なんと真由はノーブラだったのである。真由のシャツは濡れてぴったりと彼女の体に張り付いている。
ボディラインが露になるぐらいならそれもかまわないが、二つのふくらみの頂点に小さな突起があるとなれば話は別である。
最初は見間違いかと思ったが、どう見てもそうではない。
京一は一通り驚愕の波――ここ数年で一番のビックウェーブだった――が過ぎると、ついであきれ返った。
いい年をした女が外を出歩くのにノーブラとは。しかも着ているものはシャツ一枚ときた。いくらここが大自然の中とはいえそれでいいのか。
そんなことを考えながらも、ついつい京一の視線は真由の胸に惹かれてしまう。
真由は自分の服装の衝撃的な変化に気づいた様子もなく、目の前にできた水溜りを眺めている。
「この調子だともうちっとかかりそうだなぁ」
「そ、そうだな」
「祭りの準備に影響がねぇとええけんど」
「ああ」
急に言葉数の少なくなった京一をいぶかしんだのだろう。真由が京一に向き直る。
「どした」
「お、おいこっち向くなっ。まずいからっ」
正面を向かれると、余計に胸のぽっちが気になってしまう。京一の瞳にはシャツの皺に隠されることもなく、くっきりとそれが飛び込んできた。
「向くなっちゅうて、なに言うだ。人がせっかく心配すてんのに」
「ち、違う。だから……」
「ほんにどしたぁ」
「いや、だから」
「なんかあったら言うてみぃ。あたすの方が年上のお姉さん――」
「お前の乳首が浮いてんだよっ!」
我慢の限界を超えて、京一が絶叫した。
しばらくきょとんとしていた真由だが、言葉の意味に気づくと、大慌てで胸を隠す。
「なっ、なっ、なに見てるだっ!」
「見たくて見たんじゃないだろ。二十歳超えた女がノーブラでうろつくなっ!」
「そったらこと言うても、そんなにたくさんブラ持っとるわけでねぇからしょうがなかろ!」
「か、数の問題じゃねぇっ!」
「だいたい誰も普段なあんも言わん!」
「隣に若い男が居るときぐらいは気をつかえ!」
「ほっとけ!」
「ほっとけるかっ! 第一そんことしてたら形が壊れるだろうがっ! 女なら自分のスタイルに気をつかえ!」
「まっ、また気を使えって年上に言うことでねぇぞ! それにあたすの胸はそんな簡単に崩れんっ!」
「だからそういうことじゃなくて!」
「んだらなんだぁ!」
「自分に惚れかけてる男にそんなもん見せるなっつってんだよ!」
「……!」
勢いに任せて自分の想いを言ってしまった京一は天を仰ぎ、片手で顔を押さえた。
言われた真由はただ大きく目を見開いて固まっている。
乱暴に頭をかくと、あきらめたように息を吐き、京一はタバコを取り出した。しけてないかな。そう呟きながら火をつける。幸いにもタバコはそう濡れてはいなかった。
「いま言ったの――」
ささやくような声で真由が口を開いた。しかし、それは土砂降りの雨音でほとんどがかき消されてしまう。同じ言葉を真由は再度口にした。
「いま言ったの、ほんとか」
「嘘で言えるか。あんなバカみたいなこと」
「ん、んだどもまだ会っでちょっとしか経ってねぇし」
「仕方ないだろ。それにこういうことに時間は関係ないらしいし。自分でもこんな田舎もんにどうしてって思ってるよ」
「あたすだけかと思ってた……」
ぽそりと言った真由の声はわずかに震えていた。
「……マジか」
今度は京一が固まる番だった。しかし、京一はすぐに立ち直り、真由の肩に手をかけた。幸いというべきだろう。辺りに人影はなく、この豪雨の中人が来る心配もない。
京一の行動に驚いた真由は身動きもせず、近づいてくる京一の顔を見つめている。
真由がそれを避けるようにうつむく。
「嫌か」
「い……いまはだめだぁ……。ま、祭りが終わったら」
柔らかく京一の胸に手をつき、ゆっくり体を離す真由。
「祭り?」
「それが終わっても……まだあたすのこと好きだっちゅうて言うてくれたら」
まるでわけがわからないが京一には頷くことしかできない。
「わかった。祭りが終わったらだな」
今度は真由が頷いた。なぜか申し訳なさそうな顔をしながら。
それから三日後、祭りの準備がすべて整い、翌日に祭りを控えた夜である。
ここ数日、夕食時になると、京一たちと親しくなった村人が奥山家を訪るのが慣例になっていた。
祭りが近づき普段よりも陽気になった村人達はなにかと理由をつけて騒ぎたいのである。
特に今晩は明日が祭り当日のせいだろう、村中の人間が集まっているのかと思うほどの人数だった。
宴もたけなわ、地酒――村でビールはめったに手に入らないため、宴会になると違法ながらそれぞれの家で作った酒がメインになる――
を飲みながら皆で騒いでいると、タツが真由になにやらささやいている。
気になった京一がぼんやり眺めていると、真由は席を外してしまった。
しかし、彼女はすぐに戻ってくる。
手にはなにやら白い紙に包まれたものを持っている。形から見るに瓶のようだ。一升瓶のような形をしている。
真由はそれを抱えたまま京一の横にやって来た。
目ざとくそれを見つけた村人がそれをはやし立てる。それを皮切りに、部屋中に居る人間のほとんどが京一と真由を冷やかしだした。
真由は顔を真っ赤にしながら瓶を包んでいる紙を取っていく。中から出てきたのはガラス瓶ではなく、白い素焼きの瓶だった。
「これを京一に飲んでもらうようにって」
「なにこれ」
「お祭りのお神酒」
「そんなもん俺が飲んでいいの? 大事なものなんじゃないのか。というか祭りは明日からだろ。いま飲んでいいのか」
「京一が飲まねぇと始まんねぇから……」
歯切れの悪い調子で真由が顔を伏せる。
妙な違和感を感じながらふと周りを見ると、いつの間にか話し声がやみ、その場にいた全員が京一に注目していた。
雅彦と目が合うと、彼は無言で飲めと語っている。
叔父の圧力に負けたように、京一は一息に手にしていたぐい飲みを空にする。そこへすかさず真由がお神酒をつぐ。
妙に張り詰めた空気の中で、京一はぐい飲みのふちに口をつけた。そのままわずかに傾ける。
うまい。
口の隙間から侵入した酒が舌先に触れた瞬間、京一はそう感じた。
それほど多くの種類の酒を飲んでいるわけではないが、尋常のうまさではないことがわかる。
まるで果実のような爽やかな香りと、すっきりしたのどごし。しかし、どっしりとした重厚な味。矛盾する幾多の要素を併せ持つ極上の酒だった。
京一は酒豪というわけではなかったが、この酒ならいくらでも飲めそうだった。
「うま――」
い、を言い切ることは京一にはできなかった。おかわりを要求することもできない。猛烈な睡魔が彼を襲ったのである。
まぶたを開けていられない。体のバランスも取れない。京一は目の前の真由を見つめながら床に体を横たえ、眠りに落ちた。
すまね。消えるような真由の声が京一の夢の中で聞こえた。
……どぉん、どぉん……どぉん、どぉん――。
規則正しい間隔で響いてくる低い太鼓の音で京一は目を覚ました。
「……な、なんだ?」
薄暗く狭い部屋の中で京一は目をぱちぱちさせる。自分がいまどうなっているのかまったくわからない。
相変わらず太鼓の音は外で続いている。
ゆらゆらと揺れて、まだ夢を見ているような気がする。そう思った瞬間、京一は気づいた。揺れているのは気のせいではない。部屋自体が移動している。
「なんだこれ」
数瞬前と同じようなセリフを吐くが、数瞬前と同じで事態は謎のままである。
さっぱり事態が飲み込めない京一は、ともかくここから出ようと起き上がることにした。
が、体の自由がきかない。薄暗がりの中で目を凝らしてみると、自分が貼り付けにされていることがわかった。
ご丁寧に両手首、両足首に金属製の枷がつけられている。
「え!? なんだこれ」
さすがに京一が慌てた声をだす。
ばたばたと腕を動かしてみるも、かなり頑丈な枷らしく、びくともしない。
「え、マジ? なんでこんなことになってるんだ?」
問いかけてみるものの、暗闇が返すのは沈黙のみ。
じんわりと京一の心の底に恐怖が滲み出す。
「誰か! 誰かいないのか! 縛られて閉じ込められてるんだ! 誰か!」
大声で助けを呼んでみるものの、やはりなんの反応もない。
あきらめた京一はじっと息を潜め、辺りの様子を探ることにする。
すると、太鼓の音に混じって、たくさんの人間の足音が聞こえることに気づいた。
「ぃよぉーぉおー。かしこみー。かしこみー」
突然外から大声が聞こえた。
そのおかげか、京一はいま自分が居るのはどこかの部屋ではなく、誰かが担いでいる棺桶のようなものの中だということを知った。
そこで頭を数日前に調査した神輿がよぎる。
あれは確か……例の六十年だか百年にだかに一度のお祭りで使うとか言ってたやつだよな。中には人が入るようなことを言っていた。
もしかしてここはその中か。
そう考えると、先ほどの奇妙な節回しの大声も祭りに関する祝詞のように思えてくる。
わけのわからないことだらけではあるが、例の祭りに関わることかもしれないと考えると、京一は妙に安心してきた。
誘拐だとか殺人のような身の危険はなさそうだと判断したのである。監禁はされているが。
「しかし、なんで俺がこんなところに閉じ込められる必要があるんだ。祭りのせいなのか?」
いまにして思えば、村に来た当初から村人の様子がおかしかったことを思い出す。
妙に京一のことをじろじろと眺め、この子が祭りの、例の、といったふうに彼のことを言っていたような気がする。
最初から俺はこの祭りでなにかをさせられるために呼ばれたのだろうか。
叔父は俺なんかがそんな大事な祭りでなにかをすることなどないと言ったが、あれは嘘だったのだろうか。
考えれば考えるほど、混乱してきた京一は考えるのをやめ、再び周囲の様子を窺うことにする。
どぉん――。
どぉん――。
飽きもせず太鼓が続いている。
と、外で先ほどのように誰かが声をだしたのが聞こえた。
「ぃぇーやぁー。かしこみー、かしこみー」
しかし、先ほどとは違い、一人が言うと他にいた大勢が同じ文句を唱えた。
かなりの人間がいることは足音からわかっていたが、京一が思っていたよりも多くの人間がいそうである。
声から察するに、村中の人間が集まっている可能性もある。
「おぉんとつくによりまいられしたっときおおぉんかたを――」
京一にはなにを言っているかさっぱりわからなかったが、声の主だけは見当がついた。タツである。あの老婆がどうやら事態を仕切っているらしい。
そういえば巫女だとか言っていた。京一がそう考えたとき、体が斜めになった。
「うぉっ」
思わず驚きの声をあげてしまう。
どうやら階段を上っている様子である。
再びタツの声が聞こえる。
「しぃばしこのちにとどまらぁれぇわれらのさぁさぁげものをおうぅけとりほうじょうをおぉやくそくくぅだぁされー。かしこみーかしこみーもうしあげたぁてぇまぁつぅりぃまぁすぅー」
木のきしむ音――おそらく扉が開く音であろう――が聞こえたかと思うと、複数の足音が遠ざかっていくのが聞こえ、もう一度木のきしむ音がした。
これからなにが起こるのか、京一が緊張して待っていると、しだいに大勢の足音とともに太鼓の音が遠ざかっていく。
予想もしなかった展開に京一は慌てた。
「え? 誰かー! え、俺放置プレイ!? ちょっと! 誰か助けてくれー!」
あせって体を動かすも、鉄枷ががちゃがちゃと乾いた音をたてるのみ。
やがて、もがきつかれた京一が静かになると、それにあわせたように木のきしむ音がした。
誰かがやってきたようだ。
「よかった。マジでこのままほっとかれるのかと思った。早くこっから出して欲しいんだけど」
京一は喜びに溢れた声で話しかけたが、相手はなんら反応しない。
「え、誰かいるんだろ。ビビらせてないで早く助け――」
「おぉんとつくによりまいられしおおぉんかたをもてなさんと――」
京一の求めが聞こえているはずなのに、相手相手はまるで無視して一人で話し続けている。
この声は……。京一が声の主に気づく。
「おい! 真由だろ! 早く出してくれ。これはいったいなんなんだ!」
「いたらぬみではありますがおそれおおくもおんみにおつかえつかまつることに――」
自分がまるで相手にされていないのがわかり、京一はすべてをあきらめ成り行きにまかせることにした。
しばらく相手は呪文めいた文句を口にしていたが、やがてそれも聞こえなくなる。
すると、今度は衣擦れの音がしたかと思うと、がたがたという音が聞こえ始めた。
どうやら自分の入っている箱を取り出そうとしているようである。
京一は自分が解放されるときは近いことを知った。
がちゃり。かすかな音とともに、京一の閉じ込められていた箱のふたが開いた。
京一はまぶしい光が差し込み、目がくらむことを予想したがそんなことはなく、かわりに女が京一を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「……真由……か?」
思わず京一は言葉に詰まってしまった。
京一が呆然としているのを、真由は縛り付けられたショックのせいだと思ったらしい。
申し訳なさそうに謝りながら京一の枷をはずしてくれる。
「ほんにすまね。祭りが始まるまで黙っとくんがしきたりじゃっちゅうて婆ちゃんが言うもんで。
それに先生も説明したら断られるっちゅうもんだで……京一にはほんにすまねぇことしたなぁ」
京一は解放されて箱から立ち上がったあとも、黙ったまま一言も話さない。いや、話せない。
実際には京一は監禁、束縛されていたことにショックを受けていたわけではない。
一瞬だが、相手の女性が真由だとわからなかったことに驚いていたのである。
確かに、京一と真由は知り合って一週間という短い期間しか経っていないが、その一週間、毎日ほぼ二十四時間一緒に過ごしていた相手である。
普通ならそんな相手を見間違うはずがない。
こうして話す言葉を聞けば真由だということがわかるが、それでもまだ夢を見ているのではないかと疑ってしまう。
なぜなら、真由が出会ってから一度も見たことがないような格好だったからである。
いつものティーシャツにジーンズではなく、真っ白な着物に、朱の袴という見事な巫女姿。
顔も普段とは違い、うっすら化粧をしており、特に唇に引かれた紅が京一の目を吸い付ける。
こうして見ると、漂う雰囲気さえ、どこか静謐な気がしてくるのが不思議なものだ。
いまの彼女は自分よりも間違いなく年上に見える。
辺りが薄暗いせいもあるのかもしれない。
部屋の中には四方の壁にかけられた蝋燭しか明かりがなく、灯の届かない暗がりだらけの怪しげな雰囲気である。
「京一?」
真由が不安気に声をかけてくる。
「……え。ああ、悪い。ちょっと手首がな」
自分が見とれていたのを誤魔化すために、京一は手首をさすってみせる。彼はそこで初めて自分の格好に気づいた。
「おわっ! はっ、裸じゃねーか!」
慌てて前を押さえ、真由に背中を向ける。
「お、俺の服は!? これはいったいなんなんだよ。説明してくれるんだろうな」
間抜けな格好で京一は真由を責めたてた。
「す、すまね。ほんとは先に渡すのはだめなんだけんど、これ」
京一の裸を見ないようにできるだけ顔を背けながら、真由が傍らに置いてあった包みから白い着物を取り出した。
肩越しに真由の様子を見ながら、京一は格好こそ違うものの恥ずかしそうにしている彼女を見て、相手は真由なんだと改めて思う。
「なんだこれ、白装束かよ。縁起悪いな。下になにも着てないからすーすーするな」
京一はそう言ったが、襟元や裾に金糸で細やかな刺繍がしてあるので、厳密な白装束とはいえない。
「さあ、説明してくれよな」
京一は股間が隠れるように注意深くあぐらをかいた。
真由もそれに合わせるように腰を下ろす。彼女は恐る恐るといった様子でぽつぽつと語り始めた。
「ふむ。こんなところか」
テーブルの前に座り、ノートパソコンに向かっていた雅彦はキーボードから指を離し、息をついた。
ノートパソコンの横においてあったタバコを取ると、うまそうに一服する。
煙を吸い込みながら、いままで書いていた文章を読み返す。
京一が居たときにはかけなかった文章。つまり、この村に伝わる神事についての文章である。
要約すると以下のようになる。
秘山村の神事について。
村の外から来た神を奉り、歓迎し、村に幸を約束してもらうための儀式である。
村に新たな技術や血をもたらした外界の人間を村に取り込むための婚姻が長い年月を経て変化、儀式化したものであると推測される。
十干十二支が一巡する六十年に一度行われる。
六十年後とという期間については、おそらく一世代に一度ということではないだろうか。
他の多くの村の神祭りの神事と同様に神には生贄が捧げられる。
秘山村の場合は処女の巫女が貢物とされている。
ただ珍しいのは、通常女性が差し出される際には性交により処女性が奪われ、それにより貢物を受け取ったとみなされるのだが、
秘山村の儀式の場合は、厳密な意味での性交ではない点である。
秘山村においても巫女が貢物となり、その処女性が重視されるという点は他の場合と同じである。
しかし、この神事においては、女性器を排泄口である肛門に近い、けがわらしいものとして神に捧げるにふさわしくないとしている。
それではなにを捧げるのか。女性の口である。
口は人間が生きていくために水や食料を取り込む場所であり、いわば生命の源である神聖なものである、
として女性の口による男性器への愛撫を貢物としている。
村の巫女、古老が語るには、かつて神が毒蛇に股間を噛まれた際に、
巫女がそこにくちづけ毒を吸いだした功により巫女は神の妻となったことに由来する、ということである。
村にはその治療のときに神が腰を下ろしたという岩(奉口石)が存在する。
以下は私見であるが、口による男性器への愛撫を神事としたのは、村を人間と見た場合、
口から外様人を体内(つまり村)に取り込むということへの比喩ではないだろうかと思われる。
また、古事記においてスサノオが食物の神オホゲツヒメが口や尻から出した料理を食べさせようとしたことに激怒し、
切り殺したというエピソードからもなんらかの影響を受けているのではないだろうか。
文章を推敲し終えると、ノートパソコンの電源を切り、雅彦は吸っていたタバコを灰皿に押し付けた。
大きく伸びをすると立ち上がり、窓のほうに向かう。村を眺めながら二本目のタバコに火をつける。
外では村祭りが盛り上がっている。
祭りの始まる今日、京一の乗せられた神輿が山のお堂に収められるまでは、村人達も厳粛な面持ちで静まり返っていたため、
村も厳かな雰囲気に包まれていた。だが、彼らは山から帰ってきた途端、村中に明かりをともし、酒を飲み、大騒ぎを始めたのである。
誰かが太鼓を叩いているかと思えば、誰かは大音量で音楽をかけている。
夜風に乗って食欲をそそるいい匂いが漂ってくる。
老人がネリーのラップにノリながら――歌詞の意味をわかっているのだろうか――盆踊りを踊っている横で、土俵では青年が相撲をとっている。
近くの村からも人が来ているのだろう、普段よりも明らかに人が多い。
星明りと虫の声のみの普段の夜とは大違いである。
雅彦は山のお堂のあるあたりに目をやった。
「いまごろどうなってるかな……」
彼は甥の心配などかけらもしていない。騙したとも思っていない。むしろ羨ましがっている。
なにしろ六十年に一度、部外者には一切関わることを許されない神事の当事者になれるのだから。
「俺もそろそろ祭りに行くか」
三本目のタバコをくわえると、雅彦は祭りを楽しむために部屋を出て行った。
「だ、だから、外から来なすった神様をお慰めすんのが巫女のすごとで……」
「ようするに俺はそのための生贄なんだな」
「いや、どっちかっつうと、あ、あたすのほうが生贄で」
「叔父さんに騙された……」
京一はなんとか一生懸命に事態を説明しようとする真由――いまひとつ要領を得ない説明ではあったが――の話を聞き終えると、天を仰いだ。
「す、すまね」
頭を下げる真由に京一が手を振る。
「そんなことするなよ。騙された俺が悪い、ていうか騙した叔父さんが悪いんだしな。それよりも……真由はそれでいいのか」
「なにが?」
「こんなことしてもいいのかってことだ。昔から伝わる儀式かなにかしらないけど」
「あ、あたすはその……きょ……京一が嫌でねぇなら」
床にのの字を書きながら、真由が震える声で言った。
「俺が嫌なわけないだろ。でも本当に真由はいいのか」
真由は静かに頷いた。
「ん」
「もし俺が嫌だって言ったらどうするんだ」
一瞬だけ、真由は面をあげて京一の顔を見た。しかし、すぐにまた顔を伏せる。
京一の目に血の気が引いて青ざめた顔をしている真由が映った。
「そ、そんときはあたすが嘘ついて、婆ちゃんにちゃんとしたっちゅうて京一には迷惑がかからんように――」
今にも泣き出しそうなかすれた声で、一語一語途切れがちに呟く真由。
「まあ――嫌だとは言わないけどさ」
そもそも、そんな嘘をついてもすぐに見破られてしまうだろう。
なにしろ真由はとことん嘘がつけないバカ正直な性格である。すぐにボロがでるに決まっている。
京一は思ったが、それは飲み込み口にしない。
「ほ、ほんなら」
「なんかマジでわけがわかんないけど、ラッキーだと思うことにする。よろしく」
諦めたのか、悟ったのか。京一がぺこりと頭を下げる。
それを察したのだろう。真由が土下座するように体を伏せた。着物の袂が左右対称に薄暗い床に広がる。
おそらく、真由の前の巫女も、その前の巫女も同じように礼をしたのだろう。
「よ、よろすくお願いすます」
まるで場違いな挨拶を交わす二人。
「で、俺はどうしたらいいんだ。なんか、その……作法? とかあるんだったら」
「ん……奥の所に腰掛けるところが」
京一が背後を振り返ると、真由の言ったとおり、ちょうど腰を下ろすのによさそうな場所があった。
ひな祭りの段のようになっていて、上のほうと左右になにやら飾りがある。玉座のようにも見える。
京一はそこに腰を下ろした。彼の前には顔を伏せてかしこまっている真由がいる。
彼はごくりとつばを飲み込んだ。これから始まることへの期待のせいだろうか。
「御身にお仕えするには余りに不肖未熟なれどこの身のすべてを捧げ奉る」
真由が突然なにやら言い出した。
普段の彼女とはまるで違う落ち着いた声色に京一は思わずどきりとする。
「真由……?」
不安になった京一が名前を呼ぶと、三つ指をつきながら真由がゆっくりと顔をあげた。
そのままするすると這うようにして京一のもとにやって来る。
「真由」
再び京一が声をかける。
真由は京一を見上げると、顔を真っ赤にしながら唇を動かした。
「……初めても、ええか?」
「お、おう」
緊張した面持ちで京一が返事をする。
真由は京一の着物の裾に指をかけ、丁寧な動作でそれをよける。
京一の下半身が露になった。まだ勃起してはいないが、少し起き上がりかけている。
真由も緊張しているのだろう。驚きで瞳を大きく見開きながら、息をするのも忘れて京一のものを見つめている。
薄暗がりで、蝋燭の頬に顔を照らされながら、自分のものを食い入るように見つめている真由の姿は京一にはひどく卑猥に見えた。
そのせいでペニスに血が流れ込み、むくむくと大きくなっていく。
「え、え――」
目の前で見る見るうちに勃ち上がるのを見て、真由がうろたえ、声を漏らす。
しかし、瞬きをすると、ゆっくり顔を京一の股間に近づけていく。
距離が詰まるに連れて、真由が唇を開いていく。半開きになった頃、彼女の唇が熱いペニスの先端に触れた。
「ん……む……」
まるでキスをしているような形で京一のものに触れた真由の柔らかい唇は、そのまま亀頭の形に沿うように少しづつ大きく開かれる。
徐々に自分のものが暖かいものに包まれていく快感に京一がくぐもった声をあげる。
すると、真由はペニスを半ばまでくわえ込んだまま、動きを止め、京一を見上げた。なにか苦痛を与えたのかと思ったのだろう。
京一が軽く首を振る。
「気持ちよかったから声が出ただけ」
その言葉が嬉しかったのか、真由は目を細めると、再びペニスを飲み込み始める。
ゆっくりと時間をかけて根元までくわえ込むと、いったん動きをとめる。
その動きのせいで、京一のものは完全に勃起しきっていた。
真由は自分の口の中で大きくなったものに目を白黒させているが、決して嫌がっていない。むしろその表情は無邪気に喜んでいるように見える。
行為とのギャップに京一はさらに興奮した。
真由はひとつ深呼吸すると、先ほどとは反対に今度は頭を引いていく。
真由の唾液で濡れ、てらてらと光った幹がずるずると、薄く紅を引かれた唇から姿を現す。
最後に雁首に唇が引っかかったせいだろうか、真由は勢いよく跳ねるペニスから口を離した。
ぼうっとした様子で、自分がくわえていたものを眺めながら、真由が唇に指をやった。自身のよだれで濡れている。
その姿が余りにいやらしかったため、京一の下半身に力が入り、ペニスが動き、すぐそばにあった真由の唇を軽く叩いた。
「んっ!」
驚いた真由が顔を起こした。京一と目が合う。
「……ほんもんは、違う……。あったけぇんだ……」
真由の独り言を京一は耳ざとく聞きつけた。
「本物ってなんだよ」
「――え?」
「いま言っただろ。本物は違うって」
「……! あ、う……それはその……」
もじもじと口ごもる真由に、京一が畳み掛ける。
「どういうことなんだ」
「そったらこと言えねぇ……」
「ダメだ」
「んだから、その、修行んときに」
「修行? 巫女のか?」
「ん。巫女の修行のときに、れ、練習さしたんだ」
「どんな」
「つくりもんの……おちん、ちんで、神様へのご奉仕の」
恥ずかしさで泣きそうになりながら、真由がぽつりぽつりと説明する。
どうやら真由はバイブ――この場合は張り型と言うほうがいいだろうか――でフェラチオの練習をしたらしい。
「そ、そんときと違ってほんもんはあったけえし、硬いのにやらかいし、あたす驚いてしもて」
なんとか京一にわかってもらおうと、いじらしい態度で真由が言葉を重ねる。
「ふうん」
京一が意地の悪い顔で笑った。
「フェラチオの練習なんかしたんだ。エロいな」
残念ながら、真由の言葉は京一の興奮を煽ることになったのだ。
慌てて真由が口を開く。
「ちっ、ちが……」
「あ、フェラチオって言葉は知ってるんだ」
「えっ、あ、それは――」
おろおろとうろたえるばかりの真由。
「普通巫女の修行でフェラの練習なんかしないだろ」
「んっ、んだども」
京一が真由の言葉を無視して、彼女の頭を撫でる。
「それじゃあその修行の成果を見せてくれ。今が本番だろ」
「……京一はなしてあたすに意地悪すんだ」
「真由が好きだから。好きな人をいじめたくなるタイプなんだ」
真由の目じりがぽっと染まる。
「そっ、そったらことで誤魔化されんけど、大事な儀式だかんな……あ、ん」
完全に誤魔化された様子で、真由が京一のものに奉仕を再開した。
血管が浮いたペニスをくわえる。
中ほどまでを含むと、真由は舌を使い始めた。亀頭に舌を這わせる。
新たな刺激に京一が腰を浮かせる。
突然の動きに反応できず、のどをペニスに突かれた真由が顔をしかめ、むせる。
それでも京一のものを吐き出さずに耐えきると、再び舌を動かし始めた。
初めのうちは本物に慣れていないせいか、おっかなびっくりというような動きだったが、次第に舌が滑らかに動き出す。
つるつるした亀頭を撫でるように巧みに舌を動かし、京一の快感を高める。
舌先で裏筋から雁首を器用になぞる動きなど、とても初めてのフェラチオとは思えない。
京一がうめき声を出すたびに、真由は嬉しそうにくぐもった吐息を漏らした。
そのうちに、真由は軽く頭を動かして、唇でペニスをしごきはじめる。
「んっ、んっ、んっ」
のどの奥で声を出しながら、小刻みに京一のものを唇から出し入れする。歯をたてることもなく、舌を動かすことも忘れない。
「すごいな。マジでうまい。修行は伊達じゃないな」
京一が感嘆のする。
それに応えてか、しだいに真由の動きが早くなっていく。
じゅぷじゅぷと水っぽい音が真由の口中でしている。飲み下せないよだれが口の中に溜まっているのだろう。
「んまっ、ん、あんむ。ん」
一生懸命に奉仕を続ける真由の姿を見ているうちに、京一の快感も高まってくる。
ここ数日禁欲的な生活を送っていたせいか、普段よりも早く達してしまいそうだった。
ふぅふぅと息を荒げながら真由が舌を肉棒に浮かび上がった血管に這わせる。
次いで、真由がぐるりと雁首を回るように舌を動かしたのがとどめになった。
京一が切羽詰った声でうめく。
「でっ、出るっ……!」
「んぃっ!?」
真由がなにごとかと京一の様子を上目遣いで窺うと同時に、彼女の口の中でペニスの先端が膨れあがった。
京一が腰を跳ね上げて真由の口の中に自分のものをねじ込む。
「ひょういひっ!? んんんんっ! んぇっ!」
のどに発射される熱い粘液に真由が悲鳴をあげる。
しかし、それにかまわず京一は惚けた表情で真由の口の中に欲望の塊を吐き出し続ける。
ここ数日でためられた大量の精液が真由の口内に溢れかえるが、真由は吐き出すことなく懸命にそれを飲み下そうとする。
「ふぅ、ぅえっ! んぐっ、む。んあぁ……」
京一が射精を終えたのを見計らって、ようやく真由はペニスから口を離した。唇と亀頭の間にねばねばと糸が引く。
開かれた唇から、まだ彼女の口の中に白いものが残っているのがわかる。
涙目になりながら、口をもごもごさせると、のどが動いた。口腔内に残った精液を飲み込んだのだろう。
それから舌で唇についたものをぬぐい、それも飲み込む。
「はぁぁ、す、凄かった……」
呆然とした顔で真由が息を吐く。
「よ、よく全部飲んだな。けっこう溜まってただろうに」
呆れたように京一が言う。
「んだなぁ……あんなに凄いとは思わなんだけんど……できるだけ無駄にしないようにっちゅうて」
どこか熱に浮かされたように真由が答えた。
それからおずおずと京一の股間に手を伸ばす。
驚いたことに、彼のものはまったく萎えることなく立ったままだった。
真由はペニスに手を添えると優しく握り締めた。
京一が自分のものを見下ろして驚きの声をあげる。
「なんだ? 出したのに勃ったままだ」
「昨日京一が飲んだお神酒のせいだと思う」
「お神酒?」
いきなり出てきた単語に京一が頭をひねる。
「――そうだ、あれを飲まされたら急に眠くなったんだ」
「あれ眠り薬も入ってんだけど、ほんまの目当ては精力剤っちゅうことで飲ませるらしい。んだで……」
「そのせいか。凄いな。で、そんなことしたんだったら一回で終わりってことはないよな」
京一の言葉に真由が頬を染めながら頷いた。
「ん。京一が満足するまですんのが儀式だから」
そう言うと、真由は京一のものを掴んでいた手を上下に動かし始めた。