緑色の四輪駆動車が煙を引きながら走っていく。
よほど使い込んでいるのであろうか、ところどころへこみ、さびている部分がある。
凹みに差し掛かるたびにさび付いたナンバープレートががたがたと音を立てる。エンジンが唸る。
しばらくすると荒野の先に切り立つ崖が見えてきた。
崖のふもとまで行くと四輪駆動車は止まり、中から金髪の女が出てきた。
年は16、7であろうか。まだ顔に幼さが残るが、その肩にはライフル銃が担がれている。
少女は紙を片手に辺りを見回し、何かに気づくと目を輝かせそちらに歩み寄った。
輝くの視線の先に、割と広めの洞窟がぽっかりと口を空けていた。洞窟の入り口には轍ができている。
一旦四輪駆動車に戻ると少女は紙を広げ中の構造を確認した。
「…大丈夫ね。」
一人つぶやくと少女はヘッドライトをつけ、洞窟の中へ四輪駆動車で入っていく。
普通は車で洞窟へ入るものではないが、目撃談によると、中へ車が入り30分ぐらい経つとでてくる、
という話であった。周辺では強盗が多いためか盗賊の隠し倉ではないか、とのうわさが立っていた。
今回の少女の目的は一攫千金、まさにその隠し財産であった。
しかし、洞窟へ入った者は未だに一人も帰ってこない、という気味の悪い事実もある。
これで成功したら絶対に名前も売れるであろう。少女の夢は大きかった。
中は薄暗く、ヘッドライトで照らされた部分のみが分かるほどの暗さである。
少し上り坂気味であるが、少女はお構いなしに車を進める。相変わらず轍は続いている。
しばらく走ると開けた空間にでた。少女は窓から懐中電灯で足元を照らし、降りられるかどうか確認した。
おもむろにドアをあけ、外に降りると辺りを照らす。ただただ広いだけで何も無い空間である。
ドアを閉めるとバン、という音が洞窟内に響いた。
独特なにおいがたちこめているが、排気ガスがたまってきたかな、と感じただけだった。
背後で石が転がるような音がした。少女はばっと身を翻し、懐中電灯を向けライフルを構える。
…誰も居ない。その空間にはライトがつきっぱなしの四輪駆動車と少女が居るばかりである。
気のせいか、と思ったが少し気味が悪いので少女は車に戻ると、再び奥へと車を走らせる。
まもなく、車一台が通れるような通路に木の扉が現れた。
車を降りると少女は扉に耳を当て向こうの様子を伺う。水滴がたれる音がするが、後はなんの音もしない。
試しに扉を押してみた。すると扉は軋みながらも簡単に開いた。
中を覗いて見てもヘッドライトに照らされた特に変った物は無い。よし。先へ進もう。
少女はアクセルを踏んだ。四輪駆動車は力強く敷居を踏み、扉の中へ進入する。
多少の恐れの為か猫背になりながらハンドルを握っている。相当長い洞窟である。
ぴったり車一台分の幅、そして轍。明らかに人為的に作られた洞窟だ。
この先に何があるのだろう、少女は胸を躍らせながら四輪駆動車を進める。
しかし、少女との期待と裏腹に奥の方に光が見えてきた。外へつながっているようである。
どこか広い空間へ抜けて、なかに金塊や札束が山のように積んである、そんなイメージだったのに。
外へでると、いきなり目の前に崖が立ちふさがった。
窓から辺りを見回すうと少女はその異様な光景に目を丸くした。
360度全てを切り立った崖に囲まれている。外へ出られそうな階段もなく、出入り口は今の洞窟ぐらいだ。
崖の中腹から滝が流れ落ちており、端の方の池に流れ込んでいる。
しかし水は何処へ流れ出ているのだろうか。この閉鎖的な空間に逃げ場はない。
地面には緑が広がり、木造の小さな家が何件か建っている。まるでおとぎ話の妖精の村へ来たようだ。
しばらくのあいだ呆気にとられて辺りを呆然と見回していたが、少女は我にかえると車に飛び込み
ライフル銃に弾を込めた。こんなわけの分からないところ、何が起こるか分からない。
車から身を起こし振り返ると、少女はその場に凍りついた。もう既に遅かった。
四輪駆動車を囲むように黒い影が立っている。ライフル付きで。
6人、いや7人であろうか。しかも"人"であるかどうかさえもあやしい。
しまった…こいつらいつの間に…?
少女は後悔と恐怖の入り混じった感情に襲われた。しかしすぐその感情はとび、疑問が浮かび上がった。
犬?狼?とにかく顔は人間の者ではない。
顔だけといわず手も毛むくじゃらである。しかしライフルを持っていることから手は人間と同じものであろう。
自分もライフルをとろうとするが、サイドブレーキに引っかかり上手く取れなかった。
あせっているうちにもドアが開き、引き摺り下ろされボンネットに顔を押し付けられた。
こめかみには狼人間のライフルが光り、もはや抵抗はできない。
武器を持っていないかどうかチェックをしているのか体中をべたべたさわる
「さ、触るな…このバケモノ!」
言っては見るものの相手が聞き分けるわけは無い。しかし言葉は通じるらしく顔を見るとニヤリと笑う。
動物の表情をはじめてみた少女は顔をゆがめ、気色悪い、と顔を背ける。
探検用の作業着、そして防弾ジョッキまでもをはずされ、少女は短パンとシャツ一枚、という
余りにも無防備な姿になってしまった。これから何をされるのか。
ボンネットから身を離され四輪駆動車の前に立たされる。クラっと立ちくらみがする。
するといきなりエンジンがかかった。まさかひき殺されるのか?
少女はあせるが身を動かせば何をされるか分からない。
四輪駆動車を手馴れた操作してるのもやはり狼顔であった。
そのままバックさせると奥の小屋へ車を動かし中へ入れているのが見える。私の車が。
周りを見回すと、5人の狼が囲み、こちらをじっと観察し、1人がライフルを突きつけている。
しばらく狼とにらめっこが続いていたが、不意に声をかけた者が居た。
「あら、大量ねぇ。女の子一人に四輪駆動車のおまけ付きなんて。」
小屋のうち一番大きな小屋からまた狼人間が出てきた。
自分と同じように短いジーパンにTシャツ。胸の大きさと声の高さから多分女、いやメスだろう。
そういえばここに居る狼人間、何故か頭部の部分だけ毛が多くまるで人間のようである。
毛並みはほとんどのものが灰色であるが、髪は黒、茶、金、銀…さまざまである。
狼女は髪を振り分けながら近づいてくると、手に持っていた袋を置き少女の前に立ち腕を組んだ。
「んー…若い子ねぇ。16、7ぐらいかしら?うふふ、頼もしいわぁ…」
美しい狼だ、と一瞬思ったがそんなものはすぐに吹き飛び、女狼に吼える。
「ちょっとアンタ、一体なんなのよ!?今からどうするつもり!?此処は何処なの!?」
威勢のいいのねぇ、と目を細め笑う女狼。
「質問には後でゆっくり答えてあげる。別にいいじゃない、あせる事は全くないんだから。
でもまぁ少しは説明しておくべきねぇ。此処は別に盗賊のアジトでも金庫でもないのよ。
私達の住処。隠れ里って言うとわかりやすかもねぇ。私達はウォーウルフ族。
見ての通り狼獣人族よ。ここ半世紀すっかりへっちゃって今はこれしか居ないのよ。
で、そこでアンタに頼みたいことがあるのよねぇ。」
何?訳わかんない。と少女がにらみつける。
「放しなさいよ!誘拐して金とろうったって私身寄りないから!」
バタバタと腕を動かしてみせるがライフルがガチャリというとその動きを止めた。
「別に誘拐なんてもんじゃないの。むしろ勧誘、ねぇ。」
うふふ、と妖しく笑うと少女に近づき顎をクイと持ち上げる。
「要するにね、私達は今絶滅寸前なの。分かる?まぁ人間のせいなんだけどね。環境破壊とか。
だから人間に責任とってもらおうって言うわけ。あぁ別に殺すとかそういうんじゃなくてね。」
責任を、というところで少女が恐怖に顔を引きつらせると女狼が念を押した。
「人間と私達って体の構造が似てるのよ。DNAをちょっといじくるだけで私達みたいになれるの。
だからぁ、人間を改造してウォーウルフ族にしちゃって、繁殖するって言うのに協力してもらおうって事。」
話が終わると少女は呆気に取られた顔をしていたが、意味を解すると顔が青ざめた。
「わっ 私に何する気?あんたらみたいになれって事!?そんなのいやよ!」
声を荒げてみるが足はすでにガクガクである。女狼は相変わらず笑みを浮かべ、
「そう、今からアンタも私達の仲間になるのよ。ふふ、大丈夫よ、結構慣れるといいものよ。」
そういうと座り込み袋のなかをゴソゴソと探っていたが、あったあったと顔をあげる。その手には注射器が。
「このお薬を打ち込めばあなたもすぐに仲間入りできるわよ。別に薬で死ぬ事もないし。
これ、どんな病院にも必ずおいてあるぐらいのお薬なの。あらあら暴れないで。
暴れてあらぬところにささっちゃったら痛いからねぇ。」
ライフルを突きつけていた狼人が少女を押さえつけ、腕をあらわにする。
ギャーギャーわめき暴れる少女の腕に上手く注射器を刺すと、ポンプをすこしずつ押していく。
気が抜けたように少女は暴れるのを止め、注射器を涙目で見つめる。
「あ、でもこの薬だけじゃぁ変身できないのよ。これだけだったらいまごろ町中ウォーウルフ族だらけね。」
よっと注射器をはずすと袋に戻し、少女は草の上に寝かされた。
何故か興奮気味に息を荒げ、うつろな目を女狼に向ける。女狼は優しく微笑み返し、
「あなた途中洞窟の空洞で車降りたわね?あの時変なにおいがしなかったこと?
あの時空間にガスを入れたのよ。まぁ車で入ってきたぐらいだし貴方の事はすぐ分かったわ。
全く馬鹿ねぇ。車から降りなければいいものを…」
やれやれ、と女狼は少女をお姫様ダッコすると元来た小屋へ歩き出す。
頭が痛い…
少女が目を覚ますと、ベッドの上で寝ていた。綺麗なシーツ、そして木の縁。
体が熱い、なんだかボーっとしている。少女はフラフラと上半身を起こすと部屋を見回す。
窓から日が差し込んでいる。部屋にはタンスが2竿とイス4つとテーブルがおいてある。
そのうちの一つにさっきの狼女が座っている。そしてその手には赤ん坊が抱えられていた。
赤ん坊もどうやら狼人のようだ。狼女は赤ん坊に乳を与えているらしい。
手がシーツの上ですべり、手が縁にぶつかりガタンと音をたてた。
狼女がこちらを振り向き、おきた?と近づいてくる。
「…ここは?」
少女が細々と尋ねると狼女はいすを引きずってきてベッドのすぐ脇に座った。
「ここは私の家よ。正確には私の夫の家かしらねぇ。」
子供を抱きかかえたまま狼女が答えた。日差しが眩しい。
抱きかかえられた子供を見る。見た目はただの子犬に見えた。
「ん?この子?」
少女の視線に気づき、赤ん坊を揺らしてみせる。
「ふふふ、可愛いでしょう?名前はまだ無いのよ。生まれたばっかりで。ねー、坊や」
子供の頭を撫でると少女を見る。
「貴方も随分きれいな子ねぇ。羨ましいわ。」
今更何を、と目をそむけ、顔を手で覆おうとしたそのとき、少女は異変に気づいた。
なんだこれ?顔が飛び出してる?べたべたと自分の顔を触ってみる。
そしてその過程で見えた自分の腕をみて少女は驚きの余り言葉を失った。
「…ぁあ…」
言葉にならない叫びを上げる少女に狼女は手鏡を渡す。
手鏡をひったくると少女は自分の顔を凝視した。以前のような金髪。そして… 狼の顔だった。
銀色の毛並み。口は割け、飛び出している。あぁなんて言う事だろうか。
「貴方綺麗ねぇ。すぐにお婿さんが決まるわよ。幸せになってね。」
人事のように少女の顔を見て微笑む狼女に唖然とし、そのまま倒れこむと顔を覆い泣きはじめた。
「まぁそのうち気にならなくなるわよ。私だってそうだったもの。」
子供を乳房から離すと抱えなおし、泣いている少女の背中をさする。
「私もここへ貴方みたいに一攫千金!って来たのよ。もう4年前かしら。
でもね、こんな姿になっちゃったけど、私今の生活がとっても幸せなの。
此処の空間特殊だから。すぐなんとでもなるわ。」
少女は絶望に襲われた。此処を脱出できたとしても外の世界では生きていけない。
これからどうすれば…少女の口から言葉が漏れた。
「これからって、だからお婿さんを迎えて子孫を残してもらうの。そう、たくさん。
まずは数を増やさなきゃどうにもならないでしょ。私はこの子で3人目よ。」
少女に優しく答えるが、少女は反対側を向きすすり泣いている。
「いい?この一週間ぐらいはこの状態が続くと思うわ。体は大切にしなきゃね。
それとしばらくこの家で生活してもらうわね。お婿さんが見つかるまでは。」
忙しくなるわ、と狼女は腰を上げ、ベビーベッドに子供を移しキスをすると奥の部屋へと入っていった。
少女は何がなにやらさっぱり分からず、ただただ絶望に泣くしかなかった。