『こっちをむいてよ!! ご主人様 0』  
 
 早春の野原。まだ盛りではないが、ちらほらとスミレに似た花が顔を出している。  
しかし、まだまだ原っぱは圧倒的に緑の部分が多い。この時期に似合わないほどの  
陽気はぽかぽかと草原を暖めて、風がサラサラと吹けば緑の波がうねり、甘い春の  
匂いが野原に満ちた。  
 そんな野原を『きゃっきゃっ』と黄色い声をあげて駆け回っているのは20名程の  
幼年学校のチビ猫たち。遠足なのか側には大きな馬車。担任の先生を引っ張り出して  
遊ぶのは鬼ごっこなのだろうか。今日の課題の写生を終えたチビッコの遊びに対する  
パワーは先生を仲間にするだけでは飽きたらず、王室奉仕活動の一環として駆り  
出されている護衛役のネコ姫さまも仲間に加えようとしている。  
 恐縮している若い女教師をよそにチビッコ達は御車台のネコ姫様の手を引張る。  
どうやら幼い自分達と姿形が似ているこのネコ姫様に親近感がわくらしい。困った顔の  
ネコ姫様のツインテールが揺れる。  
 もう一人お城から派遣されたネコ姫もいるのだが、これはヤル気がないのか草原に  
ぽつんと生えている木立のカゲで昼寝をしていた。子供達が一人も寄ってこないのは、  
担任が厳しく子供達に『近寄っちゃダメよ』とあらかじめ言い聞かせたからだ。女教師の  
判断は正しく、木陰に寝ている姫様の顔の上に乗っている日除けがわりの雑誌の  
表紙はかなりいかがわしく『カラオケルームで秘密の拘束プレイ』とか『あなたもできる  
ショタい盛り』などという扇情的な見出しがこれでもかと並んでいた。  
 そう、あと2時間もすれば子供達は心地よく疲れ、帰りの馬車に揺られてウトウトして、  
皆でおしゃべりして家に帰って、家族で夕食を楽しく食べながら今日の一日を両親に  
笑いながら話すのだ。そしてネコ姫さまもお城に帰り、無難に仕事をこなし、上手くいけば  
王位継承権の順位が一つ二つ上がるかも知れなかった・・・しかしこの世知辛い世の中、  
そうは上手くいかないもの・・・  
 
 
 「んっ?・・・」  
 マナはむくりと上半身を起こす。お腹の上に落ちた雑誌を気にもとめず向こうの  
丘の上に目を凝らした。  
 始めは土ぼこり。そしてマッチの先のような小さなカゲが稜線の上に現われて、  
そしてそれが一気に4つ、8つと増えると同時にマナは跳ね起きた。まだ間に合う。  
叫ぶ。  
 「ユナっ!! 曲者にゃっ!! チビどもを馬車に放り込んで逃げるにゃっ!! 」  
 あらためて見ればまだ丘一つ向こうながら疾駆してくる20騎ぐらいの男達が見えた。  
全員が黒い布の覆面を付けている。おそらく、いま王国で被害が拡大してる、  
拉致専門の盗賊だ。こんな王城の近郊に現われるとは思えず、誰もが不意を突かれて  
しまう。ショックでフリーズしている女教師をよそにそれでもユナはてきぱきとチビッコを  
誘導していく。  
 「みんな落ち着いて馬車に乗りますの――っ!! だいじょうぶですの、マナ姉は無敵  
ですの――っ」  
 泣き出しそうなチビッコを馬車に放り込むと、ユナは御車台に飛び乗った。しかし  
その顔には絶望感がまざまざと浮いている。  
 『この馬車の速度じゃすぐに追いつかれてしまうですの・・・リナも呼べば良かった  
ですの――っ!! 』  
 荒事関係のみに女神の祝福を受けているような次女を思いつつ、馬車を  
シュバルツカッツェ城の方角に反転させる。こんな王城に近い所まで遠征してきただけ  
あって、ためらうことなく真っ直ぐに馬車に向かって疾駆してくる盗賊たち。もう騎馬が  
蹴上げる土くれまで目に見える距離。『ヨ――!! ホ――!! 』と野蛮な威嚇の声まで  
聞こえる。ユナは叫ぶ。  
 「ま、マナ姉も、は、早く・・・」  
 『ズド――ン!! 』  
 襲いくる盗賊の先頭部分の地面が爆発した。二、三騎が馬ごと一気に空中に舞う。  
無事だった馬も一瞬さお立ちになって突進が止まった。  
 
 「ユナっ!! ココは食い止めるからさっさと逃げるにゃっ!! 」  
 「で、でもっマナ姉はっ!? 」  
 心細さに半泣きで叫ぶユナ。  
 「いいから行けにゃあっ!! 」  
 マナの指先から発した小さな氷の刃が馬車馬の尻に突き立つと、狂った  
ように4頭立ての馬車が急発進する。後ろの方でチビッコの悲鳴が上がるが  
ユナは手綱を保持するので精一杯。  
 「マナ姉――っ!! 」  
 ユナは力いっぱい叫ぶ。返事は聞こえないが背後で4、5回程爆発があって、  
そして何も聞こえなくなった・・・  
 
 
 かくしてネコの国にある王立西街幼年学校初等部の課外授業は盗賊に強襲  
されつつも奇跡的に全員無事に生還することになった。盗賊達もてこずったが  
何とか本物の王女を取り押さえ意気揚揚と草原から離脱して行く。  
 そして元通り誰もいない、のどかな草原に戻り・・・いやまだ何かいた・・・  
草原の草深い所からむくりと起き上がったそれはモンスターのような黒っぽい物体。  
生きているらしく、ずるずると移動する。その様子は腐乱して黒っぽくなった  
ゾンビに似ていて不気味だ。ユナの馬車の方角と盗賊の離脱して行った方角を  
逡巡するように見てゆっくりと、ぞろりぞろり歩き始める。  
 マナの連れ去られた方に・・・  
 
 
 ネコの国。王城。薄暗い玉座に気だるげに座っているのはフローラ女王。その  
左右には同じ顔をした妹達がかしこまっている。同じ三つ子でもマナ姉妹と違って  
一卵性のようだ。  
 フローラ女王は玉座に浅く腰掛け、肘掛に乗せた腕で頬杖をつくお決まりの  
ポーズ。よく見れば髪は黒、レンガ色、金色と3色のグラデーションになっている。  
薄く微笑んでいるにもかかわらず、耳は毛足が短く、ピンと立っているせいでネコよりも  
キツネに似た獰猛な印象がある。その容姿はすでに400歳を超えているというのに  
目の前に立っている自分の娘の片割れと変わらぬ程若々しい。ヒトで言えば厳しく  
見ても30台の前半と言ったところ。酷薄そうな薄い唇にはどぎついほどの赤い  
ルージュ。その唇からは意外なほど優しい声が漏れる。言葉を紡ぐ赤い唇の  
動きはひどく妖艶に見えた。  
 「意見を聞こう・・・実りある話になればいいものだな・・・」  
 一段下で直立しているのは皮鎧姿のリナ。さっきまで郊外でマナの行方を探し  
回っていたのか、すっかり埃にまみれている。そしてもう一人はユナ。まだ事件が  
起きてから半日しか経っていないのにすっかりやつれてしまい目の下には隈まで  
出来ていた。二人は目を合わせ、軽くうなずいてユナがしゃべる。  
 「マナ姉・・・マナ姫の身代金の要求があったと聞きました、マナ姫は王室活動中に  
さらわれましたから是非とも身代金を国庫から出していただいきたいと思いますの・・・」  
 意を決してユナが言う。自ら払っても良かったが、身代金の額がユナの資産の  
軽く2倍に達していたため、泣く泣く王室にすがるしかなかったのだ。  
 
 「・・・・・・」  
 なにも言わないフローラ。面白い物を見つめる目つきでユナを見る。イライラした  
リナが後を継いで言う。  
 「少なくとも兵を出して現場一帯を捜索、そして賊の本拠を強襲して欲しいのです。  
これはネコの国に対する挑戦です!! 」  
 叫ぶリナを薄く笑ってフローラが言う。切れ長の目は軽く閉じられている。  
 「・・・わが国の庶民がさらわれて国が身代金を出したことは一度もない・・・これからも  
出すつもりはない・・・王家の者だけカネや人をだせば、庶民どもも黙っておるまいしな・・・」  
 「そ、そんな・・・」  
 『〔血塗れフローラ〕は姉妹だけじゃなくて実の娘も見殺しにするのか!? 』という言葉を  
飲み込んでリナは絶句する。『ぎりっ』と奥歯を噛んで横を見ればユナがぶるぶると  
震えて女王に飛び掛らんばかりになっていた。いつも人を小ばかにしたような態度の  
ユナが感情を剥き出しにしているのを見てリナは意外に思った。このまま女王に  
飛び掛ればその場で打ち首になってしまうと感じたリナは苛立ちに震える声で言った。  
 「ならば結構・・・こちらで姉上を探す!! 失礼する」  
 抗うユナを引きずるようにして退室するリナ。その二人に投げかけるように同じく  
玉座から立ち上がったフローラが言う。  
 「身代金を出さないという返答は3日後に出す。3日で見つける事だな・・・その間は  
マナも生かされているだろうよ・・・」  
 「たったの3日・・・」  
 リナに抱えられたユナが押し殺したように呟いた。安心させるようにリナが抱えた腕に  
力を込める。しかし幼い頃から当然のようにいたマナがいなくなる心細さに二人は同時に  
身を震わせた。  
 
 二人のネコ姫が出て行くとフローラは後ろの妹に声をかける。  
 「身代金を要求してきた賊・・・首を落としときなさい」  
 ビクッと身を震わせるフローラの実妹。  
 「し、しかし陛下は今、返事は3日後と・・・」  
 「どうせ殺すなら何時でも同じ、それにヘタに返事するより時間がかせげるかも  
しれないじゃない?」  
 「ですが・・・」  
 さらに言い募る妹にかぶせるようにフローラは言う。  
 「あら・・・ひょっとしてあの賊のことあなた、庇っているのかしら・・・」  
 すっと微笑みつつ妹を見る流し目は氷のように冷たい。とたんに二人とも  
黙り込んで下を向く。この顔が40人いた姉妹の殆どを抹殺したのだ。フローラの  
実妹たちは命令を遂行させるために静かに玉座から出て行く。  
 フローラは小さく鼻で笑い、手元の調印台の上に置いてある本を手に取って呟いた。  
 「マナか・・・運のいい子だから大丈夫でしょ・・・数少ない成功サンプルの一人  
なのは惜しいわね・・・」  
 パラパラとページをめくるフローラ。意識はすでに表紙に『遺伝学』と書かれた  
本の中に飛んでいた。  
 
 
 ガラゴロ・・・  
 石畳を走る荷馬車に揺られているのはマナ。ぼんやりと仰向けになると白い雲が  
ゆっくりと馬車を追い越して行く。もちろん、のん気な情景とは裏腹にマナの体は  
ロープでグルグル巻きにされていて、なおかつその上から魔法封じのお札を何枚も  
貼られている。マナは芋虫のようにもぞもぞ動いて身を起こすと荷馬車に並んで  
進む盗賊に声をかけた。  
 
 「私を逃がしたほうがいいにゃよ、今の女王は怖いネコにゃよ」  
飄々と語りかけるマナにこの盗賊集団の頭分が言う。覆面の下の顔は  
盗賊にしては垢抜けていて、半獣半人の筋骨逞しいネコだが、生来の酷薄さが  
会話の端々に滲み出て、会った瞬間からマナは嫌いだった。  
 「身代金を貰えばさっさと解放してやる・・・ったくよう・・・」  
 そう言った頭分は火傷を負った自分の手を忌々しげに見つめる。魔法封じの  
お札を貼ったのに油断してマナの胸をまさぐったのは良いが、手に触れた部分の  
肌の温度を一気に上げられて火傷を負ったのだ。通常1枚の札を3枚貼り、  
それでもまだ自分の体には魔力を及ぼすことができるのだから、マナの魔力は  
底が知れない。  
 「ガキどもは一人もサラえねえし、一人捕まえてもこんな高い札3枚も使わせ  
やがって・・・大赤字だぜ・・・それにいつもだったら・・・」  
 もどかしそうに下卑た視線をマナの太もものつけ根にのばす頭分。それを  
意志の力で無視したマナがさりげなく聞く。  
 「もし、身代金が出なかったらどうするにゃ?」  
 頭分は笑い飛ばす。  
 「そんなコトはねえ!! なにせネコの国は大陸で一番カネのある国、そしてホンモノの  
姫様だしなあ・・・一般人の10倍、いや20倍はカタイぜ・・・」  
 にやにやと笑う頭分を横目で見つつ、マナは苦い顔をして思う。  
 『あのババァは自分の娘にも1センタも払わないにゃ・・・自力で逃げないとかなり  
マズイにゃあ・・・』  
 ガッチリと縛られたロープを意識するマナ。さっきから『手が痛い』とか訴えても  
完全に無視されている。少々捕まる前に本気を出しすぎて恐れられているようだ。  
ふいに側の盗賊が呟いた。  
 「なんだ・・・ありゃ?モンスターか?」  
 
 口々に後ろを見やる盗賊たち。一稼ぎしてゆっくりと行軍する盗賊たちの後を  
距離を開けて何かがついて来る。  
 よく見ればなんとも不気味な物体・・・いやヒトだ。顔から足まで皮膚病に冒されて  
いるのか瘡だらけ。特に顔の辺りがひどく表情さえよめない、辛うじて耳の形から  
ヒトなのが判る。頭皮も瘡だらけで所々から黒髪がばさばさと覗くのはとてつもなく  
禍禍しい。しかも歩くときに腕の瘡から滲むリンパ液が横腹の瘡と癒着してしまうのか、  
両腕を突き出してズルズル歩く姿は正にゾンビやキョンシーと言ったところ。  
 「にゃ・・・あれは・・・」  
 と声にだし、慌てて口をつぐむマナ。それに気付かず盗賊たちが言う。  
 「あ、兄貴・・・ヤッちまいましょうか?」  
 山刀を抜きかけている手下。頭分は言う。  
 「やめとけ、ヤバイ病気かもしれねえ。今より近付いて来たら弓で追っ払え、  
当ててもかまわねえ」  
 疫病の可能性に薄くおびえつつうなずく手下たち。密かにほっと胸をなで  
おろしたのはマナ。つい先日のことを思い出す・・・  
 
 
 にぎやかなネコの国の市場。日にちに2のつく日は大市が立つ。何から何まで、  
食べ物、妖しげな薬、大陸中の特産品、曲芸師、砥ぎ屋、馬商人、法術商、理学商・・・  
そんな大市を抜けて直接王城へ行こうとする3台の檻車。市場の皆が振り返る。珍しい  
ヒト奴隷商人の牛車だったからだ。やっとゴミゴミした所を抜けたヒト奴隷の一行が一息  
入れていると・・・  
 「あっ!! ヒト奴隷ですの――っ、珍しいですの――っ!! 」  
 だーっと駈け寄るのは牛車とは逆にお城からやってきた三人連れのお姫様たちの一人。  
小さな顔に不釣合いなほどの大きな猫目を光らせて檻の中を覗き込む。  
 
 「こらユナ、あんまり不躾に見るな・・・しかしヒトというのはホントに変な耳の  
形をしているな・・・」  
 と、ユナをたしなめるのは逆に180cm以上の身長の赤毛のネコ姫。ゆったりと  
した緋色の長衣をウエストできゅっと革帯で結ぶ姿は実にキリッとしていて  
オトコ前な感じがする。心なしか町娘がこのネコ姫に向ける視線も熱いような・・・  
そして最後に気のなさそうにゆっくり歩いてきたネコ姫が言う。  
 「にゃふ・・・リナもユナも行くにゃ、こんなあっという間に死ぬドレイに大金を  
出すネコの気が知れにゃいにゃ」  
 苦々しく言って背後のシュバルツカッツェ城の玉座の辺りを振り返るマナ。  
ヒト奴隷はほとんど全て女王が大金で買い占めているのだ。そんな三人のネコ姫の  
前にいきなりすっと現われるヒト奴隷商人。体型は太っているが福福しい所はなく、  
目には油断ならない光がある。  
 「ヒエッ、ヒエッ、ヒエッ・・・姫様方とお見受けいたしました、どうですかなこの品揃え・・・  
御気に召しましたらフローラ女王にお売りいたす前にコッソリお譲りしても宜しいですぞォ」  
 と、いかにも『銭が好き』という顔で三姉妹に語りかける商人。そんな口上にユナが  
飛びついて言う。  
 「へ〜いくらぐらいですの――っ!! 」  
 「ほう・・・これは『ネコひげ薬局』のユナ様・・・あなた様ならばもうヒト奴隷の一人や  
二人いてもおかしくありませんなぁァ」  
 揉み手が激しくなる奴隷商人。先頭の檻車に近寄って棒を突き入れて『ホレッ、  
おまえはどかんかいっ!! 』と、10人ぐらいの奴隷たちを追い散らして目的の奴隷を  
檻の前側に出す。その乱暴な行動を見てイヤな顔をする三姉妹。  
 「この先頭の檻車に入っていますのは私の商品の目玉ともいえます15歳以下の  
奴隷でございます、これだけの奴隷を大量に扱えるのは大陸広しといえど・・・」  
 
 「前置きはいいにゃ」  
 耳をポリポリと掻きながらマナが得意げな商人の話を遮る。商人は露骨にムッと  
するがすぐにのっぺりとした笑みに切り替えてユナに向き直る。  
 「この金髪のヒト奴隷はまだ8歳でして、なかなか賢いのでお値段は15万セパタ  
というところ・・・」  
 「じ、じゅうごまん!! 」  
 素っ頓狂な声を上げるのはユナ。マナはつまらなさそうに横を向いている。  
 「・・・高いですの――!! ユナにはヒト奴隷には縁がないですわ・・・」  
 金銭感覚だけはしっかりしているユナは金持ち特有の見栄を見せずにすっぱりと  
諦める。『チッ』と舌打ちするのは吹っ掛けすぎた奴隷商人。その時マナが何か気が  
付いて商人に問い掛ける。  
 「あの後ろの檻に入ってるのは何にゃ?」  
 マナが奴隷を買えるはずないと侮っている商人はユナと違い、ぞんざいな口をきく。  
 「2番目の檻は20歳以上の奴隷ですよ、あなたにはとてもとても・・・」  
 びし、とこめかみに怒すじを立てつつマナが言う。  
 「その後ろにゃ」  
 3台目の檻車は前の2台よりずっと小さかった。一人用らしい。そして何か気持ちの  
悪いものが入っている。黒く濡れた岩のような塊に布きれが巻きついているような・・・  
 「あ、アレでございますか、あれはヒトのなれの果てと申しましょうか、この世界に  
落ちて環境の変化に耐えられなかったらしく皮膚病に罹りましてな、まあその場で  
捨てても良かったのですが完治する可能性もありますので、わざわざ王城まで  
運んできたのです」  
 じっとその蹲るヒト奴隷を見る三姉妹。よく見れば瘡は黒く、血が滲む所は赤く、  
そしてロクに手当てを受けていないのか所々膿んで緑色になっており、表面は体液が  
滲み、黄色見かかったリンパ液がじくじくと体を濡らしていた。顔も一面に分厚い瘡に  
覆われ目鼻立ちも良く判らない。頭皮の瘡から油じみた黒髪が所々ばさりと飛び出す  
様子はぞわぞわと寒気がするほどだった。  
 
 「えぐいですの・・・」  
 「憐れな・・・」  
 手を取り合って呟くリナとユナ。その怖れた様子に満足したのか得意げに言う商人。  
 「まあ、こうして王城に来ても治らないならば今日で処分ですな、別の  
檻車まで仕立てて大赤字でしたなァ」  
 手に持っていた棒で腹立ち紛れに檻をガツンと叩く商人。3台目に隔離されて  
いる奴隷は『処分』の言葉にも反応せず、僅かに呼吸のたびに背中が上下するだけ。  
その時、一歩近寄ったマナが商人に詰め寄る。  
 「本当きゃ?王城まで連れてきたのは食事も与えずに、コレを見世物にして金を  
儲けてきたからじゃにゃいのきゃ?この格子に石のぶつかった跡や棒で叩いた  
キズがたくさんあるにゃ」  
 図星をさされた商人が顔に血をのぼらせ、どす黒く変色した顔で卑しい本性を現した。  
 「ヒエッ、ヒエッ、ヒエッ・・・ですがイワシ姫さま、まあ自分の食い扶持ぐらい自分で  
稼いでもらいませんとな、これも商売ですから」  
 「むごいな・・・」  
 ヒトのなれの果てをみてリナが呟く。元の世界ではこんな理不尽な扱いを受ける  
こともなく、幸せな生活を営んでいたことを思うと心が痛む。そんなリナの気持ちも  
知らずに商人はせせら笑って言う。  
 「ヒエッ、ヒエッ、ヒエッ・・・これは私のモノですから口出しは無用にしていただきたい  
ですな、雨さえ降らなければとっとと渇いて死んだのでしょうが、ヒトは非力なくせに  
なかなかしぶといものですなァ」  
 「感じ悪いですの・・・」  
 眉をひそめてユナが口を尖らせる。マナがその商人の前にずいっと立ちふさがる。  
 「な、なんですかな・・・この天下の大通りの真中で・・・」  
 マナが本気になれば魔法で消し炭になるのを知っていて、ビビりながらも虚勢を  
はる商人。しかしマナの言った言葉は意外なセリフ。  
 
 「・・・買ってやるにゃ!! 」  
 「は?」  
 「だから買うにゃ!! この病気のドレイをわたしが買い取るにゃ!! いくらにゃっ!? 」  
 きっぱりと宣言するマナ。おどおどしていた商人の目に狡猾な光が宿る。  
 「はい・・・では勉強をさせていただいて、8千のところ7千500セパタで・・・」  
 目をそらして、またもや吹っかける商人。王都の一等地にワンルームマンションが  
買える値段である。それを聞いて逆上したのはマナでなくリナとユナ。  
 「ヒイ――ッ!! 」  
 リナは背こそ30cm程低いものの、体重は自分の1.5倍近くある商人の襟首を掴み  
一気につるし上げて揺さぶりつつ叫ぶ。  
 「何を言うか!! さっきは『もう処分する』だの『とっとと死ね』などと好き勝手に  
ほざいてこの値段かっ!? 許せんっ、このリナが天に代わって・・・」  
 ユナも言う。  
 「そうですの――っ!! 吹っかけすぎですの――っ、半値8掛け3割引きですの――っ!! 」  
 エキサイトする二人。  
 その時、ほとんど動かない病気のドレイが初めて動いた。小さく顔を上げる。  
視線はリナやユナをよけてマナと絡み合う。片目だけだがマナと目が合った。  
 
 『・・・・・・!! 』  
 マナの胸に電流が走る。よく判らない胸騒ぎは初めての経験。  
 
 おぞましい色の瘡の中でその白目の部分は意外なほど涼しげ。そして瞳は黒色ながら  
一辺の濁りもなく仄かな知性の煌きさえあった。そう、まだ『死んでいない』のだ、心も・・・  
 いや・・・マナの心を捉えたのは、その目が買われるドレイの視線ではなく、逆にマナを  
測るような目線だったのに気が付いたからだ。  
 『今、値をつけられているのはわたしにゃ・・・』  
 マナはぐっとその病気ドレイを睨みつける。するとその気合を逃がすように、また  
ゆっくりと病気ドレイの目は閉じられた。カッとしたマナはリナを押しのけるようにして  
商人の前に立つ。  
 
 「かまわにゃいにゃっ!! 7千5百・・・500は前金、あとはローンにゃ!! 」  
 『バーン』と、500セパタの札束を叩きつけるマナ。なぜかお金を出したのはマナの  
財布ではなく、ユナのがまくちからだが・・・  
 「ま、ま、マナ姉――っ!! 」  
 一拍遅れてそれに気がつき青くなって悲鳴を上げるユナ。商人が気が変わらない  
うちにと、体に似合わない機敏さで3台目の檻車から病気ドレイを棒で叩き出し、  
逃げるように去って行く。  
 ぽつんと取り残される三姉妹と病気のドレイ。  
 「値切らないとだめですの――っ!! 」  
 と、食ってかかるユナを尻目に道の端に蹲っているドレイを見てマナは言う。  
 「このドレイを買うのに値切る必要はないと思ったにゃ、値切ればその人間の  
魂まで値切ることになってしまうにゃ・・・」  
 ユナはちんぷんかんぷんな表情。リナは少し理解できるのか、『あ、姉上・・・』と感動の  
面持ち。  
 
 そしてその大金をはたいて買い取った病気ドレイにマナはあっさりと『あとは好きに  
生きるにゃ』と言って自由にしてしまう。ユナもぶつくさ言う割にはカバンに食料と薬を  
入れて首にかけてやる気遣いを見せていた。一番損をしているのはユナなのだが、  
時おりびっくりするほど他人に優しさを見せることがある。リナも病気ドレイに嫌悪感を  
見せることなく、新しい靴とかを買ってあげたりして涙ぐみながら優しい言葉をかけている。  
そして町人の少ない町外れで別れた。病気ドレイはいつまでも呆然と立って三姉妹を  
見送っていた。何を思うのだろうか・・・その顔の目の辺りが濡れているような気がした。  
 そう、それが昨日の事・・・  
 
 
灰色の石畳の上をマナを乗せた荷馬車が走る。もう半日以上進み続けているが、  
マナが解放してやったドレイは未だについて来ていた。進んでいるときはじわじわ  
離されていくが、小休止や食事の時間・・・マナには水一杯しか与えられなかった  
が・・・のたびに追いついてきた。まだ体が弱っていて、追いつくたびに力尽き、崩れ  
落ちるように蹲る。そのまま起き上がれないような気がしてマナはハラハラしてしまう。  
 『どこへでも好きに行けばいいのに・・・』  
 とヤキモキして思うマナ。  
 「近づくんじゃねえっ!! 」  
 また盗賊が弓を放つ。半分本気で狙った矢は、ドレイをかすめる。マナは  
その度に心臓をつかまれるような気がしてぎゅっと目をつぶる。  
 
 日が替わり、石畳の道を外れてしばらく行くと川に出た。上流に近いらしく  
川幅は狭いが流れは急。川の両端に跳ね橋が掛かっていて、頭分が合図すると  
片側30mほどの跳ね橋がゆっくりと降りた。両方の跳ね橋の根元には盗賊が監視  
する中、人足たちが黙々と大きなハンドル付きの歯車を回して跳ね橋の機構を  
動かしている。口一つ聞かず、黙々と作業するかわりに、一様にその目には生気がない。  
 「おまえ等の仲間きゃ?」  
 マナが聞くと代わりに盗賊の一人が得意げに言った。  
 「この川ッ淵の村の連中さぁ、娘やら女房を人質に取っているから何でも言い  
なりだぜ・・・あいつら自分の娘にアジトで何されてるかも知らずによぉ・・・ケケケケ」  
 欲望にまみれた下劣な回想をしたのか、涎を流さんばかりに盗賊は言う。  
 「人質に乱暴すればそのうち誰も言うことを聞かなくなるにゃ」  
 自分も人質ということを忘れて言い返すマナ。しかし盗賊は言う。  
 「なあに、一旦皆で犯しちまえば、女の方から『自分の夫や親には内緒にして』って  
言ってくるからなぁ・・・けけ、きっと姫様もお城に戻るときは最後は泣いてそう言う  
ぜぇ、キズモノって言われたくねえだろぉ」  
 いやらしい目つきで盗賊に視姦されながらマナは唇を噛んだ。溢れる怒りを  
耐えるために。  
『最低にゃ、こいつら普通の盗賊より下の屑にゃ・・・そしてわたしもにゃ・・・』  
この村の状況を知って、王家の一員として自らを羞じるマナ。その村人の中を通り  
 抜ける間、固く目を閉じて、身を震わせるしかなかった・・・  
 
 
 馬車は進む。もう丁度1日経った。川を渡り、土手の向こうはちょっとした砂丘に  
なっていた。渇いた砂が地表すれすれを吹き抜ける。馬車の車輪も時々砂に  
取られて沈む。盗賊たちも顔を布で覆って下を向いて騎行していた。マナには  
もちろん砂よけの布など与えられなかった。いや、万が一、与えられてもマナは  
この盗賊からの情けなど拒否していたに違いない。砂塵の中、必死で薄目を開けて  
後方に目を凝らす。側の盗賊より今、何よりも見たいものがそこにあるはずだった。  
 いた・・・砂煙の中にあの病気のドレイの姿。黒い瘡は砂塵のせいですっかり渇いて  
白っぽくなっている。どんなに乱暴に追い払われても、どんなに遠くへ来ても、  
どんなに飢えても、どんなに渇いてもあのドレイはマナについて来る。足を何度も  
取られながら必死で体を引きずるようにしてついて来る・・・  
 『そんなに心配してもらえるほどわたしは立派なネコじゃにゃいにゃ・・・』  
 そして、ふいにあのドレイが力尽きて、この世からいなくなってしまうような気がして、  
いきなり心の奥を揺さぶられるような、かきむしられるような気持ちがマナを襲う。  
砂塵が口中に飛び込むのも構わずマナは大声で叫んだ。  
 「もうっ、もういいにゃっ!! ついて来るにゃあっ!! わたしは平気だから、大丈夫だから、  
くっ、うっ、お、お前なんてキライにゃあ――っ!! 」  
 前に身を乗り出したので芋虫のように縛られているマナは、顔から床に突っ込んでしまう。  
胸の激情が胸に迫り、自分でも何を叫んだのか判らない。口の中も心の中もザラザラした。  
ただ、その叫びは砂嵐に千切れて至近の盗賊にも届かない。砂嵐のなかに病気ドレイは  
沈むように見えなくなる・・・  
 
 
 日は完全に落ちた。二日近くをかけてたどり着いた盗賊達のアジトは、砂丘の真中に  
浮くように立つ廃城だった。土地が砂漠化したときにネコの国が放棄した国境に近い  
小城だ。一つしかない分厚い城門をくぐると、マナは中央広場の奥まった所に据え付け  
られた檻の中に叩き込まれる。ロープはほどかれたが、鉄格子にはやはりびっしりと  
魔法封じの呪文が彫られていた。それを見て溜息をつくマナ。  
 
 しばらくすると盗賊達の酒盛りが始まった、さらって来た女に酒を注がせている。  
身代金の皮算用でもしているのか、皆一様にはしゃいでいる。  
 「あんなに喜んでも無駄にゃのに・・・」  
 マナは広場の賑わいを遠目に見て毒つく。おそらく、遅くとも明日の夕方には『身代金は  
払わない』という返事が来る・・・いや、フローラの事だからいきなり使者を処刑しかねない。  
そうなれば、人質の自分が無事に済むとは考えられない・・・盗賊たちとは裏腹に一人  
暗澹として座り込むマナ。  
 砂丘の中にある城では尽きることのない酒盛りが続く。食べ物や酒は盗賊たちが  
無理やり脅したのか、さっき通り過ぎた川辺の村からひっきりなしに届く。長い道中で  
砂まみれになった村人は、重い荷物を背負い、あるいは車を押して入城し、盗賊達の  
酒盛りから少し離れた広場の一角にその貢物を積み上げて行く。その時、盗賊に拉致  
された娘や嫁を村人が必死で目で探す様子は憐れである。無理やり酒盛りに駆り出され  
ている娘達も荷物が届くたびに首を伸ばして親族を探す様子は物悲しい。そんな  
気持ちに頓着することなく盗賊は勝手にふるまい、娘達にちょっかいを出す。やり場の  
ない怒りを胸に村人は遠い道のりを帰っていくしかない・・・  
 そんなやるせない光景に自分の無力さに一人歯ぎしりするマナ。しかし怒りの声より  
も早くお腹が鳴った。  
 『ぐ〜・・・』  
 空腹のせいでマナはへなへなとひざを抱えて丸くなる。この廃城に来てから食事を  
させてもらえず、さすがのマナも少々こたえる。お腹と背中がくっつきそうになりつつ、  
眠ろうとするマナだが、お腹が空きすぎて眠れない。すると檻の中に人影が差した。  
   
 「にゃ!? ・・・」  
 マナは身を起こす。盗賊の頭分がいた。一方の手には酒瓶。もう一方の手には  
嫌がるネコ娘を抱えている。  
 「けけけ・・・ハラ減ったか?一発ヤらせてくれたら飯食わせてやるぞ、ホンモノの  
姫さんとヤッて見てえもんだ」  
 酒臭い息に顔をしかめてマナはさらりと言う。  
 「わかったにゃ、じゃあココから出すにゃ、お前が檻に入ってきてもいいにゃあ」  
 グッと頭分を睨みかえすマナ。その目つきは少々の飢えではまだ死んでいない。  
蔑むようなマナの瞳の中には満々に殺意さえ満ちている。密かに怖気づく頭分。  
村娘をかき抱いて捨て台詞を吐く。  
 「ケッ、気の強い姫様だぜ・・・あとな、ウワサだが王城で盗賊10人が打首に  
なったそうだ。おれ達が王城にやったのも10人、まさかオレ達の仲間じゃないだろうが・・・」  
 いわくありげにマナを覗きこむ頭分。  
 『あのババァ、いきなり殺したにゃ・・・』  
 マナは心の中を激しく波立たせつつ、表情に出ないよう懸命に取り繕う。  
 「明日の夕刻までに誰も帰ってこなかったら・・・呪文を唱えられねえように舌を抜く、  
印を組めねえように指は切り落とす、そして死ぬまで休みなく犯してやる・・・全員でな・・・」  
 黄色い歯を剥き出しにして残虐に笑う頭分。マナは唇を噛む。  
 『こいつなら本当にやりかねないにゃ・・・』  
 と、ピンチに視線を泳がせると・・・その時、視界のカゲになにか引っ掛かった。  
うず高く積まれた貢物のカゲからズルズルと移動して行く何か・・・  
 マナは驚愕に目を見開く。  
 「にゃにゃっ!あれは! 病気ドレイ・・・」  
 「病気?あん?なんだぁ・・・」  
 後ろを向こうとする頭分にマナは大声で叫ぶ。  
 「びっ、病気にゃっ!! オナカが痛いにゃあ!! 」  
 と、わざとらしく腹を抱えるマナを見た頭分はせせら笑って言う。  
 
 「けっ、腹が減っただけだろうが・・・でもな、明日仲間が帰ってくるまで水一滴  
くれてやらねえ・・・おら、行くぞ!! 今日はお前が俺の相手をしろ!! 」  
 気が済んだのか、頭分は獣欲をたぎらせて、嫌がるネコ娘を引きずって兵舎に  
引っ張り込む。  
 マナは横目でさりげなく病気ドレイが城壁のカゲに入ったのを見てホッと息をつく。  
しかし、自分の残された運命を告げられてさすがにガックリしてしまう。でもやっぱり  
お腹は空いたままなのがひどく悲しい・・・  
 
 
 しばらくすると宴会も下火になる。広場の大きなかがり火もだいぶ火力を落され、  
半分以上はさらった娘を犯すため建物の中に引っ込んでいる。後は酔いつぶれて  
寝ている者としぶとく酒を流し込んでいる者が半々といったところ。ひっきりなしに  
運び込まれていた食料も今はポツリポツリとしか来ず、見張りもウトウトして  
持ち場からあまり動こうとしない。  
 『コト・・・』  
 マナの檻の横で物音。マナは待ってましたとばかりに格子に飛びつく。  
 「・・・お、おまえきゃ?・・・」  
 小さく囁くマナ。目を凝らせば暗がりにすっかり砂丘で瘡がカラカラに乾いてしまった  
病気ドレイが蹲っている。ドロドロの瘡が乾いて白っぽくなったせいで、蹲って  
いると本当に岩のように見えた。  
 「・・・・・・」  
 病気ドレイは砂まみれの腕をギクシャクと使って、ユナに買ってもらったカバンから、  
貢物からくすねたお盆のようなパンと水筒をマナに差し出す。その水筒とパンに  
マナは賎しくも礼も言うのも忘れ、奪い取るようにして喰らいつく。何よりも水分が  
ありがたかった。涙が出そうになって瞼を慌てて瞬かせる。マナは悲しかったり  
感激したりして、一度も泣いた事がないのが自慢なのだ。  
 食事を1分足らずで終えたマナは小声で病気ドレイに言う。  
「 喰ってから言うのもにゃんだけど・・・なんでついて来たにゃ、わたしは『もう自由に  
生きろ』って言ったにゃ・・・」  
 返事を期待せず、独り言のように言うマナだったが、病気ドレイからいきなり返事が  
返ってきて驚く。  
 
 「自由・・・だから、ついて来た・・・」  
 少しザラついているが、幼さの残る甘い声。声は小さいがしっかりとした意志を  
感じた。薄く笑ってマナは呟く。  
 「にゃふ・・・そうきゃ・・・じゃあわたしがもう帰れって言っても、言うこと聞かにゃいか・・・」  
 「・・・・・・」  
 こっくりとうなずく病気ドレイ。首関節の上から瘡が固まってしまったらしくブリキの  
おもちゃのようなギシギシとした動きになっている。  
 青い月光の下、うずくまるドレイに囚われの姫様の視線が絡む。  
 『コイツを殺したくにゃいにゃぁ・・・』  
 マナは痛烈に思う。親にも見捨てられた自分について来た・・・マナがゆっくりと言う。  
 「お願いがあるにゃ、明日の夕方にはわたしは処刑されてしまうにゃ、それまでに  
助けを呼んできてほしいにゃ・・・食べ物おいしかったにゃ、ありがとにゃ・・・」  
 マナは言う。今生のお別れの挨拶のつもりで・・・。  
 ほぼ一日と半分をかけて来た行程をこの病気ドレイが馬なし、しかも僅か1日で  
走破できるはずはない。ただ、マナはこの律儀な病気ドレイを一緒に殺したく  
なかったのだ。自分が処刑される時間には、この病気ドレイが安全な所に脱出して  
くれればいい・・・  
 「・・・コク・・・」  
 小さくうなずいたドレイはしっかりとマナを見つめた。瘡に被われた顔はマナに  
とっては決して醜くはない。逆に涼しげな瞳がマナを射抜くとマナの胸が不思議に  
熱く騒ぐ。暗くなかったら薄っすらとマナの頬が染まっていたのが判ったに違いない。  
 ドレイが言った。  
 「・・・必ず・・・もしあなたが助かれば、その時は・・・」  
 「その時は・・・何にゃ?」  
 マナが首を傾げ、聞きなおしたとき。本日おそらく最後になるであろう、村からの  
貢物が届いた。固く閉じられていた城門が『ゴゴゴ・・・』と開き、果物を積んだ大八車が  
ゆっくり入ってきた。  
 
 それを見た病気ドレイは何も言わずに立ち上がると、ギクシャクと広場を  
突っ切って無造作に今だけ開いている城門に向かって歩いて行く。  
 「こ、こらっ!? な、何考えてるにゃっ・・・」  
 あまりの大胆不敵な行動に小さく悲鳴を上げるマナ。しかし、ことごとく運は  
ドレイに味方をした。居眠りして寝返りをうつ盗賊の至近を通り過ぎ・・・夢中で  
話し込む盗賊の背後を気付かれずに歩み去る。まるで魔法が掛かったように  
ドレイは妨害なく広場を突っ切り、城門の手前まで到達した。  
 しかし、ついに城門を開けた盗賊二人に見つかる。異様な外見の病気ドレイが  
近づいてきて驚愕する盗賊。ちょっと見はゾンビにしか見えない。  
 「き、貴様っ・・・な、何者?・・・」  
 辛うじて声を掛けるが、無視したドレイはその目の前をゆっくり、堂々と通過して行く。  
さすがに外から入ってくる者を入れない訓練はしているが、堂々と出て行く者の  
対応は想定外の出来事なのだろう。門番の二人は、目の前を通過して行くドレイを  
フリーズしたまま見送ってしまう。後、5歩も歩けば城門の外。マナはギュッと手を  
合わせていつもは全く信じていないネコ女神様に奴隷の無事を祈る。だが、小さな  
幸運の積み重ねもここまでだった。  
 「うう・・・ションベン、ションベン・・・」  
 と、間の悪いことにトイレに兵舎から出てきたのは頭分。マナが慌てて注意を逸  
らそうと大声を上げる前に目ざとく城門前の病気ドレイを見つけた。今日までの道中で  
その姿を知っている頭分は驚くことなく指示を飛ばす。  
 「おいっ!! そこの出て行くヤツを止めろっ!! 」  
 城門前で凍り付いていた門番二人が弾かれたように病気ドレイに追いすがる。  
その肩に手を掛けようとした時だった・・・  
 「こら、待てよ・・・ぐはっ!! 」  
 「うわっ!! 」  
 いきなりドレイの背後で転倒する二人。落ちていたリンゴを踏みつけてしまって固い  
地面に背中から叩きつけられる。  
 
 「おっとすみません、こぼしちまいました・・・」  
 ニヤリと笑って言うのは大八車で果物を運んできた村人だった。手にはリンゴの  
入った麻袋。ちなみに病気ドレイを隠して場内に手引きしたのは彼だったりする。  
 
 かくして病気ドレイは城門のスキマから暗がりに消えた。頭分は舌打ちして言う。  
 「この場所がバレるのはまずいか・・・おいっ!! 誰か10人ばかしで追いかけて  
ブチ殺してこいや!! 舐めたマネをしやがって・・・」  
 と、トイレに行き、寝なおす頭分。病気ドレイのあのカラダでは遠くに逃げられないと  
油断していたのだ。このとき総出で追跡していれば、また運命が違っていたかも知れない・・・  
 
 ギクシャクとした足取りで城門を後にすれば、そこは青い月に照らされた砂の世界。  
昼間あれほど吹きすさんだ風は死んだように止まっていた。そして、ぼくはゆっくりと  
走り始める。何日も狭い檻に入れられたせいか走り方を忘れたみたいになって、  
ガクガクと体が上下に揺れる。だが、すぐに動きはなめらかになり、スムーズに体が  
動くようになった。  
 右足と左足が交互に、右手と左手は弾みを付けるように振るとぐんぐんとスピードが  
乗ってくる。  
 『ビシッ、ビシビシッ!! ・・・』  
 激しい動きに、すっかり乾いた瘡にヒビが入り始める。そしてボロボロと剥がれ落ちてきた。  
 始めは足首。瞬発力のありそうなきゅっと締まった足首があらわれる。  
 そして太もも。部活で日焼けしていた肌は月明かりの下でも判るほど真っ白に  
なっていてぼくをびっくりさせる。  
 そしてお腹。無理やりヒビに指をコジ入れてはぎ取る。ずっしりと重いお腹の分厚い  
瘡が取れると体が軽くなってもっと早く走れるようになった。ずいぶんとスマートに  
なって服代わりの布がストンと落ちるが、慌てて腰に巻きつけるようにして、日の  
あたらなかった生っ白い肌を隠す。  
 腕は勝手に瘡が砕けて後方に吹き飛ばされて行く。久しぶりの外気に触れた  
二の腕が少し痒い。  
 
 顔の瘡も手の平で叩くようにして取る。手で探ればちゃんと鼻はついていて、  
溶けていなくてホッとする。細いけれど、くっきり眉毛もそのまま。男のコにしては  
長い睫毛も残っていた。視界も良好で、吸う空気もおいしい感じ。ぼくは一気に  
加速する。  
 捕まえられたら殺されちゃうかもしれないのにぼくは走る。そして思う。それは、  
買ってもらった靴のために、首にかけたカバンのために、そしてあの奴隷商人に  
踏みにじられた魂を取り戻してくれた、あのお姫様のために・・・『絶対あのキレイな  
お姫様を助ける』って。  
 酷い姿のぼくを見て、唯一嫌悪せず、そして憐れまなかったネコ姫様。見ず  
知らずのぼくのために意地をはって大金を投げ出した人・・・絶対に助ける。たとえ  
このまま力尽きてもあの美しいネコ姫様を助けたい!!  
 『あのお姫様を助けられるのは、今ぼくしかいないんだ・・・』  
 ドキドキするような嬉しさと誇らしさ、不安がない交ぜになってぼくを襲う。これが  
きっと『トキメキ』ってやつだと思う。息を弾ませて走るぼく。  
 そのときはるか後方で気配がした。振り返れば城門から馬に乗った盗賊が10人  
ほど出てきて、ぼくを殺そうと追いかけて来る。ぼくは砂に足を取られつつ、さらに  
ペースを上げる。月に魔力があるのならば・・・ぼくに力をください・・・  
 「姫様・・・もしあなたが助かったら・・・その時ぼくを・・・」  
 小さく呟く、ぼくの魔法の呪文。解き放たれたように走り出す。もう月夜の砂漠の  
砂を踏みしめる音と息遣いの音だけしか聞こえない。  
 
 見世物だった醜い怪物は月光の下で美少年へと変わり、しなやかな半裸の体を  
砂漠に踊らせる。サナギから美しい蝶になったように・・・青い月の下、あのキレイな  
ネコ姫様を助けるために・・・  
 

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