「・・・ん・・・ふあ〜あ〜・・・」
小鳥の囀りを耳にしながら私は目を覚ました。
即座に枕元においた目覚まし確認。
時計の針はベルを鳴らす十分前の時刻を示している。
今日も私の勝ちだ。
「三日坊主にならなきゃ良いけど・・・」
連勝記録は今日で三日目だ。
でもこれ以上の連続記録は未だ出したことがない。
まあ正直もっと寝ていたいのが本音だけど、
「もっと手間のかかる人がいるからね・・・」
そう呟きながら思い浮かべるのは一人の少年の顔だ。
幼い頃から傍にいてくれて、優しくて、時には支えてくれて、
でもどこか抜けていて本当は甘えたがりな私の最愛の人物。
全く世話の焼ける人だと心の底から思う。
でもそんな彼の世話を焼くのが楽しいというか彼のためにしてあげること全てが幸せだけど
でもでも彼に尽くしてもらうのも悪くないっていうかたまにはしてくれないかなあ無理かな
でもでもでも彼ってすっごく優しいし風邪引いたときは看病してくれたでもまあ馬鹿だけど
でもでもでもでも彼のそういうところもかわいいかなって思うたまに格好いいときもあるし
でもでもでもでもでも彼ってばもうねああちょっとねむくなってきたおやすみぐう――――
セットしたままだった目覚ましのけたたましい音で私は夢の世界
(いろいろな意味で)から現実の世界へ強制送還された。
登校準備を済ませるとすぐに家を出るべく早足で廊下を進む。
登校時間には早いけど、寄るところがあるからだ。
途中、居間の横を通り過ぎようとしたところでそこで朝食を取るお父さん――毎日帰りが遅いので
この時間帯や夜にしか顔を合わせる機会がない――とお母さんに軽く挨拶。
「おはよー!行ってきます!」
「ああ、おはよう」「朝から元気ねえ、綾乃は・・・」
当然だ。これからいつものところへ出かけるのだから。
最愛の人の元へと。
「け・い・す・け・起きなさ〜い!!」
朝も早くから私の声が人影のない部屋に響き渡る。
それに反応するかのようにベッドの上の布団がもぞりと動き出した。
「・・・ん〜・・・」
うめき声を上げながら布団がゆっくりと真ん中あたりから折れ曲がるように起きあがっていき、
90度に達したあたりで一瞬動きを止めるがすぐに重力に負けてずり落ち、中身を露出させた。
私はその中身だった人物に簡易的敬礼ポーズを取って挨拶する。
「おっはよっ、啓介♪」
「おはよー綾乃・・・」
啓介は瞼をこすりながら気だるさを隠しもせずに挨拶を交わす。
うわ可愛いなあ頭撫でてあげたいなあ。
そう思ったので実際にそうした。
意識がまだしっかりしてないのか啓介はそれにも嫌な顔一つせず、
「・・・いまなんじ?」
「7時15分」
腕時計が示す時間をそのまま言うと私は軽く両腕を左右に広げ、
啓介に抱きつ――
「なんだよまだヨユーじゃないかおやすみ・・・」
――こうとしたところでかわされ、
「あら?」
私は彼と激突した。
「ぶべっ」
何かに顔面からぶつかった衝撃と聞き慣れない悲鳴を耳にしたことをきっかけに
俺は完全に目を覚ました。
・・・なんだ今の悲鳴。
首をかしげるが自分の喉の筋肉がついさっきまで動いていたことに気付き、
自分が出したものだと納得する。
でもなんで悲鳴を上げたんだろう。
当然何かにぶつかったからだ。
・・・何に?
たしか時間に余裕があるんで二度寝しようと布団に倒れ込んで、
でもその割には妙に弾力があるようなっていうか前にもこの感触を味わったような――――
そこで俺は気付いた。
自分が布団ではなく別のものに顔を突っ込んでるということに。
「あの・・・」
その思考が正解だと証明するように聞き慣れた声がすぐ傍から聞こえる。
それも俺の顔のすぐ上から。
どういうことだと思いつつも声のする方へ顔を向ける。
その動きにあわせてまた柔らかい感触が顔に伝わってきて心奪われそうになるが今は無視。
そして視界がクリアになり、
「な・・・・・・・・・・・・!?」
硬直した。
「あ・・・・・・・・・・・・」
現在の俺の視界。
そこには聞き慣れた声の主――綾乃の顔があった。
それもドアップで。
「・・・えっと・・・」
そう呟いた綾乃の顔はハトが豆鉄砲でも喰らったかのように呆然、という感情を形にした表情で、
顔色もなんだか赤く――というよりは桃色に――染まっている。
・・・ええとどういうことだいったい。
まず俺と綾乃の顔が近くてでも俺が見上げるような形になってああなんか唇柔らかそーだなまあ実際
柔らかって違う柔らかいと言えば俺が今触れてるものって綾乃の顔の位置から推測するに――
「――あやのの、むね?」
その質問に綾乃は首を盾に動かすことで答える。
要するに俺は今、綾乃に抱きついている。
それも彼女の胸に顔を埋めるという形で。
「・・・ええと・・・あはは・・・」
流石に綾乃もこの状況が恥ずかしいのか
何より今の状況では綾乃の心臓の鼓動が速いペースで響いて来るので彼女の動揺がイヤでも解る。
「・・・」「・・・」
「・・・・・・」「・・・・・・」
気まずい沈黙。
イカン。この状況を打破せねば。
そう思うが俺の脳は焦りのあまりワケの分からないことを浮かべてばかりで思考がまとまらない。
ヤベェよ兄貴・・・・・・弱い考えしか浮かばねえ――――!!!
とりあえず俺は綾乃に何か言おうと口を開き、
「――――」
硬直した。
俺の視界を占領している綾乃の顔がとてもとてもステキな笑顔を浮かべていたからだ。
その瞬間、俺の危険察知メーターが一気にレッドゾーンを通り越した。
・・・マズい。とてもマズい。非常にマズい。とにかくマズい。
一刻も早く逃げないと――
そう思った俺は彼女の胸から顔を引きはがす。
が、すぐに再び顔を埋めることになった。
というか、埋めさせられた。
「な・・・・・・・・・・・・!?」
「可愛い〜〜〜〜!!!」
綾乃の叫びと遠慮のない抱擁で俺の悲鳴はかき消された。
「啓介、怒ってる?」
「・・・怒ってないけどさ」
登校中、俺はさっきまで(食事以外の時は)閉じていた口を開いた。
なんか言い方にトゲがあるがクセだからしょうがない。
綾乃もそれを承知しているためそこは気にせず、
「気持ちよかった?私の胸」
「・・・すごく」
ボソリと呟くが、綾乃はそれも聞き逃さず、
「ありがとっ♪」
と笑顔で礼を返すと自分の胸に手を乗せて、
「今度、またしてあげよっか?」
・・・遠慮しておきます。
「是非お願いします。」
・・・あれ?
「へえ、そうなんだ」
綾乃のにやりとした笑みを見て、俺の背中は一瞬で汗まみれになった。
「いや違うぞこれは、本音と建て前が逆になって――」
「本音なんだ?」
脂汗の他に冷たい汗まで流れ出した。
そんな俺の様子を見て綾乃は笑顔を慈しむようなものに変え、
「ホント可愛いよね、啓介って」
「・・・うるさい」
そう言って彼女から目をそらそうとする。
と、いきなり腕を組まれた。
「っておい!?」
慌てて文句を言おうと彼女に向き直るがやはり彼女は笑みを崩さず、
「じゃ、行こっか♪」
「・・・ああ」
そう返事をすると俺達は再び歩き出した。
愛しい人と共に歩いていく。
・・・これがずっと続くといいな。
そう心の片隅で思いながら。