友人は異性の幼馴染に憧れる。
そりゃあ、俺だって憧れる。彼らの言う様に甲斐甲斐しくて、面倒見がいいような幼馴染なら金払ってでも欲しいくらいだ。
しかし、現実とはかくも非情なもの。
俺の隣の幼馴染は・・・。
「ほら、起きれ〜。朝だぞ〜。」
ゆさゆさ。
また来ましたよ、あいつが。だが幼馴染よ。俺はバイトで疲れているんだ。休ませてくれ。
そんな思いを込めて寝返りをうつ。
「ありゃま。幾度となく行われてきた仕打ちすら恐れることなく私に抵抗するか。そうかそうか。仕方ない。」
気配が少し遠ざかる。これで安眠が約束された。・・・いや、待てよ。そうじゃない。何かこの後恐ろしいことがあった気が・・・。
「さあ、あと5秒猶予をあげようじゃない。5、4、3・・・。」
・・・まあ、いいか。
「・・2、1。」
ビチャッ!
頬に何か不快な感触。思わず目が覚め、飛び上がろうとする。
「あ、こら!動くな!まだ途中なんだから!」
ちょ、ちょっと待ってください。あなた、私を起こすのが目的じゃなかったんですか?
そう思っている間に頬を何かがシュッシュッと伝う。
「よし!完璧!あ、起きて良いよ。」
俺は促されるままに起き上がる。
「・・・で、今日はなんて書いた?」
「今年の干支。」
片手に筆を持ったまま、幼馴染は満面の笑みを浮かべてそう言った。
「・・・酉か!?」
「戌です。おはよう、純君。」
「・・・最低な朝をいつもありがとよ、悠。」
「どういたしまして!ほら、早く起きて顔洗わなきゃ。ドンドン落としにくくなるよ、墨。」
「お前が部屋から出ていくならすぐに出る。」
「別に私は朝だちなんて気にしないわよ?」
そう言って、悠が純の股間にそっと手を置く。
「・・・あれ?起ってないよ?」
「そういう日もある。というかいいから部屋から出て行け。」
「・・・もしかして、あれですか?性的興奮を感じても血が集まらず、海綿体が膨張しない。いわゆる・・・」
「いいから出て行け!」
・・・幼馴染。なあ、友よ。こんな幼馴染でもお前は良いと言えるのか?
昼休みというものは普通仲間と一緒に食べるものだと思う。いや、そのはずだ。
だが、俺は違った。
「おそ〜い!」
ニコニコしながら言われても叱られた気がしない。
場所は屋上。春、秋は良いが、冬にもなると寒くて食事を摂る場所には適していない。
だが、俺と悠はいつもここで昼飯を食べる。
個人的には友達と食べたいのだが、一回無視した際、教室まで押しかけられて以来仕方がなくしたがっている。
「しょうがないだろう。購買混んでたんだから。」
「私みたいにお弁当にすれば良いのに。」
そう言って悠が小さなお弁当の中身をを見せるように持ち上げる。
プチトマト、ブロッコリー、玉子焼き、ウインナー。
小さいながらも色合いを綺麗にまとめられたお弁当箱。中身も簡単なもので構成されているが、何か暖かいモノを感じる。
「それなら悠が俺の分も作ってくれよ。」
「や〜だよ♪」
何が嬉しのかニコニコしながらご飯を口に運ぶ悠。俺も昼飯を食べる事にした。
「あのさ〜。」
「ん?」
「純君って童貞?」
「・・・昼食中に不適切な話題だな。」
「じゃあ、昼食後にしよっか?」
結局その話は終わらないのかよ。
「・・・童貞なら何だってんだよ。」
「ん〜、別に〜。」
俺の言葉に何故かニコニコしている悠。こいつ、俺が童貞だって悟りやがったな。
「あ、純君ほっぺにソースついてる。」
悠が純の頬を優しくなぞり、手についたソースを口に咥える。
「ん〜、おいし。」
「ちょ、おまえ・・・」
恥ずかしいことするなよ、とは言えなかった。
本人は満足そうに鼻歌なんぞ歌っている。
幼馴染。そう、それだけ。それ以上の感情を悠は持っていない。
それでも、その仕草一つ一つにドキドキせずにはいられない。
幼馴染は距離が近すぎる。近いから、遠くならない代わりにそれ以上近付けなくなる。
何故、自分はこの女を好きになってしまったのか?
バイトで疲れた体を引きずって家に帰る。
早く寝よう。そう思って夕食もそこそこに自分の部屋へ。
「あ、おかえり〜。」
いつものことだが、何故この人はこうも勝手に人の部屋に入るのだろうか?
制服を着たまま悠はベットにちょこんと座っていた。
「勝手に部屋に入るなって。」
「いいじゃない。じゃあ、私の部屋にも勝手に入って良いから。」
ニコニコとしながら平然とそんなことを言う。
「悠の部屋を荒らしてやる。」
「じゃあ、窓の鍵開けとくね。」
言葉に詰まる。
なんて無防備なんだろうか?無防備すぎる。幼馴染とはいえ異性なのだ。
「で、何読んでんの?」
「ん?純君の参考書。」
参考書?俺はそんなものは持ってないぞ。と、思いながら覗くと、そこには絡み合う男女が描かれていた。
俺の隠していたエロ本!?
「何読んでんだ!」
取り上げた。
「いや〜、純君もエロ本とか読むんだね。」
「・・・。」
恥ずかしさで顔が真っ赤になっていくのが分かる。心臓もバクバクいっている。
悠が立ち上がる。
「一つ質問♪なんで、シチュエーションが幼馴染のばかりなのかな?」
嫌な汗が体中から吹き出る。悟られたか!?
「ほれほれ〜。答えなさい♪」
悠の顔は悪戯を愉しんでいるように無邪気に笑っていた。
悠にエロ本を見られた。
しかも、何かを愉しんでいるように俺の瞳を覗いてくる。
「・・・そ、それは、その・・・。」
「それは?」
「・・・な、何でもいいだろう!勝手に人のもの読むなよ!」
もう逆ギレしか道は残っていなかった。
しかし、悠は余計に楽しそうにしている。
「ほら、よく考えてみよう?幼馴染にエロ本見られて、問い詰められて、今を逃すと嫌われちゃうかもしれないよ?純君、私に何か言うことがあるんじゃない?ピンチはチャンス、なんだよ♪」
何を言っているのか、分かった。
悠は、俺が好きだって知っているのだ。
ピンチはチャンス。告白するなら、今しかないぞ、そう言っているらしい。
つまり、始めから悠の計画に乗せられたという事になる。しかし、たしかに、悠の言う通りだ。言うなら今しかない。
覚悟を、決めた。
「・・・お、俺は!」
覚悟は決めたが声が、言葉が口から中々出てこない。悠はニコニコしながら俺を見ている。
「俺、は・・・。」
声が、出ない。
「ほら、頑張れ♪」
「・・・悠が、好き、だ。」
何とか、言えた。悠は笑みを浮かべている。
「もう一回。今度ははっきりきちんと。」
「・・・俺は悠が、好きだ。」
今度はまだまともに言えた。悠が俺に抱きついて来た。
「よく出来ました。」
その声は嬉しそうで、何故か少し震えていた。
「私も好きだよ、純。」
悠が始めて呼び捨ててで俺の名を呼んだ。
心臓がバクバクうるさかった。
いつから悠は、俺が悠を好きだって知っていたのだろうか?それを聞こうとした時だった。
「・・・今日ね。友達がね。純君を紹介して、って言って来たんだ・・・。」
その声は震えていた。
「えっ?って思った。急に気が気じゃなくなった。」
悠は力を込めて純をギュッとする。
「純君は私の幼馴染で、だから毎日私が起こして、私が面倒見て、それで、それで。」
「・・・もう、何も言うな。」
つまり、二人とも考えていたことは一緒だった。
どちらも不安だったんだ。近すぎるこの距離がとても不安だったんだ。
「・・・もう、いいよね?」
「何が?」
「純って呼び捨てにして、いいよね。」
「当たり前だ。」
と、ここまではなんとかこの嬉しさの余韻に浸って忘れていたが。そういえば、悠と抱き合っているわけで、つまりその、暖かくて柔らかい感覚が胸に当たっているわけで、それにとても良い匂いがするわけだ。
自分とはこれほど抑制の効かない男だっただろうか?
股間に血が集まっていく。
「・・・あ。」
ビクッと悠が反応する。驚きの目で純を見る。
・・・バレた。
「・・・よかった。」
純がニコッと笑う。
「朝、不安だったんだ。もしかして純は再起不能かと思ったから。」
いや、恥らえよ。女だろう?そう思って悠を見ると目が潤んでいた。引き込まれるような、とても魅力的な瞳。もう我慢の限界だった。
「その、・・・いいか?」
悠はニコっと笑う。
「その前にやることは?」
悠が背伸びして目を瞑る。
・・・ああ、そういうことか。
悠のみずみずしい淡いピンク色の唇に、俺はそっと自分の唇を重ねた。