるとか?」
「どっかのダメなすねかじりか?あたしは」
「…まさか、とんでもないお金持ちの家とか?」
「そりゃ、サンデーの読み過ぎ」
裏手でつっこみを入れる鈴。笑ってない央兎を見ると、真剣な答えだったようだ。
「…じゃぁ、…なんだろ」
「なんだと思う??」
寝そべってる央兎に、顔も向けずに鈴は言う。
「あん?何だろうなぁ、お年玉、…そんなレベルじゃねぇな」
央兎は相変わらず寝そべって、冬晴れの空を見上げる。
「…子供の身体ってね、結構高値になるんだよ」
「あ?」
「日本人って、元々年下趣向が強いんだよね。年齢的にも肉体的にも、あたしぐらいが良いって言う人は、結構多いんだよ」
淡々と、空を見上げながら鈴は言う。
「凄いんだよ〜。制服着た写真の首から下をネットに出すだけで、オークション開けるくらいの人数集ってくるの。
で、どんどん値段が上がっていくの。っても、あんまり大きなお金を動かすわけにはいかないから、10万円くらいでストップにしちゃうんだけどね。
でも、会って、話して、抱かれて、終わりで10万。ちょろいもんだよね」
息継ぎ4回で言い切った鈴を、寝そべったまま央兎が一瞥する。
「…はぁ」
ため息をついて、一言。
「で、どうやって金を生みだしてるんだ?」
「うわ、なによ。せっかく人が、改行3回も使って語ってあげたのに」
口を尖らせる鈴の後頭部に、央兎はとりあえず後ろからデコピンを見舞う。
「端っから冗談だって判ってるんだったら、スルーしないで突っ込んでくれるだけでもいいのに」
「いや、実際あと3個上くらいなら、微妙にありそうな気がするから突っ込みづらい。っていうか、そんな微妙にあり得そうな作り話やめれ」
「釣れたら指さして笑ってやりたいからこその、あり得そうな作り話なんじゃない。お金の所ははミスったけど」
「…そんなに浅はかな人間に見えるのか?俺」
「ちょっとだけ期待してた」
「ひでぇ」
あ〜、と央兎は寝そべったまま伸びをする。
「じゃぁ、5万」
「何?」
「あたし」
央兎はあくびを一つ。
「…いらね」
「うわ、即答だよ」
しばらくの沈黙。鈴は無言でそば茶をすする。
「…ホントのこと教えたげよっか」
鈴は央兎の方を向く。
「お金の儲け方を」
そこには、既に寝入った央兎。
「うわ、寝落ち…」
鈴はため息一つ。
「はぁ…。あたしもちょっとねむいのに」
無断で央兎を腹枕にする鈴。
少しやせ形の央兎だが、鈴の頭くらいなら十分耐えた。
「…ん?」
央兎が目を開ける。空が紅くなり、少し気温が低い。
「…寝てた?」
意識はまだはっきりしない。身体を起こしてみる。
「…あ」
同行者の存在を、目の前の顔で思い出す。
…さてどうした物か。
とりあえず動きを止める。3秒ほど。その後、おもむろに手を出し、頭を除ける。
同時に少し足を折り、膝に乗せた。
「それでも起きないかこいつ」
とかつぶやきつつ、手近の冷え切ったコーヒーを口に含んだ。
その冷え切った手を、頬に乗せてやる。
「なぜ起きないっ」
むなしく響いた児玉清を気にもとめず、鈴の頬が央兎の手を温める。
そこで、少し手の感触が気になった。
(…あ、これハマりそう)
指で頬を押してみる。柔らかい。肌触りが良い。
小柄で、華奢な印象の鈴だが、押した感触は柔らかかった。
それを縦二回、横二回、丸一回とこねくり回してみたが、それでも起きない。
もう一回コーヒー缶に手を伸ばす。
よく冷やして、それを今度は、鈴のうなじに持って行く。
(…うわ。あったけー)
鈴の子供体温が、一瞬手を温めてくれた。
(こいつ体温低そうなのに。子供なんだな、やっぱり)
たまに央兎は忘れかける。鈴は小学生だ。同い年か、仲の良い先輩とも思えてしまう。
発言もそう。性格もそう。行動もそう。考え方もそう。自分なんかより、断然年上っぽい。
(こいつ、8つ年下なんだよな…)
そう考えると、なんだろうか。自分がやけに子供っぽく思えてくる。
でも、だからこそ、それだけ達観してる鈴が、学校を拒否するのかが、判らなかった。
ついでに言うと、央兎自身、何でセンチメンタル気味にそんな思考に至っているのかも、判らなかった。
「…ぁ!冷たっ」
「あたしの首で手を温めるな」
惚けていて、よく状況が掴めない。
「…ちょっと?あたしの首がどうかした?」
央兎は我に返る。目の前には目を覚ました、膝枕状態からジト目で見上げる鈴、その首に自分の手を置いている央兎、その手に冷え切った自分の手を当てた鈴。
何気なく、央兎はこんな言葉を口にした。
「…お前、温かいな」
「…はぁ?」
「もう日没じゃん。どうするの?」
鈴が苦笑いで聞いてきた。早川駅ホーム。
「俺に聞くなよ」
「晩ご飯食べに行こう!」
「おう。…はぁ!?」
「ラーメン!花月行きたい」
鈴が親指立てて誘ってくる。央兎も空腹。
「…分かったよ」
この押しの強さには、敵わないと思う。
そうして2人は、少し早い夜の街に消えて行く。
「赤塚?大盛りなんて食いきるのか?」
「食べ盛りだからね」
「そういう問題か?」
「替え玉出来たらいいのになぁ…」
「…お前さっきコロちゃんコロッケ食ってたよな?3つも」
「食べ盛りだもん」
「もう知らん」