始めていく幼稚園。  
その教室で僕は独りだった。  
ここに連れてきてくれた親も今はいない。  
「先生」だと教えられた大人達も他の騒がしい子供達の世話で手一杯で僕には見向きもしなかった。  
でも僕は泣かない。  
「ぜったいになかない」とお父さんやお母さんに約束したから。  
そのことを思いながら涙を堪える。  
と、すぐ傍から大きな泣き声が聞こえた。  
声のする方に目を向けると、すぐ傍にいる女の子が泣いていた。  
どうしたのかと声をかけると、母親に置いて行かれたのだと泣きながら教えてくれた。  
それを聞いた僕は思った。  
この子を泣きやませたいと。  
「目の前で泣いてる子がいたら泣くのを止めてあげよう」と、  
テレビのヒーローもお父さんも言っていたし、  
ついさっき、自分も同じ気持ちになったからその不安はよく分かる。  
この子は、誰かの助けを求めてる。  
ならば、どうすればいいか。  
その答えはすぐにひらめいた。  
彼女の手を取って、「いっしょにあそぼう」と言ってあげればいい。  
すぐにそうしてあげると彼女はすぐに泣きやみ、僕に笑顔を見せた。  
とびきりの笑顔を。  
 
それからすぐに――実際には何時間もたったらしいが、時間の概念が理解できないそのころの僕には  
あまり時間がたってないように感じた――幼稚園から帰る時刻になった。  
一緒に遊んでいた女の子も僕も両親が迎えに来たので別れることになった。  
その時、僕は彼女と一つの約束をした。  
――――また自分が泣いてしまったら、傍にいてくれと。  
 
それから五年後。  
自分を「僕」ではなく「俺」と呼ぶようになった頃。  
彼女とは同じ学校に通い、同じクラスで、ずっと一緒にいて、  
――時には約束通り、彼女が泣いたときは傍にいて安心させた。  
だが、そんなある日。  
俺は、一つの過ちを犯した。  
約束を、破ってしまった。  
彼女が泣いているときに、クラスメートの掃除――他の掃除当番がサボってしまったため、  
人手が足りないから手伝ってくれと俺に言ってきたのだ――の手伝いを優先し、  
彼女の傍にいてやれなかった。  
次の日、俺は彼女にそのことを謝った。  
だが、彼女は俺の前で泣くだけだった。  
・・・俺が約束を守れなかったから、彼女は泣いた。  
俺が泣きやませるはずなのに・・・。  
 
それから数日間、俺は彼女を避け続けた。  
――また、泣かせてしまうのが怖いから。  
 
そしてその次の日、彼女は学校に来なかった。  
次の日も、その次の日も、彼女は学校に来なかった。  
・・・俺が、彼女を避けてたせいか?  
そう思ってると、クラスメート――あの日、一緒にいた奴だ――が  
ニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。  
あの日、俺に言ったことは嘘で、自分が彼女の元に行かせないようにさせたと。  
いつもべたべたして鬱陶しかったからせいせいした、と。  
それを聞き、その意味を理解した瞬間、俺の中で何かが弾けた。  
気がつくと、俺はそいつの得意そうな顔に全力で拳をたたき込んでいた。  
そいつの口からは血が滲んでいたが気にもならなかった。  
すぐに騒ぎを聞いた先生が来て止められたが、それがなかったら俺は  
もう二、三回は殴ってたかもしれない。  
 
その後、そいつは俺に二度とちょっかいを出さなくなった。  
が、俺はそんなことはもうどうでもよかった。  
俺が本当に殴りたい奴はそいつじゃなかった。  
本当に悪いのは、彼女の傍にが出来なかった自分だ。  
俺が彼女の信頼を裏切ったせいで、彼女は傷ついた。  
俺が悪いんだ。  
 
そのことに気付いたとき、既に彼女は俺の手の届かないところに行ってしまっていた。  
親の仕事の都合で引っ越すことになり、  
それに彼女は反対していたらしいと両親に聞かされた。  
――おそろく、彼女はそのことで泣いていたんだろう。  
その日、俺は自分の部屋の布団に潜り込み、毛布を噛んで声を押し殺して泣いた。  
自分のせいで傷つけたことをもう謝れなくて。  
自分の罪を償うことも出来なくて。  
――何より、もう、彼女と二度と会えなくなって。  
俺は泣いた。  
 
そして十年後。  
俺は高校生になり、彼女のことも記憶から抜け落ちそうになっていた。  
そんなある日、俺はあの子と再会した。  
彼女は、ずっと――今も俺のことが好きだと言ってくれた。  
――――あの時、約束を破ってしまった、俺を。  
 
そしてつい先日。  
彼女は俺と初めてあったときの話を持ち出してきた。  
正直、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしかったが彼女は構わず話を続けた。  
――――そして、彼女を初めて泣きやませたときの話題になった。  
彼女には、「ドラマでやったことの真似」と言ったが、そんなのは嘘だ。  
幼稚園に入学するような子供がドラマなんて見るわけがない。  
本当のことが言うのが恥ずかしいから、嘘を言ってしまったのだ。  
本当は、俺は――――  
 
「―――けいすけ・・・!はやくおきて・・・!」  
誰かが身体を左右に揺らしながら俺の名を呼ぶ。  
まあ誰かといってもそんなことする奴は1人しかいないが。  
だがこのまま放って置いても声や揺れは止まらない――というか止めてくれない――のは  
今までの経験でわかっているので仕方なく眠気を堪えて目を開ける。  
と、真っ先に目に飛び込んできたのは見慣れた少女の顔だ。  
そのことに安堵すると、彼女は笑顔を向ける。  
「おはよー、啓介♪」  
「・・・おはよう」  
そう返すと目の前の少女――綾乃は「良くできました♪」と言いながら俺の頭を撫で、  
さらには寝起きでぼんやりしたままの俺の身体を引き寄せ、抱きしめた。  
じたばたと――寝起きなのであまり力は入ってないが――抵抗するが  
むしろ「可愛い♪」とかいってさらに抱きしめてくる。  
無論、こうなるのは今までの経験でわかってる。  
が、最近はこうされるのも悪くはないと思ってきているのでわざとこうしているのだ。  
ていうかもっとしてくれ。  
――――変わったなあ、俺。  
 
 
そんなことを思ってると綾乃がいつにも増して上機嫌そうな顔を向けていた。  
「・・・なんでニヤニヤしてんの?」  
「べっつにー♪」  
・・・もしかして心読まれたか?  
もしくは考えてること口にしてたか俺!?  
そんな俺の内心を知ってか知らずか綾乃は俺の背中を軽く叩くと身体を離す。  
「じゃ、下で待ってるから早く用意してねー♪」  
そういうと彼女は俺の返事も待たずに軽快な足取りで俺の部屋を出る。  
「なんであんなにハイテンションなんだ・・・」  
まあいつもハイテンションだが今日のはいつもとは違う。  
いつものが「ルンルン♪」とすると今回のは「ランラン♪」という感じだ。  
・・・例えがイタい上に訳解らん・・・。  
そう思って頭を抱えると、枕元においていた携帯のサブ画面が目に入った。  
そこに表示された日付は――――  
「――今日が、旅行の日か・・・」  
なるほど。先ほどのハイテンションはこれが原因か。  
そう思っておこう。決して心を読まれたからじゃない――はず。  
そう考えて自分を無理矢理納得させると、俺は着替えに取りかかった。  
 
自室を出て階段を下りるとすぐ傍にあるリビングに入る。  
「・・・おはよー・・・」  
「おはよう啓介」  
「おはよう。朝ご飯出来てるわよ」  
「ようやく起きたか」  
「ダメよ、毎日夜更かししてちゃ」  
「はーい・・・」  
珍しく朝から家にいる両親+愚兄+その嫁に軽く挨拶して食卓前に着席すると  
鯖の味噌煮が載った皿が向かいの席に座る綾乃から差し出された。  
「はい、啓介♪」  
「・・・ありがと・・・」  
礼を言って綾乃から皿を受け取ると「いただきます」と呟き、ご飯を口に入れ――  
「おう、遅いぞ白木」  
――ようとしたところで思わず噴いた。  
 
「・・・汚いな」  
さらに声が聞こえるが、内容は知ったことではない。  
すぐさまそちらの方を向く。  
すると、視線の先には我が家の食卓――いつの間にか他のテーブルと繋いで延長されていた――についた友人達がいた。  
っていうか全員集合してる上に、  
「なんでお前らまで朝飯食ってんだよ!?」  
「「「「御邪魔してます」」」」  
「言うの遅いよっ!」  
「まあまあお気になさらず」  
「ってなんで綾乃が返事するんだよ!?」  
「じゃあ私が」  
「いや義姉さんも違うからっ!」  
「「まあ落ち着きなさい」」  
「父さん達は落ち着きすぎぐげっ!」  
俺の連続ツッコミは何者かの腹パンチ――あくまで軽くだが、中途半端に急所に入ったらしく、  
痛い――によって阻まれた。  
「落ち着け。」  
「はい・・・」  
殺気剥き出しの兄の視線を受け、俺は沈黙した。  
 
そんなわけで、(どういう訳だというツッコミ禁止)私達8人は白木家所有の車で出発した。  
ちなみに座席の位置は、義兄さんが運転席で義姉さんが助手席。  
私たち女三人は一番後の席。  
啓介達男三人はその中間だ。   
本当は啓介の隣が良いんだけど、8人乗りの車じゃあ全員が好きな人の隣に座ろうとすると、  
一組がドアに追いやられることになる。  
「一組だけそうなるのは不公平だよね?」  
という義姉さんの発言から、この編成になったのだ。  
「それにしても・・・」  
と、そんなことを考えていると、となりにすわったみどりちゃんが前の席の三人を  
右、真ん中、左の順で指さし、腕を組んで首をかしげてから一言。  
「チューリップトリオ・・・」  
「「「それを言うな」」」  
前の席に座る男三人は声をハモらせてみどりちゃんの声を遮った。  
「なんでチューリップ?」  
「ほら、右から赤峰、白木、黄原の順で座ってるでしょ?」  
「・・・ああ、あ〜か、し〜ろ〜、き〜い〜ろ♪って奴ね・・・」  
なるほどと思い、首を縦に振る。  
 
「しかし、色と言えば・・・」  
黄原君は――話をそらしたかったのか――唐突にそう呟くと、  
全員の顔――義兄さん義姉さんは前の座席なので後頭部――を眺め、  
「中途半端だな・・・」  
「何が?」  
「色と人数が」  
「いろ!?」  
啓介のツッコミを無視して話を続ける黄原君。  
「具体的には桃とか銀とか・・・。赤と青は被ってるのに・・・。それに白黒黄緑の性別逆に  
して・・・。でもこの馬鹿メインってのはなあ・・・」  
「その馬鹿ってのは俺のことかコノ野郎」  
それってつまり・・・。  
「戦t「それ以上言うな」」  
最後まで言う前に啓介に阻まれた。  
「・・・黄原君って、時々おかしな事言いますね・・・」  
「時々じゃなくていつもよ、いつも」  
「・・・何をさっきから騒いでるんだお前らは・・・」  
運転席から義兄さんの呆れた声が聞こえてくる。  
「とにかく向こうに着くまであと2時間かかるから、それまで元気はとっとけ」  
「「「「「「はーい」」」」」」  
義兄さんの言葉に全員が頷く。  
そう。旅行は始まったばかりなのだ。  
 

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