本日は2月14日。すなわちバレンタインデー。
この日は特別な日だ。
自称・恋する乙女である私、黒田綾乃も例外ではない。
しかし、問題があった。
「もう学校が自由登校なのよね・・・。」
ウチの学校は2月7日に学期末テストが終了し、13日までにテストが返却され、
赤点が3つ以上ある人は補修だが、それ以外は自由登校なのだ。
私たちは特に問題なかった――赤峰君とみどりちゃんを除いて。
まあ平均点スレスレな私と啓介も少々――というかかなり――危なかったのだが。
閑話休題。
そういうわけで私に残された手段は一つ。
すなわち、自宅に押しかけて直接手渡し。
そうと決まれば実行あるのみ!
というわけで、今、私は白木家の目の前にいる。
先ほどインターホンでの会話で中に入る許可は得た。
「おじゃましまーす。」
そういいながら私は白木家に突入した。
不用心な事に鍵のかかってないドアを開けると居間の方――子供の頃から何度もあがらせてもらって
いたうえ、こちらに戻ってからも何度か来ているので間取りは理解している――から
「いらっしゃーい。」と声がした。
声のしたところ――居間に行くと啓介がこちらに背を向けてソファに腰掛けてテレビを見ていた。
「何か用か・・・。」
「けーいすけー♪」
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
彼がこちらに振り返るより早く、私は彼の後ろに抱きついた。
顔合わせるたびにしたいのだが啓介からは「人前でするな」と言われて以来自粛している。
だが今は二人きりなので何の問題もない。
なのでこうやって抱きつくのは久しぶりだ。
すぐ近くに啓介の赤くなった顔が見えるのも良い。
つけっぱなしのテレビの音を無視して私は強く啓介を抱きしめた。
「ああ・・・。いい抱き心地・・・。」
「・・・セクハラ親父みたいだな・・・。」
愛しの人の抱き心地を堪能していたのに本人が失礼な発言をしたので頬をつねってやることにした。
「いてててててててててて!ちょ、ちょっと待った!」
「何?」
とりあえず手を啓介の頬から離す。
啓介は頬をさすりつつ(よほど痛かったらしい)言った。
「そろそろ離れてくれないと・・・。」
啓介が発言を最後までする前に、彼の声を遮るように足音が近づいてきた。しかも複数。
それには声もついてきた。
「どうしたー?」
「何か大きな声がしたけどー?」
「な、何でもない!何でもないから来るな二人とも・・・!」
その声を無視して足音の主達が現れた。
「遅かったか・・・。」
何故か絶望したような声を出す啓介。
「おお、綾ちゃんいらっしゃい。ほーら啓介、にっこり笑ってー。」
「いらっしゃーい。そうそう、綾乃ちゃんも顔すり寄せてー。」
携帯で私たちを撮影しながら挨拶する足音の主二人。
昔からの知り合いの啓介のお兄さんの蒼太さんとその恋人
(まだ結婚していないが私たちには「嫁さん」と呼ばせたがっている)の倉木茜さんだ。
私も二人に挨拶する。
「こんにちは。蒼太義兄さんに茜義姉さん。」
「待て。」
私の発言に即座に――いやいやながらも撮影協力した――啓介の待ったがかかった。
「どうかした?」
「なんだ今の「にいさん」「ねえさん」って。」
「昔からそういう呼び方だったでしょ?「そうたにいさん」に「あかねねえさん」って。」
私はしれっとそう言うが啓介はまだ首をかしげたままだ。
「その「にいさん」と「ねえさん」の呼び方にものすごく違和感があったんだが・・・。」
「「「気のせいじゃない?」」」
「兄貴まで女言葉で言うなぁぁぁぁぁぁ!」
啓介がツッコミ(突っ込むポイントが違う気がするが)を入れたのと義兄さん達が
携帯の撮影ボタンを押したのはほぼ同時だった。
その後、私たちは啓介の部屋に移動した。
「というわけで、ハイ♪」
ベッドに腰掛けた私は隣に座る啓介に鞄から取り出した物――すなわちチョコを差し出した。
「ああ、ありがとう・・・。」
とまどいつつもチョコを受け取る啓介。
「もしかして、チョコ嫌いだった?」
「いや、そういう訳じゃないんだ・・・。」
そういうと何故か啓介は遠くを見つめ、
「そういや今日ってバレンタインだったんだなあって思って・・・。」
あえて深くは聞かないことにした。
こういうときは話題を変えてあげよう。
「胸にチョコを挟んで「召し上がれ♪」とか言って渡したほうがよかった?」
「いや、それは無理。」
「な・・・!」
その言葉に私は絶句した。
「失礼な・・・!私結構胸あるのにー!」
「そう言う意味じゃねー!っていうか声デカイよ!」
「いや分かって言ってるんだけどね。」
「確信犯かよっ!?」
すかさずツッコミを入れる啓介。
だが私は――ツッコミの時に啓介がした――一つの挙動を見逃さなかった。
「今、私の胸見てた。」
「あ・・・、それは、ええと・・・。」
途端にしどろもどろになる啓介。
どうやら図星だったらしい。
「私の身体に興味ある?」
とりあえずしなを作って聞いてみる。
ややあって、
「まあ・・・、ない、わけでは・・・。」
目をそらしつつも――少々言い訳がましいが――否定しない啓介。
つまりは肯定らしい。
こういう身体に産んでくれてありがとうお母さんお父さん。
「やだもう、男の子なんだからぁ♪さあ、私の胸にレッツ・ルパンダイブ!」
私は熱を持った頬に手をあててひとしきり身をくねらせた後、両手を広げて胸を張る。
そんな私を見てさらに顔を赤くする啓介。
・・・可愛い・・・。
耳まで真っ赤にした啓介の姿を見て私はそう思った。
だがまあ、そろそろやめておこう。
ひとしきり何処かの専用機色に染まった啓介の姿を観察して満足した私はこういった。
「まあ冗談はこれくらいにして、チョコ食べて食べて!」
「そう思うなら落ち着いて食わせてくれ・・・。」
文句を言いつつも啓介はチョコの包装をはがす。
すると中からミルク色のでっかいハート形チョコが姿を現した。
そのチョコを見て啓介が一言言った。
「直球だな・・・。」
「「白木」だけにホワイトチョコにしてみました。」
「いやそこじゃなくて。この字の方。」
そう言って啓介が問題のチョコに書かれた文字を指さす。
そこにはチョコで「I LOVE YOU(はあと)」と書かれてあった。
いや書いたの私だけど。
「ストレートにもほどがあるぞ・・・。」
「じゃあ「一万年と二千年前から愛してる」とか「好き好き好き好き好き愛してる」とか
「愛って何だ?ためらわないことさ」とか書いた方がよかった?」
「・・・マトモなの書く気はないんだな・・・。」
「失礼な!この愛を伝えようと大真面目に書いてるのにー!」
「尚悪いわ!」
チョコを渡してからどれぐらい時間が過ぎただろう。
啓介はまだチョコを口にしようとしていない。
「食べないの?」
「昔お前のチョコ食って腹壊したことがあるから・・・。」
「う。」
痛いところを突いてくる。
「だ、大丈夫よー。あれからちゃんと料理するときは味見するようにしたしー。」
手をひらひらさせつつ弁解するが啓介はまだ訝しげな目を向けている。
むう。こうなったら仕方ない。毒味だ。
私は啓介が手に持ったチョコに顔を近づけ、端の方をかじった。
「あ・・・。」
「ほら、おいしいよ?」
上目遣いで(チョコをかじった姿勢のままだったので)啓介に微笑みかける。
「・・・あの・・・。」
「どうかした?」
「これって間接キスじゃあ・・・。」
「あ・・・。」
流石にこれは考えてなかった。
予想外の出来事に――自分がしたことだが――顔が赤くなってるのが自分でも分かる。
「ま、まあ、直にチューしたことあるし、間接ぐらいダイジョーブだってダイジョ−ブ!
ささ、一気にがばっと!」
恥ずかしさ――もしくは他の何か――を誤魔化すように一気にまくし立てる。
が、それもあまり持たずすぐに静寂が部屋を満たす。
「・・・いただきます。」
「・・・どうぞ。」
そう言って啓介はチョコの端の方――私がかじったところ――に口を付け、
噛み千切るように切り離した。
いやよりにもよってそこから食べますかアナタ。
そう思ったがこれ以上話がこじれるのもアレなので黙っておくことにした。
そう葛藤してる間に啓介はチョコを咀嚼し、飲み込んで一言。
「・・・美味しい・・・。」
「ホント!?」
啓介の発言に私は思わず身を乗り出した。
少しだけ啓介が後に顔を引かせたがそれでも私たちの顔は息がかかるぐらいに近づいた。
「いや自分で「美味しいよ」って言ってただろ・・・。」
「好きな人に言われるのは別よ。」
微妙に目をそらそうとする啓介に私は笑顔でキッパリと断言した。
「女の子って好きな人にほめられるだけで、その日一日が幸せになれるの。」
「そういうもんか・・・。」
「そういうもんよ。」
私が再び断言すると、啓介は納得したのか「ふーん。」と頷いた。
「というわけで・・・。」
言いながら私は頭を啓介に突き出した。
「ご褒美に撫でて。」
上目遣いに啓介の顔を覗き込むと、彼の顔は予想通り朱色に染まっていた。
「・・・マジですか?」
「本気と書いてマジです。」
三度目の断言。
「・・・しょうがないな・・・。」
文句を言いつつも、啓介は私の頭に手を乗せ、丁寧に撫で始めた。
くすぐるような感触が心地よい。
「・・・いつまでやれば良いんだ?」
「後30秒・・・。」
「エライ安上がりだな、おい。」
結局、啓介は一分くらい撫でてくれた。
その後啓介はチョコを食べつつ私と今まさに補修中の友人やその恋人達がどうしてるだの
先ほど撮影された写真の出来がどうのだのあまり中身のない話をした。
でも、私はそんな他愛ないことでも、啓介と一緒にしているだけで嬉しかった。
「御馳走様でした。」
「いえいえ、どういたしまして。」
お互いに頭を下げる。
何故か顔を上げるタイミングも一緒だ。
そしてまた同時に吹き出してしまった。
「あのさ・・・。」
「なに?」
啓介は何故か目を泳がせて「あー」だの「うん」だのつぶやいき始めたが、
やがて決心が付いたのか私に目を合わせてこう言った。
「来月の14日、どっかに遊びに行くか?」
「・・・うん!!」
私は笑顔で頷くと、喜びを押さえきれず彼に抱きついた。
余談だが突然抱きついたせいか啓介はその勢いを受け止めきれず、
そのまま二人ともベッドに倒れ込んでしまい、二人とも別れるまで顔が真っ赤だったのは
私たち二人だけの秘密だ。