-サンタが町にやって来た(Moe Santa MIX)ー  
 
クリスマスは12月の25日だ。  
ならその前日はなにか?もちろん、クリスマスイヴだ。それぐらい知っている。  
どうしてだか知らないが、イヴってのは、「恋人達の夜」ということになっている。それも知っている。  
……まあ、今の俺にはさして関係のある日じゃないんだけど。  
彼女とその日を過ごした事がないわけではないが、最後に彼女がいたのは……もう五年くらい前だ。  
二十歳になって、そういった話にはすっかり無縁になっていた。  
今年も、そうだと思っていた。だけど――――――。  
 
 
12月の22日。  
町がすっかりクリスマス一色に染まっている中、俺は普段となんら変わりない日常を過ごしていた。  
大学の同期の奴等が「クリスマスを呪う会」を結成したそうだが、しったこっちゃない。  
むしろ、嫌いな奴も好きな奴もそうでない奴も、なんでそんなに躍起になるのかが不思議だ。  
別に、なんか変化があるわけでもなしに、自分がキリスト教徒なわけでもない。  
だのに、人々は口々に「メリークリスマス」と言い、歌い、飲み、食べ、盛り上がる。  
それが不思議でならなかった。  
なにかにつけて群れたがる人間の性ってやつなのかねえ……と哲学的になってきた、昼下がり。  
それは、まさに突然だった。  
ていうか、誰も予想できるはずのないことだった。  
一階のリビングでぼおっとしていた俺の耳に、突然轟音が響いて来たのだ。  
正確に言えば、ガラスが割れる音と、何かが豪快に床に落ちる音。  
「うおお!?なんだなんだ!?」  
頭上からの轟音に、訳も分からず驚く俺。  
とりあえず原因を確かめねばと思い、二階の、音がしたと思しき自室の扉に手をかける。  
念の為、臨戦態勢で。  
と。  
「……たた……」  
人の声が扉の中からした。  
その瞬間に俺の緊張は最大限となり、第一級戦闘態勢を取っていた。  
そして、勢いよく、扉を開けた!  
 
扉が完全に開くと同時に中に駆け込み、身構える。  
「そこにいるのは誰だ!!」  
力の限り叫び、相手を牽制した………はずだったんだけど。  
「あ、あいたたたぁ……」  
目の前からする、間の抜けた、女性の声。  
そう、声の主は女性なのである。  
「お、女?」  
女というよりむしろ、女の子。  
声だけで判断すれば、16、7。  
たいして部屋が汚れていたわけでもないのにたちこめている土煙の中に写る幽かな影に、目を凝らす。  
しかしそうしているうちに、たちこめていた土煙が薄くなっていき、影が、ぼんやりと線を帯びてきた。  
「いたいよぉ……んん?」  
向こうがようやくこちらに気づく。  
そしてはっきりと見えたその姿は……。  
「あ、えっと……メリー、クリスマース」  
背中まで伸びた銀の髪と、その頭にのっかっている、サイズの大きい、赤い三角帽子。  
頂上と下の辺りに白い綿のような素材が使われていて、どことなく暖かそうだ。  
頂上の方は、簡単にいえばぽんぽんしている。丸い綿のようなものがくっついていた。  
着ている服も同様で、下はミニスカート、上は……形容しづらい服だ。  
袖と首筋(といってもかなり広がっているが)にやはり白いふわふわしたものがついていて、胸元には  
ボタンのように白いぽんぽんがついている。  
ミニスカートの裾のところにも、ついている。  
履いていた靴も赤く、やはり白いものが。  
そう、まさに……サンタのような。それも、絵に描いたような萌え系の。  
んで、それを身につけている当人が、のほほんとした笑みを浮かべながら、メリークリスマスなどと抜かしている。  
これに度肝を抜かされない人間がいるだろうか。いやいない(反語)。  
「あの、もしもーし?」  
いつのまにかその女の子の顔が眼前にあった。  
赤い服に似合わない、白い肌が、ほんのりとだが赤くなっている。  
鼻先がつこうかという距離に、その顔があった。  
 
「う、うわっ」  
さらに突然の出来事……それもあまり慣れていない事に、思わず後ずさる。  
「? どうしたの?」  
対する女の子は、何も疑問に思っていないようだ。  
「き、君は……誰?」  
声と風貌から年下である事を確信し、俺はあらためて疑問を投げかけた。  
やはり女の子の背後の窓が割られていて、そこにあったのは……そり!?  
ごていねいに、トナカイまで繋がれているではないか。  
女の子は俺の問いに、にこりと微笑んだ。  
「私は、サンタ見習いの、リナでーすっ!」  
「……は?」  
得意げに片手を上げて言ってのけた女の子……リナに、間の抜けた声を返してしまう。  
いくら姿形がにているとはいえ、いきなりそんなことを言われても……。  
「むー、信じてないでしょ」  
リナがふくれっ面になった。  
「いいわ、信じさせてあげる。あなたが今欲しいものを言ってみて」  
「え……なんだろう……特にないよ」  
突然の質問である。しかしすでに彼女のペースに巻き込まれている俺は、いつのまにか答えていた。  
「そう?それじゃあ……好きな花とかない?」  
別にそんなものないので、適当に思い付いたものを言う事にした。  
「クチナシ……とか?」  
「よーし、………………、えいっ!」  
何か唇を動かさないまま唱えて、大袈裟に指を振り上げたと思うと、一気にそれを何もない場所へおろした。  
 
……と。  
 
ぽんっ、というファンシーな音と煙がなにもないはずの場所に起きて、いつのまにか、一輪のクチナシがそこにあった。  
「……」  
「ふふん、どう?」  
得意げにいうリナ。  
 
「すっ……すげええええ!!」  
素直に驚く俺。  
「ふふーん、どう?信じる気になった?」  
またまた得意げに、鼻高々になりながらリナが言った。  
「こいつぁマジックとかそういうレベルじゃねえな。よっしゃ、信じる」  
どんなに不思議な事でも、目の前で起きたらそれを信じろ。  
死んだじいちゃんの遺言であった。もちろん嘘。  
「な、なんだか……あっけなくない?」  
どこか残念そうな、そしてどこか呆れたような表情で、リナが呟いた。  
「どういう意味さ?」  
「もっとこう、お前の身体を調べてやるー、とかいって襲い掛かるとか、嘘ついて襲い掛かるとか」  
「襲い掛かるしかないじゃん」  
「う……」  
リナが閉口してしまった。  
しかしともあれ、だ。窓を破られて侵入されたのには困った。まず、このガラスをなんとかしないと……。  
「えーっと、ホウキホウキ……、あ、危ないから動かないでね」  
俺が忠告すると、リナが一瞬きょとんとした顔をしてから、すぐににやりとした。  
待ってましたと言わんばかりの顔だ。  
「これを片づけたいのね?」  
足元のガラスを指差す。  
「ついでに窓も直って欲しいけど」  
俺がそう言った瞬間、リナがまた「ふふーん」と鼻をならした。  
「………………、えいっ!」  
さっきと同じく唇を動かさずに何かを唱えたかと思うと、また人差し指をガラスと窓へ向けた。  
その途端に、ガラスがふわりと浮きあがり、窓へと飛んでいくではないか。  
そしてその欠片全てが合わさり、まるで最初から壊れていなかったかのように、元どおりになった。  
「うわー……」  
目をキラキラさせてしまう俺。  
「どう?すごいでしょー」  
「すげえ!すげえよ!」  
 
それからしばらくしての、一階のリビング。  
リナが椅子に座っていて、その前にあるテーブルに、俺は煎れたコーヒーを置いた。  
「……んで?どうしてサンタもどきさんが俺の家に?」  
俺もその向かいに座り、コーヒーを一口飲んだ。  
「もどきじゃなくて、見習いよ!……説明すると長くなるけど、いい?」  
どうぞ、と答えながら、もう一度口に運ぶ。  
「えっと……本来、サンタっていうのは、私たち見習いや先輩が、クリスマスに、子供たちにプレゼントを届けるの」  
「まあ、それがサンタの役割だからね」  
「でも、プレゼントを受け取れるのは、何も子供だけじゃないのよ」  
「へえ」  
「何かを欲しいと、心の底から願っている、心の清い人にも、私たちはプレゼントをあげてるの」  
つまり、俺の心が清い、とでもいうのだろうか。  
コーヒーをテーブルにおいて、リナに視線を移した。  
「んで?俺にプレゼントを渡すために、君がきたと」  
リナが、うーん、と首を傾げた。  
「半分正解、かな。本来私たちがプレゼントを渡すのは、クリスマスの日だけだもの」  
「んじゃなんで、突然窓から侵入してきたのさ」  
「えへへ、秘密ー」  
にこにこ嬉しそうに微笑みながら、リナが子供のように言った。  
「なんだそりゃ」  
「だからー、クリスマスの日まで、あなたの元にいることにしました」  
「へ?」  
あまりに突然の言葉に、口に運ぼうとしていたコーヒーを落としかけた。  
「残り二日、お世話になりますね?」  
「……決定事項ですか?」  
上目遣いで言ってきたリナに聞き返す。  
「うん」  
当然の如く首を縦に振ったリナに、俺は、嬉しいような困ったような、良く分からない気持ちを抱いていた。  
 
こうして、サンタ見習いリナと俺の奇妙な生活が、始まったのである。  
 
 
いくら奇妙な生活が始まるとはいえ、たった二日の間だけ。さして変わりはないと思っていたんだけど。  
サンタ見習いを名乗る少女リナとの共同生活は、かなり波乱に満ちていた。  
何より、男女一組が一つ屋根の下に暮らすという事自体、中々ない事なのである。  
やはり男と女で踏み入ってはいけない領域というものがある。ましてや、すぐ会ったばかりの男女。  
通常よりそれに気を付けねばならないのは普通である。  
しかし、リナは、彼女は、まったくそれを気にしていないようだった。  
というよりもむしろ、まるで、俺の事を昔から知っているような口振りまでしたのである。  
そこに、俺は不思議な感覚を覚えていた。  
一日目のドタバタが過ぎて眠りについた時、俺は不思議な夢を見た。  
 
幼い少年が立っている。  
少年のすぐそばの柵に、幼い女の子が座っている。  
少年も、少女も、その顔を見つめようとすればするほど、それがぼやけ、誰なのか分からなくなる。  
ただ漠然と、何を思うのか、どういう表情をしているのかは分かった。  
雪が降るなか、少女は寂しそうな表情で、少年は人懐っこい微笑みを浮かべていた。  
少年が何かを言う。その声は聞こえない。  
少女は最初黙っていたが、少年が何かを言う度に、次第に打ち解けていった。  
少女も微笑みを浮かべ、少女自身も、口を開くようになった。  
俺はそれを見ている。  
見ていてなぜかものすごく懐かしくて、そしてなぜか、悲しかった。  
 
人が目覚めると夢は大概忘れてしまうものだが、この夢は、俺の脳に鮮烈に残っていた。  
そう、まるで、俺に何かを訴えかけるかのように。  
リナに対する不思議な感覚がさらに強まったのも、二日目からだった。  
リナが不思議な言動をする度に、何か、心を締め付けられるような感覚を覚える。  
もどかしい……むず痒い、そんな感覚。  
さらには、会った事もないはずのこの少女に対し俺は―――――懐かしさまで覚えていた。  
 
「明日はクリスマス・イヴですねー」  
食事を終えて椅子に腰掛けていると、唐突にリナが呟いた。  
「ん?そうだな」  
頬杖を突いて遠くを見たまま、俺が返す。  
と、何気ない会話で終わるはずだったのだが……。  
「そういえば、リナはクリスマスの日までここにいるつもりなんだよな?」  
うん、とリナが頷いた。  
「んじゃあ、明日でお別れ?」  
「んー……秘密」  
リナは、人差し指を唇の下に当てて考えてから、そう答えた。  
「秘密って……まあいいや」  
今までに何度か、彼女の核心に迫るような―――たとえばなぜここに来たのか―――などを聞いても  
こう返されるか、はぐらかされるかのどちらかだった。  
相手に答える気がないなら、深く聞く事はあまりしようとは思わなかった。  
「それじゃあさ、幸人は、クリスマスに予定とかないの?」  
こいつは、俺の事を呼ぶ時、俺の下の名前で呼び捨てにしてくる。  
ほぼ初対面であるくせに、人を呼び捨てにするこいつが、どうも気に入らなかった、というわけではなく。  
そんなものは気にならなかった。むしろ、そう呼ばれた時に、あの不思議な感覚がするのが気になった。  
「いや、特にないけど……なんで?」  
視線をリナに向けながら、聞き返す。  
「えへへ〜、秘密〜」  
「はぁ……そうですか」  
いつものように微笑みながら秘密にするリナに、俺は溜め息をついた。  
考えてみれば、俺はこの少女の事を、あまり知っていない。  
あえてあげるなら、リナという名前、サンタ見習いであること。  
それと、不思議な力を持っている事、そして……人間ではないこと。  
いずれも彼女自身が言ったことであり、俺が彼女から聞き出せた情報は皆無である。  
普通ならそんな人は家に泊めるなんてしないもんだ。だが、そこは疑問に思わなかった。  
俺は、自分自身が、彼女にそばにいてほしいと望んでいるのには、気づいていなかった。  
 
 
その日、また夢を見た。  
昨日と同じ、少年と少女の夢。  
 
少年が立っている。  
その隣に、少女が立っている。  
雪が降り積もるなか、少年が言った。  
「ねえ、きみのなまえって、なに?」  
今度は、それを聞き取ることが出来た。  
やはり顔はよく見えなかったが、昨日と同じで、人懐っこい笑みを浮かべているのが分かる。  
少女が、口を開いた。  
「なまえ、ないの」  
どこかで聞いたことのあるような、幼い声。  
少女が言うと、少年が優しく微笑んだ。  
「それじゃあ、ぼくがなまえをあげる」  
俯いていた少女が、驚いたように顔を上げた。  
「ほんとうに?」  
嬉しそうな笑顔。少年は微笑んだまま頷くと、一文字一文字を、しっかり呟くように、少女に言った。  
「それじゃあ、――――、っていうのはどう?」  
肝心の名前の部分だけ、まるでかすんだようになって、聞き取れない。  
「――――?」  
「うん、ぼくがかんがえたなまえ。きにいらなかったかな?」  
不安になった少年に対し、少女はとても嬉しそうだった。  
「ううん、そんなことないよ」  
少女が首を横に振りながら答えると、少年の顔に、再び笑みが戻った。  
少女は、その名前を心に刻みこもうと、何度も口ずさんでいる。  
「ありがとね」  
おもむろに、少年の頬に、少女がキスをした。少年の顔が真っ赤になる。  
雪の中でも、その二人だけは、暖かそうだった。  
それを見ている俺も、心が暖かくなってきて、そして……懐かしさを、覚えていた。  
 

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