「ちょっと!お弁当忘れてったわよ! もう、私はお寿司屋さんじゃないんだから!」  
 
あきらは机にへたり込んみ、うざそうに眠気マナコをちらりとまゆみに向ける。  
 
「昔はこんなんじゃなかったのに、ちょっとなまけ過ぎなんじゃないの!」  
 
早く受けとれとばかりに弁当をぐっとあきらに突き出し、いつものまゆみ小言が続く  
 
「うっせぇな、学食あんだから忘れたっていーだろ…」  
 
あきらは弁当を受け取りぱたりとまた寝たふり  
 
「おばさん言ってたよ!朝も食べてないって! 急に早く行くっていうから感心したのに、ホントにもうあきらは! この前だって…」  
 
まゆみのお小言がいつものようにクラスに響く。  
毎日のように繰り返される光景だが、女子からはクスクスと笑い声が聞こえ、小さな冷やかしもあきらの耳に届く  
 
言い返せばいいのに。誰しもそう思っていたが、あきらは寝たふりを続け小言を聞き続けている  
 
「ちょっと!聞いてるの分かってるよ! 朝早く行く理由言いなさいよ!」  
 
(うっせぇよ。…理由なんて、恥ずかしくて言える訳ねぇだろ…)  
覗き込むように話すまゆみ  
近づく距離に、あきらは微かに芽生えた恋心を隠すように組んだ腕に顔を深くうずめた… 
 
 
 
放課後、アキラのクラス 3組はHR終了が早い。  
それを知っているまゆみが4つ離れたB組から駆けて来る… いつもとは若干違う光景であった。  
 
「アキラぁ、ねぇ…あれ?アキラは?」  
 
まゆみが息を切らして教室の後部ドアからきょろきょろ  
 
「…知らねーよ。もう帰ったんじゃねーの?」  
 
アキラのクラスメイト、ゴマキ好きで名高い鈴木君、柔道部。 が、鞄を肩に掛けながら答える。  
 
「(アイツ、逃げたな…)ありがと。」  
言葉少なげに鈴木君に礼を告げ、まゆみはスカートの裾を気にする事も無く下足へと走って行く。  
(下足でもたつくのは昔からのクセ、まだきっといるハズ!)  
 
長年の経験は予想を肯定するようで、案の定アキラは下足でもたもたと上履きをしまっている。 彼が靴に関して神経質な所があるのは…今は割愛しよう  
 
「ちょっと、アキラ!朝約束したでしょー!付き合ってくれるって!」  
まゆみは下足ロッカーのフタを、ばん!と叩き荒ぶる呼吸を押さえつつ話す。  
 
「付き…俺と…!?」革靴を、また神経質そうに並べていた手がぴくっと反応する。  
(えっ、え、今言ったよな、確かに言ったよな!)  
急に高鳴る心臓と紅潮する顔皮を隠そうと試みたが無駄だった。  
明らかなる心拍数の上昇は、四肢の硬直という結果をもって答えた。  
 
「もう、聞いてなかったのね!ちゃんと言ったでしょ、おばさんの誕生日プレゼント買うからって!」  
まゆみはいつもの通り呆れた顔をするかと思いきや、以外にもアキラを凝視して目には怒りの色  
 
「…ぁ、ああ、その事か…」  
心理も体面も何も無かった。 自身の言葉がただただ心象を現しており、バレてるのかどうかを考える余裕は皆無であり願わくば、心音が聞こえてしまわないかを祈るのみ…  
 
「その事って何よー。おばさんの好みはアキラの方が良く知ってるのに!」  
まゆみは走り乱れた髪を調えながら詰め寄るように続けた。  
 
「…俺の誕生日は忘れてたクセに…」  
心音は再び高鳴りを見せた。 まゆみの怒る顔も可愛いから…いやいや、それも極少あったのだが、まゆみが自分の誕生日より一週間後の母の誕生日だけを気にしているように思えたからであった。  
自分より幼なじみの母親、すなわち感心の低さを現してるかに思われて、落胆を感じる心音は瞬間だが不思議と高鳴ったのだった。  
 
「ん?何か言った?」  
まゆみの癖だ。覗き込むしぐさ  
 
「なんもねーよ!ほら、行くんじゃねーのか」  
落胆の可能性を閉じるかのように下駄箱をばん!と閉じた。  
 
「本当!? じゃーアキラが選んでね。私が渡すからっ。」  
 
「勝手なヤツだな…、全部お前の手柄にすんだろ」  
いつもより優しい言葉を掛ける…  
落胆の断崖よりも不安の希望、それよりも何よりも随行すると告げただけで、ぱっと明るく微笑む幼なじみが凄く可愛い。  
現状はそう思う事で溢れてしまった。  
男の悲しい性なのかもしれないが…  
 
「いーのいーの、おべんと届けてあげてるでしょ。それのお返しよっお返し。」  
お尻辺りで鞄を持ちながら、くるりと向きを変えると長めの髪をふわりと舞わせるまゆみの姿は、  
冬の早い夕暮れの光に透けるように、きらり。  
 
「あ、あれも可愛いー!見て見て、ふわふわー!」  
デパートに入るなりまゆみは水を得たかのようにはしゃぎだした。  
 
こんな所もあったんだな…と思って辺りを見回すと、そこにあったまゆみの姿はもう無い…  
幼少のみぎり、まゆみははしゃぐクセに迷う癖があった。  
楽しいと思いながら進むと、辺りは知らない場所。 深い恐怖と孤独は彼女の奥底で明文化されて残る…  
今回のお買い物を一人で行わなかったのもそういった理由あっての事かもしれない…  
もちろん、アキラも覚えているはずだが、弁当を忘れ続ける彼に、自身の長期記憶が鮮明…というのは疑わしい限りであろう。  
 
「ったくどこ行きやがった…、…………。」  
婦人服・下着コーナーを左に曲がった辺りでまゆみを見つけた…声を掛けようと思うが、心の拍動がそれを止めてしまうかのような不思議な感覚…。  
まゆみはただ熊のヌイグルミを触っているだけなのに、そこだけ温かいような…  
その世界に触れてみたい、しかし触れる事が出来るだろうか…。  
見取れている。その言葉すら浮かばない程、一瞬の永遠…  
 
「あれ?どしたの?ぼーっとして」  
クマちゃんぱんちをしながら話し掛けるまゆみ。  
 
急に地上へ引き戻されたような感覚…  
悟られまいと力んでみるが、まゆみがまた遠くなったような不安は確実にしこりとして残るような気がしてならない…  
あの一瞬は何だったのか、答えは…いや、問い掛けすらも届かないかもしれない。  
瞬間、暖かさに包まれたが現実は…  
 
「ん、あぁ、いや…。で、選んだのかよ」  
 
「へへーん!もう買っちゃった。ほらほら」  
よほど楽しいのか、赤い包装紙でラッピングされた物を目の前で踊らせている。  
 
「じゃー俺いらねぇぢゃん…」  
 
「そんな事ないわよぉー。お姉さまのお側に少しでも長くいれたのよぉ…感謝して下さいなっ。」  
 
「何だよまったく。うかれやがってさ」  
 
こいつはこーいう奴だったな…楽しい時に笑う、それが俺の楽しさになれば…いっか。  
一瞬の幸福と届かない現実、幼なじみという距離はまさにこのような物であるかもしれない。  
はっきりではないが、彼も少しずつ気付いて行くのだろう…  
何より、頭を掻きながらまゆみに微笑みかける言動が今の彼の気持ちなのだから…  
 
「うふふっ。さ、帰ろ帰ろ!」  
 
外はまだ薄明かりが残るが、夕日はもう沈んでいる…  
沈む太陽は、また昇る為に沈むもの。 二人の関係もまた同じ  
もちろんまゆみの気持ちも変わりはない。  
 
 

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