最近の啓介は変だ。
私が話しかけると慌てたり抱きついても反応が鈍かったりするのだ。
それ以外にも私が起こすより早く目覚めてるときが多くなり
まあ個人的には変になっても啓介は啓介だし
それでも私が彼を好きなことには代わりはないのだが。
「・・・っていうことなんだけどどう思う?」
「いやいきなりそこだけ聞かれても」
ある真夏の日曜日。
私たちは今、繁華街の通路を歩いていた。
自慢の長い黒髪は今はポニーテールにしており、歩くたびに揺れている。
髪が茶色が一切無い黒なので、日光を必要以上に吸収してしまい、暑さに拍車をかけているから
少しでも肌から離そうとしてこういう髪型にしてるのだ。
ならその黒いシャツは何なだとツッコんではいけない。
だって汗で透けて下着が見えると嫌だし。
啓介にならともかく他の人たちにまでそんな姿を見せてあげるほど
私は露出狂でもなければMでもサービス精神旺盛でもない。
まあそれはともかく。
「さあ!早く行きましょう!」
私たち一同の先頭に立つのは青いワンピースに身を包んだ小柄な女の子――直ちゃんだ。
彼女は鼻歌交じりにスキップでもしそうな――というかしようとしてるができていない――
足取りで私たちの一歩前を歩いている。
「何で直っちあんなに上機嫌なの・・・?」
「この前身長伸びたそうなんですよ。2センチ」
「ああ・・・」
「だから『水着買いに行きましょう!!』って言ってたのね・・・」
きっとサイズが合わないと言うよりは自分へのご褒美の意味が強いのだろう。
「んで、二人は何で水着を?」
義姉さんに聞かれた私は、んーと呟きながら意味なく空を見上げ、
「夏休みの旅行に備えて・・・ですかね」
そう。来週から私たちは夏休みなのだ。
それにくわえ、今回の期末テストは私たちの中には赤点が1人も出ない
――――つまり補修がない――――という快挙を成し遂げた。
そのお祝いとして、「夏休みにみんなで旅行に行く」と言うことにし、
現在私たちは水着を新調するためにお出かけしているのだ。
というわけで、
「今度の旅行に向けて、可愛い水着を買わないと!!」
「・・・綾乃、声デカイ」
緑のシャツに青いジーンズという格好の長身の少女――みどりちゃんにそう指摘され、
慌てて周囲を見回すが、こちらにはあまり注意を向けてないようだ。
そのことに安堵して視線を戻すと義姉さんは今度はみどりちゃんに質問を投げかけていた。
「みっちゃんは?去年のじゃダメなの?」
そう聞かれたみどりちゃんは頭をかきながら、
「去年のはちょっと・・・」
「同じく・・・」
私とみどりちゃんはそろってあさっての方向に視線をそらす。
「ン?もしかして太った?」
義姉さんの遠慮のない発言を私たちは首を左右に振って否定。
「ちょっと、胸がキツくなって・・・」
「右に同じ」
私たちがそう言った瞬間、茜義姉さんは動きを止めた。
そのままの姿勢で1秒、2秒。
3秒目でゆっくりと後に倒れ込んでいった。
「ね、義姉さん!?」
私は流石に慌てて義姉さんに駆け寄った。
「・・・で、何の用なんだ?」
ある真夏の日曜日。
我が家には俺を含めた4人の男がむさ苦しく顔をそろえていた。
「こんなクソ暑い中こんなところに呼び出したからには、それ相応の用件があるんだろうな・・・」
「というかここ俺んちなのに何で俺まで呼び出されてるんだ」
「俺としては直美に今日の買い物の付き添い断られた腹いせにこのざるそばヤケ食いしたいんだが」
それぞれが不平不満を口にするが一番最後の以外は無視。
「ま、とりあえず・・・」
俺は愛用の紺色のエプロンを取って私服――白いシャツと青いジーンズ――姿に戻り、
「話は食いながらって事で」
「「「いっただっきま〜す!!!」」」
俺の発言を聞くと同時に、3匹の飢えた野獣共が目の前の食料を喰い始めた。
ちなみにこれらは全て俺が作ったものである。
これでも料理には自信があるのだ。
まあ義姉さんに勝てるとは思わないし最近は綾乃にも負けてる気がするが。
やっぱ普段めんどくさいからって料理しない奴が毎日作ってる人に勝てるわけ無いか。
まあそれはともかく、話を切り出そう。
「まあ、今回の件だが・・・」
「ふぇ?」
「ふぁに?」
「ふぁむふぁひっはは?」
「・・・口の中のモン飲み込んでからしゃべれ」
俺がそう言うと三人とも実際にそうした。
「・・んっ・・・、待たせたな」
「・・・ホントにな」
俺のジト目を三人は無視。
仕方がないから本題に移る。
「お前等ってどういう風に告白したんだ?」
義姉さんの様子を見たが、頭打ったりはしてないようだ。
「どうしたのいきなり・・・」
「ほら、義姉さんはその、胸が・・・」
「・・・・・・ああ」
みどりちゃんは視線を義姉さんの胸に向け、納得したのか首を縦に振った。
まあ、要するに義姉さんは、かなり胸が薄い。
「直ちゃんは私の味方よね!?」
「え、ええと・・・」
「義姉さん義姉さん、直ちゃん引いてるって」
私のツッコミも耳に入ってないようで、義姉さんは直ちゃんに詰め寄っていく。
「ちなみに何カップ?」
「び、Bカップです・・・」
「敵ね。」
「ええ!?」
即座に手のひらを返した義姉さんにとまどう直ちゃん。
「茜さんはどれくらい?」
「たしかAAだったかと・・・」
「・・・なるほど・・・」
ちなみに私は最近DからEになり、みどりちゃんはFだそうだ。
「いいわねぇ、若いって・・・」
何故か遠い何処かを見るような目つきになってぼそりと呟く義姉さん。
「若さっ若さってなんだ♪振り向かない〜ことっさっ♪」
なにやらうわごとのように歌まで歌い出した。なるべく目を合わせないようにしよう。
「まあ義姉さんももう成長の余地もない二十n「それ以上言ったら殺すわよ♪」スイマセンでした。」
姉さんの目がマジだったので私はみどりちゃんへの解説を中断して即座に謝った。
「変なとこが白木君に似ましたね・・・」
「え、ホント!?」
「いや、そこ喜ぶところじゃないし」
みどりちゃんが冷めた目でツッコミを入れるが、無視。
「でも茜さんってモデル体型で羨ましいと思いますけど・・・」
「何言ってるの!?」
フォローなのかただの邪気のない感想なのか直ちゃんの台詞は
「こんな体型じゃ胸無いのが目立ってしょうがないわよ!みっちゃんの分けて欲しい位なのに!!」
「んな事言ったら、私だってこんなに身長いらないわよ!直美にでも分けてやりたいのに!」
「あーっ、何ですかその言い方!」
なんだかみんなしてヒートアップしてきた。
「っていうか綾ちゃんが一番あり得ないって」
「身体細いのに出るとこ出ちゃってますしね・・・」
「って何で私の話になってんのー!?」
何故か話に巻き込まれ、思わず私もヒートアップしてしまった。
「なるほど。経験者の話を聞いて自分の参考にしようということか」
真っ先に口を開いたのは黄色のシャツにグレーの半パンといった格好の少年――黄原だった。
「・・・まあそんなところだ」
「そうか、黒田に告白するのか・・・」
「な、何で綾乃の名前が出るんだよ!?」
俺は慌てて赤いシャツの男――赤峰にそう言うが彼は表情を変えずに、
「違うのか?」
「そ・・・、そりゃあまあ綾乃はルックスは良いし料理もうまいし結構俺を気遣ってくれるし
でも所構わず俺に甘えようとするのはキツいけどあんな笑顔見せられたら俺も強くは言えないし
それにまあ抱きつかれたときとかの感sy――――って何言ってんだ俺は!」
自分の恥ずかしい思考を垂れ流してるだけな事に気づき、慌てて話を中断する。
青いシャツにベージュのズボンの男――が俺にジト目を向けながら言った。
「じゃあお前、綾ちゃんのことどう思ってんだよ?」
「どうって・・・」
そう言われた俺は綾乃のことを思い浮かべる。
真っ先に脳裏に浮かんだのは、彼女の着替えシーンだった。
「いやそれはいいから!」
「?」
「何やってんだお前・・・」
「いや、若さ故の過ちだ。気にするな」
みんなから冷たい目を向けられるが無視する。
綾乃をどう思っているか。
そんなことは今まで何度も確認したが答えは常に一つだ。
「・・・好きだよ」
「・・・案外素直だな」
「ムキになって否定して誤解されても仕方ないしな」
俺がそう言うと兄が肩をすくめていった。
「じゃあとっとと告白すりゃ良いだろ」
「・・・そんな簡単な話じゃないんだよ・・・」
俺は躊躇いながらも言葉を続ける。
「まあなんつーか、怖いんだよ」
「告白して、振られることが?」
俺は兄の問いを首を左右に振って否定し、
「ずっと一緒にいるようになって、綾乃を傷つけるかもしれない。
それが怖いんだよ」
俺は溜め息混じりにそう言った。
「ヘタレ」
「ぐ・・・・・・・」
「チキン」
「むう・・・・・・」
「意気地なし」
「ぐはぁっ!」
即座に三人の精神攻撃を立て続けに受けてしまった。
戦闘開始してからどれくらいたっただろうか。
私たちは罵りあいをやめ、肩で息をしながら睨み合っていた。
「・・・やめましょう、なんだか不毛だし」
「・・・そうですね・・・」
「・・・よくよく考えたら天下の往来で何言ってるんだろ私たち・・・」
「・・・まあ何はともあれ平和が一番って事で」
私達はお互いに視線を絡めた後頷きあう。
恋する乙女達の戦いはこうしてひとまずの終戦となった。
周りを見回すと、何人かがこちらを見ていたけど、
こちらの口論が終わると興味を失ったらしく思い思いの方向に歩き出した。
「それじゃあ改めて・・・」
「いきましょうか」
直ちゃん達がそう言うと私たちも当初の目的地に歩き出した。
「ところで義姉さん。啓介の好きそうな水着ってわかります?」
「ん〜、ダンナならセパレートだろうけどねえ・・・」
「ウチんとこのは『お前が着た奴なら何でも』とか言うだろうけど・・・。
――って何言わせんのよっ!」
「痛い痛い・・・、博人君も同じです・・・」
三人がそれぞれの思い人の思考を言うが、あまり参考にならなそうだ。
「・・・あ!」
と、私はあることを思い出した。
「ビキニか!」
「何がっ!?」
「啓介の好みの水着よ!」
そうだ。そういえば以前――――
「啓介の机にグラビア雑誌がおいてあったのよ。ビキニの女の子ばっかりのページが全開で」
「「「うわ」」」
途端に三人が一歩引く。
「やっぱ啓ちゃんも男の子ね〜・・・」
「不潔です・・・」
「『白木はむっつりスケベ』・・・と」
・・・どうやら三人の中での啓介の好感度を下げてしまったようだ。
ゴメン、啓介。
「・・・へっくし!う゛ぇっくしっ!!」
「うわ。汚ねー」
いきなりクシャミを二連発してしまった俺からみんなが一歩引く。
「いや、悪い悪い」
「誰かお前の噂でもしたんじゃないのか?」
「確かクシャミ二回は悪い噂と誰かが言ってたような・・・」
「・・・まあそんなことはどうでも良い」
どうせ綾乃がなんか言ったんだろう。
・・・何故か怒る気になれんが。
それはともかく。
「というわけで女を泣かせまくる赤峰に聞いてみようかと」
「ケンカ売ってんのかこの野郎」
いやいやまさかと手をパタパタと振って否定。
赤峰はそんな俺の目を向けるが、すぐさま表情を戻し、
「そんな深く考える必要ないんじゃねーか?」
「へ?」
「俺、そんなこと考えて直美に告白したわけじゃねーし」
そういった彼の目は、いつになく真剣だ。
「何があったか知らないし聞くつもりもないけどな」
言いながら赤峰は肩をすくめ、溜め息のように一息つく。
「そりゃあ泣かせたこともいっぱいあるけど・・・」
そこで少し間を置くと、赤峰は苦笑しつつ、
「その分、アイツを笑顔にすれば良いんだからな」
そこまで言って一息つき、
「・・・なんか、似合わない事言っちまったかな?」
彼は照れくさいのか頭をバリボリと掻き、こちらに向き直った。
「お前・・・」
そんな彼に、俺は率直な感想の言葉をかけた。
「まともなこと言えたんだな・・・」
「どーゆー意味だぁ!?」
俺達はその叫びを無視して食事を再開した。
が、その前に俺は彼にこう言った。
「ありがとう。参考になった」
「・・・・・・おう」
その一言で納得したのか、赤峰は面食らったような顔をしつつも返事を返した。
「・・・まあこれからどうするかわからんけど――」
こちらに向き直り、一言。
「・・・がんばれよ」
「・・・ああ」
そういった俺の声は、自分でも不思議に思うほど落ち着いていた。
・・・いい友人を持ったなあ、俺。