第二幕 マーロット
マーロットは長いひげをさすりながら赤々と燃える暖炉の火を眺めていた。
石炭は,炭素,水素,酸素,窒素,硫黄を主成分とする天然有機高分子化合物である。
大昔に死んだ植物のかたまりやなんかが、いま目の前で熱と光を伴う酸化、じわじわと燃焼を行いながら大気に還ってゆく。
その光景は大河の流れを思わせる感慨深いものではあるけれど、それをただ眺めているのにも
飽きた。
いつものクリスマスを思い浮かべる。
妻のアルマと二人きりで静かに祝うクリスマス。
もちろん、それは楽しいものだし、不満などあろうはずもないのだが。
今年は、家庭教師をしている生徒とその家族も招待した。
にぎやかなクリスマスになりそうじゃ。
マーロットはやはり、一般の年長者がそうするのが好きなように、
若い者たちと一緒に食事を取ったり、ものごとを祝ったりするのが好きなのだった。
「おおい、どうじゃ、料理の方は」
マーロットはキッチンを覗き込んだ。オーヴンのあたりからいい匂いがしてきている。
マーロットはこんな風に、調理中のキッチンを覗く事が好きだった。
例えば今、その土壁の中からいい香りを染み出させているオーヴン、その中の料理を思うと、胸がわくわくするのだ。
鍋の中で煮えているものをみると、気分が楽しくなってくるのだ。
白菜が、人参が、キャベツが、生肉が、卵が、ジャガイモが、色々なものを「材料」から
「料理」に変えてしまう工程を見るのが楽しかったし、好きだった。
「おじいさん、なんですかお行儀の悪い!」
とまあ、アルマには叱られてしまうのだけれども。
男子厨房に入るべからず、そんな言葉があるところにはある。
マーロットは不幸にも、そうした時代のそうした国に生まれた男子なのだった。
しかし待つ側には待つ側の楽しみもあるもので、マーロットは、料理ができるまでじっと待っている、
廊下から料理が運ばれる足音が聞こえる、どきどき、銀の盆がテーブルに乗る、切り分けて、
配って口に入れるまでの高揚感と、焦らされる感じ。それはそれで嫌いではなかった。
「もう少しでできますから、居間で待っててください」
ゆかりにそう言われて、マーロットはおとなしく居間まで戻った。
そうじゃ、今日はユカリちゃんも料理を作るんじゃった。
いつにもまして、楽しみじゃわい。
こうしてマーロットは居間で、二体のスノウマンと共に暖炉の前で炎を見つめていた。
「もうすぐお料理ができるわよ」アルマがやってきてそう言った。
楽しい。
マーロットはワクワクしながら食堂にテーブルのセッティングをした。
そう、マーロットが思うように、楽しくなるはずだった。
あんな事件が起こらなければ。