「まじっく・とりびゅーと・ですぱれーしょんっ!!!」
「うっぎゃああああああああ!!!!!!!!!」
ハンドボール大の光の玉が突き刺さり、その男の胸にはポッカリと大穴が開いていたが、それでも彼は即死もせず、いまだ騒ぎ続けるだけの体力を保持していた。
何故なら、彼のその、ボディビルダーのような肉体の上に乗っかっていたのは、ヒトの首ではなく、1mほどのマグロだったからだ。
「おっ、おのれぇ!!」
「さあ、とっとと涅槃に逝っちゃいなさいっ、マグロ男!」
「おのれシルバーライト!この恨みはっ!この恨みは必ず、次の同志がっ・・・・・・・!!」
「あなたの前に来たヒトデ男も同じ事を言ってたわ」
「おのれぇぇええええ!!!!」
「逝ってよし!!!」
「ぐわあああああああ!!!!!」
その断末魔が轟きが消える頃には、マグロ男は、自らの胸に開いた大穴から、その全身を吸い込まれ、跡形も無く消え去ってしまっていた。
「ふん、ま、ざっとこんなもんよ!世界の平和は、このシルバーライトが守るわ!!ふんふん!!」
その背から六枚の翼を生やした銀髪の少女は、誰に聞かせるでもなく、こう叫んだ。
今の怪人が一体何者なのか、何の使命を負ってこの世に現れたのか、実のところ、この少女にはよく分かっていない。
本能的に分かるのは、彼らが『自分の敵』だという事。そして、それ以上に『世界の敵』だという事。そして戦うには、それで充分だという事。
彼女の名はシルバーライト。
女子高生・日高めぐみの変身した姿。
こうやって彼女は、ほぼ週に一度現れるこの怪人たちを相手に、世界を守る戦いを繰り広げている。・・・・・・・
「さって、怪人さんも倒したし、これからどうしようかなっ?」
腹時計から察するに、現在時刻は午後7時といったところか。
彼女の保護者である兄が仕事から帰ってくるまで、あと一時間はある。それまでガランとした部屋で、一人寂しく待ち続けるなんて、彼女には考えられない。
「決めたっ!」
めぐみは、煌煌と天を照らす満月に向かって上昇した。やる事が無い時は、空の散歩に限るのだ。
気持ちがいい。
もう少し経つと、夜空の散歩には少しツライ季節になるが、あと二週間はいきなり寒くなる事は無いだろう。
めぐみは速度を上げる。
六枚の翼を最大に広げ、羽ばたくタイミングを調節し、空気抵抗を少しでも減らすように角度を変える。
すべて無意識の行為だ。
鳥は飛ぼうと思って飛ばない。
いつの間にか、めぐみは意識せずして、自分にとってベストな身体の動きを、無意識に選択できるようになっていた。
シルバーライトに変身している間は、特にである。
そしていつものように、ほぼ無念無想の境地になりながら、飛行そのものを楽しんでいた彼女の散歩は、二つの音によって突然の終焉を見た。
銃声。
そしてガラスの割れる音。
ほぼ数キロ先のその音を、音源の方角のみならず、それが銃声だと聞き分けたのは、無論シルバーライトの特殊能力のせいだ。
めぐみは散歩を中止して、その現場に向かい、そして、見た。
地上数十階の高層ビルの最上階の一室。外に向かって張られた硬化ガラスが砕け散り、中に男の死体があった。
そして、凄まじいスピードでそのビルから遠ざかろうとする大型ヘリ。
「待ちなさいっ!!」
聞こえた銃声は一発。
ホバリング中の揺れるヘリから、一撃で人間の急所を仕留める狙撃者の技術が、一体どれほどのものなのか、当然めぐみに想像できようも無い。
彼女がヘリを追うのは、常識的な正義感からだが、その追跡が一体どういう結果をもたらすのか、もちろん彼女は考えてはいない。
当然ヘリの中は大混乱に陥っていた。
なにしろ、翼を生やした銀髪の少女が『待っちなさーい』と叫びながら追ってくるのだ。
それも時速数百キロは出る、このヘリに追いつかんばかりのスピードで。
「何だ!?何なんだアレはっ!?」
「天使か?」
「バカ言えっ!そんなもん、この世にいるかっ!!」
「騒ぐな二人とも」
パニックになる操縦士と副操縦士に声を掛けたのは、大型のライフルを持った男だった。
「聞こえないの悪党どもぉ!!止まりなさいって言ったのよぉ!!」
折からの強風がヘリに災いしたか、いまやめぐみは完全にヘリに追いついていた。
「世間を騒がす悪人どもめぇ!このシルバーライトに見られたのが運の尽きよっ!ふんじばって警視庁の上に叩き落してやるっ!!」
「なっ、何か言ってますよ『田中』さん!」
「『佐藤』お前はヘリの操縦に専念しろ。『高橋』お前は『店』に連絡を入れろ。イレギュラー発生、ケースEだとな」
「『田中』さん・・・・・・」
「あの天使モドキが何者なのか、それは俺たちには関係ない。ただ言えることがあるとすれば、それは奴が目撃者だという事だ。そして、目撃者である以上、生かしては帰せないという事だ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ヘリのスピードを落とせ。ケリをつける」
そう言って『田中』は、やや大きめの弾丸を取り出すと、ライフルに装填した。
ホットロードの徹鋼弾。並みの弾丸に鉄芯を通し、より貫通力を持たせてある徹鋼弾に、更に規定以上の火薬を詰め込んだシロモノ。
まともに喰らえば、例え防弾着を着てても関係ない。頭に喰らえば頭ごと吹き飛ぶような弾丸である。
「いくぞ」
ヘリのドアがガラリと開き、ライフルを構えた男が寝そべった姿勢でこっちを狙っている。
もとより、めぐみには・・・・・・いや、シルバーライトには、そんな銃弾など恐れるものではない。
しかし、狙撃者『田中』と目が合った瞬間、彼女の口元から笑みが消えた。
「・・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・・?」
その呟きが洩れたのは、めぐみが、その胸元に爆発のような衝撃を喰らったのと同時だった。