☆おまけ☆
「サンタクロース・ジョンの寝顔拝見コ〜ナ〜……」
ジョンはティムの部屋の扉の前で、誰に言うでもなく呟いた。
時間は深夜二時。
ティムもゆかりも、楽しかったクリスマスパーティの思い出を胸に、寝静まっている時間である。
ジョンは、帽子にからブーツまで揃えて、完璧なサンタルックだ。
白いふわふわの付けヒゲもしている。
こういうところでは完璧主義のようだ。
きし。
床を踏むと音が響く。
なるたけ音を出さないように、ジョンは猫のように用心深くティムの部屋に侵入した。
「ティムー……サンタさんだぞー……」
もちろん聞こえないように呟く。
ベッドに近付くにつれ、ティムの小さな寝息が耳に入る。安らかな寝息だ。
例年どおりに、ベッドには靴下がくくりつけられている。
どうやらティムの心にはまだサンタは確かに存在しているようである。
よかった。ジョンはそう思った。
真実を知っているわけではない。
サンタの正体は父親で、プレゼントは父の汗と引き換えだという現実は知らない。
無知なのだ。
だが、そっちのほうが幸せだ。
無知であることは、無垢であることと相似の関係なのだ。
ジョンは安心して、丁寧にラッピングされたプレゼントを靴下に入れる。
息子はあくまで幸せそうに寝ている。
明日は朝が早いが、この寝顔はジョンにとっての何よりのプレゼントだ。
「ん……ママ……」
ティムが唐突に呟いた言葉にジョンの心臓は一気に縮んだ。
まだ立って歩く事もできないころに死んでしまった母親の夢を見ているのだろうか。
壁には生前ジョンと生まれたばかりで抱かれているティム、三人で撮った写真が掛けられている。
ティムを抱く妻の、いつまでも若く、変わらないほほえみ。
それがティムとジョン、二人の思う彼女の基本形だった。
「ティム……」
お前も、そんな夢を見ることがあるのか、と息子の寝顔を眺めた。
が、その寝顔が突然、苦しみの表情に変わった。
「……ママ、ならない……じつに、よのなかは、ままならない、ものだなあ……」
と何かを悟ったように言った。
ジョンは思わずティムの頭をはたいてどんな夢を見ているのか問いただしたくなる衝動に駆られたが、
すんでのところで自制した。
(まあ、あいつにはあいつなりの悩みがあるんだろう……)
ジョンはなんだか、とぼとぼと、ティムの部屋を後にするのだった。
ジョンの目の前には「ユカリちゃんの部屋」と書かれたプレートが下がっていた。
自分が作ったものだから、愛着のあるものだ。
「ユカリちゃんはまあ、サンタの風習なんて知らないとは思うけど、まあ、いつも働いてくれてるお礼、だな」
ジョンは元物置の扉をゆっくりと開いた。
ギギ、と古い扉が鳴った。
寒い。
もともとが物置だったゆかりの部屋は、冬になるとひどく寒い。
その中でゆかりは、木箱を並べたベッドの上で体を丸めて眠っている。
(ううむ……こりゃ、なんか考えんとゆかりちゃん凍死してしまうかも分からんな……)
ティムの時と同じく、安らかな寝息が聞こえる。
寝顔を上から覗く。
この娘はまあ、なんと幸せそうな顔をして眠るんだろう。
ジョンはそう思った。
ゆかりの寝顔があまりにも幸せそうなので、それを見たジョンも、幸せな気持ちになった。
(メリー・クリスマース……)
やはり靴下など用意されていなかったのでジョンはゆかりの枕元にそおーっと、
ゆかりを起こさないように気をつけて、プレゼントを置いた。
のだが。
にわかに、ゆかりの体が動いた。
布団が跳ね上げられ、両足が生き物のように飛び出した。
ゆかりはまだ寝ている。体が反応しているのである。
プレゼントを置かんとするジョンの腕を取り、足を絡みつけ、首の後で足を組んだ。
ジョンの顔は動かせなくなり、首は両足でぎりぎりと締めつけられる。
苦しい。
三角締めだ。
肘関節を極めながら、頸動脈も締め、失神させる。
なかなか極まりづらい技だと言われているが、ゆかりの動作は俊敏で、正確だった。
確実に肘を極め、動脈を締めている。
足の力は腕の力の約三倍。
この技なら、非力な女性でも簡単に、首の太い男だろうがオトす事ができる。
実際、この技の場合、筋肉が動脈を圧迫するので、肩の筋肉が盛り上がっている男性の方が落ちやすいのだ。
そしてジョンの筋肉はこれでもかと言うくらい盛り上がっている。
「ちょ、ユカリちゃん!俺、俺!!」
ジョンは慌てて声を上げるが、ユカリの耳には届いていないようだ。
そういえばいつかティムがいっていたような気がする。
ユカリちゃんの寝起きの悪さは只者じゃあない、日本をしょって立つほどの大物だと言う話も頷ける、
とかなんとか。
ジョンはゆかりに声を掛け続けるが、首は絞まれど返事はない。
「オレオレ、俺だよ、俺だってば……」
「じゃあおまえは詐欺師か!……許せん……!」
だめだ、完全に夢の中だ。
ゆかりの正義感溢れるセリフを聞いてジョンが諦めた時、同時に意識も薄れていった。
ゆかりが体にのしかかる重みに気付いて目を覚ましたのは、少し時間が経ってからだった。
驚いた。
見ず知らずの、変な格好をした人間が、股間に頭を突っ込んでいる。
ゆかりも年頃の――というには早いのだろうが――れっきとした、女性だ。
叫び声を発する前に、体が動いた。
ベッドの段差も利用して、思い切りぶん投げる。背負い投げ。
ジョンが目を覚ましたのは、目を覚ましたゆかりにぶん投げられてだった。
体中が痛い。
乱暴な気付けだ。
それでも物音に気付いてやってきたティムから急いで身を隠したのは、父親の意地であった。
「ユカリ、なにこの白いの」
ジョンは木箱の後であごをさすった。
(しまった!)
つけひげが落ちてしまっていた。
ゆかりはジョンから大体の事情と習慣を聞いたので、どうするべきかわかっている。
「さ、さあ、なんでしょうね?……あっ、こんなところにプレゼントがある!!
なんでだろう!?」
ゆかりのそのセリフは結構わざとらしかったが、ティムは何かに気付いたように慌てて自分の部屋に戻った。
しばらくすると、ティムの歓声がゆかりの部屋まで届いた。
「ユカリちゃん、ナイス!」
ジョンは物陰から親指を立てたげんこつを出した。
「いえ、それより、早く――――」
「ユカリ!見て!ほら!」
ティムが自分のプレゼントを持って帰ってきた。
目が爛々と輝いている。
こういうときの子供は本当に素早い。
結局サンタクロース・ジョンは朝までその格好でいた。
翌朝。
「あっ、ボス、おはようございます!ありがとうございます、あんなに休みと、ボーナスもらっちゃって……
母も、随分と喜んで……って、どうしたんですか、なんだか、動きがおかしいですけど」
「……極められて、締められて、とどめに投げられた」
「はあ?」とその従業員は首を傾げたが、そいつの双子の弟は敏感にも何か感じたようだった。
被害者同士のシンパシー、だったのだろう。
「さあ、今日も仕事……がんばるぞぉ……」
「元気出しましょうよ、ボス」
「うん、そうね……」
なんで俺がこんな目に。
ジョンはずっと昔の昨日に生まれたというひとを、ちょっとだけ恨んだ。
おまけ・終わり。