「やっぱりこの季節にここで食事って、失敗だったかなぁ」  
あたしは上を向いて、息を吐く。  
もわもわもわ、と、白くなった息が昇っていく。  
なかなか消えないところを見ると、相当気温が低いんだと思う。  
「日が出てれば、少しは違うのに」  
今にも雪が降りそうな空なんだから、気温は低くて当たり前なのかな。  
 
首を降ろして目の前にある袋を空ける。中にはうっすら白く湯気を上げる肉まんが2つと、暖かいボトルのそば茶。  
昼の1時半。あたしのささやかなランチ。ランチでそば茶っていうのも変だけど。  
時折サラリーマンが横切る以外は、船の音と電車の音しか聞こえない。  
まぁ、当然かな?  
海芝浦の駅前公園でランチを楽しむなんて、鉄道オタクと、ここにいる物好きな小学生くらいしか思い付かないだろうから。  
 
 
大学生は、ホームから海を見ていた。  
ひょろっとした身体に飾り気のない服をまとい、黒いバックを抱えて、そのバックの中から、イヤホンを引っ張って聞いている。  
企業の工場内にあるこの駅は、一般客が外に出ることは出来ない。そう言う構造になっている。  
しかし、その不思議さ故に、マニアックな趣味を持つ人間のたまり場ともなっていたりする。  
この大学生も、そう言った感じである。  
 
電車は出てしまった。帰りの電車が来るまで、しばしの休憩。そのために、構内にある公園に行く。  
 
公園の入り口すぐのところで、男は足下にある小銭入れの存在に気が付いた。  
茶色のがま口。それも大きめ。  
(凄いな、これ。東急ハ○ズで売ってたのは見たけど…)  
実際に使う人がいるとは、想像つかなかった。  
まぁ、需要があるから供給がある訳だが。  
それを拾う。辺りを見渡すが、人は公園の中に1人いるだけ。  
(まさかそりゃないだろう…)  
その1人は、これを使うような人じゃない、と判断できた。  
しかし、聞かない訳にもいかなかった。  
歩み寄って声を掛ける。  
 
「ねぇ、これって君の?」  
その少女は、白いイヤホンを外し、手の中の財布を見る。  
「え…、あ、これ。ありがとうございます。あたしのです。落ちてたんですか?」  
(うそ…)「うん、入り口あたりに」  
まさかとは思っていたが、動揺を隠し切れてない大学生。  
「…凄いのつかってるのな。正直驚いた」  
とりあえず正直な感想を述べる。  
「あ、えと、あたし、いろいろ物好きな人なので…」  
少女はと言うと、少し恥ずかしがりながら答える。  
「あー、そら物好きじゃなきゃ、こんなところには来ないわな」  
「…うーん、そう、でしょうね」  
大学生は、少し好奇心が湧いた。  
おもむろにバックから袋を取り出す。  
コンビニ袋。店は違うものの、中身はどうやら同じもののようだ。  
「となり、いい?」  
「良いですよ」  
大学生は、少女の右に座った。  
 
「しかし、なんでまたこんなところで肉まんを食おうと思ったのさ」  
よく見れば少女は、どこか分からないが私立小学校の制服を着ていた。  
それに、いわゆる「私立校カバン」と、そこから伸びる白いHDオーディオプレーヤーのイヤホンが、どうにも年不相応に見える。  
「ここの雰囲気って、なんか良いと思いません?誰もいないし、なんかいろいろと違うところに来た気分で」  
「まぁ、そりゃ同感だけど…。でも、学校じゃなかったの?こんな時間だけど」  
見ても、いわゆる不良娘という雰囲気はなく、むしろ優等生といった感じ。  
「サボタージュです」  
さらっという少女に、大学生は呆れた表情をする。  
「…サボりかよ。小学校だと、そこら辺うるさいんじゃないの?」  
「そう言うところの縛りは緩い学校なんですよ。もう公立の中高みたいに」  
「随分怠慢な…」  
「まぁ、他にも理由があったりもしますけど。で、今日は6年を送る会とか何とかで。そう言う集まりは苦手なので、サボりました」  
サボった割に笑顔の少女。それを何とも言い難いといった表情で見る大学生。  
「その年からそんなことしてると、いざ送られる側に立ったときに、いろいろ後悔するぞ?」  
 
キョトンとして、少し考える少女。  
そしておずおずとこう聞いた。  
「…いま、送られる側、って言いましたよね」  
「おう」  
「…すいません、何年生だと思ってます?」  
じっと見られる大学生。当然という顔で、自信満々に答える。  
「うん、3年だろ?」  
なおもじっと見つめる少女。  
「やっぱりそう見えます?」  
「え?ちがうの?4年…?5年じゃないし」  
そう言われて、少し肩を落とした。  
「…あたしはその「送られる側」なんですけど」  
大学生は、少し驚いた。  
「え!?うそだぁ、まぁ誤差はあるにしても、ちょっと、その、…」  
さて言葉が見あたらない、思考を巡らせていると、横から少女が言った。  
「小さい、って言いたいんでしょ?」  
「…そのとおりです」  
言える言葉がない、と、大学生も素直に頷くしかなかった。  
 
「はぁ…、身長134aじゃ、そうも見えますよねぇ…」  
と、ため息つく少女。  
「いや、中高で誰だって伸びるって」  
「男じゃないんですから。6年で25aも伸びたら、いろいろからかわれますよ…」  
「言いたいことは分かるけど、…いや、無理に160手前の平均に乗らなくても」  
「だって、そうじゃなきゃ「チビ」は「チビ」のままになっちゃいますから」  
「あー、なるほどね」  
腐るのもよく分かる、気がする。要は誰にでもある負けん気か。  
「納得するのが早すぎます…」  
結局拗ねた少女。  
 
仕方なし、と、大学生はコンビニ袋をまさぐった。  
目的の品を見つけると、袋の中で器用に底の紙を剥がし、取り出すと、少女の鼻先に突き出す。  
「あ…」  
「まぁ、でかくなりたきゃ、とりあえず喰っとけ」  
差し出されたのは、中華まん。  
「え、良いんですか?これ」  
「4つ買ったからな。あんまんを混ぜたんだけど、なんか甘いもんを食う気がしないからさ」  
華奢な見かけによらず、2個では足りなかった少女は、既に手を伸ばしていた。  
「ありがたく頂きます!」  
何となく大学生は、その無邪気にパクつく少女の顔を見ていた。  
 
見ながら思う。  
(わかんねぇ。何でまたサボったり…。優等生っぽい顔して、こんだけ無邪気なのに…)  
何か裏があったりするのだろうか、と、漠然と気になった。  
大学生は、すでにあんまんを完食し、ペットボトルを傾ける少女に聞いた。  
「なぁ」  
「んく…、こぅ…、ん、なんぇすか?」  
返事は、少し舌足らずになった。  
「なぁ、なんかあったのか?君は」  
「へ?」  
「いや、こんな時間にこんなところに、君みたいな子が1人でいるって、ちょっとあり得ないしさ、それで…」  
キョトンとした少女に、大学生は問いかける。  
しかし、少女は微笑んでこう言った。  
「あー、えと、そんなんじゃないです。別に。ちょっと逃避気味になる自分が好きだったりして」  
「と…、逃避…ねぇ」  
「えぇ、盗んだバイクで走り出したくなるのと、同じ感覚です。耳年増な娘の、ちょっと早めな思春期とでも思ってください」  
「お…、尾崎豊…?」  
逆にキョトンとせざるをえなくなった大学生。それに目を合わせず、少女は声を少し小さくして、言った。  
「でも、その気遣いは嬉しいです。ご心配ありがとうございます」  
「あー、うん。まぁいいや」  
反応しずらそうにギクシャクと返す大学生。  
そんな感じで、1時間弱という電車待ちの間のお茶会は、あっという間に過ぎていった。  
 
少女が何かに気付いた。  
「あれ?…あ、電車、あと3分くらいで出ますね」  
少女は携帯電話で時間を見ながら言った。  
丸1時間、ここで話していたことになる。  
既にホームには、電車が入っていた。  
「あ、じゃぁ、行く?」  
「そうですね。お開きです」  
立ち上がった時だ。  
ガシャ、と、軽めの落下音。  
大学生が足下を見ると、そこには開きっぱなしで落っこちたPHS。  
「あちゃ、手が滑っちゃった…」  
フルブラウザ搭載のビジネス向けPHSは、小学6年にはやはり年不相応に思える。  
(おー、小学生で京○ンか…、いろいろ凄いな…)  
そう思いながら、大学生はPHSを拾い上げ、少女に渡そうとした。  
携帯を表に向け、画面とボタン部分をはたき、そこで待ち受け画面が目に入った。  
 
そのまま5秒固まる。  
「あのぉ…、どうかしました?」  
「空ち…」  
「空知?北海道?」  
少女は頭に?を浮かべる。  
「いや、待ち受け待ち受け」  
ちょっと突っ込み口調な大学生に、少女は手を叩く。  
「あ、はいはい。…って、分かるんですか?」  
待ち受け画面のエロゲキャラを、さも当然のように「知ってるのか」と問う少女に、大学生は目眩を覚える。  
「六○星きらり…、の空だよな。ってか、こっちの台詞だ。何でこれ知ってるんだ?」  
「知ってるも何も、やりましたし…」  
さも当然といった感じに、淡々と話を進める少女。  
「いやいやいや!待て!小6で今の発言は問題だろうが。そもそも成人向けだし、その、そう言う表現も入ってるし!」  
大学生は動揺気味につっこみまくる。  
「むぅぅ!子供扱いしないでください!あたしは話を読みたくてやってるんですよ?」  
「まぁ俺もこれ好きだけどもさ!ってか、どこで手に入れたんよ!?」  
「いやぁ、こう、ね、………共有してもらったりして」  
「…手段までそんなんなんだ」  
 
そうやって論点がずれてきてる感が否めないやりとりを交わしていると、大学生が気付いた。  
「って、やばいよ、電車でるよ!」  
「あー!」  
乗り遅れればその場にまた1時間取り残される。  
それはさすがに勘弁して欲しかった2人は、とりあえず電車に駆け込んだ。  
 
 
「あぶねー…」  
「あぶなかった〜…」  
2人の声がハモる。  
ちょっと気まずい雰囲気。  
話しかけづらい雰囲気。  
 
打破したのは大学生の方だった。  
「いや、さ。俺も待ち受け、こんなんなんよ。ク○ハ」  
と、携帯を開けて少女に渡す。  
「あー、莉織姐さんだ」  
「ね…、姐さん…」  
とりあえず、知ってても、もう何も言わないことにした。  
「結構共通点ありますねぇ。好みに」  
ぬけぬけとそんなこと言われても、もう動揺はしない。  
「…言われてみれば」  
キャラの性格的に言えば、そこそこ似通ったところがある。軽めのツンデレ気質か。  
「あ、そうだ。ついでに、アドレスもらって良いですか?」  
そう言って、手は返事を待たずに、メニュー0番を押そうとしていた。  
「ん。いいよ〜。あ、じゃあ登録打ったら、こっちにも送ってよ」  
「あ〜い」  
 
「おわりました〜」  
しばらくして、携帯が手元に戻る。  
既にプロフィールを貼ったメールが、届いていた。  
開けて確認する。  
「へぇ…。『赤塚 鈴(あかつか すず)』って名前なのか」  
「はい。『成増 央兎(なります ひろと)』さん」  
初めて氏名で呼び合った2人。ふと、ある事実に気が付く。  
「そう言えば、自己紹介なんて物もやっちゃいなかったな…」  
「あ、言われてみれば…」  
そう言って、2人は向き直る。  
「では改めて、はじめまして。赤塚鈴です」  
「あい。成増央兎です」  
つくづく奇妙な挨拶になった。  
「成増さんですね」  
「あー、さん付けとか、敬語になったりとか、しなくて良いからさ」  
央兎が言うと、すぐに修正した。  
「あ、うんわかった。成増君」  
「順応早っ」  
「こんなん?」  
「あー、うん。そんなんでいいや」  
なんてノリが良いんだ…、と、感心しきりになる。  
「まぁ、そう言う訳で。仲良くなったついでだ。今まで喰っててなんだが、どっか店入るか。赤塚は、コーヒーとか平気?」  
「うん、のめるよ?」  
鈴が軽く頷くのを確認すると、しばらく考える。  
「えーっと…、あれ?鶴見の駅前ってスタバとかあったっけ?」  
「え?うぅ。あの辺分かんない…。どうせなら、横浜まで出ちゃわない?」  
鈴の提案に央兎が答えた。  
「そうするか」  
「うん」  
鈴は嬉しそうに頷いた。  
 
 
 
 
 
これが、この2人の奇妙な出会いだった。  
 
 
 
 
 
「そう言えば、あたしたちって、お隣どうしだね」  
「へ?何が?」  
「名前。和光市、成増、赤塚、平和台、氷川台、小竹向原…、てね」  
「…あ、有楽町線か。って、よくそんなん気付くな」  
「だって、ねぇ。あんなところで昼ご飯を食べるような人だもの。それくらいの鉄知識はあるって」  
「さいですか」  
 

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