聖マリアンナ学園の校内に終業のチャイムが鳴り響いた。  
「今日はここまで」  
 担任教師によるHRが終わり、運動部に属する1年生たちは一斉に部室に走り出した。  
 聖マリアンナ学園は上下関係の厳しいことで有名であり、運動部においてそれは厳格を極めた。  
「急がなくっちゃ」  
 日直の仕事を手早く片付けた有海も、学校指定のバッグを掴むや一目散に部室へと走った。  
 1年生は上級生の来る30分前には部室へ到着し、掃除や用具の準備を終えて待っていなければならなかった。  
「遅くなってゴメン」  
 息せき切って部室へ飛び込んだ有海は、ギリギリで時間に間に合ったと知って胸を撫で下ろした。  
「遅いぞ、有海。もう準備終わっちゃったよ」  
 同級生の親友、梨生奈が箒の柄を槍のように突き付けて睨んでくる。  
「ゴメン、当番日誌を書いていたの」  
 有海は真剣な顔をして両手を合わせ、それを見た梨生奈は吹き出してしまった。  
「いいのよ。それより早いとこ着替えちゃいなって」  
 梨生奈に急かされた有海は、もう一度頭を下げてから部室の奥へと入っていった。  
「ホントに生真面目なんだから」  
 梨生奈はその後ろ姿を見送りながら、親友のことを好ましく思う。  
 
 手早く制服を脱ぎ捨てた有海は、パンティも脱いでTシャツ一枚になる。  
 そしてバッグから取り出した紺色のまわしを股間に当てると、お尻側へ向かって思いっきり引っ張り上げた。  
「くぅぅっ」  
 下半身を包み込む緊張感に、有海は身も心も引き締まるような気がする。  
 股間にグイグイと締め付けられたまわしは、今度は横方向へ向けて腰に巻き付けられていき、最後に縦部分に巻き込まれて用意が整う。  
 濃紺のまわしは、女子相撲では高校日本一とも讃えられる聖マリアンナ学園相撲部の1年生の証であった。  
 無論、都大会などの正規の試合では、レオタードの上にまわしを着用するのだが、どこの学校でも日々の練習では直まわしが当たり前である。  
 有海は後ろ姿を鏡に写してまわしの具合を確認すると、準備運動を始めた同級生の輪に加わった。  
 先輩たちが来る前に、四股踏みやてっぽう等の準備運動は済ませておかなければならない。  
 有海たち1年生部員が輪になって四股を踏んでいると、ようやく2年生たちが部室に姿を現せた。  
「オッス、お疲れさまですっ」  
 1年生たちは口々に挨拶をして頭を下げる。  
 そして2年生の着替えを手伝うために、それぞれが担当する先輩のバッグを受け取る。  
 有海はエンジ色のまわしを手に取ると、自分の担当である2年生、樹音の股間にあてがった。  
 
「もっと、きつうに締めてんか」  
 大阪から越境入学してきた樹音が、きつい関西弁で命令する。  
 樹音だけでなく、名門の誉れも高い聖マリアンナ学園女子相撲部には、日本全土から越境入学してくる者が後を絶たない。  
「いたたぁっ。アンタあたしの大事なトコ、潰す気ぃかいなぁっ」  
 樹音が大げさな声を上げて有海を非難する。  
「でも、先輩がぁ……」  
 つい口答えしてしまった有海が、ハッと口を押さえる。  
「アンタァ、なに口答えしてんねん」  
 一年違えば絶対服従が聖マリアンナ学園女子相撲部の掟であった。  
「アンタらぁ、最近たるんでるみたいやな。集合ぉっ」  
 朝から虫の居所が悪かった樹音は、もともと1年生をしごいて憂さを晴らそうと考えていたのだ。  
「ええか、今からまわしのチェックをするさかいな。ゆるゆるのは承知せぇへんで」  
 樹音は酷薄そうに笑うと、整列した1年生の背後に回り、縦まわしを引き上げ始めた。  
「いやぁぁ〜っ」「いったぁ〜い」  
 股間の縦まわしを引き絞られて、1年生の悲鳴が上がる。  
「失格ぅっ。お前もしっかぁ〜く」  
 樹音は次々と1年生の尻を蹴り上げ、列外へと追い出していく。  
 結局、ほとんどの1年生が失格の判定を受け、樹音にしごきの口実を与えてしまった。  
 
「今からアンタらの根性、鍛え直したる。千本四股踏みぃ、イクでぇっ」  
 1年生全員が輪になり、大きく足を開くと腰を落として踏ん張った。  
「いちぃっ」  
 樹音の掛け声に合わせ、1年生たちが一斉に右足を高々と上げてそのまま踏ん張る。  
 四股踏みにはバランスと柔軟性、そして充分な筋力を必要とする。  
 真横に上げられた伸びやかな足が、今度は一斉に下ろされて地面に叩き付けられる。  
「にぃぃっ」  
 続けて左の足が真一文字に振り上げられる。  
「今日はとことん行ったるでぇ」  
 10数回目にして、早くもふらつき始めた1年生の尻を、樹音は思い切り竹刀でぶっ叩く。  
 まだ相撲を始めたばかりの新入部員に、千回四股踏みはきつすぎた。  
「この位でふらついて。アンタらぁ、今まで何やってたんやぁ。百五十一ぃっ」  
 樹音はプルプルと震え始めた有海のお尻に竹刀を叩き付けて怒鳴り声を上げた。  
「負けないわ。こんなことくらいで負けるモンかぁ」  
 有海は霞みだした目をカッと見開くと、右足を横に振り上げる。  
 大半の1年生は既に地面に倒れ伏してゼイゼイ息を乱していた。  
「これくらいで、何ふらついてるのぉっ」  
 樹音と同じ2年の愛実も竹刀を振るって、有海の背中を強かに打った。  
「もっ、もう足に力が……入らない……」  
 有海はガタガタになった腰と足の筋肉に無理強いしようとするが、もはや水平以上に上がらない。  
 
「くぅぅっ」  
 歯を食いしばって左足を上げようと踏ん張る有海だったが、もはや下半身に感覚が無くなっていた。  
 遂に地面に倒れ込んだ有海の尻を、樹音の竹刀がピシャリとひっぱたく。  
「なに甘えてるんやっ。立てっ、立てぇぇっ」  
 身に食い込んでくる竹刀の痛みに、有海は背筋を仰け反らせてしまう。  
「負けるモンか……負けるモンかぁぁぁっ」  
 泥まみれになった顔を歪ませて、有海が立ち上がろうと必死で藻掻く。  
 しかし限界を超えた下半身には力が戻ってこなかった。  
 その時ガラリと部室のドアが開けられ、3年生の有紗キャプテンが入ってきた。  
 たちまち部室内の空気が張り詰める。  
 有紗は1年生の時からのレギュラーで、これまで春夏の高校女子相撲で4回の優勝を果たし、次期オリンピックでは日本代表間違い無しと言われているエリートであった。  
 そして世界女子相撲の横綱、ロシアのテレシコワも怖れる、当代きっての実力者でもある。  
 おまけに財閥系銀行の頭取の娘とあっては、樹音が圧倒されるのも無理もなかった。  
「おっ、お疲れさまです。今1年生のウォームアップをしていました」  
 樹音が媚びの入った笑顔で有紗を迎え入れる。  
「そう、ご苦労様」  
 有紗は地面で藻掻く有海をチラリと一瞥すると、黙ったまま長い黒髪をなびかせて、部室の奥へと消えていった。  
 

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