朝。窓の外を見るが、春はまだ来ない。  
温暖化と言われていても、やっぱり冬は寒いものだ。起きられなかったのかもしれない。  
低血圧の所為か寝不足の所為か分からないけれど、眠りから覚めた後しばらくは気だるさが取れない。頭もぼーっとしている。  
まだ布団から出たくないと訴える身体を動かし、いつものように窓の傍に立って、まだ人気の無い早朝の街の風景を見続けた。  
今日は、昨日とは違うといいな。そんな事を思いながら。  
 
 
……いくら走っても頭は正常に動かない。  
日課であるランニングから帰ってきた俺は、テーブルに用意された白米と味噌汁を食べていた。  
両親は共働きで、朝は俺が外を走っている間に出勤してしまうし、帰ってくるのは早くても10時を回ってしまうので一緒に食事をする事は殆ど無い。  
幼い頃からそうだったがこれといって寂しく思わなかったのは、隣の家に世話になったおかげだろう。  
今日は月曜日。土日でだらけたという事以外の原因もあって今日は学校をサボりたかったが、そういう訳にはいかない。  
使った食器を洗った後、着替えを済ませ家を出た。――右ポケットに入っているナイフの重みを感じながら。  
 
学校に着き、自分の教室に行くと悪友である鈴木が待ち構えていた。  
「おーい伊坂、先週の金曜ロードショー見たか?」  
先週はジブリの虫がウヨウヨ出てくるアニメがやっていて、見たことはあったが何故か俺は見ていた。  
「ああ見た見た。何度見てもやっぱりジブリは最高だなぁ」  
と答えると、鈴木は鼻をフンフンと荒くしはじめた。  
「そうだ!姫様の乳は最高だ!! 彼女を生み出した功績は余りにも大きい」  
「話を勝手に作るな! 俺はそんな事一言も言ってないぞ」  
 
鈴木は中学からの付き合いだが、未だに彼の趣味は分からない。  
昨日は聞きたくないと言ってるのに「ブルマは国が保護しなければならない!」とか何とか延々と5限の授業に食い込んでまで語っていた。  
もう、どっちかに絞れと言いたい。二兎を追う者は一兎も得ないのだと古人も言っているじゃないかと。  
「だがしかしっ、しかしだ!」  
鈴木は声を張り上げたかと思うと、ニヤニヤしながら俺の耳に手を当てて、  
「伊坂は胸のでかい女が好きだろう?高橋先輩ばかり見ているのは知っているのだよ」  
と呟いた。不意に言われた言葉に思わず目を見開く。図星だったからだ。  
「高橋先輩は良いよなー。巨乳で、三つ編みで、メガネ! 現代の三種の神器だ!!  
 三つ編みでメガネという清楚や真面目なイメージを抱かせる事象に反する巨乳という性的な対象を併せ持つ事で、」  
反応に困って何も言う事の出来なかった俺は始業を告げるチャイムの音を聞いて胸を撫で下ろし、まだ喋り続ける鈴木の頭を一発殴ってから自分の席に戻った。  
 
今日の授業が全て終わり、帰宅部なので帰る準備をする。  
朝の後も鈴木は話しかけてきたが、それ以降は「高橋先輩」の話題は出さなかった。  
その辺の気遣いが、友達の少ない俺が彼と交流を続けている理由なのだろう。何だかんだいって彼は人間が出来たいい奴なのだ。  
いつもは鈴木と一緒に帰るところだが、彼は寄る所があるそうで先に帰ってしまったので一人で自宅へと向かう。  
校門を過ぎる時、前を歩く人々の中の一人に目が止まった。その人は友達らしき女の子と笑いながら話していた。  
現代の高校生には、というよりもそれ以外でも珍しい黒く長い背中の中ほどまで伸びた三つ編みの髪を揺らしながら歩く後ろ姿。  
間違いようが無い。高橋六花 (りっか) だ。彼女を見つけてため息をついた。帰るまで彼女の後姿を見続けなければならない。  
なぜなら彼女は、俗に言う、お隣さんという奴だからだ。  
 
「ここ、間違っているよ。」  
ずれたメガネを上げながら、六花はそう言ってノートの一部分を指差した。あ、単純な掛け算を間違えているじゃないか。  
俺は指摘された部分を直し、さっきまで解いていた他の問題へと移った。  
「…まったく。こんなトコロで間違えて、こんな調子で君は本当に大丈夫なの?」  
確かに、と思う部分もあったし口答えをしても無駄なので、彼女の淹れてくれたお茶を飲みながら黙って小言を聞くことにする。  
彼女は学校では大人しい性格で通っているが、実際の所は結構キツイ性格をしている。内弁慶という奴だ。  
帰ってきた俺は彼女と俺の部屋で勉強をしていた。と言っても、彼女は俺の勉強をみているだけだが。  
 
彼女は外見の印象と違わない成績優秀な学生だ。進学校である俺たちの通う学校の試験でも順位はだいたい一桁で、二桁になった事は中学の時の一度しかない。  
3年は受験科目以外の勉強を怠る人もいるので定期テストは当てにならないが、予備校の模試でもかなり良い評価を出しているので彼女の実力は本物だろう。  
それに対して俺は勉強が出来ない。壊滅的とまでは行かないまでも、用語やら年号を勘違いして覚えていたりケアレスミスを犯す事が多くて成績が悪い。  
予備校でも入れようかと親が悩んでいた所に隣の家の彼女の親が話に入ってきて、いつの間にか彼女に勉強を教わる事が決まっていた。  
 
「君はドコの大学を狙っているの?ちゃんとした目標も決めないで惰性で勉強していたって何も意味が無いよ」  
志望する大学はあるにはあるのだが、彼女にどういった反応されるか分からないので言わない事にした。  
行きたい所が俺の成績では高望みどころの話ではない。まぁ、それだけなら彼女の言う事は予想はつくのだけれど、それ以外にも問題がある。  
昨日の夕方の事があって本当にそこに入りたいのか、俺には分からなくなっていた。  
ミニスカートと、薄着のセーターを羽織り、三つ編みを解き髪をアップにして纏めてきた彼女を横目に見ながら昨日の事を考え始めた。  
 
 
昨日の勉強は、彼女が自分の家でやろうと言い出して、彼女の家でやる事になった。  
彼女の家の呼び鈴を鳴らし、オートロック式の玄関を開けてもらい中に入った。  
「こんにちはー」  
「いらっしゃい。六花なら二階にいるわよー」  
彼女の母に挨拶を済ませ二階の彼女の部屋に向かおうとすると、  
「襲ってもいいけど、静かにやるようにね?」  
という、冗談にしてもきつ過ぎる声がムフフという含み笑いと共に聞こえてきたが、軽く無視して階段を上る。  
普段、俺の家で勉強を教えてもらっているのはこの人がいるからだと言ってもいい。  
こういう人が居るから家では集中できないと彼女は言って、隣の家では夕飯をご馳走になる以外には上がらせて貰えないのだ。  
 
彼女の部屋の前まで来た俺は部屋のドアを4回ノックし、そのままノブを回してドアを開けて――  
「え?あっ!だっだめっ!」  
紺色の物体を投げつけられたので直ぐに閉めた。着替え中だったようだ。意外にも下着は黒だったという事を俺の目は逃さなかった。  
1分位して、中から彼女の許しを得てようやく部屋に入った。  
「もうっノックしても返事があるまで入っちゃダメじゃないのっ!」  
頬を赤く染めながら声を荒げる彼女は、制服からTシャツとデニムのスカートに着替えていた。長い髪は下ろしていてウェーブが掛かっている。  
「って、君はっ! 何を持っているのっ!?」  
ああ、そうだった。投げつけられた紺色のモノを手に持ったままだ。よく見るとそれは制服のスカートじゃないか。  
「そんな物を持つなんて、まったく君って言う人は……」  
ぶつぶつ言う彼女に、投げたのはアナタじゃないですかと反抗すると、  
「うっ、うるさいっ。君は勉強でもしてなさいっ」  
と言って右手に握っていたスカートをぶんどられた。華麗な手つきだ。盗賊の篭手を装備しているに違いない、なんてどうでもいいことを考えた。  
 
「ここ、どうやってやるか分からないんだけど」  
「どこ?見せて。……公式を当てはめるだけの問題じゃない。まったく」  
机の上に乗る彼女の胸にももう慣れたのだが、先程あんな事があったので自然と目が行ってしまう――  
「わっ、あっ、ふあっ。……うぅー」  
――のだが、気付かれてしまい、その後は顔を赤らめ睨み付けてくる彼女の視線に耐えながら勉強する事となってしまった。  
 
しばらくして彼女は出かけたが、そのまま隣で夕飯を食べさせてもらう事になったので彼女の部屋で勉強を続けていた。  
途中で飽きが来て、彼女の部屋を漁ってみる事にした。小さい頃から彼女が毎日欠かさず日記をつけている事を知っていて、それを見たいと思ったのだ。  
中学上がる前くらいから見せてくれなくなって、先月なんて日記をつけている彼女の後ろから内容を覗こうとしたら思いっきり怒られた。  
彼女は個人的な物を見られるのがよほど恥ずかしいらしく、少し前に彼女の家で勉強した時も手が離せない彼女の代わりに家に届いた宅配物を受け取ったら怒られた。  
いや、それは包みを開けようとした俺が悪いか。  
 
そんな事を思いながら彼女の部屋を探索していると、いつぞやの宅配物のダンボールが。  
中を見てみると、…ローション? それが一本入っていた。包みの大きさからして何か他にも買ったのかもしれない。一体何に使うのだろう。  
彼女に彼氏らしき影は見たことが無いし、彼女がアレ方面に使う事は決してない筈だ。これは断言できる。  
……もし彼女にそういう相手が出来ていたなら喜ぶべきなのだろうか? …考えてもしょうがないか。  
ローションは取り合えず置いといて、俺は他の所を探り始めた。そして、ようやく日記を見つけることが出来た。そして、俺はそれを読み始めた。  
 
 
10月22日。  
 今日は明石さんと公園でやっちゃった(はぁと  
 外なのに、明石さんの太いアレ(*≧∇≦)p キャー に何度も突かれて、何度もいっちゃった。。。  
 その後、わたしは明石さんに抱えられたまま おしっこさせられちゃって恥ずかしくてしにそぅだった。。。(//∇//)  
 
僕はそこに書かれている事実が信じられなかった。彼女が書いたとは思えなかった。  
背中から汗がジトリと吹き出るのを感じながらページを捲っていった。  
 
12月3日。  
 明石さんとホテルのお風呂場でえっちしちゃぃました。気持ちよかった。。。(*/。\*)  
 明石さんがローションプレイっていうのかな? それをお願いしてきて、  
 断りきれなくて、やっちゃったんだけど、ぬるぬるするのがすごい良くて、ぃっぱぃ感じちゃった(∇ *)  
1月15日。  
 幼馴染に勉強教えてるって言ったら、明石さんがバイブを付けて教えてやれって命令されてその通りにしちゃった。。。  
 教えてる最中にいっちゃって大変だった。。。  
 あと、今日はじめて気付いたけど、わたしSっ気があるかも。彼を馬鹿にするのは気持ちよくて、それだけで結構ぃぃ。。  
 バレてないかな?ないよね?ばれてたらしんじゃぅ(*ノノ) 。。。  
1月18日。  
 15日のことを明石さんに説明してみろって言われて実演しながら説明(*/∇\*)  
 フェラが上手くなったねと褒められてゴホービもらっちゃって。。。気絶しちゃった(*≧∇≦*)  
 もう明石さんなしじゃ生きてけないかも(///∇///)  
2月4日。  
 明石さんに明日会おうって言われちゃった。。。うれしぃ。。。  
 けど、明日はショッピングに行こうと思ってたのにな〜  
 またブラが合わなくなっちゃって。。。明石さんせいかな。私のおっぱぃ大好きみたいだから(∇ *)  
 
汗でシャツが張り付く。昨日までの日記を読み終え、前の日記を取り出して読んでみる。  
明石との出会いから徐々に惹かれていく彼女の心理と痴態が書かれていた。  
僕が彼女にしてみたいと思って、でも絶対に出来ない事をその男は行っていた。  
一通り読み終えて、僕の身体の中は今まで我慢していたモノや新たに生まれたモノがごちゃごちゃと駆け回っていた。  
そして、目の前が真っ暗になる感覚を覚えながらも、ズボンの下で窮屈そうに今までに無いほど勃起したソレを見て自己嫌悪に陥った。  
 
夕飯を隣の家で食べてる最中、帰ってきた彼女の方には一切目を向けず、食べ物を流し込んでいった。  
おばさんの作るコロッケは、小さい頃から好きだったけれど、何の味も感じられなかった。  
いつもなら食べ終わった後もしばらく居座ってお茶の間で談笑しながらテレビを見て、その後帰るのだけどその日はそんな気分じゃなかった。  
家に帰って、街を走った。街灯がやけに明るく感じた。前は少なかったけど今はこういう電灯の数も増えた。  
走れば走るほど俺が今まで我慢していた事も、こうして走っている事も何の意味も持たなくなったような気がして、どんどん惨めな気分になっていった。  
 
「ねぇ! ちょっと、話聞いてるかな?」  
だいぶ思考が飛んでいたようだ。嫌な事を思い返したせいか、昨日の感じた気持ちが膨れてくる。  
心なしか頭がボーっとしてきた。考えるのが億劫になってくる。理性が崩れていく代わりに怒りだとか、そういった負の念で心が満たされていく。  
「いつもぼけーっとしてるけど、今日は一段とぼけてるよ?本当にしっかりしてよねっ」  
なんで俺はこんな事をしているのだろう。ああ、僕は何を我慢していたのだろう。どんな皮を被っていようとも、目の前にいるのはただの牝じゃないか。  
「黙れよ。」  
「え?」  
ぽかんとする彼女の胸を、鷲掴みにした。  
「いっいやっ、な、何やってるの?冗談だよね?」  
「うるさい」  
「い、いたっ」  
彼女の胸を思いっきり握る。感触がおかしい。もしやと思い、服を剥ぎ取る。  
「あっ、きゃっ何するのっ」  
彼女の下着は黒だった。が、普通の形状とは違って、オープンバストと言うのだろうか、カップの部分が無い物だった。  
「こんな下着つけるなんて本当に変態だな」  
「うっ、だっだめっ」  
…あんだけ色々やっているのに今更恥ずかしいフリしたって。それとも僕には見せたくないって事か。  
慌てて胸を隠す彼女の腕をおさえ、その大きな胸を揉む。  
 
「ふっ、はっ、やっめっ」  
彼女の声を無視して、そのまま揉み続ける。大きく柔らかい彼女の胸はムニュムニュといやらしくその形を変え続ける。  
「ごめっ、なっさいっ、ふぁっ」  
なおも一向に揉み続ける。手の平から汗が吹き出る。そこだけじゃなく、顔や背中からも出ているのが分かる。  
彼女の胸を十分に堪能した後、スカートの中に手を伸ばした。  
「おねがっ、やめ、ふっ、て」  
そう言いつつも、彼女は抵抗しない。はっ、はっ、と息を荒げる彼女の顔は赤く色づき、目はどこかぼんやりとしている。  
その目を見て、前にも何処かで見たこと有るなと思った。そういえば勉強中にも何かしていたと日記に書かれていたな。多分その時見たのだろうと思った。  
日記の内容を思い出し、スカートに伸ばした手を引っ込めた。そしてそのままズボンのジッパーを下げてアレを外気に晒した。  
なんだかんだ言って勃起しているソレを見てまた自己嫌悪に陥ったが、今回はそれ以外の感情が強すぎて気にならなかった。  
 
「しゃぶれよ」  
僕は彼女に命令した。  
「えっ、っで、むっむりっで」  
渋る彼女の頭を掴んで無理やりしゃぶらせた  
「ふぐぅっ、うっ」  
苦しそうな彼女を見て一瞬、僕は何をやっているんだろうと思ったがその思考は直ぐに何処かへ消えていった。  
「うえっ、ぶっ、あぅっ」  
彼女の舌は稚拙で、苦悶の表情と相まって全然気持ちよくなかった。  
僕は彼女の口からソレを取り出し、またスカートの中へと手を伸ばした。  
 
彼女の下着は……濡れていた。乱暴に胸をもみしだかれ、強引に僕の物を咥えさせたのに。  
もう、僕の知っている、彼女は、いないんだ。そう思うと、悲しくて堪らなかった。  
彼女の下着を取り彼女の両足を開く。  
「あっ、みっ、みないでっっ」  
顔を手で隠す彼女。彼女の秘部は思った以上にビラビラしてなく、綺麗な桃色をしていた。  
そこに人差し指を入れ、前後左右に動かす。  
「いっ、やっだっ、ったいっよっ」  
目に涙を浮かべる彼女の顔を見ないようにして、行為を続ける。  
彼女の中はぬるぬるで前戯の必要性は感じられなかったので適当なところで終わらせ、彼女の膣に自分のソレをもっていった。  
 
「あっ!ったっいい!」  
突き入れた瞬間、彼女は大きな声を上げた。彼女のナカは異常に狭くて、逆に痛い位だった。  
歪んだ顔が苦しそうに見えて思わず声を掛けそうになった。けれど直ぐにどす黒い感情に塗り替えられて、結局しなかった。  
奥の方と入り口付近では濡れ具合が違って進み辛かったが、それでも気にせずに無理やりに押し込んでいく。  
「あっ、だっ、だめっ、ふぅんっ」  
僕の思い違いで無ければ、彼女の口から甘い声が漏れ始めている。けれどこの声も、もう他の誰かが聞いている。  
「そこっ、はぁっ、いっ、つっ、んんっ、あん」  
この胸も、僕の知らない誰かの手で、散々形を変えられたのだろう。  
彼女が他の誰かとそういう事をしていると想像して、昼に食った物が食道を這いずり上がって来た。  
 
吐き気に耐えた。どうしようもなく、気持ち悪かった。  
喘ぎ続ける彼女の声も、異様に赤くなった彼女の頬も、彼女の体から滲み出ている汗も、  
思わず噎せ返るような彼女自身の甘い匂いも。こんな盛った牝の臭いをいつも発していたなんて気付かなかった。気付きたくも無かった。  
 
吐き気に耐えた。どうしようもなく、気持ち悪かった。  
こんな彼女を精巧な硝子細工を扱うようにしていた今までの自分も、延々と心の中で彼女を罵り続ける今の自分も、  
打ちのめされて今すぐに嘔吐しそうなくせに、彼女を肢体を弄び続けるだろうこれからの自分も。  
そうする事でしか、体を蠢く怒りとも悲しみともいえない感情を吐き出すことは出来ないと思った。  
そしてそう考える自分にまた吐き気を覚えた。  
目に涙が滲んできた。それは決して吐きそうだからというだけじゃない、と思う。  
 
突然、彼女は僕の背中に回して、ぎゅっ、と力を込めた。  
これが、真実を知っていなかったなら、どれだけ嬉しかったことだろう。  
けれどこれは、幻だ。僕だからじゃない。彼女は僕以外の誰かでもそういう反応をしていたにちがいない。  
「ごめっ、んっねっ、ふっ、だまっしっ」  
ごめん?何に対して謝ってるのか分からなかった。  
けど、どんどん惨めになっていくのは分かった。  
それを振り払うかのように、それこそ馬鹿みたいに彼女の肢体に腰を打ちつけた。何度も、何度も。  
そうして、いつの間にか、彼女の中で果てた。  
視界がぼやけても、思考が薄れていっても、その感覚だけはクリアだった。  
 
 
……ここはどこだろう?大きな木が立った芝生の上。庭?  
そこに一人の少年が、いや違うか。短い髪をしているけれど女の子だ。女の子がこっちを見て立っている。  
昔通っていた幼稚園の制服と同じものを着て、猫バスのキーホルダーがついた黄色い鞄をさげている。  
「りっかちゃん!あーそぼっ!」  
変声期を迎えてない高い声。昔の僕だ。木が大きく見えるのは僕が小さいからか。  
いつの間に眠ってしまったようだ。しかし随分と昔の夢を見ているなぁ。  
目の前の少女は六花か。長い髪のイメージしかなかったので分からなかった。  
家から少し離れた幼稚園に通っていたので、家に帰ってからの遊び相手は六花だけだった。  
「かなこちゃんのことずっと見てたでしょ!きみはいやらしいな」  
この頃から六花は年上風を吹かせまくって僕の事を「きみ」呼ばわりしていた。  
「えっ、そんな事ないよっ!」  
かなこちゃんとは、その頃僕と仲の良かった女の子で、今の彼女のように髪が凄く長い子だった。  
「もしかして、あーいう子が好きなの?」  
「ふぇっ!?ええ?な、何言ってるのりっかちゃん」  
あ、叩かれた。  
と思ったら、僕のことはそっちのけで彼女は考え事をし始めた。この頃から彼女は暴君だったのだなぁとしみじみ思った。  
 
 
場面が変わった。どこだ?家の中?あ、彼女の家だ。夕方かな。結構暗い。  
視界が左右に揺れる。どうやら殴られているらしい。ああ、これなら何度も見た。中学の頃の話だ。  
僕は軟弱な少年だった。彼女の家でくつろいでいた時、いきなり入ってきた二人組がする事を止める事が出来なかった。  
その頃から胸が大きく贔屓目を抜きにしても十分に整った顔立ちだった彼女は、性に貪欲な頭の狂った奴らの標的にされてしまった。  
 
殴られて意識を無くした僕は詳しく知らないのだが、騒ぎを聞きつけた近所の人がやってきて犯人の二人組は捕まった。  
前科や余罪があったらしく犯人は今も刑務所から出ていない。が、そいつら以外にも近辺で同じような事をする奴がいたので、犯罪防止の為に街には街灯が増えた。  
彼女の家に当時は最新のオートロック式の扉が導入されたのも、この事件のせいだ。街灯が増えた事も関係しているのか、街は犯罪が減った。  
けれど彼女の状態は変わらず、酷いままだった。学校に来れないとか、それ所の話じゃなかった。  
僕はおろか彼女の父親が肩に触れただけでも過呼吸や吐き気、錯乱状態に陥っていた程だ。  
今でも彼女は男と接触しただけで体が動かなくなる事があるし、あの日の夢を見るそうで、カウンセリングを定期的に受けている。  
だから僕は今まで彼女には触れなかったし、彼女とは細心の注意を払って接してきた。彼女を傷つけないように。  
 
夢の中はまだ殴られ続けている。ぶれる視界の中で彼女の虚ろな目を見たときに思ったんだ。  
僕が彼女を守るんだと。僕が強くなってもう二度とこんな顔にはさせないと。そう心に決めて生きてきた。  
一人称に「俺」を使うようになったのも、体を鍛え始めたのも。ナイフを携帯するようになったのもこの時からだ。  
異常かもしれないけれど、僕は彼女を守る為ならそれを使っても構わないと思っていた。いや、今も思っている。  
……虚ろな目。そうか、この時に見たんだ。何で忘れていたんだろう。…これじゃあ奴らと一緒じゃないか。  
彼女が体を許すことの出来る相手が出来たのならその事を喜んでやればよかったんだ。相手がどうであれ、まず祝福するべきだった。  
日記を見た時に気付くべきだった。いや認めたくなかったのか。けど理解するべきだった。  
彼女を守る役目は僕じゃ無かったって事を。  
……今更分かったって遅いか。僕は取り返しのつかない事をしてしまった。嫌いじゃなかった彼女の嫌味も、もう聞くことは出来ないだろう。  
ごめんなさい。許してください。何を言ったって無駄だろう。……ああ、何でこんな事をしてしまったんだろう?  
 
夢の中は温かくて、心地よくて。できればこのまま眠っていたい。けど、それは逃避でしかない。  
謝り続けよう。と思う。彼女が顔も見たくないと言っても謝り続けようと思う。彼女は今度こそ生きているのかも分からない人形のようになってしまっているかもしれない。  
それでも僕は謝り続けようと思う。それが僕に出来る唯一の事だろう。  
まぶたに光を感じる。新しい朝が来た。  
 
 
「おはよう」  
彼女の声が聞こえて眠気がすっ飛ぶ。幻聴かと思った。横には恥ずかしそうに目をそらす彼女の顔がある。今度は幻覚だと思った。  
温かいと感じたのは彼女の豊かに実った乳房だったようだ。僕はそこに顔を埋めていたらしい。  
どうなっているんだ?僕はまた夢を見ているのだと思った。夢というよりも、都合のいい妄想か。  
「どうしたの?」  
首を傾げる彼女。こちらがどうしたのと問いたい。僕の頭はどうしてしまったのだろう。  
あまりのショックで狂ってしまったのだろうか。いやもしかして今までのが夢で、  
――と一瞬考えたが、微妙に震えている彼女の肩を見てそれは無いだろうと思った。  
そして、昨日の事は現実だと再認識して、また吐きそうになった。  
「ごめんね」  
吐き気をこらえる僕に彼女が申し訳なさそうに言う。……あやまるのはこっちの方なのに。  
「日記読んだんでしょ?あれ、嘘なの」  
 
 
……はい?  
 
どういうことだ? 僕には彼女の言っている事の意味が分からなかった。  
「私があの、中学の時の事で、こんなになっちゃったから、髪型を変えたり、わざと露出の高い服着て誘惑しても、  
 責任感を感じている君は何もしてこなくて、私は……君が、その…す、好きだから、なんとか気を惹きたくて……  
 通販で買った興奮作用のあるっていう香水付けてみたり、昨日カウンセリングに行ったときに、  
 精神を高揚させるお薬を貰って、それを少し、ほんの少しだぞ?2回分なんて入れてないよ?…君に淹れたお茶の中に混ぜたりして」  
 
独白を続ける彼女の言葉を回らない頭で懸命に整理した。どさくさに紛れて告白された気がする。  
「日記もあの日、わざと見つかるようにして、内容も君の神経を煽るような文章を書いたの。  
 あの位の事を書かないと君は動かないだろうと思って。  
 君の趣味を知るために、わざわざ君のベッドの下の、その、えっちな本を、読んでりして勉強して……  
 昨日は慣れない化粧もして、結構厚くしたのでもしかしたら君は変に思ったかもしれないけど、それから君の家に行ったの。  
 案の定というか、過呼吸も起こしちゃって。きっとお化粧してなかったら死人みたいな顔色をしていたと思う。  
 私が騙すような真似をしたのがいけないんだけど、本当に昨日の君は恐かったし、痛かったんだからっ」  
 
痛かった?どういうことだ?って、さっきからそればっかりだ。つーかエロ本見られてたのかよ。もうお婿にいけない。  
「初めてだったんだからねっ。ア、アソ、コ……には買っておいたローションをいっぱい付けてみたけど、  
 君が乱暴にするから痛みを耐えるの大変だったんだから」  
 
初めて?布団を捲る。血の海だ。その時まず思ったのは、彼女はあの時に永遠に残る傷を付けられていなくて良かったという事だった。  
その後、こんな風な初体験を経験させてしまって申し訳なく思った。すっかり落ち込む僕に彼女はメガネを掛けながらこう言った。  
「恐かったけど、痛かったけど、嬉しくもあったんだよ?  
 その、君のアレが……入れられた時、君は私を気遣おうとしてくれたでしょ?  
 その後もずっと悲しそうな、謝るような、やるせない顔をしていて。  
 正気を失っていても、やっぱり君は君なんだと思って、痛みも恐さも少し和らいで。  
 だから、思わず、ぎゅっと……いや、そんな事はしてないし考えてもないのだけどっ」  
 
彼女は赤い顔を更に赤くして顔の前で手をぶんぶんと振った。振った手が掛けたメガネに当たって床に転がり、慌てて取る。  
取り乱した自分を見られて恥ずかしいのか、メガネを掛けなおす手の間から見える顔はまた更に赤くなっている。赤いだけあって3倍速で動いていた。  
 
「……あー、こほん。まったく。私をキズモノにしたあげく、中に出してくれた、いやちがう、お出しになった、あっ、ちっ、ちがう!  
 ……中にだしてしまった責任は当然とってくれるのだろうね?」  
 
照れ臭そうに、そっぽを向く彼女のその言葉に僕は大きく頷いた。  
 
「……これからもよろしくね、春ちゃん」  
 
懐かしい響きだ。君と呼ばれる前、僕と彼女はお互いの名前をちゃん付けで呼び合っていたのだ。  
声のする方には普段の内弁慶はいなくて。笑顔を浮かべる彼女がいた。黒いつやのある髪が名前の通り、雪の花のように日の光に照らされてきらきらと綺麗に光っていた。  
大きく振り過ぎたためか、窓の外の日の光にやられたのか、はたまた彼女の眩しさにやられたのかは分からないが、  
頭がくらっときたので、まだ頷きの途中で振り下げている最中の頭を重力に任せてみた。  
そうすると、ちょうど彼女の胸に顔がめり込んだ。  
 
――ゴンと変な音が頭の中で響いて、僕の視界は真っ暗になったが、それも悪くない気がした。  
 
 
(内弁慶のなき所/了)  
 
 
 
 
 
「そういえば何で明石なんて名前にしたの?」  
「いやね、君の名前をもじったモノにしようと思って、苗字をローマ字にして逆から……  
 って、そんな事言わせないでよ!まったく、君は乙女の恥じらいってモノを知らないんだから……」  
「そうですね。はいすみません」  
「なんか適当だなー。まぁいいけど」  
 
平謝りしつつ僕は単語を必死に覚えていた。彼女にはまだ言えないけど、彼女が行く大学に受けようと思っている。  
僕一人の力じゃいけないかもしれない。けれどその先に彼女がいるなら行ける気がするんだ。というか、行く。  
 
あれ?そういえば受験生なのに最後の追い込みかけなくていいのか?というか、ほぼ毎日勉強を見てもらったけど彼女は大丈夫だろうか?  
そもそもなんで引き受けたんだろう。それを彼女に尋ねてみると、  
「それは私が無理を言って申し出た……という事は、ないよ?全然。本当に。というかそんな事聞かないでよ!まったく」  
と言われて、殴られた。  
 
 
(本当に終わり)  
 

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