「りっかちゃん、あーそーぼっ」  
お家の外からはるちゃんの声がきこえた。はるちゃんを待たせないように、私は玄関まで、とたとたと音をたてて走る。  
 
 
            うちべんけいとおせんべい  
 
 
「大きな声を出して。まったく、きみは『ごきんじょめいわく』ってものを知らないのかなっ」  
口から出るのはいつもいじわるな事ばっかりで、自分がいやになる。  
けどしょうがないのだ。私は『おねーさん』なんだから、しっかりしないといけないのだ。  
はるちゃんにはもう、なさけない姿なんて二度と見せられない。  
「だって、チャイムには、僕はちっちゃいから、手がとどかないんだもん」  
うじうじしながらそんな事を言うはるちゃんはとてもかわいらしい。  
……だめだ。頭をなでてあげたい。  
けど、『おねーさん』なのでそんな事はくやしいけど、いや全然くやしくないのだけど出来なくて、  
「まったく、きみはちっちゃくて、本当にたんそくだな」  
と言ってしまう。けど、かみの毛をいじりながら言う私は『おねーさん』っぽいにちがいない。  
 
私より一つ上のかなこちゃんは、キレイな長いかみをしていて、大人っぽくて、おしとやかな子なのだ。  
はるちゃんが『年上の女のいろけ』というモノにやられてしまうのもしょうがない。  
なので、私も大人っぽくなるために髪を伸ばしているのだ。今は肩よりちょっと下くらいまでしか伸びてないけど、  
ゆくゆくは、かなこちゃんみたいな『サラサラのろんぐへやー』を手に入れて、はるちゃんをめろめろにしてしまう予定なのだ。  
 
「あ、おばさん、こんにちはー。おじゃまします」  
「春君こんにちは。どうぞ上がって下さいな」  
野望にもえる私の後ろには、いつの間にかお母さんが立っていて、はるちゃんを中につれて行ってしまった。  
あわてて私も追いかける。お茶の間ではるちゃんとお母さんは、おせんべいをばりばり食べていた。  
 
「りっかちゃん、おせんべいおいしいよ、いっしょに食べよ?」  
つぶらなひとみをかがやかせながら、一口食べたのか、三日月の形をしたおせんべいを私にさしだしながら言うはるちゃん。  
むしろはるちゃんを食べたいなんて思ったことは絶対に言わない。  
「まったく、食べかけのものをさしだすなんて、きみは『てーぶるまなー』がなってないんだから」  
おぎょうぎ良くしないと、うちは大丈夫だけどよそのお家に行った時に、はるちゃんがダメな子だと思われてしまうじゃないか。  
そういう風にきびしく言ってみると、はるちゃんはガックリと肩をおとして、  
「ごめんなさい、じゃあ、こっちをどうぞ」  
と、欠けてない方のおせんべいを渡してきた。けど、私は最初に渡された方のおせんべいを食べた。  
「出されたものは、えんりょせずに食べないといけないのだよ。」  
なんて、もっともらしい理由をつけて食べているけど、本当は、はるちゃんが口をつけたから食べたかったのだ。  
などという理由では決してない。絶対にちがうのだから。『かんせつキス』をしてみたかったなんてやましい理由じゃないんだから。  
私がおせんべいをがりがりと良くかんで食べていると(これも30回かんで食べるのがけんこうに良いからで、他の理由はない)、  
お母さんが口を開いた。  
 
「あらあら、六花ちゃんとお母さん、間接キスしちゃったわねぇ」  
!  
な、なにを、  
「お母さんが一口齧ったおせんべいを春君にあげて、それを六花ちゃんが食べたから、」  
「お、お母さんっ! た、食べかけのものをあげるなんて、おぎょうぎが悪いんだからっ!」  
な、なんてことだ。べつに私は、お母さんと『かんせつキス』したかったわけではないのだ。  
いや、もちろん、はるちゃんとしたかった訳でもないので、別に、おちこんでは、いないのだけど。ほんとに。  
 
その日お母さんと一言も口をきかなかったことも、おせんべいのこととは、かんけいはない。……たぶん。  
 

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