俺は珍しく、誰かに起こされたわけでもなく自分から目を覚ました。  
朝の光が窓から差し込み、小鳥の囀りが聞こえてくる。  
ごく普通の気持ちの良い朝だ。  
――――目の前で寝ている綾乃さえいなければ。  
「・・・・・・・・・・・・・なんで?」  
あまりに状況が理解できなかったため、俺は悲鳴をあげるのも忘れて呆気にとられていた。  
ふと、昨夜の出来事を思い出して周りを見回すと、友人や兄夫婦達はそこら中に寝転がっていた。  
誰も布団で寝てないことから察するに、みんなあのまま酔いつぶれて寝てしまったのだろう。  
ただし俺の腕を枕にして眠っている綾乃だけはどう考えても確信犯だが。  
まあとにかくせっかくだしコイツの寝顔でも見ておこうと判断。  
こっちは腕を勝手に枕にされてるわけだしそれぐらいは許されるだろう。  
が、着崩れた浴衣から素肌――具体的には胸の谷間や生足――が見え隠れし、  
ついついそちらに目がいってしまう。  
と、彼女の口から声が漏れた。  
「・・・・・・けいすけ・・・・・・」  
その台詞を聞いた途端、俺の視線と意識は綾乃の寝顔に集中した。  
エロい視線を向けたことがバレたか、と思うが彼女の安らかな寝顔からそれはないと判断。  
気を取り直して次に言う寝言はなんだろう、と思いつつもとにかく意識集中。  
と、以前もこんな風に寝言に耳を傾けたことがあったことを思い出す。  
確かその時の寝言は――――  
 
「・・・離れないで、啓介・・・。」  
 
――――その台詞を思い出すと、急速に自分の感情が冷めていくのを感じた。  
やっぱやめた。寝言に聞き耳たてるなんて趣味悪いしな。  
聞けたとしても結局あの時みたいに後味悪い思いをするだけだ。  
 
そう思った直後、綾乃は表情を微笑みに変えるとゆっくりと口を開き、  
「・・・・・・すきだよ・・・・・・」  
その台詞を聞いた途端、何とも言えないむずがゆさと恥ずかしさがこみ上げてきた。  
予想外の台詞に身もだえしたくなるがみんな寝ているのでそれは我慢。  
代わりに空いてる方の手で全身――あくまで可能な範囲でだが――を掻きむしった。  
しかし寝てるときでも好きだと言ってくるとは。  
正直ここまで好かれてるとなると男冥利に尽きる。  
今のはきっちりと脳内ハードディスクに保存してプロテクトもかけておこう。  
さあ次はどんな台詞を――――  
「――――こ、こんなところでなんてことを!?」  
目を覚ました友人の叫びが聞こえた。  
 
「ふふふん、ふふふん、ふんふんふふ〜ふふ〜ふ〜ん♪」  
なんだかんだで朝食後。  
俺は今、鼻歌を熱唱中――朝一番に俺の顔が見れたことがよっぽど嬉しかったらしい――の  
綾乃と一緒に宿の周辺の街を歩いていた。  
土産やその他諸々(綾乃談)を買い込むためだ。  
「そして俺は荷物持ち・・・」  
「そーんな文句言わないの」  
そういって綾乃は俺の手を取ろうと手を伸ばし――――  
「・・・あ・・・」  
――――途中でやめた。  
俺はその行為に眉をひそめ、  
「どうした?お前らしくもない」  
と、綾乃は俺から目をそらすと、  
「・・・昨日、約束何度も破っちゃったし、ちょっとは遠慮しなきゃ、と思って・・・」  
彼女はそう言って眉尻を下げた笑みを見せ、  
「・・・ゴメン」  
しかし俺はその発言を無視し、肩を竦めて言った。  
「・・・そこまで気にしなくて良いよ」  
その言葉に綾乃は目線を俺に戻し、上目遣いで、  
「・・・ホント?」  
「俺が嘘ついたことあるか?」  
「3歳の頃に5回と4歳の時に7回、それから5歳の時に――――」  
「いちいち覚えるなよそんなこと!」  
「好きな人にされたことなら何でも記憶に留めておかないとね♪」  
「おいおい・・・」  
俺はそう言ってウィンク――出来てないけど――する綾乃に半目を送る。  
 
まあ「好きな人に〜」のくだりでいつもの調子を取り戻しつつあるのは分かる。  
ならば少しばかり背中を押してやろう。  
「まあ少なくともこの発言は嘘じゃない。だから安心しろ」  
俺のその言葉に綾乃は呆然とした表情を浮かべた。  
が、すぐに小悪魔じみた――要するに何か悪戯を思いついた子供のような――笑顔に切り替わる。  
・・・マズイ。  
俺がそう判断したときにはもう手遅れだった。  
「じゃあ遠慮無く♪」  
そういうと綾乃は俺の腕を取り、本当に遠慮無く抱きしめた。  
ちょうど彼女の豊かな乳房の谷間に挟まる形になり、  
弾力のあるものに挟み込まれた感覚がが抱きしめられた腕から伝わってくる。  
「って遠慮なさすぎだっ!」  
流石に慌てて腕を引き抜く。  
が、目の前の幼馴染みにはその行動は気にくわないものと映ったらしく、  
「いいじゃない抱きつくくらい」  
「よくない!」  
「じゃあ、腕組もう」  
「もっと却下だ!」  
「啓介日本語おかしい」  
「そこは問題じゃないだろ!?」  
 
結局、手を繋ぐということで双方妥協した。  
 
二人で手を繋ぎながら歩く。  
繋いだ手から伝わる柔らかく、暖かい感触が心地よい。  
隣には見慣れた幼なじみの笑顔がある。  
だが、俺の意識は別のところにあった。  
昨日の綾乃の行動だ。  
約束を破って人前で抱きついたりキスまでしてきた。(後者は酒の勢いもあるだろうが)  
綾乃は平気で約束を破るような奴ではない。  
もしそんな奴なら俺もここまで約束を破ったことを悩まないだろう。  
つまりは、もうそろそろ我慢の限界、ということだろう。  
そりゃあ半年以上も答えを保留されたら焦りもするだろうなー。  
って他人事のように思ってる場合ではない。  
・・・そろそろ、答えを出す頃合いかな。  
でも正直、まだどう答えて良いかは分からない。  
正直な話、俺は綾乃が好きだ。  
だが、――――  
「――――って、あれ?」  
思考を中断するようなタイミングで腕に違和感。  
次に首元、唇、腕。  
疑問に思って腕を見てみると、そこには水滴が数粒ついていた。  
「ってヤバ!振ってきた!」  
俺は綾乃の手を引いて目的の店に急いだ。  
 
「・・・うわ・・・」  
買い物を済ませて店を出ようとした俺達は、窓の外から見える景色に思わず声を漏らしていた。  
「すごい雨ね・・・」  
「・・・ああ・・・」  
そう言って同時に溜め息。  
「どうする?待ち合わせまで後二十分くらいしかないぞ・・・?」  
俺がそう言いながら綾乃の方を向くと、彼女は鞄から長細いものを取り出しているところだった。  
「折りたたみ傘〜〜♪」  
微妙に舌足らずな口調でそう言うと綾乃は取り出した傘を掲げる。  
「なんだ、持ってるなら早く言えよ」  
俺は綾乃から傘を受け取ろうと手を伸ばすが、彼女は傘を俺から遠ざけるように後ろ手に持ち替え、  
「入れてあげないよ」  
「おいおいつれないじゃないかお嬢さん。俺と君の仲じゃないか」  
「私たちの仲って要するに友達以上だけどあくまで恋人じゃないのよね」  
「こんな時だけそんな事言うなよ!?っていうか自分で『友達以上』っていうな!」  
綾乃は俺ににやりとした笑みを見せ、  
「じゃあ、腕組んで良い?」  
「・・・それが狙いか・・・」  
まあこの状態の綾乃に言っても聞くわけ無いのはわかっているので俺は抗議代わりに  
わざとらしく肩を落として溜め息をつく。  
が、やはりこれも通じないようで綾乃が笑みを崩す様子はなかった。  
 
その後、俺は綾乃と相合い傘状態でみんなと合流し、大いにからかわれた。  
そのメンツの中に綾乃まで加わっているのはどーゆーことだ。  
まあ俺にも腕に当たった胸の感触を楽しむとゆー役得があったから良しとするか。  
 
その日の夜。  
故郷の街に戻ってきた俺と綾乃は二人だけで夜の街を歩いていた。  
まあ要するに綾乃を送ってるのだが。  
ちなみに他の友人連中も同じことをしている。  
全くそろいもそろって色ボケな奴らめと自分達のことを棚に上げて思っておく。  
まあそれはともかく、俺達は歩きながら他愛もない話をしていた。  
「――――まあキツイっちゃキツいけど、まだ夏休み始まったばっかだしどうにかなるだろ」  
「まあねー」  
そういって綾乃は俺の手を取ろうと手を伸ばし――――  
「・・・あ・・・」  
――――途中でやめた。  
 
「・・・ゴメン。また・・・」  
「綾乃」  
「ん?」  
呼びかけに答えた彼女に俺は言葉を続ける。  
「昨日、言ったよな。『俺が笑顔になるなら自分は嫌われても傷ついても構わない』って」  
そこで一息つき、  
「俺は構うよ。お前が傷つくと」  
その言葉を聞く綾乃の表情が変わっていく。  
?だが今は無視。  
「でも、正直どうして良いかまだ分からない」  
言いながら、俺は過去を思い浮かべる。  
『あの時』のことを。  
俺が彼女を泣かせたときのことを。  
「正直、綾乃の気持ちは嬉しい。でも、俺はまだ俺自身のことが信用できないし、  
そんな中途半端な状態で返事を出すわけにはいかない。  
それにもう『あの時』みたいなことは――――」  
「啓介」  
俺の話を中断するように綾乃が声をかける。  
彼女の顔に浮かぶ表情は、無だ。  
一切の感情が見られない顔。  
それに思わず気圧されてしまい、言葉を失う。  
「ひょっとして、時々考え込んでたことって、それのこと?」  
言いながら綾乃は俺から視線を背けていく。  
「悩んでる原因って、私を傷つけないようにしようっていうこと?  
それとも、『罪』を償おうとしてのこと?」  
俺はその問いに沈黙、と言う形で答えた。  
それを肯定と受け取ったらしく綾乃は俺に向き直り、言った。  
「もしそうなら、貴方とは付き合えない。たとえ貴方が私を好きでいても」  
 
・・・・・・え?  
予想外の言葉に、俺は声をかけることも出来ないほどの衝撃を受けた。  
が、綾乃はそれに構わず苦笑し、  
「何となく、こうなるんじゃないかなって思ってた」  
そう静かに語る綾乃の表情は、俺の全く知らないものだった。  
表情こそ笑顔だが、目尻には涙がたまり始めている。  
「啓介、優しいもんね」  
目尻ににじんでいた涙が一筋、綾乃の頬を伝っていく。  
「・・・ゴメン。私の方から告白したのに」  
綾乃の顔から、笑みが消えていき、歪みが生じ始める。  
「・・・でも」  
俺が何か言うより速く、綾乃はイヤイヤをするように頭を左右に振り、  
「『罪滅ぼし』なんかで付き合って欲しくないよ・・・」  
そういうと綾乃は俺に背を向け、玄関のドアを開け、呟くように言った。  
「・・・さよなら」  
「待っ・・・!」  
俺の制止の言葉も聞かず、綾乃は家の中に入ってしまった。  
 
「・・・・・・・・・・・・・」  
俺には、彼女を追うことが出来なかった。  
追う資格がない。  
「・・・・・・綾乃が、泣いてた・・・・・・」  
かぶりを振った時に一瞬見えた綾乃の顔。  
それは、幼い頃に最後に見たときと同じ――――悲しみの色に染まっていた。  
また、俺が、泣かせた。  
あれほど、そうしないように悩んだのに。  
一人取り残された俺は呆然としながら視線を下に落とす。  
と、足下にアスファルトとは違う一つの色があった。  
白い布きれだ。  
拾い上げてみると、それがリボンだというのがわかる。  
そういえば途中から綾乃の髪から白い色が無くなっていた気がする。  
先ほど首を振ったときに落ちたのだろうと頭の冷静な部分――あんなことがあったのに  
まだそんなところが残ってるのが自分でも驚きだが――が見当を付ける。  
が、俺にはそれが、綾乃との別離を表しているように思えた。  
 
 
私は啓介と別れたあと、両親に会いもせずに自室に入った。  
荷物を部屋の隅に放り出すとボスリと音を立てたあと、ゆっくりと沈み込んでいく。  
それをぼんやりと眺めていると、また涙が頬を伝っていった。  
啓介と別れたその日からもう二度と泣かないと決めたはずだ。  
でも、今はその決意を守ることが出来ず、ただただ布団に顔を埋めて涙を染み込ませていた。  
口を開けば泣き声の代わりに愚痴が出た。  
「・・・啓介の・・・、馬鹿ぁ・・・!」  
私はそんなこと望んでないのに。  
ただ、啓介のそばにいたかっただけなのに。  
ただ、啓介に好きになって欲しかっただけなのに。  
ただ、啓介と自然に向きあいたかっただけなのに。  
啓介は優しい。でも、優しすぎた。  
それゆえ、彼は選んでしまった。  
――――優しさを押しつけるという、最悪の選択肢を。  
 

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