「ひゃっ!! リナさまっ!! 」
ぼくは『セキテイ』の首にかじりつきながら後ろを振り返る。しかしリナ様は
薄く笑ってさえいて・・・。
「悪!」
初めて方天戟を振りかぶり・・・
「即!」
グッと気合を入れれば、燃え立つような気の奔流がぼくの背に感じる・・・
そして・・・
「斬!!」
リナ様が戟の端を握り大きく一回転させた・・・いや、それはぼくには見えなくて、
気がついたときにはもう戟を振り払った後。風切り音のみがぼくの耳に遅れて
届く。『ビュン!! 』でも『シュン!! 』でもなく、『ターン!』と刃が空気のカベを突き破る、
ほとんど金属質の音が砂地に響く。柄に埋め込まれた紅玉は世にも美しい
真紅の真円の残像を空中に描き出した。
『ああ・・・すごく綺麗・・・』
ぼくはこんな事を思うが、それは世にも美しく、世にも恐ろしい輝き・・・
18本の刃はぼく等に届く寸前で一斉に遠ざかっていく・・・なんと言ったら
いいのか、ビデオの逆回しを見るようにそのまま、いきなりこっちに向かってくる
ベクトルを180度逆方向に変えて盗賊たちが弾かれたように飛ばされていく・・・
まるで、リナ様を中心に大きな爆弾が爆発したように一斉に吹き飛んだように・・・
うん、正確には逆回しではない、だって18人の盗賊は、吹き飛ばされ、砂地に
叩きつけられた時にはもう40近くの『部分』になっていたから・・・
「野獣死すべし・・・」
リナ様は真っ直ぐ前を見ながら、何事もなかったように追跡のペースを上げる。
ぼくは慌てて目を閉じ、盗賊達のなれの果てを見ないようにした・・・むせ返る
ような血臭はたちまち焼けた砂の匂いに紛れて消えた・・・
そしてまた、おそるおそる目を開けて、慌てて前方を見る。前方に大きく
見えるのは、マナ姫の監禁されている廃城。距離はもう100メートルを切っている。
「とっ、盗賊の頭分はっ!? 」
いた・・・城の大扉をくぐろうと狂ったように馬に鞭を入れる頭分。その差は50m
ほど。頭分を迎え入れようと、城の大扉はゆっくりと小さく開く。その扉の隙間から
チラリと広場の奥にあるマナ姫を閉じ込めている魔法封じの檻が見えた。
「マナ姫・・・戻ってきました・・・」
小さく呟くぼく。でもあのお城に入らないと意味はないのだ。ぼくはギリギリと
唇を噛んで呟く。
「ああっ、間に合わないかも・・・」
先に盗賊の頭分にお城に入られれば、さすがのリナ様もあの分厚い鉄扉の
扉は切断できまい・・・と、その時だった。
いきなり、前方の頭分の馬がつまずいたように転倒する。頭分も、もんどりうって
落馬し、馬から放り出される。
「や、やったっ!! これで追いつけるっ!」
不謹慎だが、人の不幸に心の底から歓声をあげるぼく。しかし、敵もさる者。
不完全ながらも受身を取り、背中から落ちるとすぐさま起き上がり、足をもつれ
させながら城門に駆け込もうとする。頭分と城門の距離はもはや10mぐらいしかない。
「あああっ!! そんなっ!! 」
ぼくは悲鳴を上げる。その時リナ様が行動を起こした。
「むっ・・・見えたっ!! 」
鞍から腰をあげ、手に持っていた戟を一気にに振りかぶる。
「むんっ!!!」
気合を発してリナ様は手に持っていた戟を投擲した。先ほど真円を描いた
紅玉の光は、今度は一条の死の光線と化して頭分を襲う。
真紅の光条は吸い込まれるように頭分の元へ・・・そして飛来する巨大な
方天戟は逃げる頭分を紙のように貫くハズ・・・
「うおおおッ!! 」
いきなり、乗っていた馬の足元から『バギッ』と鈍い音がして、馬は泡を
吹きながら転倒する。いきなり放り出され、顔から地面に突っ込みそうに
なるが体をひねって何とか背から落ちる。
「ぐはあっ・・・使えねえ馬めっ!! 」
肺から息を搾り出され、咳き込みながら、今まで頭分の為にまさに
死ぬほど走った忠実な馬に毒づく。すぐさま起き上がりもはや目の前の
城門を目指す。後ろをチラリと振り返れば、さらに紅い姫将軍は間近に
迫って来ており、頭分は小さく悲鳴を上げながら砂地を走る。
「ヒイッ!! なんでオレがこんなっ!! ・・・ハウッ・・・」
足を取られて全然進まないような気がして、うろたえながら泳ぐように走る
頭分。恐怖で顔が引き攣り、うまく息が吸えない。今にも自分の真後ろに
戟を振りかぶった姫将軍がいるような気がして膝が萎えそうになる。頭分は、
何で自分がこんな理不尽な目に合っているのかと、自分勝手にも神を呪う。
その時だった、扉は目の前だったが、あまりのプレッシャーに膝がガクガクと
笑い、躓いて顔から砂地に突っ込んでしまう。
「ひいいいっ!! 」
慌てて立ち上がろうとするが、後頭部に殴られたような衝撃。視界の端に映る
紅い光条。
『ザシュ――ッ!!!』
凄まじいほどの高速で飛来した物体が頭分の頭の僅か上を掠めて通過していく。
「ひっ・・・・・・!!!」
投げられた戟を偶然にもかわした事に気がつき、意味にならない悲鳴のような
声を上げる。パラパラと頭の毛が10本ほど飛び散る。そのまま、4つんばいに
なって無様に城内に駆け込む。同時に背後で音を立てて閉じられる分厚い鉄扉。
頭分は広場にへたり込む。
「うっ・・・おおお・・・ざ、ざっ、ざまあみろっ!! 外しやがったっ!! ヒッ、ヘヘヘヘヘッ・・・」
安堵のあまりボロボロと涙とヨダレをこぼしながら狂ったように叫んだ。
「あ・・・ああ・・・」
リナ様の投擲した戟は当らず、結局頭分は場内に逃げ込んでしまった。
ぼくは半泣きで馬から降りて思わず扉に駈け寄ろうとする。
「行くな・・・奴ら城壁の上から射掛けてくるぞ」
リナ様は冷たく言って、あっさりと城から距離を取る。確かに、城壁の上に
盗賊たちが現われ、ばらばらと弓を射掛けてきた。でも、あそこに、
あの扉の向こうにマナ姫がいるのに・・・
「クッ・・・リナ様が最後に外したからッ・・・んんんっ・・・」
ぼくはリナ様をなじる。こんな事を言ってはいけないのは判っているけれど、
つい言ってしまう。リナ様はすまなさそうにぽそりと呟くように言う。
「いや・・・外してはいないのだ・・・」
「えっ!? だって現に・・・」
ぼくを抱えるリナ様に振り返った時だった・・・ふいに背後で地鳴り。
『ズゴゴゴゴゴ・・・・・・』
「うわあああ・・・」
ぼくはとんでもないものを見て、目を驚愕に見開く・・・
場内に転がり込んだ頭分。少し落ち着いて咳き込みながら息を吸い込み、
ヒステリックに手下たちに喚く。
「て、手前らッ!! ぼやっとしてねえで総出で城壁の上に行って、外の奴らを
追っ払え!! 」
仲間の血脂に染まった山刀を振り回して叫ぶ頭分に異議を唱える手下は
おらず、あわてて皆、弓を抱えて城壁の上に登る。それを見て安心したのか、
頭分は一人ごちる。
「へへ・・・あのイワシ姫め・・・妹の目の前でバラバラに切り刻みながら犯してやる・・・」
ニヤニヤと一人、残虐な妄想に酔う頭分にそのイワシ姫本人の声。
「にゃふ・・・お前の腐った妄想は聞き飽きたにゃ・・・」
からかうような口調。距離は離れていたが、その声は良く通り、頭分に届く。
ハッと頭分は頭を上げ、檻の中のイワシ姫を睨みつけた。
「う、うるせえっ!! オレは無敵だっ、あの『無双のリナ』の追跡をかわして、
まんまと逃げ切ったんだぜ!! あいつの投げた方天戟を鮮やかにかわしてなっ!! 」
と、転んだ偶然を脚色してマナに自慢する頭分。ニヤニヤ笑って続ける。
「へへ・・・ツイてるぜ、一時はどうなることかと思ったが、オレは無事だし、
人質はまだこっちのものだ・・・」
ふと気がついたようにキョロキョロと辺りを見回して言った。
「おっと・・・そういえば、あの『無双のリナ』の方天戟にはでかいルビーが
付いてるってウワサだが、ありゃどこへ行った?」
場内に先に飛び込んだ戟を探す頭分にマナは指差して言う。
「ここにあるにゃ」
「んっ?おおっ・・・それだ・・・」
目を輝かせる頭分。マナの魔法封じの檻に突き立っている戟の柄には大粒の
ルビーが煌いている・・・その輝きに目が釘付けになる頭分。
「へへ・・・やっぱりオレはツイてるぜ・・・」
と、何の気はなしに近づこうとした足がピタリと止まる。なにかおかしい・・・
方天戟は何で檻に突き立っているんだ・・・?目を凝らす・・・
「う、おおおおおおぉぉ・・・」
思わずうめく頭分。その方天戟の先端はマナの檻のごつい錠前の、ほんの
小さな鍵穴に狙いたがわず突き立っている・・・
「ま、まさか・・・初めから・・・」
「当たり前にゃ・・・リナが仕留めそこなうはずにゃいにゃよ・・・」
『がこん・・・』
気付かれたか・・・と、マナが舌打ちして扉を蹴飛ばせば錠前は砕け、檻の扉は
あっさりと開いた。ゆっくりと外へ出、マナは紅い方天戟を拾った。
「にゃふ・・・」
陽射しの中に立つネコ姫。静かに頭分を見つめる。
「ひっ・・・うわあああぁぁ・・・」
仲間を求めて周りを見るが、全員すでに城壁の上・・・舌が張り付いたように
声が出ない・・・そしてふいに気が付く。マナの口が小さく動き呪文を詠唱
していることに・・・
『ひ、あ、あ、あ・・・シシシ、死ぬ、オレ死ぬのっ!! 燃えるの?それとも
ズタズタにされるのかよ?』
恐怖の余り、へたり込む頭分。逆にマナは方天戟をサクリと地面に突き刺し。
大きく両手を突き上げる。徐々に詠唱の声は高まる。
「・・・砕けよ時の首枷。木は土に、鉄は灰に、岩は砂に・・・」
金色の瞳が妖しく光る。
「天!!」
右手を真上に上げ。
「地!!」
左手は地面を差す。
「猫!!」
そして胸元で指を組み合わせると目を見開く。
「発現っ!!」
マナを中心に見えない力が弾ける。その圧倒的な力の波動に慌てて頭を
抱えて伏せる頭分だが、自分の身には何もおこらない・・・
「ひ・・・うあ・・・死んでねえ、手も足もついてる・・・」
おそるおそる自分の手足を見つめ、呟く頭分。よろよろと立ち上がる。
「失敗しやがったのか?・・・」
と、安堵して言った瞬間それは起こった。
『ぼこっ』
城壁の上の一抱えもある大きな角石がふいに崩れ落下する。運悪く、その石に
乗ったり、身を隠すようにして矢を射っていた盗賊の手下二人が巻き込まれて、
石もろとも落下する。先に落ちた二人の上に圧し掛かるように落下した1トンは
ありそうな大石。その見るに耐えないシーンは激しい砂ぼこりが覆い隠す。
「始まったか・・・」
さらにぼくを抱えて後ろに避難するリナ様。城壁の上の落ちた石の下から
『ザーッ』と砂が流れるように落ちる。そして一気に城が歪んだ・・・
「お城が沈む・・・いや、崩壊してるのか・・・そんなウソみたい・・・」
城壁の石が、風化して砂となり、静かに垂直に潰れるように城は不気味に蠢く。
バラバラと上から落ち地面に叩きつけられる者・・・また城壁の上の足元が、
柔らかい砂地になり底なし沼に落ちるように深く沈んで行く者・・・
「姉上の大魔法・・・久しぶりに見た・・・」
リナ様が呟く。抱えたぼくを静かに下ろし。『セキテイ』を前に進ませる。
ぼくは口を開けて呆然と見送るだけ。まさか・・・あのマナ姫がやっているの
だろうか?コレを・・・小城とはいえ、まともな城を一気に砂に変えるなんて・・・
あっという間に城はただの砂山になった。ドーナツ型の巨大な砂山の中心に
残ったのは、村からの人質を閉じ込めておく掘っ立て小屋。そして魔法封じの檻。
元広場で無様に恐れおののく盗賊の頭分に・・・ふわりと立つ、金色の瞳のネコ姫・・・
「ひっ!! ま、待ってくれ・・・人質も返す、身代金もいらねえ・・・」
などと武器を放り出してペコペコと跪いてマナ姫に命乞いをする頭分。
ところが頭を下げながら油断なく廻りに視線を巡らせた頭分は、思わず
マナ姫に駈け寄るぼくを見て山刀を拾い、ぼくを人質にしようと飛び掛る。
「あわわわわわっ!! 」
「コイツを助けたかったら・・・」
とぼくの前に立ちふさがろうとする頭分の目の前に、銀色の刃が突き出された。
慌てて急ブレーキをかけてたたらをふむ頭分。
「・・・・・・」
馬上に跨ったままのリナ様が腰の剣を抜き、頭分を通せんぼしたのだ。
砂山から一気に跳躍した『セキテイ』は『トーシロはウロチョロするなよ』みたいな目で
ぼくを睨んで大きく鼻を鳴らした。うう、ごめんなさい・・・
「うああ・・・ひっ・・・」
マナ姫とリナ様に挟まれ、うろたえる頭分。しかし、今度は山刀も放り出し、
掘っ立て小屋のある真横の方角に逃げ出す。ほんとに往生際が悪い・・・
今度は前から捕まえている村人を人質に取ろうとしているのだろう・・・しかし、
頭分の絶望の悲鳴。
「うああっ!! 」
「観念するですの――っ!! 」
3歩もその方向に走れずに頭分は膝から崩れ落ちた。そう、そこにはすでに
ユナ様が率いてきた村人たちが自分たちの家族や恋人を解放していた。
歓声をあげて家族と抱き合う村人たち・・・もちろん武器を構え、頭分に対して
殺意に満ち満ちた視線を飛ばしている者もいる・・・というかそっちの方が多い。
「う、あ・・・」
計算高そうな頭分の視線がきょろきょろと自分を囲んでいる3方を見る・・・
馬に乗った小柄なネコ姫を中心に、大人数で武器を構えて待ち構える村人たち・・・
かたや、30人の手下を苦もなく瞬殺してしまった姫将軍、しかも、もう剣は抜き
放たれていて・・・そして、慣れない方天戟を重そうに持ち両手がふさがり、大魔法を
使ったばかりのネコ姫、なんか少し疲労しているのだろうか下を向いている・・・
ニヤリ、頭分の口端が狡猾に歪む。
「お前だ――っ!! 」
一気にマナ姫に駆け出す頭分。そのまま切り抜けて強行突破するつもりなのだ。
「マナ姫っ!! 逃げて――っ!! 」
叫ぶぼく。きっとマナ姫は魔法は得意でも、剣は苦手に違いない・・・案の定、
焦ったのか、全然早いタイミングで重い戟をふらふらと振り回すマナ姫。
自分の体のはるか手前を通過する刃を見ながらせせら笑う頭分。
「けけ・・・やっぱり剣の腕はからきしか・・・ぐばっ!!!!!!」
『シャズ・・・』
ふいに戟の刃から冷気の刃が飛び出す。それは戟の間合いをとんでもなく
さらに伸ばし、空気が切り裂かれたような音と供に頭分の腰を存分に叩き切った。
「あ、う・・・ウソ、だろ・・・」
切られた腹を押さえる頭分。完全に切断面が凍りついて出血が全くない。
「にゃふ・・・この程度の魔法なら印を結ぶ必要もないにゃ」
涼しい顔で言うマナ姫。『ヒュンヒュン』と戟を華麗に振り回し、石突を下に
して戟を立てる。
「わたしにはちょっと重いかにゃ・・・」
などと言っている間に、頭分の傷の凍った部分が加速度的に広がっていく。
「ひいっ、こ、凍るっ・・・助けてくれッ、い、イヤだあああぁぁぁぁ・・・」
ゆっくりと、頭分の心臓が凍り、声帯が凍り、眼球が凍りついた・・・ギラつく
砂漠にふいに出現した氷の彫像。
『カシャ――ン!! 』
ふいにその上半身はなめらかな氷の切断面から音もなくずれて行き、
砂地に落ちれば粉々になって砕ける。もはや、急速にして強い冷却の働きで、
氷つきながらも同時にカラカラに乾いていたらしく、ほとんど塵のようになって
砂地に消えた。
「にゃふ・・・」
すたすたと前に歩いたマナ姫は戟の石突で残った下半身を叩くと、これも
ガラスの割れるような音と供にキラキラ光る塵となって砂漠の砂に紛れて消える。
そうして盗賊は全て滅んだ・・・お城ごと・・・
そんなマナ姫に真っ先に駈け寄ったのはユナ様。
「マナ姉・・・」
ほんの一言呟き、マナ姫の手を取るユナ様。
「・・・・・・」
マナ姫も無言で『ぎゅ』っと手を握り返す。ユナ様の目がキラキラと潤んでいる。
一見、あっさりとして見えるが、2人の間には他人では測り切れない深いつながりが
あるのかもしれない・・・少し羨ましい・・・
「マナ姉はいつも心配かけるですの・・・」
最後に小さく呟いてマナ姫から離れるユナ様。すると今度は『自分の番』とばかりに、
息せき切って『セキテイ』から飛び下りて駈け寄ってくるのはリナ様。
「あ、あ、あねうえっ!・・・わぷっ!! 」
『セキテイ』から降りたリナ様は、裏返った悲鳴のような声でマナ姫に駈け
寄ろうとし、そのまま砂地に足を取られてビタンと顔を打ち付けるようにして
転んだ。さっきまであれほど凛々しかったのに、『セキテイ』から降りた瞬間、
『ぷしゅう』と空気が抜けたみたいにヘタレになってる・・・
「あ゙、あ゙ね゙ゔえ゙〜」
砂地に倒れたリナ様はそのまま上体を起して膝をついたまま泣きじゃくる。
上げた顔には、涙と鼻水の筋にびっしりと砂がくっついてトンでもなく見苦しい
顔になってる・・・ひょっとして馬から降りたり、武器を持ってないと性格変わるのかな?
仕方なしにマナ姫は自分から近寄って、しゃがみこむリナ様の顔をハンカチで
ゴシゴシ拭いてやる。
「ほら・・・泣くにゃ、リナ・・・ひどい顔にゃよ・・・」
「あっ、あ゙っ、あ゙ね゙ゔえ゙〜、あ゙ね゙ゔえ゙〜ひっぐ、えっぐ・・・」
膝をついたリナ様はマナ姫の腰に取りすがるようにして大泣きしてる。やっぱり
プレッシャーが凄かったのかな・・・?そんなリナ様にマナ姫は言う。
「リナはもっと胸を張って良いにゃ・・・ほら、チーンするにゃ・・・」
「えっく、えっく・・・ぶ〜っ!! 」
などと、絹のハンカチに盛大に鼻をかむリナ様。ちなみに今更、自分のポケットから
ハンカチを勝手に抜かれたことに気がついたユナ様が声にならない絶望の悲鳴を
上げている。そんな感じで三姉妹の再会を見守っていたぼくだけど、一段落ついた
ところでゆっくりと3人に近寄る・・・
「あの・・・」
モジモジとぼく。マナ姫とこの姿で会うのが初めてなので『始めまして』の方が
いいかな?なんてくだらないことで悩みながら言う。すると、すっかり立ち直った
リナ様がマナ姫の間に割って入るようにして来て言った。
「やったな・・・君は立派な勇者だったぞ・・・」
両肩に手を大きな手を置いて言う。そして顔を赤らめてぼくに告げた。
「・・・どうだ?私の所にこないか?あの『セキテイ』が私以外の者を
乗せるのは中々ないのだぞ・・・それに・・・」
目の淵を紅く染めてなぜかウットリとぼくを見つめるリナ様。なにかある
のかな・・・?
そんなリナ様を突き飛ばすように割って入ったのはユナ様。
「何、言ってますの――っ!! このコのお金出したのはユナですの――っ!!
だからユナに権利がありますの――っ!! 」
大胆にもぼくに抱きついて胸に頬ずりしながら訴える。
「ユナの所にくれば贅沢できますの――っ、働くのは夜だけですの・・・」
と、ロリロリな体をくねらせて訴えるユナ様。夜の仕事ってなんだろう?
リナ様が激昂して言う。
「コ、コラっ離れんか、このツルペタ絶壁エロ娘が!! 」
ムカッとしたユナ様はさらにキツクぼくにしがみ付き、負けずに言う。
「うるさいですの――っ!! リナなんて自分の部屋の鉄アレイでも突っ
込んでればイイですの――っ!! 」
「な、な・・・姉に向かって・・・」
『あわわわ・・・さっきまであんなにいい感じだったのに・・・』
なぜか、ぼくが原因で争いが勃発し、うろたえる。その時、マナ姫が二人の
不毛な争いを止めた。ホッとするぼく。
「二人ともやめるにゃ!! ・・・コ、コホン・・・この召使いはわたしが・・・」
言いかければ二人の妹がくるりと振り返る。
「ダメです(の)!! 」
ハモって言う二人。
「姉上はこの者を買ってすぐに、『もう好きにしろ』と、解き放ったではないか。
よって権利を放棄したことになるのではないか?」
「そ、それはにゃ・・・」
ぐっと詰まるマナ。しかし、怯まずに大声で叫ぶ。
「・・・そ、それは全くのウソにゃ――っ!! 」
と滅茶苦茶な言い訳を言い張るマナ姫に追い討ちをかけるのはユナ。
「マナ姉に毎月のローンが返せるはずありませんの――っ!! ココはユナが
ちゃんと責任もって返済しますの――っ!! 」
と、自信たっぷりのユナ様。
「にゃ、にゃふっ・・・」
ついに下を向いてしまうマナ姫。自分でも自信がないみたい・・・でも赤い
顔をして叫ぶ。
「つ、月々のローンぐらい、コイツが働いて返すにゃあ!! 」
「ええっ!? ぼくがですかっ?」
ビシリとぼくを指差して言うマナ姫をみて驚愕に目を見開く。二人の妹は、
『お話にならない』と、マナ姫を無視してぼくに詰め寄る。
「す、好きにすればいいにゃっ!! 」
残されたマナ姫はビシリと指した指をへなへなと地面に下ろす。そして
ヘソを曲げ、三人からくるりと背を向ける。
マナはムシャクシャしながら砂を蹴り上げるように歩く。
「にゃふっ!! ちょっと見た目が良いからってあんなにガッつくことないにゃっ!! 」
背後で『きゃあきゃあ』と言い争う二人の声を聞けばさらに苛立ちが募る。
そうなのだ、マナとしてはあの召使いを諦める気は初めからないものの、
あのヒト奴隷に『病気で醜かった時』は放り出し、『外見がキレイになった時』には
逆に、自分のモノにしようとする、浅ましいネコに見られるのがイヤで思わず
ヤセ我慢をしてしまったのだ。
『にゃふ・・・でもあのドレイの値打ちを一番判っているのはわたしにゃ・・・』
なんて未練がましい事を考えて、イライラと爪を噛んでしまう見栄っ張りのマナ。
背中の方では、二人の言い争いは、もう『ギャアギャア』と掴み合いに発展
しそうな気配・・・
胸がズキズキと痛む。膝を抱えてしゃがみ込みながらぼんやり考えるマナ。
『でも、いい加減なわたしより、リナやユナと生活したほうがあいつにとって
幸せかもにゃ・・・』
とってつけた理由を並べて必死で諦めようとするマナ。でも諦めきれない・・・
頭の中にはあの召使いと供に過ごす未来の生活シーンが脳裏に溢れてマナを苦しめる。
胸をギュっと押さえて立ち上がるマナ。いつしか二人の争う声は聞こえなくなっていて・・・
『だめにゃ・・・わたしはあの召使いのコトが・・・す、す、す、スス・・・』
「・・・スキです・・・」
「にゃわわわわわっ!! 」
心の中を言い当てられた気がして慌てて振り向くが、そこにはあの召使いがいた。
「あ、あの・・・初めから決めていたんです・・・あのとき、マナ様の側で働けたら・・・
なんて・・・だから、だから・・・ぼくを二度も捨てないでくださいっ!! ・・・」
マナの胸に飛び込んでくる、自分を命を張って助けたヒト奴隷・・・マナは思わず
抱きとめ、そっと二人の妹を伺う。そこには少し落胆し、さっぱりとした顔で笑う
二人がいた。ユナがソッポを向いて小さく呟いた。
「初めっから決めてたなんてズルイですの・・・」
マナは心の底から妹に感謝する。胸の不安や、頑ななココロの部分などの
ネガティブな感情がトロトロと溶け出していく。慌ててマナの胸でウルウルと
返事を待つ自分の召使いにウキウキと言う。
「わたしの部屋に置いて欲しかったら、わたしのことを『ご主人様』って呼ぶにゃ」
「は、はいっ!! ご主人様っ!! 」
半べそから、ぱあっと顔を輝かせ、大きな声で言う新しいマナの召使い。
その様子のなんと愛しいこと・・・マナの胸があたたかい気持ちで満ちていく。強く
その召使いの体を抱きしめてマナは言う。
「今からわたしが死ぬまで、わたしの事を『ご主人様』と呼んでいいのは
お前だけにゃ」
「はいっ!! ご主人様」
キラキラとした召使いの瞳。それはマナにとって眩しいほど。マナは見る間に
顔に血が上り、その気恥ずかしさに慌てて召使いから離れた。かわりに自分では
さりげないつもりで、召使いの手を引いて歩き出す。
「な、なに嬉しがってるにゃ!! わたしの召使いはタイヘンにゃよっ・・・ほら、
さっさとお城に帰るにゃっ!! 」
スタスタと召使いを引張るマナだが、見せつけられた妹達がここぞとばかりに
ささやかな嫌がらせをする。
二人はピタリ息もよく、歩くマナの両側に立ち、わざとらしくパチパチと
拍手する。そればかりか、大声で言った。
「みんな〜っ!! マナ姫が帰りますの〜!! 」
「ほら皆の者、早く見送りに来い!! 」
そう言うと、家族を取り戻した村人は助けてくれた姫君に礼を言おうと、
手に手を取って駆け出してくる。
「にゃにゃっ!! 余計なこと言わなくていいにゃっ!! 」
慌てて真っ赤になり、繋いだ手を離そうとするが、一生懸命にぎゅっと
握り返す召使いをチラリと見て、口から小さく息を吐いて諦めた、そして
マナからもしっかりと握り返す・・・
空は青く吸い込まれるよう・・・ポニーテールのネコ姫さまは自分の新しい
召使いの手を引いて静々と歩く。
両側の妹が、村人たちが、祝福するように歓声を上げ、手を振って
見送る中を歩いていく。
王城に向かって・・・そしてこれから二人を待つ様々な出来事に向かって・・・
(おしまい)