私鉄の駅の前の大きな広場には沢山の人がいた。
それもそのはずで、その広場は格好の待ち合わせ場所として、私も友達との待ち合わせに良く使ったりする場所だ。
しかし、今日は更に人が多い。何故なら、今日は十二月二十四日――クリスマス・イヴだ。
別にキリスト教徒でもないくせに、なんとなくおめでたい日としてある種、世界でも類を見ないほどに能天気な日本人が
その日をどんな日であるのかということを大して理解もせずに、色々と騒ぐお祭りのような日。私はそのことを少し前まで
はかなりの部分でばかばかしく感じられていた。でも、今では少し感謝してもいる。
周囲の人は見ていて面白い。既に待ち合わせをしていた人物と合流して楽しそうに話をしている人。時計をしきりにちらちら
と眺めている人。周りを不安そうな表情を浮かべてしきりに見回している人。実に三者三様な人間模様が展開されていた。
もちろん、それを楽しげに眺めている私も待ち合わせている人がいる。
左手に付けている彼から誕生日に贈られた、質素だけどどことなく可愛さに満ちた時計を眺める。どうみても約束の時間
より三十分ばかり早く着いてしまったようだ。
両手を合わせてほう、とそこに息をを吹きかける。しきりに吹き付けてくる風の所為で指先が既にひどく冷えてしまっている。
まぁ、早く着きすぎてしまった私が悪いのだけれど。私は思った。恋人的な直感とかを使って、奇跡的な出会いを展開したり
できないものかな。
そのようなことを思いつつも私はそのようなことを頭から信じていない。彼がそのようなことをしない――否、できない人物で
あろうことは私が知らないわけが無い。
彼――少し頭が良くて、本を読むのが得意で、眼鏡をかけているということにさしたる特徴が無い私の彼氏とはそういう、ど
この場所にでもいるようなとてもとてもありふれた人間だった。
ただ1つ、私にだけ誰にも絶対に真似できない、私と彼だけに共通する特筆部分がある。私と彼は幼馴染なのだ――
と、そのことを特別に思ったのはつい最近のことである。
本当に、私はそれほどまでに彼のことを何とも思っていなかった。…いや、今から考えたら、思ってはいたけれども、極め
て近かったためにある意味で限りなく遠いその感情に結びつかなかったのかもしれない。
だけど、彼のことを何とも思っていなかった昔の私は本当に過去になってしまっている。
今年になってから起こった、文化祭、体育祭、期末テスト。それに伴う騒動によって私の中の彼に対する価値観は永遠
に変化を強要されてしまった。
私は彼を空気のような存在と思っていた。もちろん、その意味はただ何となくそこにある、というそのような意味合いだった。
彼への価値観が変化した現在、私は今でも彼のことを空気のような存在と思っている。だけど、その為している意味は根底
から全てが違うようになっている。人は空気が無くては一秒たりとも生きていけないということに気付いたから。
そこまで考えを波及させて、思わず苦笑する。
ただ、待ち合わせまでの暇な時間に彼のことを少し考えただけで、ここまで考えてしまうなんて。これじゃまるで――
自分の頬が少し赤くなるのを感じた。
これじゃまるで、どこにでもいる仲の良い恋人みたいじゃない。
顔に笑みが浮かぶことを感じる。今、私はきっと幸せそうに見える表情をしているであろうことを完全に自覚する。
もう一度、さっきもしたように、左手に付けている彼に贈られた時計を見た。まだ約束した待ち合わせの時間には少し
早かった。もう少しかな、と思い、新たな考えにふけろうとしたその時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。まちがえようの
はずがない。
彼だった。
彼は慌てたように時計を見た後、言った
「あれ?まだ待ち合わせの時間より早いよね。…もしかして、僕、待ち合わせの時間、聞き間違えた?」
少し、笑いがこみ上げた。まず、私を疑うより、自分を疑うという、何とも彼らしさにおかしみを感じたのだった。
「別に、間違ってないよ」私は彼の目を見ながら、手を後ろで組んで言った「私がちょっと早く着いちゃっただけだから」
「そう、なら良いけど…」
彼は少し思案気な顔を見せた。彼が良く作る表情だ。その顔が何かを思い付いた、と言うように表情を明るくし、口を
開いた。
「そうだ、ちょっと左手を出してみてよ」
「左手?」
少々訝しげな表情を浮かべつつも、言葉に従って左手を差し出すように示して見せると、彼はそこに自分の右手を重ねた。
「じゃ、行こうよ」
彼はその事に関して、何も触れないまま、私の左手を彼の右手で引っ張りながら歩き出した。
私は一瞬、状況が良く解らなくなったけど、すぐに状況を把握して、その存在を確認するように、左手に少しばかりの力を
込めて彼の右手を握り返した。
独特のあたたかさが伝わってきた。
嬉しさがこみあげてくる。愛しさがこみあげてくる。幸せがこみあげてくる。
自然に笑顔が出た。猫がじゃれつくように、体を彼に寄せてくっつけた。顔を腕に擦り付ける。
私はクリスマスという日に産まれたと一般には言われている、さして存在を自覚したことも無い神に、なんとも日本人的な
考えで祈った。
どうか、この幸せが永く続いてくれますように、と…