ある日の日曜日の朝。  
俺は手にビニール袋をぶら下げて帰路についていた。  
綾乃の風邪が治ってから、俺はいつも通りに綾乃に接していた。  
「離れよう」とは言えなかった。  
見舞いに行った日に、彼女の寝言を聞いてしまったから。  
 
「・・・離れないで、啓介・・・。」  
 
あの時の台詞は、今でも耳に残っている。  
俺はあの時、傷つけないように綾乃から離れたが、  
それ自体が綾乃をさらに傷つける行為だったのだ。  
あの日に俺が味わった好きな人が傍にいない苦痛。  
俺はそれを十年以上も綾乃に与えていたのだ。  
・・・じゃあどうすれば・・・。  
そんなことを考えてながら歩いてるとすぐに自宅についた。  
俺は玄関の鍵を開けドアを開き――――  
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」  
即座にドアを閉めて鍵も閉めた。  
今何か幻覚が見えた気がしたんだが幻覚だから気のせいだうんきっとそうだそうだと言って神様。  
そう考えた俺は即座に回れ右し、その場を去ろうとする。  
さあコンビニに飯でも買いに――  
背後で鍵を外す音がした。  
そしてドアが開く声もついてきて、  
「どちらに行かれるのでしょうか御主――」  
最後まで言わせることなく俺は声の主を抱えて家に入った。  
 
「ご主人様に抱きしめられちゃいました・・・。」  
「いや、そこは照れんで良いから。」  
俺はそう言うと腕の中の人物を解放した。  
その人物はイヤと言うほど見慣れた顔をした人物――綾乃だ。  
綾乃なんだが・・・。  
「・・・なんだその格好。」  
俺は改めて彼女の格好を見た。  
頭に着いてる謎のヒラヒラ付きカチューシャ(後で知ったがヘッドドレスというらしい)。  
同じく所々にヒラヒラがついた濃紺の長袖上着&ロングスカート。  
その上に付けたヒラヒラ付きの純白エプロン。  
どこからどう見ても――  
「メイドさんです♪」  
綾乃はそう言ってくるりとその場で一回転した。  
「似合います?」  
「・・・まあ似合うが。」  
「ありがとうございます♪」  
わざわざメイドっぽく敬語で礼を言う綾乃。  
「つーかどうやってその衣装調達した?」  
「前の学校の文化祭の時に着てた物です。」  
「・・・メイド喫茶?」  
「いえ、普通の喫茶店なんですが。」  
手をパタパタと左右に振りながら否定する彼女。  
 
「ちなみにウェイトレス服とメイド服の境界線って曖昧でメイド喫茶のメイドさんも  
ただ単にメイドの真似しただけのウェイトレスなんですよー。」  
「いや、そんなことはどうでも良い。」  
俺は彼女の講釈を打ち切って再度質問した。  
「で、なんでそんな格好してんの?」  
「あ、そうだった。」  
どうやら本気で忘れてたらしく素の口調でそう呟くと彼女は深々と頭を下げ、  
「私に料理を教えて下さい!」  
・・・・・・はい?  
「この前、風邪引いた私にお粥作ってくれたでしょ?」  
ああ、そういえば。  
「アレが私のより美味しかったのが悔しくって・・・。」  
なるほど。そこは解った。  
「・・・ちなみにその格好の理由は?」  
「「男はみんなメイド好きだからメイド服来てお願いすれば聞いてくれるだろう」  
って蒼太義兄さんが言ってました。」  
「あの馬鹿兄・・・・!」  
帰ったら締めておこう。返り討ちに会うかもしれんが。  
「・・・念のために聞くがいつからこの家にいた?」  
「ついさっきですね。」  
そう言った綾乃は無意味に胸を張った。  
「合い鍵なんて渡すんじゃなかった・・・。」  
「今更後悔しても遅いですよ♪」  
「その台詞死刑宣告も同然だろ!」  
俺の絶叫がむなしく自宅の玄関にこだました。  
 
 
と言うわけで。  
俺達はキッチンで数々の食材を目の前にしていた。  
ちなみに綾乃の服装は流石に着替えて、黒のシャツにベージュのロングスカート、  
その上からエプロン(メイド服の上に着ていた物ではなく、  
オレンジのフリル無しのもの)を着けている。  
髪型もその名の通りの黒髪を結わえ、その上からバンダナを巻いた本格装備だ。  
まあ俺も似たような格好だが。  
「ところで今まで料理は誰に教えてもらってたんだ?」  
「お母さんと茜義姉さん。」  
そう言うと綾乃は不思議そうに首をかしげ、  
「義姉さんには「文句なしっ!」って言われたんだけどなー。」  
知らなかった。俺って実は義姉さんより料理美味かったんだ。  
「ンな訳無いですから。」  
「人の心を読むなよ!?」  
「いや読んでないですよー。」  
そう言うと綾乃は手を再びパタパタと振り、  
「何となーく、そういうこと考えてるかなーって思ったんですよ。」  
・・・それでも十分凄い気がする。  
「・・・まあいい、とりあえず始めるぞ。」  
「おーっ!」  
 
意外と綾乃は飲み込みが早かった。  
一教えれば十覚えるというか、スポンジが水を吸い込むようにというか、  
とにかく思ったよりスムーズに作業は進んだ。  
そんなわけで現在俺達は完成した料理――――オムライスを目の前にしている。  
「・・・だからケチャップで「LOVE」と書くなって。」  
「良いじゃないそれくらいの愛情表現。」  
「お前のは何かが突き抜けてるような気が・・・。」  
「愛とはためらわないこと!」  
「ちょっとはためらってくれ・・・。」  
まあ聞いてくれるわけもないか。  
とりあえず一口。  
「・・・美味しい?」  
恐る恐ると言う口調で隣に腰掛けた綾乃が聞いてくる。  
「うん。前より良くなってる。」  
「ホントッ!?」  
よほど嬉しかったのか綾乃が身を乗り出して来た。  
息がかかるくらいに顔が近づき、その上襟元から胸の谷間やブラ――今日はオレンジだった  
――がチラチラ見えてしまい、少し遅れて重力に引かれて俺の身体に降りてきた  
綾乃の長い黒髪の柔らかさにドキドキしてしまう。  
前にも似たような状況があったような気がするがそれどころではない。  
「あ、ああ・・・。」  
俺は間抜けな返事を返すのが精一杯だった。  
「よかった・・・。」  
綾乃はそう言って俺から離れ、自分の胸の中央に手をあてた。  
おそらく彼女なりに緊張していたのだろう。  
 
 
「でもなんで啓介に教わった方が美味しいのかな?」  
「さあ・・・。」  
二人一緒に食事しながら(現在綾乃は俺と向かい合わせの席に着いている)首をかしげる。  
と、そこで俺はあることを思いついた。  
・・・まさか。  
「綾乃ってコロッケには何かける?」  
「ソース。」  
「好きなドレッシングは?」  
「ゴマだれ。」  
「好きな味噌汁の味噌は?」  
「赤味噌。」  
・・・やっぱり。  
「・・・もしかして、俺等の好みが一致してるからじゃないか?」  
「へ、そうなの?」  
「多分。」  
まあ推測だから違うかもしれんが。  
そう心の中で付け加えると、何故か綾乃が嬉しそうに顔をほころばせていた。  
「・・何でニヤニヤしてるんだ。」  
「啓介と好みが一緒で嬉しいなーって思って。」  
「・・・そんなことぐらいで喜ぶなよ・・・。」  
呆れてそう呟く。  
が、いきなり綾乃が俺の頬をつねってきた。  
「いてててててててて!!」  
「次言ったら怒るわよ。」  
「もう怒ってる・・・。」  
俺がそう呟くと、頬をつねる力が増した。  
「あだだだだだだだだ!!」  
「何か言った?」  
「いえ別に・・・。」  
俺の腰の低くなった態度に満足したのか、綾乃は俺の頬から手を離すと、  
人差し指をたてて子供をしかりつけるような口調で言った。  
「好きな人と好みが一緒っていうだけでも、その人が身近に感じられて嬉しいの。」  
「そういうモンなのか・・・?」  
「そういうモンなの。」  
そう言うと綾乃は自分の言葉に満足したように頷いた。  
 
結局、俺達は夜遅くまで一緒にいた。  
そんな訳でいつも通り俺は綾乃と一緒に夜道を歩いていた。  
「ところでさ。」  
「ん?」  
俺は前から疑問に思っていたことを聞いた。  
「お前って俺のどーゆートコを好きになったんだ?」  
「優しくて、可愛いところ。」  
「・・・前者はともかくなんだ可愛いって。」  
「だって私が抱きついたらいまだに顔赤くなるし。」  
「・・・うるさい。」  
「ほら、また赤くなった。」  
そう言うと綾乃は  
指摘された俺は、彼女から目を背けるように顔を  
「・・・別に可愛くも優しくもない。」  
俺は自分が過去にしたことを思い出しながら言葉を続ける。  
「お前は俺のこと優しいって言ったけど、お前を裏切ったことは事実なんだし、  
別に何の取り柄も――――痛てててててててて!!!」  
最後まで言う前に、綾乃は俺の頬をつねっってきた。  
頬を引き寄せるように引っ張ってきたため、無理矢理彼女に向き合わされることになる。  
「次そんな事言ったら怒るわよ。」  
十分怒ってるじゃないか、と言いたくなったが、  
綾乃の目が真剣だったので言葉を飲み込んだ。  
「そんな事言ったらそんな啓介を好きになった私はどーなのよ。」  
そう言うと綾乃は俺の頬から手を離し、腰に手をあてて言ってきた。  
「自分のことを貶めるって事は、自分を好きでいてくれる人も貶めてるって事なの。  
「お前の好きな奴はこんなろくでなしだぞー」って。」  
と、綾乃はつり上げていた眉を下ろし、心配するような表情になり、俺の身体を抱きしめた。  
まるで怯える子供をなだめる母親のように。  
普段より近い距離から、綾乃の声が聞こえる。  
「もうちょっと自分に自信持とうよ。  
少なくとも私は子供の頃からずっと啓介の事が好きなんだから。」  
そう言うと綾乃は俺の背を軽く叩き、身体を離した。  
「・・・ゴメン。」  
「わかればよろしい。」  
俺の返事に綾乃は満足そうな笑みを見せた。  
 
 
綾乃と別れた後、俺は彼女に言われた言葉を反芻していた。  
「自分に自信を・・・。」  
そうだ。  
もしかしたら俺は自分に自信がないから恋愛を避けていたのかもしれない。  
相手を傷つけない自信がないから。  
ならば俺が自信を持てば。  
・・・無理だよ・・・。  
そう思ったが、ふと彼女が言っていたことを思い出す。  
「自分のことを貶めるって事は、自分を好きでいてくれる人も貶めてるって事なの。」  
・・・好きでいてくれる人も・・・。  
今まで考えたこともなかった。  
もしそうなら、今までどれだけ彼女を傷つけてきたのだろう。  
・・・じゃあ、どうすれば相手を傷つけずにすむんだろう。  
それが解れば、俺も恋が出来るようになるんだろうか。  
心の中でそう呟くと、少し歩くペースを速くした。  
 

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