ネコの国、シュバルツカッツェ城は皆平等にお昼時。ぼくは部屋の掃除をしたり、  
お鍋をかき回したりで忙しい。ちなみにご主人様の私室兼、寝室兼、実験室の掃除は  
あんまりキッチリ掃除すると、『ちゃんと置いてる場所を把握してたのに勝手に  
棚に戻すにゃーっ!! 』とか『無断でわたしの『美少年通信』をちり紙交換に  
出すにゃーっ!! 』とかいろいろとうるさくて面倒なので掃除には細心の神経を  
払わなくてはならない。  
 とりあえず掃除にキリをつけてキッチンの寸胴の前に復帰する。3日間ご主人様の  
つまみ食いから奇跡的に免れたビーフストロガノフがいい匂いの泡をゆったりと  
弾けさせている。  
 ちょっと味見をして、思わず我ながら感激・・・  
 「上出来・・・肉は安物だけど、山猫亭直伝のドミグラスソースはかなりいい感じ・・・  
早くご主人様、帰ってこないかな〜」  
 と鼻歌混じりに大しゃもじをかき回すぼく。そのときチャイムが『ポーン』と鳴った。  
ちなみに『ピンポーン』じゃないのはご主人様が朝寝坊して、ユナ様とリナ様に  
起された時、連打されるチャイムに逆ギレして、目覚ましを投げつけてチャイムの  
鉄琴を一枚壊したからだ。  
 「あっ、来たっ!! 」  
 手をすすぎ、エプロンで拭きながら玄関へ。  
 「は〜い、開けますよ〜」  
 とびきりの笑顔でドアを開けるぼく・・・。しかし、昼休みという事はここに来るのは  
お姫様であるご主人様だけでなくて・・・。そう、このドアを開けたのがぼくの不幸の始まり・・・  
 
 
 「ほ〜、今日はビーフシチュー・・・いやビーフストロガノフでっか?いいでんな〜  
あの『山猫亭』がポシャってから本物のデミグラスソースにお目にかかったこと  
ないんですわ〜」  
 「ご主人様たちの分しかありませんのであしからず。借金取りさん・・・はい白湯」  
 ぼくはペラペラと喋る黒服の借金取りの前にお盆にのせた湯のみを置く。湯飲みには  
どこの寿司屋からくすねてきたのか青地に白抜きで『48の殺人技』の名前が書かれている。  
 「なあに、話しつきましたらすぐに帰りますよってに・・・なぁ?」  
 と、隣のネコに顎をしゃくる。すると隣の妖艶な女性が柔らかく頷いて言う。  
 「ええ、あのマナ姫と直にお会いできるなんて・・・愉しみ・・・うふ」  
 
 ぼくは首をかしげる。借金取りの相棒の二人組には全然見えなかったからだ。  
二人の服装、雰囲気どれをとっても天地ほど違う。  
 かたや、すらりとしたスレンダーな体にきっちりとしたブラックスーツをまとうのは  
いつもの借金取りの女ネコ。くすんだ灰色の髪をワックスで荒っぽく散らし灰色の耳の間に  
黒いソフト帽をのせている。そしてその借金取りが顎をしゃくったのは今回初対面の  
借金取りより10倍は色っぽい女のネコ。  
 茶色のロングヘアに、肉感的な体をつつむドレス。ドレスのデザインはこの城の  
お姫様よりも垢抜けてはいないが、胸繰りの空いた襟口や、クッキリとしたルージュの  
使い方といい、昼間よりも夜中の歓楽街の住人といったところ。一歩間違えれば商売女に  
間違えられそうなほど色気過多の女性である。  
 「借金取りさん、この方は・・・」  
 なるべくこれでもかと強調している胸の谷間から目をそらしつつ、一脚しかない白磁の  
ティーカップにハーブティを入れて勧めるぼく。すると対応の差に不本意そうな表情の  
借金取りが何故か意味もなく口ごもりながら紹介した。  
 「あ、ああ・・・コイツはウチのアダ・・・い、いや・・・し、商品販売部門の責任者や・・・今回の  
取引はあんさんの姫様が6ヶ月も滞納した挙句、『物納』って言いよるんで連れて来たわけや!! 」  
 「うふふ、『責任者』だなんて・・・『店長』でけっこうよ・・・」  
 フワリとぼくに手を出す。  
 「は、はいっ・・・あわわっ!? 」  
 反射的に手を握ってしまうぼくだが、その手はしっとりと柔らかくぼくの手を捕え、細く長い指が  
ぼくの指の股をネットリとくすぐる。思わず声が出そうになって慌てて引っ込めた。そんなぼくを  
上目ずかいに薄っすらと微笑みながら流し目でぼくを見る店長さん・・・この人もどうやら別の  
ベクトルで一筋縄ではいかないネコみたい・・・。握られた方の手をお盆に隠しながらぼくは妖しい  
空気を換えようとしゃべる。  
 「でも滞納なんて・・・そんなに無駄使いしてない・・・いや、させてないと思ったのに・・・」  
 首をひねるぼく。しかしその答えはソファの人物達からではなく廊下からやってきた。  
 
 いきなりバタバタと足音。いきなりチャイムも鳴らさずに飛び込んできたのは  
ご主人様。  
 「にゃは――っ!! 猫マテ(猫井マテリアル)に品物取りに言って遅くなったにゃ〜っ」  
 「あ、あっ・・・ご主人様!! 」  
 事態の報告をする前に、ハイなご主人様は一方的にしゃべりまくる。  
 「にゃにゃ、リナ!! 商品のダンボールはここに置くにゃ。ユナは小切手用の  
キーパンチャー、忘れずに持ってきたきゃ?」  
 あとから出てきたのは妹二人。背の高い赤毛のリナ様は重そうなダンボールを  
軽々と3つも重ねて持っている。でも前が見えないので少し足元がおぼつかない。  
 ツインテールの末妹のユナ様は力仕事は次女の仕事とばかり姉を手伝う事もなく  
巾着袋から小切手帳やら、そろばんやらを取り出してソファにさっさと座っている。  
 一段落してぼくはご主人様に急いで言う。  
 「ご、ご主人様っ!! あ、あの借金取りの人が『物納』って、ちゃんと借金、返済して  
ますよねっ!? おかしいですよねっ・・・?」  
 イヤな予感がうすうすしつつも、半泣きで訴えるぼくだがその予感は的中・・・  
 「にゃふ、もうチマチマと20年ローンなんて真っ平にゃあ、今までの半年分の返済を  
全部使って発明品を作ったんにゃあ・・・」  
 バンバンと応接テーブルの横の床に置いたダンボールを自信満々に叩きながらぼくを  
見上げるご主人様。予想通りその顔の表情には悪気のカケラさえ見えない・・・いつもそうなんだ・・・  
 「これで一気に借金返済にゃあ!! お前も喜べにゃ!! 」  
 「うっ、うっうっ・・・」  
 
 「にゃふ・・・?歓喜の涙はまだ早いにゃ・・・にゃにゃ!? 」  
 「ち〜が〜い〜ま〜す〜!! 呆れてモノも言えない涙です〜!! だいたいぼくに内緒で  
勝手なことしてっ!! だいたいご主人様の発明品でお金になったどころか、無事に済んだ  
事だって滅多にないじゃないですか――っ!! 借金なんてコツコツ返すしかないんです〜!! 」  
 と、ご主人様の黒色の耳を指で摘んで持ち上げると、その耳の中に一気に文句を  
叩きつけるぼく。ご主人様はくわんくわんしてる。やっぱり化粧料の振り込まれる通帳は  
ぼくが預かっておくしかないと固く誓うのであった・・・  
 
 「・・・というわけで、多少のゴタゴタはあるものの商談を始めるにゃ・・・にゃふ、  
まだ耳がキンキンするにゃ・・・」  
 一つのコップにストローが三本ささった水道水を前にポンポンと頭を叩きながら  
言うご主人様。コップのビール会社のマークが侘しい・・・。ご主人様の両隣には  
妹二人。ちょっと離れたところにふくれっ面のぼくが立っている。  
 「さて、肝心の品物を拝見したいですわ・・・」  
 店長さんが言うとご主人様はリナ様に言えばいいのに、いそいそと体を伸ばして  
ダンボールをべリべりと破り開けた。中には目の痛くなるようなピンクと黒のストライプ柄の  
小箱がぎっしり詰まってる。おもむろに一個取り出してテーブルに置いた。  
 「これにゃっ!! 名づけて『腰ふりよがり姫『まな』イケナイ12歳(仮)』にゃっ!! 」  
 なんか猛烈にイヤな予感がしてきた・・・  
 「拝見しますわ・・・」  
 手に取る店長。なぜか逆に借金取りは顔を赤らめて足を組みソッポを向いている。  
 
 『・・・・・・・・・』  
 センスのない小箱を開けて店長が取り出したのはヘンな物体。円筒形のブヨッとした  
質量を持っており、材質が透明なせいで細工がのっぺりとした表面よりも内部にあるのが  
薄っすらとわかる。  
 店長はご主人様の発明品なのに恐れもせずにそれを手に取ると、押したり、ぶにゅりと  
引っ張ったり、片方に穴が開いるらしく、そこから目を当てて覗き込んだりしてる。  
 「なかなか・・・今までにない感触ですね・・・特有のイヤな匂いもしませんし、本物に  
かなり近いかと・・・」  
 「にゃん、にゃ――んっ!! ちゃーんとわたしが方術合成した会心の作にゃあ。  
コロイド半透膜を使ってるから吸い付くような柔らかさと反発力を併せ持ってるにゃ・・・」  
 いいながら『商談を開始せよ!』とばかりにドムドムと肘でユナ様をつつくご主人様。  
 「・・・ご、ゴホン・・・とりあえずダンボール1グロス360セパタですの。初回は3箱  
1080セパタのところ1000セパタですの・・・後は一ヶ月毎に1グロスの出荷を2年・・・  
合計9640セパタですの――っ」  
 そろばんをバチバチと弾いてみせるユナ様。なかなか堂に入ってる。  
 
 いきなり『半年分の返済金で開発』といっておきながら吹っかけたものだが、  
店長は顔色も変えずに言う。  
 「値段が張りますね。商いは水物・・・品物は良くても実際、売れるかどうかは  
なかなか判りません・・・1ダースを引き取らせて戴いて、1ヶ月ほどモニターした  
後ではいかが?」  
 至極まっとうな意見である。ぼくだってこんな良く判らない石油化学製品っぽい  
ナマコに対し、円に直して約2000万円の契約をいきなり結びたくない・・・  
 「にゃっ!? じ、じゃあ継続契約は省いて、今ここにある3箱・・・1000セパタ分でも  
いいにゃよ・・・」  
 いきなり弱気なご主人様。代わりに元気になったのは借金取り。水を得た魚のように  
ソファから立ち上がるとぼくの手首を掴んで言う。  
 「待ちに待たせてもらった6か月分の返済、出来なかったら・・・」  
 スーツの内懐からパラリと取り出す契約書。どうやら無利子で返済を6ヶ月待ってもらう  
契約書らしい。黒々とご主人様のサインの書いてあるそれを3人のネコ姫様に突きつける。  
 「違約事項の通り、召使が代わりに働いて返して貰いまひょか」  
 「ええ〜っ!! そ、そんな勝手ですっ、ぼく何も知りませんっ!! 」  
 抗うぼくに、借金取りは言い聞かせるように言う。  
 「ええやないか、1ヶ月でいいんや・・・そしたら6か月分の返済、チャラになるんやで・・・  
な、やんごとなきお方のところで1ヶ月召使するだけでいいんや・・・」  
 「にゃ!! そうにゃのか!! それにゃら2ヶ月ぐらい・・・ぐばぁ!? 」  
 「姉上っ!! 」  
 「マナ姉っ!! 」  
 喜色満面のご主人様。同時に左右の妹達からボディブローを喰らう。ちなみに運悪く  
右に位置していたリナ様のパンチはモロに肝臓に入ったらしくグロッキーのご主人様。  
ぼくは懸命に借金取りの手を引き剥がそうとしながら叫ぶ。  
 「イヤですっ!! ご主人様と一ヶ月も離れるなんてイヤですっ!! ぼくのご主人様は  
一人だけなんですっ!! ぐしゅ・・・ご主人様あっ・・・」  
 半べそで視線を見やるとばつが悪そうにほっぺを掻きながら立ち上がるご主人様。  
 「にゃ、にゃ・・・借金取り、わたしの召使からその手を離にゃすにゃ・・・」  
 この世界に悪名を轟かすご主人様の一言で借金取りはぼくの手をビビリながら  
がっちりと掴んでいた手をあっさりと離した。  
 
 「ご主人様・・・」  
 ご主人様は妹たちに小銭は借りても、なぜか借金まで世話にならない。これはぼくも  
他の姉妹も尊敬する最大の美徳だと思う。腕をさすりながら惚れ惚れとご主人様を  
見つめるぼく。でもご主人様はぼくと目を合わせようともしてくれず下を向いていて・・・  
 「姉上・・・なぜニヤニヤ・・・ぐあっ!! 」  
 「マナ姉、照れてるですの――っ!! ・・・ひんっ!! 」  
 マナは両方の妹に同時に裏拳をぶち込んでからおもむろに店長に言った。  
 「『プッシーキャッツ』の店長・・・ものは相談にゃ、一ヶ月のモニターを今すぐやるのは  
どうかにゃ?」  
 思わせぶりに色気過多な店長を見るご主人様。なぜかネットリとぼくを見る店長。  
 「ええ・・・いいですわ、来たかいがありましたわ・・・」  
 チロリ、と紅い舌が唇を這う様子に思わず後ずさるぼく。  
 
 さらにイヤな予感は膨らんで・・・。でも、『プッシーキャッツ』ってどっかで聞いた店名の  
ような・・・たしか『山猫亭』でバイトしていたとき・・・裏通りに・・・  
 などと取りとめのないコトを考えていると肩を叩かれた。  
 「へっ?」  
 目の前にイヤに嬉しそうなリナ様とユナ様。  
 「ささ、こっちへ来るですの――っ!! 」  
 「モニター、がんばるのだぞ、姉上の借金が君にかかっている・・・」  
 「モ、モニターなんてぼくにはさっぱり・・・」  
 トンと押されてソファのテーブルの前に押し出されると不意に背後からリナ様とユナ様の  
爪がぼくに襲い掛かった。  
 
 『ビリビリビリッ!! 』  
 
 「ひゃあああっ!! な、なんでっ、どうしてっ!? 」  
 爪はぼくの皮一枚傷つけることなく着ていた服をウエスの集合体にしてしまう。慌てて  
全裸に限りなく近くなった体を腕で覆い隠ししゃがみ込みながら、舞い散る布片の中で思った。  
 
 『ご主人様の発明なんて、発明なんて・・・だいっきらいだ――っ!!!!!!』  
 
 
     つづく・・・  

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