王宮、謁見室。不本意ながら、玉座でのトラブルだったために王女預かり
となってしまったのだ。もはや穏便に済ます事が出来ず、火のように
言い争う二人の姫君。
「貴女の召使いが性悪なのが全ての原因ですわ!! 」
ミルフィ姫が足を踏み鳴らさんばかりに飛び跳ね、エキサイトして腰に
『ザン』と手を当てて言えば、一呼吸遅れて、『ブルン』と跳ね上がった胸が
落ちてきた。その後ろに控えているのは無表情のソラヤ。
「何を言うか・・・手クセの悪い第一王女どのの召使いをたしなめて
やっただけではないか」
せせら笑い、青い前髪をかきあげて優雅に言い放つエイディア。すらりと
した手足といい、アンニュイな雰囲気はスーパーモデルもかくやというもの。
前髪で隠れていた右目には黒のエナメルのアイパッチがつけてある。なんと
この姫様は隻眼なのだ。そのお館様の背後で炎のように第一王女主従を
睨みつけるのは忠実なる文緒。
そして一種触発の二人に防波堤のように真ん中に配置されているのは
黒髪のネコ姫。
「にゃふ・・・私は関係にゃいにゃあ・・・時間の無駄にゃあ・・・」
と、ポケットからプリンを取り出し、『パカン』と開けて、スプーンがないので
恥かしい音を立てて『ずずず・・・』と口で吸っていく、空になったので謁見室の
床にカップを躊躇わず『カラン』と投げ捨てる。
「あわわ・・・ご主人様っ!」
よろよろと慌ててそれを拾うのはマナの召使い・・・まだ、目の縁の青アザは
取れてない。
そんな三組の姫君の主従をつまらなそうに見下ろしているのは
玉座のフローラ。マナを挟んで繰り広げられる二人の不毛な争いを
聞き流しつつ、玉座の肘掛をトントンと指で叩いている・・・すっと
立ち上がり後ろに控えている妹に振り返らず言う。
「そうだな、時間の無駄だな・・・喧嘩両成敗というではないか・・・
ミルフィとエイディアの召使いの右手を切り落とせ・・・」
無造作に言うと、そのまま退席しようと踵を返すが・・・
「母上ッ!それはあんまりですっ!」
「女王よ・・・お、お待ちあれっ!」
耳とシッポをビリビリと逆立てながら慌てて二人のネコ姫が
フローラを追いかけようとする。その背後の召使い達は顔色を紙の
ように白くしてる・・・いやソラヤだけは表情一つ変えていないが・・・
「ほう・・・」
あっさりと玉座に戻るフローラ。何の気はなしに言った言葉だが、
沈着冷静なミルフィや一段高みから物事を見下ろすエイディア達が
うろたえている様子はフローラにとってなかなか興味深かったからだ。
ちなみに、決定的だったのは、あのいつもはたわけた態度のマナ
までが、鉛を飲んだような表情で、そっとフローラの視線から召使いを
庇うように立ち位置を移動したのが実に良い・・・
『ほほう・・・あのようなすぐ老いる生き物を愛玩し、執着する気持ちが
フローラには判らぬな・・・しかし、あのもの達の慌てようは見物だ・・・ふふふ・・・』
思わず前に出たせいで、二人を隔てるものがなくなったミルフィと
エイディアは本当に掴みかかる寸前まで行きそうだ。そんな修羅場を
気にせずに物思いにふけるフローラ。
『ふむ・・・実験動物以外のヒト・・・手に入れてみるか・・・』
薄く唇をゆがめ、伏せた目をそっと開けて3人の召使いを見る。今から
教育するのは面倒くさい、どうせなら今ココにいるネコ姫から取り上げて
しまおうと思ったのだ。
『ふむ・・・ソラヤにするか・・・』
歳は10歳ほどか・・・その忠誠心と掛け値無しの美少年のため、今、
シュバルツカッツェ城で一番のヒト召使いと言われている。跪き、
表情一つ変えないソラヤ・・・しかし、一目で興味がなさそうに視線を外す。
『・・・召使い、と言ってもミルフィの召使い・・・と言った方が良さそうだな・・・
新たに慣れさせるのに時間が掛かりそうだ・・・』
あっさりと逆の方を見れば、腕を落とされそうになり、自分の腕を抱き
しめるようにし、青くなってかしこまる文緒。
『ふむ・・・エイディアが大金をはたいただけあってなかなかのものだ・・・』
しなやかに伸びた手足を見つめてフローラは小さく頷く。19歳になった
文緒の青年の面影の中に微妙に残った少年の甘さがアクセントとなって
フローラをそそらせたが、長袖から覗く手首のみみず腫れを目ざとく
発見してしまう。
『ふむ・・・文句はないが、ヘンなクセを憶えているらしいな・・・フフ・・・
エイディアらしいが・・・』
小さく笑って最後に視線はマナの召使いに・・・目の前はミルフィとエイディアが
もみ合っていて良く判らない・・・その時だった。もみ合う二人の後ろから声。
「こらっ!じっとしてるにゃっ!! 」
慌てるマナの声。そしてミルフィとエイディアの間に割って入るように
飛び出したのはマナの召使い。緊張で顔が青ざめていて・・・
「あ、あのっ・・・じ、女王様っ・・・」
『ほう・・・容姿は他の2人とは2枚も3枚も落ちるかな・・・?』
などと無遠慮なコトを考えるフローラだが、マナの召使も捨てたもの
ではなく、比較の対象の相手に対する分が悪すぎるだけ。
「なにかな?」
肘掛に乗せた手に軽く顎を乗せたまま、なにか面白い見世物でも見るように
問うフローラ。逆の手を小さく上げて、『無礼者!』と叫ぼうとした妹達の
機先を制して黙らせる。
『ふふ・・・あのマナの召使いか・・・マナが初めて性技を教えこむ時に
医学の講義から始めたと言うが・・・』
不器用に医学を講義する二人の主従を想像しつつ、続きを促す
フローラ。マナの召使いは何度も唾を飲み込んで必死の表情で叫ぶ。
「あ、あのっ・・・ぼくが勝手に転んで、そしたら二人がケンカに
なっちゃって・・・文緒君もソラヤ君も悪くないんですっ!ぼ、ぼくが・・・
代わりにっ・・・もがっ!・・・」
「にゃ、にゃに言ってるにゃ!お前は黙ってるにゃ、代わりにお前が
両腕斬られたらどうするにゃっ・・・」
小声で叫び、召使いの口を押さえるマナ。
「ほう・・・」
すっと立ち上がるフローラ。真ん中に集まった3人のネコ姫がビクンと
不安一杯にフローラを見上げる。
『決めた・・・これにしよう・・・』
マナの召使いを見るその笑みは禍禍しく、そして蕩けるように・・・
「その気持ち、良く判った・・・」
エイディアとミルフィが飛び退くほど、一気にマナに魔力が収束し
始める。フローラの妹たちもすかさず二人がかりでフローラの前に
防御結界を発動させるが・・・
「・・・その気持ちに免じて不問にしよう・・・エイディアもミルフィも下がれ・・・
フフ・・・感心なマナの召使いには褒美をくれてやろう・・・」
あまりにも『血塗れフローラ』にしては寛大な言葉に、逆にあっけに
取られる姫様達。しかし、女王の気分が変わらないうちにと、それぞれ自分の
召使いを引張って、マナに『貸しをつくったと思うなよ』とか、
『礼をいいますわ・・・あなたでなく、マナの召使い君に』とか捨て台詞を吐いて、
五体満足の召使いと共にほうほうのていで自室にかえる。
からかうように『おととい来やがれにゃあ』なんて舌を出して見送ったマナ。
振り返りながら言う。
「にゃふ・・・褒美はたくさんあっても困らなくて、かさばらないものが
良いにゃあ・・・」
などと両目をセパタマークに輝かせて、あつかましいおねだりをするが・・・
「この、最近手に入れた、お前の世界の『こみっく』なるものを
取らせよう・・・」
「わっ!ありがとうございますっ!ぼく、富士鷹ジュビロの
からぶりサーカス大好きなんです〜!」
と漫画週刊誌を1冊、抱きしめるように貰ってる召使いがすでにいて・・・
「にゃあっ・・・もっと、カネになるもの貰えにゃ・・・」
がっくりと膝をつくマナ。もちろん気がつかなかった・・・マナが
振り返っているときにフローラがそっと一枚の紙片を週刊誌に
忍ばせたことを・・・
全ての姫君が玉座の間から去った・・・
フローラは今度こそ本当に退席する。立ち上がり、背後の壁際に
立っていた自分の二人の妹にすれ違うときに言った。
「今夜、マナの召使いが来る、必ずだ。・・・そうだな、礼拝室に
もてなしの用意を・・・念入りにな・・・全てのシリンジに2単位づつ
用意しておけ。ふふ・・・娘達を夢中にさせる味を摘んでみるのもまた・・・」
久しぶりの後継ぎを成す・・・というコトをそっくりなくした快楽のため
だけの行為の予感に、口の端をキュッと吊り上げて囁くように
一人ごちるフローラ。その顔を見ないかのようにフローラの妹のイーリスと
セレーネは深く、深く、頭を下げた・・・
(つづく・・・)